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- 艦隊コレクション -艦コレー 陽炎、抜錨します!
- 築地俊彦
- 4/258
- お姉ちゃんって言ってくれなきゃいやなの
- 愛宕は拳を作り、身体を振るって「いやいや」の仕草をしていた。そのたびに胸が船舶振動試験みたいに揺れる。
- 陽炎はその大きさに感心する余裕などなく、ただただ絶句していた。
- ーーー
- 第1章
- 月の一
- 陽炎は目を凝らす。
- 彼は穏やかだが元気はやや曇り。「天気晴朗ナレドモ波高シ」の逆。もっともあの戦いほど深刻なものではないのだが。
- 自分の前方に敵影があるかないか。深海棲鑑は突然出現するから注意が必要。だから彼女たちは見張りの重要性をこれでもかと叩き込まれる。油断したときに限って戦艦クラスが顔を出し、見逃したときに限って16inch砲弾が降ってくるのだ。見張りを怠って海の藻屑と消えた例は枚挙に暇がない。
- あいつらの名は深海棲鑑。何処から現われて海を荒らし回る、人類最大の敵。いつから出現したのかは分からない。ふと見たらいたというのが本音に近い。
- 深海棲鑑は通りがかる船を片っ端から喰らっていき、海上交通路(シーレーン)をズタボロにしていく。何隻もの船がスクラップと化し、海の底へと消えていった。
- 戦えるものはいなかった。いや、彼女たちしかいなかった。
- それは艦娘。深海棲艦に対抗できる兵装を装備して海を駆けめぐり、勝利を掴む人類の守護者。
- 艦娘とは、選ばれた少女のみにつけられる、誇りある名称なのだ。
- 陽炎はそんな艦娘の中でも、もっとも小型で、もっとも快速であり、もっとも果敢と呼ばれる駆逐艦娘だった。
- 彼女は支給されたばかりの双眼望遠鏡を握りしめ、もう一度前方を凝視した。自分の前には静かに揺らめくブルーの海面があるのみ。なにもない。多分、なにもない。
- 駆逐艦の艦娘としてドジを踏むわけにはいかない。水上機を積んでいる巡洋艦や、二、三発喰らったところで平気な顔をしている戦艦とは訳が違う。偵察に使えるのは二つのお日々のみで、万が一撃たれたら至近弾でもお陀仏だ。慎重に、注意深く行動しなければならない。
- 海面につけた二本の足が、わずかに震える。
- 緊張が足にも伝染しているのだ。いつもならこれくらいでびびったりしないのに、
- 今日ばかりは事情が違う。靴みたいに履いている二つの主機は好調だが、しばしば頃のような昔を立てる。整備担当が泊を差すのをケチったのだ。おかげで心の動揺まで増幅されて気が散ってくる。出撃揃宣自分で蠣掬すればこんなこともないのだが、寝坊したのがまずかった。晩に食べた汁粉の味を寝床で思い出したらこのザマだ。
- 「ちょーっと静かにしててね」
- 小声で主機をなだめる。それから口の中で呟く。
- 「両舷前進半速」
- 自分の身体がスケートみたいに進んでいくのが実感できた。
- 風を顔面で浴びる。頭のリボンがなびくのが分かった。涼しくて気拝がいい。一瞬でも、心の不安を忘れられる。
- はっとして、陽炎は頭を振った。楽しんでいる余裕はない。こう見えても陽炎型のネームシップ。明るく快活で前向きなのが取り柄。当初の目的を忘れてはいけない。
- 改めて監視を続けようとして、目を見張った。前方の海面が泡立ってい薫はるか前方だったが、沸騰しているようになっているのが分かった。そして二骨が変色していた。
- あっと思った瞬間、そこには深海棲艦が出現していた。黒っぼい舵僻に邪の生えた口。日は丸いが昆虫のようで、盲で人類と相容れない存在だと分かる。
- そいつらが数え切れな町可らい、葉配いっぱいに広がっていた。直視した瞬間、陽炎は怒鳴った。
- 「深海棲艦見ゆ! 凄い数よ! えーとあれ、敵が七に海が三ってやつ! 海の色が敵で黒い!」
- 無線による返信は早かった。
- ん? 陽炎はなにを言ってるのです?)
- 「だから敵が七に海が三なの!」
- 気取らないで。正確な数を)
- 「とてもたくさん! 本当に!」
- 無線の相手、不知火はいつだって冷静だが、こっちは抱を吹きそうだ。別に格好つけるために名台詞を使ったわけじゃないのだ。そうとしか思えない数が出現している。まるで鮭の遡上だが、相手はそんなに可愛くない。
- やつらはぴちゃ、ぴちゃ泳いでいた。正確には航行だが、艦娘たちは 「泳ぐ」と表現する。目の色は暗く沈んだまま。これが戦闘時になると青くなる。人間は斯戟すると目が血走るが、やつらは逆だ。
- いけると陽炎は判断。方R(右百二十度方向変換)の信号を出すと、深海棲艦の進路を横切りつつ遠ざかる。不知火の無愛想な返信は正しい。相手が警戒していないのなら、具体的な数を報告すべき。
- 片っ端からカウントしていく。
- 「敵駆逐艦イ級八! ロ級十六! ハ級……」
- 最初に深海棲艦のクラスをイロバ順にした人間は天才か酔っぱらっていたに違いない。
- アイウエオ順よりは気が利いているが、たまに混乱してごっちゃになる。
- 合計三十まで数えたところで、不意に深海棲艦の目が光った。
- 暗闇から青へ。欄々とした輝きが海面に反射して驚くほど大きく見える。そのことごとくが陽炎を睨んでいた。
- 「ばれた! 不知火……」
- そこまで叫んだ瞬間、深海棲艦の船体がちかちか光り、陽炎は思わず言葉を呑み込んだ。
- 「……離艦発砲!」
- 頭上から砲弾が降ってくる。
- 「きやーっ!」
- 彼女の周囲に水柱が上がった。
- 「はい……そこlまでです」
- ピーツ。ブザーが呉湾内に鳴り響いた。
- 「訓練終了です」
- 深海棲艦の形をした模型は、紐で繋がれたまま回収されていく。今の今まで陽炎がいた海面には、砲弾がわりにした木桶がいくつも浮いている。当っても死にはしないが痛い。あとコントみたいでみっともない。
- 「陽炎は上がって来てください」
- オレンジ色の服を着た酎朝粥艦服都が、ハンドマイクで叫んでいる。隣で無線機の前に陣取っているのは、相棒の不知火。
- 海水を頭からかぶった陽炎は 「はーい」と呟きながら、桟橋に近づいた。
- よっこらせと陸に上がる。儀装は重いし濡れた服はもっと重い。気分の重さはまあそこそこ。
- そこは早くも、神通が待っていた。
- 締麓な黒髪をした、まるで化粧品のCMに出てきそうな女性だ。一見気弱そうで実際気弱な言葉が多いのだが、その実とて鴻勇敢で、面倒見もいいお姉さん。陽炎は、いつかはこの人みたいになりたいと目標に掲げていた。
- 神通は手元のメモ帳に目を落としていた。
- 「ええと……今回の訓練は……あまりよくない成績ですね……。深海棲艦発見までに一秒半のタイムラグがあり、発見後の報告も不正確……。珍しいですね」
- ちらと、神通は目を向けた。
- 「なにか不安なことでもあるのですか?」
- 「えー……」
- 陽炎の反応に、神通は悲しげになった。
- 「それとも私の指導が悪かったですか? 私がミスをして、陽炎さんを危機にさらしてしまったと」
- 「い、いえいえ、そんなことないです」
- 「私はしょせん川内型の二番艦。気鋭の陽炎型とは違いますものね」
- 「違います、違います!」
- 陽炎は慌てて否定する。神通の指導が悪かったことなんて一度もない。ここまで鍛えてもらったのは彼女のおかげだと信じている。
- ばあっと神通の顔が明るくなる。
- 「まあ、そうなのね」
- 「はい」
- 「じゃあ……誰のせい?」
- 神通が首を傾げながら言った。
- 陽炎は口ごもる。これがあるから目の前の女性は怖い。こっちの心をきちんと見透かしている。いったん自分の指導が悪いと口にし、こっちに否定させておいて、本質を突いてくるのだ。
- 単艦での訓練だから他人のせいにはできない。やや曇りだが視界は良好なので天候のせいにもできない。陽炎は素直に白状した。
- 「あたし……です」
- 「どうして?」
- 「ちょっと、明日からのことに、気を取られて」
- えへへと笑った。照れ笑いのつもり。
- 怒られはしなかったが注意はされた。
- 「駄目ですよ、そんなんじゃ。あなたが注意深ければ深海棲艦を酎艦できるかもしれませんし、散漫だったら艦隊が全滅するかもしれないんですから」
- それに、と神通は付け加える。
- 「陽炎が船団護衛を命じられたらどうするのですか。真っ先に敵を見つけて攻撃しなければいけない立場です。索敵は全ての基本。水上機に任せようとしないで、自分でも深海棲艦を発見しょうって気概を持ってください」
- 「はい……」
- しょんぼりとうつむく。返す言葉もありません。
- 「よろしい。では陽炎さん、あなたの呉での訓練はこれで終了です。明日からは横須賀勤務。きちんとやってきてくださいね」
- 神通は微笑んだ。
- 「駆逐艦は、私たちの誇りなんですから」
- 「はいっ」
- 先ほどより気合いの入った声で、陽炎は敬礼した。
- 神通が桟橋から去っていくのを見送って、彼女はほっと息をついた。
- 注意散漫だったのは言い訳のしょうがないが、理由はある。陽炎は明日から住み慣れた呉鎮守府を離れて横須賀鎮守府所属となるのだ。これが頭にあったせいで、今朝から気もそぞろだった。
- 転属の命令が来たのはなんと昨日。本来こんなに急のはずがないのだが、組織のどこだかが目詰まりを起こし、書類を停滞させてギリギリまで届かなかった。おかげで友人たちともろくに別れを惜しむこともできず、あげく 「東京近くに行くんだからなにかいいもの送ってこい」と約束させられた。思うに艦娘の人事異動というのは、財布を空にして足抜けできないようにする政府の陰謀ではないだろうか。
- もっとも餞別代わりに汁粉をおごってもらい、腹一杯食べられた。このあたりは善し悪しだ。
- そして神通も、「では転属祝いをしましょうか」と最後まで訓練に手を抜かなかった。これも愛情の表れだと信じるようにしている。
- だだっ広い桟橋には、陽炎と不知火が残された。
- 二人きりなのに、あるいは二人きりのためか、不知火は相変わらずのぶっきらぼうで接してきた。
- 「明日一番に横鎮行きとは気が早いですね」
- 不知火は首を傾げる。
- 「理由はなんでしょう」
- 「気鋭の新型駆逐艦だからね。向こうも欲しがってんのよ」
- あははと陽炎は笑う。
- 新しさからいえば、陽炎型の次に夕雲型があるのだが、うぬぼれることにした。
- 実際、彼女の武装はぴかぴかだった。12.7cm砲に配漑射別離弟拙配を装備。砲は気合いの入った連装型で、魚雷は一撃必殺の撃沈係。これらの武器は新品で、実戦ではきっと頼りになるに違いない。横須賀鎮守府転属で、呉に置いておかなければいけないのは残念だったが、すぐに送られてくる手はずとなっている。
- 「よっぽどあたしのことが必要なんだよ、きっと」
- 「陽炎のとても元気で前向きなところは、確かに得がたい魅力です。横須賀でも必要なのかもしれません」
- 「それって性能よりも盛り上げ役が必要ってこと?」
- 「そんな立派なものでもないでしょう」
- 「こら」
- 台詞とは裏腹に、陽炎は笑った。
- 「横須賀ってどんなとこなんだろうねえ。呉と同じくらい大きいんだよね」
- 「恐らく、相当規律にうるさいはずです。着任早々やっと会えたとか言っては駄目です。ふざけるなと怒られて東京湾に叩き込まれます」
- 「うわ、厳しそう。さすが横須賀」
- 恐ろしげに肩をすくめる陽炎に、不知火は亭っ。
- 「不知火の口癖を使うとよいです」
- 「ああ、ご指導ご鞭撞……ってやつ」
- 「これならいきなり叱られることはありません。陽炎のタメロよりは」
- もっともなので、陽炎は使わせてもらうことにした。
- 「不知火も横鎮くれば?」
- 「不知火には呉の水が合っています」
- 目の前の不知火も陽炎型で、武装も一緒。共に訓練を積んだ仲だ。それだけに離ればなれになるのは残念だった。
- 「寂しいなあ。他の骨ともお別れなんだよねえ」
- 「仕方ありません」
- 同じように神通の下で訓練に励んだ駆逐艦は他にもいる。昨日散々別れのパーティーをやったためか、今は姿が見えない。座学に勤しんでいるか、ラムネを飲んで寝転がっているのだろ。
- 不知火は素っ気ない口調を崩さずにいう。
- 「向こうにも艦娘はいます。同じ仲間です。きっと仲よくなれます」
- 「不知火みたいな素敵な娘がいるといいなあ」
- 「……それはどうでしょう」
- そっぽを向く。この無愛想な艦娘が、ほんの少しだけ顔を赤らめた気がした。
- 陽炎は海に日をやる。′呉の空は高く、瀬戸内の波は穏やかだ。このずっとずっと先にある、三浦半島はどうなのだろうか。そこでは横須賀が待っている。
- 彼女は目線を戻した。
- 「それじゃ。あたし、明日は早いから」
- 「はい」
- 「向こうで手紙書くね」
- 「いりません」
- 「ちょっと-!」
- 陽炎の文句に不知火は無表情に答える。
- 「冗談です」
- 「まったく」
- 「陽炎こそ、不知火がいないからって泣いたり叫んだりしないでください。寂しさから味方を撃つことも、他人のおやつをギンバイすることも、観音崎灯台から身を投げるのも禁止します」
- 「しないわよ!」
- と叫ぶ。明日からはこんな会話もできなくなるのだ。
- 不意に胸がいっぱいになり、陽炎はぎゅっと不知火を抱きしめる。ごく自然に出た行為だった。
- 「じゃあね、不知火」
- 「はい」
- 不知火もゆっくりと抱きしめ返す。陽炎よりも力を込めていた。
- 「元気で」
- 人影のなくなった呉軍港で、二人は抱擁する。
- 互いの12.7cm連装砲がぶつかり合って、割れ鐘みたいな昔を立てていた。
- ○
- ナメられてはいけない、と陽炎は思った。
- 着任一日目で間抜けな受け答えをし、馬鹿にされては一生風下に立たされる。「呉の田舎ものは牡蠣の食い過ぎで頭がどうかしていた」と思われてはいけないのだ。呉だって立派な港だが横須賀はもっと大きい。鎮守府と言うだけあって、東京湾を鎮守するプライドに満ちている。
- 呉から電車を乗り継ぎ、寝ていたせいで行き過ぎかけて急いで飛び降り、今度はバスを一本乗り間違えて久里浜に着いてから慌てて引き返し、老人に道を聞いて「あっち」と言われた方向に歩いたらとんでもない嵐があってよくよく考えたら向こうは観光客だったと思い至り、自力でなんとかしようとうろうろしてようやく到着したころには、彼女は汗だくになっていた。
- 時間を確認すると、驚いたことにまだ着任の時間よりも早かった。艦娘はなにごとにも五分前行動が叩き込まれるが、陽炎は五分どころか二時間前に到着するつもりだったのだ。持ち時間をだいぶ消費したが間に合ったことには変わりない。
- 正面に 「横須賀鎮守府」と書かれた青銅製の看板がかかっている。もちろん港なので海に面しているのだが、泳いで上陸するわけにもいかない。だから大抵はここの門から中に入る。
- 装備品は別便で送られるので手ぶら同然だ。艦娘は儀装したままの陸上移動を禁じられていた。砲や魚雷を背負ったまま交通機関に乗ってはパニックが起こるとの、もっともな理由による。
- 陽炎は立ち止まる。まずは中に入って捷督に着任報告だ。服装に乱れがないかどうか確認した。
- とてもきちんとしているとは言い難い。あちこち走り回ったせいだ。とりあえずスカートの敏を伸ばして胸元のタイをまっすぐにし、嬢を払い落とす。
- これでなんとかなっただろう。服の乱れは艦娘の乱れに通じる。あとはハッタリでも利かせれば、馬鹿にされたりはしないはず。
- ふっと息を吐いて門をくぐる。衛士に身分証を見せた。
- 衛士はゴリラみたいな顔をした男性で、体格もゴリラみたいだったが、彼女の身分証を見るなり飛び上がるようにして敬礼した。
- 「どうぞお通りください!」
- 艦娘は尊敬と同時に畏怖されている。彼女たちのみが人類を救えると、皆知っていた。
- 多少いい気分になって、陽炎は敷地内を歩いた。さすが横須賀、衛士にも規律が行き届いている。呉も大したものだったが、声がちょっと小さかった。
- 走り回る事の邪魔にならないよう、道の端を歩き、角を幾度か曲がったところに目当ての建物はあった。
- 「…‥ここだよね」
- 陽炎は独りごちる。建物というには小さかった。というか貧弱だった。誰がどう見てもプレハブで、しかも工事現場で使うあれだった。掘っ立て小屋と形容する方が多分適切だ。
- ここが本当に提督の執務室なんだろうか。間違えたかなと思ったが、どう考えても正しい。しかし本当にここで、着任報告をしなければならないんだろうか。
- きっと工事中で、ここは仮住まいなんだろう。そう思うことにする。
- 物騒なことに、扉が開け放しのままであった。陽炎は正面に立ち、「陽炎、入ります」
- と告げると、十度の敬礼をしてから中に入る。
- 「陽炎型駆逐艦陽炎、本日〇九〇〇をもって横須賀鎮守府に着任しました! ご指導ご鞭撞、よろしーーー」
- 彼女はせっかく不知火から借りた台詞を、最後まで言うことができなかった。
- 室内は空っぽだったのだ。
- 無人の室内を、陽炎は唖然として見つめていた。
- 目の前にはグレーのテーブルクロスを広げた机があるのみで、人っ子一人いない。壁には「海上護衛」と書かれた掛け軸が下がっているが、まさかこれが願ったりはしないだろう。
- (……やっぱり来るとこ間違った?)
- いいやそんなことはないはず。部屋はここで着任時間も知らせておいた。ならばどうして誰もいないのか。
- 誰かいないかと、てるてる坊主のぶら下がった窓から外を眺める。横須賀の港がよく見えた。
- すると大音声がした。
- 「待避、待避して!」
- くも こ
- なんだなんだと思っていると、外にいた人たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。陽炎はぽかんとしたまま眺めていた。
- やがて。
- ひゆるひゆるひゆると音がする。ぼんやりと 「砲撃みたいだなあ」と思っていたら、突然天井が爆発した。
- 「きゃーっ!」
- 衝撃で陽炎は投げ出される。壁が崩れ、そこから外に転がり出た。
- 「なによなによなによ!?」
- 文字通り日を回しながらも起き上がる。先ほどまでいたプレハブは全壊していた。
- 「海上護衛」 の掛け軸が、風に乗って陽炎の頭に落ちる。
- 頭の上からどけると、眼前で一人の女性が頭を抱えていた。
- 「もう、なんて下手なのかしら。提督の執務室に12.7c m直撃させる艦娘がどこにいますか」
- あれは艦娘の砲撃だったのかと陽炎は思った。12.7cmなんだから、撃ったのは駆逐艦だろう。
- 12.7cmの砲と言っても、実際に口径が百二十七ミリあるわけではない。武器の威力がそれくらいあるという名称だ。そして12.7cm砲は小さい部類に入る。駆逐艦に搭載するものだから、あまり大きくできないのだ。
- それにしても、今のが12.7cm用の砲弾で、しかも空中で炸裂したのが幸いだった。
- これが戦艦用の41cmだったらただではすまない。
- とはいうものの、やはり提督の執務室に撃ち込むのは尋常ではない。
- 「あの娘はどこです!」
- 眼前の女性は、集まってきた女の子たちの前で、顔を真っ赤にして叫んでいた。
- いません、と返事がある。もうどっかに行っちゃいました。
- 「見つけてきなさい。一時間以内に見つけられなかったら全員食事抜き!」
- 少女たちは慌てて走り出した。
- 命令を下した女性はまだ怒っている。そのため陽炎は、声をかけるのに多少の勇気がいった。
- 「失礼いたします」
- 「はい?」
- 女性はようやく陽炎に気がついた。
- 青い帽子に青い服。胸元の白いスカーフ。盲も黒雲品の艦娘だと分かった。背も高く、優しそうな顔立ちだった。ただ先ほどの台詞を聞いて分かったが、怒ると怖そうだ。
- 彼女は陽炎の姿を上から下まで眺めた。
- 「あら駆逐艦。見かけない顔ですね」
- 「陽炎型駆逐艦の陽炎です。今日横須賀鎮守府に着任……」
- 「ああ、ごめんなさい。呉から連絡があった娘ね」
- 女性は陽炎に台詞を全部言わせず、手を軽く上げて遮った。
- 「私は高雄。高雄型の一番艦よ。二番艦も横鏡にいるけどいずれ会えると思うわ。私は演習やったり戦艦と一緒に遠くまで出かけるのが仕事。よろしくね」
- 「は……」
- 重巡洋艦なんだから、きっと戦艦や空母と出撃したり、ときには旗艦として活動するのだろう。
- それにしても胸が大きい。制服がはち切れんばかりだ。大きくなければ重巡洋艦になれないという規則でもあるのだろうか。
- 「では高雄さんがあたしの旗艦……」
- 「違うわ。あなたは駆逐艦でしょう」
- 「はあ。でしたらあたしは……」
- 「そんなことよりもね」
- 高雄は陽炎の両肩をがっしりと掴んだ。
- 「あの娘の捜索を手伝ってもらえる?」
- 「……誰のことでしょう」
- 「さっき執務室に砲撃した馬鹿……いえ、ユニークな艦娘よ。今月だけでもう三回目。砲撃するたびに提督がすねて空母寮に甘えに行くのよ。先週は気分を変えて戦艦寮に行ったから空母のお姉さん方から苦情が出たの。いつだって割を食うのは私たちね」
- 「はあ」
- もう何度日かになる呆れ声を、陽炎は発していた。この鎮守府はなんなのだろう。
- 「というわけで手伝ってね。あの娘、今度こそもやい結びで係留して動けないようにするつもりだから」
- 「その、誰を捜せばいいんでしょうか」
- 「目が吊り上がって生意気そうな駆逐艦。すぐに分かるわよ」
- 「艦名はなんでしょう」
- ここでようやく高雄は、陽炎に艦名を教えてくれた。
- 「曙」
- 横須賀鎮守府は広い。教育に主眼を置く呉とは役割が違うが、使用している敷地も海域も引けを取らない。陽炎は出発前、仲間の艦娘たちから散々「横鏡とはお気の毒」 「あそこのキッさは呉とは比べものにならない」 「海外のがまだまし」と脅された。どう考えても想像だけでものを言っていたが、反論材料がないので聞くしかない。
- まったく根拠がないわけでもなくて、横須賀鎮守府は常に深海棲艦との戦いを念頭に置いているため、緊迫感に満ちている、と言われていた。
- そのはずなのだが。
- なんで自分は人捜しなんかしてるんだろうと陽炎は思った。そりゃ駆逐艦なんだから捜索や救助はお手の物だが、着任したばかりの人間を使うなんて変ではないのか。おかげで旅行もしないまま歩き回る羽目になった。
- ちなみにここでいう「旅行」とは、配属されたばかりの艦娘が鎮守府内の施設配置を覚えるためにあちこち連れ回される行為のこと。どこになにがあるか一度で覚えないと、あとでどやされる。
- 旅行していないので、自分は迷子同然。どのようにして接したらいいだろうか。
- 「呉と同じ鎮守府なんだから、施設も似てるはずよね……」
- 陽炎は口の中で呟く。
- 仮に自分が提督の執務室に砲弾ぶち込むなんて大それたことをしたとして、その後どこに行くだろう。普通なら連続殺人犯ぼりに山の中に逃げ込むか、装備を抱えて珊瑚諸島にでもずらかる。南方なら誰も知らないような小島が多いから、ロビンソン・クルーソー並の生活も可能だ。
- しかし高雄のあの口ぶりからすると、今までに何度か砲撃をしているらしい。そのつど南方に逃げていては割に合わないだろう。念のため、背を伸ばして湾内を見てみたが、艦娘の航跡はどこにもなかった。
- とするとまだ陸にいる。軍需部装備保管庫だろうか。いやあそこは見張りがいる浣提張菜はどうだろう。ここも先客がいたら意味がない。監恥戦痕畢嵩も一種病原体に指定してやろうかと窮まれるのがオチ。湾内消磁施設。あんなところに隠れていたらスパイ同然だ。
- 自分だったらどうしてたと考えた。食堂からラムネとバナナをギンバイしようとして週番に露見したときは、講堂の床下で息を潜めていた。外からおはぎと桃の缶詰を持ち込んだのがばれ、分け前よこせと追いかけられたときは建築部修理課員のふりをした。
- ちなみにこれらは、なにもしたくてしたわけじゃない。風邪を引いた不知火が欲しがったのだ。
- (でもそんなありがちなところに隠れるかな……)
- 隠れる側がプロなら捜す側もプロだ。特に駆逐艦娘なんて海だろうと陛だろうと捜しものならなんでもござれだ。どこの鎮守府でも、戦艦や重巡洋艦から拝借したタオルや筆記具、ときには下着を射っての攻防は朗報鮮蹴争なのである。
- もう一度、さっきの高雄の言葉を思い出す。今月だけで三回RH。ということは二回見つかっている。恐らく見つけやすいところにいた。どうして見つけやすいところにいるのか。誰かに探して欲しいのかもしれない。しかしそのあたりをふらふらしているわけでもないだろう。こちらの動きも把握はしたいはず。となると。
- 陽炎は周囲を見回す。きっと地形的に高くて遠くまで見渡せるところだ。
- 「多分あそこだ」
- 彼女は視界端に映った建物まで走った。
- 洋式三階建ての煉瓦色。近代的な建築物が多い中、他とは一線を画した色使いと外観。
- 横須賀鎮守府庁舎である。
- 陽炎は敬礼もそこそこに中に入った。誰も見ていないのをいいことに、階段を一足飛びに駆け上がる。
- 屋上に出た。この場所は旗の掲揚などに使うため、それほど広くない。
- そこに一人の艦娘がいた。
- クラシックなセーラー服に青いリボンタイ。長い髪の毛を頭の右側で縛っており、髪留めには鈴がついている。横顔は幼く、確かに目つきがよろしくなくてキッそうな印象を受けた。
- この娘が曙だと、陽炎は確信した。
- 曙はこちらを向かずに、懐から僻朝鮮酢を出す。
- 「……十分。ふん、今までで一番早いじゃない」
- 言葉遣いが、いかにも他人を馬鹿にした感じだった。
- 「どいつもこいつも能なしだったけど、少しは学習したってことね。軽巡や駆逐艦にしてはマシよ」
- 彼女は振り向く。それから怪訝な顔をした。
- 「……あんた誰」
- 「陽炎」
- と答える。曙は余計に不審そうになっていた。
- 「陽炎って陽炎型の一番艦? なんの用よ」
- 「今日付で転属になったから」
- よろしく、と言おうとしたが、曙は挨拶を聞いてくれる雰囲気ではなかった。
- あからさまに、胡散臭そうな視線を浴びせてきたのだ。
- 「それでなにしに来たのよ」
- 突っかかるような言い方に、陽炎は戸惑いを覚えつつも答えた。
- 「探せって言われたの。他の艦娘たちは、見つけられなかったら食事抜きって言われてたわよ」
- 「抜いちゃえばいいのよ。どうせ駆逐艦なんかきヤーきやー騒いで右往左往してるだけの役立たずなんだから」
- 「自分だって駆逐艦じゃないの?」
- 「だから?」
- 曙がじろりと呪む。陽炎は言葉に困った。
- 「……えっと」
- 「転属ってことは呉か佐世保から来たんでしょ。どうせなんかしくじって飛ばされたんでしょうに。きっとあれね、見張りしくじって艦爆の逆落とし喰らったか、一斉射撃でやられたんでしょう。また横鋲がスクラップ押しっけられて狭くなるわ」
- 陽炎は腹を立てるより前に昌を白黒させた。さっきから人を罵ってばかりいるこの艦娘は、いったいなんなのだろうか。
- 「駆逐艦なんか深海棲艦相手に使えもしないんだから、あんたもさっさと退役した方がいいわよ。まあ、退役しなくたってすぐ沈没するから同じね。沈没してから限軒になるのは書類の二度手間だから止めた方が良いわ」
- 悪意満載の台詞に、なんとか反論しようと試みた。
- 「あ……あたしは、ちゃんと戦うために来たのよ」
- 「はっ。深海棲艦相手に戦うってのは、戦艦や空母の人たちが使う言葉なのよ」
- 曙がせせら笑う。
- 「駆逐艦のやることと言ったら、遠征で船団護衛するか、戦闘海域抜けるための捨て石になること。はじめっから期待なんかされてないわ」
- 「補助艦艇がいなきや戦いできないじゃない!」
- 「残念でした。艦隊の露払いは主役じゃないのよ。駆逐艦がなにをしたって、使い捨て以上の期待はされていないわ。軽巡の人たちだってそう思ってる」
- 「そんなことないわよ!」
- 陽炎は叫んだ。呉での軽巡洋艦の人たちはみんな親切で、大事にしてくれた。特に神通は厳しくしながらも優しくて、堰艦は私たちの誇りなのです」と言ってくれた。
- なのに、なんでこの娘はこんなに卑下しているのだろうか。
- 「駆逐艦は役立たずなんかじゃない!」
- 「ええそうね。あたしを捜すくらいには役立つかもね」
- 取りつく島もない。
- 陽炎は頭にきて口をへの字に曲げた。こんなことならもっと悪口の練習をしておくんだった。だいたい呉にこんなひねくれ者の艦娘はいないから、練習の必要なんかないのだ。相棒だった不知火は冷静沈着で皮肉っほいけど、露骨な悪口は絶対に言わなかった
- し。
- 当たり前だが曙は、陽炎の様子をいっさい気にしていなかった。
- 「そんで、場所塞ぎに来た陽炎型はあたしをどうしようっての」
- 「……連れていくわよ」
- 低く、うなるような言い方になる。
- 「連れていかなかったら、あたしまでご飯抜きになるかもしれないし」
- 「少しは食べるの減らした方がダイエットになるんじゃない」
- 「太ってないわよ!」
- 強引に曙の腕を掴んだ。
- 「行くわよ!」
- 「うわ乱暴。陽炎型が能なしの体力馬鹿だって噂は本当だったのね」
- 「うるさい!」
- 極力顔を見ないようにして、陽炎は曙を引っ張っていった。
- 陽炎は曙を、高雄の前に連れて行った。曙はまだ悪口を言い続けていたものの、抵抗はしていなかった。
- 「連れてきました」
- 「ご苦労様。陽炎型の船速が速いってのは本当なのね」
- 高雄が感心する。陽炎は憮然としたまま敬礼した。
- 「あたしはこれで失礼します」
- 「ああ待って。彼女も連れて行って」
- 彼女とはもちろん曙のことだ。陽炎は不可解な表情をする。
- 「営倉にですか」
- 「それが残念なことに、さっき提督から不問に処すようにって指示が届いたのよ」
- 「はあ? 執務室を砲撃したんですよ!?」
- 「うちの提督はマゾな上に花火好きだから、どこかで眺めていたみたいね。爆炎が綺麓に上がったから無罪とか言ってたわ」
- 陽炎は 「いいかげんな」と思った。普通なら間違いなく装備は解体、艦娘自身は裁判にかけられて久里浜の刑務所に送られる。
- それはそれとして、罪になろうとなるまいと、陽炎はこの駆逐艦娘と一緒にいたくなかった。
- 「では、どこだか知りませんけれど、連れて行けばそれでいいのですね」
- 「まだあるわよ。陽炎への辞令があったわ。どこにいったのかしら……」
- 高雄は手にした書類の束をがさがさとめくる。
- 「これね。えーと、陽炎塑駆逐艦陽炎には、以下の駆逐隊への所属を命ずる。第十四駆逐隊」
- 陽炎は口の中で、今の辞令を繰り返した。十四、十四、聞き覚えがない。こんな駆逐隊あったのか。
- 「横鋲なのに十四なんですか?」
- 「さあ。ダーツかなんかで決めたんじゃないかしら」
- 本当に知らないらしく、高雄は適当なことを言っていた。
- 省令により横須賀鎮守府所属の駆逐隊は一から十までと決まっている。十四が横須賀にあるのは例外に近かった。
- 十番台は呉の駆逐隊に割り当てられている。自分が呉出身だから十四なんだろうかと陽炎は思った。それとも他に理由があるとか。
- 「なんだか残り物の隊みたいですね」
- 「よく分かったわね」
- 「嫌なこと言わないでください。あたし以外は誰なんですか」
- 高雄は陽炎の隣を指さした。
- 「そこにいるわよ」
- 「は?」
- 「そこ」
- 陽炎には、高雄がなにを言っているのか分からなかった。いや、本当は理解している。
- ただ信じたくなかったのだ。新鋭駆逐艦陽炎型だから横須賀に呼ばれたのだ。理不尽な目に遭うはずがないと思っている。
- 恐る恐る隣を見て、それから向き直った。
- 「まさか……曙と……?」
- 「そう」
- 陽炎は飛び上がった。
- 「ううう嘘ですよね!?」
- 「なんで嘘をつくの。自分で残り物って言ってなかったかしら」
- 「まさか本当なんて……!」
- 「呉鋲の艦娘は推理が上手だと思ったわ」
- 高雄はこれで終わりと言わんばかりに、書類をくるくる丸めていた。
- 陽炎はすがりつく勢いで言う。
- 「きょ、智導艦は、背導艦はどなたですか!?高雄さんですよね!?」
- 「あなた」
- 「えー!?」
- 「第十四駆逐隊の閣導艦は陽炎がやるの」
- 「きやー!」
- 簡導艦は駆逐隊の指揮統制をおこなうための艦である。通常は速力と通信機能に優れた軽巡洋艦が務める。駆逐艦がおこなうのは異例中の異例だ。
- 泡を吹きそうな陽炎に、高雄が続ける。
- 「今まで何人もの艦娘が曙の簡導をやろうとして突放してるわ。私が臨時で務めていたけど、ようやくお役御免ね」
- 「だからってあたしなんて……!」
- 「呉出身ならいけるって提督が言ってたわよ」
- そんなの聞いたこともない。広島あがりで全てが統率できるのなら、今ごろこの星はカープかサンフレッチェのものだ。
- 陽炎は眩葦に襲われ、座り込みそうになった。高雄はさばさばした顔で喋っていた。
- 「肩の荷が下りたわ。なんだか海がいつもより青く見えるわね」
- 「あたしにはどぶ川と見分けがつきません……」
- 「第十四駆逐隊の娘は他にもいるから、捜すといいわよ。仲よくやりなさい」
- そう告げると高雄は「今日は牛缶でパーティーかしら」と言いながら去ってしまう。
- あとには二人の艦娘が残された。
- 陽炎は横目で隣をうかがう。口と態度の悪い艦娘は、いかにもつまらなさそうにしていた。
- しばらくしてから曙は、独り言のように言う。
- 「……貧乏くじ引いたわね」
- 「分かってんじゃない」
- 意外と素直だなと思った瞬間、曙がじろっと睨む。
- 「あたしのことよ」
- 陽炎はついに「うるさいクソ馬鹿」と叫んだ。なんだこの性格の悪い駆逐艦は。綾波塾にはい和親抑移いと聞いていたのに、こいつは下の下の下だ。誰が仲よくなんかするものか。反跳爆撃喰らってサーモン沖に沈んだ方がまだマシだ。
- 曙は陽炎の胸の内を知らない。とっくに姿を消していた。
- -------------Chapter 2---------------
- 提督は鎮守府で一番偉い人であり、艦娘たちを統括し、指揮する人物である。なお、駆逐艦娘たちは 「提督」 ではなく 「司令」 と呼ぶことが多い。陽炎は呼んだり呼ばなか ったり。
- 第十四駆逐隊への所属は本当で、手違いではとの期待を抱いた陽炎を木っ端微塵に打ち砕いた。提督に改めて着任報告したところ、最初に言われたのが 「曙としっかりやれ」である。
- 「しっかりですか……」
- 無駄と分かっていながら、陽炎はそう言わざるを得ない。
- 提督はうなずいていた。
- 「あいつはいい掛妙だ」
- 「執務室を砲撃したんですけど……」
- 「おかげで俺はなぐさめてもらうことができる。今日は鳳翔さんにしようかな」
- 浮かれている様子だったので、陽炎は黙って敬礼すると外に出た。なお執務室は、いつトラブルに見舞われてもいいように、再びプレハブによって再建されるとのこと。
- さてなにをするか。転属初日のせいでやることがない。自室で寝ころんでいてもいいのだが、逆に曙への怒りを溜め込みそうだ。それに夕食までまだ時間がある。
- そういえば、第十四駆逐隊って、他にも艦娘がいるんだっけ……)
- 提督から受け取った用紙を広げる。
- 「まずは……皐月か」
- 実際に会ったことはないが、聞いたことはある。確か睦月型で、非常に勇猛果敢らしい。
- 「この娘はまともそうね」
- そのまともな艦娘はどこにいらっしゃるのか。此郵恥に問い合わせてもいいが、ここは手っ取り早い方法を採りたい。
- また鎮守府庁舎に入る。どこの鎮守府だろうとこういうことに詳しい人は、あそこだと相場が決まっている。
- 「失礼します」
- 陽炎は扉が開け放たれた一室の前でかしこまり、声を上げた。やはり緊張する。呉にいた人はおっかなくて、あらゆる艦娘がその人の前を通るだけで背中に汗をかいていた。
- 許可があるまで室内には足を踏み入れない。廊下に立ったままさらに言う。
- 「質問があるのですが、よろしいでしょうか」
- 「いいわよ。そんなとこにいないで、入って、入って」
- 中にいた垂れ目の女性が、にこやかに返答していた。
- 彼女は重巡洋艦の愛宕。高雄型の一一番艦だ。鮮やかな金髪と、堂々たる胸部装甲がどうしたって目に入る。見事な胸が多い重巡の中でもひときわ目立っており、世間では彼女の画像が大量に出回っている。
- 「ありがとうございます」
- 礼を言った陽炎だが、愛宕は少し首を傾げる。
- 「もう。呉の娘はお堅いのが多いのよねえ。もっとお姉ちゃんに話しかけるようにしてくれないかしら」
- 「あたしは一番艦ですから」
- だから姉はいないと言いたかったのだが、愛宕は苦笑していた。
- 「そういう意味じゃないわよ」
- 「婆さんは裟撃す。失礼な笠はとれません」
- 眼前の女性は手をひらひらさせる。
- 「いいの、いいの。提督の方針でね、艦娘はフレンドリーがなによりなんだから。私たちはみんな家族なの」
- 陽炎は 「分かりました」 と言い、緊張を解いた。自分としてもその方がやりやすいの
- でありがたかった。
- 秘書艦とは簡単に言って、提督の補佐をするための役職である。建造、開発のアシストからスケジュール調整、健康管理までなんでもおこなう。提督にもっとも近い立場の艦娘だった。
- 彼女に知らないことはなにもない。呉鎮守府の秘書艦は冷静でおっかなくて、ネジ一個の行方まで把握していた。粥軒の無駄遣いをしようものなら、明け方まで理由を問いただ
- 質されたものだ。
- 秘書艦は、戦いだけをしていればいい艦娘とはひと味違う能力が必要とされる。たとえば統率力だったり、交渉能力だったり、事務処理能力だったり。
- だが愛宕は、そのどれにも当てはまらないように感じられた。あえて言えば 「色気担当」 のような。
- 「それで、どういうご用かしら」
- ふわふわした口調で言ってくる。調子狂うなと陽炎は感じた。
- 「第十四駆逐隊の艦娘たちがどこにいるか知りたいんです。とりあえず皐月を」
- 「皐月ってあの元気な娘ね。妹っていうより、弟みたいな艦娘よ」
- 「どこにいるんでしょうか」
- 「教えない」
- 「はい?」
- 思わず陽炎は聞き返す。愛宕は頬を膨らませていた。
- 「お姉ちゃんみたいに思ってって言ったでしょ」
- 「ええ」
- 「だからお姉ちゃんに訊くみたいにしてくれなくちゃ、教えてあげないんだから」
- 「いや、でも……」
- 「お姉ちゃんって言ってくれなきやいやなの」
- 手で拳を作り、新鮮を振って「いやいや」の仕草をしていた。そのたびに胸が船舶振那敵艦みたいに揺れる。
- 陽炎はその大きさに感心する余裕などなく、ただただ絶句していた。
- 「…………」
- 「言って、言って」
- 「……あのー、あたし、姉いなくて…‥」
- 愛宕はその苦情を無視すると、いいことを思いついたみたいに言った。
- 「こうしましょう。質問のあとに、『お姉ちゃん』 ってつけて」
- 「はあ!?」
- 陽炎は耳を疑う。横須賀では悪い病気が流行っているんだろうか。太平洋の潮風がいけないのかもしれない。
- 「お姉ちゃんって呼んでくれたら、答えてあげるわ」
- 「でも……」
- 「ほら、呼んで」
- 愛宕はにこにこしている。しかし優しそうな表情とは裏腹に、言わなきや絶対に教えてくれそうになかった。
- 陽炎は諦めた。数回深呼吸をする。それから口を開く。
- 「さ……皐月がどこにいるのか教えてください……お、お姉……ちゃん……」
- 「そんなんじゃ駄目。もっと感情込めないと」
- 愛宕の膨らんだ頬は元に戻っていない。陽炎はやけくそになって言った。
- 「皐月がどこにいるのか教えて、お姉ちゃん」
- 「んー、可愛い!」
- いきなり抱きしめられた。胸の谷間に陽炎の顔が埋もれる。
- 「むがー」
- 「陽炎型ってほんと性能もいいし可愛いわあ。ようやくお姉ちゃんって呼んでくれたのね」
- 「むがむが」
- 「可愛い妹のためならなんでもするわよ」
- 愛宕はペンを取り上げると紙にさらさら記入する。陽炎に押しっけるようにして渡した。
- 「はいこれ。全員分書いておいたわ。お礼は?」
- 「……どうも」
- 「違うでしょ」
- 「ありがとう、お姉ちゃん」
- 愛宕はにっこりとする。
- 「よくできたわね。今度一緒にピクニックでもどうかしら」
- 陽炎は 「行きません、お姉ちゃん」 と呟くと、早々に退出した。
- 愛宕から渡されたメモによると、皐月は船渠にいるとのことであった。
- 「入渠している? 怪我してるのかな」
- 陽炎は早足で船渠へ向かった。
- いくらもしないうちに、こぢんまりとした、椅麓で新しい建物が見えてくる。艦娘専用の施設だ。
- 正式名称は「艦船報朋顧疇邸郵掛野だが、艦娘たちは蹴彩と呼ぶ。軋献鮮蝦との戦いで大きな被害を受け、療養の必要があると判断された艦娘たちはここに送られるのだ。なにしろ深海棲艦と戦えるのは彼女たちしかいない。なので治療にもたっぷり予算が与えられていた。
- 陽炎は入り口で面会用のパスを受け取ると、説明を受けてから中に入る。「壱」 と書かれた扉をノック。
- 「いいよー」 と返事があるから開けた。
- 広々とした個室だ。窓は採光のために大きく取られており、生花がいくつも並んでいる。如野郎がるためにテレビ、ラジオは当たり前、醐郡鋸まで飼育されているのには驚いた。壁にかかっているのは風景画。どこかの牧場のもので、戦闘に疲れた心を落ち着かせるためだそうだが、艦娘によっては 「沖ノ島海域」 の戦闘風景画をかけて意欲を維持することもあると聞く。
- ベッドは中央にある。が、誰もいない。
- 「あれ……?」
- 空っぽだった。返事はあったはずなのだが、肝心の艦娘はどこなのだろう。
- 「こっちこっちー」
- 向こう側から声がする。陽炎はベッドの反対側に回った。
- そこに艦娘がいた。きっとこの娘が皐月だろう。ただ、どうにも声をかけづらい。
- なぜなら彼女は、タンクトップで腕立て伏せをしていたからだ。
- 「ごめんねー」
- 床を見つめながら、皐月が言う。
- 「ちょうどトレーニングをはじめたばかりだったからさー。出られなくて」
- 「いや……いいんだけど……」
- 「キミも一緒にやらない?」
- 「あたしがけ!?」
- 「気持いいよ。やろう」
- 陽炎は口をもごもごさせた。腕立て伏せと罰走は鎮守府名物である。ミスをした艦娘はなにかにつけてやらされる。そのためいい印象を持っている艦娘はいない。
- だが皐月だけは別らしい。陽炎は断る口実を探したが、急かされたので仕方なく床に両手をついた。
- 「じゃあ最初から。いーち」
- 皐月のかけ声で、身体を動かす。
- 「にーい」
- うわあ、やっぱり身体が重いなあと陽炎は感じた。この手の筋トレはさぼるとあっという間に効果を失う。艦娘候補となり江田島でしごかれたときは毎日のようにやらされたものだが、久しぶりなので身体がきしみをあげているみたいだ。
- 「じゅーう。で、キミはなんの用なの?」
- 「あ……あたしは陽炎。第十四駆逐隊に配属されたのよ」
- 「じゅーご。ああ、キミが簡導やる艦娘なんだ。ポクは皐月。よろしく」
- 「よろしく……ね、ねえ皐月。横顔の船渠じゃ基礎体力訓練が必須なの?」
- 「ううん。違うよ」
- にーじゅう。とかけ声をかけながら、皐月が言う。
- 「ポクの趣味。ボク出撃するたびに怪我しちゃってさ、でも船渠って暇だからこうしてるの」
- 「怪我人が腕立てなんてやる必要あんの? 駆逐艦の怪我なんか少し船渠入りしてりや出られるわよ」
- 「さーんじゅう。だってボクらは身体が資本だからさ、こうやって鍛えておかないとねえ」
- 「だからって、あたしにまで……やらせるのは……」
- 「よーんじゅう。キミだけじゃなくて見舞いに来た全貞とやってるよ。でもなんだかねー、みんな途中でやめていなくなっちゃうんだよね。いつの間にか組んでくれる娘がいなくなって、第十四駆逐隊配属になったんだ」
- あははと皐月は笑った。
- そうか分かったぞ。二の腕が小刻みに震えるのを感じながら陽炎は思った。この娘、こうやって艦娘たちを試しているんだな。自分についてこられるかどうか、実力を図っているのだ。多くの艦娘たちは 「馬鹿にするな」 と叫んで離れていったに違いない。そりゃ見舞いに来て腕立てを強要されたら、腹も立てるだろう。
- この娘も曙並の残り物だったと、陽炎は心の中で嘆く。
- そこに皐月の声がかかった。
- 「よんじゅうきゅー。よんじゅうはーち」
- 「ちょっと! なんで教育隊式なのよ!? 普通、五十で終わりでしょうが」
- 「あれー? もうへばったの?」
- 皐月が平然とした口調で言う。
- 「呉出身ならもう少しやれると思ったんだけどなー」
- 「くつ……」
- 歯を噛み鳴らす陽炎。これで火がついた。
- 「いくらだってつきあうわよ!」
- やってやろうじゃない。そうとも、曙が言うように、陽炎型は体力に自信がある。江田島じゃ回りがハタハタ倒れる中、不知火と二人で延々腕立て伏せをしていたのだ。航続距離が短くて途中でへばる連中とはできが違う。勝負なら受けて立とうじゃないか。
- 「さんじゅうきゅー。おお、陽炎やるねえ」
- 「さんじゅうはーち! さあ、どんどんカウントしなさいよ!」
- 「さんじゅうなーな。そうこなくちゃ」
- いったん五十近くまでたどりついた数字はどんどん下がっていき、ゼロになるかと思ったらまた上がる。終わることのない意地の張り合い。
- 二人の汗が、まるで池みたい溜まったころ、ようやく皐月はカウントを止めた。
- 「ごーじゅう。いやー、疲れた疲れた」
- 五十と言っても実際は二百回近くだ。皐月は立ち上がり、ベッドに置いてあるタオルを二本取った。
- 「これ使っていいよ」
- 「ありがと」
- 陽炎は極力平静な顔をして受け取った。実際には足がふらふらで手も震えていたが、白旗を上げるものかとの意地が彼女を支えていた。
- 「陽炎ってやるねえ。ここまでポクにつきあってくれた艦娘って、他にいなかったよ」
- 感心したように皐月が言う。陽炎は汗を拭った。
- 「へー。横鋲の娘ってよっぽど体力ないのね」
- 「あはは。言うねえ。で、ポクを呼びに来たの? 船渠から出ていいって?」
- 「そういうこと。愛宕さんの許可もあるから」
- 陽炎は場所を教えてもらうのと同時に、退院の許可も得ていた。
- やったと喜ぶ皐月。
- 「愛宕さんがいいって言ってくれたんだ」
- 「感謝しなさいよ。あたし身体張ったんだから」
- 「もしかしたら、お姉ちゃんって呼んだ?」
- 「呼んだわよ」
- 皐月は驚いた風になり、それから腹を抱えて笑い出した。
- 「みんな呼ぶの嫌がって逃げ回ったのに。凄いねえ」
- 「え!?他の艦娘も呼んでるもんだと……」
- 「陽炎がはじめてだよ」
- ダマされたと陽炎は嘆いた。道理で愛宕が激しく喜んだはずだ。
- 「ま、まあ、それは忘れるわ。今後はあたしの指示に従ってもらうからね」
- 「うん。いいよ」
- 意外なことに、あっさりと皐月は答えた。
- 「腕立て最後までつきあってくれたからね。ボクは陽炎に従うよ」
- 「ならいいわ」
- 陽炎はタオルを丸めた。
- 「これ、洗って返すから」
- 「あげるよ。明日には退院するから、また一緒に腕立てやろうね」
- さすがに陽炎は 「二度とごめんよ」と言い返した。
- 船渠の外で陽炎は座り込む。帰り際にちらりと見たら、皐月は腹筋連動の準備をしていた。あの入渠患者め、お前本当に怪我人なのか。
- しばらく深呼吸してから立ち上がった。さあ次だ次。どこにいるのかも定かではない連中に、会いに行かねばならぬ。
- 「次はと。霰か……。霰?」
- 一瞬見間違いかと思ったが、愛宕の椅貰な文字では勘違いしょうがない。確かに最と書いてあった。
- いつもは自習室にいると書いてあるので、さっそく行ってみる。
- 自習室は駆逐艦寮にある。駆逐艦寮とは駆逐艦が寝起きする宿舎のこと。
- 当然ここは駆逐艦専用で、各自に一つずつ机が割り当てられ、勉強なり調べものなりができるようになっていた。
- 駆逐艦寮自習室の机は多い。駆逐艦の数が多いからだ。これが空母寮、戦艦寮にもなると、同じ広さでも机が少ないからゆったり使えるらしい。横暴だ、抗議に行こうとの声は昔からあって、そのたびに「排水量で上回れたら自習室を拡張する」と言われてぽしゃる。
- 陽炎は自習室に入ると、ごちゃごちゃした設備をすり抜けながら奥へ向かった。艦娘が借りだした装備品を調べるためマニュアルと首っ引きになることがあるので、あちこちに砲塔や魚雷発射管が置かれている。中には弾頭を外した九十式魚雷や艦本式タービンまで転がっている。
- 彼女はそれらを巧みにすり抜けた。こんなのはまだいい方で、呉では蚕棚みたいにハンモックがぶら下がり、そこに砲身が置かれたりしていたのだ。
- 「あ、いたいた」
- 目当ての艦娘に近寄る。
- 寂は机に嫡誓言い隼芦小柄な娘の多い駆逐艦の中でもさらに小さく、身体も痩せ型。
- 室内なので駆逐艦娘一種略帽は脱いでおり、軽くウエーブのかかった髪がよく分かった。
- あのころと変わらない。
- 陽炎は嬉しくなって声をかけた。
- 「霰、ねえ、霰!」
- 霞が振り返る。幼いが整った顔立ち。
- 「久しぶりじゃない!?」
- 霞は陽炎をじっと見つめる。しばらく無言だった。
- やがて小首を傾げた。
- 「……誰……?」
- 陽炎は危うくひっくり返りそうになる。
- 「あたしよあたし! 陽炎! 呉の第十八駆逐隊で一緒だったじゃない!?」
- 「ああ……」
- 霰は、分かるか分からないかの動きでうなずいた。
- 「そういえば……」
- 「思いだしてくれた?」
- 「多分……」
- 不安になることを、霞はまだ呟いていた。
- 陽炎と霰は呉で一緒の駆逐隊だったのである。他には不知火と霞がいた。いわゆる同じ釜の飯を食った仲という奴で、陽炎はここに所属していることを、誇りに思ったものだ。
- 霰は陽炎の前に転属になった。ただ場所までは聞いていなかった。なにしろ無口なので、どこに移るか知らせてくれなかったのだ。そのくせおごりのあんみつはたくさん食べたので、無口は追及をかわすための手だったのではと疑うこともある。
- それでも、懐かしの顔を見られて陽炎はほっとしていた。
- 「霰、あんたも第十四駆逐隊になったんだね」
- 「うん……」
- 「あたし、昔の仲間に会えて嬉しい」
- 「……私も……まあ……」
- 何故か距離を置くような口調だったが、陽炎は気にならない。
- 腕を広げた。
- 「抱きしめてもいい?」
- 「それはちょっと……」
- 「そう言わないで」
- ぎゆう。強引に抱きしめる。なんかあたし愛宕さんみたいだなと思いつつも、久しぶりの再会による感激は、まだ続いていた。
- 霰は黙って従っている。もとよりあまり自己主張の激しい娘ではない。
- 「ねえ霰、あたし横鋲で一人ぼっちじゃないかって不安だったの。入渠中のボクっ娘は腕立てはじめるし、なんか性格の悪い艦娘を押しっけられるし」
- 「それ曙……」
- あのひねくれ者は有名人らしい。
- 「でも霰がいてくれて嬉しいよ。なんで第十四駆逐隊に?」
- 「駆逐隊の割り振りがあって……なんとなく黙っていたら……十四行きって言われた……」
- 「あんた無口だもんね。でもあたしもいるから大丈夫」
- 「なにが大丈夫なのだ?」
- 声と共に、いきなり襟首を掴まれ引っ張られた。
- 振り返るとそこにも艦娘がいた。吊り上がり気味の眉毛にふわっとした髪。意思の強そうな顔立ちと口調は、艦娘というより騎士か古武士を思わせる。
- 陽炎は彼女の黒っぼいセーラー服を見てピンと来た。この娘は睦月型ではないか?
- 「……あんたが長月ね。やっぱり第十四駆逐隊の」
- 「そうだ。お前が陽炎か」
- 長月はあまり友好的ではない視線を向けながら言った。
- 「自習室に入ってきたと思ったら、無抵抗の毅に抱きついた。配車のか配か?」
- 「違うわよ! 旧交を温めてんの」
- 「別に温める必要はないだろう」
- 長月はかなり露骨に、陽炎と霞の間に割って入る。
- 「ここは横須賀だ。呉ではない」
- 「今じゃあたしも横鋲なんだけど」
- 「ならば別に駆逐隊がある。そっちに行けばいい」
- 「提督に命令されたんだから、しょうがないでしょ」
- 「あの人は鳳翔さんか雷に鰯を撫でてもらえばなんでも言うことを聞く。二人を買収しろ」
- 「なんでそんなことまですんのよ!」
- 陽炎は思わず声を張り上げた。長月は冷たい目線に少しの感情を込めて続ける。
- 「第十四駆逐隊は元々、私と寮だけだった。二人で最高の駆逐隊にしようと話しあっていたところだ。そこにお前や皐月が転属してきて、曙まで配属されることになった。せっかくの士気が削がれるだろう。だから出て行ってくれ」
- なんとなく分かってきた。
- つまり長月は、陽炎のことを邪魔者だと感じているのである。二人きりで様々なものを積み上げようとしているところへ、部外者がやってきて仲間面するようなものだ。砂場を踏み荒らされた感覚、と言えばいいだろうか。
- そりゃお気の毒と思ったが、こっちが引っ込むのもあれだ。
- 陽炎はわざとらしく咳をする。
- 「あたし簡導艦だから。従ってもらうよ」
- 「なんだと」
- 長月が意外そうになる。聞いていなかったらしい。
- 「どうして駆逐艦が駆逐艦の暦導をやるんだ」
- 「提督に聞いて。とにかく、今後はあたしが第十四駆逐隊の中で一番偉いの。逆らうことは許さないから」
- さすがに自分でも言いすぎかなと感じたが、他に台詞が思いつかなかった。頭ごなしは陽炎自身が嫌う行為だが、じっくり説得する余裕もない。曲がりなりにも組織なのだから、上位者の言うことには逆らわないだろう。
- しかし長月は逆らった。
- 「断る」
- 最をかばうようにしながら言った。
- 「私はお前を響導だと認めない。第十四駆逐隊は私と豪だけの隊だ。邪魔をするな」
- 「変なことぽっかり。あんた元々佐鏡の所属じゃない? 睦月型なら霞じゃなくて皐月と組むべきでしょうが」
- 「あんな筋トレマニアはいらない。寮と組むと決めた」
- 長月は誰の意見も聞くものかという目をしていた。曙は反抗的だったが、彼女の場合は強情だ。陽炎もあとで知ったのだが、この性格が災いして第十四駆逐隊に飛ばされたらしい。
- 「お前に用はない」
- 「あたしはあんのよ」
- 「ないと言ったらない。霰、行こう」
- 長月は寮を引っ張る。ぼんやりしていた霰は、そのままついていく。
- 待ってと言う暇もなかった。二人はどこかに行ってしまい、陽炎はそのまま立ち尽くす。
- 口をへの字に曲げた。なんだってこんな娘ぽっかりなのよ。提督はあたしに恨みでも
- あんのかしら。残り物をなんとかしろって、敗残兵かき集めた部隊じゃないんだからさ。
- 直後に、似たようなものかと思う。無口なだけの霞はまだましとして、ひねくれ者に筋トレマニアに意地っ張り。あたしもきっと、どっかにカテゴライズされているんだろ。
- ひとしきり嘆くと、陽炎は最後の一人を捜そうと、自習室から出ていった。
- 第十四駆逐隊の残る一人は潮であった。
- また厄介者の上捜す手間がかかるんだろうかとうんざりしたが、そうはならなかった。
- 向こうから来たのである。
- その駆逐艦娘は、港に行こうと外へ出た陽炎の元に駆け寄ると、ぺこりと頭を下げた。
- 「あの、陽炎さんですか? 陽炎型駆逐艦の」
- 「そうだけど」
- 「私、潮です」
- 陽炎は 「あー」と言うと、あっさり目的が達成できたので拍子抜けした。
- 潮は大人しく気も強くなさそうな風貌だ。角度によっては今にも泣きそうに見える。
- なんかまた極端な性格なのかなと陽炎は思った。だいたい駆逐艦なんてのは小さな見かけに反比例して態度がでかいとか、一度黙ったら今世紀が終わるまで無言でいるみたいなのが多い。Destroyerの英名が表わすとおり、大型艦に出会ったら喰ってやろうと狙っているためか、奇矯な性格になるという。これは海の向こうのケースだが、あまりに同型艦が多いためわざと変人行動をおこなうことがあると聞く。
- 目の前の駆逐艦娘は、なんというか艦娘らしくないくらい、気弱に感じられた。
- 念のため陽炎は訊く。
- 「あんたも第十四駆逐隊なんだよね」
- 「はい。あの、お世話になります」
- 思わず陽炎は 「いえいえ、こちらこそ」 と答えて頭を下げてしまった。やけに礼儀正しい艦娘である。
- 潮が顔を上げる。それだけで胸が揺れる。
- 陽炎は、しみじみと呟いた。
- 「駆逐艦なのに……」
- 「なんでしょう……?」
- 「なんでもない。じゃあこれで、全貞揃って……」
- 「えと、曙ちゃんはどこにいるんでしょうか」
- 「さあ。どっかその辺にいるんじゃない?」
- 「私、ずっと接しているんですけど、見つからなくて……」
- 潮は話しながらも、あちこちきょろきょろ視線を巡らせていた。
- 陽炎はいい加減に答える。
- 「きっと鎮守府庁舎の屋上とかにいるわよ」
- 「そこで他の駆逐艦娘と喧嘩したらしいんです。人を見たら突っかかるのやめてって、いつも言ってるのに……」
- それあたしのことだと陽炎は思った。新参の自分だけではなく、まんべんなく喧嘩を売っているらしい。
- 「もういいわよ。あたしとは顔を合わせたから」
- 「でもやっと曙ちゃんも駆逐隊に所属できたんです。今までどこに所属しても追い出されて……あ、いたいた」
- やや遠く、訓練用運動場の近くに曙はいた。
- 潮が 「曙ちゃん!」と呼びかける。曙はちらりとこちらを向き、無視して歩き続ける。
- そこに潮が駆け寄り、なにごとか話をする。
- きっと 「みんなと仲よくしないと」 みたいなことだろう。曙は頑として承知しないらしく、潮がなにを言おうと突っぱねる仕草だ。罵声を浴びせているのか、腕を振り回すことまでしている。
- 潮がしょげはじめてきたのが、遠くからでも分かる。たまらず陽炎は自分から近寄った。
- 「ちょっと曙」
- 曙はちらっと陽炎に視線をやった。
- 「また来たの。おせっかい」
- 相変わらずの口の悪さだ。息が若干荒いのは言い合っていたからだろう。全身から「寄るな触るな近寄るな」 の雰囲気が出ている。
- 対照的に潮は涙目だった。陽炎はさすがにむっとし、腰に手を当てた。
- 「あんた友達にもっと優しくしなさいよ」
- 「友達? ひょっとして潮のこと」
- 「当たり前よ。わざわざあんたを捜していたんだから」
- はっと笑い出す曙。
- 「馬鹿言わないで。あたしが頼んだわけじゃないんだから。大きなお世話よ」
- 「あのねえ、必死であんたのことを捜してんのに友達じゃないってなによ」
- 「一人がいいのにあたしを駆逐隊に所属させようなんて、お節介以外のなにものでもないわ」
- 話にならんと言いたげだ。陽炎はますますむっとした。
- 「みんなのことを知って欲しいからでしょう」
- 「羞みたいに単機等り回ってる娘だっているわ」
- 「あれはあんだけ船足の早いのがあれしかいないからでしょうが」
- 島風は同型艦がいないため駆逐隊を組みづらい。そのため例外的な扱いをされていた。
- 曙は綾波型。吹雪型の改良なので、同型艦はそこら中にいる。
- 「駆逐隊はまとまっているから戦力になんのよ。バラバラだったら主力の露払いも、護衛もできないじゃない」
- 突然、なにが気に触ったのか、曙は大声を出した。
- 「護衛!?馬鹿言わないで! そんなの惨めで頭の悪い駆逐艦のやることなんだから!あたしはお断りよ!」
- 「はあ? 大事な任務よ」
- 「このお人好し! そうやっておだてられて使い潰されるから、駆逐艦がナメられるのよ!」
- 陽炎は目を白黒させた。護衛は駆逐艦の大事な任務だ。大型艦から鵬酢まで守れるものはなんでも守る。飛んでくる敵航空機を叩き落としたり、翳艦を追い払ったり、難者の救助だってする。
- 彼女はそれらの任務を誇りに思っていた。かつての旗艦、神通にも「護衛は駆逐艦にしかできない、大事な任務なのです」と繰り返し教えられたのである。自分たちのおかげで大型艦が力を発揮できるのだとの自負もある。
- なのにこの言い草はなにごとか。
- 「……駆逐艦がナメられてるのはどっちのせいよ!」
- とうとう陽炎は怒り出した。
- 「あんたみたいに性格悪いのが駆逐艦の評判下げてんのよ! 押しっけられたあたしはスクラップの業者か!」
- 「そんな恰好いいもんじゃないわ。しょせん陽炎型でしょ。ウスバカゲロウみたいに一瞬で消えるのがオチね!」
- 「そうやってひねくれたことばっか言ってるから嫌われんの!」
- 「嫌われていることくらい知ってるわよ。ほっといて!」
- 「あたしだってほっときたいけど、同じ駆逐隊なのよ! 仲間じゃない!」
- 「気に入らないなら外せば!?愛宕さんに言えばやってくれるわよ」
- 「ええやってやるわよこのクソ馬鹿! 装備はキヤビテ港に叩き込んであんたは若狭沖で標的艦にしてやる!」
- 「さっさとやることね! でないとあたしが短艇のオールでぶん殴る代わりに、魚雷ぶち込むから!」
- 曙は「ばーか!」と捨て餌瓢を吐くと、背を向けて走り去る。
- 陽炎は止めなかった。腹の中ではまだ怒りが渦巻いていた。
- 「あの……」
- おずおずと潮が声をかける。
- 「なに」
- ぎろっと目を向けると、潮がびくつとする。
- 「あ……ごめんなさい……」
- その表情を見て後悔した。
- 「いや……あたしこそごめん。あんたのせいじゃないのにね」
- 陽炎は怒りを押し殺し、無理矢理笑顔を作った。もはや曙には怒りしか湧いてこないが、潮にぶつけるのはさすがに間違っている。
- 潮はまだ、陽炎の気拝をうかがうようにしていた。
- 「すみません……曙ちゃんの代わりに謝ります」
- 本当に頭を下げたので、陽炎は急いで止める。
- 「いいっていいって。悪いのは全部曙だよ」
- 潮は上目遣いで陽炎を見た。
- 「あの……曙ちゃんのこと、本当に外すんですか……?」
- 「どうしようかなあ」
- 悩む様相を見せたからか、潮の目に涙が浮かぶ。陽炎は慌てて否定した。
- 「しないしない。曙は第十四駆逐隊のままだから。言われるだけ言われてから追い出したら、こっちが負けたみたいで悔しいじゃん。一緒にいるわよ」
- 胸を撫で下ろす潮。
- 「ありがとうございます。安心しました……」
- 「あたしももっと悪口を磨かないとねえ」
- 冗談のつもりだったが、潮は本心だと受け止めたらしく。
- 「あまり曙ちゃんに影響されないでください。今までいた駆逐隊も、全部ギスギスしちゃったんです。あの娘のことはただ見守っていた方がいいと思います」
- その台詞に、陽炎は呆れるより感心した。
- 「潮って優しいねえ」
- 「どうも……」
- 「でも利用されるだけになるから、曙と緑を切っちゃえば?」
- 潮は首を振る。
- 「それはできません。せっかく曙ちゃんを受け入れてくれる駆逐隊に入ったんです。最後まで付き合います。これをきっかけにして元の素直な娘に戻ってもらわないと」
- 「素直? 曙が?」
- きっと冗談を言っているのだろうと思ったが、潮は大真面目だった。
- 「はい。私、あの娘ほど実直で任務に忠実な駆逐艦娘を知りません」
- 「まさかあ」
- 陽炎はつい笑ってしまった。潮は真顔だ。
- 「本当です。執務室に砲撃するのだって、提督さんから頼まれているんです。他に被害を与えないように、執務室だけ破壊してくれって。そうすれば提督さんは空母さんや戦艦さんに甘えられますから」
- 「あー……」
- 陽炎は提督の 「今日は鳳翔さんにしようかな」 の言葉を思い出していた。
- しかし巻き添えを出さずに執務室だけを破壊するのは、実は相当な腕前ではなかろうか。とばっちりを受けた陽炎だって、怪我はしていないのだ。
- 「うーん……忠実、かあ……」
- 「陽炎さんの言いたいことは分かります。でも、曙ちゃんがああなったのは私にも責任があるんです。だから許してあげてください」
- 「そうなの?」
- つい聞き返す陽炎。だが潮は何度も礼をして、「どうか曙ちゃんをお願いします」とだけ言っていた。
- 第三
- -------------Chapter 3--------------- 66
- 翌朝。
- 起床ラッパの音より前に、曙は寝床から一逢い出した。
- 前にも述べたが駆逐艦は全員駆逐艦寮に入る。駆逐艦娘二人か三人で部屋は一つ。
- それぞれベッドとロッカ1が与えられる。余談になるが配艦や蟄恥の場合は、個室の上、二間もある大きな部屋を与えられており、これも時々やっかみの対象となる。
- 通常、駆逐隊の艦娘は四人だが、第十四駆逐隊は最大の六人である。なので部屋は三つも使う。配水蹴並に狭い室内には二段式のベッドがあり、プライバシーを保証するのは遮光のためのカーテンのみ。否が応でも他の艦娘と親密な関係を築かざるを得なくなる。
- 陽炎は皐月と同室だった。彼女は明るい性格なので退屈しないと思っていたが、カーテンを常時閉めていた。灯火管制じゃあるまいしそんなことしなくていいのにと思う。
- 陽炎がはじめて部屋に入ってさあ寝るかと呟いたときでも、カーテンを開けようとしなかったくらいだ。時々物音がするが、どうも腕立て伏せをやっているらしい。
- 本当はあまり他者と接したくないのだろうか。しかもこの部屋だけではなく、第十四駆逐隊はどこも同じみたいだ。
- (調子狂うなあ……)
- 呉ではもっと関係が濃密だった。駆逐隊なんてどうしたってそうなってしまうのだ。
- 彼女は自分の服装を整えるとき、不知火の服もチェックしていたのだ。もちろん不知火にもチェックしてもらっており、なんだか危ない関係と言えないこともない。
- この 「どこか狂った感覚」 は、そのままはじめての訓練でも続いた。
- 鎮守府の桟橋に集まった第十四駆逐隊。陽炎はいきなり高雄にこう言われたのである。
- 「あなたがやって」
- 高雄に 「ご指導お願いします」と告げた途端、返ってきた台詞がこれだった。
- 「え」と口走った陽炎に罪は誇招福常この手のことは軒朝粥蹴れ郵融解賢下に指導するのだ。特に軽巡洋艦は砲雷撃訓練では仮想敵の役割もこなす。
- 「なんであたしがやるんですか」
- 「衝導でしょう」
- 「あたし駆逐艦ですよ!?」
- 「やってはいけないってことはないわよ」
- 「そうじゃなくて、やったことないんです!」
- 「誰でも最初ははじめてです」
- そう告げると高雄は、「私は鳥海と訓練がありますから」と行ってしまった。
- 残された陽炎は茫然とする。ひょっとしたら戻ってきてくれるのではと期待したが、高雄の姿は消えたまま。おまけに誰一人として通りかからない。
- 仕方なく振り返る。そこに第十四駆逐隊の面々が整列していた。
- 整列というのはいい面だけを表わした言い方だ。一応一列に並んでいるが、車の違法路上駐車並みに不揃いだ。長月は親の仇を見つけたみたいに陽炎を睨んでいるし、隣の霰は視線をあらぬ方向にさまよわせている。皐月は 「筋トレやろう、筋トレ」と繰り返しており、潮はおどおどと、自分の右隣ばかり気にしていた。そこにいる曙は露骨にそっぽ向いている。
- 陽炎は、彼女たちの訓練を指導しなければならなくなった。
- でも。
- (こいつら相手になにすりやいいのよー〕
- 彼女は嘆きの言葉を外には出さないが、心の中で存分に叫んだ。
- 自分は駆逐艦で軽巡洋艦や重巡洋艦ではないのだ。駆逐隊の訓練指導なんて聞いたこともない。習いたいことはこっちが山のようにある。裡導なんてやる自信もない。
- 何人かの艦娘が近くを通りかかる。そのたびに「曙がいる」 「皐月も」 「余り物だらけ」 なんて声が聞こえていた。
- 最悪の気分である。ああ神様、いらっしゃるのなら聞いてください。もし生まれ変われるなら空母がいいなんて贅沢言いません。この際駆潜艇や漁船改造の併置配敵艦でもなんでもなります。なにとぞ審都だけは押しっけないでください。あ、やっぱり仮装巡洋艦がいいです。なんか恰好いいので。
- 天を仰ぎ、二、三度瞬きをする。それで嵯歎はなんとか追い出せた。
- 「じゃあ、航行の訓練をしよう」
- 「なんだって?」
- 長月が敵意混じりの疑問を返す。
- 「いまさら航行か? 私たちは泳ぐこともままならない子供か?」
- 「航行は悪ての基本よ。海の上を進むんだからあたしたちは船なの。さあ、やろう」
- 陽炎はパンパンと手を叩いた。
- もっとも長月の言葉は当然だと思っていた。初歩中の初歩で、艦娘になったときから呆れるほど繰り返している。だからやらなくていいということにはならないが、「いまさらか」 という気拝はどうしても拭えない。
- ただ陽炎は、他にどういう訓練をすればいいか分からなかったのだ。なので自分でも分かる航行にしたし、不安を悟られないように手を叩いてうながした。
- 揃って装備を受け取りに行く。
- 艦娘は基本的に一日の大半を装備をつけて過ごす。訓練中はもちろんのこと、休憩中も外さない。食事と入浴と就寝のときだけは外し、整備姓に任せる。自分の命がかかっているのだから自分で整備をしたいという艦娘もおり、そういう人間には貸し出される。
- 郡部恥那御伽配軒で許可をもらい、装備品を受け取った。
- 陽炎は 「呉1横須賀」と書かれた装備を見てほっとした。なかったらえらいことだ。
- 駆逐艦なので、武器は全員砲と魚雷である。あとは通信機材に忘れると話にならない二つの主機。
- 陽炎の砲塔はは12.7cm激封郡だが、皐月と長月だけは12cm単装砲だ。配意艦と戦うためには武装の強化も急務だが、なかなか駆逐艦にまで手が回っていない。ただ魚雷発射管だけは全駆逐艦に行き渡っていた。これは提督の強い意向によるものらしい。
- 駆逐艦の各型によって、武装は形が異なっている。具体的には留め金の形状に違いがあって装着部位が変わるのだ。これは艦娘に相性があるためで、適性試験の結果によって割り振られる。
- この通性試験というのがなかなかの曲者で、当人が戦艦を希望しようが空母を希望しようが、試験結果が全てにおいて優先される。花も恥じらう少女たちは身体のサイズを測られ血と尿を採られて穴という穴の隅々まで調べられ、あげくコードが何本も伸びているため新種の生命体にしか見えないヘッドギアを棍せられて翻願にかっ慣なCG映像を投影され、上だの下だの赤だの青だの 「この人を殺してみたいですか?」 との質問にハイやイイエで答える。
- 試験結果はちゃんと知らせてもらえるが、過程は絶対に公表されない。かつて 「調査票を紙飛行機にして一番遠くに飛んだ順から決めているのでは」と疑った艦娘が情報公開訴訟を起こしたことがあるが、特別機密扱いのため門前払いされた。
- 陽炎は自分が駆逐艦に選ばれたことを後悔していない。が、たまにこの適性試験は機能していないのではと疑うこともある。曙みたいな艦娘と出会った時は、特にそうだ。
- 今も保管庫の中で、曙はそっぽを向いたまま動こうとしない。
- 「ちょっと、装備つけなさいよ」
- 陽炎の注意も無視したまま。
- 「曙、全員で航行しなきゃ訓練になんないでしょう」
- 「意味ないわよ」
- 曙は陽炎を睨んだ。
- 「どうせみんな下手くそで陣形も艦隊運動もできやしないんだから、やるだけ無駄よ」
- 「無駄なんてないわよ! 基本なんだから、みんなできるに決まってる」
- 曙は鼻で笑った。
- 「呉出身はおめでたいわね。全部の駆逐艦がきちんと航行できるなんて、本気で思ってんの?」
- 「当たり前じゃない」
- 「じゃあ試してみるといいわ」
- ひとしきり言った後、曙も装備を身につけた。
- 桟橋に戻る。艦娘になったばかりの一時期を除いて、航行訓練にプールは使わない。
- 海で戦うのだから梅で訓練するのは当たり前。
- 陽炎は餐黒して桟橋から海面に足をつけた。多少バランスを崩したが、すぐに安定する。このあたりの感覚は呉のころから変わっていない。
- 海で艦娘を支えるのが、両足に履いている二つの主機だ。どう見ても靴で実際靴と履き心地は変わらないのだが、艦娘たちは 「主機」と呼ぶ。主機の裏と踵の部分から推進力が放射され、前に向かって進む。
- 主機はある意味武装よりも大事な装備である。これと背中に背負ったユニット (通称「缶」) の二つで推力を得ているので、なくなったら動けないのだ。缶は破壊されても艦娘は停止するだけだが、主機がやられると拳失って沈む。
- 念のため振り返ると、他の皆も同じように海面に立っていた。
- 陽炎は少しほっとして、曙に言う。
- 「ほら。できるじゃない」
- 「今はね」
- 曙は馬鹿にしたように答える。
- ある程度進んでから、陽炎は一列になるように命じた。
- 「えーと、単縦からやろうか」
- 縦一列になって航行する方法である。一番基本的な陣形で、簡単だと言われている。
- 前の艦娘に気をつけていればなんとかなるためで、配属されて日の浅い艦娘向きでもあった。
- 簡導艦の陽炎が先頭になる。幾度も振り返って、列を作っているのを確認した。
- 「行くよー。両舷前進原速」
- 陽炎が進み出す。振り向くと、皆ついてきていた。
- ほっとする。ほら見なさい、なんの問題もないわよ。
- 「両舷前進原速、黒一〇J
- 主機の回転数だけ上げて速力を調整する。言葉を発するのと同時に、背中から信号で合図するのを忘れない。
- もう一度振り返る。やや離れ気味。
- おかしいな、あたしが早すぎたのかと思って別の号令を下す。
- 「両舷前進原速、赤一五」
- ごつん、と衝撃があって、背中になにかがぶつかってきた。陽炎は危うくつんのめりそうになる。
- 振り返ると皐月が頭を抑えていた。
- 「いてて……」
- 「ちょっと、あたし減速するって言ったじゃない。そのまま突っ込んできてどうするの」
- 「えー、だって原速だよね」
- 「そっちの原速じゃなくて、赤って信号出したわよね。回転数落とすって言ったのよ」
- 「赤?」
- 皐月が首を傾げる。陽炎は一瞬くらっとした。
- 「黒が主機の回転数上げで赤は下げよ! こんなのすぐ習うでしょう」
- 「あー、球珍ね、座学って好きじやないんだ」
- 皐月が何故か自慢げだった。
- 「筋トレして体力アップしてたほうがいいからさ。それに巌配でもすぐ怪我するから、いっつも船渠入りして、あんま座学出ないんだよね」
- はっはっはと笑う。陽炎は頭を抱えそうになった。
- 「基本的なことなんにも知らないの!?よくそれで遠征行ってるわね」
- 「だって行って帰って戻ってくればいいだけだもん」
- 「どこで怪我すんのよ」
- 「いつも両舷一杯にしてるから、主機が壊れたり波浪で怪我するよ」
- 皐月は悪びれずに言った。
- この筋トレ馬鹿と陽炎は思った。常に全速出していれば怪我しやすくなるのは当たり前だ。船渠入りは深海棲艦との戦闘だろうと思っていた自分を呪いたくなった。
- 「艦列も組めない艦娘なんてどこにいんのよ……」
- 「ボクだけじゃないよ?」
- 皐月が振り返る。そこでは他の艦娘たちが、ごちゃごちゃになったまま航行していた。
- 「きやーっ、寮さん、もっと先に行ってください!」
- 「無視しろ霰、お前のことは私が守る」
- 「…………」
- 三人の艦娘が一緒になってこっちに向かっている。列というよりまるで毛玉だ。潮は狼狽して手ばかり振っているし、長月は寮の腕をしっかり担って離さない。霞は意識がないんじゃないかと思うくらい口をつぐんだまま。
- 彼女たちはそのままもつれ、今にも転覆しそうであった。
- それらの光景を、離れたところから曙が冷ややかな目で見つめている。
- 曙が陽炎に近寄ってきた。
- 「ほら見なさい」
- とりあえず反論する陽炎。
- 「き、きっと不慣れなだけよ」
- 「基本に不慣れって最悪じゃない?」
- 「ど忘れなんてよくあることよ。きっと戦闘陣形になればちゃんとするわ」
- 「ふーん。ならやってみれば」
- せせら笑うような口調。陽炎は挑発に乗った。
- 「全貞横一列! 深海棲艦と戦うと考えて」
- 艦娘は戦闘時に、しばしば横一列になって攻撃する。
- そしてこれが一番難しい。前後と左右を仲間の艦娘と合わせなければならず、しかもそれを戦闘中におこなうのだ。もし一人だけ突出したり遅れたりすると、魚雷発射のタイミングが狂ってしまう。砲は撃つたびに微調整すればいいが、魚雷は撃ったらおしまいなのでそうもいかない。
- 「横間隔をちゃんと合わせて」
- 陽炎は指示を飛ばす。この間隔がまた重要で、下手に遠ざかると指示が聞こえず、近すぎると頭をぶつける。
- 「両舷前進第一戦速!」
- 陽炎のかけ声と共に、一斉に進み出す。
- が、すぐにバラバラになっていく。潮は遅れ、皐月は陽炎よりも前に出た。
- 「りょ、両舷前進第二戦速!」
- 速力を上げると、余計に列が乱れた。それだけならまだしも、間隔や方位まで狂いはじめる。
- 「もう! ちゃんと一列になって!」
- 声が届いているかどうか分からない。皐月は「いえーい」などと言いながら突っ走るし、長月は例によって最に寄り添っている。潮はとろとろ進んだまま。
- 霰の左腕を長月は掴んでいる。そのせいか最は徐々に左旋回しっつあり、潮の進行方向を横切りつつあった。
- 潮は航行が苦手な艦娘にありがちなこととして、自分の足下ばかりを気にしていた。
- そのため霰と長月のことに気づかなかった。
- 「……あ、きゃーっ!」
- ごんっ。潮は長月とぶつかった。最でなかったのは、長月がかばったから。
- 二人は海面にひっくり返る。陽炎は急いで引き返した。
- 「ちょっと、大丈夫!?」
- 長月は真っ先に身体を起こすと陽炎ではなく霧に言った。
- 「怪我はないか霰。私がお前をかばったぞ」
- 「……ありがと」
- 長月はほっとして寮の手を取っている。「よかった……」などと言っていて、目に涙まで浮かべそうだ。
- 陽炎は二人のドラマじみたやりとりを眺めている余裕はない。
- 「そんなことより潮は!?」
- その潮は海面で、仰向けになって巨を回していた。
- 「ふにゃ……」
- 「今、起こすからね」
- 陽炎が手を掴んで引っ張る。潮に意識はあったが、くらくらしているようであった。
- 第二戦速で衝突したのだ。これくらいですんだのは幸運と言える。
- 「怪我はない?」
- 「ないです……」
- 潮は何度か頭を振って意識をはっきりさせていた。ほっとする陽炎。
- 「ふう……運がよかった……」
- 「私、前からこういうので、怪我したことないんです……。自分で言うのも変なんですけど、幸運なのかもしれません……」
- 「幸運なのはいいことじゃない」
- 艦娘として生き残るのに必要な能力として、運を上げる人は多い。ときには艦娘自身もそう主張する。たった一発の砲弾で轟沈する場合もあれば、何発喰らおうが浮いていて、自力で鎮守府まで帰還する艦娘もいる。しかもそれが何回も続くとなると、もはや「生き残っているのは運がいいから」と言うしかなくなってくるのだ。
- 「あんたが幸運なおかげで、とばっちりも喰うけどね」
- こう言ったのは陽炎ではない。いつの間にかやってきていた曙であった。
- 「他人とぶつかるなんて、まだ迷惑かけるつもりなの? いい加減にしたら?」
- 「…………」
- 「艦娘が航路上にいたら、後進かけるの常識でしょうが」
- 「…………」
- 潮は言い返さず、うつむいてしょんぼりしていた。
- あまりにしょげた感じだったので、たまらず陽炎が口を挟んだ。
- 「ミスくらい誰にだってあるわよ」
- 「電と深雪みたいに大問題に発展してもそんなこと言える?」
- 「ぐ……」
- さすがに反論しつらかった。海の上でこの手のミスは、容易に命取りとなるのだ。特に深海棲艦との戦闘中に起こると取り返しがつかない。
- それでもなお、陽炎は言い返した。
- 「じゃああんたは、単横で艦隊運動できんの?」
- 「できるわよ」
- さらりと言ってのける曙。むっとする陽炎。
- 「ならやってみれば」
- 「いいわよ。あんたとあたしでやろうじゃない」
- 売り言葉に買い言葉。二人で艦隊運動をおこなうことになった。残りはお休みで見物。
- 陽炎の右隣に曙は占位する。「いつでもいいわよ」と言っていた。
- 「……両舷前進強速」
- 陽炎は主機を動かす。原速ではなくいきなり上げた。ちらっと右を見ると、曙は平気な顔をしてついてきている。
- 「両舷前進最大戦速」
- 陽炎型は恥卦が自慢で、郎願でもない限り僻巫振り切る自信があったが、曙はやはりついてきていた。
- 陽炎の中に驚きが生まれてくる。
- 「両舷前進一杯!」
- もう横は見ない。そこにいるのは分かっているからだ。陽炎は舵を切った。
- 「方三!」
- 右三十度の方向変換。信号を出すと同時に面舵。ひょっとしたらぶつかるかと思ったが、ぶつからない。曙はぴたりと同じ場所にいる。
- 「Q方!」
- 今度は左に四五度舵を切るl。やはり曙はついてきている。
- 「方一! 両舷後進半速!」
- 右十度方向変換し、後進をかけて速度を落とす。曙は定められた位置のまま。
- 「両舷前進第一戦速! 方二! 四方! 斉三一〇!」
- 速度を増してから右に二十度曲がり、左に四十度。最後は意地悪して真方位右一三〇度一斉回頭までおこなったが、曙はまったく遅れる気配がない。
- それから幾度も艦隊運動をおこなったが、曙は間隔を維持し、方位が乱れることは最後までなかった。
- 見物していた娘のところに戻る。何故か拍手が起こっていた。
- 陽炎は驚き半分呆れ半分で、曙に言った。
- 「あんた……凄いね」
- 「ふん」
- 曙はつまらなさそう。
- 「駆逐艦が艦隊連動で後れを取るわけにいかないでしょうが」
- 「でもあたし、今日はじめて曙と組んだんだよ。普通はどうしたってズレが出てくるのに。一発で合わせるなんて、呉の娘にだっていないよ」
- 「そいつらきっと才能がないのよ」
- 「……ねえ曙、あたしたちと一緒にやらない? あんたの実力があれば、第十四駆逐隊が馬鹿にされることもなくなるわよ」
- 「駆逐艦とはつるみたくないから」
- 曙はそう告げると、「今日はもう帰る」と言い残し、さっさと戻ってしまった。
- 陽炎他四人が海の上に残された。
- 「ボクたちも帰る?」
- 皐月が呑気なことを言う。陽炎は首を振った。
- 「まだ。単縦からやり直すよ」
- 「えー」
- 「曙に言われっ放しなんて悔しいじゃない。だからもっと訓練するの」
- 陽炎は一人ずつに向けて言った。
- 「皐月、前しか見ない上にいつも一杯だから、もっと速度落として。潮は逆にちゃんと前見て。足下見なくたってどうせ転びゃしないわよ。長月は霞ともっと離れて」
- 「私は寂を守ると誓った」
- 「そんなにくっついていちゃあ、至近弾で二人まとめて転覆するわよ。最は……とりあえずなんか喋って」
- 豪は数回瞬きするだけで、理解したかどうかも定かではない。
- 「……全員分かったってことにするわ。じゃあ最初からいこう」
- 結局、その日の訓練は艦隊運動のみに終始した。
- その結果。
- 五人は全身に融と傷を負い、筋肉痛で璃矩僻することとなった。
- ○
- その翌日。
- 陽炎は一晩中まんじりともせず、うつらうつらしただけで起床ラッパを迎えた。痛をこらえながらベッドから這い出て、衣服を整えてから朝食へとおもむく。
- 駆逐艦の艦娘は、寮内にある第一士官次室で食事を取る。ようは食堂であるが、伝統的にこう呼ばれていた。
- 一つの駆逐隊に一つのテーブルが与えられるD陽炎以下第十四駆逐隊の面々は、偶然としながら食事を取っていた。
- 駆逐隊は年若い少女たちが多いので、どこのテーブルも賑やかだ。それこそ乳索用小型絡車が回っただけで笑い出す年頃だ。まさに黄色い声が充満している。
- そんな中、陽炎たちが通夜の翌日みたいな顔をしているのは、昨日の訓練であちこち痛めたためである。それだけではなく、結局うまくいかなかったのだ。艦隊運動は奥が深いとはいえ基本中の基本。それすらできないのだから、どんよりとするのも当たり前だ。
- 痛む身体をこらえつつ、不景気な顔を浮かべる陽炎のことを、何人かの駆逐艦娘たちが視線を向けながら、ひそひそ話をしていた。
- 無関心なふりをして耳を傾けてみると、「あの陽炎型、曙を押しっけられたんだって」
- 「うわ、最悪」 などと噂している。
- ごもっともと思ったが、「艦隊運動がまったくできなくて、曙にも馬鹿にされるレベルらしいよし にはさすがにむっとした。それはそうだが、こっちだって必死で練習したのだ。今に見てろ。
- ひそひそ話はまだ続いている。
- 「あそこ、第十四駆逐隊って言うんだって」
- 「聞いたことなーい」
- 「残り物を集めて作ったのよ。そんな娘ぽっかりでしょ」
- 「陽炎型もネームシップが一番地味って言うしねえ」
- 大きなお世話だ。ここに不知火がいてみろ、お前らたたじゃすまんぞ。夜戦にかこつけて、裸で海に叩き込まれるからな。
- しかしかつての相棒はおらず、陽炎も心の中で反論するだけであった。
- 今日の朝食は麦混じりのご飯に巽の恥酔準か争の塩漬けと衝掛の戚響身体を動かす商売だから味つけは濃いめ。だけど気もそぞろなので味は感じられない。
- 陽炎は、もうとにかくなんとかしてこの落ちこぼれ的な立場を挽回しようと考えていた。
- 第十四駆逐隊がマイナーの上に残り物の集まりなのは仕方がない。だがそこから浮き
- 上がることはきっとできるはずなのだ。呉にいたとき 「辞書の 『やる気』の項目に新しい意味を付け加えた」とまで評された艦娘の本領発揮だ。
- とりあえず、この葬式みたいな空気と痛む身体をどうにかしたい。
- なにか言おうとした陽炎だったが、意外なことに曙が喋り出した。
- 「辛気くさいわね」
- 彼女は一人びんびんしている。
- 「せめてなんか喋ったら? せっかくのご飯がまずくなっちゃう」
- 「……食事中に無駄話をしないのが普通だ」
- 長月が言う。げっそりしている面々の中で、彼女は暗い顔をしながらも背筋を伸ばし、きちんと食事をしている。
- 「曙も黙って食べろ」
- 「馬鹿なこと言っちゃって。睦月型ってどうしてそう背伸びばかりするのかしら」
- 曙は箸を振る。
- 「そんなに気負ってばかりいないで、もっといい加減に生きたら?」
- 「これは生まれつきだ」
- 「生まれつき? ああ、他の駆逐艦を守るなんて馬鹿げた性格は赤ん坊のころからだったのね。きっと母親がDVのせいで父親と離婚した影響かなんかね」
- 「護衛は駆逐艦の本分だ。私は弱いものを守ることこそが、軍艦の本分だと信じている」
- 「駆逐艦って軍艦だった?」
- 「揚げ足を取るな。なにがあろうと私は他人を見捨てたりしない」
- いきなり曙の顔色が変わった。箸をテーブルに置く。
- 「この馬鹿駆逐艦! あんたみたいにできもしないことばかり口走るのがね、本当に迷惑なのよ!」
- いきなりのことに長月は疇顧していたが、すぐに言い返した。
- 「弱いものを守ることのどこが悪い」
- 「はっ、あたし知ってるわよ。駆逐艦の中でも、睦月型が一番出来が悪いんだって?」
- 「そんなのは関係ない」
- 「そんなんじゃあ、誰を守れるのか分かったもんじゃないわ」
- 「なんだと!」
- 長月が大声を出して立ち上がった。
- 「私はお前とは違う! できもしないことは言わない」
- 「できっこないわよ!」
- 二人はテーブルを挟んで睨み合っていた。
- その光景に、第一士官次室中の視線が向けられていた。いつの間にか会話は中断され、食事すら取らずに見つめている。
- 第十四駆逐隊の他の面々も同じ。陽炎は仰天し、皐月は目を丸くしている。潮はおろおろして、豪だけが機械的に食べ物を口に運んでいた。
- 長月と曙は真正面から向かい合い、火花を散らしている。一触即発。誰かが昭をしただけでも殴り合いがはじまりそうだ。
- そこに別方面から声がした。
- 「皆さん、おはようございますー」
- 第一士官次室に入ってきたのは、ブル1の制服を着た秘書艦、愛宕であった。
- 泡を食ったように立ち上がろうとする駆逐艦娘たち。愛宕は手で制した。
- 「ああん。座ったまま、座ったままでいいのよ」
- 腰を浮かせた艦娘たちは、そのまま着席した。気勢を削がれた長月と曙も座る。
- 愛宕は全員から見えやすいところに立っていた。
- 「どうぞ食べながら聞いて。実は私から、皆さんにお話がありまーす」
- 秘書艦にそう言われて食事を続けられる艦娘はいない。三一日一旬聞き逃すものかとばかり、意識を集中させていた。
- 愛宕はにこりとした。
- 「再来週、駆逐艦の皆さんを対象にした特別演習をおこないます」
- 演習という言葉に、駆逐艦娘たちがぴくりとする。
- 「全駆逐隊が参加です。順位をつけて提督にも結果を報告します」
- なんとも言えない声のようなものが、第一士官次室に充満した。
- それらは 「いきなり!?」 であったり、「抜き打ちじゃなくてよかった」 であり、「この勝負もらった」 であったりする。
- 艦娘の演習は、味方に仮想敵になってもらい、訓練弾を発射して命中判定をおこなう。
- そこから成績を計算して点数をつける。ときには標的艦相手に実弾を発射することもあった。これらの経験は実践で役立つため、各鎮守府で頻繁におこなわれていた。愛宕が言ったような駆逐隊同士を競わせるやり方も珍しくない。
- 喜んでいる駆逐艦娘が多数派だ。この手の演習を好む人間が、駆逐艦にはことのほか多い。しかし頭についている 「特別」 が引っかかった。
- 愛宕が続ける。
- 「ただの演習では芸がありませんので、遠征を絡めます。各駆逐隊ごとに海上護衛任務をおこなってもらい、一番多く得点した隊が勝ちです」
- わあっと声がした。
- 遠征はもっぱら資源を獲得するための行為だ。海上護衛は船団と積まれている資源を守る。一見簡単なので駆逐隊がよく使われた。
- だがこれは演習よりも遥かに緊張する。滅多に深海棲艦と遭遇しないとはいえ、曲がりなりにも実戦なのである。
- それをわざわざ「特別演習」というあたり、愛宕の心情が表われていた。
- 「襲撃してくる敵役は、巡洋艦や戦艦がおこないますからね。演習統制官も兼ねて、うまく護衛できているかチェックします。手を抜いちゃ駄目ですよし
- どよめきを耳にして彼女は満足そうだった。
- 「それだけではありません。皆さんにやる気を出してもらうために、成績のいい駆逐隊には豪華な賞品を用意しましたー」
- おお、と声が上がる。
- 「まず第三位には、間宮さんの特製アイスクリーム食べ放題-」
- わあっと歓声が広がった。間宮謹製のお菓子はどれも最高に美味だ。楽しみにしていない艦娘なんか存在しない。
- 「第二位は、赤城さんと二人でご飯を食べる権利ー」
- お、おうと声に疑問が混じる。
- 「そして第一位は……ぱんばかばーん!」
- 陽炎は小声で皐月に訊く。
- 「ぱんばかばん?」
- 「あの人の口癖」
- なんかの新装開店みたいと呟くのと同じタイミングで、愛宕は発表した。
- 「私のことを一生お姉ちゃんって呼ぶ権利-」
- わー、ぱちぱちばち。彼女は自分で拍手をしていた。
- 駆逐艦娘たちは顔を見合わせ、引き気味だった。この 「お姉ちゃんと呼ばせる癖」は全員が知っている。あちこちで「三位と一位って入れ替わらないの?」との囁き声が発生していた。
- 「皆さんに喜んでいただけたみたいね」
- そうかなあ、という声なき声は彼女に届いていない。
- 「演習の詳しい日時は、追って知らせます。皆さんはそれまで、訓練に励んでいてくださいね」
- 愛宕は満足げになったまま退室した。
- 第一士官次室は微妙な空気が漂いながらの食事再開となった。「赤城さんと食事って、全部食べられるのがオチよね」 「三位ってどうやれば狙えるのかな」などと会話がおこなわれている。
- 陽炎も、愛宕の台詞を頭の中で反来していた。
- ひょっとするとこれはチャンスではないだろうか。賞品はともかく、勝てば間違いなく箔がつく。無名どころか悪名がつきそうな第十四駆逐隊の名を轟かせる絶好の機会だ。似たようなことは呉でもおこなわれていて、不知火たちと勝利のために猛訓練を積んだりした。
- なによりこれを通して、全員の意思統一ができる。ろくに艦隊運動もできない駆逐隊から生まれ変わるのだ。
- 彼女は小声でテーブルの皆に告げた。
- 「みんな聞いて。この演習、取りにいくよ。目標は一位」
- 怪訝な顔をする皐月。
- 「そんなにお姉ちゃんって呼びたいの?」
- 「もう呼ばされてるわよ。そうじゃなくて、あたしたちは駆逐艦でしょう。勝ちにいくのは当たり前よ」
- 「そりゃそうだけどさー」
- 「今のままじゃ馬鹿にされるどころか厄介者扱いじゃない。ここから絶対に挽回する」
- 「おお、やる気だね」
- 「当然。横鎖にあたしたちの名前を知らしめるチャンスなんだから」
- 「ボクはいいけど」
- 皐月が他の娘に視線を向けながら言う。
- 反応は鈍い。というかない。長月と曙は先ほどのやりとりが尾を引いており。潮はいさかいを止められなかったことでしょげたまま。霞は食事が終わったので電池切れのラジコンみたいに動きを止めていた。
- それでも陽炎は言った。
- 「きっと大丈夫。あたしたちならできる。横鏡で一番になるのよ」
- 拳を作り、ぎゅっと握る。皐月だけが 「おtLと呼応していた。
- その日の陽炎は、訓練前に自習室に入ると、海上護衛の資料を読みふけった。勝つためにはまず対象を深く知らねばならぬ。
- 呉での彼女は、画稿僻群や舵警予行などの任務が多かった。これらもなんだかんだで資源を持ち帰るので遠征の部類に入る。ただ護衛だけはしたことがない。
- 「ええっと、船舶ハ船首扇形面ハ最モ安全ナリ。舷側扇形面ハ最モ危険ナリ……船団の側面を防御しなきやなんないってことね」
- 分厚い本をひもときながら、口の中でブツブツ呟く。
- 「二隻ノ護衛ノ場合ハ原則トシテ横列トシ……横に守れと」
- とりあえず参考になるところだけを頭に叩き込み、早々に自習室を出た。
- 一夜漬けどころか一時間漬けで桟橋に到着。並んだ駆逐隊の面々に向かって言った。
- 「今日から船団護衛の訓練するよ。特別演習でトップを取るんだから、やっぱりそれに集中した訓練の方がいいと思うんだ」
- 「他の駆逐隊も、似たようなことしてんじゃないかなあ」
- と皐月。もっともなので、陽炎は認める。
- 「だから他の娘よりももっと訓練する」
- 「ポク艦隊運動苦手だなあ。個艦運動が得意」
- 「その苦手を克服しなきや」
- 陽炎は力強く言った。
- 「あたしたちで一位になるんだよ」
- 全員を見回した。
- やはり、できるんだろうかとの疑問が顔に出ている。一番やる気がありそうなのは皐月だが、彼女も意気込み半分、不安半分といったところ。
- そして意気込みゼロ。不安どころか不満全部の艦娘もいる。
- 「また馬鹿なこと」
- 曙は胡散臭げに言った。
- 「できもしないことをやってどんな意味があんのよ」
- 「やんなきやうまくなんないから」
- 「時間の無駄よ」
- 「曙は操艦うまいけど、他の娘はそうもいかないのよ」
- 「じゃあ勝手にしたら」
- 曙は吐き捨てるように答えた。潮が「曙ちゃん……」と手を伸ばしたが、払いのける。
- 陽炎は全員を鼓舞しょうと、声を大きめにした。
- 「じゃあ第十四駆逐隊は、船団護衛の訓練に入るわよ」
- 「はーい」
- 何故か背後から声がした。
- たまげた陽炎は、急いで振り返る。そこにはにこにこ顔の愛宕がいた。
- 愛宕は軽く手を振っていた。
- 「さすが呉鎮出身の娘は気合いが違うわね。たっぷり見させてもらうわー」
- 「あ、愛宕さん。なんですかけ!?」
- 「お姉ちゃんでしょ」
- と愛宕は言ってから。
- 「たまには駆逐艦の訓練を見守るのも、重要な役目なのよ。陽炎ちゃんのとこは人がいないから、立候補しちゃった」
- なんてこったと陽炎は嘆いた。よりによって見ているのが愛宕である。見守られるのは仕方ないとして、もっとこう、性格が奇矯ではない人がよろしいのだが。
- 「でも、秘書艦じゃないですか」
- 「提督のことはいいのよ。赤城さんに甘えようとして、加賀さんの弓の的になってるからー」
- あの提督余計なことをと陽炎は腹の中で罵る。
- 陽炎はなんとか気を取り直そうとした。見られていようといまいと、一位になるため
- には訓練をしなければならない。
- 船団護衛の訓練は、なにより守るものが必要だ。というわけで、陽炎は準備をおこなった。
- 「貨物船代わりに持ってきたから、並べるの手伝って」
- 彼女が用意したのは精巧な船の模型、ではない。
- グレーに塗られた人形だった。人の身長より少し低く、頭部から二本の砲身が突き出ていて、浮き輪をつけている。そこには左から右にrぜかまし」と書かれていた。
- 一体だけではなく、何体もある。愛宕が「あら可愛い」と呟いた。
- 「……島風……の砲塔……?」
- 寮がぼつりと言った。
- 「どうして……?」
- 「ぬいぐるみだよ。なんか倉庫に置いてあったから持ってきた。ていうか、これしかなかった」
- 陽炎は返事をする。しかも結構な数が保管されていたので、拝み倒して借りてきたのだ。
- 「なんで……これが……」
- 「これ抱き枕なのよー」
- 霰の疑問に返事をしたのは愛宕だった。
- 「抱いて寝ると安眠できるのね。だから置いてあったのよ」
- 「偉い人に怒られそうな……」
- 「提督の発案なのよ」
- 「…………」
- 提督が一人で寝るのは寂しいと言いだし、各艦娘に添い寝を頼んだが拒絶されたため考えたものであった。数がたくさんあるのは他の鎮守府や泊地にも配ろうとしたから。
- さすがに配布は重巡洋艦以上の艦娘たちが総出で止め、行き場を失ったぬいぐるみは倉庫で眠ることになった。なお、肝心の島風は「連装砲ちゃんが増えた」と叫んで狂喜乱
- 舞したらしい。
- 陽炎はぬいぐるみを曳航索で繋いだ。先頭は小型の電動模型にして引っ張らせる。
- 「じゃあ浮かべよう」
- 海に浮かべた。「ぜかまし」と書かれた浮き輪にぬいぐるみが載り、いくつも並んでいる光景はかなりシュールだ。
- 「あたしの説明通りに配置について。えーと、あたし、皐月、潮が船団の右側面。長月、霰、曙が左側面ね」
- ぬいぐるみを胡散臭げに眺めながら、駆逐艦娘たちが配置につく。文句を言っていた曙も、不機嫌そうではあったが従った。
- 「なんか連装砲がこっち睨んでるよ……」
- 薄気味悪そうに皐月が呟く。
- 「気にしない。ぬいぐるみだから意思ないよ」
- 「顔みたいなのが措いてあるじゃないか。どこ行っても見張られてる気がする」
- 身体を震わせる皐月。
- 「あんた怪談とか苦手なタイプ?」
- 「うん……」
- 因ったもんだと陽炎は思っていたが、ふと思いついた。
- 「皐月、あたしと配置交代」
- 「え、ポクが先頭に立つの?」
- 「号令はあたしが出すから。無茶して走り回らないようにね」
- 「えー、両舷一杯でいいよ」
- 口を尖らせる皐月に、陽炎は耳元で囁く。
- 「連装砲が見てるから」
- 陽炎は皐月を簡導艦の位置につかせ、それから曳航船のスイッチを入れた。
- モーター音がして船が進み出した。ぬいぐるみが引っ張られていく。
- 「みんな、間隔を維持したまま皐月についていって」
- 陽炎の言葉に後押しされるように、皐月が前進する。
- 全員、のろのろとした速度であったが、ぬいぐるみと共に航行していった。
- 船列を維持するのはわりとテクニックがいる。前方だけ見ていればいいというものではなく、横との間隔も大事だからだ。しかも船団護衛のため、敵襲撃も警戒しなければならない。
- 曳航船がごとごと言い出した。陽炎は叫ぶ。
- 「之字運動やるよ!」
- Page 99
- 曳航船が自動的に面舵を取る。.ぬいぐるみも引っ張られて右に回頭。陽炎も同じように舵を切った。
- しばらくしてから取り舵。注意してついていった。
- 之字運動とは、つまりジグザグ運動のことだ。「え」の字のように右に左に動くこと
- によって、敵からの攻撃を避けるのである。航空機相手に有効な艦隊運動だが、待ち伏
- せを警戒する船団にも多用された。
- 曳航船のタイマーが働いて、さらに大きく舵を切る。
- 「船列を崩さないように……やるじゃない皐月。全然焦ってないよ」
- 先頭を進んでいる皐月は、早すぎもせず遅すぎもせず、ぬいぐるみとの間隔を維持し
- て進んでいる。
- 彼女は後ろを振り返っていない。ひたすら横を気にしていた。
- 「なんか見張られているような気がしてるんだ……」
- 「一人で突っ走ったら、きっと化けて出るよ」
- 皐月は 「ひえっ」と言ったまま、いっそう慎重になった。
- 陽炎は含み笑いをする。こっちで注意しても直らないようならと、ぬいぐるみに任せ
- たのだ。無論ぬいぐるみ自体に監視する機能はないが、皐月が思い込んでいるのなら問
- 題ない。
- 「いいよ、皐月。じゃあもっと大きく動こう。面舵」
- 右に曲がる。
- 「取り舵……ひゃつけ∥」
- ごつん。陽炎は潮とぶつかった。
- 「もう、船列崩さないでよ」
- 「ご、ごめんなさい。動きが急でしたから……」
- 「之字だよ。ちゃんとしなきや」
- 「あの……いいですか」
- 潮が恐る恐る言い出したので、「いいよ」 と返事。
- くちびる
- 彼女は舌で唇を湿らせてから喋り出した。
- 「ええと、船団護衛の時は急に舵を切っちゃいけないんです。角度を少しずつ、何回も
- 変更して大きく進路変更をするんです」
- 手振りで潮が説明した。指摘された陽炎だが腹は立たない。むしろ意外に感じた。
- 「よく知ってんのね」
- 「陽炎さんの配置って、『船団隊形並ビニ艦娘在位位置二閑スル理論』 の通りですよね。
- でもあれ、更新されたんです。深海棲艦相手の時は、船団の側面だけじゃなくて先頭に
- も護衛を配置した方がいいって言われてます。正面から攻撃してくるケースが結構あっ
- て‥‥‥」
- 「詳しい。経験あんの?」
- はっとして、潮は手で口をおさえた。
- 「……ええ、少し…‥⊥
- 「ふーん。経験者がいると安心だよ。あたし、さっき本読んだばかりだもん」
- 陽炎は、はっはっと笑う。
- 「他になにか注意するとこある?」
- 「艦娘同士があんまり気を遣いすぎると、やっぱり船列が乱れることがあるんです。ど
- こかでドライにならないと、ああいう風に……」
- 潮はちらっと横に目をやる。
- そこでは長月と寮が、抱き合うようにして航行していた。
- 「寮、船団よりもお前を守る」
- 「
- 」
- その二人の後ろを、馬鹿にしきった目つきの曙が進んでいる。
- 陽炎は急いで声をかけた。
- 「長月、霰! 之字運動中だよ! ぼんやりしてるとぶつかっちゃう」
- その言葉通り、長月と寮はぬいぐるみの中に突っ込もうとしていた。陽炎は急いで反
- 対側に移動しようとする。
- 「陽炎さん、慌てると、曳航索に足を引っかけます!」
- 「うわっとっと! けいペつ
- 潮の言葉に、足をぴょんぴょんさせる陽炎。無言で眺めている曙の顔が、また軽蔑し
- たものになった。
- 陽炎はじたばたする。
- 「転ぶ転ぶ!」
- 「陽炎さん!」
- あぶらあせ
- そうしている中、皐月は脂汗を流しながら、連装砲に見守られつつ、之字運動を繰
- り返していた。
- さんばし
- 数日後。いつもの桟橋。
- ひと あ
- 「昨日までは酷い目に遭ったけど、今日はもっと気合い入れていくわよ」
- かげろつ
- 陽炎は整列した面々に告げた。
- どの顔もあまり真剣に聞いているようには感じられない。テンションが低かった。
- だが陽炎はめげたりしない。 はつりいけきくん
- 「どうせつまらない訓練だって思っているんでしょう。でも違うから。今日は砲雷撃訓
- れん
- 練をするー」
- 網状か撫よ樽恒たような眉逐辻 拭けき みあと
- 戦艦や巡洋艦に比べて、駆逐艦の砲撃はどうしても見劣りするが、だからといって
- しんかいせいかん いちげき
- 手は抜けなかった。取り逃がしそうになった深海棲艦を、駆逐艦の最後の一撃で沈めた
- ケースは割と存在する。
- きた
- 大威力ではないが、12.7cm砲は飾りではないのだ。だから陽炎は砲撃力も鍛える
- ことにした。
- ぐんじゆぶ おがた由 もけい
- 軍需部を拝み倒し、深海棲艦の模型を借り出す。担当官は「最近消費が激しいから抑
- れんそよノほう
- えるように言われている」と文句をつけてきたが、「連装砲のぬいぐるみを的にすると、
- 融鮎が泣くから」と言いくるめた。
- くれ
- 深海棲艦の模型を引っ張り、そこを砲撃して訓練する。呉でもよくやった。
- 「というわけで実弾使うから」
- そろ
- 聞かされた面々は揃って 「え」という顔をした。
- 「危なくないですか……?」
- うしお
- と潮。
- 「そりゃ危険はあるけど、みんな巌衝経験があるでしょう。あんとき実弾持ってくじや
- ない」
- 「それは……まあ……」
- 駆逐艦鵜は誰しも一度は遠征に出撃する。当然深海棲艦との遭遇を想定して実弾装備
- そうぐう
- かいせん
- で出撃するから、まったく実戦経験がないことはない。ただ本格的な海戦に参加する機
- あた○
- 会は少ないから、敵に向けて撃つこともなかった。愛宕が特別演習を言い出したのも、
- きぐ
- そのあたりの経験のなさを危惧したのだろう。
- 「実戦と同じにした方が腕は上がるから」
- と陽炎。実弾を使った方が緊張感は格段に上がり、集中力も増す。特別演習までに経
- 験を積むには、このやり方がいいと考えていた。
- 潮はまだ不安そうにしている。
- 「許可はあるんでしょうか……?」
- 「取った。大丈夫」
- たた
- 陽炎は胸を叩いた。
- 「呉でもやっていたのよ。あたしに任せてくれれば安心なんだから。実弾訓練なんかわ
- けないって。やってみたらどってことないって思うから」
- 「まあ、自信満々なのね」
- 陽炎は 「ひょつ」と妙な声を上げ、後ろを向いた。
- そこには愛宕がいた。
- 「またあたしたちの見学ですか」
- じゆうじゆんようかん
- 「実弾の使用申請書出したでしょう。重巡洋艦以上が見ていないといけないのね。だ
- から私が来たの」
- ひま
- 「袈艦って、ひょっとしたら暇なんですか……?」
- ていとく たつた
- 「提督は龍田さんの胸に触ろうとして正座させられているから、別にいいのよt。それ
- にね、他の人たちも連れて来ちゃった」
- 彼女は自分の右隣を指し示す。つられて顔を動かした陽炎は、思わず跳び上がった。
- みこ はうとうかつ まぎ
- 巫女風の服を着た女性がいた。しかも四人。巨大な砲塔を担いだその姿は、紛れもな
- こんごうがた
- い戦艦。しかも金剛型の四姉妹であった。
- 一番手前の女性が手を振る。
- 「バーィ、ゆっくり見物させてもらうからネ」
- しゃペ こんこう
- この特徴的な喋り方をしているのは金剛だ。
- ねえさま
- 「お姉様の前で、みっともない姿は見せないようにしてね」
- ひ「えい
- もっぱら自分の姉に注意がいっているのは比叡。
- けが
- 「勝手をして怪我しないようにしてください」
- くぎ さ はるな
- 釘を刺してきたのは榛名。
- 「いい訓練を期待してるわよ」
- きhソしま
- さりげなく、そして一番プレッシャーをかけてきたのは霧島だった。
- 名だたる高速戦艦がずらりと並び、陽炎は一瞬気が遠くなった。
- そうこう
- 戦艦といえば対深海棲艦戦の主力も主力、人類を守る海の女神である。その装甲は味
- きよほう ちんじゆふ
- 方に限りない安心を与え、巨砲は敵に恐怖を与える。空母と並んで鎮守府に欠かせない
- 人たちなのであった。
- けいれい
- 無論陽炎は、今まで何度も戦艦に会ったことがある。すれ違えば敬礼するし、深海棲
- 艦との戦いぶりを話して欲しいとせがんだこともある。だが訓練を見られたことは一度
- もなかった。
- さすがに愛宕に文句を言った。
- 「なんであんなお姉さんたちが……!」
- ほあ
- 愛宕は自分の頬に指を当てる。
- 「んt、誘ったから?」
- 「駆逐艦の訓練見たって面白くないですよ!」
- きようみしんしん
- 「そんなことないわよ。みんな、駆逐艦の娘がどうやって戦うのか興味津々なんだか
- ら」
- だってあたしたち、12.7cm砲しか持ってないんですよと陽炎は思った。41c mだ
- たいほiノ
- の35・6cmだのといった文字通りの 「大砲」を装備している戦艦と違い、駆逐艦の装
- こちノかくほう じこけんお おちい
- 備は主砲だか高角砲だか分からない大きさをしている。自己嫌悪に陥る必要はないが、
- み由と
- どうしたって見劣りするのだ。
- とんちやノ、
- だが愛宕はそんなことにまるで頓着せず「頑張ってねー」 と言って手を振っていた。
- 真っ暗な気分に襲われた陽炎だったが、いやいやと首を振る。むしろ好機と捉えねば。
- ここで戦艦のお姉さん方に覚えてもらい、一気に横須賀での知名度アップだ。金剛型の
- 口を通して鎮守府内に広まれば、他の駆逐隊を驚かせることだってできる。
- なによりも駆逐艦には、戦艦の主砲にも劣らない一撃必殺の武器があるのだ。
- まね
- 「よよよよよしみんな。戦艦の皆さんの前でみっともない真似はできないよ。でもああ
- あああ慌てることはないから、落ち着いていこう」
- 「陽炎が一番慌ててないか」
- ながつき せりふ ふた
- 核心を突いた長月の台詞を「うるさいな」と言って蓋をする。手早く実弾射撃訓練の
- 用意をした。
- 「これはあたしが引っ張るから」
- 陽炎は深海棲艦の模型を指さしながら言う。
- 「あたしが合図したら撃ってね。あたしの番になったら誰かに変わってもらう」
- 「ではまず、私がやろう」
- 長月が進み出る。陽炎はうなずいた。
- r分かった。あたしが沖に出るから……」
- 「そうではなく、私範鵜野引っ張る」
- rえ、長月がやんの?」
- 「うむ」
- えいこーつさノヽ
- 彼女はすでに曳航索を振っている。
- 「こういうのは私に任せてくれればいい」
- 「そりゃ助かるけど」
- 「存分におこなえ」
- 陽炎がなにかを言う前に、長月は桟橋から下りて行ってしまう。
- 手際のよさというか早さに陽炎はちょっと肩をすくめた。気を取り直し、残った面々
- に告げる。
- 「じゃあまず、あたしからいくね」
- 海に下りる。沖の方で、長月が標的艦を引っ張っているのが見えた。
- ねら
- 曳航している長月と標的の間は、安全のため十分な距離が取られている。陽炎は狙い
- をつけた。距離を測定して方位を合せる。
- 「正面砲戦。目標、敵深海棲艦。撃ち方はじめー!」
- しやかく
- 肩口に装備した12.7cm連装砲が火を噴いた。標的手前に水柱。ちょっと射角を上
- げてまた砲撃。
- 「撃てー!」
- 今度は標的の奥に水柱が上がった。
- きよ・つき
- 「目標爽叉」
- やや自慢げに報告。見物していた金剛型の艦娘から「ほう」と声が出る。
- 爽叉とは、目標を砲撃で挟み込んだことを意味する。あとは手前と奥の間に砲の角度
- を合せればいいのだから、命中させる可能性はずっと高まる。
- 陽炎は射撃を続け、いくらもしないうちに命中弾を得た。
- 所定の弾数を撃ち終えてから、桟橋に引き返す。長月も、標的艦を引っ張りながら戻
- ってきた。
- 深海棲艦の模型は半分ほどえぐれていた。
- 「まあまあね」
- 自分で確認した陽炎は、とりあえず満足する。横目で愛宕たちを確認すると、相変ら
- ずにこにこしており、なにを思っているのかは不明。
- 「じゃあ次いこう。目立つチャンス!」
- こぷ さつき
- 鼓舞するように言う。皐月が進み出た。
- 「ポクの砲雷撃戦、はじめるよ!」
- 威勢のいい言葉と共に、12.7cm砲弾が飛んでいった。
- 皐月は景気よく砲撃を続けた。深海棲艦の模型の周囲は水柱だらけになる。見ように
- ふんすい
- よっては壊れた噴水だった。
- 陽炎がなにかを言う前に、弾が尽きたので砲撃が終了した。
- 模型が回収される。陽炎は着弾を確認した。
- 「着弾が……一つ?」
- 陽炎は目を疑った。
- 「ちょっと皐月!一つしか当たってないわよ!」
- 言われた相手はむしろいい意味で驚いていた。
- 「うわー、当たったんだ。ポクうまくなってるなあ」
- 「なにそれ!?」
- われ すこ
- 「前は全然命中しなかったんだよ。一発でも当たるなんて我ながら凄い。陽炎が来てく
- れたおかげかな」
- ぎんだん
- 「全弾撃ち尽くしたでしょうが。反撃きたらおしまいよ。もつと残弾に注意して」
- あいそ
- それから彼女は金剛たちの方を向いて愛想笑いをした。
- よきよ,つ ーつ.・ぎ
- 「えー、今のはちょっとした余興です。これからもっと上手いのが出てきますから」
- うしお
- 次は潮だった。
- 「が……頑張ります」
- 砲撃開始。控えめな性格そのままに、控えめな砲弾が飛んでいく。心なしか、水柱ま
- で小さかった。
- 砲撃終了。模型を確認した陽炎は微妙な顔をした。
- とくひつ
- とりたてて特筆することはなし。良好ではないが悪くもない。ああ砲撃したんだねと
- いうレベルであった。
- 「うん。悪くない=‥‥かな」
- 「すみません・=…」
- 小さくなる潮。
- 「いやいや、まだまだいけるって。じゃあ次は曙やって」
- にら
- 曙はじろつと睨むと、無言で砲撃をはじめた。
- 数回の砲撃で爽叉する。いくらもしないうちに命中弾を得た。
- 陽炎は感心した。無駄な行動がなく、初弾の砲撃から計算した修正も見事。皐月みた
- いに弾を撃ち尽くすこともない。
- 引っ張られてきた模型を確認すると、ちゃんと致命弾を与えていた。
- 「やるねえ」
- 「駆逐艦なんだから当然でしょう。あんたあたしが外すと思ってた?」
- 思ってはいないが、こんな性格の悪い艦娘が艦隊運動も砲撃も高いレベルなんて、や
- はり陽炎には意外であった。
- すなほま
- 金剛さんたち感心したかなと、後ろを確認する。四人とも砂浜に座っていて、金剛は
- ティーカップを手にしていた。
- 「……驚いてくれたかなあ……」
- 「次を見たら多少はびっくりするんじゃない」
- つまらなさそうに曙が言い、陽炎は慌てて前を向いた。
- あら九
- 次の順番は霞であった。
- 彼女は無口なので、無言で砲撃位置についていた。目標の深海棲艦模型にちらりと目
- 線をやる。
- 「撃ちます……」
- こ えが
- 12.7cm砲弾が吐き出される。弧を措いて目標に到達した。
- 水柱ではなく、炎が上がった。
- さくやく
- 実弾射撃だが炸薬の量は減らしてある。ただ命中したときに分かりやすいように、マ
- てんか
- グネシウムが多く添加されていた。
- 今のはその火炎だ。すなわち深海棲艦の模型に命申したのである。
- 「初弾命中……!」
- ぎようてん
- 陽炎が仰天する。
- ししや
- 砲弾の命中率は、通常十パーセント以下だ。初弾は試射を兼ねていて、敵との距離を
- 測りながら全力射撃に移るのである。実戦ともなれば敵と味方は動き回っているので、
- さらに命中率は低下する。
- 今は訓練射撃だが、それでも風や湿度の影響を受ける。それらを加味して計算した上
- で初弾を当てるのはただ事ではない。
- まぐれかとも思ったが、別の標的にも初弾から命中させた。
- 砲撃が終わり、模型が帰ってくる。確認する必要がないくらいであった。
- これにはさすがの金剛たちも驚いたらしく、標的を凝視していノる。愛宕だけはにこに
- こ顔。
- 肝心の霞は、いつもとまったく同じだった。
- 陽炎は思わず彼女の肩を叩く。
- 「すごいねえ! あんたこんなに上手だったっけ。呉にいた頃より上達してない?」
- 「
- .:.」
- えいゆネノ
- 「これなら、みんな驚くよ。鎮守府の英雄になれるって」
- 「
- 」
- 喜んでいるのかいないのか、表情からは読み取れない。
- 霞はともかく、陽炎は浮かれていた。これなら愛宕や高速戦艦のお姉さん方にもイン
- うわさ
- パクトを与えられる。鎮守府内に噂は広がり、第十四駆逐隊恐るべしとの評判となるの
- だ。
- 「うまくいくと思ってんの?」
- 水を浴びせるようなことを発言したのは曙。陽炎はいささかむっとして言い返す。
- 「多少はびっくりするって言ったのはあんたじゃない」
- 「次はも1つとびっくりするかもねえ」
- 「次で 次って……あ」
- 陽炎は急いで、模型を海岸に並べている艦娘に言った。
- 「ごめんごめん、長月の番だよね」
- 片付けの準備をしていた長月は、何故かひるんだ。
- 「いや……私はいい」
- 「あー、曳航役やってもらったのに忘れてたから怒ってるのね。ごめん、あたしが代わ
- きげん
- るから、機嫌なおして」
- 陽炎は両手を合せてぺこぺこする。長月は首を振っていた。
- 「本当にいいんだ。気にするな」
- 「長月の砲撃訓練もちゃんとやるからさ。次からは一番最初にやってもらうよ。だから、
- ここは我慢して」
- 強引に曳航索を奪い取った。軽く引っ張って、深海棲艦の模型が繋がっていることを
- 確認する。
- 「じゃああたしが引くからね。合図をしたら砲撃して」
- まだなにか言いたそうな長月を残し、陽炎は沖に出ていく。
- 十分離れてから手を振った。
- 「いいよ、撃ってー!」
- しばらくして。
- とどろ
- 発砲音が轟く。砲弾が飛んできて着弾した。水柱が上がる。
- そば
- 陽炎の側に。
- 「きやー日日」
- ひめい
- 彼女はたまらず悲鳴を上げた。頭から海水を棍ったのもさることながら、爆発の振動
- が腹にまで響いたのである。油断していたこともあって、危うく朝食を戻しそうになっ
- た。
- 「なんなの!?」
- はる
- 続いて二撃、三撃。今度は標的よりも遥か遠くに落ちる。その次はずっと手前。
- そしてまた、陽炎の近くに着弾した。
- 衝撃でひっくり返りそうになる。駆逐艦の砲でも当たったらただではすまない。
- 「待った待った! やめてよ! 中止中止∥‥」
- 両手を振り回すが見えているのかどうかも分からない。長月の砲弾は、標的とは関係
- のないところにばかり落ちていた。
- ぬ
- 陽炎はたまらず、深海棲艦の模型を放置して桟橋まで戻った。ずぶ濡れになったまま、
- どな
- 目を血走らせて怒鳴る。
- 「なに考えてんの! 死ぬかと思ったじゃない! あたしがそんなに憎い!?」
- 返事はない。陽炎は続けて叫んだ。
- 「そりゃあたしはあんたたちに注意するし、訓練強要するし、暑苦しいかもしんないわ
- よ! だからって殺そうとするなんて……!」
- やはりなにも返事がなかった。
- ひようしぬ
- 拍子抜けして、陽炎は正面を見た。長月が青い顔をして立ち尽くしていた。
- 「あ……す……すまない……」
- 「すまないんならさあ」
- 「本当に……すまない=‥‥わざとではないんだ……」
- ま さお こきぎ
- 真っ青なまま小刻みに震えている。いつもの姿とのギャップに、陽炎は怒りを忘れて
- とまど
- 戸惑った。
- 「……どうしたの7」
- 「これが実力ってわけ」
- 冷ややかな声は曙だった。彼女はつまらなさそうな顔で腕組みをしている。
- へた
- 「にの魂、砲撃がド下手なのよ。いつも偉そうにしてるけど、戦闘能力は駆逐艦の中で
- は下も下、なにやっても当たりやしない。霰を守るなんて言ってるけど、本当は自分が
- 守られてんの」
- 「= …=」
- かくしきば ひモ あおな しお
- 長月はうつむいている。格式張った物腰は影を潜め、まさに青菜に塩の状態。
- 曙は陽炎の方を向いた。
- あき
- 「分かったでしょ。こんな下手がいたんじゃ、戦艦の人たちも呆れるわよ」
- 陽炎は愛宕たちを見る。会話をしていた。内容までは不明だ。味方に向かって砲撃し
- たから、相談をしているのだろうか。本来なら即訓練中止の案件だ。
- あお
- 思わず天を仰ぐ陽炎。
- 「うう……これじゃ計画が・…=」
- 「すまない」
- 長月が小声で言う。
- 「すまなかった」
- さるしさl
- 彼女はそのまま駆け出していく。桟橋から海に入り、猿島の方向へ姿を消した。
- 「あ……。潮、あと頼める!?」
- 「は、はいっnH」
- 「あたし追いかけるから!」
- 慌てる潮の返答は待たず、陽炎も海に入った。
- おきあい
- 猿島は横須賀の沖合に浮かぶ無人島だ。住人がいないだけでバーベキュー広場や海水
- 浴場はある。ただそれも夏場の一時期に限られており、あとはほとんど閉鎖状態。
- 陽炎は長月の姿を捜しながら、海岸に上陸した。
- 精神的にショックを受けた艦娘が出るのは、それほど珍しいことではない。深海棲艦
- しようもう じようちゆう
- との戦いは精神も消耗するため、各鎮守府にはカウンセラ1の常駐も義務づけられて
- いる。
- ま じ二モんしん
- そのカウンセラーに相談することを恥じる艦娘もいる。自尊心が高ければ高いほど、
- そういう傾向にあるという。彼女たちは人知れず泣き、悩み、苦悩する。そして人のい
- ないところを好む。猿島は絶好の場所でもあった。
- 「……いたいた」
- すみ
- 海岸の隅で、うずくまっている艦娘の姿を認める。陽炎はゆっくりと近寄った。
- ひぎ
- 長月は膝を抱え、顔を埋めていた。
- なにも言わずに陽炎は横に座る。
- しばらく二人はそうしていた。
- 「……陽炎か……」
- 長月がぼつりと漏らす。
- 「うん」
- 「今の私を、どう思う……?」
- 「どうも思わないな。長月は長月だから」
- 「::.
- 」
- 長月は顔を上げた。正面には海。
- 「……曙の言ったことは、本当なんだ…:・」
- 「え?」
- むつき しゆ二き
- 「睦月型はバランスが悪いんだ。砲塔と主機の具合がしっくりいかなくて、駆逐艦娘と
- して難がある。私は特に……」
- 「そうかなあ」
- そうこう
- 「本当だ。私はずっと、自分が出来損ないなことを悩んでいたんだ……。装甲もどこか
- 幼いしな」
- 艦娘における装甲とは、来ている服とほぼ同義である。一見セーラー服にしか見えな
- いが、深海棲艦の攻撃から身を守る重要な装備品だった。
- 艦娘のタイプによって服のデザインは異なる。これは艦娘の適性試験による割り振り
- で決まるから、他人の服を着ても意味がない。万が一別の服を着ると、途端に装甲では
- なくただの服に成り下がってしまうのだ。
- 睦月型は武装を装着するため服を改良し、結果バランスが崩れたことはよく知られて
- いた。
- 「皐月も同じだ。あいつはいつも筋トレをするだろう。少しでも体力をつけて、身体を
- 丈夫にしようとする現れなんだ……」
- そうだったんだと陽炎は思った。なんだこの筋トレ中毒と考えていたが、ちゃんと意
- 味があったのである。
- 「あいつは立派だ。だけど私はそうじゃない。なんとか克服しょうと自分に言い聞かせ
- せきむ
- てこんな口調にもなった。他人を守ることが自分の責務だと信じるようにした。だけど
- 本当はそうじゃない。弱いから、誰かと一緒にいることで安心したかったんだ。霞は砲
- 撃がうまいだろう。だから近くにいたんだ……」
- 「
- 」
- 「寮はあの通り拒否しない性格だからずっと甘えていたんだ。だけど陽炎がやってきた
- とき、私は怯えてしまった。ずっと前から霞のことを知ってる人間が来たから、私との
- こつけい
- 仲が終わるんじゃないかと。滑稽な話だな、勝手に依存していただけなのに……」
- 長月は顔を海から陽炎に向けた。
- 「なあ陽炎」
- 「なにTL
- 「私を、第十四駆逐隊から外すか?」
- 陽炎は目をしぼたたかせた。答えがないのを知り、長月はゆっくりうなずく。
- 「当然だ。こんなバランスが悪くて砲撃も下手、仲間に依存してばかりの駆逐艦はお荷
- 物だからな。解体してスクラップの方がよほどお似合いだ」
- 「待った待った、待ってよ」
- 陽炎は慌てて口を挟んだ。
- 「そんなことしないから。長月だって大切な仲間だよ」
- きょとんとする長月。
- 「……本当か?」
- 「もちろん。あたしだって最初は砲撃下手だったんだもん。第十八駆逐隊で最下位。練
- 習してようやく人並みになったんだ。だから長月も、きっと上手になるよ」
- 「私が=…砲撃が上手くなるのか?」
- 「うん。きっと今に、長月の砲撃でみんなが救われるときが来るよ。あたしが保証する」
- 陽炎は胸を叩いた。
- 長月は無言だった。目は伏せがちで、再び陽炎から視線を外した。
- 「そうか……」
- とだけ呟く。陽炎は彼女に手を伸ばした。
- 「さあ、戻ろう」
- 「……先に戻っていてくれ」
- 再び顔を伏せる長月。
- むりじ
- 陽炎は無理強いをしなかった。「待ってるから」 とだけ告げると、砂浜から直接海に
- 入って、鎮守府へ向かった。
- 陽炎は訓練をしていた桟橋に戻る。第十四駆逐隊は全員いたが、他は愛宕しかいなか
- った。
- 「あの……金剛さんたちは……」
- なんせいしよとう そうとう
- 「出撃Lに行ったわ。南西諸島付近に深海棲艦が出たの。掃討しておかないと、物資輸
- 送船団が被害受けちゃうから」
- 「愛宕さんは……」
- 「私はあなたたちの訓練を見ているのが仕事よ」
- にっこりと笑っている。
- これは失敗を記録してやるぞとも言えるわけで、陽炎の頭には、金剛たちがいなくな
- ったのも、砲撃の下手っぶりに呆れたのではとの悪い想像まで浮かんだ。
- 駆逐艦たちのところに戻り、潮に話しかけた。
- 「どう? 上手くいってたで」
- 「……はい、なんとか‥…・」
- にじ
- と言うものの、顔には心労が渉み出ている。曙あたりが言うこと聞かなかったんだろ
- うなあと、陽炎は想像した。
- 「ごめんね。あたしがまたやるから」
- それから手を叩いて鼓舞する。
- らいげき
- 「次は雷撃訓練行くよ!し
- この言葉に、曙を含む艦娘たちは、さすがに緊張した。
- はな
- 雷撃は駆逐艦の華だ。小ハエ並に軽んじられる駆逐艦も、魚雷戦となれ鶴鵬が一変
- ほ真ノむ
- する。各々搭載している魚雷は一撃で大型艦を葬る威力があった。
- 陽炎は腰に手を当てて言う。
- 「どれだけミスっても、雷撃が上手なら全部オーケ1。あたしたちは一位になれる」
- 「特別訓練って船団護衛じゃなかった?」
- と皐月。陽炎は即座に言う。
- 「深海棲艦が襲ってくるんだから、雷撃訓練は必須よ。準備するから、また順番通りに
- ……あれ7」
- かし
- 彼女は首を傾げる。借りてきたはずの標的がどこにもなかった。
- 「潮、もう軍需部に返しちゃったので」
- 「いえ……砲撃訓練で、豪さんが全部沈めちゃったんです。初弾から当てちゃって、ほ
- とんどが致命弾で……」
- よく見ると、曳航索だけは残っていて、桟橋の上に置かれていた。あとは全て海の底。
- 「標的がないと訓練できないじゃない」
- 「そうですけど……もう一度借りに行きましょうかTL
- しかし嫌味を言われそうだ。嫌味だけならまだよくて、損失報告書と申請書をたっぷ
- り書かされることもあり得た。
- 「あらあら。なんなら私が標的艦になるわよ?」
- 見ていた愛宕がそう言った。
- 陽炎は驚き、急いで手を振った。
- 「いえそんな。秘書艦の人に敵役をやらせるなんて」
- 「いいのよ。皆の役に立たせて」
- 止めるまもなく、彼女は海面に足をつけた。滑るように進んでいく。胸が上下に揺れ
- ていた。
- 「準備が出来たら声をかけてねー」
- ひそ
- にこにこ顔の愛宕を見ながら、陽炎は声を潜めた。
- 「どうしよ……」
- 「でも、雷撃訓練やるって言ったの陽炎さんです=…・」
- 潮が言う。
- じっようとうぷ
- 「実用頭部をつけて撃たなければ……」
- 「むしろ撃ちたいなあ」
- と言ったのは皐月。
- 「あの胸部装甲は邪魔だよ」
- どことなく憎しみを込めて、皐月は愛宕を見つめている。寮も呟いた。
- 「胸を狙って魚雷を撃つ……新しい……」
- 「一発でも当てればさ」
- 「なに変な相談してるんですか、もう」
- 慌てたように潮が割って入る。そこに全員の視線が集中する。
- 潮はびくつとした。
- 「な……なんでしょう……」
- ごうまん
- 「持てるものの倣慢だなあ」
- わお
- 皐月の言葉に、潮は自分の胸元を手で覆った。陽炎は呆れて一号っ。
- 「ほら、変な話はやめ。雷撃訓練はやることにするよ。実用頭部は抜きね」
- 「陽炎も実はある方だよね」
- 「そんな話はしない! やるよ!」
- 全員海に出た。
- 一人ずつの訓練はしない。魚雷というのは砲弾に比べ、圧倒的にスピードが遅い。撃
- .んlご とうーリや
- たれた側は目視で回避できる。これを防ぐためには複数の艦が一気に投射するのが一般
- 的。
- おのあの
- だから駆逐隊単位で訓練するのが効果的となる。問題は、各々が装着している魚雷発
- 射管の位置だ。
- 腰や腕に魚雷発射管がついてる娘はまだいい。身体をちょっと曲げる、あるいは腕を
- きゆうじゆつ
- 海面に向ければいいからだ。三連装、あるいは四連装魚雷発射管から飛び出した九 十
- しき もう
- 式魚雷は、まさに水を得た魚のごとく、猛スピードで泳いでいく。
- 問題は足につけている場合。これは難しい。足首なら簡単だが、太ももに装着してい
- た場合などは逆立ちみたいな恰好で撃つ羽目になる。マニュアルでは「魚雷を発射する
- せんかい と
- 場合、発射管を旋回させ」とあるが、そもそも航行中にぐらぐらしないよう固く留めら
- れている場合が多いのだ。激戦の最中、のんびりと発射管の角度を調整していたら深海
- 棲艦にパクリとやられてしまう。すなわち艦娘の方が身体を極端に折り曲げて発射する
- という本末転倒なことが起こる。
- 「あたしはどれとも違うんだけどね」
- 陽炎は密かに胸を張った。
- 彼女の魚雷発射管は郡継装着だが、自由に動くアームによって繋がれていた。これに
- ょってたいした姿勢制御をしなくとも、楽に発射できるのである。
- よノらや
- 潮が羨ましそうに見ている。彼女は足に魚雷発射管がつけられていた。
- 「私、撃つとき恥ずかしいです・…:」
- 発射口が上を向いているため、発射時には目標の正面を向いて極端に足を振り上げて
- 海面に魚雷を撃つか、背中を向けて同じ事をする必要がある。どちらにせよスカートの
- 中身は皆様方にお目にかけることになる。
- 「あらかじめ発射管を前方に固定すればいいじゃない」
- 「それやると、かなり空気抵抗があって航行のスピードが落ちるんです:…・。速度は駆
- 逐艦の武器ですから……」
- 潮は小さくなった。
- さら
- 陽炎は 「むー」とうなった。スカート内部を晒すか晒さないかは、艦娘にとって切実
- な問題だ。高額なミサイルや戦闘機にできないことをやってのける艦娘だが、結局は女
- の子なのである。実際戦闘になったらそんなこと気にしないものの、あとで思い出して
- 赤面したりする。
- ちなみに陽炎はスパッツを勢いており、こんなところにも駆逐艦としての改良が見て
- 取れる。
- じっと聞いていた曙が、ここではじめて口を開いた。
- 「気にしなきやいいのよ。簡単でしょ」
- 「でも……」
- 「あたし気にしてないわよ」
- t・.・..一.・バ
- 彼女も同じ綾波型なのだ。このあたりの割り切りぶりは、なかなかやるなと陽炎は感
- じる。
- 陽炎は少し考えてから言った。
- 「じゃあさ、発射するときに腰落とせば?」
- 「はい?」
- 潮の疑問に、かいつまんで説明した。
- 「あらかじめ魚雷発射口を下に向ければそれほど空気抵抗にはならないでしょ。撃つと
- きに正座するみたいに足を曲げるの。そうすれば発射口前に向くじやない。今まで通り
- 発射口が上なら、正座して後ろを向く」
- 「あ、なるほど!」
- 潮の顔が明るくなる。が、すぐに不安そうになった。
- 「正座して撃つんですか……なんかその……向こうのご両親に会いに行ったみたいで、
- ○かい
- 深海棲艦に誤解されそう……」
- 「向こうってなによ」
- 遠くから 「まだなのー」という、愛宕の退屈したような声がする。陽炎は急いで皆を
- うながした。
- 「やるよやるよ。並んで。感慨になるのを忘れないで」
- 魚雷は扇形に発射することが多い。目標が回避してもどれかが当たるようにするため
- だ。
- 陽炎は愛宕に「やります」と合図をした。 しんかん
- 「えー、目標、重巡洋艦愛宕。方位よし。進路よし。魚雷深度及び信管自動調整」
- 並んで進む。愛宕の姿がはっきり見えるようになってきた。
- 「撃てー!」
- あつさく
- シューつと、圧搾空気の音がする。それぞれの発射管から放たれた魚雷が、愛宕に向
- かって進んでいく。
- 陽炎は息を和んで見守っ堕
- やがて愛宕が腕で大きく×を作る。
- 「外れでーす」
- 「あー」
- 陽炎はがっくりとした。魚雷の命中率は十パーセントもいけばかなりものだが、特別
- 訓練で上位を目指すには、もっと当てなければ駄目だと考えていた。全段外れは論外す
- ぎる。
- 「タイミングずれたかな」
- 「やっぱり、撃つときの姿勢が、みんなバラバラだからねえ」
- と言ったのは皐月だ。
- 第十四駆逐隊は形式がバラバラだから、雷撃の恰好が立ったり座ったり片手片足を上
- げたり忙しい。これが同型艦でまとめられたりすると、砲雷撃のタイミングが取りやす
- く、結果として戦果も上げやすくなる。
- 「だから恥ずかしがる必要なんてないのよ」
- 曙が呆れた口調で言っていた。
- 「いちいち正座するより足振り上げた方が早いの」
- 「・…=でも……」
- ようしや
- 潮は顔を赤らめている。曙は容赦ない。
- 「自覚がたんないのよ。艦娘がそんなこと気にしてピーすんの。深海棲艦に喰われたい
- の? あんた全然変わってないのね。あのときから、役に立ったことが一度だってない」
- 「で、でも……私だって、ちゃんと……!」
- 涙目になって反論しようとする潮。陽炎は割って入った。
- 「はいはい、そこまで。曙、いちいち突っかからないでくれる」
- 「……ふん」
- 曙はつまらなさそうに呟く。
- 「どんだけ痛い目見たって、治らないものもあんのよし
- 陽炎はその言葉が引っかかったものの、追及しなかった。
- そうてん
- 「もう一度やろう。次発装填」
- また並ぶ。愛宕には 「またやります」と連絡。
- 「行くよ。今度はもっと近づいてから撃つから」
- 「えー、夜戦でもないのに?」
- 皐月が言う。陽炎は彼女の言葉の正しさを認めつつ。
- 「そうだけど、あたしたち下手なんだからできるだけ近づくの。遠くより近い方が当た
- るんだから」
- 逆にこっちがやられちゃうとの反論は封印。まったくそうだが、一位になるにはそれ
- くらいやらないと駄目なのだ。
- りようげん
- 「両舷前進第一戦速!」
- 陽炎の号令と共に、全員が進む。
- せんそく
- 潮風が顔面を叩く。愛宕の姿を捉えても船足を緩めない。姿形だけではなく、目鼻が
- はっきりと分かるくらいまで接近する。
- 「……撃てー!」
- かいとえノ
- シュー。圧搾空気の放出昔。魚雷が放たれたらすぐに回頭して離脱する。相手の反撃
- を想定しての行動だ。
- 充分に離れてから陽炎は振り返る。
- 愛宕はまたも×を作っていた。
- 「あー‥‥‥」
- 陽炎は頭を抱えた。
- 「もー、また外れた」
- 二回連続で外すのはかなり恥ずかしい。実戦で攻撃したけど当たらないなんてのは珍
- かこく
- しくないが、練習はやろうと思えば当てられる。そして実戦は練習よりも難しく、過酷
- だ。
- 「潮はちゃんと撃ってたよ」
- 皐月が言う。
- 「しゃがんでたから、変な感じだったけど」
- 「言わないで下さい。……ちゃんと恥ずかしさを克服するようにします」
- 潮が頬を赤くしながらも、そう答えた。
- 愛宕がやってきた。
- 「あまり成績がよくないわね」
- 「すみません……愛宕さんから見てどうでした? 発射の距離がおかしかったですか?」
- 愛宕は頻に指を当てる。
- 「んt、それは特に問題ないと恩うわね。撃つときの恰好は、そうねえ、個性的でいい
- んじゃないかしら」
- こつけい
- 気を遣ったところを見ると、滑稽だったのだろう。なんとなく潮の気分が分かる。
- 「でも肝心の魚雷が、何本か遅れて撃たれたわよ。一斉に発射しないと命中率は下がる
- わ」
- 陽炎は振り返る。
- 「誰か、遅れて撃ったりした?」
- 駆逐艦娘の面々はしばらく無言だったが、やがてゆっくり手が上がる。
- 「……霞?」
- 寮はかすかにうなずいた。
- 「……発射装置が……接触不良で……遅い……」
- 「もしかして、一回目の雷撃のときも?」
- しゆこう
- 陽炎の質問に、寮は首肯する。
- 「そう……」
- 「それ、あらかじめ言ってよ」
- 「言った……」
- 霞が呟いた。
- 「きっと声が小さかったのね」
- 愛宕が言った。
- けいこネノ
- 最は元々小声な上、必要なこと以外を口にしない傾向にある。これは呉でも同じで、
- 一二秒以上喋らせるかどうかで賭けがおこなわれたこともあった。
- おか
- 陸で生活しているぶんにはそれでも構わないが、海の上では話が変わる。大声を出す
- のは重要なのだ。基本的に艦娘同士は無線で通話するが、実戦では砲撃音がやかましい
- 上に、深海棲艦が叫んだりうなったりして聞こえないことが多々ある。なので大抵マイ
- クに向かって怒鳴っていた。
- あまりに怒鳴り続けたため、配賦する故障に音を上げたメーカーは、感度を落として
- 納入するようになった。このため声が小さいとマイクが拾わないのである。
- 「あんなに砲撃は上手いのに。ねえ霞、魚雷発射って言ってみて」
- 陽炎の台詞に、霰は口を開く。
- 「……魚雷発射」
- 「もう一度」
- 「魚雷発射」
- 陽炎は首を傾げた。
- 「んー、こうやると、小声だけどちゃんと聞こえるなあ」
- くせ
- 「海に出たらきちんと声を出す癖をつけた方がいいわね」
- 愛宕はしばらく考えていたが、しばらくしてからぽんと手を叩いた。
- 「ねえ陽炎ちゃん。お姉ちゃんの頼みを聞いてくれる?し
- 「お姉ちゃんってどなたですか」
- 「意地悪しないで。霰ちゃんは私が訓練するわ」
- 「ええっ、秘書艦なのにですか」
- 「今日だけ特別よ」
- 愛宕は立ち尽くしている霞を引っ張った。桟橋の向こう側、砂浜になっているところ
- まで連れて行く。
- 残された陽炎たちは四人になってしまった。
- 「もう終わりでいいんじゃない」
- と曙。陽炎は首を振る。
- 「いや、まだ。自分たちで訓練しなきや。せっかく愛宕さんまで協力してくれるんだか
- ら」
- 「あの人、ただの暇つぶしじゃないの」
- 「あたしたちは、さっきの雷撃訓練やろう」
- 少なくとも、バラバラの射撃ポーズでも同じタイミングで撃てるようにしなければな
- らない。
- さきほど使用した魚雷は回収した。魚雷は高額なので、訓練に使用する場合は射程を
- 短くして沈まないようにするのが基本。
- 「四人だけど、やるだけやるよ。じゃ、両舷前進第一戦速」
- しばらくの間、並んでは撃ち、並んでは撃ちを繰り返した。
- やっているうちに慣れるもので、バラバラな射撃フォームでも様になってくる。潮も
- もノヽもノヽ
- 恥ずかしがっている場合ではないと思ったのか、黙々と励んでいる。
- 陽炎にはむしろ、曙が一緒にいる方が意外だった。
- 「また途中で帰るって言い出すのかと思った」
- 「あんたたちが下手だから、あとで思い出して笑うネタにすんのよ」
- 確かに曙は、砲撃も雷撃も高いレベルにある。これで性格さえよかったらなあと感じ
- ることも多い。
- 陽炎はちらっと時間を確認した。
- 「そろそろ上がろうか」
- 「長月と霞は?」
- と皐月。陽炎は辺りを見回しつつ。
- 「長月は今に帰ってくるわよ。霞は……様子見てくるね」
- 他の娘たちを先に帰らせてから、陽炎は愛宕の向かった方向へ急いだ。
- 愛宕と寮は、砂浜に立ってなにかやっていた。
- rHI
- 二人は別に砲撃や魚雷発射の態勢を取っていない。海に向かって立っているだけだ。
- 疑問符を浮かべながら、陽炎は近づいた。
- rあのー、そろそろ終わりにしますけど‥‥‥なにをしてるんですか」
- 「元気が出るおまじないです」
- 愛宕が言う。
- 「おまじない・…‥?」
- 「じゃぁもう一度やりましょう。豪ちゃんは私の隣に立っ.て」
- 彼女は有無を言わせず、最を隣に立たせた。
- 「はい、大きく息を吸って」
- 探呼吸するみたいに愛宕は息を吸う。霰も同じ仕草をした。
- 「ぱんばかばーん」
- とが
- ぎょっとする陽炎。霰も無言。愛宕はロを尖らせた。
- 「ほら、ちゃんと叫んでください」
- ーこここ
- 」
- 「日頃から大きな声で叫べば、声が小さくて指示を聞違えることもなくなります。大事
- なことです」
- 「..
- 1ンー
- 霞は納得したというよりも、なにがなんだか分からないという雰囲気だった。
- 愛宕はもちろん、そんなことは気にしない。海に向かって叫ばせた。
- 「はいもう一度、ばんばかばーん」
- 「・…‥ぱ……ばん……」
- 「ぱんばかばーんーこ
- 「ばか・…=」
- あくまで陽気な愛宕に比べ、霞の声はどんどん小さくなっていく。
- 陽炎は背後を見た。通りかかった艦娘たちがひそひそ話をしている。「愛宕さんに捕
- まったみたい」 「うわー、大変そう」と含み笑いをしていた。
- いつもは無表情の霰がどんどんうつむいていく。うなじのあたりがうっすらと赤くな
- っていた。
- 陽炎は笑いながら通りすぎる艦娘たちを見て、また寮に目線を戻す。
- 二人に近寄った。
- 「ほら、寮」
- 「
- ::ウ.」
- 寮が顔を上げる。陽炎は言った。
- 「一緒にやろうJ
- 「どうして……陽炎が……」
- 「あたしも声が小さいなって思っていたところなの」
- 陽炎は霰の隣に並ぶ。ついでに腕まくりをした。
- 「気合い入れるよ。小声を克服しなきやね」
- 「私にもやらせて欲しい」
- 不意に声がする。
- そこには長月がいた。猿島から戻ってきたばかりなのか、少し息が荒い。
- 「砲撃は下手でも、声では霞に負けたくない。そこだけでも霞を手助けできるようにな
- りたいんだ」
- その台詞に、陽炎はにこりとした。
- 「いいよ、三人でやれば恥ずかしくないよ」
- 愛宕はうふふと笑っていた。
- 「これならきっと、水平線まで届くわね。さあ、海の向こうの艦娘に聞こえるように叫
- びますよ。ぱんばかばーん!」
- 「ぱ‥…・ぱんばか:…・ぽん…:」
- 霞の声は相変わらず小さい。陽炎は彼女を鼓舞するように声を出す。
- 「ぱんばかばーん! あたしにかぶせるように言えば、恥ずかしくないから」
- 「私も負けてはいられないな。ばんばかばーん!」
- 長月も叫ぶ。つられるように最も言う。
- 「ばんばかばん…:・」
- 「ぱんばかばーん!」
- 「ばんばかばーん!」
- この訓練は、太陽が水平線に沈むまで続けられた。
- 夜。
- いす
- さすがにげっそりした陽炎は、転がるようにして自習室に入った。ずるずると椅子を
- 引っ張って座り込み、机に突っ伏す。
- 訓練アンドばんばかばんのため、身体の疲労だけではなく声まで枯れている。特にば
- んばかばんは自分から加わった関係上先に抜けるわけにもいかず、終わりまで付き合っ
- た。
- しばらくぐったりしてから、やる気という名のドーパミンが兆胴にに組㍑ちはするま
- ひきだ
- で待ち、ゆっくりと身体を起こす。平べったい引出しの中から便箋と万年筆を取りだし
- て並べた。
- ひつきく
- 通信手段となる紙と意思伝達装置となる筆記具を見つめてぼんやりする。
- しらぬい ちやくにん
- 不知火に手紙を出すつもりだった。最初は着任してすぐ書くつもりだったが延び延
- びとなり、やがて思い出すヒマもなくなって今に至る。不知火からは便りが送られてく
- けはい
- る気配もないが、彼女はそういうタイプだから気にしたってしょうがない。
- おおぎよう
- 便箋はともかく、女の子に万年筆とは大仰だ。なんでも「艦娘たるものあらゆる女
- もはん
- 性の模範とならねばならぬ」ということで、備品として配布されているのだ。以前は訓
- 練課程に習字まであったというから驚く。
- 鎮守府にはもちろん固定電話がある。それだけではなく、艦娘たちは携帯電話やスマ
- ートフォンだって持っている。だが使う機会は少ない。使用を制限されていたからだ。
- これはお偉いさんたちが、自分たちの知らないところで通信されるのを嫌がっている
- 一てち
- ためだ。表向きは機密情報が外部に流出しない措置と言われているが、艦娘たちは 「父
- 親が娘の電話内容を知りたがるようなもの」だと理解している。
- そのため外部との連絡で、もっともメジャーな手段は手紙となる。これも事務的な内
- 容ですませるものから短編小説並みのボリュームを書くものまで多様であり、鎮守府に
- 一つしかないポストは常に満杯になっている。
- しんこネノ
- 陽炎は恋人にラブレターを出すわけでも、秘密宗教に信仰の告白をするわけでも、深
- 海棲艦に出撃情報を流すわけでもないから、普通に書くつもりだった。
- 『親愛なる不知火様……』
- と書きだしてから、便箋を破って丸めてゴミ箱に投げる。外れたので拾い上げてきち
- んと中に入れた。
- あいぽう
- 固すぎる、と感じた。元相棒なのだから、もっとメールみたいな普通の文章でいいは
- ずだ。
- 『不知火っちー』
- 挽梱るP路に津不知火っちだ。こんな言い方したこともない。
- 『拝啓。秋晴の候、いかがお過ごしでしょうか‥…・』
- また固くなった。これも丸めて捨てた。
- 『いえーい。おはよう』
- 訳が分からない。捨てる。
- こうあん
- それからも陽炎は、様々な書き出し方を考案しては破って捨て続けた。中にはどこか
- の編集者が見たら独創さを激貸しそうなものもあったが、等しくゴミ箱の住民となった。
- 訓練の精神的疲労のおかげで、どうにも頭が働かない。何時間もばんばかばんと叫ん
- のど か
- だせいで頭の中がパチンコ店の開店記念セールみたいになっている。喉も枯れてガラガ
- ラだ。
- やぎ えき
- 山羊の餌を散々増やした後、結局手紙はくだけた口調に落ち着いた。
- 『呉はどう? こっちは』
- しばらくためらったのちに書く。
- 『こっちは最悪だよし
- ネガティブになったが構うもんかと彼女は思った。
- 『駆逐隊は成績が最下位。秘書艦の人は変人で提督もやばい。潮風もなんか気持ち悪い。
- じゆ,つゆ
- 絶対風に重油が混じってる』
- 書きすぎとは思わなかった。むしろ後から後から悪口が湧いて出た。
- 『霰も悪い影響受けて前より無口になってる。ここほんとに鎮守府なのかすっごい疑問。
- あたしぽっかり損して泣きたくなる。いっつも不知火のことぽっかり考えてるよ。また
- 一緒の駆逐隊になりたい』
- つい熱が入ってしまい、陽炎は背後に人がいるのに気づかなかった。
- 「陽炎」
- 「わっ。な、なに?」
- 座ったまま振り返る。後ろにいたのは長月だった。その隣に霰。彼女は手に袋を持っ
- ていた。
- 「手紙か? 邪魔をした」
- 「い…・:いや、結よ。なに」
- 長月は小さく咳払い。
- 「今日は世話になった。私のわがままにつきあってもらって、すまない」
- 「別にいいよ、同じ駆逐隊でしょう」
- おろ
- 「陽炎のおかげで自分の愚かさが理解できた。今後は迷惑をかけない。約束する」
- 彼女は霞をうながす。
- 「これ……」
- 寮は陽炎に袋の中身を渡した。
- 「今日……最後までつきあってくれたから‥…・お礼……」
- 「お礼って、くれるの?」
- 霧はこくんとうなずく。
- 「長月と私が…・=とっておいたもの……」
- 陽炎は日をぱちくりさせた。
- 「ありがと」
- 「礼をするのは……こっちの方だから……」
- 最は分かるか分からないかの動きで、頭を下げる。
- 「ありがとう……」
- 「私にも礼を言わせてくれ。本当にありがとう」
- 長月も頭を下げる。二人はその言葉を残して、自習室から出ていった。
- 陽炎は渡されたものを見た。銀紙に包まれていたので開ける。
- まみや こくいん ようかん
- 間宮と刻印された細長い羊糞だった。
- 数ある間宮製造菓子の中でも、羊糞は絶品中の絶品だ。あらゆる名店を上回ると評判
- ながら、味わうのは艦娘だけの特権。滅多に出回らないため、争奪戦が繰り広げられる
- こともしばしばだ。
- はし
- 陽炎は羊嚢の端を少しだけかじる。しつこさのない甘みが口の中に広がった。
- しばらく味わってから万年筆を取り上げ、手紙に書き足した。
- でもあたし、がんばるからね。呉から見守っていてください。
- み r r r時れ
- をスあい ど陽ん間込翌
- 使ム はや う 炎l がん 日
- つ1は’L は 長で も
- てズと なた首 く びや
- 、な彼んの を?な く つ
- 護この女だ?ひ」る り ば
- 衛舌ははか」ね と と り
- 訓艦だ笑ス る ’も訓え
- 練隊票っム 0 そ動練空
- を違えたl 疑 れか 0
- 繰動吉。ズ 間 だなそ
- り の だ に けいの
- 返こ な 思 練空0翌
- L と つ つ 度とそ 日
- てだ て た はれ も
- い。 」 か 落で 0
- た今 皐さ ち も さ
- 0日 月冒 て訓 ら
- の が い練に
- 第 訊き く の翌
- 十 い 0線日
- 四 て り も
- 駆く き 返 0
- 逐号 た し疲ひ
- 隊だ 0 に労号
- は 意は
- 昧蓄き
- 船‡ は横言
- 団だ あ L
- に る ’
- 見 0夜
- 立 な中
- て に は
- た も べ
- ぬ し ツ
- い て ド
- く な に
- る い倒
- ぜ人と
- 今まではほとんどうまくいかなかった。船団にぶつかることもしょっちゅうで、前途
- たなん
- 多難を予感させた。
- 笠が動きも掛野なり、船姻笠感覚もきちんと取れるようになっている。無駄口
- を叩かなければ面倒くさそうな態度も見せない。一瞬、みんなが別人と入れ替わったの
- かと疑ったくらいであった。
- ,つま
- 「皐月もずいぶん上達したよねえ。艦隊運動、もうあたしより上手いんじゃない?」
- かげろう
- 「陽炎の教え方がいいからだよ」
- 「皐月が努力したからだと思うな」
- 「いやー、実は夜中に、一人で練習しててさし
- 照れたように皐月は笑う。
- 「でもポクだけじゃないよ。みんな自主トレしたんだ」
- ほうげき しゆうげき し人かいせいかん もけい
- 長月が砲撃をおこなう。船団に襲撃してきた深海棲艦の模型が水柱に包まれた。
- 「当たった」
- わ舎ばら
- 陽炎が感心する。皐月が彼女の脇腹を突いた。
- 「ね、結果が出てるよ」
- のじうんどう あられ か人じ人
- 之字運動を発令する霞の声が響いた。彼女は相変らず小声だが、肝心なときはきちん
- しやペ かた うしおらいげを
- と通る喋り方をしていた。潮も雷撃の動きが素早くなっている。
- 感心しっつも、陽炎はまだ不思議であった。
- 「なんでみんなやる気を出したんだろ」
- 「なんでだろうねえ」
- 皐月はにやにやしながら彼女を見ていた。
- 駆逐隊のチームワークが向上するのはいいことだ。だがまだ、一つだけ足りない。
- あけぼの
- 陽炎が視線を向けた先には、つまらなさそうにしている曙の姿があった。
- 「ねえ曙、もっとあたしにやる気を見せてもいいと思わない?」
- 「:…・なんであたしがあんたにやる気なんか見せんの」
- 口を聞くのもだるい、と言いたげな曙。
- 「一位になったってしょうがない」
- うれ
- 「でも一位になるのって嬉しいじゃない。楽しいよ」
- きようみ
- 「そういうの興味持てない」
- む
- だこの娘だけは、本当にどうにもは咤な無いっとき的いい話しかけるだけで敵意を剥き
- 出しにする態度はなくなったが、距離が縮まったとは到底言いがたかった。
- 曙のことはとりあえず考えないようにした。彼女が文句を言おうとも、自分たちはも
- っと高みをロロ指すのだ。
- 「よーし、今日は船団護衛を通しでやるよ」
- 陽炎は全月に伝えた。
- 「特別演習までもう日がないから、ここで少しでも上達して一位を目指そう」
- 「通しでやるというと、砲撃や雷撃もおこなうのか」
- 長月が聞く。陽炎は認めた。
- 「うん。全部やんなきや意味ないからね」
- 「実弾なんだから、指導する艦鵜が必要だろう」
- こんごう
- 「だから、また金剛さんたちに頼んだ」
- さんぽし
- 彼女は桟橋の方向を指し示す。
- ひえい はるな きhリしま
- そこにいるのは金剛、比叡、榛名に霧島だった。
- かつこう
- それぞれ思い思いの恰好でこちらを
- 見つめている。金剛は、今日もティーカップを持っていた。
- 「よく引き受けてくれたな」
- あたご
- 「いやー、愛宕さんから話通してもらって、頼んだらやってくれるって」
- 、-しや
- はっはっはと陽炎は笑った。本当は 「誤射が危険なので、戦艦の人が絶対に見ている
- くぎ
- ように」 と釘をされたのだ。四人がかりなのは、それだけ危険視されていると言えない
- こともない。
- 「こないだは大変だったけど、ここでしっかりと訓練をこなせば、金剛さんたちも感心
- してくれるよ。そうすれば目立てる。配鶉かで話題になる」
- 陽炎は手を叩いて気合いを入れた。
- 「じゃあ頑張っていこう」
- しよてい れんそうほう
- 全員所定の位置に着いた。船団役は例によって、「ぜかまし」 と書かれた連装砲のぬ
- いぐるみ。
- 実際に護衛する場合、船はずっと大きく、船団ともなれば数も多い。艦娘たちもかな
- かんかく
- り離れて位置に着く。ぬいぐるみ同士の間隔はできる限り離しているが、どうしても現
- ざい
- 実との差異が出た。
- 今それを気にしても仕方がない。これまでの訓練の成果を、金剛型のお姉さんたちに
- ひろう
- 披露するチャンスなのだ。
- えいこうせん た
- 曳航船のスイッチを入れる。この船は時間が経つとランダムな動きをして、船団の進
- 路を変更する。陽炎たちはそれにぴったりついていかなければならない。
- 「準備完了」
- 陽炎は自分の位置に着いた。
- 「さあやるよ。船団から離れないで」
- こ,つこ,つ
- ぬいぐるみの進行に合せて、陽炎たちも航行した。
- おもかじ
- しばらくしてから曳航船が面舵をとる。同じように右に曲がる。それから舵を戻し、
- 今度は左。
- 左の次は右。之字運動をおこなっていた。
- 艦娘たちはぶつからない。以前のように油断はしなかった。互いの位置間隔を守り、
- 周囲に気を配っている。
- 「どう陽炎。ボクもやるもんでしょ」
- 皐月が言ってくる。
- じようず
- 「上手だよ」
- と陽炎は返事。他の皆も同様だ。あれだけ文句を言っていた曙も、きちんと役割をこ
- なしている。
- 陽炎は前方に目をやった。そろそろ次の段階になるはずだ。
- 海面に影が見える。来た。
- 「右十度に敵!」
- 陽炎が叫ぶ。全員、「えっ」と言った。
- たいしゆうげき
- 「対襲撃訓練よ、用意して!」
- 「聞いてなかったよ!?」
- 「言ったら訓練にならないでしょう」
- しゆき
- 皐月の苦情を封じると、陽炎は主機の回転数を上げた。
- えんまく
- 「船団を逃がすよ。長月は煙幕!」
- 「私が?」
- 「早く!」
- てんちよう
- 長月は進み出ると、襲撃艦と船団の間に煙幕を展張しようとしはじめた。
- 突然、襲撃してくる艦が光った。
- 「敵艦盈r
- もぎだん はで
- 陽炎が警告を発する。長月の周囲に水柱。模擬弾だから派手なものではないが、当た
- ったらやっぱり痛い。
- ふんしゆつ
- 長月の航行がふらふらしたものになった。煙幕の噴出が中途半端なものになる。
- 「長月、戻ってきて!」
- 前から戻って来た皐月が、陽炎のことを突いた。
- 「ねえ、攻撃してるの、愛宕さんじゃないかな」
- 「えっ」
- メ ガ ネ
- と答えて、陽炎は双眼望遠鏡に日を当てた。
- 敵役になり攻撃してきているのは、ブルーの制服を着た艦娘だった。あの胸の大きさ
- は確かに愛宕。
- 「なにあの人、誰か敵役にいい人紹介してくださいって言っただけなのに」
- 「陽炎、気に入られてるねえ」
- 「注意して、愛宕さんが手を抜くなんて思えないから」
- 皐月が定位置に戻る。
- ぬ
- 長月もびしょ濡れになって帰ってきた。展張した煙幕は中途半端なままであり、すで
- に晴れつつあった。
- 「敵艦接近中……」
- 霞が連絡してくる。彼女の位置からも愛宕のことはよく見えるらしい。
- 船団代わりのぬいぐるみに水柱が近づいてきた。愛宕は楽しそうに砲撃している。訓
- ひようてきかん
- 練に参加できて張り切っているのだろう。そういえば標的艦の役をやったときも、こ
- んな感じだった。
- ざっと艦娘たちを見回す。訓練とはいえ敵が襲ってくるのだから、どことなく不安な
- 空気が漂っていた。
- 憎淡は即座に言った。
- ちよくえん
- 「迎撃する。潮は直接のために残って。あとは正面に出て、愛宕さんを食い止める。
- す善
- その際に連装砲……船団を逃がすよ」
- 「五人がかりなの?」
- 「相手軋報嘲離艦だよ。一気に叩いて一気に逃げるんだ」
- せんかん おと
- 戦艦に劣るとは言え、重巡洋艦は立派な打撃戦力だ。正面からやり合っても勝ち目は
- 薄い。ならば数を頼みにする。
- 「潮、あとは任せた」
- 「え……は、はい」
- 頼りなさげな声だったが、とりあえず返事をしてくれたのでよしとする。
- ほうらいけいせん りようげん
- 「砲雷撃戦いくよ。両舷前進最大戦……」
- はいコ
- 不意に、背後から派手な音がした。
- メ ガ ネ かんえい
- 砲撃だった。急いで振り返る。双眼望遠鏡で確認。艦影が見えた。
- 重巡洋艦のシルエット。愛宕と同じ服を着て、同じくらい胸が大きい。優しそうな顔
- つきだが砲撃は割振がない。
- たかお
- 「高雄さんだ……!」
- 陽炎がうめく。同系統の艦娘だから、愛宕が呼んだのだろう。前方から愛宕が攻撃し
- ている最中に、後方から高雄が襲撃する戦法だった。ありふれているが実際にやられる
- と効果的。
- 船団は挟まれてしまったのだ。
- 陽炎は前を見て後ろを見た。
- どうする。前と後ろに戦力を割いた場合、どちらも防げるかもしれないが、失敗して
- 全滅する可能性も高かった。愛宕にだけ全力反撃すれば撃退できる可能性は高まるが、
- ちし今つhリよう
- 高雄の跳梁を許すことになる。
- 古ようどう
- 簡導は陽炎だ。決断しなければならない。
- 「……前方に攻撃を集中するよ」
- 彼女は言った。
- 「愛宕さんを撃退して船団を逃がす。もしかしたらいくつか高雄さんに喰われるかもし
- れないけど……」
- 「あんた見捨てるの!?」
- 意外なところから反発が来た。
- 叫んでいるのは曙であった。
- 「船団がやられるのに、見捨てて逃げるわけけ∥ どっちも救いなさいよ」
- ふたて
- 「見捨てるわけじゃないわよ。だけど二手に分かれたら、あたしたちまで全滅するかも
- しれないじゃない。だから少しでも生き残るように……」
- はくじよう
- 「薄情ね。どうして努力しないのよ!」
- 「は? 努力してるじゃない」
- いぶか
- 陽炎は訝しがった。直前までまったくやる気を見せていなかった曙が、いきなり火が
- ついたように怒りだしたのだ。
- 「船団を救おうとしてるから」
- 「してない! 見捨てるって言った!」
- 騒ぎ立てる曙。
- 「あんたいつも仲間だなんだって言ってるくせに!」
- 「曙こそ変なこと言わないでよ。やる気ないんだから口挟まないでもらえる」
- へた
- 「こんな下手くそと一緒なら、口くらい出したくなるわよ! 結局あんたたちに護衛な
- んか無理なんだから」
- 「無理じゃないわよ。あのねえ、こうやって言い合っていると時間ばかり流れて……」
- 曙が陽炎に顔を近づけた。
- 「迷惑なんだから、はじめからしないでよ!」
- 怒りが吹きつけられる。食ってかかる勢いだった。
- とまど
- 陽炎は戸惑う。他の艦娘たちも、驚いたように見守っていた。
- えんしゆう
- 「演習で船団護衛するんだから、やんないわけいかないでしょう」
- 「辞退すればいいじゃない! 傷つく人も出てこないわよ!」
- 「あたしたちは艦娘よ、辞退してピーすんの」
- 徐々にイライラしてくる陽炎。どうしてこの娘はこんなに騒ぎ立てるのか。護衛をや
- るのがそんなに悪いか。そこまであたしが憎いのか。
- 「あ、曙ちゃん……」
- なんとかなだめようとする潮の一一一一口葉にも、耳を貸そうとしない。
- 「やっぱりあんたもそういうタイプね。結局なにもできなくて味方を見捨てるパターン
- よ! 最初っからやんない方が利口なの!」
- 「あたしは仲間を見捨てないから!」
- げきこう
- 陽炎は激昂した。負けじと怒鳴り返す。
- 「いい加減にしてよこの大馬鹿駆逐艦!」
- 「あんたたちの方がよっぽど馬鹿よ! 馬鹿だけじゃなくて薄情!」
- 「じゃあ二手に分けるわよ! 最後は全滅するかもしれないけどね! そしたらあんた
- のせいだって言い続けてやる!」
- どきよネノ
- 「陽炎型にそんな度胸あるわけないでしょうが! いくじなし!」
- 「誰がいくじなしよ!」
- 陽炎は目の前が真っ赤になった。
- 怒りで頭がくらくらする。一体なんだってこんなやつを相手にここまで頑張らなけれ
- ばならないのか。こんなどうしようもない駆逐艦が他にいるのか。他のみんなとは分か
- り合えても、こいつだけはどうにもならない。
- なんとか理解しようと努力してきたつもりだが、そろそろ限界だ。
- こぷしにぎ
- 我知らず、拳を握りしめる。それを見て、曙がさらに言う。
- 「ほっ、殴る気? やってみなさいよ。陽炎型になんかできるわけないけどね!」
- パンツ。
- 海上に響く乾いた音。
- はお ぽうぜん
- 曙が頬を抑える。茫然としていた。
- それは陽炎も同じだった。思わず自分の手を見つめた。
- 曙に手を上げたのは陽炎ではない。彼女はなにもしていないのだ。なにもしていない
- のに、音だけは鳴った。
- 「曙ちゃん……いい加減にして……」
- た ひらてう
- 目に涙を溜めながら呟いているのは潮。曙に平手打ちを見舞ったのは、彼女であった。
- 「わがままぽっかり……!」
- つ あ
- 曙はぽかんとしていたが、すぐに目を吊り上げて叫んだ。
- 「やったわねー!」
- 彼女は潮に殴りかかった。 けんか
- 艦娘だから大人しいなんてことはもちろんなくて、腹を立てれば喧嘩もする。海の上
- スタビライザー
- だから足場が悪いなんてのは外野の意見で、こういうときに限って艦娘航行安定装置は
- こうけん あんもく
- 絶大な撃梨解し、持ち主の殴り合いに貢献する。発砲しないのは暗黙の了解だが、
- つめ かわい
- 逆に言えばそれ以外ならなにをやってもいい。平手打ちに爪を立てるなんて可愛らしさ
- ぎそう どんき
- は即座に消え失せ、拳と拳がぶつかり合った。儀装した装備はそのまま鈍器に早変わり
- だ。
- ナ
- 殴る、蹴lる。殴る、蹴る。殴ると見せかけてまた蹴る。曙の暴れっぶりは想像の範囲
- うつぶん
- 内だが潮も相当なものだ。今までの鬱憤を晴らすかのように殴りかかっている。
- 曙の繰り出したパンチが潮をかすめる。そのままぼんやりしていた霞にヒットした。
- 「痛……」
- 「なにをする!」
- 激昂したのは長月だ。「霰に手を出すのは……」と言いかけたそのロにキックが当た
- る。
- 「貴様ら!」
- 顔を真っ赤にした長月が喧嘩に参加した。朋離栗緋配も欝たいに振り回すその暴れ
- むつき
- っぶりたるや、睦月型はバランスが悪いから弱いなんてメーカーが新規発注を受けるた
- ・つそ
- めの嘘ではないかと疑うくらいだ。
- つか しわぎ
- 曙が蹴っ飛ばされる。隣で掴みかかっていた潮も。最の仕業だ。いつの間にか戦いに
- え
- 加わっていた。さっきのパンチが命中したのを根に持っているらしい。本気なのは駆逐
- んとつぼうし
- 艦娘一種略帽を後ろにかぶり直したことからでも分かる。彼女がこんなに腹を立てたの
- くれ ねぎな たつまき
- は呉ですら見たことがない。小柄な身体による不利を補おうと、竜巻みたいな蹴りを繰
- り出している。
- すご
- 「うわあ、凄い。ストレス溜まってたんだねえ」
- ぽうかんしや さか
- 傍観者を気取ろうとした皐月も巻き込まれた。逆さにされて海面に顔を突っ込まれる。
- きやしや
- 起き上がったときの目は吊り上がり、誰彼問わず殴りかかった。見かけは草書でも筋ト
- きた ひモ じふ
- レで鍛えている身体だ。並の駆逐艦娘に負けないとの密かな自負もあるのだろう。全員
- のしてやるとの勢いで乱闘に加わっていた。
- 海面上なのにストリートファイトぼりの争いが出現した。陽炎は真っ青になり、訓練
- そえノしん
- 中だと気づいて喪神しそうになる。
- 「ちょっと、やめて! 重巡や戦艦の人たちも見てるんだよ! やめ……」
- と言いかけた陽炎の顔面に、どこかの誰かが投げた訓練用魚雷が直撃。もんどり打っ
- て倒れそうになる。
- かろうじて踏みとどまった。
- 彼女は落ちた魚雷をゆっくり拾い上げた。
- 「こ==この馬鹿どもがー=‥」
- やみ あんこく
- 理性のたがが消し飛び、全てが敵に見えた。この世は闇だ暗黒だ。こいつらを叩きの
- めさなければお嫁にいけないに違いない。だったら片っ端からぶちのめして平らにして
- し寺いし
- やる。お前らは一人残らず、あたしの人生の敷石だ。
- 魚雷を振り回した陽炎が参戦し、止める人間がいなくなった。
- 遠くで眺めていた愛宕がやってきた。隣には同じく近寄ってきた高雄。
- よえノそ・つ
- 二人は陽炎たちの争いを、呆れた様相で見つめていた。
- 「大変ね。駆逐艦同士の喧嘩なんて、久しぶりに見たわ」
- 高雄は愛宕に視線を移す。
- rどうするの?」
- せきむ
- 「そうねえ……止めるのが秘書艦としての責務よねえ」
- 愛宕は、はあと息を吐く。高雄は訊いた。
- 「どうやって止めるの?」
- 「こうやって」
- も
- 愛宕は20・3cm連装砲を撮み合っている艦娘たちに向けた。
- 「はいみなさーん。三秒以内に止めないと、撃っちゃいますからね1。い1ち、にー」
- 彼女はにこにこしながら告げた。
- 「さーん」
- 妙に小声だったのは、はじめから撃つつもりだったからではないかと高雄が思ったと
- きには、陽炎たちは巨大な水柱に包まれていた。
- よこすかちんじゆふちようしや
- 横須賀鎮所府庁舎。秘書艦璽瘍部屋。
- 第十四駆逐隊の面々は、顔中に症を作り、頭からびしょ濡れになったまま整列してい
- た。
- 愛宕は自分の机に座っている。
- 特に呆れたようには見えない。いつもと同じ笑顔だ。ただ喋らずにじっと見つめてい
- るのが、妙に怖くもあった。
- ふしようじ
- 「……今回の不祥事ですが……」
- 愛宕がロを開く。陽炎はどきっとした。
- 「え、えーとですね」
- 「静かに。艦娘同士の喧嘩はないとほ言いませんが、訓練中、しかも秘書艦の日日前でお
- ぜ人だいみもん
- こなわれたのは前代未聞だと思われます」
- 「でも……」
- するど
- じろりと陽炎に目線が飛ぶ。笑顔と裏腹の鋭さに、慌ててロをつぐんだ。
- 「私だけではなく高雄も目撃していました。金剛型の皆さんも。これだけの人が見てい
- しら ばつ
- て、なにもなかったと白を切ることはできません。罰を自分で選びますか? それとも
- ていとく
- 提督に決めてもらいますか?」
- じゆろノえいそう
- 全員震え上がった。提督にまで報告が上がったらただ事ではなくなる。重営倉なん
- ほう
- て可愛い方で、最悪儀装を外されて改修の材料とされ、鎮守府から放り出される。そし
- て名前と顔写真が回覧されて、笑いものとなるのだ。
- 潮が口を開く。
- 「あ……あれは、私のせいじゃ……」
- せき き
- これがきっかけになって、堰を切ったように皆が喋り出した。
- 「ボク営倉入りたくない! 最初に殴ったのは曙だよ!」
- 「私は巻き込まれただけだ。責任は負わない」
- 「……罰せられるのは……嫌‥‥‥」
- てんいしよう
- 曙は黙っている。むすっとしたまま天井を眺めていた。
- 愛宕は口々に自己弁護する駆逐艦娘たちを見て、はじめてため息をついた。
- 「……まったく……」
- 駆逐艦娘たちは、まだ喋り続けていた。どんどんと声が大きくなる。
- 愛宕は呆れたように言った。
- 「そのへんにしなさい。訓練中の喧嘩を見逃すようでは規律にかかわります。幸い重傷
- 者が出たわけでもありませんから重くはしませんが、当分外出は禁止です」
- えーつとの声。鎮守府内では食事もできるし一応の娯楽施設もあるが、やはりリラツ
- クスするのは外だ。駆逐隊ごとにローテーションして外出するのは、休日の貴重なすご
- し方であった。
- 陽炎は急いで口を挟む。
- 「いくらなんでも、喧嘩でそれはキッいです」
- きようどう
- 「陽炎さん。あなたへの罰はもう少し重くするつもりです。響導ですから」
- 「なっ、なんであたしが……!」
- 「静かに」
- がんこう
- きっぱりとした口調と眼光に、陽炎は言葉を失った。
- 「追出してよろしい」
- ろうか
- 全員ぞろぞろと愛宕の部屋から廊下に出た。
- 無言のまま、庁舎から駆逐艦寮へと向かう。
- 皆、口を開くのもおっくうだとの雰囲気を出していた。歩くのが面倒に思えるほど。
- 陽炎は日差しに日を細め、空を見上げる。
- 快晴だ。そろそろ夕刻だが空はまだ青い。きっとこの青空は、遠く呉の港まで続いて
- きれい
- いるはずだ。椅麓で純粋な空気の色。
- 空しくなってきた。
- ひえい
- 愛宕の前で喧嘩をした。高雄の前で殴り合った。金剛の前で蹴りを入れ、比叡の前で
- つか あ
- 叫び、榛名の前で掴み合って、霧島の前で海水をかけた。
- こんなことでいい評判が立つわけない。仲間同士殴り合った馬鹿な駆逐隊として、最
- ま じようかん
- 低ランクの艦娘とのレッテルを貼られるレベルだ。しかもそれが上官にバレるなんて。
- 仲間内で処理できないなんて最悪もいいところ。
- 朝にはやる気で満ちていた。秘書艦や戦艦の前で、今度こそいいところを見せるぞと
- 決心したはずだ。
- なのにどうしてこうなったのだろう。
- くうどう
- 空虚が陽炎を支配する。ぽっかりと空洞ができた心。
- 不意に、感情がこみ上げてきた。
- 悲しみだった。
- えだじま きた
- 今までの自分がやってきたこと、江田島で学び、呉で鍛えられたことさえあれば、ど
- こでも通用すると信じていた。不知火への手紙でもがんばると誓った。それらが全て空
- ひたん
- 回りでしかなかったと知り、悲歎となって現われた。
- 陽炎はうつむく。目に涙が現われる。
- 「う……う……うう……」
- こら
- 堪えようとしても、止まらなかった。
- 「ご……ごめん……みんな……」
- 聞いた面々が足を止める。陽炎は涙を流しながら言う。
- 「あた=…・あたし、馬鹿だ……。空回りしてぽっかりで……がんばるって誓ったのに、
- なんにもできなくて=…・押しっけてばかりで……」
- 感情が次々に配れ出す。人前で泣くなんてみっともないと自覚はしているが、もう止
- められなかった。
- 「長月も寮も……ちゃんとしてくれてるのに、皐月だって潮だって曙だって:…・みんな、
- みんな立派な駆逐艦なのに……。あたしが……あたしがしっかりしないから……迷惑を
- ……簡導なのに……駆逐艦なのに……」
- らくるい
- 落涙する。涙が粒となって地面を濡らす。
- 「ごめん‥…・本当にごめん……」
- 張りつめた気拝が失われ、感情が止めどなく溢れていく。自らの未熱さ、情けなさが
- ない交ぜになり、心が張り裂けそうになる。
- 陽炎はそれらの気拝を、泣くことでしか表せなかった。
- 艦娘たちは、じっと陽炎は見つめている。
- 「……そんなことはない!」
- 突然長月が言った。
- しんみ
- 「謝るのは私の方だ。陽炎があれだけ親身になってくれたのに……私はまだ、自分に自
- 信が持てなかったんだ。私の方が……」
- 彼女もまた、涙を流している。
- 他の艦娘たちも、口々に叫んでいた。
- 「ポ…‥・ポクだって、陽炎がいなかったら、絶対一人ばっちだったよ! 陽炎が自信を
- つけてくれたんだよー・」
- 「私だってそうです。陽炎さんが迎え入れてくれたから……ここまで……!」
- 「……陽炎は・…‥悪くない……私こそ……」
- 皐月も、潮も、最も、皆泣いていた。陽炎の言葉に感情を動かされて、目に涙を溢れ
- させていた。
- まじ うれ
- 落ちこぼれて楽しい人間はいない。恥をさらして嬉しい人間はいない。
- みんな悔しかった。
- 第十四駆逐隊に負け犬のレッテルが貼られるのが、嫌だったのだ。
- ごうきゆう
- 自然と彼女たちは抱き合った。抱き合ったまま号泣していた。
- ただ一人の少女だけが、距離を置いている。
- 立ち止まったまま視線を外していた。
- 「これだから駆逐艦は、好きじやないのよ…畑←
- 曙の目に涙は浮かんでいない。心の動きを垣間見ることも、できなかった。
- ○
- そして 特別演習当日。
- くも きしようはん とんてん なみ
- この日の天気は曇りだった。鎮守府気象班によると本日は一日中曇天。波はやや高
- い。雨が降るかどうかはよく分からず、お出かけの際は報を忘れずに。
- 艦娘は濡れるのが商売で、しかも海水だからどこもかしこもしょっぱくなる。髪の毛
- しわづ
- なんか塩漬けのワカメと見分けがつかなくなることも多い。普通の雨はむしろ大歓迎。
- だから傘を差さない娘が多い。
- もちろん出撃のときに傘は持ち歩かない。台風やスコールだろうとびしょ濡れになり
- すいこう
- ながら任務を遂行するのが心意気というものだ。
- 陽炎はちらと頭上を見上げる。雲はまだ高い。まず降ることはないだろう。
- 「……なんであたし、天気のことばかり気にしてんのかしらね」
- 独りごちる。実は理由は分かっていた。
- まぎ
- 不安だからであった。なんとかして気を紛らわせたいのだ。集中しておこなった訓練
- だったが、とてもうまくいったとは言えない。あとからあとから失敗し、愛宕や戦艦の
- 前で殴り合いまでした。
- これで一位になれるんだろうか。
- 陽炎は頭を振る。いやいや、後ろ向きになってどうする。少なくとも仲間意識だけは
- 高まったのだ。曙だけは除くけど。皆で協力すればいい成績を残せるに違いない。曙だ
- けは除くけど。
- 背後を振り返る。第十四駆逐隊は全員整列中。相変わらず曙だけはそっぽを向いたま
- まだが、これはもうそういう存在だと思うしかない。
- 「===よく、あたしたちに付き合うわね」
- 「ふん」
- 曙は鼻を鳴らす。
- 「別にいいじゃない」
- 海水浴場にある監視員の台みたいなところに、愛宕が座っていた。時計をいくつも持
- ち、手にしたノートになにやら書き込みをしている。
- 前方に白波。駆逐隊が戻ってきたのだ。愛宕はハンドマイクのスイッチを入れる。
- 「上がってください。点数の集計中です」
- しばらく会話が交わされたあと、再び愛宕はハンドマイクで喋った。
- 「第六駆逐隊の記録です。二百二十点」
- 見物人からおおっと声が上がる。今までの最高記録であった。
- さすが第六駆逐隊だとの声まで出てくる。横須賀鎮守府でも代表的な駆逐艦娘たちな
- のであった。
- いくつもの駆逐隊が時間差で鎮守府周辺海域に出発している。陽炎たちは後ろの方の
- 順番となっていた。
- 「次です。第十四駆逐隊」
- 「はいっ」
- 愛宕の呼び出しに、陽炎は弾かれたように立ち上がって返事をした。
- 「出港してください」
- 呼びかけに、陽炎は皆の顔を見る。
- ぱつぴよう
- 「抜錨! いくよ」
- さんばし
- 全員桟橋から海に入る。海面に足をつけた。
- 「両舷前進原速」
- 波に乗るようにして、第十四駆逐隊の面々は進んでいった。
- この特別演習は、簡単に言えば船団を護衛するだけのことにすぎない。合流してから
- 船団の周囲を守り、鎮守府まで帰ってくる。
- もちろんそれだけで終わったりはしない。敵役に指定された艦娘たちが帰路で待ち構
- えており、実際に襲撃運動をおこなって砲撃してくるのだ。いかにして襲撃から船団を
- かぎ
- 護衛しっつ、帰投するかが鍵となる。
- えんしゆうとうせいかん
- 敵役の艦娘には演習統制官がいて、駆逐隊の動きを厳しくチェックする。また船団
- も演習のことは聞かされているため、わざと指示を聞き違えたり混乱したりする。中に
- どぎも しゆこう こ
- は 「いかにして護衛駆逐隊の度肝を抜くか」 に趣向を凝らす船団もあって、あるときは
- 「積み荷のヒヨコがストレスで死んでしまうので、回避行動は控えてくれ」とか「船団
- にんぶ さんけ
- 内に妊婦が二十人以上乗っていて、魚雷攻撃中に一人残らず産気づいた」と報告してき
- たこともあったとか。
- けしよう
- 深海棲艦役に割り当てられた艦娘たちも負けじと、顔を青白く化粧したり黒っぼいコ
- はお ほうこう
- ートを羽織ることが多い。日頃から深海棲艦みたいな晦吼を練習することもあるという
- から本格的だ。
- 「ポクたちの敵役は誰なの?」
- 皐月の質問に、陽炎は事前に聞かされたことを思い出す。
- 「えーと、金剛型の人たちだって」
- 「戦艦なの?」
- 皐月が驚く。隣に並んでいた長月も意外そうにしていた。
- 「このあいだ、我々のやったことを見ていたはずなのに、よく敵役を引き受けたな」
- 「あたしたちにお仕置きしようとしてるのかなあ」
- 「そもそも船団襲撃に高速戦艦が出てくるというのがおかしい。ポケット戦艦じゃある
- まいし」
- 「あらゆる事象に対応できるようにしろってことでしょ」
- と返答したが、陽炎にも本当のことは分からない。ある意味気に入られたんだろうか
- とも田㌣つ。
- ちらりと曙の様子をうかがう。無言のままだ。あの殴り合いがあった後も、彼女だけ
- かたく
- は頑なに心を開こうとしなかった。
- さぼらないだけありがたいが、ここからどうやって駆逐隊として一体となり、一位を
- 目指すべきだろうか。曙に勝手なことをされると、演習統制官に一発で見抜かれて大幅
- 減点されそうだ。
- 陽炎は腕組みをして賦窮していた。おかげで、皐月の呼びかけにしばらく気づかなか
- った。
- 「ねえ陽炎、ねえってば」
- 「…・=え? あ、ごめん」
- 「もう演習開始の地点じゃないかな」
- かいず
- 陽炎は急いで海図と照らし合わせる。確かにここから演習スタートのはずだった。
- うなーゴら
- 主機を止める。風はほとんどなく、広い海原には陽炎たちしかいない。
- しばらく待つ。
- 待てど暮らせど船団は来なかった。
- 周囲を見回すが、影も形もない。なるべく背筋を伸ばして遠くをうかがったが、貨物
- 船どころかカモメ一羽見あたらなかった。
- 陽炎は呟いた。
- 「なんだろ…・‥」
- 「ポクたちからかわれてるのかなあ」
- 皐月が嘆く。否定できないところが情けない。
- よこちん
- 「霞、横鏡に無線で聞いてくれる?」
- むでんふうさ
- 「……一応、無電封鎖することになってる……。ペナルティ受けるかも・…‥」
- 「このままじゃどうやって演習したらいいか分かんないから」
- それで納得したらしく、霰は無表情のまま、鎮守府との通信をはじめた。
- 幾度か小声で返事をしてから、霞は陽炎に報告した。
- 「……帰って来いって==‥」
- 「あー、やっぱりもう演習はじまっていて、引っかけだったのかなあ」
- 霞が首を振る。
- 「なんか……船団に本当の襲撃があって……演習は中止……」
- 「ええっ!?」
- 驚いた陽炎は、自分でも連絡を取り確認をおこなった。
- 霞の言ったことは本当だった。横須賀鎮守府は、上を下への大騒ぎとなっていた。
- 第十四駆逐隊が護衛するはずだった船団はかなり大規模で、本物の物資を満載してい
- る。安全な航路を選択してもらい、演習のためにちょっと借りることになっていた。
- そこに出現しないはずの深海棲艦が襲ってきたのだ。船団の乗組員は当初、手の込ん
- だ冗談だと思ったらしい。 ていきつかん
- 幸いなことに襲撃してきた深海棲艦は少なく、偵察艦だった。だがいずれ連絡を受け
- た本隊が攻撃してくる。船団とて命は惜しい。だから緊急信号をあちこちにばらまきつ
- たいひ
- つ、全速力で退避をおこなっていた。
- こうなると演習どころではない。第十四駆逐隊には帰投命令が下され、横須賀鎮守府
- からは迎撃の艦隊が出撃することになった。
- 陽炎は全員にざっと説明した。
- 驚いたことに、真っ先に食いついたのは曙だった。
- 「今はどうなってるの7 襲撃ってどこ?」
- ぎょっとしつつ、陽炎は答える。
- 「ちょっと待って。……船団は退避中。あとは不明みたい」
- 横須賀から師無離艦刑を通して連絡が送られてくる。途切れ途切れなので、詳しい情
- はあく
- 勢はなかなか把握できなかった。
- げいげき ぽう
- 「金剛型の人たちが迎撃に向かうって。場所はよく分かんない。第三通信系あたりを傍
- じゆ
- 受すれば分かるかな」
- 「では我々はやることがなくなったか」
- と長月。陽炎は首肯する。
- 「うん。中止なんだから、ここでぼんやりしててもしょうがないよ。帰ろう」
- 陽炎は主機を動かす。
- 「進路を横須賀に……つて、ちょっと」
- 彼女は後ろを向いた。
- 骨が縦一列に並ぶ中、曙だけは後ろに残っていた。
- 陽炎は呆れた。この娘はまださぼろうというのか。
- 「ぐずぐずしないでよ」
- 珍しいことに、曙はためらいがちな口調で言った。
- 「……ねえ陽炎。たとえば、たとえばよ。あたしたちも迎撃に行くべきって言ったらど
- うする」
- 「またそんなことを。金剛さんたちが出たじゃない」
- けげん
- 怪訝な表情をする陽炎。曙はなおも言った。
- 「でも船団が襲われてるんだから、助けにいくのは当たり前じゃない」
- 「なに、新しいさぼりネタでも思いついたの?」
- 「さぼりじゃないわよ。だって実戦なんだから・…=」
- 「こないだの訓練もそうだけどさあ、あたしの言うことに反発すんのが日的なんでしょ」
- 「そ、そうじゃないわよ……」
- 「それ命令違反だから。曙も営倉行きだし、下手したらあたしたちまで巻き添えよ。や
- めてもらえる」
- 「違う! だから……」
- 「やる気出すなら、もっと前に出して欲しいんだけど。今さら意味ないから」
- くちぴる か
- 曙はうつむき気味になり、唇を噛んでいた。
- 「.こ
- :::.」
- あ、)
- 陽炎は顎をしゃくる。
- 「さ、帰るよ」
- 曙はまだぐすぐずしていた。陽炎はちょっとだけ目線をやる。
- 「……あー、潮。曙が変な気を起こさないように見張ってて」
- 潮が手を伸ばす。
- 「曙ちゃん……」
- は の
- 撥ね除けられた。
- 「触らないで!‥…・分かったわよし
- 全員、横須賀への進路を取った。
- せんそく せき
- さすがに船足が速くなる。戦艦四隻が出張ったのなら大丈夫だろうが、気にはなった。
- 帰還すると、すでに愛宕の姿は見えなかった。秘書艦なので提督の元に行ったのだろ
- う。桟橋周辺は妙にごちゃごちゃしていて、演習をしていたはずの駆逐艦娘たちが声高
- に話を交わしていた。
- 「ただいま」
- しよ・つそう
- と陽炎が言ったところで返事はない。それどころか焦燥に似た緊迫感が伝わってき
- た。
- 「うわ、大変だよ」
- 情報を仕入れに行った皐月が急いで戻ってきた。
- らしんばん
- 「金剛さんたち、敵と遭遇できなかったらしいんだ。羅針盤が狂ったって」
- 陽炎たちは一様に 「嘘っ」 と口にした。
- 深海棲艦が出現するだいたいのポイントは決まっていて、出撃した艦娘たちはそこを
- 目指し戦いにおもむく。ところがこのとき航路から外れ、まったく別の地点に誘導され
- ることがあった。これを艦娘たちは 「羅針盤が狂う」と表現する。
- 原因は不明であり、解明のためのチームが何姐も作られたが、いずれも結論は出なか
- った。判明しているのは 「艦娘だと何故かそうなる」 ことだけ。いわば宿命であり、人
- じんじやぶつかく まい
- 力ではどうにもならず、神社仏閣にお詣りすることによりトラブルから逃れようとする
- 艦娘も多かった。
- よりにもよって金剛たちは、この羅針盤の悪意に引っかかったらしい。
- 「じゃあどうすんの?」
- 「帰ってくるのを待ってから、もう一度出撃するらしいんだ。愛宕さんが提督と調整し
- ているって」
- 皐月はそう言った。
- だがそれで間に合うのだろうか。金剛たちは別の地点で戦闘をしていることもありう
- ドツク
- る。怪我を負ったかも知れず、船渠に入れて回復しなければならない。そうやってぼや
- ぼやしているうちに、船団は全て喰われてしまうだろう。
- 陽炎は皐月に訊く。
- ふそう やましろ
- 「扶桑さんや山城さんは?」
- に1よん いせ ひゆうが まいちん
- 「空母の人たちと沖ノ島海域に出撃してるみたい。伊勢さんと日向さんは舞鏡に出張中
- だから……」
- つまり助けに行ける艦娘の数が、あまりに少ないということだ。
- 戦艦や空母のような大型艦がいないと戦闘は格段に不利になる。深海棲艦相手に火力
- れつせい
- で劣勢に立たされると、どうしたって苦しくなった。
- 押し黙る陽炎。緊急事態なことは理解できた。
- 彼女たちだけではなく、駆逐艦娘たちはそこかしこでひそひそ話をしていた。皆、情
- 勢が気になっているのだ。
- そこにスピーカーから割れ声が響く。
- 『……マイク音量大丈夫? チェック、ワン、ツー、霧島さんの真似。はーい、皆さん
- 聞いてくださーい』
- す
- 愛宕だった。桟橋に据えられている柱の上から、音声が流れていた。
- うわさ
- 『ご存じの通り、現在物資を積んだ船団が攻撃を受けています。さまざまな噂が流れて
- いるでしょうが、全力で対処中とだけお伝えします』
- ひそ
- 駆逐艦たちは愛宕の声に、息を潜めながら耳を傾けている。
- 『先にお知らせした通り、特別演習は中止です。駆逐艦の皆さんは寮に戻り、待機して
- いてください』
- 艦娘たちがざわめいた。中にはこのまま黙っていていいのかとの声も上がる。
- 見透かしたように愛宕の声が続く。 ぱっそく
- 『これは命令です。違反者には規則に照らして罰則がくだされますので、注意してくだ
- さい。お姉ちゃんはそんなことしたくありませんから。以上です』
- しばらくざわめきが続いたが、命令ではどうしようもない。駆逐艦娘たちはぞろぞろ
- と寮に戻って行った。
- ためら
- 陽炎は、このまま戻っていいものかどうか躊躇っていた。
- どうしてか胸がざわついていたのである。嫌な予感というか、文字通りなんとなくの
- 不安。
- 不安の出所はまだ分からない。駆逐艦娘たちの噂話か。愛宕の放送か。
- だがそれは、すぐに最によって裏付けられた。
- 彼女は陽炎の服を引っ張っていた。
- 「=…・大変……曙が…‥・いなくなった……」
- 「ふーん。いなくなったんだ。・…=いなくなったnH」
- 思わず陽炎は大声を出した。
- 「潮と一緒にいたんじゃないのけ∥」
- その潮は顔を青くし、おろおろしている。
- 「さ、さっきまでいたんです。愛宕さんの放送聞いていたら、いつの間にかいなくなっ
- て=…・」
- 寮は陽炎に訊いてきた。
- 「……どうする……?」
- エツクス
- 「どうするったって、どこまで逃げても鎮守府の誰かがフリッツⅩみたいに追っかけ
- るわよ」
- 訓練がつらいとか自分のイメージしていた鎮守府と違うなどで、艦娘を辞める少女は
- 〓疋数存在する。辞めること自体は特に難しいものではなく、所定の手続きをしてから
- 装備品を返却し、それまでの禦㌢受け取って家に帰ればいい。ただあまりに思いつ
- めた艦娘が、夜間に黙って逃げ出すケースもあるのだ。この場合は装備品を持ち逃げさ
- れる可能性があるため追っ手がかかる。
- 「ついに逃げたんだ。ポクたちそんなに冷たかったかな」
- と皐月。長月もうなずく。
- 「ここまで共に過ごしていれば友情が深まってもいいのだが、曙にはどうにも通じなか
- ったみたいだな」
- 「ひねくれてるもんね」
- もっともな感想を漏らした皐月に、大きな声がかぶさった。
- 「違います。曙ちゃんはそんな人じゃありません!」
- 全員、ぎょっとして声の主を見つめた。
- あぜん
- 潮だった。普段の弱気から想像もつかないような大音声に、皆唖然とする。
- 彼女は自分が大声を出していることに気づいていなかった。
- 「き……きっと、船団の護衛に行ったはずです!」
- 「まさか」
- と陽炎。
- 「愛宕さんから出撃禁止命令が出たじゃない。戦艦の人たちが戻ってから、あらためて
- 出撃するって」
- 「それじゃ間に合わないんです」
- 「あの娘、船団護衛嫌いじゃない。駆逐艦を馬鹿にするようなことぽっかり言ったLL
- 「それは=…・曙ちゃんは……護衛の難しさを誰よりも知ってるからなんです!」
- 潮はもはや半泣きだった。
- 「私と曙ちゃんは、船団護衛をしたことあるんです。曙ちゃんはそのことをずっと忘れ
- ていないんです……このこと話したら……とっても怒るんですけど……でも……」
- 彼女は声をしゃくり上げながら語りはじめた。
- かつて曙と潮は常に同じ駆逐隊であった。もちろん今も同じだが、ここまでギスギス
- した関係ではなく、ごく普通に語り合い、ごく普通に笑い、ごく普通にしごかれる、典
- 型的な駆逐隊の艦娘だった。
- ところが出撃をしてすぐ、変わった現象に見舞われる。被害が曙にばかり集中するの
- たかなみ
- である。深海棲艦と遭遇はしていないのに、主機の故障や高波の直撃などを受け、帰還
- そんしよう むきず
- するころにはどこかしら損傷していた。対して潮は無傷のまま。
- 「それってただの偶然じゃないの?」
- と陽炎。潮は言った。
- 「みんなそう言ってましたし、曙ちゃんも最初はそう考えていました。でも……あの船
- 団護衛で……」
- その遠征は船団の護衛であり、簡単な任務のはずだった。事実、他の艦娘のときはな
- にごとも起こらなかった。そのため曙と潮だけではなく、損傷したままの艦も出撃する
- ことになった。
- 名称はテ二六船団。鋸鋸昂を腹に溜め込んだ輸送船の集団。行って帰ってくるだけの
- はずであった。
- 原因についてははっきりしていない。ありがちなこととして、強行偵察から帰還した
- けいこーつ
- 艦娘の「深海棲艦増加の傾向あり」との報告を、上層部が見落としたと言われている。
- そもそも提督にまで報告が上がっておらず、当時の深海棲艦動静レポートは機密という
- 名の報告書の束に隠れいまだ発見されていない。結果として何人かの首が飛び秘書艦か
- ら直接提督に報告が上がるよう改善されたが、全てはあとの祭りだった。
- たいこばん こうこう
- 船団は「安全」と太鼓判を押された海域を航行していた。その太鼓判は半年も前に押
- されたものだったが更新されていない。昨日も大丈夫だったから今日も大丈夫という、
- らつかんしゆき
- 現実から目を背けた危険な楽観主義によって裏付けされ続けた。
- 気づいたときはすでに手遅れ。直前のスコールが見張りを困難にしたなんてのは言い
- でんたん み
- 訳にもならない。電探があればとも言われたが、いつも予算不足と 「開発困難につき未
- じゆりよう かべ さえぎ
- 受領」 の壁に遮られていた。
- そういうときに限って、深海棲艦は襲いかかってくるのだ。
- つゆはら ひだ人
- まず露払いをしていた先頭の艦娘が被弾した。敵発見と被弾の報告がほとんど同じ。
- それは逃げるにはあまりにも接近されすぎたことを意味していた。
- ぬ でんわ はうせい
- 海域に響く深海棲艦の唯吼。それらを縫うように艦娘と船団の無線通信が走る。砲声
- は周囲全てから聞こえ、海面の色まで変化したかのよう。あらゆる情報が一気に飛び込
- んできて、はじめて敵と遭遇した曙と潮はパニック寸前になった。
- 「船団は列と方位を崩すな!」
- きかん
- 護衛旗艦の艦娘の声が、かろうじて届いた。
- 「護衛艦艇は深海棲艦を攻撃する!」
- そのあとについてくる艦娘を指定したはずなのだが、音声は途切れていた。通信が阻
- 害されるほど、敵の攻撃は激しかった。
- 「潮、あたしたちも行こう!」
- しようだく
- 曙は潮を引っ張った。潮は一度は承諾したが、すぐに足が止まった。
- 「こ=…・ここにいようよ……」
- 「だって敵が攻めてきてるんだよ。反撃して追い払わなきや」
- 「でも船団を見捨てるわけにはいかないよ……」
- 任務は護衛なのだから安易に離れるわけにはいかないというのが潮の主張だった。だ
- が彼女は、これがただの言い訳だと知っている。
- 動きたくなかった。深海棲艦の叫びは恐ろしい。顔を背けたくてしょうがなかった。
- まともに正対して戦うことなんてとても無理だと悟った。
- ここにいれば戦わなくて済む。船団を守るとの理由もできる。
- こ▼り
- だが曙は潮を引っ張り続けた。彼女の場合は対照的に、初の遭遇戦が極端なまでの高
- ようかん
- 揚感となっていた。
- 「行こう、先輩たちと戦うんだ」
- 「ここにいればいいじゃない! 船団を守れるんだから!」
- 「敵が避ってきてるんだよ」
- 「持ち場を離れたら命令違反だよ!」
- 潮は手を振りほどいた。
- 「そ……そんなに戦いたいなら、一人で行けば!」
- 命令違反よりも、一人で行けとの台詞が曙には重く響いた。結局二人は船団を守りつ
- つ、戦闘海域から避難しようとした。
- おろ
- 深海棲艦は愚かではなかった。
- なぜなら連中は、進路先にも潜んでいたからだ。
- 襲いかかってくる深海棲艦。右前方の船と、左後方船が同時に喰われた。
- うおうさおう
- 一斉攻撃に、艦娘二人でできることはあまりにも少ない。右往左往しているうちに船
- せんぴ せんしゆ
- 団を構成する貨物船は片っ端から喰われていった。船尾あるいは船首を上に海の底へと
- ぎんがい ーまつ
- 沈んでいき、残るは細かな残骸のみで、それもやがて没していく。
- 絶叫と悲鳴。通信機を駆けめぐる怒号。
- 潮は震えた。交戦規則も砲撃手順も全て頭から吹っ飛んだ。恐怖に襲われ、なにも理
- 解できなくなる。
- 貨物船はどんどん沈んでいき、敵は全て自分に向かってくるように感じてくる。
- しほうはつぽう
- 悲鳴がロから出た。目をつむって砲撃した。恐怖でどうしても直視できず、四方八方
- に砲弾をばらまいた。曙の姿はどこにもなく、たまに目を開けると立ちのぼる炎と深海
- 棲艦のシルエットばかりが見えていた。
- どれだけの時間が過ぎただろうか。まったく分からない。
- 気づいたときには、貨物船は一隻しか残っていなかった。
- 全滅と呼んでも差し支えない。資源の大半は失われていた。迎撃しに行った艦娘も未
- 帰還。奇跡的に潮は傷一つ負っておらず、唯一の救いだと言われた。
- 対照的に曙はポロポロだった。仰向けになったまま浮いていて、目だけは天空を睨ん
- でいた。
- 「曙ちゃん……大丈夫……?」
- 差し出した潮の手を、曙は傷だらけの手で払いのけた。
- 「あたしに触らないで!し
- 彼女は帰還するまで、顔を見ようともしなかった。
- 調査で深海棲艦の数と護衛の数から、守ることは不可能だったと結論づけられた。た
- とえ迎撃に向かったところで、沈められたのがオチだろうと。むしろ残ったことで生還
- したのだから、よい判断ではないかとの意見まであった。
- そんなことは潮に関係なかった。そして、曙にも。
- 「私が悪いんです……」
- 潮は泣いていた。
- ふ にじ
- 「私が……曙ちゃんの駆逐艦としてのプライドを踏み踊ったんです:…・。曙ちゃんは駆
- 逐艦娘ってことをずっと誇りにしてたんです……。なのに戦えなくて、船団も守れなく
- て……怪我までして……」
- 全員、無言で聞いていた。
- 「・…=あれから、曙ちゃんはあんな性格になったんです……。誰彼問わず当たり散らし
- て、嫌われることばかりして……駆逐艦を馬鹿にして……」
- 潮は言った。
- 「曙ちゃんは…‥・ずっとあのときのことを後悔しているんです。船団を救いたくても救
- えなかったから・
- 」
- 「
- 」
- 陽炎も長月も、皐月も寮も、黙ったままだった。
- 「紬的あとも、船団護衛のチャンスは何回もありました:…・。けどそのたびに曙ちゃん
- は拒絶したんです。艦娘をやめるんじゃないかって思いました。でも陽炎さんたちと一
- 緒の駆逐隊になってから、少しずつですけど変わってきて……ようやく、あのときのこ
- とと向き合えるようになったんだと思います。だから、今、救いに行ったんです」
- 陽炎たちはもういん搬女的台詞を否定しなかった。
- 曙の投げやりの言動の裏に、プライドを隠しているのは陽炎たちも気づいていた。だ
- がそれが、強烈な体験を元にしているとは知らなかった。
- 艦娘の深海棲艦への印象は、最初の一回で決まることが多い。初期のころは、いきな
- PTSD たいえき
- り激烈な戦闘に巻き込まれた艦娘が心的外傷後ストレス障害に見舞われてしまい、退役
- するのも珍しくなかった。
- ぎじ
- 現在は実戦参加する前に映像による疑似体験と、簡単な遠征任務がおこなわれる。そ
- れには十分な理由があるのだ。
- だが曙と潮は、よりにもよって、その遠征で強烈な体験をしたのだった。
- 由り ちんでん ないこうてき
- そのことの記憶は心の底に澱となって沈殿している。潮は心を守るため内向的な性格
- となり、曙はあらがおうと、あらゆるものに刃向かった。
- そして今、曙は船団のところへ向かっている。
- こくふく
- 悪夢を克服するために。
- 今度こそ放出するために。
- 「私も行きますし
- 潮が叫んだ。
- 「私だって落ち込んでいちゃ駄目なんです。行きます。行って曙ちゃんを助けます」
- しかし陽炎は首を振る。
- 「駄目」
- 「どうしてですか!?」
- 「だって出撃認められてないし」
- 潮の唇が震えた。信じられないという風に、陽炎を見つめる。
- 「早く行かないと、それだけ曙ちゃんを助けられなくなります!」
- 「別に死なないでしょ。明け方になれば戻ってくるだろうし」
- そ け
- 素っ気ない口調の陽炎。
- 「ああいう娘ってさ、単に意地張ってるだけだから、なんだかんだで帰ってきちゃうん
- だよね」
- 「曙ちゃんはそういう娘じゃありません!」
- 「そもそも船団を助けに行ったかどうか分かんないし。そこら辺一周してくるだけかも
- しれないよ」
- 「絶対です! 絶対船団の護衛です!」
- 潮は絶叫している。それでも陽炎はうんと言わなかった。
- 「部屋帰るよ。室内待機」
- 「ひ……ひどい!」
- ひとみ
- 潮は涙をにじませた瞳のまま叫ぶ。
- 「ひどすぎます! 陽炎さん嫌いです!」
- 「あたしあんたたちの簡導だもん。言うこと聞くようにね」
- そう告げると、陽炎は輩犯して駆逐艦寮に帰っていった。
- ○
- こどく
- たった一人で海面を駆けていると、孤独というものを実感する。この広い世の中で、
- 自分を見てくれる存在はいないのだと。
- 曙は全速で突き進んでいた。
- もしかしたら誰か来てくれるのではとの期待も、なかったわけではない。共に戦って
- くれないかと。しかし一度だけ振り返ったが、誰もいなかった。
- ばせい
- 仕方のないことだ。あれだけ罵声を浴びせて嫌われるようなことをしたら、来ない方
- が当たり前だ。他人を馬鹿にして好かれようなんてさすがの曙も考えたことがない。
- ついて来たら命令違反になる。こんなひねくれ者と一緒に営倉行きなんて、どの艦娘
- も願い下げだろう。
- 彼女は未練を振り払う。第十四駆逐隊のことは思い出さない。今はただ、自らの過去
- に突き動かされるように走っていた。
- 羅針盤の場所を無意識のうちに突破する。前方を見ると、船の姿があった。
- 一隻だけではなく何隻も。間違いない、船団だ。護衛もなく、なんとか船列だけは保
- っている。
- 「ちょっと!」
- 曙は両手を振って注意を引いた。それだけでは足りないので、発砲した上に煙幕用の
- 黒煙まで噴いた。 かんばん
- 先頭の貨物船が気づいた。船長らしき人間が甲板に出てくる。
- 「あんた、艦娘か!?」
- 「駆逐艦よ!」
- 曙は叫び返す。
- 「無事なの!?」
- 「最後尾の船が喰われた! まだ迫ってきている!」
- 船長は恐ろしげに後ろを向く。
- 一hr、ヱ.′
- 「沢山いるぞ! このままだと……」
- 「安心して! あたしが追っ払うから!」
- 「あんた一人でか!?」
- 「あとは引き受けた! 船団はそのまま全速力で横須賀に退避するように! 行って、
- 行って!」
- 船長の疑問にはあえて答えず、進めとうながした。
- 船の集団は逃走していく。とりあえずほっとすると、船団が来た方角へと向かってい
- った。
- 進むにつれ、風が出てきた。ちくちくと曙の頬を刺激する。
- 酢鋸がざわつく。得体の知れないものが近づいてくる予感。
- いた。
- 影を認めるや、曙はとっさに背を低くした。少しでも相手から発見されないようにす
- るためだが、どれだけ効果があるか不明。だがそうしたくなる連中なのだ。
- とてつもない影が凝っていた。
- クリーチヤー ヴエツセル
- 海面を埋め尽くすような船、船、船。いや、船のようななにか。生物でも艦船でも
- いぎよう
- ない、海を支配する異形の存在、深海棲艦。
- えもの
- 深海棲艦の目玉は青く大きく光っており、獲物を求めてぎらついていた。先頭の駆逐
- 艦口級の群れは船団発見の興奮で荒れ狂ったまま。そして貨物船が逃げたことに傲催し
- か ちぎ えじき
- ている。獲物はどこだ獲物はどこだ。噛み千切って餌食にできる獲物はいないのか。
- きようき やいば うなばら
- 波が凶器のように逆立ち、潮風は刃のように突き刺さる。海原そのものが敵の陣地に
- へんぼう ひふ
- 変貌したかのよう。やつらが海を支配できたことが皮膚感覚で実感できた。
- 曙は頭を振る。いやいや落ち着け、あっちもこっちも駆逐艦。ロ級なんかより、艦娘
- きようじん
- の方が強教なのは統計によって証明されている。先輩たちが自ら血を流してデータを
- とったのだ。だから恐れることはないと鎮守府内でも言われている。一対一ならこっち
- が有利。
- だけどあいつはなにものだ。ロ級の向こう側にいる、船体に獣の上半身が載ったよう
- なやつは。深海棲艦識別一覧で見た覚えがある。あいつは確か軽巡洋艦のへ級。駆逐艦
- よりずっと凶暴な海の狂犬。しかも、しかも、それだけじゃあない。
- 上半身に腕が生えてるのがいる。指まである。顔面部分は塗り込められてのっぺりし
- ばけもの
- ており、目鼻や口があるかどうかは不明。前が見えるかどうかも定かじゃない化物。あ
- らいじゆん
- れは雷巡のチ級ではないか。馬鹿みたいに強力な魚雷を馬鹿みたいに積んで、なにか
- やくぴようがみ
- につけてぶっ放してくる疫病神。指導役の艦娘たちは、出会ったら絶対に油断するな
- す
- と口を酸っぱくして言い続けていた。
- そして、ああ、一番後方にいるあいつはなんだ。
- 二本の足で立っている。長い黒髪。しなやかな手足。両肩からは目を疑いたくなるよ
- たて
- うな長大な砲を生やして天空に向けている。両腕には巨大な盾を装着し、そこからも呆
- そうぼう いあつ
- れるくらいたくさんの砲身が突き出ていた。そしてその双陣は、あたりを威圧せんばか
- りの青い色。
- 璃疋顧邸で範ペ喧撃もない。まごうことな寿マ酢ド璽
- 戦艦ル級。
- 曙は青ざめた。深海棲艦は外見が人間に近づけば近づくほど強くなる。ル級はあまり
- スローター
- の強力さから、海の向こうの艦娘たちが殺哉者の名をつけたほどなのだ。こいつにやら
- れて沈んでいった艦娘の数は、考えるだけ時間の無駄だ。
- じごく
- こんなやつらがいたなんて。実はこの海域が地獄の入り口でしたと言われても、曙は
- 信じただろう。
- 曙は身をかがめたまま、深海棲艦の進路から外れた。目立たないよう側面に回る。
- 深海棲艦たちは曙に気づいていない。貨物船を追っていく。せっかく発見したごちそ
- ぅを、にこやかに見送るなんてことをやつらはしない。全力で追っていく。
- しらなみ
- 白波が遠ざかろうとしていた。
- (に……逃げた方がいいかも……今のうち…⊥
- おろ
- 曙はそう考える。あれだけの深海棲艦と戦うのは愚かでしかない。救援無線も発した
- ら注意を引く。だから密やかに、口をつぐみ、駆逐艦の快速を生かしてずらかるのだ。
- 彼女は深海棲艦の進行方向を眺める。向こうにはさきほど逃がした貨物船がいるはず。
- あし
- 追いつかれるだろうか。追いつかれるだろう。貨物船は駆逐艦ほどの船足がない。いく
- らもしないうちに深海棲艦に捕らえられる。
- 「どうしよう……㌃え ガンルーム
- かつての記憶が廷る。深夜のベッドで、第一士官次室での食事中で、カウンセラ1
- の前で、散々フラッシュバックした光景だ。海、暗い海。吹き飛ばされる輸送船。油で
- キール にぶ
- べっとりした海面。ちろちろと燃える炎。竜骨が折れる鈍い音は、船が発する悲鳴に他
- かんせい のうり
- ならない。そして四方八方から響く深海棲艦の喚声。色や臭いまでが脳裏を駆け回った。
- さむけ
- カチカチカチ。歯が鳴る。震えているのだ。恐怖が全身を支配し、寒気となってやっ
- どくぜつ はる かなた
- てくる。怖い、怖い、怖い。日頃の強気と毒舌が、遥か彼方まで消し飛んでいく。
- かろうじて残っていた判断力で、曙は必死に考えた。どうすればいい。自分はなにを
- すればいいんだ。なんのために、どんなことをすればいいのか。やはり逃げるべきだろ
- たちう
- うか。相手は単独で太刀打ちできない化物集団。身の保全を図ったところで誰が非難す
- るというのだ。貨物船たちを見捨てたところで。
- いや。
- いや。
- いいや。
- 曙は思った。自分が非難する。自分で自分を非難する。せっかく逃がした船団を見殺
- しにした艦娘として一生自らを馬鹿にし続ける。そりゃあたしの本来の姿は戦艦巡洋艦
- の露払いだが、船団護衛任務をしないなんてことにはならない。弱いものを見捨てるな
- んて一生の恥だ。綾波型駆逐艦の恥さらしだ。
- ぼんやりとした記憶が延る。この名を冠した艦はたくさん護衛を失敗した。守る端か
- ら沈んでいき、雷撃処分までやる羽目になった。
- 遥か過去の記憶と、封印したはずの想い出。
- どちらも嫌だ。もう嫌だ。絶対に絶対に嫌だ。
- なにがなんでも守ってやる。
- 曙は奥歯を噛みしめた。きっと前方を睨みつける。
- 「こっちよ!」
- 信じられないくらいの大声が出た。
- 両手を振り回して注意をひく。
- 「この間抜けども! あんたたちの相手はあたしがしてやるんだから! 十分感謝する
- のねー・」
- ぎろり。
- 一対の目玉がこちらを向く。
- 真っ先に見つけたのが、あの化物女、戦艦ル級だった。深く不気味な青い瞳が曙を捕
- らえる。
- 戦艦ル級は腕を広げて背を逸らし、天空に向けて口を開けた。
- ウオオオーン。
- 腹にこたえる轟音が海原を響き渡る。吼えているのだ。獲物を見つけた深海棲艦が発
- とき こえ
- する閑の声。敵を怯えさせ、ここに獲物がいるぞと仲間に知らせる死の合図。
- 全深海棲艦が反応する。いくつもの目玉が一斉に振り返る。青い輝きが大気を貫く。
- 死の閃光が、ちっぽけな艦娘に浴びせられる。
- だが曙は恐れない。彼女は心の底から決意した。
- 決意したから恐れないのだ。
- 小さな砲身を前に向け、白波を蹴立てて前進する。
- 「これより当艦は敵深海棲艦艦隊に突撃、攻撃意図を粉砕し船団の撤退を援護する!
- 砲雷撃戦!」
- 息を吸って、大音声を発した。
- 「いっけえ=‥」
- 彼女は12.7cm連装砲一基と三連装魚雷発射管一基のみの装備で、深海棲艦の群れ
- に立ち向かっていった。
- 室内待機とは文字通りで、別命あるまで部屋にいる。非常時には即座に呼び出され出
- 撃するが、そうでもない限りやることがない。
- ひま
- 退屈な時間であり、一番メジャーな暇つぶしは「横になっていること」 であった。あ
- めいそつ か こと
- とは読書㍉纏墜筋トレなど。なかには賭け事なんてのもある。Lやこつ
- 第十四駆逐隊の面々も自室にこもり、ベッドに横になっていた。遮光カーテンを引い
- て一人きりの空間を作る。中ではうとうとしたり本を読んだり。各自思うところはある
- だろうが、大人しくしていた。
- そんな中、音を立てないようゆっくりと、一つのベッドのカーテンが開いた。
- かげろつ
- 陽炎であった。
- しんちよっ
- 彼女は慎重にヘッドから下りた。息を小さく、止める寸前まで静かにする。
- 足音を立てないように気をつけながら歩く。
- ざつき
- 彼女はちらっと後ろを振り返る。皐月はつい先ほどまで筋トレをしていたようだが、
- 今は静かだ。そうっと窓を開けて外に下りた。
- ももかん ばいしゆう
- 誰もいない。見回りの週番は桃缶で買収したから、あと十分はやって来ない。それ
- みなと
- までに装備を手に入れて港に向かわなければ。
- 急ごうと足を速める。
- 突然、声がかかった。
- 「どこに行くんですか」
- 「ひゃっ!」
- ムノしあ
- 背後で潮が冷ややかな顔をしている。陽炎は驚いて飛び上がった。
- 「なななんでここに……!」
- ジ下目で見つめる潮。
- だま
- 「黙って出たつもりでしょうけど、すぐに気がつきましたから。どこに行くつもりなん
- ですか」
- 「いや、どこって……」
- しどろもどろになる陽炎。潮は顔を近づけてきた。
- あけぼの
- 「曙ちゃんを助けにいくんですね」
- 「え……」
- 「そうなんですね」
- あきら
- 諦めて、陽炎はうなずいた。
- 「=…・うん」
- きようぐーネノ
- 「曙ちゃんの境遇を聞いて、同情したんですか」
- くちくかん
- 「それもあるけど、やっぱりあの娘も駆逐艦じゃない
- 仲間なんだよね」
- 照れくさそうに、陽炎は笑う。
- 「曙は口が悪くてひねくれていてどうしようもない娘だけど、耀酢を助けに行ったんで
- しょ。根っからの駆逐艦なんだと思うんだ。だったらあたしたちの一月だよ。大事な仲
- 間だ。仲間は助けなきや」
- 彼女はさらに一言った。
- げきちん
- 「潮の言うとおり、早く助けなきや曙が撃沈されちゃうかもしれない。でもこれって違
- 反だからさ。みんなを巻き込むわけにはいかないじゃない。せめてあたしだけでも
- ..」
- 「私も行きます」
- きっぱりと潮は言った。思わず陽炎は言い返す。
- えいそう
- 「あんたあたしの言ったこと聞いてないの? 違反なんだってば。バレたら営倉行き
- よ?」
- 「違反でもなんでも、私も曙ちゃんを助けに行きます。だいたい最初に助けるって言っ
- たのは私です」
- 「いやでも……」
- 「陽炎さん自分で言ったじゃないですか。仲間は絶対に見捨てません」
- あまりにも真剣な潮の表情。
- ほんい
- 陽炎は翻意させようと口を開きかけて、閉じた。あらゆる説得が不可能だと悟った。
- 代わりにうなずく。
- 「分かった」
- 「なにが分かったって?」
- 今度は陽炎だけではなく、潮も一緒に跳び上がる。 ながつき あられ
- 背後に、にやにやしながら皐月が立っていた。その横には長月。そして霞。
- 「ヘー、二人で曙を助けに行くんだ。ポクも連れて行ってもらおうかな」
- 「陽炎と潮だけとは水くさい。私にも声をかけるべきだ」
- と長月。
- 「行って……助けて……帰ってくればいい……すぐに終わる……」
- と豪。
- とうとう言葉を失って、陽炎は全員の顔を眺めた。
- せりふ
- 台詞と裏腹に、彼女たちの中にふざけた表情は一つもなかった。こぶし
- 潮から日頃の弱気は消失し、皐月の顔はもう笑っていない。長月は古武士のようなた
- たずまいを見せていて、寮は---いつものごとし。
- 聞くまでもない。皆の目的ははっきりしていた。
- 仲間を、救い出すのだ。
- 「……よし」
- ふる た
- 陽炎は自分と皆を奮い立たせるように言った。
- 「みんなで行こう。曙を助けるんだ」
- 応、の言葉は、他の誰にも気づかれないように、
- ○
- 静かに発せられた。
- 鋳誓ちに乱措る水柱を見ていると、まるで灘瑞に迷い込んだようだ。窓芸
- の砲弾が、死の樹木を植えていく。近寄るだけで轟沈が待っている。
- おお つ
- 深海棲艦は曙を覆い尽くす勢いで向かってきていた。
- 「あー、もう! どんだけいんのよ!」
- 曙はすでに免官を撃ち尽くしており、残った12.7cm砲を乱射して対抗する。砲身
- ふくしやねつ
- はとっくの昔に加熱して、福射熱のおかげで顔は日焼け同然だ。だからと言って砲撃を
- かもつせん
- 止めるわけにはいかない。貨物船を逃がすためにはなんだってしなければならないのだ。
- 深海棲艦の群れがちかちか光った。
- おもかじ
- 「面舵!」
- ウエーキ
- 自分に向かって絶叫し、右に転回する。彼女の航跡を追うように次から次へと水柱が
- できあがる。
- のじうんどう
- 面舵の直後から取り舵。そしてまた面舵。曙は之字連動を繰り返す。陽炎たちとの訓
- しゆんびん
- 練みたいだ。船団護衛だけではなく、砲弾から逃れるのにも十分使える。小さくて俊敏
- な駆逐艦ならなおさらだ。
- また12.7cm砲を撃つ。一番接近していた駆逐艦口級に直撃。そいつはひっくり返
- って沈んでいった。
- 「やった!」
- よいん
- 余韻に浸っている暇は半秒だって存在しない。彼女が散々挑発して騒いだせいで、あ
- ねら
- らゆる深海棲艦に付け狙われていた。この海域の全部の敵がやってきたんじゃないかっ
- て思えるほどの数だ。
- それでいい。時間が稼げるのだ。もっと来い、もっと来い。
- らいじゆん ぎよらい く
- 不用意に飛び出した駆逐艦口級が雷巡チ級の邪魔をして、味方の魚雷を喰らって爆
- 発。火柱が天を貫く。
- 曙は之字運動を繰り返す。もしかしたらいけるかもしれない。助けられるかも。生き
- 残れるかも。
- ごうおん
- その途端、なんとも言えない轟音が響き渡った。
- 戦艦ル級が吼えている。まるで人間みたいにイライラしていて、一向に捕らえきれな
- い曙に砲身を向けた。
- 「やばっ!」
- 曙は息をかむ。今までとは比べものにならない大きさの水柱が、あちこちに上がるD
- 空気を揺るがす振動も、大気を貫く騒音も驚くほどだ。そしてせっつかれたように深海
- 棲艦たちは、さらなる攻撃を浴びせてくる。
- 水柱はこれまでよりも多く、近くに発生した。
- 彼女は頭から海水をかぶった。
- 「うあー、塩辛すぎて気持ち悪い」
- 今ので進路が狂った。建て直そうとすると、さらなる砲撃が襲ってくる。
- 「ちょっと、なんなのよ!」
- しきんだん みば
- 至近弾による衝撃。爆圧を胸に受け、ただでさえ見栄えのしない部分が余計平たくな
- ったように感じた。
- 今度は真後ろに着弾した。つんのめってひっくり返りそうになる。
- てんぷく
- 足に力を込めて踏ん張った。転覆を食い止めてから取り舵一杯。できる限り敵の測定
- を狂わす運動をおこなう。時間こそが勝利の印。稼げば稼ぐほどこっちのものだ。
- だがそれも、限界に来ていた。
- 曙を包み込む砲撃が迫ってくる。乱立する水柱。
- あらし
- 海水のシャワ1を浴びつつ、右に左に舵を切りながら砲撃の嵐を避けていく。
- 最後の水柱が崩れ、脊跡的に傷一つなくくぐり抜けた。
- 次の瞬間、曙の顔が引きつる。 そろ
- 眼前には深海棲艦の大集団。まるで海原を埋め尽くすかのようだ。青い目が、揃って
- 彼女に向いていた。
- 誘い込まれたと曙は悟った。今までのは全て、コントロールされた砲撃だった。
- 彼女を碓実に喰らうために仕組んだのだ。
- 「ぎょ、魚雷発射用意……」
- 撃てない。すでに使い果たした。魚雷は数回撃ってしまえばおしまい。母港に取りに
- 戻るなんて、当然できなかった。
- これまでよりもずっと近くに砲弾が落ちた。
- 「んあっ!」
- ほうとう
- 衝撃で12.7cm砲塔が手から離れる。遠くに飛んで落ちる。意識まで遠くなったの
- した か
- で、舌を思い切り噛んではっきりさせた。
- 是脱に装着した魚雷発射管も取れかかっていた。こっちは自分で外して投げ捨てる。
- こんなもの撃てなくなったらただのデッドウエイトだ。
- 「これで身軽になったわよ! 両舷一杯! ……え?」
- 動きが鈍い。今までよりも白波の大きさが小さかった。スピードが出ていない。さき
- しゆ=き あし
- ほどの砲撃で主機ががたついている。駆逐艦最大の利点である速力が失われつつあった。
- どな
- 焦り、自分の足下に怒鳴る。
- 「もうっ、ちゃんと動きなさいよっ!」
- はへんともな
- 今度の爆発は破片を伴っていた。
- フイールド
- 反射的に顔を覆う。艦娘は特殊な防膜を発生させているため生身の人間よりもずっと
- きよ、つじん
- 強敵で丈夫だ。だがこれほどの砲撃にさらされては、いずれ終わりがやってくる。
- 彼女は感じる。今までの強がりはきっと戦艦ル級に聞かれた。だからあんなに撃って
- くるのだ。
- さくやく
- また水柱。水中で炸薬が破裂したのを、足の裏で感じた。ひっくり返りそうになる。
- 「まだよ!」
- それでも曙は絶叫した。
- 「たかが::‥たかが主砲と魚雷と機関部がやられただけなんだから!」
- からだ
- ぼろぼろになりながらも身体を起こした。身一つになろうとも戦うのを止めるつもり
- はない。ここに石があったら投げたし、小枝があれば刀代わりにしただろう。だが周囲
- を見渡しても、存在するのは海水と深海棲艦のみ。
- 迫り来る化物。死にかかった獲物を捕らえようとする欲望。深海棲艦たちは楽しそう
- だ。手こずらせた相手がついにくたばるのだから、楽しくなるってものだろう。船団は
- 逃げただろうか。安全海域までたどり着いただろうか。第十四駆逐隊の皆はどうしてい
- あろ
- る。眠っているか遊んでいるか。愚かなひねくれ者がいなくなったことで祝杯を挙げて
- ののし
- いるか。今ここで思い出すのはあれほど烏った連中の顔。長月、皐月、薇に潮。そして
- あは
- 陽炎。せめて自分のような阿呆のことは忘れてくれますように。頭上から迫り来るル級
- の161n Ch砲弾が、彼女たちには当たりませんように。
- ひだりあし
- 爆発で身体が浮き上がる。なんとかバランスを取った直後、左脚が沈み込んだ。
- さ二けん しんすい
- (左舷に浸水してる!?)
- 足に装着した主機が浮力を失うことを、艦娘たちは浸水と呼ぶ。浸水が続くとなにが
- あっても沈没してしまう。曙の左肺は、大腿の辺りまで沈んでいた。
- ヽヘノ
- 「右舷注水!」
- 故意に浮力を失わせるのは注水。右脚を左脚と同じくらい沈めて、左右のバランスを
- 取る。ダメージコントロールの基本中の基本。
- だが彼女の主機は砲撃で、どうしようもなくへたっていた。
- 左脚に続いて右脚も沈み込む。途中で止まるはずが止まらない。海面から足を抜こう
- としたが、今度はバランスを崩して半回転した。
- (沈むけ∥)
- 顔面が海水に浸かった。
- し′一メし-つ
- 曇り空に主機の音が鳴り響く。白波を大きく立てながら第十四駆逐隊の面々は疾走し
- ていた。
- 「皐月、方位の確認!」
- ぎ す
- 「ばっちり! このまま真っ直ぐ!」
- 陽炎の台詞にすぐ返事があった。直前には貨物船の船団とすれ違った。船団は駆逐艦
- の娘に逃げろと言われ、全速で退避してきたと語っていた。
- その娘はどこにとの質問に、今まできた方角を指さし。
- 「さっき砲戦の音がしたんだ。無事ならいいけど……」
- 心配そうに答えてくれた。
- 船団を先に帰してから、陽炎たちは全速力で突き進んだ。
- 装備品は許可を受けたと偽って強引に借り出した。自習のためなら比較的簡単に借り
- おど かつこう
- 受けられるが、実弾はそうもいかない。なので半ば脅す恰好になった。
- あた「-
- 愛宕の部屋の扉に装備使用許可申請書だけは突っ込んできた。これは最のアイディア。
- 許可されていないので言い訳にならないと思うが、念のため。
- じゆうえいそう
- どっちにせよ発覚したら重営倉か、悪くすれば裁判。勝手につけられた弁護人が偉
- そうにした人間相手にやくたいもない弁論を延々続け、有罪アンド上訴は蹴られて刑務
- ひど じよたい
- 所行き。そこまで酷くなくても不名誉除隊にされて残る人生をバイトですごす羽目にな
- る。馬鹿なことをしていると思わないでもない。
- だけどあとのことは考えなかった。
- 皆、曙を助ける一心のみで駆けていた。
- 陽炎の両脚の主機から異音がした。
- がたがたと振動まで起こる。過酷な運転に苦情を述べているのだ。
- 「うるさい!」
- 彼女は自分の足を怒鳴りつけた。
- むろらん ようこうろ い
- 「止まったら承知しないから! 室蘭の溶鉱炉で鋳つぶしてやる!」
- 騒音が止む。主機は再び回転数を上げた。
- 「そろそろ例の地点だ」
- 長月が言う。
- 一見なにもない海の上だが、こここそが掛鋸虻が悪意を向ける場所。
- とは別の地点に誘導する海域であった。
- うまくいくかは本当に運だ。祈ることしかできない。
- 「みんな=‥‥手を!」
- おのおの
- 陽炎が両手を伸ばす。各々互いに手を取り合った。
- かんむす
- 艦娘たちを希望
- ぎゅっと目をつぶる。陽炎は心の底から祈った。
- お願いです。どうか、どうかあたしたちを曙の元に送り届けてください。仲間の元へ。
- 一瞬だけ、頭の中に風が適絢抜ける感覚があった。
- 日を開ける。なにもない海原のまま。
- だが、正しい方位だとの確信があった。
- 「やったぞ、羅針盤が狂わなかった」
- いつも格式張っている長月の声も弾んでいた。
- 喜んでいる暇はない。ここからは時間との勝負なのだ。
- 「両舷前進最大戦速! 速度絶対に落とさないで!」
- 誰からも文句は出ない。黒赤は各自で調節し、隊列を組んで進んでいく。
- しようそう l=hし
- 水平線にまだ姿は見えない。額に焦燥を産ませながら、第十四駆逐隊は駆けていっ
- た。
- ○
- 沈むというよりも、引きずり込まれるという表現が正しかった。それほど曙は、急速
- に沈没していった。
- (あたし……死ぬの……?)
- いしよせき
- 艦娘が除籍されるケースは二つに分かれる。一つは任務を解かれ、儀装をリリースし
- て武装解除。この段階で普通の女の子に戻る。
- ごうちん
- もう一つは轟沈。よくある場合として、大破の状態で帰還すればいいものを、あと少
- しあと少しと戦い続け、深海棲艦の攻撃を食らって撃沈される。こうなったら死体も上
- いひん かんぽう
- がらず遺品すらなく、官報に死亡者の名前だけが載せられる。
- 曙は後者だった。
- 沈んでゆく身体。失われた装備の分だけ軽くなっているが、浮かぶ見込みはほとんど
- しぴ
- ゼロ。手足は痺れてくたくたで、どうしても動かない。脚部の主機はまだなんとかなり
- せんすいかん
- そうだが、浮力が失われているので意味がないし、あいにく自分は潜水艦ではなかったA
- 意識がはっきりしているのはなにかの冗談なのかもしれない。死を自覚させるため、
- 艦娘に与えられた試練。
- ぼんやり考える。
- (海の底には……なにが……あるのか……な…⊥ 。ゆう
- 天国があるとは思えない。なぜならそれは頭の上にあるものだから。だとしたら竜
- ぐうじよう しんかいぎよ
- 宮城か。でも曙はおとぎ話を信じないのでやっぱり却下。残るは細かな砂と深海魚。
- はいきぶつ
- あと不法投棄された廃棄物。
- 目線を海底にやる。真っ暗だ。底までまだまだありそうだ。この海域の深度はどれく
- らいなのだろう。このままではちょっとした小旅行になってしまう。こっちはもう終わ
- りだってのに、海がそうさせてくれない。死とはなんて手間がかかるんだろう。
- ぼうっと眺めていた曙の目が、見開かれた。
- (あ……)
- さけ
- 海中に青い目がいくつも並んでいる。一匹一匹は鮭ほどの大きさだが。魚というより
- ちんこう
- は虫みたい形で、群れを成して泳いでいる。沈降していく曙を待ち構えるように、ぐる
- ぐる回っていた。
- あの瞳は深海棲艦。だけど獲物に食らいつく輝きではなかった。同じ青でもあれは違
- ききや
- う。柔らかで、頭の中に囁きかけるもの。
- 誘っているのだ。
- もてあそ
- 撃沈された彼女に誘いをかけている。食べるためでも弄ぶためでもない。
- それは誘惑だった。
- コツチニオイデヨ。
- ポクタチノトコロニオイデヨ。
- ナカマニナロウヨ。
- ナカマニナロウヨ。
- 語りかけている。そうとしか思えない。小さな小さな深海棲艦たちが、こっち側に来
- いと呼んでいるのだ。
- 曙は恐怖した。もうすぐ死ぬのに恐ろしかった。ある説によると、深海棲艦は古来か
- おんねん
- ら沈んだ船の怨念が形となって現われたものであると言われている。そこには艦娘も含
- まれていると。
- 彼女は馬鹿馬鹿しいと思っていた。だけどあそこで誘いをかけている連中はどうなの
- だ。そして深海棲艦に、なんで人型まで存在しているのだろうか。あの連中は元艦娘な
- のか。
- 自分もああなってしまうのか。
- (死にたくない…・=沈みたくない!)
- 曙は暴れた。手足は動かなかったが、意識だけでもじたばたした。仲間になんてあた
- しはならない。あたしは艦娘だ。横須賀鎮守府所属の栄えある駆逐艦。可愛くないし口
- が悪いし意地っ張りだし、はっきり言って嫌われものだ。だけど誇りは捨ててない。意
- 地でも深海棲艦なんかになるもんか。だけど、だけど、もう。
- 身体が重くなる。青い輝きが頭の中に浸食する。光が広がり -
- 上に引っ張られた。
- 「ぷは!」
- もぐ
- 潮は曙の身体を抱えて海面に現れ、大きく息をついた。一時的に脚の浮力を切って潜
- ったせいで、彼女の全身はびしょ濡れだった。
- 「曙ちゃん、しっかりしてください! まだ生きてますよね!」
- ほお
- 潮は曙の頬をひっぱたき、ついでに横に引っ張る。そのかいあって、眼球がゆっくり
- 動いた。
- 「深海棲……潮!?なんで……!」
- きようがく うる
- 曙の顔が苦情に包まれる。潮はほっとすると同時に、目を潤ませた。
- 「よかった…・:敵と間違えたのは許してあげます」
- 「船団は…‥・け目し
- 続いて到着した陽炎が前方を凝視しながら言う。
- えいころノ
- 「安全海域に着いた。潮、曙を曳航してー・」
- つか
- 潮が曙の腕を掴んだ。力を込めて引っ張る。
- 「こっちです」
- 「潮……痛い!」
- 「我慢してください」
- 陽炎は曳航を確認。それから再び前方に目をやる。
- メ ガ ネ
- 双眼望遠鏡で確認するまでもない。深海棲艦の大艦隊。せっかく沈めた獲物を邪魔さ
- たけ くる
- れたので猛り狂っている。
- 彼女は周囲に叫んだ。
- えんまくてんちよう
- 「ずらかるよ! 煙幕展張!」
- 「私がやる」
- こくえん
- 長月が進み出る。左から右へ航行し、背中の煙幕発生缶から黒煙を吹き出していく。
- その間に斉Z(右百八十度一斉回頭)をおこなった。役目を果たした長月と共に戦域
- から遠ざかる。
- 深海棲艦は迫ってこなかった。
- 「やったやった、あははは!」
- 皐月が嬉しそうに笑う。手を叩いて喜んだ。
- 陽炎はそれほど喜んではいない。
- 「潮、曙の具合はどう?」
- 「武装が全部脱落してます。服も破れていて」
- すず ど
- ちらっと確認。確かに曙のセーラー服はぼろぼろで、トレードマークの鈴付髪留めま
- でなくなっていた。
- ドツク
- 「鎮守府戻ったら真っ先に船渠入りだね」
- ドツク
- 「……船渠、入れてくれるの……?」
- と霰。彼女たちは黙って曙の救出に出向いているのだ。今ごろは駆逐隊が丸ごといな
- くなったことで、大騒ぎになっているだろう。どう考えても怒られるケースだ。
- 陽炎は腕ぐみをして考える。
- どけぎ ドツク
- 「仕方ないわよ。あたしたちで土下座して営倉に入れば、船渠空けてくれるんじゃな
- いて」
- 曳航されたままの曙がじたばたした。
- 「馬鹿! あんたたちは関係ないじゃない! あたしのせいなんだから、あたしが罰を
- 受けるわよ!」
- 「気にしなくていいわよ。ねえみんな」
- 「うむ。曙はもう少し我々に甘えるべきだ」
- と長月。皐月も笑いながら。
- 「うんうん。ボクたちのことをお姉ちゃんって呼んでもいいよ?」
- むつき
- 「睦月型になんか頭下げないわよ!」
- 「妹は意地っ張りだなあ」
- 「張ってないから!」
- 意地っ張り特有の返答が響き渡り、陽炎は含み笑いをする。
- その時。
- はる
- 遥か前方に水柱が上がった。
- 善らい
- 陽炎はぎょっとする。一瞬、機雷の爆発かと思った。だが自分たちの前方には誰もい
- ない。
- 背後を振り返る。煙幕の向こうから、かすかに鈍い音が伝わってきた。
- 「砲撃されてるけ=」
- 艦娘たちが動揺した。
- 連中はまだ諦めてなかったのだ。船団を取り逃がした上に駆逐艦にしてやられたので
- めんつ しっよう
- は深海棲艦も面子が立たないのか、執拗に撃ってくる。前方に、幾本もの水柱が立った。
- 「陽炎、どうする?」
- 長月の言葉に、反射的に告げた。
- 「逃げるよ。どうせ弾なんか当たんないから」
- その言葉通り、敵の砲撃は見当違いなところを撃ってるとしか思えなかった。進行方
- 向ではあるものの、水柱は派手なだけでかすりもしない。ちょっと気をつければ回避は
- 余裕だ。
- また砲撃。今度は後方に着弾した。
- 「どこを狙って……」
- 言いかけた陽炎の顔面が凍った。
- きよ,ワき
- (……爽叉してるけ∥)
- こっちを挟み込んだのだ。
- 確実に捉えてきている。その証拠に、次の砲弾はずっと近くに落ちた。
- 水柱が天を貫き、海水と共に崩れ落ちる。海面が不規則な揺れ方をした。
- 「うひゃーつ」
- 皐月が騒ぐ。彼女が一番海水を浴びた。
- 「なんで撃たれたの!?」
- 陽炎も不思議だった。後ろを確認したが煙幕はまだ有効だ。なのに深海棲艦は的確に
- 砲撃をしている。どうやってこちらの位置を突き止めたのか。
- でんたん
- 「……電探射撃よ!」
- しよネノち
- 陽炎の言葉に、艦娘たちは息を呑んだ。電探の有効性は誰もが承知している。皆一度
- は、電探を積んで見張りをサボりたいと考えたことがあるのだ。ただ駆逐艦にはまず装
- 備されない。それなのに、敵が持っているとは。
- 「……本当……?」
- てい
- 疑問を呈した寮に陽炎は言う。
- 「他に考えられないわよ! きっと戦艦クラスが:…・」
- 突然、煙幕の中から深海棲艦が姿を現した。
- へいげい くんり人
- あの立ち姿は戦艦ル級。あたりを陣睨するその姿は、まるでこの星に君臨する女王だC
- こいつが電探射撃をおこなったのだ。真っ青な瞳には、獲物を逃がさないという執念と
- おんねん さんれんそうほうとう
- 引き千切ってやるという怨念が入り交じっている。主武装の墜1nCh三連装砲塔はま
- っすぐこちらを向いていた。
- そして彼女の周囲には深海棲艦の大軍。
- 戦艦ル級が背を逸らして吼えた。
- とき こえ
- 深海棲艦どもは呼応するように叫ぶ。閑の声が曇天に響き渡った。
- その恐ろしさに霰が耳を塞いだ。深海棲艦の叫びは恐怖心を揺さぶる。艦娘になる資
- 格の一つに、この晦吼に耐えられるかどうかがある。だがどれだけ適性試験で懐の字が
- 並んでも、実際に遭遇すると怖じ気づいてしまうのだ。上層部では薬物による人工耐性
- 強化も検討されたという。
- 陽炎はなんとか恐ろしさを振り払った。
- 「之字運動!」
- 叫ぶと同時に点滅信号も発した。さらに霰に言う。
- 「鎮守府に通信! 我れ戦艦ル級を含む大艦隊と遭遇、救援求むとかなんとか打っちゃ
- って!」
- 「それ……敵を呼び寄せるかも……」
- 「いいから!」 ゆうがとう
- 安易な無線発信は敵に位置を告げて回っているようなものだ。誘蛾灯よりも簡単に、
- 深海棲艦は集まってくるだろう。
- だけどそれどころではなかった。追われており、敵が大艦隊なのは事実なのだ。
- 16・1nCh砲弾が降り注ぎ、周囲を射撃訓練場に早変わりさせた。
- 乱立する水柱を駆け抜ける駆逐艦。そこを執拗に砲撃が追いかける。
- 「痛っ」
- 皐月が呟く。破片でも当たったのだろう。被害はたいしたことないようだが、確実に
- 至近弾が増えていた。
- 「止まらないで!」
- 陽炎は叫ぶ。
- よこちん
- 「横鎮まで逃げるわよ!」
- 全貞言われるまでもない。海面はざわめき、大気は砲撃音ばかりを運んでくる。それ
- でも足を止めたりはしない。
- 「……つ!」
- 寮の身体が衝撃で浮き上がる。そこを長月が引っ張った。
- 「平気か」
- 「……ありがとう」
- まるで王子を助ける騎士のよう。だがもちろん、冷やかしている余裕はない。
- 陽炎は前方を見てから後方確認。距離が縮まっている。前方には進路を防がんとする
- 砲撃の柱。
- 「各艦自由回避!」
- ぎ
- まん陽炎の命令を全員瞬時に理解。自由と言っても、バラバラになるのではない。敵を欺
- 瞞しっつ全てが逃げなければならない。之字運動も散開運動も散々練習した。これしか
- と ーえ
- 取り柄がないというように、完璧におこなうように。身体に染みついている。
- 慎重にそして大胆に、全員が水柱の林を抜けた。
- 陽炎はもう一度後ろを見る。
- 奥歯を噛みしめた。戦艦ル級の姿がさっきよりも大きい。また近くなっていた。なに
- をしょうが追いかけてくる。
- どうしても逃げ切れない。これ以上船足を上げたくても上げられなかった。
- 理由は分かっている。曙を曳航しているからだ。
- 曙と、引っ張っている潮の速度はどうしても遅くなる。陽炎たちはそれに合わせるの
- で全速を出せない。運動によって砲撃をかわすしかないのだ。
- 横目で潮を見る。顔から水滴が滴っている。海水ではなく汗だ。彼女も全力で曳航し
- ていた。
- 曳かれている曙が叫んだ。
- 「……置いていって!」
- 彼女はじたばたしながら言う。
- 「あたしを離しなさいよ! あんたたちだけで逃げればいいじゃない!」
- 潮は後ろを見ずに陽炎に言った。
- 「スクラップが喋りました。どうしましょう」
- 「珍しいから横鋲で見世物にする」
- 潮が曙の腕を強く掴む。曙はわめく。
- 「いいから放っておいてよ! あんたたちだけなら逃げられるでしょう! 駆逐艦なん
- だから!」
- その言葉を全貞が無視。回避運動に集中する。
- 戦艦ル級の両肩が光った。
- かなり近くに着弾し、陽炎は危うく転覆しそうになった。狙いが正確になりつつあっ
- たが、それだけではない。発砲から着弾まであまり間がなかった。かなり距離を詰めて
- いるのだ。
- よこ
- 長月がちらっと目線を寄越した。このままではいずれやられる、どうするのだという
- 質問だった。
- 陽炎は決断を迫られた。
- 頭が熱くなり、視界が狭まる。助かるための方策がいくつも浮かんでは消えていく。
- 煙幕は? 電探相手には意味がない。四方八方に逃げる? あれだけの数では各個撃破
- されてしまうD桁僻する? 生かしてくれるなんて聞いたこともない。
- なにかないか。なにかいいやり方は。
- 駆逐艦がやるべきことは。
- 「……だったら!」
- 続いて叫んだ。
- はうらいげきせん
- 「砲雷撃戦用意!」
- 全月賦顧した。中でも.二否驚いたのは曙だった。
- 「はあ!?なに考えてんの!?」
- 陽炎は聞こえなかったふりをして、指示を下す。
- 「深海棲艦をここで食い止める! 曙がやったことと同じよ。今度はあたしたちの番だ」
- 「本気なの!?」
- 言うまでもない。陽炎は本気だった。
- 本気で深海棲艦と渡り合い、食い止めるつもりでいた。
- 曙がやったのだから、自分たちもやらねばならない。全力で戦った味方相手に無様な
- 姿をさらすわけにはいかない。
- 深海棲艦と戦い、大破した曙を横須賀まで帰すのだ。
- 駆逐艦は見かけが小さくとも、仲間を大事にする心はなにものにも劣らない。助けが
- 必要なら敵弾の嵐の中を飛び込むし、大破していたならなにがあろうと連れて帰る。仲
- 間を痛めつける敵は必ず撃退し、どんなに困難な撤退だろうと、見捨てることは決して
- しない。陽炎はそう教わったし、心の底から信じている。
- 無茶だろうと無謀だろうと絶対におこなう。自らが怪我をすることもいとわない。
- 何故だと聞かれたら、こう答えるしかない。
- 艦娘だから。
- ほま
- 誉れある駆逐艦娘だからだ。
- 陽炎は言った。
- 「この場で潮と曙の撤退を援護する。長月、皐月、霞、あんたたちの命、あたしがもら
- った!」
- 「承知した」
- 真っ先に返事をしたのは長月。
- hリようかん
- 「僚艦のために戦えるとはこの上ない名誉だ」
- 続いて皐月が言う。
- 「分かった! カッコイイことできるね」
- 霞はいつものようにうなずいて、最小限のことしか言わない。
- 「……了解」
- 全員の返事を聞き、陽炎の表情が明るくなった。
- 「ありがとう、みんな」
- 続いて潮に言う。
- ドツク
- 「潮、曙を横鎮まで連れて帰って。真っ先に船渠に入れておいしいものを食べさせるの。
- 絶対よ」
- 「はいっ」
- 潮にいつもの弱気は見られない。陽炎は、この娘なら大丈夫だと確信した。
- 「待ちなさいよ! あたしも戦う! 潮、手を離して!」
- 引っ張られている曙が叫ぶ。潮が言い返した。
- 「駄目です。曙ちゃんと私は逃げるんです」
- 「やだ、戦う!」
- 「一言うことが聞けないんですか!」
- 「聞けない! 戦わせてよ! まだ戦えるから!一緒に戦わせて!」
- 「そんな恰好でなにができるんです!」
- 「戦わせてってば! 陽炎たちが死んじゃうじゃないー・みんな死んじゃうのやだ!
- いなくなっちゃうのやだ1-ご
- 「絶対に駄目-・」
- 「潮の馬鹿! みんなの馬鹿-! うわーん日日」
- 泣きじゃくる曙を、潮ががっちり掴んで引っ張っていく。
- おおわたつみのかみ
- 陽炎は二人の姿を確認し、目に焼き付ける。大柿津見神と住吉大神とポセイドンとあ
- と名の知らない数々の海の神様、どうかあの二人を横須賀まで見守ってください。片方
- は弱気でもう片方は口が悪いんですが、とってもとってもいい娘たちなんです。
- そして叫んだ。
- かいとう
- 「回頭!」
- Z斉(左百八十度一斉回頭) の信号を出す。ぐるりと回って、艦娘たちは探海棲艦の
- 艦隊と向かい合った。
- 戦艦ル級が睨んでいる。駆逐艦ごときが向かってくるから腹を立てたのだろう。駆逐
- やゆ
- 艦は防御力の低さからブリキ缶と椰捺される。本来戦艦はそんな連中を追い払うのに主
- 砲は使わずに副砲を撃つ。だが今は、敬意を表したのか大威力で庄倒したいのか、主砲
- を向けていた。
- その迫力と威圧感。
- ぞくりとする。曙はよく、こんな化物と戦っていたものだ。
- かぎ
- 陽炎は恐怖心を呑み込んで鍵をかけた。こいつらだけは、なんとしても沈めてやる。
- せき
- 「増速、一杯!一隻も通しちゃ駄目だからね!」
- このままいくと正面からぶつかる。敵は圧倒的だがそれがどうした。全力を尽くすの
- が駆逐艦だ。艦娘の心意気だ。
- 「魚雷射程内!」
- 皐月が叫んだが、陽炎は首を振る。
- 「まだ! 確実に当てる!」
- 周囲に水柱。陽炎は避けずに進む。
- 霧散する水の柱。その向こうには海の化物、巨大な採海棲艦。
- 「全艦よく狙って!」
- ギリギリまで待ってから、絶叫した。
- 「撃て1--ご
- あつさく ちようていしんど もうぜん
- 圧搾空気と共に吐き出される魚雷。いったん潜ってから調定深度まで浮上し、猛然
- と突き進んでいく。
- おうぎがた
- 扇形に広がる魚雷。その弾頭は一撃必殺。どんな深海棲艦だろうと真っ二つにして
- 轟沈させるだけの威力がある。
- 突然深海棲艦たちが、不規則な運動をした。
- 自分たちの手前に砲弾を撃ち込んでいる。海面が乱れていく。
- 魚雷が炸裂、水柱が何本も上がった。
- 「命中、やったー!」
- 皐月が歓声を上げる。
- だが陽炎は前方を凝視していた。なにかおかしい、あいつらはなにかをしたぞ。
- 水柱が収まる。
- そこには無傷のままの、戦艦ル級の姿が。
- あぎわら
- 戦艦だけではない。軽巡洋艦も雷巡も、傷一つない。陽炎たちを嘲笑うかのように向
- かってきている。
- しんかん えいぴん
- 「‥…・信管が鋭敏すぎた……!」
- も
- 陽炎はうめく。海面下ギリギリを走る魚雷が波に揉まれ、命中したと勘違いした信管
- が起爆したのだ。あの水柱は敵の手前で上がっていた。
- 戦艦ル級が笑った気がした。この女は魚雷の欠点を知っていた。魚雷がなくなった駆
- 逐艦が無力なことも知っていた。ありとあらゆる砲身をこっちに向け、吹き飛ばそうと
- 狙っている。
- そして立ち並ぶ水柱。
- 「……つ!」
- 寮が声にならない叫びを上げる。至近弾でひっくり返りそうになったのだ。
- 深海棲艦の攻撃は無慈悲だ。相手が損傷していればいるほど、砲撃を集中させてくる。
- 次の一撃さえなければ生き残れるというタイミングで、確実に当ててくるのだ。だから
- てつたい
- 「分かっている」 艦娘は深追いをしない。ギリギリのタイミングを見極めて撤退を選択
- する。
- だが撤退は不可能。曙と潮を絶対に逃がさなければならない。これだけの数を相手に、
- 最後まで戦わなければ。
- せきさいりよう
- 陽炎たちは駆逐艦だ。二回も被弾すれば海の底へまっしぐら。積載量に限界がある
- しやれ
- から、応急修理システムなんて酒落たものは積んでいない。その代わりに魚雷をひっさ
- げている。
- 吉ば む
- 今はその魚雷を撃ってしまった。そして深海棲艦は牙を剥いている。
- 戦艦ル級が吼えた。勝利を確信した雄叫び。
- 轟沈の予感が、陽炎を襲う。
- 「くつ……!」
- 彼女は歯を噛みしめる。
- せつな
- その剃那。
- 陽炎は聞いた。
- 彼女だけではない。長月も皐月も最も、多分深海棲艦も、確かに耳にしたのだ。
- 突き抜けるような大きな声。曇天を吹き飛ばす明るい声を。
- ぱんばかばーん。
- 「剛寝
- 露悪罪…紺皇禁‡要欝
- はた盤貨のてに賀かははば
- 並た も帰胸挟皆鎮乏艦£いか
- んち二還を ま守忘隊吾つば
- で’度を触 っ府ふを も1
- 航案は得ろたか率のん
- 行内狂つ う 許らいにl
- L ごわ と と可飛て こ」
- ニ菩窓宴技芸告畏
- る棟っに と書き。顔
- 艦だ0た直こ にた後で
- 娘等後 0行ろ 目 部ろ’
- にろそ さ を を隊に大
- 瓶漕
- 湖推
- 服;
- 亡鴇是董
- て か こ
- い ら し
- た 金’
- 0
- 「はい。でも、もう少しいさせてください」
- あけぼのぇいこう うしわ
- 曙を曳航した潮が言う。
- 「大切な仲間が戦っているんです」
- 高雄がくすりとする。
- 「偉いわね。でも、負傷した仲間を助けるのも立派な役目よ。あの娘たちは、私たちが
- 責任もって連れて帰るから」
- 「……分かりました」
- 潮はうなずくと、曙を引っ張って離脱した。
- 高雄は愛宕に合図をした。愛宕はさらに声を張り上げる。
- りようげん
- 「両舷前進第四戦速!」
- 全員、一斉に速力を上げた。
- はるな
- 榛名が前方をうかがいながら言う。
- 「愛宕も人使いが荒いわね。すぐに出撃だなんて」
- 「立っている人は提督だって戦艦だって使います」
- うふふと笑う愛宕。榛名はくすりとする。
- 「あの娘たちのこと、ずいぶんお気に入りなのねえ」
- 「はい。お姉ちゃんって呼んでくれた、大事な妹ですからし
- ほうらいげきせん
- 前方で発生している砲電撃戦。彼女たちは水柱の中に、軋貰腱の群れを捉えていた。
- 「敵深海棲艦、射程内。いつでも撃てマース」
- ひえい
- 金剛が言う。比叡も照準を合わせた。
- 「羅針盤のせいで戦えなかったからね! 気合い入れていきます!」
- きれノしま
- 霧島が目を細めて確認し、愛宕に告げた。
- 「全砲門開放。準備よし。愛宕、あなたの合図で射撃をはじめます」
- 「はーい。分かりました」
- 愛宕は深海棲艦に向き合うと、大きな声を上げた。
- ぱんばかばーん
- 「撃ち方はじめー=∥」 こ えが
- 砲身の群れから吐き出された巨大な砲弾が、弧を措いて深海棲艦へ襲いかかった。
- 陽炎の目の前に水柱が上がった。 言
- 敵のものではない。味方のもの。しかも戦艦から放たれる35・6cm砲弾。着弾の轟
- おん
- 音が深海棲艦を包み込む。 しゆほう
- 陽炎は振り返る。愛宕と高雄がいる。そして金剛型の四姉妹。陽炎は戦艦の主砲から
- から放たれる砲撃音を、これほど心地よく感じたことはなかった。
- 「みんな! 愛宕さんたちが来た、助けに来てくれたよ!」
- 駆逐艦娘の間から、歓声が上がる。
- 「被害を受けた娘は下がって! あたしはあいつらをぶっ飛ばす!」
- 「ボクもやる!」
- きつき ながつき
- 皐月が手を上げる。隣の長月も言う。
- 「ここで引いては駆逐艦の名折れ」
- 「……やろう……」
- あられ せりふ
- 寮の台詞に、陽炎は勢いよくうなずいた。
- 「よし、もう一回だ!」
- 愛宕たちの砲撃で、深海棲艦の群れは大混乱に陥っていた。やるなら今がチャンスだ
- と、駆逐艦としての精神が告げる。
- 駆逐艦口級が、金剛の砲弾を喰らって真っ二つになった。周囲を巻き添えにして沈ん
- ぬ
- でいく。陽炎たちはその間を縫うようにして突っ走る。
- けいじゆんようかん
- 皐月と長月が12cm砲を撃ちまくった。孤立した軽巡洋艦へ級に次から次へと命中
- ごうか
- し、業火と共に撃沈する。
- 「長月、砲撃上手になったね!」
- 「一発も外さんー・」
- ほんろう
- 長月は正確無比な砲撃を繰り返し、皐月は右に左に回避して敵を翻弄する。
- そして陽炎と寮は、大物めがけて突っ込んだ。
- 周囲は全て水柱だ。これほど密度の濃い海域は他にないのではと思えるほどの猛砲撃。
- 陽炎に恐怖心はない。神経は研ぎ澄まされ、信じられない反応速度で砲弾を避けていく。
- 全ては敵を倒すため。駆逐艦娘としての任軋餐つするた聖 かたむ 方
- 主機の回転数はすでに一杯だ。主人に従うかのように唸り上げる。足を傾け波を掻き
- かけ、駆逐艦たちは突進していく。
- 「あいつだ!」
- 陽炎は戦艦ル級を指さした。
- 「あいつを叩く。あいつを沈めれば、他のやつらは逃げ帰る!」
- 戦艦に駆逐艦が対抗するのはただ一つ、背中に背負った必殺の武器。さっき撃ってし
- そうてん
- まったが、彼女たちにはまだあった。朝潮型と陽炎型は次発装填装置を装備している。
- 戦闘中でも装填できる虎の子のシステム。
- 「次発装填!」
- 魚雷が再び発射管に挿入される。装填完了のブザ1が鳴り響く。
- 戦艦ル級が馳える。彼女の周囲に深海棲艦が集結しょうとしていた。そこに向けて愛
- 宕と高雄の砲弾が降り注いだ。駆逐艦口級が何隻も沈んでいく。
- その波間から、別の深海棲艦が姿を現す。
- らいじゆん
- 「右十五度! 雷巡チ級!」
- 皐月の声に霰が進路を変える。
- 「・…‥させない=…・」 はさき だんとう
- 蚤が魚雷を放つ。一直線に突き進む槍の穂先には一撃で相手を吹き飛ばす弾頭。今度
- の信管は誤作動しない。チ級に命中した瞬間に炸裂し、海の底へと送り込んだ。
- 「行けー・陽炎!」
- 長月が叫ぶ。
- 「目の前だ!」
- にら
- 戦艦ル級が大きくなった。陽炎を憎しみ込めて睨んでいる。
- 墜1nCh砲弾が放たれる。陽炎はギリギリのタイミングで避ける。海水をかぶり身
- 体中に破片が降り注いだが、進路は絶対に変更しない。
- あー几な
- あの戦艦はあたしが仕留める。
- ほお
- 戦艦ル級の砲撃。風圧が頬をかすめる。さらにもう一度、今度は肩の砲身が陽炎の頭
- に照準される。
- 砲撃音。ル級が傾いた。比叡と榛名の攻撃が命申したのだ。ル級はバランスを崩して、
- 砲身がよそを向く。
- 「てーつ=ご
- さくれつおん
- 陽炎は絶叫。放つと同時に回頭。そして魚雷の炸裂音。
- 戦艦ル級が火炎に包まれた。のけぞり、引火した弾薬が炸裂していく。
- グアアアア……。
- 口から放たれる断末魔。徐々に小さくなっていき、他の深海棲艦たちを逃げ散らせて
- いく。
- 彼女が海の藻屑となったとき、全ての戦いは終わっていた。
- ○
- よこすかこう きとう
- 陽炎たち組横須賀港鮮媚投した。 あ
- まず曙を陸に上げ、船渠に直行させる。金剛によると 「全部空けておいたからゆっく
- りできマース」 とのこと。
- 当たり前だが彼女たちには拍手による出迎えはない。ましてや楽隊による演奏もない。
- 命令に違反して飛び出したことには変わらないからだ。ただ艦娘たちは入れ替わり立ち
- 替わり陽炎たちを見に来て、ほっとしたり大きくうなずいたり、ガッツポーズをしたり
- していた。
- 特別演習は途中で中止となったため、順位付けもうやむやになった。一部の艦娘たち
- は、「お姉ちゃん」と呼ぶ必要がなくなったことにほっとしたとのこと。
- しばらくの休養ののち、陽炎たちは愛宕の前に呼び出された。
- 愛宕は手に持った装備使用許可申請書をひらひらさせていた。
- 「変に生真面目なのも善し悪しですね。私がこれに気づいたおかげであなたたちを助け
- ることができました」
- 彼女は用紙にちらちら目線をやっている。いつものにこやかでちょっと変な雰囲気は
- そのままなので、なんだか余計に恐ろしい。陽炎は背中に汗をかいていた。
- 「あっ、あの……」
- 「早めに気づいたため救出に向かいましたが、皆さんの命令違反も発覚しました。気づ
- かなければ命令違反はなかったでしょうが、今ごろ海の藻屑です」
- 「はい……」
- うつむく陽炎。
- 愛宕は用紙を机の上に置いた。
- 「ではあなた方の処遇ですが」
- 「あたしが受けます」
- 即座に陽炎が言う。
- 「あたしが第十四駆逐隊玖嘲斬腱で、全部の責任があります。だからあたしが営倉に
- えいそ,つ
- 入ります」
- 「違います! 曙ちゃんを助けに行こうって言い出したのは私なんです! だから私だ
- けの責任です!」
- 潮が陽炎を押しのけて言った。この二人をかばうように長月が進み出る。
- 「仲間を守らなければ艦娘とは言えない。私が全ての責を負うので、解体でもなんでも
- 好きなように」
- 「ボクポク、ボクが入る!一度営倉って入ってみたかったんだ!」
- けいむしよ
- 「……私なら……営倉どころか刑務所までオーケー==‥」
- 皐月が腕を振り回し、寮まで自己主張をした。
- 愛宕は困ったものだという顔をしつつ。
- 「そうねえ、元々のきっかけは曙ちゃんの無断出撃なんですから、そっちを……」
- この言葉には全員が同じ台詞で返答した。
- 「曙は関係ありません!」
- 愛宕の垂れRH気味の日が、余計に垂れた。
- 「もう……」
- 陽炎は背筋を伸ばす。
- 「処分をお願いします」
- ドツク
- 「‥‥‥まあ、しばらく謹慎していてください。駆逐艦寮と船渠への出入りは認めますが、
- あとはいけません」
- 「はい。それから」
- 「それだけです」
- 愛宕の台詞に、陽炎は目をしぼたたかせる。
- 「ええと、営倉とか裁判は…=・」
- 「裁判受けたいんですか?」
- 「い、いえ。そんなまさか」
- 「じゃあこれだけです」
- くぎ さ
- きょとんとしたままの第十四駆逐隊の面々。愛宕が釘を刺す。
- 「今回だけですよ。次やったら、もう私のことをお姉ちゃんって呼ばせてあげませんか
- らね」
- それは別にと言いたくなる陽炎。愛宕はちらりと壁の時計を見上げた。
- 「では、いきましょうか」
- 「なんでしょう」
- 「勇敢な駆逐艦と所属する駆逐隊に、船団の人たちが感謝状を授けてくれるそうです。
- 何度も何度もお礼を言ってましたよ」
- そして愛宕はにこりとした。
- 「よくやりましたね。駆逐艦は、私たちの誇りです」
- その賛辞に、陽炎は飛び上がって喜びたくなるのを、かろうじて抑えていた。
- ○
- 蹴姿」と配船朝卵碗嘩嘲封掛野「壱」と書かれた病室に陽炎たちはいた。
- 部屋の主は曙。陽炎たちは彼女の見舞いに来ているのだ。
- 「毎日毎日あたしの顔ばかり見に来て飽きないの?」
- 曙の台詞に、陽炎はにこにこしながら返事をする。
- 「全然飽きない。曙可愛いし」
- 「ふーんだ。ば1か」
- 彼女は顔を赤くしながら言った。 せんだん
- 病室には所狭しと花束や見舞いの果物が置かれている。助けた船団や戦艦、巡洋艦や
- 空母の人たちから送られたものもあった。 ドック
- 駆逐隊からの見舞い品には大抵メッセージカードが添えられている。「船渠入りおめ
- ギeさ
- でとう。早くよくなれ」 「誇り高いへそ曲がりに」 「大破を記念して。勇敢な駆逐艦に捧
- げます」等々書かれており、駆逐艦たちの一風変わった愛情を感じさせた。
- 勇敢な艦娘は、いつだって尊敬される。
- 曙も同じだった。
- 陽炎はそれらを見回した。
- 「曙って、思ったより好かれてるのね」 バ ケ ツ
- 「そんなわけないわよ。本当に大事に思ってるなら、高速修復材使うはずじゃない」
- 「曙にゆっくり休んでもらうためだって」
- 「轟沈しなくて惜しいとか思ってるに決まってるわ」
- 曙は照れ隠しなのか横を向く。
- 「そうでもない…・‥」
- りんご む
- 霰が見舞い品の林檎を剥きながら言った。
- 「曙が一人で深海棲艦を食い止めて、船団を救出したから……駆逐艦の娘たちはとても
- 褒めていた……。次は自分たちの番だと意気込む娘も=…」
- この台詞に、曙はますますそっぽを向く。
- 「あんなこと馬鹿のやることよ。追いかけてきたあんたたちも馬鹿」
- 「馬鹿でなければ曙は救えない……」
- 「あんた亭っようになったわね。駆逐艦なんかほんと、ロの悪いひねくれ者ぽっかりな
- んだから」
- 骨、笑いながら彼女を見つめていた。
- 「ところで、私たちは他の駆逐艦から、どのような戦いだったか話してくれと頼まれて
- いる」
- 長月が酎揖いをしつつ言う。
- 「どんな感じがいいだろう。やはり私としては、曙の活躍を重点的に話すのがいいと思
- うのだが……」
- 「余計なことをしなくていいわよ。馬鹿な駆逐艦が一人で戦ってぼろぼろになったって
- 笑いものにすればいいじゃない」
- わいきよく
- 「それは歪曲だ。やはり事実に忠実でなければならない」
- 「忠実になんてしないで、宴会で笑いのネタにでもすれば」
- そこで皐月が手を上げる。
- 「はいはい! ポクあのときの真似できるよ!」
- 皐月は床に仰向けになると、手をじたばたさせた。
- 「陽炎たちが死んじゃうじゃない! みんな死んじゃうのやだ!」
- 「はあけ∥」
- 怪我人のはずの曙が跳ね起きた。
- 「なにそれけ=」
- 長月は腕組みをしながらうなずく。、
- 「ネタにしろと言ったのは曙だ。全員の記憶を付き合わせたので極めて忠実に再現され
- ひろう
- ている。このあたりを中心に披露しようと思うのだが」
- 「やめてよ!」
- しゆういつ
- 「この真似、足の動きが秀逸だ」
- 皐月はまだ床でばたばたしている。わがままな娘が駄々をこねている感じで、妙にう
- まい。
- 「大好きなみんなが死んじゃう! 大好きなのに!」
- 「あたしそんなこと言った!?し
- 「多少の誇張を伴うのがエンタテインメントというものだ」
- 真面目くさって返事をする長月。潮が笑いながら加わり、皐月の手を取った。
- 「曙ちゃん、言うことが聞けないんですか!」
- 「死んじゃやだー! 死んじゃやだー!」
- つか
- 「ここでの潮の腕の掴み方が素晴らしい」
- 「馬鹿1日‥」
- 曙は耳まで真っ赤にして絶叫すると、頭から掛け布団を被った。その様子を、陽炎と
- 霞が腹を抱えて笑いながら見ている。
- 陽炎は曙の身体を揺さぶった。
- けつきく
- 「ねえ曙、ここからが傑作なんだって」
- 「うっさい! だからあたしは駆逐艦とつるむのが嫌いなのよ! 馬鹿だし! 馴れ馴
- れしいし! すぐ仲瀾とか友達とか言い出すし! どうせ……あたしなんか…:」
- カ
- 掛け布団の中から蚊の鳴くような声がする。
- 「でも……ありがと」
- もちろんその言葉は全員に聞こえていた。
- O
- 「失礼します」
- しっむしつ
- プレハブで構成された執務室。愛宕は入室すると提督に敬礼した。
- いす
- 椅子に浅く腰かけていた男性は、「ご苦労だったなしと一言う。
- 「船団が無事でよかった。駆逐艦たちは?」
- たいは しようは
- 「大破が一人。あとは小破です」
- ドツク しゆくん
- 「船渠でゆっくりさせてやれ。殊勲の船だ。装備使用許可申請書と出撃許可申請書は日
- 付と時間をさかのぼらせてから持ってきてくれ。中は見ないでサインする」
- そう言ってから、彼はちらっと愛宕を見る。
- 「どうせもう用意してるんだろう」
- 「はい」
- 愛宕は後ろ手に持ったままだった書類の束を差し出す。
- 提督は次から次へとサインしていった。愛宕はその様子をにこやかに見つめていた。
- 「おかげで第十四駆逐隊も団結が深まったようです」
- 「そりゃよかった」
- 「提督は曙ちゃんの孤立をずいぶん気にされていましたから」
- かなめ
- 「駆逐隊は鎮守府の要だからな」
- 「もう執務室の砲撃を頼めませんね」
- うつくつ
- 「なにもさせないで放置するのが一番鬱屈を溜める。それに、戦艦や空母に甘えるいい
- 機会だった」
- 彼はサインし終わった書類を愛宕に返した。
- 「上に回す方はそっちで頼む」
- 「了解いたしました。さきほどお電話がありまして、保留中です」
- 「こっちで取るから回してくれ。今度二人で食事でもどうだろう」
- たつた
- 「このあいだ龍田さんにも同じことをおっしゃってましたね。お断りします」
- 愛宕はぴしゃりと言い放つと、執務室から出て行った。
- 提督は肩をすくめ、受話器を取った。秘話装置をいくつか通して盗聴をシャットアウ
- トしたのち、繋がる。
- 「……ああ、俺だよ。陽炎を寄越してくれて助かった。聞いたとおりいい効果を生んで
- いる。これでうちの駆逐隊は万全だ。…‥・なに? 返せ? 馬鹿一言え、もう横鋲の水に
- 馴染んでいる。返せったって返せないぞ」
- 彼は笑うと、ついで声を潜めた。
- 「聞きたいことがある。深海棲艦の行動範囲だ。こないだの金団襲撃、本来なら襲われ
- るはずがないコースだった。なんとか危榛は乗り切ったが……そっちはどうだ?
- ああ、やはりな」
- 提督は電話の向こう側に、軽くうなずいた。
- 「深海棲艦が迫ってきているか。やつら活動を再開したぞ一
- に出張する。そのときに」
- まだ受話器は置かない。二人きりの会話は続く。
- そ、ニー怠、ム一隻そっち
- ひ さんばし
- 横須賀の波が陽の光を浴びて輝いた。寄せては引き、桟橋を濡らしていく。
- 海はまだ、穏やかなままだった。
- つづく
- あとがき
- 実は海洋冒険小説が好きです。中でも船団護衛の話が好きで、アリステア・マクリー
- くちくかん
- ンの 「女王陛下のユリシーズ号」 やC・S・フォレスターの 「駆逐艦キーリング」、あ
- るいはダグラス・リーマンの 「輸送船団を死守せよ」 などは、今でも本棚の目立つとこ
- ろに入れています。
- かん
- なのではじめて 「艦これ」 ノベライズの話をいただいたときには、即座に 「駆逐艦の
- 成長物語で船団護衛」を書こうと決意しました。幸い、ゲームには海上護衛任務がある
- のでちょうどよく、かくして可愛らしい駆逐艦たちは、台風とサメがうようよし.ている
- 南方に放り投げられることになったのです(北海でないのが残念)。
- 当初は第六駆逐隊と吹雪をメインに据えようとしていたのですが、既に他で同様の企
- かげろう むつき
- 画があったので、代わりに 「陽炎型か睦月型はどうでしょう」 との提案をいただきまし
- た。望むところと言いますか、かねてより陽炎型は海軍艦艇の中でも二 二を争う格好
- よさだと考えていましたから、なんの問題もありません。当然ネームシップの陽炎が主
- 役を張ることになりました。
- 唯一の不安はゲーム内での陽炎はキャラがそれほど立っていないことでした。出現す
- るたびに解体か近代化改修の素材になっている模様D同型艦の報魔はレアなんですが。
- たず
- 250 じゃあ他のジャンルではどうだろうと、模型誌の編集長に尋ねたところ。 しらぬい
- 「陽炎か。あれはエピソードがないのがエピソードと言われてるなあ。模型なら不知火
- の方が有名だぞ。クリアな写真がある」
- 君こっちでも地味なのか……。いやいや、だったらキャラが立つようにしようじゃな
- いか。一緒に有名になろう。というわけで、泣いたり笑ったり怒ったりと、大変忙しい
- キャラになりました。結構主人公らしくしたつもりです。
- こんな感じで生まれた陽炎と駆逐隊の面々ですが、これからも駆逐艦としての誇りを
- はちめんろつび
- 胸に、北へ南へと八両六菅の活躍をする予定です。どこまで続くかはまだ分かりません
- が、どうかお付き合いのほど、よろしくお願いします。
- 最後に、古くからの知人であり友人の、ネイビーヤード編集長衡耐煽鋸氏には多くの
- 手助けをしていただきました。この場を借りて御礼申し上げます。
- 二〇一三年 十一月五日
- つきじとしひこ
- 築地俊彦
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