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May 18th, 2024
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  1. 「…………」
  2. 「……琴里?」
  3. 「……あら、士道?」
  4. 「何やってんだ、こんな所で?」
  5. 「……空を……見てたの」
  6. 「……空?」
  7. 「そう……移り変わる雲の姿を見てるとね……色んなモヤモヤが\n溶けて消えてくような気になるのよ……」
  8. 「……そうか。なんか……色々大変なんだな、〈ラタトスク〉の\n司令っていうのもさ」
  9. 「そうね……でも、投げ出すわけにも行かないから……」
  10. 「琴里……」
  11. 「……令音さん?\nええ、今ちょうど一緒にいます」
  12. 「なんか……物思いに沈んでいるみたいなんですけど……」
  13. 「黒いリボンの琴里が、珍しくしおらしく見えますよ」
  14. 「え、俺がですか……?」
  15. 「そ、そうは言っても……俺に、そんな気の利いた言葉なんか……」
  16. 「わかりました。俺にできることなら、やってみます」
  17. 「え、えーっと……」
  18. 「琴里らしくないぞ!」
  19. 「ゆっくり休めよ」
  20. 「えっと、さ……なんか、いつもの琴里らしくないな」
  21. 「……え?」
  22. 「疲れてちょっと、センチメンタルになってたりしないか?\nいつものおまえだったらさ、虚勢を張ってでも、\n『何でもないわよ!』って言うだろ?」
  23. 「そ、そんなこと……」
  24. 「……大丈夫だよ、琴里。おまえは、うまくやってる。\n今回だって、きっとおまえなら乗り切れる。\n全部終わったら、またゆっくりできるさ」
  25. 「ふん……士道のくせに、言うじゃない」
  26. 「あ……いや、そのだな……」
  27. 「士道に言われなくたって、そんなことわかってるわよ!\nあなたが勝手な気を回さなくたって、すぐに元通りなんだから!」
  28. 「……はははははは! そうそう、それでこそ琴里だって」
  29. 「勝手なんだから……もう」
  30. 「それじゃ私、〈フラクシナス〉に戻るから!」
  31. 「そうだと良いんですがね……あいつ、無理しすぎないといいけど」
  32. 「琴里……がんばれよ」
  33. 「琴里、あんまり無理しない方がいいぞ……。\nおまえが倒れたら大変なんだし、少しは休んだ方が……」
  34. 「休めるなら、とっくに休んでるわよ!\nそれができないから、こうやって一息ついてるんでしょうが」
  35. 「……そ、そうか」
  36. 「まったく……あなたはいっつもいっつも、余計なお世話が多いんだから」
  37. 「す、すまん……」
  38. 「……帰るわ」
  39. 「……なんか、やばかったかな」
  40. 「……いや、あの……はぁ……」
  41. 「琴里、いるか……?」
  42. 「……なによ?」
  43. 「い、いや……ちょっとな。俺、やっぱり天宮タワーのことについて気になってさ……。\nちょっと見に行こうかと……」
  44. 「はあ? まだ、そんなこと言ってるの?\n何がそんなに気になるってのよ?」
  45. 「それが……よくわからないんだが、どうしても引っかかるんだ。\nそれで、なんだけど……」
  46. 「……もし良かったら、一緒に来ないか?」
  47. 「私が……? こんな夜に?」
  48. 「あ、いや……ほら、何もなければ、そのまま展望台にでも上って夜景を見て帰ってくるってことで……」
  49. 「それはもしかして……。\n遠まわしに私を夜のデートに誘っているってこと?」
  50. 「あ……あー、まあそういうことになる……かな?\nもし……イヤじゃなければ、だけど……」
  51. 「で、デートがしたいなら、初めからそう言えばいいじゃない……。\n別にイヤなんて言わないわよ……」
  52. 「そ、そうか……じゃあ、ちょっと夜風にあたってくるくらいのつもりで……」
  53. 「わかったわ……ちょっと着替えてくるから、待ってて」
  54. 「おう」
  55. 「……まだ、結構人いるな。タワーも絶賛営業中みたいだし」
  56. 「…………」
  57. 「……モニュメントも、見たところ特におかしい所もないな……。やっぱり、俺の気のせいだったのかな……」
  58. 「……ほら、やっぱり何もないんじゃない。\nこの忙しい時に無駄足させて……どうしてくれるのよ?」
  59. 「い、いや、そんなことはないはずなんだが……。\n念には念を……もうちょっと近くで調べて……」
  60. 「士道、離れてっ!」
  61. 「な、なんだっ!?」
  62. 「どういうことっ!?」
  63. 「……て、天使……!?\nこれは……〈天使〉、なのか……?」
  64. 「うわっ!!」
  65. 「士道っ!!」
  66. 「だ、大丈夫! 足元ギリギリでセーフだ!」
  67. 「な、なんなんだコイツはっ!?」
  68. 「――くッ! また足元狙ってきやがった!!」
  69. 「……もしかして、警告してるのかしら?\n私たちに近づくな……って」
  70. 「じゃあ、やっぱり、ここには何か秘密があるってことか!」
  71. 「……えっ!? 攻撃してくる……!?」
  72. 「士道っ!!」
  73. 「琴里っ! おまえ――っ!」
  74. 「そこを動かないで! 士道!\n……〈[灼爛殲鬼*カマエル]〉!」
  75. 「か、〈[灼爛殲鬼*カマエル]〉……!!」
  76. 「【[砲*メギド]】!」
  77. 「……琴里!」
  78. 「な、何者だったんだ、あいつは……!?」
  79. 「くっ……!!」
  80. 「…………消えていく……。\nまるで……精霊の霊装が消えていくみたいだ……」
  81. 「…………」
  82. 「……琴里! 大丈夫か!?」
  83. 「……大丈夫よ。\n士道も……無事みたいね」
  84. 「……ありがとな。琴里のおかげで助かったぜ」
  85. 「べ、別に……あんな状況になったら、\n対抗するしかないじゃない!」
  86. 「それにしても、今のは一体……。\n周りの人は何事もなかったように……。\n何も見えていなかったのか?」
  87. 「……相当に強い力を感じたわ……ただ事ではないわね」
  88. 「勘が当たったってことか。これはただのモニュメントじゃなくて、\n天宮市を包んでる結界に何か関係あるのかもしれないな」
  89. 「そうね……あなたの予感も捨てたものじゃないかもしれないわね」
  90. 「おう、さすがおまえの兄貴だろ?」
  91. 「なに馬鹿なこと言ってるのよ……でも、残念ながらお手柄よ。\n〈フラクシナス〉に連絡して、早急に調べてみるわ」
  92. 「どうやら、今夜の散歩はこれまでだな。\n展望台に登れなかったのは残念だけど……」
  93. 「そうね……今日は帰りましょう。\n次の機会に、来ればいいのよ」
  94. 「ああ……そうだな、約束だ」
  95. 「ん……約束……」
  96. 「……今日は珍しく一人で登校になっちゃったな」
  97. 「十香も琴里も〈フラクシナス〉に寄ってから行くって言うし、\nどうもこの所、色々と慌ただしい日が続くな……」
  98. 「……おっ、狂三?」
  99. 「……あら、士道さん。おはようございます」
  100. 「狂三……?\nおまえ、今そこの裏路地から出てこなかったか?」
  101. 「ええ、それが何か?」
  102. 「そこの路地、変質者が出たって話だぞ。\n物騒だからあんまり使わない方がいいんじゃないか」
  103. 「……あら、心配してくださるんですの?」
  104. 「あ……い、いや、そういうんじゃなくてな!?」
  105. 「あら、そうなんですの……?\n少し残念ですわね」
  106. 「え?」
  107. 「てっきり士道さんがわたくしのことを慮ってくれたのかと思いましたのに。悲しいですわ。泣いてしまいますわ」
  108. 「いやいや、待てって。\n大体おまえ相手じゃ、変質者の方が危険だろ……」
  109. 「うふふ……」
  110. 「……ってか、このまま話してたら遅刻しちまう!\nすまんが、俺は行くから」
  111. 「ええ。引き止めたりはしませんわ。\n学生の本分は勉強にあり、ですから。\n今日も頑張ってくださいまし」
  112. 「お、おう……じゃあ、またな!」
  113. 「…………ふふ」
  114. 「タマちゃんにプリント整理手伝わされてるうちに、\nもう昼休みも終わりか……屋上でささっと、弁当食べるか……」
  115. 「まったく、教室でゆっくり食べられれば、\nこんな所まで来なくてもいいんだけどな」
  116. 「……お?」
  117. 「ごきげんよう、士道さん。よく会いますわね」
  118. 「狂三……来てたのか」
  119. 「あら、ご迷惑ですか?」
  120. 「いや……一人で弁当食っても面白くないからな。\n相手がいるのは悪いことじゃないさ」
  121. 「そう言っていただけると嬉しいですわ」
  122. 「弁当、ちょっと多く詰めすぎたんだ。\n良かったら、狂三も少し食べるか?」
  123. 「いえ、わたくしは今日はすでに食事を済ませましたから」
  124. 「そうなのか?」
  125. 「ええ……ほら、今朝士道さんと会った、あの直前に」
  126. 「今朝……あの路地裏で……?」
  127. 「…………」
  128. 「……おい、食事ってまさか……」
  129. 「うふふ……」
  130. 「そんなことより、早く食べなくていいんですの?\n昼休み、終わってしまいますわよ?」
  131. 「そんなことって、おまえ……」
  132. 「あ……」
  133. 「あら、時間のようですわね。\n……それでは、わたくしはこれで」
  134. 「あ、狂三……」
  135. 「それでは、また……」
  136. 「……狂三」
  137. 「あいつ、まさかまた人間を……?」
  138. 「いやいや、そんなことは……。\n疑うより、まず信じてやらなくちゃ……」
  139. 「さて……ホームルームも終わったし、\n今日は誰とデートをするべきかな……」
  140. 「……士道さん」
  141. 「……ん?」
  142. 「今、誰かに呼ばれたような……廊下の方か?」
  143. 「……っ!?」
  144. 「……良かった、気づいてくれたんですのね」
  145. 「く、狂三……!?」
  146. 「ちょ、おまえ……ちょっとこっち来い!」
  147. 「え? ええ……」
  148. 「はぁ……はぁ……」
  149. 「どうしましたの?」
  150. 「お、おまえなぁ……急にあんなところにいるなよ……」
  151. 「十香や折紙と顔を会わせたら、どんな事態になることか……」
  152. 「もしかして、わたくしを心配してくださるんですの?」
  153. 「いや、そんな訳……あれ?」
  154. 「士道さん……どうかされました?」
  155. 「あ、いや……何でもない」
  156. 「それより、狂三……おまえ、どうして教室に来たんだ?」
  157. 「……あ、ええ」
  158. 「今日はわたくしからお誘いしようと思いまして……」
  159. 「……誘い?」
  160. 「……ええ。\n士道さん、わたくしとデートいたしましょう?」
  161. 「狂三、どこか行きたいところはあるのか?」
  162. 「わたくしはどちらでも。\n士道さんのエスコートにおまかせいたしますわ」
  163. 「……!」
  164. 「なにか、考え事ですの?」
  165. 「……い、いや。なかなかいい場所が思いつかなくて……」
  166. 「まったく、仕方がないですわね……。\nでは、とりあえずそこのお店を見てみましょう?」
  167. 「お、おう……」
  168. 「それでは、ちゃんとエスコートをお願いしますわね」
  169. 「ああ、なるだけ頑張る……」
  170. 「まぁ……! 士道さん、見てください!\n犬や猫があんなに……!」
  171. 「お、おう。ペットショップだからな……。\nこういうところ、あんまり入ったことないのか?」
  172. 「ええ、普段はあまり……この子、人懐っこいですわね。\nほら、こっちこっち……」
  173. 「見てください、こんなに甘えて……」
  174. 「……ああ、可愛いな。\nあ……でも、動物園はダメなのに、ペットショップはいいのか?」
  175. 「……ああ、可愛いな。\nあ……でも、考えようによっては可哀そうか。誰かに買ってもらえるまで、こんな狭い檻の中にいなきゃならないんだもんな」
  176. 「士道さん、楽しいデートに水を差すものではありませんわよ?」
  177. 「す、すまん……」
  178. 「士道さん、いかがです?\nこの服、凄く可愛らしいと思いませんこと?」
  179. 「ああ、そうだな。狂三なら絶対似合うと思うよ」
  180. 「では、こちらは?」
  181. 「それもいいと思う」
  182. 「どちらかを選ぶとしたら、どちらですか?」
  183. 「え……いや、どっちも似合うと思うしな……き、決められん」
  184. 「駄目ですわよ、そんなことを仰っては。\n女の子はこういうとき、きちんと選んでもらいたいものですのよ。適当に選んでいると思われますわよ?」
  185. 「あ、や……そうだよな……気をつける」
  186. 「士道さんはそうやって言い訳しないところが、素敵ですわね」
  187. 「…………!\nか、からかうなよ」
  188. 「からかっているわけではありませんわ。本心ですもの」
  189. 「ずいぶんあちこち回ったな」
  190. 「ええ、楽しくて、時間を忘れてしまいました」
  191. 「……ちょっと小腹がすいたよな。\n軽く何か食べないか?」
  192. 「構いませんわ」
  193. 「……あそこのクレープ屋で何か買ってこようか。\n狂三は何がいい?」
  194. 「士道さんにおまかせしますわ」
  195. 「わかった。ちょっと待ってろな」
  196. 「……久し振りだったけど、やっぱり美味いな!」
  197. 「ええ、美味しいです。\n士道さんにお任せして正解でしたわね」
  198. 「だろ? ……はむ」
  199. 「あら、士道さん……」
  200. 「……お?」
  201. 「指先に、クリームが付いていますわよ」
  202. 「え……? あ、本当だ……」
  203. 「ちょっと、お借りしますわね」
  204. 「……く、狂三っ!?」
  205. 「……駄目、ですわよぉ。動い、て……はぁん」
  206. 「……!!」
  207. 「く、狂三……もう、いいだろ……」
  208. 「……いいえ、もう少し……綺麗にしませんと……」
  209. 「……あー……わかったよ。満足するまでやってくれ」
  210. 「……も、もう、いいか?」
  211. 「……ええ。ごちそうさまでした」
  212. 「少し、味わい過ぎてしまいましたわ」
  213. 「……おまえ、顔赤くないか?」
  214. 「……あら、そうでして?\nうふふ、少し昴ぶってしまいましたかしら」
  215. 「それとも……照れてしまいましたわ、と申した方が士道さん好みでしたかしら?」
  216. 「な……」
  217. 「さ、ではそろそろわたくしは失礼いたしますわ。\nうふふ、とっても楽しかったですわ。\n最後にいいものも食べさせてもらいましたし」
  218. 「あ、あぁ……なぁ、狂三……」
  219. 「……なんですか?」
  220. 「昼間、おまえが言ってた『食事』のことなんだが……」
  221. 「あ、あぁ……」
  222. 「……士道さん」
  223. 「……な、なんだ?」
  224. 「……わたくし、そろそろ行かなくてはなりませんの。\n……急用が出来てしまいましたので」
  225. 「急用?」
  226. 「ええ……ちょっと急ぎますので、失礼します」
  227. 「ちょ、狂三……!?」
  228. 「クレープ、美味しかったですわ。\nもちろん、士道さんも……」
  229. 「……な!?」
  230. 「狂三……昼間のこと、聞きそびれちゃったな……」
  231. 「――あ、おい! 狂三……」
  232. 「おーい狂三、いるか?」
  233. 「……って、いないか……。\n神出鬼没な狂三のことだから、ここに来れば会えそうな気がしたんだけどな……」
  234. 「どこで何してるんだか……」
  235. 「仕方ない、今日は諦めるとするか。\n夕飯の買い物もしなきゃいけないしな……」
  236. 「……ふう、ちょっと買いすぎたな……ん?」
  237. 「さて、そろそろ家に帰って夕飯を作らないとな」
  238. 「…………」
  239. 「あれは……狂三?\n何やってんだ、あんなとこで?」
  240. 「…………」
  241. 「何だろう……やけに寂しそうな顔に見える……。\n声……かけるべきなのかな?」
  242. 「…………」
  243. 「でも、あいつがもし何かやばいことを考えてたら……。\nこのまま監視してた方がいいのか……」
  244. 「……え?」
  245. 「令音さん? はい、聞こえてます」
  246. 「えー、今、声をかけようかどうしようか考えていたところで……」
  247. 「まさか……暴走?」
  248. 「弱々しいって……あの狂三が……?」
  249. 「……ふふ。士道さん、そんなところで何をしておられますの?」
  250. 「……! 気付かれた!?」
  251. 「そ、そうは言っても……」
  252. 「どうかいたしまして?」
  253. 「あ、いや……何でもない。狂三こそ、何してたんだ?」
  254. 「……ずっと見ていたんですの?\n気付いてたのなら、声をかけてくだされば良かったのに」
  255. 「いや……なんか、考え事してる風だったから……」
  256. 「空と……街を見ておりましたの」
  257. 「空……? 街……?」
  258. 「ええ……もうじき日が落ちる頃合いの空と街……。\nこの時間帯の色合いがとても素敵で……」
  259. 「見つめていたら、吸い込まれそうになってしまって……」
  260. 「狂三……」
  261. 「士道さん……?」
  262. 「あ、ええ……その……。\n狂三、ちょっと聞いていいか?」
  263. 「え……?\nええ、何でしょう?」
  264. 「狂三……おまえ……」
  265. 「もしかして……寂しいのか?」
  266. 「寂しい……? なぜです?」
  267. 「あ、ああ……なんだか、ちょっと、その……。\nセンチメンタルな感じに見えたから……」
  268. 「……わたくしが、ですか……?」
  269. 「ああ、そんな感じに見えた」
  270. 「もしかしたら……そうなのかもしれませんわね」
  271. 「夕焼けを見てると、なんだか無性に寂しくなることはあるよな。おまえも、そんな感じか……?」
  272. 「……さあ、どうなのでしょうね。\nお話はそれだけでして?」
  273. 「あ……えと、すまん」
  274. 「いえ、いいんですのよ。\nそれでは、わたくしはそろそろ……」
  275. 「……そうか。気をつけてな」
  276. 「……気をつけて、ですか。士道さんはお優しいんですのね。\nありがとうございます。失礼しますわ」
  277. 「……はい、そうなのかもしれませんね」
  278. 「よし、行ってみよう。\nその方がすっきりするだろうし」
  279. 「……まだ、結構人がいるな。タワーも絶賛営業中みたいだし」
  280. 「……あら、士道さん?」
  281. 「……ん? 狂三か?\nおまえ、こんなところで何やってるんだ?」
  282. 「士道さんこそどうしましたの?」
  283. 「いや……まぁ、ちょっと気になることがあって」
  284. 「あら、それではわたくしと同じで――」
  285. 「――士道さんっ!?」
  286. 「な、なんだっ!?」
  287. 「あら、これは……結界ですの?」
  288. 「……こ、これは……!?」
  289. 「うわっ!!」
  290. 「士道さんっ!!」
  291. 「な、なんなんだコイツはっ!?」
  292. 「……て、天使……!?\nこれは……〈天使〉、なのか……?」
  293. 「警告しているように見えますわね。ここに近づくな、と……」
  294. 「……やっぱり、ここには何かあるってことか!」
  295. 「う、うわ……っ!?」
  296. 「このままだと危険ですわよ!」
  297. 「――っ!?」
  298. 「狂三っ! おまえっ!」
  299. 「動かないでくださいまし、士道さん」
  300. 「……ッ!」
  301. 「ひひ、ひひひっ!\n面白くなってきましたわねェ!」
  302. 「あはっ……あははははは……!\n随分と物騒なものが出てきたと思いましたのに……。\nこの程度ですの?」
  303. 「お楽しみは……これからですわ!」
  304. 「動きが止まった……?」
  305. 「……さぁ、そろそろ終わりにいたしましょう?」
  306. 「……狂三!」
  307. 「…………消えていく……。\nまるで……精霊の霊装が消えていくみたいだ……」
  308. 「士道さん、お怪我はありませんこと?」
  309. 「あ、ああ……狂三のおかげだ」
  310. 「やった……のか?\nな、何者だったんだ、あいつは……!?」
  311. 「……さぁ、わたくしにもわかりかねます。\nでも、わたくしの調べ物に関係あるかもしれませんわね」
  312. 「狂三の調べ物って、もしかして天宮市の結界の……」
  313. 「それは秘密ですわ。\n士道さんがわたくしのモノになってくれるというなら、\n別ですけれど」
  314. 「いや、それは断るが……」
  315. 「うふふ、それは残念ですわ。\n――士道さんは、もう帰られますの?」
  316. 「そうだな……なにかあっても困るから」
  317. 「では、家の近くまでお送りします。\nまた何かが現れる可能性もありますから」
  318. 「い、いや……男としてどうなんだ、それは……」
  319. 「うふふ、こういうときくらい頼っていただいて構いませんのよ?一人だと、本当に危険かもしれませんし」
  320. 「……わかったよ。お言葉に甘えることにする」
  321. 「ええ。夜の散歩とまいりましょう」
  322. 「……というわけなんだけど、狂三がいてくれたおかげで、\nなんとか無事にだったよ」
  323. 「……で?」
  324. 「……いや、それ以外は特に……」
  325. 「……結果良ければ全て良しってわけ?」
  326. 「ふざけるんじゃないわよ、莫迦兄が!」
  327. 「ぅ……!」
  328. 「私に黙って、なに勝手なことしてるのよ!\n何かあったら、どうするつもり!?」
  329. 「ご、ごめん……。\nし、心配かけるつもりはなかったんだけど……」
  330. 「自分の身体のことわかってるの!? 今は私の力がないの!\nそれは再三言ってるでしょう!!」
  331. 「す、すまん……それに関しては、俺が全部悪い」
  332. 「……まあ、無事だったのは何よりだけどね……」
  333. 「う、うん……」
  334. 「そのモニュメントはすぐに調査させるわ。だけどね――」
  335. 「――あなたの勝手な行動で、精霊たちが暴走する可能性だってあるわ。\nだから、今度は必ず相談しなさい」
  336. 「あ、ああ……必ずそうする」
  337. 「わ、わかればいいのよ。\n天宮市を覆ってる広域結界との因果関係はありそうだけど……。\nまぁ、結果がでないことにはわからないわね」
  338. 「そう、だな……頼む」
  339. 「ええ。これで少しは進展するかしらね……この件に関してはこっちに任せなさい。\n士道は引き続き、精霊たちのこと、頼むわよ」
  340. 「ああ、わかった……」
  341. 「あと、最近狂三と行動しすぎよ。\nわかってるとは思うけど、狂三は危険よ。\n今は大丈夫かもしれないけど、もう少し注意しなさい」
  342. 「……肝に銘じとく」
  343. 「ふー」
  344. 「あ、おはよう折紙」
  345. 「……」
  346. 「……ん? ど、どうした?」
  347. 「見た? ノート」
  348. 「ああ、誰かさんの綺麗なイタズラ書きがしてあったよ」
  349. 「……家でも勉強をしたの? 士道は頑張っている、偉い」
  350. 「お、おう……一応は。ていうか、こっちこそありがとな」
  351. 「……?」
  352. 「いや、俺が自分から勉強しようと思ったのって、\n半分以上、折紙のお陰だからさ」
  353. 「ほら、折紙が勉強についていろいろ教えてくれただろ?\nあれでモチベーションが上がっちゃってさ……」
  354. 「そう」
  355. 「うん……」
  356. 「…………」
  357. 「…………えっと……」
  358. 「いよう五河っ!」
  359. 「――っでッ! な、何すんだ殿町!」
  360. 「はっはっはっ! 親友への朝のご挨拶に決まってんだろ?」
  361. 「いつからこれが挨拶になった!? ていうか、\n背中におまえの馬鹿でかい手形が残ったらどうすんだよ!」
  362. 「おいおい、残らなきゃ話にならんだろ?」
  363. 「……は?」
  364. 「顔を見れば一目でわかるが、おまえは根っからの大淫獣だからな」
  365. 「俺が目を離すとすぐ浮気するだろ?\nそんなとき、俺という男がいるっていう証をババーンと刻印!\nそうすれば完璧な浮気防止になる! キリッ!」
  366. 「キリッ! じゃねえッ!\nいい加減にしないと、そろそろ俺も最終手段に出るぞ……」
  367. 「あっはっは、なに言ってんだよ五河!\n未来は俺たちの手で、いくらでも変えられるんだ!\n安心したまえよ! はっはっはっはっ!」
  368. 「あれ~……どこいった? 俺の箸がないぞ……?\n食べ終わって、確かに一緒にしまったはずなのに……」
  369. 「士道、ありがとう」
  370. 「ん?」
  371. 「お弁当」
  372. 「ああ、気にするな。困ったときはお互いさまだからさ。\nテスト勉強ではこっちが助けられてるわけだし」
  373. 「これ、軽く洗ってきた」
  374. 「あ……それ、俺の箸か?」
  375. 「そう」
  376. 「そ、そうか……ありがとな。にしても……ず、ずいぶん綺麗に\n洗ってきたんだな。ここまでしなくてよかったのに」
  377. 「構わない。私にとってはご褒美」
  378. 「え……?」
  379. 「気にしないで」
  380. 「お、おう……」
  381. 「……お、折紙? 昼休みまで分厚い参考書読んでるのか?」
  382. 「いけない?」
  383. 「や……いけなくはないけど……」
  384. 「時間を有効に使いたいだけ」
  385. 「たとえば、その……休みの日に、面白い本とか漫画とか、\nそういうのを読んで楽しむこともあるのか?」
  386. 「休みは、士道の生態観測か天宮駐屯地でのトレーニングで埋まっている」
  387. 「な、なるほど……って、え……えっ!?\n今、俺の生態観測って聞こえた気がするんだが?」
  388. 「趣味」
  389. 「……っ!」
  390. 「……あ」
  391. 「ん、ど、どうした?」
  392. 「……天宮駐屯地へ行ってきた」
  393. 「――!? ……も、もしかして、正式な処分が決まったのか?」
  394. 「連絡しても待たされるばかりで埒があかなかったから、こちらから出向いた」
  395. 「……でも、確かまだ出入りが自由じゃなかったんじゃ?」
  396. 「そう。叱責された」
  397. 「だ、だろうな……。大丈夫だったのか?」
  398. 「問題ない。ただ……」
  399. 「ただ?」
  400. 「やはりASTに、大きな霊波を探知した形跡はなかった……」
  401. 「え!? ……いや、やっぱりそうか」
  402. 「やっぱり? 天宮駐屯地の観測機は世界水準で見ても、\n遅れのないものを使用しているはず……。\n士道はなぜそう思ったの?」
  403. 「いや、俺も詳しく知ってるわけじゃないんだが……。\n巨大な結界を張ってること自体が、うまく誤魔化されてるみたいなんだよ」
  404. 「結界のせいで天宮市の外の世界とは完全に断絶しちまってるし、さっき言ってた観測機なんかも正常に機能しなくなるみたいなんだ」
  405. 「……では、なぜ士道は結界のことを知ることができたの?」
  406. 「え? や、それは……はは」
  407. 「…………」
  408. 「と、とにかくだ。……本当に怖いのは、『閉じ込められてる』ってことに、みんなが気が付いていないってことだよな」
  409. 「……?」
  410. 「だって、そうだろ? 今のところそれを意識できてるのって、\n俺たちだけなんだぜ?」
  411. 「……!」
  412. 「しかも、今のところ力技では破れない結界らしいし――」
  413. 「破れない?」
  414. 「ああ、すでにできるだけのことは試してるんだ」
  415. 「そう……」
  416. 「せめて相手の目的がわかれば、少しは……」
  417. 「……『敵』、なの?」
  418. 「少なくとも、現状では味方とは思えないな。\n精霊を狙って閉じ込めてるんだとしたら尚更だ」
  419. 「それに、この結界のせいで十香たちが暴走しやすくなってるなら、なんとしても解決しないといけないと思う」
  420. 「折紙だって……もう自分と同じ思いを誰にもさせたくないだろ?」
  421. 「結界の中で精霊を暴走させることが『敵』の狙いだとしたら、\n私はそれを許さない。必ず殲滅する」
  422. 「ああ……折紙のやつ、どこいったんだ?」
  423. 「もう、マンションに帰っちまったかな……?」
  424. 「仕方ない、今日は折紙とのデートは諦めるか……。\n夕飯の買い物もしなきゃいけないしな……」
  425. 「ああ……折紙のやつ、どこいったんだ?」
  426. 「もう、マンションに帰っちまったかな……?」
  427. 「ん!? 今、商店街の方に歩いていったのって……?」
  428. 「よし、行ってみよう!」
  429. 「――あ! やっぱり折紙だ! 入っていったのは……本屋か?」
  430. 「士道……?」
  431. 「よ、よう折紙! こ、こんなところで会うなんて、奇遇だな!?」
  432. 「私を追ってきてくれたの?」
  433. 「――っ! そ、そういうわけじゃ……え?\nあ……いや、そうか……」
  434. 「そう。やはり私たちは、気が合う」
  435. 「え、ええっと……うん、合う、合うよな。うん……」
  436. 「運命」
  437. 「お、おう……」
  438. 「……そ、それで、折紙は何を買いにきたんだ?」
  439. 「んー……『結界魔術の歴史と起源』『黒魔術! 結界の作り方』『結界を100倍楽しく張る方法!』『猿でも解る結界の張り方』……なんだ、これ? ……って、あ――」
  440. 「――お、折紙……これって……?」
  441. 「[彼*てき]を知り、己を知れば、百戦危うからず。『敵』がどんな方法を使ってるのか、見当をつけるための資料」
  442. 「な、なるほど……。ありがとな、協力してくれて」
  443. 「構わない。士道の『敵』は、私の『敵』……」
  444. 「折紙、ちょっとごめん! 電話なんだ」
  445. 「ん……」
  446. 「も、もしもし?」
  447. 「え!? モニタリングしてるんですか?」
  448. 「……え? そ、それってどういう……」
  449. 「い、いえ! 結構です! 今それどころじゃないんで……」
  450. 「それが……折紙をデートに誘おうと思ってるんですけど……」
  451. 「ま、まあ……そうです。でも、なかなかうまくいかなくって……。正直、どうしていいのかわからないんです」
  452. 「え? 方策があるんですか?」
  453. 「お、教えてください! どうすればいいんですか?\n……って、ん? 脳内?」
  454. 「あ、はい、すみません……!」
  455. 「そ、そんなに鉄板の方法があるんですか?」
  456. 「え? あ、はい……ありますけど……」
  457. 「ああ、言われてみれば……」
  458. 「……?」
  459. 「そうなんですか?」
  460. 「な、なるほど……」
  461. 「え?」
  462. 「……っ!?」
  463. 「は、はい……」
  464. 「……そ、それで、あと一つというのは?」
  465. 「は、はぁ……」
  466. 「そ、それは確かに間違ってません……」
  467. 「そ、そうなんですか……?」
  468. 「そ、そうだといいんですけど……ちなみにそれ、\nどんな感じなんですか?」
  469. 「……う、うーん、なるほど。俺には良くわからないけど、\n優秀な折紙ならわかるのかな……?」
  470. 「は、はい……。アドバイス、ありがとうございました」
  471. 「あ……折紙!? もう買い物は終わったのか?」
  472. 「資料は一通り揃えた」
  473. 「そ、そっか……」
  474. 「……?」
  475. 「……」
  476. 「……士道? どうしたの?」
  477. 「折紙……ッ!」
  478. 「ん……」
  479. 「あは! あははは! あははははははははははは……ッ!」
  480. 「……」
  481. 「わは! わは! わはははは! わーっはっはっはっはっ!\nうわははははははは! ぐわははは……あはははははは……。\nあーっはっは……はは……はぁ、はぁ……はぁ…………」
  482. 「…………」
  483. 「士道……毒キノコを食べたなら、専門の治療医が必要。\nすぐに診察を受けるべき。ここは、私が取り持つ」
  484. 「へ……?」
  485. 「心配しないで。私は士道がどうなっても、見捨てはしない」
  486. 「や……そ、それは、誤解だから……!」
  487. 「……誤解?」
  488. 「あー、えと……とにかく、ごめんっ!」
  489. 「士道……悩み事があるなら、聞く。いつでも言って」
  490. 「あ! お、折紙……!」
  491. 「折紙! ちょっと聞いてくれ!」
  492. 「ん……」
  493. 「ある人が凄く忙しいゲーム会社の面接に来ていたんだ。\nそこで『弊社を志望した理由はなんですか?』と聞かれた」
  494. 「……?」
  495. 「そしたら、その人はこう答えたんだ。\n『休みの種類が多かったからです。通常の休暇の他に、\nマスターアップ休暇があるんですよね』……って」
  496. 「…………士道? 意味がわからない」
  497. 「や……ええっと……真面目な冗談っていうか、\nわかりづらいけどジョークの一種っていうか……」
  498. 「そう」
  499. 「……つ、つまらなかったかな?」
  500. 「……何故士道がそんな話をしたのかが不可解」
  501. 「あ……! お、折紙……!」
  502. 「も、もしもし……?」
  503. 「う、うん……」
  504. 「え?」
  505. 「――! あ、いや……お、折紙さえよければこれから――」
  506. 「そ、そっか、じゃあ――」
  507. 「…………へ?」
  508. 「お、おう……」
  509. 「入って」
  510. 「お、お邪魔します……」
  511. 「どうしたの? アロマキャンドルは嫌い?」
  512. 「い、いや、何でもない。それより、せっかくのデートなんだし\n……どこかに遊びにいかなくて本当にいいのか?」
  513. 「士道は行きたいの?」
  514. 「う、う~ん……そ、そう言われると、\nどうしても行きたい場所があるわけじゃないんだよな……」
  515. 「そう。なら今日はここで」
  516. 「うん、わかった」
  517. 「ここなら邪魔は入らない……」
  518. 「え、今なんか言ったか?」
  519. 「何も」
  520. 「そ、そっか……」
  521. 「……」
  522. 「……」
  523. 「…………」
  524. 「あんなにたくさん、『結界』の本を買ったのか?」
  525. 「何が役に立つかわからない状況での情報収取は、間口を広く\nすべき。もしも有益な情報があれば、その線で掘り下げる」
  526. 「な、なるほど……で、少しは読んでみたのか?」
  527. 「すべて」
  528. 「え、ええ!? そ、それは、すごい……!」
  529. 「ざっと目を通しただけ」
  530. 「そ、そうか……。もしかして、何かわかったことはあったり?」
  531. 「今の段階でも、いくつか仮説が立てられる」
  532. 「仮説?」
  533. 「『敵』の目的」
  534. 「――っ!?」
  535. 「本来、結界というのは、聖なる場所を守るために張られるもの」
  536. 「聖なる場所?」
  537. 「たとえば、古い山岳信仰などで見られる結界は、『聖地』と\nされる場所で修行に励む際、邪魔が入らないようにするためのもの」
  538. 「じゃあ、この天宮市が、誰かにとっての聖地になっていて、\n今それを守ってるってことか……?」
  539. 「その可能性がある、というだけ。正しいかどうかはわからない」
  540. 「……?」
  541. 「結界には、『場所』自体を守るだけでなく、\n『人を守る』結界もあれば、『人を殺す』結界もある」
  542. 「――っ! ひ、人を殺す結界……!」
  543. 「……ど、どうなんだ折紙? 天宮市に張られた結界は、\nいったいどんな目的で……?」
  544. 「士道。答えを焦っては駄目」
  545. 「あ、ああ……そうだよな」
  546. 「仮説が出揃わないうちは、慌てて決断をくだすべきではない」
  547. 「す、すまない……」
  548. 「……自分を守るにせよ、誰かを守るにせよ、何者かが天宮市を\n狙ってなければ、この仮説は成立しない」
  549. 「この街に多数出現している精霊を閉じ込めようとして、\n何者かが結界を張った可能性もある」
  550. 「あ、ああ……」
  551. 「それも一つ。あとは……私たちの与り知らぬところで、\n誰かと誰かが戦っていて、それに巻き込まれただけかもしれない」
  552. 「……ん、どういうことだ?」
  553. 「天宮市にいる何者かが誰かに狙われ、自分を守るために\n巨大な結界を張った。敵が入ってこれないように」
  554. 「……なるほどな。その結界の影響で、\n俺たちがとばっちりを受けてるに過ぎないっていうことか……」
  555. 「そう」
  556. 「なんか、考えれば考えるほど混乱してくる気がするな……」
  557. 「じゃあ、今日はもうこの話はやめにして。いいこと……する?」
  558. 「だからしないって!」
  559. 「……」
  560. 「で、でも……ありがとう。いろいろ聞けて、参考になった」
  561. 「構わない。士道の『敵』は、私の『敵』」
  562. 「そ、そうか……」
  563. 「……な、なあ折紙? 本当にいいのか、これで?」
  564. 「なにが?」
  565. 「や、一緒にテスト勉強してもらっておいてなんだけどさ……。\n折紙、あんまり楽しそうにみえないし、いいのかなって?」
  566. 「問題ない。士道と2人きりで密室。\nこの状況だけで……十分楽しい……はぁ……はぁ……」
  567. 「そ、それならいんだけど……」
  568. 「……士道。どうかしたの?」
  569. 「え? や……その……」
  570. 「……?」
  571. 「ええっと……お、折紙とのデート、俺も楽しいけど、\nもっと楽しくできないかなって考えてたんだ……」
  572. 「士道……」
  573. 「楽しいことには心当たりがある」
  574. 「心当たり?」
  575. 「ベッドの中で――」
  576. 「だからしないって!」
  577. 「……」
  578. 「そ、そんな顔するなって。\nベッドの中で以外なら、なんでも付き合うからさ」
  579. 「本当に?」
  580. 「あ、ああ……」
  581. 「それなら――」
  582. 「ん……」
  583. 「ご、ごめん折紙! だ、誰かから連絡が入ったみたいだから!」
  584. 「も、もしもし、琴里か!?」
  585. 「――っ!?」
  586. 「来て」
  587. 「…………はい」
  588. 「士道……じゃあ……洗うから」
  589. 「え、あ……うん。わかった……」
  590. 「……でも」
  591. 「ん?」
  592. 「見えないから、触りながらじゃないと」
  593. 「そ、そうか……そうだな。ゆっくり手を伸ばして――」
  594. 「ここ?」
  595. 「――ふぉッ!」
  596. 「どうしたの?」
  597. 「い、いや! 急に手が、その、伸びてきたから……驚いて……」
  598. 「そう。見えていないから、ごめんなさい」
  599. 「い、いいんだ……。目隠しつけろって言ったの俺だし。\n折紙が今、一番楽しいって思うなら……お、俺は、その願いを\n叶えてあげた――」
  600. 「――おうふっ!」
  601. 「士道?」
  602. 「す、すまん! 今、背中にとてつもなく柔らかいものが――」
  603. 「ごめん。見えてないからぶつかった」
  604. 「……う、うん、そ、そうだよな……。\nきょ、距離感がうまくつかめないうちは仕方ないよな……」
  605. 「では……続ける」
  606. 「あ、うん……」
  607. 「この辺り?」
  608. 「そ、そうそう、その辺――」
  609. 「――はふんっ!」
  610. 「……手がすべった。このボディシャンプーは、非常に泡立ちがいい」
  611. 「そ、そうか……見えないけど……す、すごい泡なんだろうな?\nお、折紙……? あ、あまり慌てない方がいいんじゃないか?」
  612. 「ん……?」
  613. 「や……ただでさえ、目隠しされて不安な状態だから……その、\n折紙の手が急にお腹の辺りにまで滑り込んできたりとか、ほら\n……驚きが半端ないっていうか……」
  614. 「そう。気を付ける」
  615. 「あ、ああ……た、頼む」
  616. 「士道?」
  617. 「ん? なんだ?」
  618. 「背中、見えない状態でこすると加減がわからないから、\nちょっと柔らかいものに変えて洗う」
  619. 「お……そ、そうか。わかった……」
  620. 「……つ、つあッ!?」
  621. 「大丈夫?」
  622. 「お、折紙……?」
  623. 「なに?」
  624. 「や……ものすっごく……柔らかでつるつるしてるなって……」
  625. 「嫌い?」
  626. 「……き、嫌いじゃないけど、くすぐったいっていうか……」
  627. 「そう。最新式の垢擦り。\n肌を極限まで傷つけないように開発されたもの」
  628. 「ほ、ほう……そうなのか。……な、なんか、ごめん……。\nやりにくい中、洗ってくれてるのに止めてばっかで……」
  629. 「構わない。士道が気持ちよければ、私も気持ちいい……。\nただ、じっとしてないとうまく洗えないから。ちょっと我慢して」
  630. 「わ、わかった……」
  631. 「じゃ、続ける」
  632. 「お、おう……」
  633. 「士道? どう? 気持ちいい?」
  634. 「いや、なんかほら、くすぐったいような……」
  635. 「そう。じゃあ、もう少しサービス。じっとしてて」
  636. 「……ッ!? だ、駄目だ! もうあがる! すまん折紙ッ!」
  637. 「あ……」
  638. 「……ご、ごめん折紙!」
  639. 「構わない。私は十分楽しめた」
  640. 「いや、でも、脱衣所濡らしちゃったし……」
  641. 「問題ない。すでに片づけた」
  642. 「ほ、本当にこんなのでよかったのか?」
  643. 「……?」
  644. 「や……一緒にお風呂、入りたかったのかってさ」
  645. 「士道と一緒のお風呂。ずっと夢だった」
  646. 「……ぅ!」
  647. 「……士道?」
  648. 「……え? あ、ごめん! ちょっとボーっとしてた」
  649. 「今度は目隠しなしで」
  650. 「……お、折紙」
  651. 「士道、どうしたの? 顔が赤い。熱?」
  652. 「――い、いや! な、なんでもない!」
  653. 「……?」
  654. 「もしもし? 折紙か?」
  655. 「ああ。じ、実はこれから、散歩がてら天宮タワーに行こうと\n思ってるんだけど――」
  656. 「え……? や……まだ全部言ってないけど……」
  657. 「あ……うん……」
  658. 「……は、はい」
  659. 「士道、下がって――!」
  660. 「――え!? お、折紙ッ!?」
  661. 「――っくっ! 識別! AST・鳶一折紙!\n[基礎顕現装置*ベーシックリアライザ]起動承認!\nワイヤリングスーツ展開!」
  662. 「こ、これは……まさか!?」
  663. 「お、折紙! ど、どうなってるんだ一体!?」
  664. 「――士道、ここは危険。離れてて」
  665. 「で、でも!」
  666. 「ここは恐らく――『敵』の[随意領域*テリトリー]のようなもの」
  667. 「テ、テリトリー!?」
  668. 「――! ……精霊!?」
  669. 「な、なんだよ、あれ……」
  670. 「来る……!」
  671. 「――っ!?」
  672. 「うわッ!?」
  673. 「士道! 無事!?」
  674. 「あ、ああ! 足元ギリギリのところでセーフだった!\n折紙は!?」
  675. 「平気。でも、士道はもっと距離をとって!」
  676. 「お、おう!」
  677. 「……い、いきなり攻撃してくるなんて……!\n一体何なんだ!? ――って、追いかけて来るぞ!?」
  678. 「――落ち着いて。士道は私が必ず守る」
  679. 「お、折紙……?」
  680. 「き、来たぞ! な、なんで俺たち狙われてんだよ!?\nなにか誤解されてるのか!? 説得すれば――」
  681. 「士道伏せて! 第二波がくる!」
  682. 「[防性随意領域*プロテクト・テリトリー]最大出力で展開!」
  683. 「――うわッ!」
  684. 「……士道。あれは話してわかる相手ではないと思う」
  685. 「……!」
  686. 「このまま活動限界を待つわけにはいかない……!」
  687. 「お、折紙?」
  688. 「士道。ここを離れないで」
  689. 「レイザーブレイド! 〈ノーペイン〉!」
  690. 「――はぁッ!」
  691. 「次はこちらの番」
  692. 「――ふッ!」
  693. 「――な……ッ!?」
  694. 「消え、た……? ……お、折紙は……?」
  695. 「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……」
  696. 「――お、折紙! 大丈夫か!?」
  697. 「……平気。問題ない」
  698. 「そ、そうか……」
  699. 「私よりも、士道が無事で何より」
  700. 「あ、ああ……ありがとな。折紙のおかげで助かったよ」
  701. 「構わない。士道の命は最優先事項だから」
  702. 「お、おう……それにしても、今のは一体……?\n周りの人は全然気がついてないみたいだな……」
  703. 「私たちがいたのは、おそらく『敵』が張った、[随意領域*テリトリー]に類する空間の中……隔離されていたのかもしれない」
  704. 「隔離……?」
  705. 「周辺を、別の結界空間にシフトさせた可能性がある」
  706. 「――!? そ、そんなこともできるのか!?\n……じゃあ、もしかして今の、天宮市に結界を張ってる奴と何か\n関係があったりするかもしれないのか……?」
  707. 「わからない……」
  708. 「ただ……」
  709. 「ただ?」
  710. 「先ほどの敵の攻撃は……警告だったのかもしれない」
  711. 「け、警告?」
  712. 「『敵』の攻撃はすべて防いだけれど……その軌道や弾道は、\nどれもわずかに、私たちに達するものではなかったように感じた」
  713. 「え……!?」
  714. 「意図的に外していたと見るべき――つまり警告か威嚇の類」
  715. 「……ってことは、ここには何か触れられたくない秘密がある?」
  716. 「……タイミング的に考えれば、モニュメントに近づいたことが\nきっかけだと思われる」
  717. 「モ、モニュメント……か……。\nあそこに何かがあるんだな……?」
  718. 「まだわからない。あの『敵』が何者なのかも」
  719. 「精霊、なのかな……?」
  720. 「ASTでも、あんな精霊の情報はない」
  721. 「そ、そうか。でも、あいつが消えていく瞬間……。\n――そうだ、霊装が消えてく感じに似ていた気がする」
  722. 「……確かに。でも、予断は禁物」
  723. 「あ、ああ……そうだな……」
  724. 「折紙……ごめん。今夜のデートはこれまでにしよう。\n展望台にのぼれなかったのは残念だったけど……」
  725. 「問題ない。目的の解明を最優先にすべき」
  726. 「あ、ああ……でも、本当に来てくれて助かった。\n俺ひとりじゃ、あんな奴が出てきても何もできなかったし……」
  727. 「ありがとな、折紙!」
  728. 「構わない。士道のためなら何でもする」
  729. 「お、おう……」
  730. 「……というわけなんだけど、折紙のおかげで、\nなんとか無事に帰ってこられたよ」
  731. 「……で?」
  732. 「……いや、それ以外は特に……」
  733. 「……結果良ければ全て良しってわけ?」
  734. 「ふざけるんじゃないわよ、阿呆兄が!」
  735. 「ぅ……!」
  736. 「私に黙って、なに勝手なことしてるのよ!\n何かあったら、どうするつもり!?」
  737. 「ご、ごめん……。\nし、心配かけるつもりはなかったんだけど……」
  738. 「自分の身体のことわかってるの!?\n今のあなたには私の霊力がないの!\nそれは再三言ってるでしょう!!」
  739. 「す、すまん……それに関しては、俺が全部悪い」
  740. 「……まあ、無事だったのは何よりだけどね……」
  741. 「う、うん……」
  742. 「そのモニュメントはすぐに調査させるわ。だけどね――」
  743. 「――あなたの勝手な行動で、精霊たちが暴走する可能性だってあるわ。だから、今度からは必ず相談しなさい」
  744. 「あ、ああ……必ずそうする」
  745. 「わ、わかればいいの。天宮市を覆ってる広域結界と、\n何らかの因果関係はありそうだけど……。\nまぁ、結果がでないことにはわからないわね」
  746. 「そう、だな……頼む」
  747. 「ええ。これで少しは進展するかしらね……。\nこの件に関してはこっちに任せなさい。\n士道は引き続き、精霊たちのこと、頼むわよ」
  748. 「ああ、わかった……」
  749. 「…………やはり、駄目なのか……ッ!」
  750. 「……最早、私自身では制御しきれない……」
  751. 「……だが、何故? 何故うまくいかない……?」
  752. 「……精霊の真似事をするだけでは、意味がない……?」
  753. 「……私はまだ、何か間違っている?」
  754. 「……望むべき結果……か?」
  755. 「……ならば、次にやるべきことは――」
  756. 「士道……起きて……もう朝だよ?」
  757. 「……ん……凜祢?」
  758. 「おはよう士道」
  759. 「あ、ああ、おはよう凜祢……。い、今のは……?」
  760. 「今の? サンバは踊ってないけど……また寝ぼけてるの?」
  761. 「あ、いや……そういうんじゃなくてだな……。\n最近、変な夢ばっか見てさ……」
  762. 「そっか……とりあえず、早く着替えて顔を洗ってくること。\nご飯用意して下で待ってるからね」
  763. 「お、おう……」
  764. 「……あれ? 俺一人? みんなは?」
  765. 「今日はなんか、みんな用事があるからって、もう出ちゃったの」
  766. 「え!? ……そ、そうなんだ」
  767. 「はい、お味噌汁、温め直してあるから」
  768. 「おう、サンキュ……。じゃあ、いただきます」
  769. 「はい、どうぞ召し上がれ」
  770. 「いってきまーす」
  771. 「いってきま~す」
  772. 「……って、留守番が誰もいないのに言っても意味ないか」
  773. 「ううん……まあ、いいんじゃない?\nこういうのは、言うことが大事なの」
  774. 「そんなもんなのか?」
  775. 「そういうものなの」
  776. 「ねえ、士道?」
  777. 「ん、なんだ?」
  778. 「今日の放課後、空いてるかな?」
  779. 「え? あ、うん」
  780. 「じゃあ、今日も予約していい?」
  781. 「ああ、もちろん」
  782. 「本当に? 怒られない?」
  783. 「別に断る理由なんかないしな。\nあと、怒られるって誰にだよ?」
  784. 「十香ちゃんとか、琴里ちゃんとか?」
  785. 「あー、いや……なんとか言っとく」
  786. 「それなら良かった。実は……ちょっと、気にしてたんだ」
  787. 「なにを?」
  788. 「ほら、昨日のデート……私が倒れちゃったせいで\n台無しになっちゃったし……」
  789. 「そ、そんなこと気にしなくていいんだって!\n仕方ないだろ? 身体の方を優先するのは当然だ」
  790. 「ふふ……また、士道に心配されちゃった。\n今日のデートは、昨日よりも楽しくなるといいね」
  791. 「お、おう。でも、あまり無理すんなよ?\nさっきも言ったけど、昨日倒れたばっかなんだから」
  792. 「うん、わかってる。士道は心配性なんだから」
  793. 「いいんだよ、おまえが苦しいのは俺だって苦しいから」
  794. 「あ……えと…………」
  795. 「あ、いや……そのだな、今のは幼馴染として……」
  796. 「う、うん。わかってる。勘違いなんて、しないよ?」
  797. 「……………………」
  798. 「……………………」
  799. 「あれ、五河? どこいったんだ?\n今までここにいたはずなのに……」
  800. 「ち、あの野郎……またカワイコちゃんとデートなのかぁ!?\n俺というフィアンセがいながら、浮気者め!」
  801. 「ああ……神様!\nなんでアイツだけ毎日がパラダイスなんですか?\nこの俺にも愛をプリ―ズ! ぐすんぐすん!」
  802. 「ちっくしょぉぉおおおおおおーーーーーーっ!!」
  803. 「行ったか……」
  804. 「士道、何やってるの?」
  805. 「うわっ!? ……って、なんだ凜祢か……脅かすなよ」
  806. 「隠れてたの?」
  807. 「あ、ああ……殿町の野郎に絡まれると、\nいろいろ面倒そうだしな」
  808. 「士道ってば酷いこというなあ……でも、確かにそうかも」
  809. 「だろ? で、今日はどうする?\nどこか行きたいところでもあるか?」
  810. 「士道はどこに行きたい?」
  811. 「え? そうだなあ……そんな大したプランはないけど……」
  812. 「私は士道のプランにおまかせ」
  813. 「りょーかい。それじゃ、行こうぜ?」
  814. 「うん!」
  815. 「さて、ちょうど小腹が空いてきたな。凜祢は何が食べたい?」
  816. 「ええっと……士道は?」
  817. 「ん、そうだなあ……やっぱり、きなこパンかな?\nあのきな粉の甘さ加減の按配が絶妙なんだよな!\n十香も好きだしさ」
  818. 「……十香ちゃん、か…………」
  819. 「ん? 何か言ったか?」
  820. 「ううん、私もそれがいいな」
  821. 「他にもいろいろお店はあるけど……本当にいいのか?」
  822. 「いいのいいの! ほら、行こう!」
  823. 「お、おう」
  824. 「いらっしゃいませー」
  825. 「あ、きなこパン、二つください」
  826. 「申し訳ありません。本日はもう売り切れてしまいまして……」
  827. 「あー、そうなんですか……」
  828. 「こちら、新メニューのホイップクリームパンはいかがですか?」
  829. 「焼きたてなので、お薦めなんです」
  830. 「お、確かにいい匂いするな。どうする凜祢?」
  831. 「士道が食べたいなら、私も食べたいかな」
  832. 「そっか、じゃあ、それ2つください」
  833. 「はい、ありがとうございます」
  834. 「ごめんな、きなこパン売り切れてて」
  835. 「うん、でも、それもおいしそうじゃない?」
  836. 「早速食べてみるか?」
  837. 「焼きたてだから、おいしいかも」
  838. 「いただきまーす。あむ……!」
  839. 「じゃあ、私も。はむ……!」
  840. 「……! うまいな! 焼き立ての生地に、\nほどよく甘いホイップクリーム! これはいける」
  841. 「ん、本当、おいしい。よかったね、士道」
  842. 「ああ!」
  843. 「――!?」
  844. 「どうしたの、士道?」
  845. 「い、いや、なんでもない。当たりで良かったなってさ」
  846. 「そうだね。きなこパンはまだ今度食べに来ようね」
  847. 「ああ……」
  848. 「さて、次はどこに行く?」
  849. 「うーん、士道はしたいことないの?」
  850. 「そうだなあ……やっぱ順当に行くなら、ゲーセンかなあ……」
  851. 「じゃあゲームセンターに出発!」
  852. 「お、おう。それじゃ行こう」
  853. 「うん!」
  854. 「はぁ~、涼しいね」
  855. 「……だな。夏場のゲーセンは避暑に持ってこいだ」
  856. 「そうだね。私もたまに涼んでもいいかも」
  857. 「ゲームしてると、結局ヒートアップしちゃったりするけどな」
  858. 「え、そうなの?」
  859. 「あれ? 凜祢とはゲーセンで遊んだことないっけ?」
  860. 「あ、うん……。実は初めてだったりして」
  861. 「そっか……そうだよな。そういう感じじゃないしな」
  862. 「士道、どうしたの?」
  863. 「い、いや、何でもない。\nそれより、凜祢は何かやりたいゲームとかないのか?」
  864. 「ん、私は初めてでよくわからないから……それよりほら、\n士道がいつもやってるのはどれなの?」
  865. 「ん、俺か? 俺はこういうときはクレーンゲームかな。\n一人だと格ゲーとかもやるけど」
  866. 「ふ~ん、あの箱の中のぬいぐるみを取るの?」
  867. 「そうそう。やってみるか?」
  868. 「え? 私はいいよ。士道がやるのを見てるから」
  869. 「いや、でも、せっかく初めてゲーセンに来たんだから、\n遊んでいけばいいじゃないか。失敗したっていいんだし」
  870. 「ううん、私のことはいいから。士道は何か狙ってるの?」
  871. 「え……そ、そうだな…………うん、あれかな?」
  872. 「あれかあ……確かに可愛いね。それじゃ私、応援してるから!」
  873. 「お、おう……」
  874. 「うまく取れるといいね」
  875. 「おう、じゃあ、一丁やってみっか!」
  876. 「……お、惜しかったね! リトライリトライ!」
  877. 「……じゃ、じゃあ、もう一回だけ」
  878. 「頑張って士道!」
  879. 「お、おう!」
  880. 「あ……!」
  881. 「ざ、残念だったね……」
  882. 「今日はもういいかな……そろそろ行こうぜ」
  883. 「……し、士道? いいの?」
  884. 「いいっていいって」
  885. 「……ごめんな凜祢」
  886. 「……え? どうして士道が謝るの?」
  887. 「いや、さっきのぬいぐるみ、凜祢に取ってあげようと思ったんだ。\nけど、うまくいかないもんだな……」
  888. 「なんだ、そんなこと。別に私は平気だよ?」
  889. 「ああ、サンキュな、凜祢」
  890. 「うん。じゃあ、次はどこに行こうか?」
  891. 「そうだなあ。小腹が空いたのはさっき満足させたし、\nゲーセンで涼んだし、あとは……」
  892. 「あとは?」
  893. 「うーん……凜祢こそ行ってみたいところとかないのか?」
  894. 「じゃあ、士道のお気に入りの場所に連れてって?」
  895. 「あー……まあ、あると言えばあるけど……」
  896. 「じゃあ、そこでいい。そこがいい」
  897. 「おう……じゃ、行こう」
  898. 「うん!」
  899. 「……着いたぞ凜祢」
  900. 「そっか、高台公園なんだ」
  901. 「ほら、あそこからの眺めがいいんだよ」
  902. 「ふふ……私も眺めていいのかな?」
  903. 「はは、そんなの許可とる必要ないって。\nでも、あんまり身を乗り出すなよ。危ないから」
  904. 「うん、気をつける」
  905. 「……本当にいい眺めだね。街を身近に感じるっていうか……」
  906. 「……ここからだと天宮市が一望できるからな。\nこの景色、好きなんだよ」
  907. 「うん、それに街にいたときより空気が涼しくて、気持ちいいね」
  908. 「……なあ凜祢?」
  909. 「ん? なあに?」
  910. 「今日……初めて言ってくれたな」
  911. 「何の話……?」
  912. 「ほら、自分がしたいこと言ってくれたの……」
  913. 「あ……い、言っちゃ駄目だった?\n私、わがままだったかな……」
  914. 「いや、そうじゃない。逆だよ」
  915. 「……え?」
  916. 「俺は……俺はもっと凜祢と一緒に楽しみたい。\n二人で一緒に作っていく……そんなデートがいいと思うんだ」
  917. 「……」
  918. 「いや、俺だけがしたいことばっかりしてても、\nそれはちょっと違う気がしてさ……」
  919. 「……どうして駄目なの?」
  920. 「え……」
  921. 「士道が好きなことをするのは、どうして駄目なの……?」
  922. 「いや、だから俺は凜祢と――」
  923. 「――士道が楽しいと思うことは私の楽しいことなんだよ?\n私は士道のやりたいことに付き合うだけで満足だよ?」
  924. 「本当、なのか……?」
  925. 「本当だよ? 本当に決まってるじゃない……!\nどうして、そんなこと……言うの? わかってくれるでしょ?\nだって、私たちは幼馴染なんだから」
  926. 「や! そ、そんなことないよ……ご、ごめん……」
  927. 「…………」
  928. 「きょ、今日はもう……帰ろうか……?」
  929. 「……うん」
  930. 「は、はい?」
  931. 「士道……」
  932. 「り、凜祢!?」
  933. 「ねぇ、今ちょっと時間あるかな?」
  934. 「ど、どうした?」
  935. 「う、うん……なんか、ごめんね? 今日とか、昨日とか……」
  936. 「え……」
  937. 「私、男の子とデートとか全然勝手わからなくって……」
  938. 「い、いや……別に謝るような事でもないんじゃないか?」
  939. 「そ、そうかな?」
  940. 「ああ……だって、デートは二人でするものだし……。\nその……うまくいかなったのは、俺のせいでもあると思うし……」
  941. 「――ねぇ、士道。明日も、その……デートしてくれる?\n挽回したいんだ、しっかり者の私を」
  942. 「おう、もちろん付き合うよ」
  943. 「うん……ありがとう」
  944. 「じゃあ……また明日ね。おやすみ、士道」
  945. 「お、おう。おやすみ」
  946. 「――うわ!」
  947. 「入るわよ?」
  948. 「な、なんだ、おまえも来たのか」
  949. 「何よ、『も』って?」
  950. 「い、いや、こっちの話だ。それより、どうしたんだよ?」
  951. 「一応、士道に伝えておこうと思って」
  952. 「?」
  953. 「今日の分析で奇妙なことがわかったわ」
  954. 「奇妙なこと?」
  955. 「私たちが追ってる霊波反応だけど……昨日と今日、\nある特定の時間帯にぐっと不安定になったの。\nその霊波パターンの歪み具合もほぼ一致してる」
  956. 「……その特定の時間帯ってのは?」
  957. 「だいたい十六時前後ね……」
  958. 「なるほどな……」
  959. 「今、その霊波パターンのデータを中心に、\n令音に詳しく分析してもらってるんだけど……不思議なのよね」
  960. 「不思議……?」
  961. 「似てるのよ……デート中の精霊の精神グラフに――」
  962. 「え!?」
  963. 「それも、失敗したデートのものにね」
  964. 「……っ」
  965. 「奇妙でしょ? 私も分析しているうちに、まるで精霊のデートを\nモニタリングしているみたいな気分になったわ」
  966. 「たまたまじゃないのか?」
  967. 「誰かさんと一緒にしないで。そこまで間抜けじゃないわ」
  968. 「だ、誰かさんって……」
  969. 「それくらい自分の胸に聞きなさいよ」
  970. 「いい? 〈フラクシナス〉には過去の精霊攻略の時、\nあなたがデートで失敗した時のデータも保存してある」
  971. 「あなたと精霊の失敗したデートのデータと、昨日と今日の\n霊波パターンのデータを分析したら……ビンゴだったわ」
  972. 「き、昨日と今日……失敗したデートのデータ……?」
  973. 「何よ? 何か心当たりでもあるの?」
  974. 「い、いや、なんでもない。何も……」
  975. 「まぁいいわ……私たちはこのまま分析を続ける。\nだから――」
  976. 「――俺は自分の仕事をすればいいんだろ?」
  977. 「そう、わかってるならいいわ。\nそれじゃ、私は寝るわね。おやすみ」
  978. 「ああ、おやすみ……」
  979. 「――は、ははッ! いや……そんな、まさか……。\nそんなこと、あるわけない」
  980. 「ふぁ……ふぁあ~あ……」
  981. 「お、十香。おはよーさん。って、ずいぶん眠そうだな?」
  982. 「……うむ」
  983. 「ゆうべ、遅くまで勉強してたとか?」
  984. 「……うむ」
  985. 「そ、そうか。大変だったな。ご飯できてるぞ」
  986. 「……丁寧な言葉……包容力……落ち着き……ぶつぶつ……」
  987. 「十香?」
  988. 「……控えめ上手……上品……柔らかな物腰……ぶつぶつ……」
  989. 「おーい」
  990. 「ん……?」
  991. 「ご飯だぞ。食べないのか? 冷めちゃうぞ?」
  992. 「す、すまん……」
  993. 「で、では、いただくぞ」
  994. 「おう、召し上がれ」
  995. 「ぬ? 凜祢の姿が見えぬようだが?」
  996. 「あれ、十香には言ってなかったっけ?」
  997. 「今日から俺が復帰することにしたんだ。\n元々、そうやってたんだしな……」
  998. 「それにテストだって近いのに、凜祢の時間をこれ以上奪ったら、かわいそうだなって思ってさ」
  999. 「うむ……そうか……。\nいつもいた者がいないと、その……なんだ、寂しいものだな」
  1000. 「そ、そうだな……俺も寂しいかな、やっぱり。\nなんだかんだで凜祢に起こされたり、メシ作ってもらうのって、\n日常化してたもんな……」
  1001. 「いざ、こうして居ないと……やっぱり、な」
  1002. 「ぬ。そ、そうか……」
  1003. 「ん、どうした十香? 珍しく、ご飯の進みが遅いじゃないか」
  1004. 「そ、そんなことはない! こ、これがいつも通りだぞ。私は上品なのだ!」
  1005. 「な、なんだ? 私の顔に何かついておるのか?」
  1006. 「や、何でもない……」
  1007. 「……なあ、十香?」
  1008. 「……男を立てる……男に頼る……一歩引く……。\n……ぶつぶつ……ぶつぶつ……」
  1009. 「おーい……」
  1010. 「……素直になる……聞き上手になる……笑顔で聞く……。\n……ぶつぶつ……ぶつぶつ……」
  1011. 「おい十香! どこだ!?」
  1012. 「ぬ? し、シドー!? どこにいる!?」
  1013. 「ん!? そこにいたのか!\nそっちは天宮タワーに行く道だぞ?」
  1014. 「うむ……慣れぬ事をしていて、道を間違えてしまったようだ」
  1015. 「いや、十香が無事ならいいけどさ」
  1016. 「す、すまん……」
  1017. 「そうだ、いっそのこと、今日はそっちの道から行っちゃうか?」
  1018. 「……?」
  1019. 「時間もまだあるし、引き返すよりはこのまま進んじゃおうぜ?\nたまにはこういうのもいいだろ」
  1020. 「んん……」
  1021. 「こ、こういう時は……男に頼る……一歩引く……だから……」
  1022. 「う、うむ! そうだな。シドーがそういうなら、私は構わぬぞ。\n案内を頼む!」
  1023. 「……あ、案内? そんな難しい道じゃ……まぁいいや。\nじゃあ、行くか十香」
  1024. 「おお! よ、よろしく頼むぞ!」
  1025. 「――ん、シドー、あれはなんだ? ずいぶん大きな石があるぞ!」
  1026. 「ああ、あれか……あれは……ん――っ!?」
  1027. 「――な、なんだ……あれ?」
  1028. 「ん、なんだ? シドーも知らぬのか?」
  1029. 「え、あ、ああ……!」
  1030. 「ん……」
  1031. 「? どうしたんだ、十香?」
  1032. 「し、シドーがあの石を見たいというのなら……。\nい、一緒に見に行ってやってもいいぞ?」
  1033. 「え? あ、うん……」
  1034. 「えっと……じゃあ、せっかくだから見に行くか」
  1035. 「おお、そうか! では行こう! 私も付いていってやるぞ!」
  1036. 「おーい! シドー、早く! こっちだ!」
  1037. 「十香! 後ろ――ッ!」
  1038. 「ん? うしろ……?」
  1039. 「――き、消えたっ!?」
  1040. 「だ、大丈夫か、十香!? 今、モニュメントが光って――」
  1041. 「シドー……もう十分だ。\nそろそろ行かないと、学校に遅れるのではないのか?」
  1042. 「え、いや、まだ大丈夫だけど……どうした十香?」
  1043. 「どうもしないぞ?\nほら、行くぞシドー!」
  1044. 「え……お、おい! ちょっと待てよ!?」
  1045. 「と、十香……?」
  1046. 「ん、なんだ?」
  1047. 「その……なんともないのか?」
  1048. 「何の話だ?」
  1049. 「いや、さっき天宮タワーの前で様子が変だ――いや……。\n十香が何ともないなら、別にいいんだ」
  1050. 「どうしたのだ? 今日のシドーはおかしいぞ?」
  1051. 「うっ……お、おかしいのは俺なのか……?」
  1052. 「あ、士道、十香ちゃん、おはよう」
  1053. 「おお、凜祢。おはよーさん」
  1054. 「うむ! 凜祢、おはようだ!」
  1055. 「ちゃんと起きれた? どうせ起こされたんでしょ?」
  1056. 「ああ……その通り。琴里に叩き起こされたよ」
  1057. 「ふふ、じゃあ、朝ごはんはちゃんと食べれたんだよね?\nお弁当もちゃんと作ったの?」
  1058. 「おう、弁当もちゃんと作ってきたよ……って、\n凜祢、こうしてると母親みたいだぞ?」
  1059. 「え、そう? お、おばさんくさかった?」
  1060. 「いや、そういう意味じゃないって。\n凜祢が結婚したら、しっかり家庭を支えていけそうな気がする」
  1061. 「なに、士道? もらってくれるの?」
  1062. 「はい!? そ、そういう話じゃなくてだな……!」
  1063. 「もう……冗談だよ、冗談。\n十香ちゃん怒るよ?」
  1064. 「ははは、ごめんごめん……って十香?」
  1065. 「む……」
  1066. 「ん、どうしたんだ?」
  1067. 「な、なんでもない!」
  1068. 「そ、そうか……あんまりそうは見えないけど……」
  1069. 「ふふ……」
  1070. 「おっと! 五河くん、十香ちゃんとラブラブ登校してきたの?\nお安くないですな!」
  1071. 「な、なんだよ、いきなり!」
  1072. 「十香ちゃん、頑張ってるね!」
  1073. 「う、うむ! 努力はしているぞ!」
  1074. 「大丈夫! 純真な十香ちゃんの乙女心に磨きがかかれば、\nもう誰も止められないわよ!」
  1075. 「そ、そうか? そうだといいのだが」
  1076. 「おまえら、さっきから何の話してるんだよ?」
  1077. 「世の中には知らない方がいいこともある……」
  1078. 「……おまえら、あんまり十香に良からぬことを吹き込むなよ?」
  1079. 「ちょっと! 人聞きの悪いこと言わないでくれない?\n私たちがいつ十香ちゃんに良からぬことを吹き込んだってのよ?」
  1080. 「そうよ、言いがかりもいいところだわ!」
  1081. 「私たちの万全なバックアップがあるからこそ、五河くんだって、\nデレデレ鼻の下伸ばしっぱなしで過ごせてるんじゃない」
  1082. 「デ、デレデレって……別に俺は――」
  1083. 「今、息してられるのも私たちのお陰なのに……」
  1084. 「い……いったい、どういう存在なんだよおまえら!」
  1085. 「あまり私を怒らせない方がいい……。\n月夜の晩ばかりじゃないことを覚えておくんだな?」
  1086. 「……ぅッ! だ、だから普通に怖えってば!」
  1087. 「とにかく五河くんは、十香ちゃんの一挙手一投足から\n絶対目を離さないように! いい!?」
  1088. 「は、はあ……」
  1089. 「もしも十香ちゃんを泣かせたら、\nお母さんに頼んで天井に吊るしてもらうわよ?」
  1090. 「な……っ!?」
  1091. 「『お願いです。もう許してください!』って、\n泣いて詫びるまで、車のバッテリーから電流流しちゃうから!」
  1092. 「は、母親から何学んでんだよ、おまえは……!」
  1093. 「裏社会では裏切りが一番の重罪。\n……そのときは、ただでは死なせない」
  1094. 「は……?」
  1095. 「ミツバチ一匹の毒は微量……人間が死に至るには、\n全身を数千か所刺されなきゃならないそうよ。\nでも安心して、蜂の数はもう揃えてあるから……」
  1096. 「安心できるかぁぁぁッ!!」
  1097. 「――ということで、五河くんは今後も仲良く、\n十香ちゃんとい・っ・し・ょ・に登校してくるように!\nわかったわね!?」
  1098. 「シドー? 何の話をしてたのだ?」
  1099. 「こ、こっちが聞きたいくらいだ」
  1100. 「ふむ、そうか……」
  1101. 「士道、夜刀神十香と一緒に登校してきたの?」
  1102. 「え? あ、ああ……そうだけど……」
  1103. 「そう」
  1104. 「ぬ……? 鳶一折紙、何か用か? 」
  1105. 「別に」
  1106. 「ふん……っ!」
  1107. 「十香ちゃん……チャイムも鳴ったし、着席しないと駄目だよ?」
  1108. 「う、うむ……!」
  1109. 「十香、どうかしたのか?」
  1110. 「ん、なんだ? シドー?」
  1111. 「そ、その……弁当、なにか失敗したりしてるか?」
  1112. 「ぬ? ……いや、そんなことはないぞ?\nこのキンピラゴボウのピリ辛具合などは、ちょうど良い」
  1113. 「そ、そうか……ならいいんだ」
  1114. 「士道の作った料理……匂いを記憶しておかないと……」
  1115. 「お、折紙……?」
  1116. 「……っ!」
  1117. 「だ、大丈夫かよ!? 俺の弁当、口に合わなかったか?」
  1118. 「……問題ない」
  1119. 「――ッ! そ、そうか……ならいいんだけどさ……」
  1120. 「ふふ……なんだかみんないつもと違うみたい」
  1121. 「だ、だよな? 凜祢もそう思うよな?」
  1122. 「士道? 女の子は士道が思ってるより複雑なの。\nもっとちゃんと見てあげないと。そういうの、凄く重要だよ?」
  1123. 「え、あ、うん……って、どういう意味だ?」
  1124. 「なんでもない。まったく士道はもぅ……」
  1125. 「……?」
  1126. 「――というわけなのだ……」
  1127. 「くぅッ……そうかいそうかい。涙ぐましい努力だねえ……」
  1128. 「よし! 十香ちゃんのために私が一肌脱ごうじゃないか!」
  1129. 「あ、亜衣、まさか……ッ!」
  1130. 「ん……?」
  1131. 「そう、駅前の天宮シネマのロイヤルシートチケットだよ……ッ!これなら、天宮シネマの映画をいつでもどれでも誰とでも、\n好きなのを選んで見れるから……」
  1132. 「亜衣! それは自分で使うつもりだったんじゃ――」
  1133. 「――それ以上言うんじゃあねぇ! 十香ちゃんが遠慮しちまうだろぃ……!」
  1134. 「と、十香ちゃん……ッ! 黙って受け取ってあげて……ッ!」
  1135. 「亜衣を……すこぶるいい女にしてやってくんなせぇ……!」
  1136. 「う、うむ……!」
  1137. 「それ持って、五河君を映画に誘ってみなって!」
  1138. 「わ、私が誘う……のか?」
  1139. 「十香ちゃん? 恋は駆け引きよ!\nいつも一歩引いてて、慎ましやかで、\n男に尽くす女でいるだけじゃ駄目な時もあるのよ」
  1140. 「……?」
  1141. 「緩急っていうのかな……。\n一度こっちからも押しておいて……そして、また引くの」
  1142. 「ぬぅ……難しいな……。\nそんなことはアニマルには載ってなかったぞ?」
  1143. 「まあ、いろいろと参考にはなるんだけど……」
  1144. 「乙女の必須アイテムであったとしても……。\nそれですべてが解決できるわけじゃない」
  1145. 「むしろ、何でもマニュアルに載ってると思い込んじゃってると、足元をすくわれちゃう可能性もあるわよ?」
  1146. 「そ、そうなのか……?」
  1147. 「そ。だからあとは実践して、\n駆け引きの感覚を磨いていくのも大事よ」
  1148. 「たとえばマニュアルには、相手からアプローチメールがきたら、一日くらい間を置いてじらしてから返信すると効果的!\nなんて書いてあるけど……」
  1149. 「人によって時間の感覚って違うから、一日待たせちゃうだけで、一番効果的なタイミングを逸するときもあるの。\nひどい時は、一日の間に誰かに想い人を奪われたりもするし……」
  1150. 「そ、それはまずいことだぞ!」
  1151. 「ね? だから、マニュアル通りなだけでもいけないし、\nまだまだマニュアルに載ってないこともたくさんあるってわけ」
  1152. 「で、今日はそのチケットでこっちから押してみるのね!?」
  1153. 「そーゆーこと!」
  1154. 「うむ、動く頃合やも知れぬな……」
  1155. 「ど、どう誘えばよいのだ? も、もし断られたら――」
  1156. 「ああ、心配しなくても秘策は用意してあるから!\nあのね……ごにょごにょごにょ……」
  1157. 「――おっと!? お待ちかねの五河君が学校から出てきたわよ!それじゃあ十香ちゃん! さっき言った通り、頑張ってね!」
  1158. 「う、うむ……!」
  1159. 「ギャップよ! ギャップ!\n慎ましやかでいて芯のある大和撫子と、肉食系よ!」
  1160. 「押して、引くんだからね! 誘うときは強引に!\nでも、映画館ではまたしっとり慎ましく! それで勝つる!」
  1161. 「ん! 助言、かたじけない! や、やってみるのだ!」
  1162. 「麻衣! 美衣! 邪魔しちゃ悪い! 行くよッ!」
  1163. 「おーい! 十香! ここにいたのか?」
  1164. 「し、シドー!」
  1165. 「何してたんだ?」
  1166. 「ぬ! な、なんでもないぞ!」
  1167. 「そ、そっか……。\nじゃあ、これから十香をデートに誘っても――」
  1168. 「ま、待てシドー! そ、それは、私から誘わねばならんのだ!」
  1169. 「は……は?」
  1170. 「ちょ、ちょっと待っていろ!\n……さ、誘うときは、強引に……だったな……」
  1171. 「し、シドー……わ、私を……こ、これに……」
  1172. 「――なッ!?」
  1173. 「え、映画に……」
  1174. 「うぉ!? ――ちょ! 十香ッ!?」
  1175. 「つ、連れてってほしいのだ……」
  1176. 「だあーっ! つ、連れてく! 連れてくから一回離れろ!」
  1177. 「おお! いいのか!?」
  1178. 「あ、ああ……!」
  1179. 「よし、成功したぞ……!\n……あとは映画館でしっとり慎ましく……。\nそれでシドーは、私に夢中に……!」
  1180. 「な、なに一人でブツブツ言ってるんだ……?」
  1181. 「な! 何でもないのだ!\nそれより早く、これで映画に連れて行ってくれ!」
  1182. 「あ! 天宮シネマのロイヤルシートチケットか?\nこれなら優先で入れるし、なんでも観れるな」
  1183. 「それは凄いことなのか?」
  1184. 「人気のある映画は立ち見で観なきゃいけなくなるときがあるんだ。でも、このチケットなら、別に用意してある席に座れるんだ」
  1185. 「そうか、では早速、行ってみようではないか!」
  1186. 「このチケットなら慌てる必要ないし、\n一旦家に帰って荷物置いてこよう」
  1187. 「うむ! ではそうしよう!」
  1188. 「シドー?」
  1189. 「どうした? 観たい映画でも見つかったか?」
  1190. 「いや、そうではない。さっきから香ばしい匂いが漂ってくるのだが……?」
  1191. 「ああ、それは多分ポップコーンの匂いだよ」
  1192. 「ん? ぽっぷこーん? それは何者だ?」
  1193. 「ああ、十香はまだ食べたことなかったか。\nコーンを熱して作ったスナック菓子みたいなものだよ。\n薄い塩味のもあるし、甘いのもあるし……食べてみるか?」
  1194. 「うむ! 食べてみたいぞ!」
  1195. 「じゃあ、映画を決めたら、\nポップコーンと何か飲み物買って中に入ろう」
  1196. 「む、中に入る? ここからまたどこかへ行くのか?」
  1197. 「と、十香? ひとつ聞いていいか?」
  1198. 「なんだ?」
  1199. 「映画がどんなものか知ってるか?」
  1200. 「大きなテレビのようなものだと聞いたが、違うのか?」
  1201. 「いや、まぁだいたい合ってるけど……。\n映画が何か良く知らないで誘ってたのか?」
  1202. 「む! 勘違いするな!\n私は映画が観たいから誘ったのではないぞ!\nシドーと一緒にいたいから誘ったのだ!」
  1203. 「――ぅっ! そ、そうか……え、ええっと……その……」
  1204. 「ん、どうしたのだ!?」
  1205. 「い、いや、大丈夫だ!\n……じゃ、一応、映画がどんなものか説明しておくな?」
  1206. 「ん、頼む!」
  1207. 「――って感じで、平たく言えば、さっき十香が言ったみたいに、テレビを大きくしたような画面を、みんなと一緒に観るんだ」
  1208. 「ふうむ、なるほど……」
  1209. 「ん? 琴里からか。何だろう?\n十香、ちょっと待っててくれ」
  1210. 「うむ」
  1211. 「順調かどうかなんてわかるのか?」
  1212. 「天宮シネマだよ」
  1213. 「いや、これから選ぶところ」
  1214. 「にぶちんで悪かったな!」
  1215. 「そ、そうか……わりと数あるみたいだから助かるよ」
  1216. 「ん、わかった」
  1217. 「それだけでも助かるよ」
  1218. 「おう」
  1219. 「き、気をつけるよ……」
  1220. 「よし、十香、あれを観に行くぞ!」
  1221. 「むう……映画を観るときは……しっとり慎ましく……」
  1222. 「おーい、十香?」
  1223. 「……ん、ん!? ど、どどど、どうした! シドー!?」
  1224. 「いや、観る映画、あれがいいんじゃないかって……」
  1225. 「ぬ!? そ、そうか!\nシドーと一緒に観られるなら私は何でもよいぞ!」
  1226. 「う……! や……多分、と、十香も楽しいと思うぞ?」
  1227. 「えっと……『キャプテン・ジョーカー』っていう3D映画だな。\n画面からいろんなものが飛び出て見えるし、面白そうだろ?」
  1228. 「おお! それは楽しそうだな! では早く行くのだ!」
  1229. 「ちょ、ちょっと待った!\nポップコーンと何か飲み物を買っていくんだろ?」
  1230. 「ぬお! そうであった!」
  1231. 「開始時刻までまだ余裕があるしな。\nほら、行くぞ十香」
  1232. 「うむ!」
  1233. 「――わ、わあああああッ! し、シドー! 危ないぞ!\nく、蜘蛛が! 蜘蛛の糸が! こっちにくるッ!」
  1234. 「ちょ……! と、十香……ッ!?\nだ、大丈夫だって! 映画だから!\n飛び出して見えてるだけだから!」
  1235. 「おい、静かにしろよ! 聞こえねえだろ!」
  1236. 「す、すみません……ッ!」
  1237. 「す、すまん、シドー……つい夢中になってしまった……!」
  1238. 「や……だ、大丈夫だけど、映画館では静かにしないとな……?」
  1239. 「う、うむ……。そのつもりだったのだが――」
  1240. 「む!? し、シドー!\n“きゃぷてん・じょーかー”とやらが危ないぞッ!」
  1241. 「お、おのれ巨大蜘蛛め! 大群で攻めてくるとは卑怯な!」
  1242. 「お、おい……ッ!」
  1243. 「あれでは多勢に無勢ではないか!\nよし! 私が〈[鏖殺公*サンダルフォン]〉で助太刀に――」
  1244. 「と、ととと、十香ッ!?\nストーップ! ストップだ!!」
  1245. 「――ん!? ふおッ!? またやってしまった……ッ!\nす、すまんシドーッ!」
  1246. 「ちょ、ちょっと! ポップコーン撒き散らさないでよ!」
  1247. 「そこ! うるさいぞ! 騒ぎたいなら外でやれよ!」
  1248. 「す、すみません……ッ!」
  1249. 「むう……どうしていつも、私はこうなってしまうのだ……?」
  1250. 「……? あんまり気にするなよ。\n初めての映画で、しかもそれが3D映画だったんだもんな。\nちょっと興奮し過ぎちゃうのも仕方ないって」
  1251. 「……し、シドー……私にときめいた、か?」
  1252. 「は……はい?」
  1253. 「な、なんでもない! 忘れてくれ!\nすまんが、私は先に帰る……!」
  1254. 「お、おい! 十香……ッ!」
  1255. 「いや、途中までは良かったんだけど……。\n夢中になり過ぎて騒いじゃって、周りから\n注意されちゃってな……それで、意気消沈って感じだ……」
  1256. 「SFだよ。キャプテン・ジョーカーってやつ」
  1257. 「そ、そうなのかな……」
  1258. 「――ぅぐ!」
  1259. 「え……?」
  1260. 「そ、それが先に帰るっていって、さっき一人で出て――」
  1261. 「そうだな……十香のフォロー、してやらないと」
  1262. 「よし、十香、あれを観に行くぞ!」
  1263. 「むう……映画を観るときは……しっとり慎ましく……」
  1264. 「おーい、十香?」
  1265. 「……ん、ん!? ど、どどど、どうした! シドー!?」
  1266. 「いや、観る映画が決まったから……」
  1267. 「ぬ!? そ、そうか!\nし、シドーと一緒に観られるなら私は何でもよいぞ!」
  1268. 「う……!\nや……多分、と、十香も楽しめると思うぞ?」
  1269. 「えっと……『余命、マイナス1週間の花婿』っていう、\nベストセラーになった本を映画にしたやつなんだけど……」
  1270. 「よ、余命、マイナス1週間!?\nそれは興味深いな! では早く行くのだ!」
  1271. 「ちょ、ちょっと待った!\nポップコーンと何か飲み物を買っていくんだろ?」
  1272. 「ぬお! そうであった!」
  1273. 「開始時刻までまだゆとりがあるみたいだし、売店に寄っていこう」
  1274. 「うむ!」
  1275. 「うぅ……ううぅ……!」
  1276. 「え……? ええ……!?」
  1277. 「うわあああああ……! ぅぐ……うぐ……ッ! し、シドー!\nど、どうして……どうしてなのだ! うわあああああん……ッ!」
  1278. 「と、十香……!? だ、大丈夫か……ッ?」
  1279. 「ちょっと……! うるさいわよ……!\nいいシーンなんだから静かにしてよ……!」
  1280. 「す、すみません……ッ!」
  1281. 「うぐ……! うぐ……! し、シドー……すまん……。\nは、花婿と花嫁が……あ、あまりに不憫で……うぐ……」
  1282. 「や……だ、大丈夫だけど……映画館では静かにしないとな……?」
  1283. 「う、うぐ……! そ、そのつもりだったのだが……。\n可哀想でつい……すまん……シドー……!」
  1284. 「し、しかし……うぐ! あの花婿を……うぐ……どうにか、してあげられない、ものだろうか……?」
  1285. 「……ど、どうにかって……これ映画だからさ……」
  1286. 「……う……うう……ううう……ッ!」
  1287. 「……と、十香?」
  1288. 「う、うわあああああん……ッ!」
  1289. 「おいおい……! と、十香……! お、落ち着けって……ッ!」
  1290. 「ちょっと……! あんたたち、いい加減にしてよ!」
  1291. 「す、すみません……ホントにすみませんッ!」
  1292. 「しー……! 静かに……! 余韻が台無しじゃない……!」
  1293. 「ご、ごめんなさい……」
  1294. 「むう……どうしていつも、私はこうなってしまうのだ……?」
  1295. 「……? と、十香、あんまり気にするな……。\n初めての映画だったんだもんな。興奮するのも無理ないよ」
  1296. 「……し、シドー……私にときめいた、か?」
  1297. 「は……はい?」
  1298. 「な、なんでもない! 忘れてくれ!\nすまんが、私は先に帰る……!」
  1299. 「お、おい! 十香……ッ!」
  1300. 「いや……最後大泣きしちゃって周りから注意されちゃったんだよ。それで、意気消沈って感じだ……」
  1301. 「そう。『余命、マイナス1週間の花婿』ってやつ」
  1302. 「そ、そうなのかな……」
  1303. 「――ぅぐ!」
  1304. 「え……?」
  1305. 「そ、それが先に帰るっていって、さっき一人で出て――」
  1306. 「そうだな……十香のフォロー、してやらないと」
  1307. 「よし、十香、あれを観に行くぞ!」
  1308. 「むう……映画を観るときは……しっとり慎ましく……」
  1309. 「おーい、十香?」
  1310. 「……ん、ん!? ど、どどど、どうした! シドー!?」
  1311. 「いや、観る映画が決まったから……」
  1312. 「ぬ!? そ、そうか!\nし、シドーと一緒に観られるなら私は何でもよいぞ!」
  1313. 「う……!\nや……多分、と、十香も楽しめると思うぞ?」
  1314. 「えっと、詳しい内容は俺も知らないんだけど、\n『ギルティランド』っていうホラー映画だよ」
  1315. 「この間、肝試しみたいなことしただろ?\nそれと同じで、ちょっと怖い感じの映画だけど……」
  1316. 「怖いのか? どんなものなのか興味深いな!\nでは早く行くのだ!」
  1317. 「ちょ、ちょっと待った!\nポップコーンと何か飲み物を買っていくんだろ?」
  1318. 「ぬお! そうであった!」
  1319. 「開始時刻までまだ余裕があるし、売店に寄っていこう」
  1320. 「うむ!」
  1321. 「ひ……ひぃぃ……ッ!」
  1322. 「ど、どうした……! 十香……ッ!? 」
  1323. 「い、い……や……や、やめてくれッ……!」
  1324. 「お、おい! 十香! だ、大丈夫か……!?」
  1325. 「く……来るな……! 来るな来るな来るな……ッ!」
  1326. 「ひ、ひ、ひ……ひぁぁぁぁぁぁーーーーッ!!!!」
  1327. 「と、十香ッ!!??」
  1328. 「……この夢では……誰も幸福になれない……。\n五河士道……次こそは幸せな夢を……」
  1329. 「……」
  1330. 「十香? こんなところにいたのか」
  1331. 「し、シドー……! どうして……?」
  1332. 「どうしてって……十香と話がしたいなと思ってさ」
  1333. 「ん、そうか……」
  1334. 「ええっと……十香?」
  1335. 「ぬ……?」
  1336. 「あ、そうだ……ごめんな?\nあと……ありがとう」
  1337. 「ど、どうしたのだ、突然?」
  1338. 「いやさ……一度十香にちゃんと謝っておこうと思ってたことと、\nお礼を言わなきゃなって思ってたことがあってさ」
  1339. 「……?」
  1340. 「俺が狂三のことで、精霊っていう存在が怖くなってたとき、\n十香の手を……振り払ってしまったことがあっただろ?」
  1341. 「ああ……そんなことか。それなら私は別に……」
  1342. 「いや、たとえどんな理由があったとしても、\n俺はあんな風に十香の手を振り払った自分が許せないんだ」
  1343. 「シドー……」
  1344. 「だから……ごめん……。それからどうしようか悩んでいたとき、手を差し伸べてくれたのは十香だった」
  1345. 「ん、そうだったか……?」
  1346. 「ああ……。十香や四糸乃は、そもそも自分の意思で現界して、\n世界を破壊したり、ASTと戦ったりしてたわけじゃないだろ?」
  1347. 「う、うむ……」
  1348. 「だけど……狂三の場合は違った。\n今もそうなのかわからないけれど……あのときは間違いなく、\n自分の意思で人を襲ってた」
  1349. 「……!」
  1350. 「十香や四糸乃のときは、考えるまでもなく救うべきだと思った。\nけど狂三のときは、本当にどうしていいかわからなかった……」
  1351. 「だけど……十香が教えてくれたんだ。\n自分の温もりとともに、俺に思い出させてくれたんだ……」
  1352. 「だから、ありがとう」
  1353. 「――!」
  1354. 「そ、そうか……。\nシドー、ありがとう……。私を励ましてくれたのだな」
  1355. 「え、いや……俺が言ったことは、本当に思ってたことだよ」
  1356. 「ん、わかっている……だから、私の心も少し、温かくなった。\n礼をいうぞ、シドー」
  1357. 「はは。お礼言ったのに、お礼言われるって、なんかおかしいな」
  1358. 「確かに、そうかもしれんな……」
  1359. 「あははは……!」
  1360. 「ははは……」
  1361. 「シドー……」
  1362. 「ん?」
  1363. 「あんなに勉強して……色々教わってもいるのに……。\nどうして私は駄目なのだろうな……」
  1364. 「なあ、十香……人には、向き不向きってのがあるんだよ」
  1365. 「向いてないことを頑張るよりも、自分の向いてることに\n目を向けて、そっちを頑張った方がいいときもあるぞ?」
  1366. 「む、向いてない……? し、シドーもそう思うのか……?」
  1367. 「あ、いや……俺はそんなに無理しなくていいんじゃないかと思う」
  1368. 「誰だって出来ないことや、向いてないことがあるのは\n当然だし……その駄目な自分を受け止めていくことも、\n時には必要なんだよ」
  1369. 「その代わり、得意なことを伸ばしていけばさ……え?」
  1370. 「うぅ……うう……うぐ……!」
  1371. 「と、十香……?」
  1372. 「そ、それでも……私は……うぐ……!\nが、頑張りたかったのだ……シドーに……シドーに……!」
  1373. 「え? ちょ、それって、どういう……!?」
  1374. 「ぐすっ…………ん……ッ!!!!」
  1375. 「お、おい! どこへいくんだ! 十香ッ!」
  1376. 「シドー……」
  1377. 「あんなに勉強して……色々教わってもいるのに……。\nどうして私は駄目なのだろうな……」
  1378. 「なあ、十香……人には、向き不向きってのがあるんだよ。向いてないことを頑張るよりも、自分の向いてることに目を向けて、そっちを頑張った方がいいときもあるぞ?」
  1379. 「む、向いてない……? し、シドーもそう思うのか……?」
  1380. 「あ、いや……俺はそんなに無理しなくていいんじゃないかと思う」
  1381. 「誰だって出来ないことや、向いてないことがあるのは\n当然だし……その駄目な自分を受け止めていくことも、\n時には必要なんだよ」
  1382. 「その代わり、得意なことを伸ばしていけばさ……え?」
  1383. 「うぅ……うう……うぐ……!」
  1384. 「と、十香……?」
  1385. 「そ、それでも……私は……うぐ……!\nが、頑張りたかったのだ……シドーに……シドーに……!」
  1386. 「え? ちょ、それって、どういう……!?」
  1387. 「ぐすっ…………ん……ッ!!!!」
  1388. 「お、おい! どこへいくんだ! 十香ッ!」
  1389. 「お待たせ。みんな腹減っただろ?\nえっと、凜祢じゃないけど……いただきますして、召し上がれ」
  1390. 「と、十香……? た、食べるよな?」
  1391. 「ん……い、いただくぞ……」
  1392. 「お、おう……」
  1393. 「あ、あの、い……っ、いただき、ます……っ」
  1394. 「……じゃ、私もいただくわね。\n士道、ちょっとテレビつけてくれない?」
  1395. 「あ、ああ……」
  1396. 「あれ、天宮タワーじゃない。\nそろそろ見納めだから、特集でもしてるのかしら」
  1397. 「あ……! 琴里、ちょっといいか?」
  1398. 「何よ? どうしたの?」
  1399. 「天宮タワーなんだけど……どうにも気になるところがあるんだ」
  1400. 「観光スポット化が気になるの?\n士道ってわりとミーハーよね」
  1401. 「そうじゃなくて、モニュメントだ!」
  1402. 「モニュメント?\nまあ、デートの待ち合わせ場所としては悪くないんじゃない?」
  1403. 「そ、そういう話じゃなくてだな……」
  1404. 「……じゃあ、何よ?」
  1405. 「じ、実は今朝、学校に行く途中で寄り道して、\n天宮タワーのそばを通ったんだ」
  1406. 「そこで、モニュメントが変な感じだったんだよ」
  1407. 「……モニュメントが変な感じって、\nそれだけじゃわけわかんないわよ」
  1408. 「よくわからんが、突然光ったんだよ!\nぼわーってさ。な、十香?」
  1409. 「ん……? 私は見ていないぞ……?」
  1410. 「――え? あ、いや……そうか。すまん」
  1411. 「ちょっと士道……どういうことよ?」
  1412. 「いや、えーっとだな……モニュメントが光ったと思ったら、\n十香が急に帰ろうって言い出して……」
  1413. 「ふぅん……士道が知らないうちに十香を怒らすようなこと\n言ったんじゃないの?」
  1414. 「うーん……それを言われると自信がないんだけど……」
  1415. 「それに、例えばそのモニュメントには、そういうイルミネーションが仕込んであったとかかもしれないわ」
  1416. 「でも、もしそうだったとしても、朝早くから光るっておかしいだろ?」
  1417. 「仮にあれがイルミネーションが光ったんだったとしても、\n十香の様子は明らかに不自然だった……何がって言われたら、\n上手く説明できないけどさ……」
  1418. 「なるほどね……そういう可能性もあるのか……」
  1419. 「もしかしたら、見晴らし台と同じかもしれないわね……」
  1420. 「そうだ……あの時も確かに十香が……」
  1421. 「……ん、さっきから、私がどうかしたのか?」
  1422. 「いや……なんでもないんだ」
  1423. 「と、とにかく十香がぼーっとなって、\nそれですぐに学校へ向かったんだ」
  1424. 「わ、私がいつボーっとしたのだ!?」
  1425. 「いや、そう見えただけだって。\n……ていうか、本当に覚えてないのか?」
  1426. 「むう……なんのことを言ってるのかさっぱりだ」
  1427. 「わ、わかった!\nもしかしたら、俺の方がボーっとしてたのかもしれないな!\nはは……ははは……」
  1428. 「し、士道さん……まだ、具合……悪いんです、か……っ?」
  1429. 「あ、いや、俺は大丈夫だよ、四糸乃」
  1430. 「し、士道さんが……だ、大丈夫なら……安心……です……」
  1431. 「お、おう」
  1432. 「よしのん……人を女泣かせのジゴロみたいに言うなよ」
  1433. 「え? そうなのか……?」
  1434. 「よしのん、その手の話はこの阿呆兄にいくら言っても犬に論文、兎に祭文、不毛の極みよ」
  1435. 「な――」
  1436. 「まあ、一言で言えばお人よしが裏目に出るタイプというか、\n悪気がない分、[性質*たち]が悪いのよね」
  1437. 「もっとも……こんなお人よしだからこそ、\nみんな士道に惹かれるんだろうけど……」
  1438. 「琴里……?」
  1439. 「――と、とにかく、士道が見たっていう光の情報も、\n一応探ってみるわ」
  1440. 「あ、うん……でも……」
  1441. 「なによ? まだ何かあるの?」
  1442. 「や……これは、そもそもの話になっちゃうんだけどさ。\nその……あのモニュメント、いつからあったんだ……?」
  1443. 「……はぁ。前言撤回ね。\nあなた、何言ってるの? ほんとに頭大丈夫?」
  1444. 「ぐっ……! そ、そう言われると思ったから、\n言いにくかったんだよ。だけど、琴里が気づいたことがあったら\n報告してくれって言ってたから……」
  1445. 「…………そうね」
  1446. 「自分でも、変なこと言ってるんだろうなっていう自覚はあるよ。\nでも……あんな大きなモニュメント、一度見れば覚えるはずだろ?なのに、まったく見覚えがなかったんだ……」
  1447. 「……これは、思いのほか重症ね。\n一度本部で本格的な検査してもらった方がいいかもしれないわ。\nいい? あのモニュメントは――」
  1448. 「……?」
  1449. 「あのモニュメントは、確か……」
  1450. 「……確か?」
  1451. 「そう、新天宮タワーの建設が始まったころよ。\nさっきテレビでもやってたでしょ。そこそこ前の話だけど、\n当時は結構話題になってたじゃない?」
  1452. 「……それって、どれくらい前だ?」
  1453. 「新天宮タワーの工事が始まったのは一昨年ね。\n……本当にどうかしちゃったの?」
  1454. 「うーん……やっぱり俺がおかしいのか。\nなんか、どんどん自信がなくなってきた……」
  1455. 「ほんの数日前まで、高熱で三日も意識不明だったんだもの。\nただでさえ、崩れやすい士道のプリン脳が、\n沸いてしまったとしても仕方ないわね……」
  1456. 「フォ、フォローになってねえ……。\nてか、人の脳に美味しそうな名前つけてくれてんじゃねえ」
  1457. 「むう、みな天宮タワーがそんなに好きなのか?」
  1458. 「いや、みんな見納めに行けたら行こうかなって感じじゃないか?\nやっぱり新旧交代のイベントで盛り上がってるみたいだし」
  1459. 「ふむ……これからは新天宮タワーの時代……ということか?」
  1460. 「ああ、そうなっちゃうんだろうな……」
  1461. 「で、では……開場したら、また一緒にデェトに行ってくれるか?」
  1462. 「え……?」
  1463. 「いいんじゃない、行ってくれば?\nプリン体の脳でも、そこそこのデートはできるでしょうから……」
  1464. 「おい、何気にプリンからプリン体に変わってないか?」
  1465. 「そっちの方が血流悪そうで、真に迫ってると思うけど?」
  1466. 「んぐっ……!」
  1467. 「ラ、ラブラブタワー……?\n……っておい、名称変わってるじゃないか」
  1468. 「よ……よしのん! そ、そんなこと言ったら……。\nし、士道さんが……こ、困っちゃうよ……っ」
  1469. 「よ、よし、わかった!\nじゃあオープンしたら、みんなで行こう!\nな? 琴里も十香もそれでいいだろ?」
  1470. 「わ、私は行きたいなんて言ってないけど?」
  1471. 「……まぁ、士道一人じゃ心もとないって言うなら、\n付き添いがてら行ってあげなくもないけどね……」
  1472. 「じゃあ、それでいいから。みんなで行こう。な?」
  1473. 「わ、わかったわよ……」
  1474. 「十香もそれでいいか?」
  1475. 「う、うむ……! 一歩前進、なのだ!」
  1476. 「よ、よしのん……頼むからこれ以上、\n空気をかき回さないでくれ……」
  1477. 「ところで士道、気が付いてる?」
  1478. 「え? なにが……?」
  1479. 「ご飯食べ終わってないの、もうあなただけよ?」
  1480. 「あ……」
  1481. 「おーい、十香……?」
  1482. 「ん、どうしたのだ?」
  1483. 「その……十香にちょっと付き合ってほしいんだ。\n例の天宮タワーなんだけど、やっぱりどうしても気になってさ。\n……駄目かな?」
  1484. 「べ、別に構わんが……私でよいのか?」
  1485. 「十香と一緒に行きたいんだよ」
  1486. 「……!? そ、そうか……!」
  1487. 「今朝、あのモニュメントを一緒に観たのは十香だし――」
  1488. 「む……! そういうことか……」
  1489. 「え? なんだ?」
  1490. 「な、なんでもない……!」
  1491. 「そ、そうか……もし、何にも問題なければ、見納めに\n展望台デートでもしてこようかなあって思うんだけど……」
  1492. 「せっかくだし、見納めに展望台デートでもしてこようかなあって思うんだけど……」
  1493. 「おお! それはよい考えだな! では行こう!」
  1494. 「あ、ああ……!」
  1495. 「むう……今度こそ頑張るぞ……。\n頑張って……いつかシドーと『ケッコン』するために……」
  1496. 「おい、十香? さっきから何ブツブツ言ってるんだ?」
  1497. 「ぬ! な、何でもないぞ! ぜ、全然普通だ!」
  1498. 「や……どう見ても普通じゃなかったような……」
  1499. 「とにかく、普通なのだ!」
  1500. 「お、おう……そうか」
  1501. 「……まだ、結構人いるな。タワーも絶賛営業中みたいだし」
  1502. 「シドー……あの大きな石が、本当に光ったのか?」
  1503. 「ああ……今朝見たときは、確かに光ったと思ったんだけどな……」
  1504. 「そうか……では、朝と同じようにしてみればよいのではないか?」
  1505. 「え? ああ……そうだな! ナイスアイディアだ、十香!」
  1506. 「うむ! 役に立てたなら良かったのだ!」
  1507. 「よ、よし! じゃあ、まず十香は向こう側に行ってもらえるか?」
  1508. 「うむ! では行ってくるぞ!」
  1509. 「おーい! シドー! 着いたぞー!」
  1510. 「何か変わったことはないかー?」
  1511. 「おーい十香! 何か変わったことはないかー?」
  1512. 「ん……? ん……? 特にないぞー!」
  1513. 「うーん、今朝はこのタイミングだった気が……。\nよし、俺も近くで見てみよう!」
  1514. 「そうか……一応、俺も近くで見てみるか」
  1515. 「どうだシドー?」
  1516. 「……見たところ特におかしい所もないし……。\nやっぱり、朝のは気のせいだったのか?」
  1517. 「いや……あの赤い玉をもうちょっと調べてみ……」
  1518. 「……見たところ特におかしい所もないし……やっぱり、俺の気のせいなのかな?」
  1519. 「っ!? シドー! 離れろッ!!」
  1520. 「え……ッ!?」
  1521. 「む! 一体、何が起こってるのだ……!?」
  1522. 「――!? な、なんだよありゃッ!?」
  1523. 「……ぬ!? 貴様、何者だッ!?」
  1524. 「――っくッ!」
  1525. 「――うおッ!?」
  1526. 「シドー! 大丈夫かッ!?」
  1527. 「あ、ああ! 足元ギリギリのところでセーフだった!\n十香はッ!?」
  1528. 「無事だッ! あやつ攻撃してくるぞ!\nシドー! もっと距離をとれッ!」
  1529. 「お、おう!」
  1530. 「……い、いきなり攻撃してくるなんて……!\nアイツは一体何なんだよ! それにここはどこだ!?」
  1531. 「落ち着けシドー! 焦っては敵の思うツボだ!」
  1532. 「て、敵……ッ!?」
  1533. 「む! 追ってきたぞッ!?」
  1534. 「な、なんで俺たち狙われてんだよ!?」
  1535. 「駄目だ……これでは……!\nこのままでは……シドーを守れん……ッ!」
  1536. 「十香……!?」
  1537. 「〈[鏖殺公*サンダルフォン]〉……ッ!」
  1538. 「シドー! 攻撃がくるッ! さがっているのだッ!」
  1539. 「――え?」
  1540. 「フンッ!」
  1541. 「……そっちがその気なら、こちらも容赦はせぬぞ!?」
  1542. 「お、おい! ど、どうして攻撃してくるんだ!?\n話せば――」
  1543. 「――シドー! 出るなッ!」
  1544. 「うひゃッ!?」
  1545. 「――くッ! フンッ!」
  1546. 「シドー! 怪我はないかッ!?」
  1547. 「す、すまん十香! 俺は大丈夫だッ!」
  1548. 「シドー! 奴らには意思が感じられん! 話しかけても無駄だ!」
  1549. 「い、意思が……?」
  1550. 「うむ……! だからシドー、大人しくさがっていてくれ!」
  1551. 「わ、わかった! でも……き、気をつけろよ!」
  1552. 「案ずるな! 今終わらせる! 〈[鏖殺公*サンダルフォン]〉!」
  1553. 「あ……ああ……力が……!」
  1554. 「この……ッ! 沈め――ッ!」
  1555. 「と、十香……?」
  1556. 「ぅ……っ!」
  1557. 「十香! だ、大丈夫か!?」
  1558. 「……あ、案ずるな。もう落ち着く……」
  1559. 「ならよかった……」
  1560. 「シドーも無事のようだな……」
  1561. 「ああ……ありがとな。十香のおかげで助かったよ」
  1562. 「……わ、私は……普通の[女子*おなご]ではないからな……」
  1563. 「ん……?」
  1564. 「な、なんでもないのだ……!」
  1565. 「そ、そうか……」
  1566. 「それにしても、今のは一体……?\n周りの人は全然気がついてないみたいだな……」
  1567. 「ん……私たちが戦ったのは、ここではないどこかなのだろうな」
  1568. 「ここではない、どこか?」
  1569. 「あの石が光った時に、とても強い力を感じたのだ。\nおそらくあの時に……」
  1570. 「どこかに飛ばされた?」
  1571. 「あるいは……私たちだけ結界とやらに閉じ込めたのかもしれんな」
  1572. 「結界……!?」
  1573. 「なあ十香? ……『敵』の狙いって何なんだ?\n俺たちの命なのか?」
  1574. 「それは、わからんが……ただ……」
  1575. 「ただ?」
  1576. 「あれが攻撃してきたのは、警告かもしれん」
  1577. 「け、警告?」
  1578. 「シドーに万が一のことがあっては困るから、攻撃は全て弾いた。\nだが……もっと激しく攻撃することもできたのではないか?\nあれは、意図的に手加減していたようにも思えた」
  1579. 「え……!?」
  1580. 「なぜかはわからぬが……あやつはただ、\n私たちにここに近づいて欲しくなかったのだろうな」
  1581. 「……ってことは、ここには何か触れられたくない秘密がある……。そういうことか?」
  1582. 「むう……難しいことは私にもわからんが……」
  1583. 「そっか……」
  1584. 「シドー……?」
  1585. 「十香……ごめん。どうやら、今夜のデートはこれまでみたいだな。展望台にのぼれなかったのは残念だったけど……。\n琴里に報告しないといけないし……」
  1586. 「そ、そうだな……」
  1587. 「でも、十香に付いてきてもらって正解だったよ。俺ひとりじゃ、あんな奴が出てきても何もできなかったし」
  1588. 「ありがとな、十香!」
  1589. 「う、うむ……。\nでは……帰るのだ……」
  1590. 「あ、おい! ちょっと待てよ……!」
  1591. 「……というわけなんだけど、十香のおかげで、なんとか無事に\n帰ってこられたよ」
  1592. 「……で?」
  1593. 「……いや、それ以外は特に……」
  1594. 「……結果良ければ全て良しってわけ?」
  1595. 「ふざけるんじゃないわよ、この阿呆兄が!」
  1596. 「ぅ……!」
  1597. 「私に黙って、なに勝手なことしてるのよ!\n何かあったら、どうするつもり!?」
  1598. 「ご、ごめん……。\nし、心配かけるつもりはなかったんだけど……」
  1599. 「自分の身体のことわかってるの!?\n今は治癒の炎が失われてるのよ!?\nそれは再三言ってるでしょう!!」
  1600. 「す、すまん……それに関しては、俺が全部悪い」
  1601. 「……まあ、無事だったのは何よりだけどね……」
  1602. 「あ、ああ……」
  1603. 「そのモニュメントはすぐに調査させるわ。だけどね――」
  1604. 「――あなたの勝手な行動で、精霊たちが暴走する可能性だってあるわ。だから、今度からは必ず相談しなさい」
  1605. 「あ、ああ……必ずそうする」
  1606. 「わ、わかればいいの。\n天宮市を覆ってる広域結界と、何らかの因果関係はありそうだけど……まぁ、結果がでないことにはわからないわね」
  1607. 「そう、だな……頼む」
  1608. 「ええ。これで少しは進展するかしらね……この件に関してはこっちに任せなさい。\n士道は引き続き、精霊たちのこと、頼むわよ」
  1609. 「ああ、わかった……」
  1610. 「朝食よし……弁当よし。\nこれで今日の準備も万端だな」
  1611. 「……四糸乃、朝食の手伝いありがとうな」
  1612. 「……は、はい」
  1613. 「それじゃ、みんなを呼んでくるか」
  1614. 「……ん?」
  1615. 「…………」
  1616. 「…………」
  1617. 「…………」
  1618. 「おーい、四糸乃? 朝飯だぞー?」
  1619. 「は、はいっ。い、今、行き…ますっ」
  1620. 「……?」
  1621. 「……さて、昼休みだな」
  1622. 「じゃあ、俺も……いただきまーす。\nん……はっ!?」
  1623. 「多分、そうだな」
  1624. 「ただいまー」
  1625. 「士道、さん……おかえり、なさい……です」
  1626. 「あ、なんだいたのか」
  1627. 「お、おう……。よしのんもただいま」
  1628. 「……あのさ、ちょっと聞きたいんだけど、\n四糸乃は遊園地って知ってるか?」
  1629. 「士道、さん……おかえり、なさい……です。\n……あ、あの……」
  1630. 「言うべきこと……?」
  1631. 「…………」
  1632. 「……あ、ああ。そうか。\nうん、言いたいこと、あるよ」
  1633. 「……四糸乃とよしのん、ありがとな。\n弁当のウサギ、嬉しかったぞ」
  1634. 「……! は、はいっ!」
  1635. 「……あんなかわいい弁当を作ってもらったんじゃ、何かお礼をしなくちゃいけないよな」
  1636. 「そ、そんな……いいです、から」
  1637. 「遠慮しないでくれよ。俺が、四糸乃とよしのんにお礼したいんだ」
  1638. 「で、でも……」
  1639. 「…………」
  1640. 「んー、お礼か……そうだなあ……。\n……四糸乃、遊園地って知ってるか?」
  1641. 「……ゆ、遊園地っ!?」
  1642. 「おっ、知ってるみたいだな」
  1643. 「こ、この前……テレビで見ま、した。\nす、すっごく、楽しい場所だ、って……」
  1644. 「そうそう。その遊園地。\n……今日これから一緒に行かないか?」
  1645. 「え!?」
  1646. 「今日のウサギのお礼にさ。\n……どうしても四糸乃がお礼を受け取りたくないって言うなら諦めるけど…」
  1647. 「や、四糸乃が人ごみが苦手なのはわかってるけどさ、\nたまには気分を変えて、パーっと遊びにいくのもいいんじゃ\nないかと思って」
  1648. 「人に慣れるのも大事なことだし……と言っても、四糸乃がどうしてもイヤだって言うなら諦めるけど……」
  1649. 「あう……うぅ…ど、どうしよう? よしのん…」
  1650. 「そんなことないぞ? よしのんへのお礼でもあるんだから」
  1651. 「ははは……で、どうする?」
  1652. 「え、えっと……」
  1653. 「……い、行き、ますっ! 連れてって……くだ、さいっ」
  1654. 「よし、決まりだな。\nそれじゃ、準備してこいよ。さっそく行こうぜ!」
  1655. 「は、はいっ!」
  1656. 「……ふ、ふぁあ……」
  1657. 「人が多いな……」
  1658. 「そ、そう、ですね……」
  1659. 「よ、よしのん……ど、どうしよう……」
  1660. 「え、えぇっ?\nそんな……よしのん……」
  1661. 「え……?」
  1662. 「……四糸乃」
  1663. 「……えっ?」
  1664. 「……大丈夫。手を貸して」
  1665. 「あ……」
  1666. 「ほら……手をつないでれば、迷子になったりしないから」
  1667. 「あ……は、はいっ」
  1668. 「士道さんの手……あたたかい、です……安心します」
  1669. 「……そうか、よかった。\nよし、それじゃ行こうぜ。\nしっかり、つかまってろよ!」
  1670. 「はいっ」
  1671. 「よしのんも! な!」
  1672. 「……さて、遊園地でデートか……色々乗り物あるけど、どれから乗ったものか……」
  1673. 「神無月さんッ!?」
  1674. 「……いや、特にまだ決めてないですけど……。\nまさか、選択肢ですか……?」
  1675. 「……それはよかった」
  1676. 「えーっ!? それって……本当に大丈夫なんですか?」
  1677. 「は、はぁ……」
  1678. 「不安だなぁ……」
  1679. 「へえ……で、その二通りって……?」
  1680. 「吊り橋効果ってことですか? それなら、聞いたことありますね」
  1681. 「こっちが抱きつくのかよッ!?\n……てか、相手は四糸乃ですよ?\n琴里じゃあるまいし、そんな反撃はしてこないんじゃ……」
  1682. 「あんた今あーって言ったよな! ていうかテンション低っ!?」
  1683. 「スルーなのかよ!\nまぁ、なるほど……愛を語るかどうかはともかく、それはそれで楽しそうですね」
  1684. 「だから、それは琴里でしょうっ!?」
  1685. 「……四糸乃。\nとりあえず、お化け屋敷にでも行ってみるか?」
  1686. 「お化け、屋敷……それって……怖い、んじゃないですか……?」
  1687. 「怖いって言えば怖いかもしれないけど……。\nまあ、それを楽しむものだから……俺がついててやるけど、イヤか?」
  1688. 「……い、行き……ます。\n士道さんと……一緒、なら……平気、です!」
  1689. 「よし、行こう!」
  1690. 「…………!!」
  1691. 「……うっ!!」
  1692. 「……ひっ!!」
  1693. 「……四糸乃、大丈夫だぞ……」
  1694. 「……! はい……」
  1695. 「えっ……あ、いや。すまん、その……四糸乃の手を……」
  1696. 「お、おう……すまん……ありがとな、よしのん」
  1697. 「……あっ」
  1698. 「とりあえず、観覧車でも乗ろうか……」
  1699. 「観覧……車……?」
  1700. 「おう、ホラ……あそこに見える大きな輪っかだ。\nてっぺんまで上がると、遠くまで見渡せて気持ちいいぞ」
  1701. 「……はい。士道、さんの行くところ、でしたら……どこでも……」
  1702. 「じゃあ、行こうか」
  1703. 「…………」
  1704. 「ほら、どうだ四糸乃……地面がどんどん遠ざかっていくぞ」
  1705. 「……そ、そうですね」
  1706. 「ほら、あっちには新天宮タワーも見える……」
  1707. 「……はい」
  1708. 「ど、どうだ? なかなか楽しくないか?」
  1709. 「……は、はい……」
  1710. 「おわっ!?」
  1711. 「し、士道、さん……!? 大丈夫、ですか……?」
  1712. 「あ、ああ……全然大丈夫だって。\nど、どうだ四糸乃、楽しかったか?」
  1713. 「…………空は、綺麗、でした……」
  1714. 「私……士道さんと一緒、なら……いつでも……楽しい、です」
  1715. 「お、おう、そうか!?」
  1716. 「……はい、別に……高いところ、行かなくても……」
  1717. 「……そ、そうか。ハハハ……それは嬉しいな……」
  1718. 「よし、それじゃあ、他にもいろいろ乗ってみようか」
  1719. 「は、はい……!」
  1720. 「う……くっ……」
  1721. 「う、うおーっ! だ、大丈夫か、四糸乃?\nジェットコースター、怖くないか?」
  1722. 「へ、平気……です……」
  1723. 「ふーっ、ここのジェットコースター、ちょっと迫力あり過ぎだな。俺までちょっとビビッちまった」
  1724. 「……よし、次はあっちの迷路バスターズに行ってみよう。\n最新の光線銃バトルだぞ!」
  1725. 「……お、なかなかやるじゃないか!\n狙いが正確だな。こっちも負けてられないぞ……」
  1726. 「…………!」
  1727. 「……ふう。残念、負けちゃったな。\n四糸乃って意外にこういうの上手いんだな」
  1728. 「……そ、そんなこと……ありません。\nよしのんも……がんばって、くれたから……」
  1729. 「おう、そっか。四糸乃、楽しめてるか?」
  1730. 「はい……士道、さんと……遊園地に来られて、とっても幸せ、です……!」
  1731. 「よし、それじゃ今日は思い切り付き合ってやるからな!」
  1732. 「……はい!」
  1733. 「……あっ……わわ……あわわ……」
  1734. 「ほら四糸乃、そこでブレーキ踏んで!」
  1735. 「は、はい……えいっ!」
  1736. 「お、良い感じだ! 上手上手!」
  1737. 「おっ、いいノリだな!\nよし、こっちも負けないぜ!」
  1738. 「……えいっ! ……えいっ!」
  1739. 「そうは行くか! ほら、追い抜くぞ!」
  1740. 「……士道さん、初めてがいっぱいで……すごく楽しいです!」
  1741. 「おう、俺も凄く楽しい。\nな、よしのん……おまえもそう思うだろ?」
  1742. 「……よしのん?」
  1743. 「……あれ、聞こえなかったか?」
  1744. 「……うん」
  1745. 「じゃ、気を取り直してラスト一周だ!」
  1746. 「……いっぱい、乗り物に乗れ、ました!」
  1747. 「お、満足そうな顔してるな。四糸乃が喜んでくれたなら、\n来た甲斐があったよ」
  1748. 「はい……」
  1749. 「それにしても、今日のよしのん、ちょっと静かだったよな。もっと四糸乃の運転に色々ツッコミを入れると思ったんだけど……」
  1750. 「珍しいけどどうかしたのか?」
  1751. 「ん……?」
  1752. 「……よしのん?」
  1753. 「……ずいぶんと信頼されたもんだな。よかったな、四糸乃」
  1754. 「…………」
  1755. 「おっと、もうこんな時間か。そろそろ帰らないと」
  1756. 「その前に……四糸乃、ちょっとの間だけ、ここで待っててくれるか?」
  1757. 「え? ど、どこに……行くんですか?」
  1758. 「いや、ちょっと、な……」
  1759. 「わ、私も……ついて、行きますっ」
  1760. 「あ……いや……ごめん、四糸乃……」
  1761. 「……どうして、ですか……?」
  1762. 「その……男子トイレに四糸乃を連れていく訳にはいかないだろ?」
  1763. 「え? ………あっ」
  1764. 「と、トイレ……ですか……すみま、せん……」
  1765. 「そういう訳で、ちょっと行ってくるから……」
  1766. 「は、はい……」
  1767. 「……ふーっ。\nさて、四糸乃は……あ、いたいた」
  1768. 「……ん?」
  1769. 「……え、えぇっと……」
  1770. 「う、うん……」
  1771. 「……大人には……憧れる、かも……」
  1772. 「……よしのん?」
  1773. 「……!?\nそ、それは…その……えっと……」
  1774. 「……わ、分からない、よ…」
  1775. 「親、に……?」
  1776. 「……あ、いや……なんか、邪魔しちゃったかな?」
  1777. 「……そ、そうか」
  1778. 「…………」
  1779. 「お、おう、そうだな。\nじゃ、四糸乃……帰ろうか」
  1780. 「……はい」
  1781. 「……あれ?」
  1782. 「……四糸乃?」
  1783. 「……士道、さん……?」
  1784. 「何してるんだ、こんなところで? 家に入らないのか?」
  1785. 「……空、を……見てたんです……」
  1786. 「空……?」
  1787. 「はい……キレイ、だな、って……」
  1788. 「……ああ、そう言えば、もう夕方だもんな。\n西日が雲に差して……確かに綺麗だな」
  1789. 「……はい」
  1790. 「令音さん……?\nはい、クリアに聞こえてますよ」
  1791. 「……ええ、そうですけど……何か?」
  1792. 「ええ、確かに一緒にいますけど、合流したのはつい今しがたですよ?」
  1793. 「夕日を……見ていた、らしいですけど……」
  1794. 「はい。夕日が綺麗だ、って……」
  1795. 「えっ? あんまり遅くなるとあれだし、連れて帰ろうと思ってたんですが……」
  1796. 「き、気がするって……そうは言っても……」
  1797. 「わかりました。しばらくこのまま四糸乃と夕日デートと洒落込みますよ」
  1798. 「……どうか……しました、か……?」
  1799. 「あ、いや……俺も一緒に見てみようかと思ってさ……」
  1800. 「……本当、ですか……?」
  1801. 「おう……邪魔にはならないようにするよ」
  1802. 「……じゃ、邪魔なんて……そんなことない、です……。\n……一緒に見られたら……うれ、しいです……」
  1803. 「そ、そうか……じゃ、せっかくだから……もっと眺めのいいところに移動しないか?」
  1804. 「もっと空が大きく見える場所があるんだ」
  1805. 「……?」
  1806. 「…………」
  1807. 「…………」
  1808. 「……四糸乃、綺麗だな」
  1809. 「……え!?」
  1810. 「ん?」
  1811. 「……あー、そういうつもりじゃなかったんだけどな。\n夕日、本当に綺麗だなって思ってさ」
  1812. 「ううん……士道さんも同じ気持ちで……うれしい、です!」
  1813. 「四糸乃に言われなかったら、俺も凄い景色を見過ごしてたところだったよ。ありがとな、四糸乃」
  1814. 「……はい!」
  1815. 「……四糸乃、いつまでもこんな所にいるわけにもいかないし、\nそろそろ家に帰ろうぜ」
  1816. 「……え……あ、あの……」
  1817. 「夕日なら、明日また見られるしさ。こういう時間が一番風邪とか引きやすいし……」
  1818. 「あ、あの……も、もう少し……もう少し、だけ……」
  1819. 「……な、泣くな四糸乃! 別にもう少しなら大丈夫だから」
  1820. 「え、俺そんなつもりじゃ……」
  1821. 「……もう少しだけ……見て、いいです、か?」
  1822. 「あ、ああ……好きなだけ見てていい。ただ、暗くなる前に家に帰って来いよ?」
  1823. 「…………はい」
  1824. 「ふーっ、ちょっと焦った……」
  1825. 「はい……以後、気をつけます……」
  1826. 「……おーい、四糸乃……?」
  1827. 「……は、はい……何、でしょう……?」
  1828. 「い、いや……俺、ちょっと天宮タワーまで行こうかと思うんだけど……」
  1829. 「……もし良かったら、一緒に来ないか?\n何もなければ、そのまま展望台で夜景を見て帰ってくる……みたいな感じで」
  1830. 「……私も……一緒に行って、いいんですか……?」
  1831. 「お、おう。四糸乃が良ければ、来てくれると嬉しい」
  1832. 「い、行きます! 士道さんと……一緒です、から……」
  1833. 「悪いな……まあ、ちょっと夜の散歩くらいの気分で楽しもう」
  1834. 「……はい!」
  1835. 「よし、行くか」
  1836. 「……まだ、結構人いるな。タワーも絶賛営業中みたいだし」
  1837. 「…………」
  1838. 「モニュメントも、見たところ特におかしい所もないし……やっぱり、ただの気のせいだったのかな……」
  1839. 「いや、念には念を……もうちょっと近くで調べて……」
  1840. 「士道さん、危ないっ!」
  1841. 「な、なんだっ!?」
  1842. 「…………!!」
  1843. 「……て、天使……!?\nこれは……〈天使〉、なのか……?」
  1844. 「うわっ!!」
  1845. 「士道、さんっ!!」
  1846. 「だ、大丈夫! 足元ギリギリでセーフだ!」
  1847. 「近づくな……ってことか!?」
  1848. 「ぐぉっ……あ、あぶねぇ!?\nど、どういうことだ……? やっぱり、ここには何か……」
  1849. 「く! また攻撃してくるのか……!?」
  1850. 「士道さん……!! わ、私が!!」
  1851. 「〈[氷結傀儡*ザドキエル]〉……!!」
  1852. 「…………!」
  1853. 「……四糸乃!」
  1854. 「な、なんなんだよ、こいつは……!?」
  1855. 「これ以上は、やらせま……せん!!」
  1856. 「……消え……た……?\nまるで……精霊の霊装が消えていくみたいだ……」
  1857. 「……はぁ……はぁ……」
  1858. 「……四糸乃! 大丈夫か!?」
  1859. 「……平気、です……。\n士道さん……が、無事で、良かった……」
  1860. 「ありがとな、四糸乃のおかげで助かったよ」
  1861. 「…………」
  1862. 「それにしても、今の〈天使〉みたいなのは一体……?\n周りの人には何も見えてなかったのか……?\nみんな何事もなかったような顔をしてるけど……」
  1863. 「……凄く、強い力を……感じました……」
  1864. 「勘が当たったってことかな。これはただのモニュメントじゃなくて、天宮市を包んでる結界に何か関係あるのかもしれない。今はあんまり近づかない方がいいな」
  1865. 「ああ、琴里に報告しないとな……。\n四糸乃、残念だけど今夜の散歩は終わりにしよう。\n展望台に登れなかったのは残念だけど……」
  1866. 「……いえ……大丈夫、です……」
  1867. 「それじゃあ、今日は帰るか」
  1868. 「……はい」
  1869. 「……というわけなんだけど、四糸乃のおかげで、なんとか無事に帰ってこられたよ」
  1870. 「……で?」
  1871. 「……いや、それ以外は特に……」
  1872. 「……結果良ければ全て良しってわけ?」
  1873. 「ふざけるんじゃないわよ、阿呆兄が!」
  1874. 「ぅ……!」
  1875. 「私に黙って、なに勝手なことしてるのよ!\n何かあったら、どうするつもり!?」
  1876. 「ご、ごめん……。\nし、心配かけるつもりはなかったんだけど……」
  1877. 「自分の身体のことわかってるの!? 今のあなたには私の霊力がないの!\nそれは再三言ってるでしょう!!」
  1878. 「す、すまん……それに関しては、俺が全部悪い」
  1879. 「……まあ、無事だったのは何よりだけどね……」
  1880. 「う、うん……」
  1881. 「そのモニュメントはすぐに調査させるわ。だけどね――」
  1882. 「――あなたの勝手な行動で、精霊たちが暴走する可能性だってあるわ。だから、今度は必ず相談しなさい」
  1883. 「あ、ああ……必ずそうする」
  1884. 「わ、わかればいいのよ。\n天宮市を覆ってる広域結界との因果関係はありそうだけど……。\nまぁ、結果がでないことにはわからないわね」
  1885. 「そう、だな……頼む」
  1886. 「ええ。これで少しは進展するかしらね……この件に関してはこっちに任せなさい。\n士道は引き続き、精霊たちのこと、頼むわよ」
  1887. 「ああ、わかった……」
  1888. 「ぅわ……ッ!?」
  1889. 「…………!」
  1890. 「っつつー……す、すまん、大丈夫か? ――いッ!?」
  1891. 「平気」
  1892. 「……?」
  1893. 「ほ、ほら! い、いいから早く掴まれよ!」
  1894. 「ありがとう」
  1895. 「いや、悪い。ちょっと考えごとしてて……」
  1896. 「考えごと?」
  1897. 「あー……でも、大したことじゃないから気にしないでくれ!」
  1898. 「そう……ならいい」
  1899. 「……ええっと。も、もうすぐチャイムが鳴るな?」
  1900. 「あと五分十七秒……」
  1901. 「そ、そうか。じゃあ……そろそろ席につかないとな。\nきょ、教室に入らないか?」
  1902. 「ん……」
  1903. 「おーい! 私の彼氏の五河く~ん! ご飯に行きましょう~!」
  1904. 「真昼間から、人の名前を気色の悪い声で呼ぶんじゃねえ!\nてか、誰が彼氏だ! 誰が!」
  1905. 「はは、なんだ五河、照れてるのか? だが……そんなおまえも悪くないぞ?」
  1906. 「お、おい……そ、それ以上、誤解を招く発言をしたらぶっ飛ばすぞ!」
  1907. 「心配するな五河。その疑い、俺が全力で晴らしてやる!\n……おまえにこれ以上、肩身の狭い思いはさせられないものな?」
  1908. 「た、頼む……! 頼むからもう何もしないでくれ!\nおまえはもっと自分の行動を反省しろよっ!?」
  1909. 「五河……男にはな、わかっててもやらなきゃならないときってのがあるんだよ……」
  1910. 「そこからくだらない話になるのが、手に取るように\nわかるんだが……?」
  1911. 「いやいや、そんなことあるわけないだろ?\n俺の話はいつだって重要――」
  1912. 「――あ、あそこにおまえに手招きしてるっぽい女子がいるぞ?」
  1913. 「え? マジ?」
  1914. 「マジマジ。やったな殿町! 春がきたな!\nグズグズしてると行っちゃうぜ?」
  1915. 「な、なんだとぅ!?\n待ってろ、未来のハニー!」
  1916. 「行ってこーい。\nふぅ……バーロー、そんな都合良くいるかよ」
  1917. 「なんか疲れた……って言ってる場合でもないか。\n昼飯は十香と食お……あれ、いない?」
  1918. 「さて、どこまで歩こうかな?」
  1919. 「うん。夜の公園って、わりと落ち着くよな」
  1920. 「さてと……どうしたもんかなあ」
  1921. 「士道……?」
  1922. 「ん? り、凜祢……!?」
  1923. 「良かった。ここにいるような気がしたんだ」
  1924. 「おう……凜祢、帰ったんじゃなかったのか?」
  1925. 「あはは……士道が家の前歩くの、見えたから。\nどうしたのかなーって」
  1926. 「あー、いや……たまにはゆっくり考え事でもしようかなって思ってさ」
  1927. 「士道は、まだ決めてないんだね……」
  1928. 「決めてないって、何をだ?」
  1929. 「誰かを守りたい、幸せにしたいって思ったら、ちゃんとその人を大切に思い続けなきゃダメだよ?」
  1930. 「よくわからんが……いったい何の話だよ?」
  1931. 「恋の話、だよ。悩み……違った?」
  1932. 「な……!?\nあー、えーと……いや、その……それもちょっとあるような、ないような……」
  1933. 「ほら。士道のことなら、私にだってわかるんだから。\nちゃんと選んであげなきゃ、女の子は可哀想だよ?」
  1934. 「あー……すまん。なんか違う気がするけど……」
  1935. 「大切な一人と一緒なら、それはきっと素敵な恋になるよ」
  1936. 「だから、『次』は頑張ってね。\n……それじゃあ、おやすみなさい」
  1937. 「ああ、サンキュ。おやすみ」
  1938. 「全然、考えがまとまらなかった……」
  1939. 「でも凜祢のヤツ、なんであんなこと……」
  1940. 「でも、『大切な一人と一緒なら、それはきっと素敵な恋になるよ』\nか……」
  1941. 「ああもう! よくわからん! とりあえず今日は寝る!」
  1942. 「おやすみなさい……」
  1943. 「――ッ!?」
  1944. 「…………………ッ!!!!」
  1945. 「……ぐぅ……」
  1946. 「……士道」
  1947. 「……ん……んん……」
  1948. 「士道、起きなさい」
  1949. 「……うーん。\n……あれ、琴里? なんだよ、こんな朝早く……」
  1950. 「報告があるの。朝食前に少し時間もらうわよ」
  1951. 「あ、ああ……わかった。ちょっと待ってくれ」
  1952. 「それで、報告ってなんだ?\n例のモニュメントのこと……それとも、襲ってきた奴のことか?」
  1953. 「どっちかじゃないわ。両方よ」
  1954. 「両方?」
  1955. 「あのモニュメントに近づいた時、\nそれを妨害するかのように天使のようなモノが現れた」
  1956. 「うん」
  1957. 「ならそれは、セットで考えた方が自然よ」
  1958. 「確かにそうかもな……で、あいつは何だったんだ?\n精霊……なのか?」
  1959. 「断定するには材料が少なすぎるわね。\n……観測数値の記録だけで言えば、精霊に酷似しているのは確か」
  1960. 「ど、どういう意味だ?」
  1961. 「数値上は、精霊のそれに限りなく近い存在ってこと。十香たちのような自由意思のある精霊とは別種の存在だろうけど……」
  1962. 「……うむ?」
  1963. 「……士道の脳が、アザミウミタマゴバチより少なかったとしても、それぐらいの想像力は持っててほしいわね。人として」
  1964. 「ぅ……な、なんだよそのハチ……」
  1965. 「――もういいわ。とにかく、霊力で生成された存在であることは間違いない」
  1966. 「ゲーム的に言うと、『ゴーレム』とか、『ガーディアン』とか\n……そんな感じね」
  1967. 「なるほどな……でも、詳しいことはさっぱりって感じか?」
  1968. 「ええ、そこまではさすがにね。\nだけど……少なくとも、結界に関わってそうなのは確かよ」
  1969. 「……なにか、気になることがあるのか?」
  1970. 「あのモニュメントから微弱に出ている霊波パターンの波形……天宮市を包む広域結界と重なるのよ」
  1971. 「っ……!?」
  1972. 「規模が違いすぎて、危うく見落とすところだったけどね。\n思いつきで試してみたらぴったり一致したの」
  1973. 「そ、それって……つまり……?」
  1974. 「結界とモニュメント、二つの存在は密接に関係しているわ。\n要するにね、結界もモニュメントも『ガーディアン』も、\n全部根源は同じである可能性が極めて高いのよ」
  1975. 「これが指し示す答え――あのモニュメントは結界を支える足場に間違いないわ」
  1976. 「この前言ってた足場のひとつがあのモニュメントなのか!?\nじゃあ、あれを壊せれば……」
  1977. 「それで上手く行くならもうやってるわよ。\n残念ながら、これはそんな簡単な話じゃないわ」
  1978. 「もしかして、一つじゃない……とか?」
  1979. 「…………勘がいいわね、その通りよ。\nこの天宮市のどこかに、あのモニュメントのように擬態化してる別の要があるはず」
  1980. 「じゃあ、今度はそれを探し出さないといけないのか……じゃあ、まだまだ序の口ってことだな」
  1981. 「ええ、まだまだ先は長いわ。けどね士道、それを調べるのはこっちの仕事よ。士道はデートを優先してちょうだい」
  1982. 「……け、けどこのままじゃ――」
  1983. 「もちろん、何か気が付いたことがあったら報告して。\nでも、それ以上はダメよ……わかった?」
  1984. 「お、おう……」
  1985. 「解析がうまく進んで、『敵』の根城もわかってくれれば楽なんだけど……」
  1986. 「『敵』……? さっきの『ガーディアン』か?」
  1987. 「それを作った親玉のことよ。結界で私たちを閉じ込めておきた\nがってる何者か……って、もうこの話は終わり!\nあなたはあなたのするべきことをしなさい!」
  1988. 「えー、あー……すまん。でも、なるべく協力するよ。\n早くなんとかしたいもんな。みんな辛いだろうし……」
  1989. 「念押ししておくけど、今のあなたは不死身じゃない。絶対に無茶はしないでちょうだい」
  1990. 「ああ、約束するよ」
  1991. 「本当……心配で令音より寝不足になりそうだわ……」
  1992. 「え……?」
  1993. 「な、なんでもないわよ!」
  1994. 「お、おう……?」
  1995. 「朝ごはん、できた?」
  1996. 「待たせて悪かったな。ちゃっちゃと食べちゃってくれ」
  1997. 「し、士道……さん、\nお、おはよう、ございます……っ」
  1998. 「おう、四糸乃によしのん、おはよーさん。\nちょうど朝飯が用意できたところだから、出来立てのうちに食べてくれ」
  1999. 「は、はいっ、いただき……ます……っ」
  2000. 「あれ……十香はどうしたのよ?」
  2001. 「ああ……十香?\n十香ならもう学校に出かけたよ。飯はいらないって言って……」
  2002. 「あの十香が……朝食も食べずに出てったっていうの……!?」
  2003. 「驚き過ぎだろ……。\nでも珍しいよな、あいつが食欲ないなんて……」
  2004. 「ふ~ん……」
  2005. 「……な、何だよ?」
  2006. 「なんでもないわよ。ま、そのうちわかるわ」
  2007. 「そういうもんなのか?」
  2008. 「……そういや琴里、今日は何時に学校終わるのかな?」
  2009. 「午後の予定も気になるし、ちょっとメールでもしてみるか……」
  2010. 「よし。これでOK」
  2011. 「…………」
  2012. 「琴里からのメールの返信……まだないな……」
  2013. 「気がついてないのかな?\nケータイをまたどこかに忘れてるとか……」
  2014. 「……ま、いいや。\nまた午後にでも確認してみるか」
  2015. 「ふう……殿町にからまれないうちに食べようとしたら、ちょっと早食いしちまったぜ……うぇっぷ……しばらくはお腹がきついなこりゃ」
  2016. 「さてと……お昼は何をして時間潰すかな……」
  2017. 「……そう言えば、次の時間は物理だっけ」
  2018. 「令音さんの準備、手伝ってあげた方がいいかな……今はいつにもまして体調悪そうだし……」
  2019. 「悩んでても仕方ない。身体を動かせば、少しはお腹も楽になるだろうし、手伝いに行くか」
  2020. 「失礼しまーす」
  2021. 「うん……そうよね。\n確かにこの範囲に反応があったわけで……。\nだとすると、ここから、ここまでの地域が……」
  2022. 「……あら、士道?」
  2023. 「……どうしたんだね、シン?」
  2024. 「あ、いや……次の授業、物理なんで。\nせっかくだから教材運ぶのを手伝ったりしようかなって……」
  2025. 「……ああ、そうか。次は私の授業だったか。\n失礼。すっかり忘れていたよ」
  2026. 「すぐに準備してくる。少し待っててくれ」
  2027. 「…………」
  2028. 「……令音さんと何を話してたんだ?」
  2029. 「……え?\nああ……今〈フラクシナス〉で調べてることについてよ」
  2030. 「もう少しで、大きな手掛かりがつかめそうなんだけど……」
  2031. 「はぁ……なかなか思うようにはいかないわね」
  2032. 「……大丈夫か?\nだいぶ疲れてるんじゃないか?」
  2033. 「……ええ、まあ疲れてないって言えば嘘になるけど……」
  2034. 「仮に大丈夫じゃなかったとしても、休んではいられないしね」
  2035. 「おいおい……」
  2036. 「……心配してくれてるの?」
  2037. 「当たり前だろ」
  2038. 「……そ。ありがと」
  2039. 「お、おう……」
  2040. 「そうだ……そう言えば、さっきメールしたんだけど……」
  2041. 「あら、そうなの?\n悪いわね……ちょっと立てこんでて、見てなかった」
  2042. 「そうか……まあ、大した用事じゃないんだけど。\n午後はどうするのかな、とか……」
  2043. 「そうね……午後からは〈フラクシナス〉に行くか、\nここで作業を続けるかね……」
  2044. 「……そうか、大変そうだな」
  2045. 「ええ……」
  2046. 「……待たせたね、シン。それでは、授業に行こうか」
  2047. 「はい。じゃ、琴里……」
  2048. 「ええ、またね士道……私も、そろそろ中学校に戻らないと」
  2049. 「うむ、ではまたな」
  2050. 「琴里……忙しそうだったな」
  2051. 「今日も、できれば琴里をデートに誘おうと思ったんだけど……。あんなに忙しそうならやめておいた方がいいかな……」
  2052. 「……とりあえず、様子だけ見ておくか。\n琴里のやつ、午後も令音さんのところに来てるのかな……」
  2053. 「いなかったらいなかったで、諦めよう」
  2054. 「琴里はいつも忙しそうだよなあ……」
  2055. 「できれば琴里をデートに誘いたいけど……。\n忙しそうならやめておいた方がいいかな……」
  2056. 「……とりあえず、様子だけ見ておくか。\nいなかったらいなかったで、諦めよう……」
  2057. 「……琴里、来てるかな……?\n話し声とかは聞こえないけど……もしかして、誰もいないのか?」
  2058. 「…………」
  2059. 「……なんだ、琴里、いるんじゃないか。\n何か考え事でもしてるのか……?\n邪魔しない方がいいのかな?」
  2060. 「……ん?\nあ、士道」
  2061. 「よ、よお……」
  2062. 「何? また令音に用?」
  2063. 「いや、今度は琴里に用があったんだけど……」
  2064. 「けど、何よ?」
  2065. 「……今日は忙しそうだし、デートしてる時間なんてないよな?」
  2066. 「あ……ああ、そうね。悪いけど……」
  2067. 「いや、おまえが気にすることじゃないし」
  2068. 「今日は、他の誰かを誘ってみるよ」
  2069. 「…………」
  2070. 「じゃあな……」
  2071. 「……待って」
  2072. 「……ん?」
  2073. 「……やっぱり行くわ。デート」
  2074. 「え? で、でも忙しいんじゃ…」
  2075. 「行くったら行くって言ってるの!」
  2076. 「どうせ煮詰まってたところだし……。\nちょっとくらい、気分転換も必要なのよ」
  2077. 「そ、そうか……。\nじゃ、行こうか」
  2078. 「ええ、行きましょ」
  2079. 「さて、街には出たものの、どこへ行こうか?\nとりあえず、何か食べるか?」
  2080. 「……うん」
  2081. 「……?\n琴里……?」
  2082. 「……え?\nあ、ああ……ごめん。何?」
  2083. 「何か食べるかって聞いたんだけど……」
  2084. 「そうね……士道が食べたいもの、食べましょ」
  2085. 「おまえは、希望とかないのか?」
  2086. 「ええ、特にこれといって……」
  2087. 「じゃあ……あれにするか」
  2088. 「あれって……屋台のたい焼き?」
  2089. 「買ってくるから、ここで待っててくれ」
  2090. 「ええ」
  2091. 「お待たせ……って、お、おい、琴里!?」
  2092. 「どうした!? どこか具合でも悪いのか!?」
  2093. 「……大きな声、出さないで。頭に響くから……」
  2094. 「あ、わ、悪い……。\nで、でも……」
  2095. 「……正直、ちょっとつらいかも。横になりたいけど……」
  2096. 「ごめん……もう少し、こうさせてて……」
  2097. 「琴里……」
  2098. 「大丈夫よ。大丈夫だから……」
  2099. 「…………」
  2100. 「琴里、とりあえず、ゆっくり楽にしてろ」
  2101. 「え、ええ……悪い、わね……せっかくのデート……」
  2102. 「そんなこと、気にするなよ。おまえの身体が第一だ」
  2103. 「あ、ありがと……」
  2104. 「…………」
  2105. 「…………」
  2106. 「……どうだ? 良くなったか……?」
  2107. 「え、ええ……なんとか、ね……」
  2108. 「そうか……今日は、もう帰って、休んだ方がいいな」
  2109. 「……そうね」
  2110. 「歩けるか?」
  2111. 「なんとか……」
  2112. 「じゃあ、帰ろうか……」
  2113. 「ええ……ごめんなさい」
  2114. 「ん? なんか言ったか?」
  2115. 「……なんでもないわ。気にしないで」
  2116. 「お、おう……」
  2117. 「…………」
  2118. 「……琴里、ちょっとごめんな」
  2119. 「……え?\n……き、きゃぁっ!?」
  2120. 「な、何しているのよ!?\nおろしなさい!」
  2121. 「悪いな。それは出来ない相談だ」
  2122. 「……な!?」
  2123. 「おまえがそんなに具合悪そうにすることなんて、\n滅多にないじゃないか」
  2124. 「そんな状態のおまえを、見てるだけで放っておくなんて……。\n俺には、出来ない」
  2125. 「で、でも恥ずかしいし……」
  2126. 「恥ずかしさより、おまえの身体優先だ。\nどうしても恥ずかしいって言うなら、俺の背中で顔を隠せよ」
  2127. 「こんな時、おまえを助けてやれないなら、\n俺がおまえのお兄ちゃんでいる意味なんてないだろ」
  2128. 「……士道」
  2129. 「…………底無しの阿呆兄ね」
  2130. 「知ってるよ」
  2131. 「どんだけシスコンなのよ」
  2132. 「悪いか?」
  2133. 「……別に、悪くない、けど」
  2134. 「だったら、おとなしくしてろ」
  2135. 「…………うん」
  2136. 「……なあ、琴里。\nつらいなら、返事しなくてもいいんだけど……」
  2137. 「……前にもこんなことあったよな?\nおまえがまだ小さい頃……」
  2138. 「ほら、公園で転んで、ひざすりむいた時あっただろ?」
  2139. 「あの時、俺すごく焦ってさ。おまえを怪我させちまったって」
  2140. 「すぐに医者に見せなきゃ! 手術とか必要だったらどうしよう!……って具合で」
  2141. 「どう見たって擦り傷なのにさ……ははっ。\n俺、どんだけテンパッてたんだろうな」
  2142. 「……その頃から、士道は全然成長してないってことね」
  2143. 「逆におまえは大人になり過ぎなんだよ。\nでもさ、俺もちょっとくらい、成長しないとって思ってるん\nだぜ?」
  2144. 「……士道は、そのままで良いのよ」
  2145. 「そうか? それもちょっとって感じがするけど」
  2146. 「そうなの……変わらないで、いてほしい」
  2147. 「琴里……」
  2148. 「……それに、私だって、そんなに変わってないわよ」
  2149. 「いいや、おまえは変わっただろ。\n口が達者になって、意地悪くなった」
  2150. 「…………」
  2151. 「……あと、そう、その……いつもと違った意味で、\n可愛くなった……しな」
  2152. 「え!? い、今なんて……」
  2153. 「な、なんでもない!」
  2154. 「も、もう一回言ってよ!」
  2155. 「断る!」
  2156. 「もう……意気地なし」
  2157. 「うっせぇ!」
  2158. 「……その、そう言われて悪い気はしないけど……。\nやっぱり変わってないと思うわ、私も」
  2159. 「だって……その頃から私は、士道のこと……」
  2160. 「……琴里?」
  2161. 「…………」
  2162. 「着いたぞ、琴里」
  2163. 「もうおろして。大丈夫だから」
  2164. 「本当か?」
  2165. 「……うん」
  2166. 「さて、士道……さっきは嫌だって言ってるのに、\nよくもまあ公衆の面前で、無理矢理おぶったわね……」
  2167. 「い、いや……あの時は琴里の助けになれるよう必死で……」
  2168. 「……わかってるわよ、そんなこと」
  2169. 「その……ありがと、士道。\n士道におんぶされてたら、なんだか安心して元気が出たわ」
  2170. 「あ、ああ……」
  2171. 「それと……やっぱり士道も、変わったわ。昔に比べて」
  2172. 「士道の背中、あんなに大きくなってたのね……。\n全然知らなかった」
  2173. 「そ、そうか……まぁ、子供の頃とは身体つきも違うしな」
  2174. 「…………」
  2175. 「……家、入るか」
  2176. 「ええ……」
  2177. 「…………」
  2178. 「……琴里?」
  2179. 「士道……?」
  2180. 「……何してんだよ、こんなところで。\n疲れてるんだろうし、家でゆっくり休んでた方がいいんじゃないのか?」
  2181. 「ちょ、ちょっと、頭の整理をしたいから出てきただけ。\n大丈夫よ……私は全然平気」
  2182. 「そうは言っても、おまえ……」
  2183. 「大丈夫だってば!\n士道に心配されるようなこと……私……」
  2184. 「琴里……」
  2185. 「…………」
  2186. 「なあ、琴里……」
  2187. 「俺に手伝えることはないか?\nおまえが少しでも楽になるなら、俺は……」
  2188. 「ないわね。これっぽっちも」
  2189. 「いや、そんなことは……ちょっとくらいなら……」
  2190. 「ないわ」
  2191. 「そ、そうなのか……」
  2192. 「私がしていることは、私にしかできないことだもの」
  2193. 「いくら士道にだって、代わってもらえるわけじゃないの」
  2194. 「士道には、士道のすべきことがあるはず。\nそれをするのが、士道の役目よ」
  2195. 「……ああ、そうだな」
  2196. 「……かわりと言ってはなんだけど……」
  2197. 「……ん?」
  2198. 「……私が頑張るための元気、士道からもらっても良い?」
  2199. 「……ああ、俺のでよければ、いくらでも分けてやるよ」
  2200. 「……うん、士道ならそう言ってくれると思ってたわ」
  2201. 「今だけ……ちょっとだけ、その肩を貸して……」
  2202. 「琴里……俺が、ついててやるからな……」
  2203. 「……ん」
  2204. 「俺には、これくらいしか言えないけどさ……頑張れよ。\n大変だとは思うけど……」
  2205. 「……ええ。士道に言われなくても、頑張ってるわよ」
  2206. 「あ……そ、そうだよな」
  2207. 「やってやるわよ。私のすべきことだもの。\n自分のためにも。\nみんなのためにも……」
  2208. 「ああ、それでこそ琴里だ」
  2209. 「それに……士道のためにも、ね」
  2210. 「ん?」
  2211. 「……やっぱり、士道は士道ね……」
  2212. 「……何だ?」
  2213. 「何でもない。\nさあ、帰りましょ。いつまでもこんな所にいてもしょうがないわ」
  2214. 「お、おう……」
  2215. 「……忙しいみたいだな」
  2216. 「ええ……」
  2217. 「俺も、俺の出来ることをするから、おまえも頑張れよ」
  2218. 「……ええ、そうするわ」
  2219. 「とりあえずは……明日、誰とデートに行くかだなー」
  2220. 「……それ、どういうこと?」
  2221. 「……え? だって、それが俺の仕事だろ?\n琴里だって言ってたじゃないか。精霊を安定させるために、\nみんなとデートしないと……って」
  2222. 「そんなことはわかってるわよ!\nでもね……今、私の前で! それを言う必要があるかって……。\nそう言ってるのよ!」
  2223. 「な、何怒ってんだよ!?」
  2224. 「……本当に分からないの?」
  2225. 「意味がわかんねえよ!\n俺はおまえに言われた通りにして……!」
  2226. 「そう、そうよね……あは、あはははは……。\n私だけ……私だけだったんだ……私だけが、そう、思ってた……。\n士道と……気持ち、通じてるって……」
  2227. 「……琴里?」
  2228. 「勘違いだったの?\nいつもより優しくしてくれたのは、私のご機嫌とりだったの?\nこんなの……こんなのって……残酷過ぎるわよ……!」
  2229. 「お、おい……琴里!\nどうしたんだ!? おかしいぞ!?」
  2230. 「来ないで! 私は……私は……わたしはぁ!!」
  2231. 「待てッ! 待ってくれ……ッ!?\n琴里! ことりぃぃぃぃぃぃぃ!!」
  2232. 「……琴里のやつ、大丈夫って強がり言ってるけど……。\nやっぱり今の状況は、相当なストレスになってるんだろうな……」
  2233. 「もっと俺が、はげましてやらないと……」
  2234. 「……ここは、当然デートだよな。\nデートをして琴里の気持ちを、リラックスさせてやらないと……」
  2235. 「精霊の暴走を防ぐためだけじゃない。\n俺自身が、琴里の心を支えてやりたいと思うから……」
  2236. 「だから、明日は琴里とデートをしよう……!」
  2237. 「……どうぞ?」
  2238. 「ごめんね、琴里ちゃんじゃなくて」
  2239. 「……凜祢?\nいや、いいけど……どうしたんだよ?」
  2240. 「士道に、聞きたいことがあって」
  2241. 「聞きたいこと?」
  2242. 「そう、聞きたいこと。\n士道は……決めたんだね」
  2243. 「……何の話だ?」
  2244. 「琴里ちゃんを……支えてあげたいって」
  2245. 「……ああ。\n……俺は、今みたいな琴里を見ていたくない。\n幸せそうな笑顔でいさせてやりたい」
  2246. 「……そっか。それが、士道の答えなんだね」
  2247. 「おう。そう、決めたよ」
  2248. 「…………」
  2249. 「…………」
  2250. 「ねぇ、士道……私と約束、しよ?」
  2251. 「……約束? それって、なんの……?」
  2252. 「……これから先、琴里ちゃんを大切にするって。\n何があっても、離さないって……約束して」
  2253. 「……き、急にどうしたんだ?\nそんなこと、言われなくても……」
  2254. 「お願い、約束して欲しいの。\n琴里ちゃんのことだけ考えるって……そうじゃないと、\nきっと士道の心はいつか離れちゃうから」
  2255. 「凜祢…………」
  2256. 「お願い…………」
  2257. 「……わかった、約束するよ。\n男として、言ったことは曲げたりしない。\n琴里を……絶対に大切にする」
  2258. 「うん……士道なら約束してくれるってわかってた」
  2259. 「はは、なんだよそれ」
  2260. 「私、信じてるよ……士道のこと。\n約束、忘れないで……破らないでね、絶対に」
  2261. 「ああ、もちろん」
  2262. 「……もし破ったら、その時はただじゃおかないよ?」
  2263. 「わ、分かってるって!」
  2264. 「……そっか。ならいいの」
  2265. 「……な、なんだよ。なんでおまえが脅すんだよ?」
  2266. 「ふふっ……ごめんね」
  2267. 「でも……」
  2268. 「…………?」
  2269. 「……大丈夫よね。\n士道なら、大丈夫……きっと」
  2270. 「……………」
  2271. 「……っ!? な、なんだ今の……!?」
  2272. 「なあ、凜祢……おまえも今の――」
  2273. 「あ、あれ……いない?\n凜祢の奴、いつの間に……?」
  2274. 「……まぁ、もう時間も遅いしな。\n俺もさっさと寝よう」
  2275. 「……この夢では……誰も幸福になれない……。\n五河士道……次こそは幸せな夢を……」
  2276. 「……ぐぅ……」
  2277. 「……士道」
  2278. 「……ん……んん……」
  2279. 「士道、起きなさい」
  2280. 「……うーん。\n……あれ、琴里? なんだよ、こんな朝早く……」
  2281. 「報告があるの。朝食前に少し時間もらうわよ」
  2282. 「あ、ああ……わかった。ちょっと待ってくれ」
  2283. 「それで、報告ってなんだ?\n例のモニュメントのこと……それとも、襲ってきた奴のことか?」
  2284. 「両方よ」
  2285. 「両方?」
  2286. 「あのモニュメントに近づいた時、\nそれを妨害するかのように天使のようなモノが現れた。\nそれは間違いないんでしょう?」
  2287. 「うん」
  2288. 「ならそれは、セットで考えた方が自然よ」
  2289. 「確かにそうかもな……で、あいつは何だったんだ?\n精霊……なのか?」
  2290. 「断定するには材料が少なすぎるわね。\n……観測数値の記録だけで言えば、精霊に酷似しているのは確か」
  2291. 「ど、どういう意味だ?」
  2292. 「数値上は精霊のそれに限りなく近い存在だけど……対象の反応や動きが、士道の報告通りなら、十香たちのような自由意思のある精霊とは別種の存在ってことよ」
  2293. 「……うん?」
  2294. 「……士道の脳が、アザミウミタマゴバチより少なかったとしても、それぐらいの想像力は持っててほしいわね。人として」
  2295. 「ぅ……な、なんだよそのハチ……」
  2296. 「――もういいわ。とにかく、霊力で生成された存在であることは間違いない。\n士道から聞いた状況から考えるに……」
  2297. 「ゲーム的に言うと、『ゴーレム』とか、『ガーディアン』とか\n……そんな感じね」
  2298. 「なんか現実離れしてる感じだな」
  2299. 「士道、それは自分の状況をちゃんと理解してから言うべきだってわかる?」
  2300. 「すまん……」
  2301. 「士道の話を信じるなら、恐らく……その――『ガーディアン』は防衛用なのよ」
  2302. 「ぼ、防衛用?」
  2303. 「――つまり、あのモニュメントはそうまでして守る必要があるってこと」
  2304. 「なるほどな……でも、詳しいことはさっぱりって感じか?」
  2305. 「ええ、そこまではさすがにね。\nだけど……少なくとも、結界に関わってそうなのは確かよ」
  2306. 「試しに士道から報告のあった時間帯に絞って、モニュメント周辺の霊波パターンを解析してみたの」
  2307. 「それで、なにかわかったのか?」
  2308. 「あのモニュメントから微弱に出ている霊波パターンの波形……天宮市を包む広域結界と重なるのよ」
  2309. 「っ……!?」
  2310. 「規模が違いすぎて、危うく見落とすところだったけどね。\n思いつきで試してみたらぴったり一致したの」
  2311. 「そ、それって……つまり……?」
  2312. 「結界とモニュメント、二つの存在は密接に関係しているわ。要するにね、結界もモニュメントも『ガーディアン』も、\n全部根源は同じである可能性が極めて高いのよ」
  2313. 「これが指し示す答え――あのモニュメントは結界を支える足場に間違いないわ」
  2314. 「この前言ってた足場のひとつがあのモニュメントなのか!?\nじゃあ、あれを壊せれば……」
  2315. 「それで上手く行くならもうやってるわよ。\n残念ながら、これはそんな簡単な話じゃないわ」
  2316. 「もしかして、一つじゃない……とか?」
  2317. 「…………勘がいいわね、その通りよ。\nこの天宮市のどこかに、あのモニュメントのように擬態化してる別の足場があるはず」
  2318. 「今度は、それを探し出さないといけないのか……じゃあ、まだまだ序の口ってことだな」
  2319. 「ええ、まだまだ先は長いわ。けどね士道、それを調べるのはこっちの仕事よ。士道はデートを優先してちょうだい」
  2320. 「……け、けどこのままじゃ――」
  2321. 「もちろん、何か気が付いたことがあったら報告して。\nでも、それ以上はダメよ……わかった?」
  2322. 「お、おう……」
  2323. 「解析がうまく進んで、『敵』の根城もわかってくれれば楽なんだけど……」
  2324. 「『敵』……? さっきの『ガーディアン』か?」
  2325. 「それを作った親玉のことよ。結界で私たちを閉じ込めておきた\nがってる何者か……って、もうこの話は終わり!\nあなたはあなたのするべきことをしなさい!」
  2326. 「えー、あー……すまん。でも、なるべく協力するよ。\n早くなんとかしたいもんな。みんな辛いだろうし……」
  2327. 「念押ししておくけど、今のあなたは不死身じゃない。絶対に無茶はしないでちょうだい」
  2328. 「ああ、約束するよ」
  2329. 「本当……心配で令音より寝不足になりそうだわ……」
  2330. 「え……?」
  2331. 「な、なんでもないわよ!」
  2332. 「お、おう……?」
  2333. 「……ふぁぁ~……。\n今日も今日とて、退屈な授業……。\nこの時間帯は、どうにも眠くなってかなわないよな」
  2334. 「今、天宮市では何か異常なことが起きてるって言うけど……\nこうしてると、いつも通りの日常だよな……」
  2335. 「窓の外も、ポカポカいい天気……。\n……ん?」
  2336. 「……あれは!?\n向かいの校舎の屋上に人影が……あれは……狂三っ!?」
  2337. 「あ、あいつ……また学校に……?」
  2338. 「五河! 聞いてるのか!?」
  2339. 「……あ、す、すいません! 聞いてます!」
  2340. 「授業中によそ見してるんじゃないぞ」
  2341. 「は、はあ……」
  2342. 「……狂三のせいで、とんだトバッチリだよ……あれ、いない?」
  2343. 「……目の錯覚? いや、そんな馬鹿な……」
  2344. 「……さっきのあれ……やっぱり狂三だよなあ。\nちょっと屋上を見に行ってみるか……」
  2345. 「おい五河、一人でどこに行こうってんだ?」
  2346. 「い、いや、別に散歩みたいなもんだけど?」
  2347. 「嘘だな!\nどうせまた新しい女子と逢い引きにでも行くに決まってる!?」
  2348. 「あのなあ、おまえの中で俺はどんなキャラになってんだよ!\nそんなわけないだろ……」
  2349. 「いや、信じない! 俺もおまえについていく!\nそして、おこぼれにあずかる!!」
  2350. 「だから違うって言ってんだろが!\n本当に友達付き合いを考えるぞ……」
  2351. 「何とでも言えっ!\n俺は、死んでもおまえを離さないぞ!」
  2352. 「気持ち悪いわッ!」
  2353. 「屋上……やっぱり行ってみよう。\n狂三、いるといいな……」
  2354. 「屋上に行ってみるか……。狂三は神出鬼没だから、\nひょっとしたらいるかもしれないし……いたらいいな……」
  2355. 「……って俺、何言ってんだ」
  2356. 「五河くん!」
  2357. 「……えっ?」
  2358. 「やっと捕まえましたぁ……」
  2359. 「え、え……? なんで、タマちゃ、いや先生まで……?」
  2360. 「五河くんは休んでたから仕方ないかもですけど、\n社会科の課題ー、今日までですよぉ?」
  2361. 「……あ」
  2362. 「まだ出してないの、五河くんだけなんです」
  2363. 「先生……ちょっだけ時間をくれませんか?\nすぐ戻ってきてやるので……」
  2364. 「ダーメーです。\nごまかそうとしたって、そうは行きませんっ!」
  2365. 「今日中に出してくださいね。\n先生、職員室で待ってますから……必ずですよっ!」
  2366. 「はあ……」
  2367. 「……はい、ご苦労様でした。\n今度からは忘れないようにしてくださいねー?」
  2368. 「はい、すみません。\nじゃあ、これで失礼します!」
  2369. 「はーい」
  2370. 「はぁ……もうこんな時間か」
  2371. 「すっかり日も暮れちゃったし……。\n今日はデートなんて無理だよな……はぁ」
  2372. 「……わたくしでよろしければ、\n今からでもお付き合いしますわよ?」
  2373. 「……狂三!? おまえ、やっぱり今日も学校に……!」
  2374. 「ごきげんよう、士道さん。\n昨日の夜は刺激的でしたわね」
  2375. 「……ああ、おかげで妹様に怒られたよ。\nでも、無事だったのはおまえが助けてくれたおかげだ。\nありがとな」
  2376. 「どういたしまして」
  2377. 「ところでおまえ……前にも言ったけど、学校の中、気軽にうろつくなよ。いろいろと問題があるぞ」
  2378. 「あら、ちゃんと人目につかないようにしていますわよ?」
  2379. 「本当は、もっと早く士道さんに会いに来たかったのですけれど。……これでもわたくし、我慢していますのよ?」
  2380. 「そ、そうか……」
  2381. 「……それで、デートはどうされるんですの??」
  2382. 「でも、デレてくれないんだろ?」
  2383. 「うふふ、どうですかしら。それは士道さん次第ですわね」
  2384. 「わかったよ……でも、今からどこか行くのは厳しいか……」
  2385. 「……わたくしは、ここでも構いませんわよ?」
  2386. 「え? ここって……教室か?」
  2387. 「ええ。素敵じゃありませんこと?\n士道さんとクラスメートだなんて」
  2388. 「いや、この前までクラスメートだっただろ。\n短い間だったけど……」
  2389. 「細かいことは気にしないでくださいまし」
  2390. 「少しだけ、後悔しているんですの。\nもっと士道さんとクラスメートとして、\nいろんなことをしておけば良かったと」
  2391. 「……じゃあ、なってみるか?」
  2392. 「……はい?」
  2393. 「ここには、俺とおまえだけだから……。\n擬似的にってだけだけど、それでいいなら」
  2394. 「それは……すごく、楽しそうですわね。うふふ」
  2395. 「じゃあ改めて自己紹介させていただきますわね?\n時崎狂三です。よろしくお願いいたしますわ」
  2396. 「……あれ、前と違くないか?\n前は、ほら……『わたくし、精霊ですのよ』って……」
  2397. 「それでは、普通の同級生とは違ってしまいますから」
  2398. 「そ、そっか……確かに」
  2399. 「…………」
  2400. 「…………」
  2401. 「……あの、士道さん」
  2402. 「なんだ?」
  2403. 「……クラスメートって、何をすればいいんですの?」
  2404. 「それは……なんだろうな?」
  2405. 「あら、士道さんもご存じないのですね」
  2406. 「考えたことなかったからなぁ、そんなこと」
  2407. 「なんか、適当に学校っぽいことしてみるか?」
  2408. 「そうですわね。\n……では、こんなのはいかがでしょう?」
  2409. 「……士道さん?」
  2410. 「は、はい、時崎先生……」
  2411. 「ここ、間違っていますわよ?」
  2412. 「あ! す、すいません……」
  2413. 「うふふ……駄ァ目、ですわよ?」
  2414. 「…………ッ……!」
  2415. 「……それと、もうひとつ、間違いがあります」
  2416. 「え……?」
  2417. 「二人きりの時は……狂三、と呼んでいただかないと」
  2418. 「く、狂三……先生……」
  2419. 「うふふふふ……」
  2420. 「……む、胸が……あたって!」
  2421. 「違いますわ。あてているんですのよ」
  2422. 「…………ッ……!」
  2423. 「ほら、まだ終わりじゃないですわよ?\n先生、というのも取ってしまいましょう……さあさあ……」
  2424. 「……く、狂三……」
  2425. 「よく、できました。ご褒美は……こっちがよろしいかしら?」
  2426. 「ち、ちょ……!?\n脱ぎだそうとするな!」
  2427. 「あら、せっかく盛り上がってきたところですのに……」
  2428. 「だ、大体な、狂三……これ、クラスメートとかじゃないだろ?」
  2429. 「うふふ、そういえばそうですわね」
  2430. 「……っていうかな、狂三。\nどこで覚えてきたんだよ……こんなシチュエーション」
  2431. 「どこ……ですか?\nそれなら、士道さんが本屋で立ち読みしてた本ですわよ?」
  2432. 「そこかよ!?\n……っていうか、おまえ声かけ……ってそれも違う!\nうあぁ……」
  2433. 「そんなにショックでしたの?」
  2434. 「……なるべくなら、忘れてくれると助かる」
  2435. 「ふふ、仕方ありませんわね」
  2436. 「…………ははっ」
  2437. 「どうしまして?」
  2438. 「いやさ……こんなもんなのかもって思ってさ」
  2439. 「……え?」
  2440. 「意味のないことしたり、とりとめのない話とかして……。\nそれでも楽しめる間柄っていうか……」
  2441. 「……そういうものですか」
  2442. 「ああ、多分……そういうものじゃないかな?」
  2443. 「あ……そろそろ帰らないとまずいな」
  2444. 「そうですか……もう少し一緒にいたかったのですけど」
  2445. 「あ……いや、悪いな……。\n俺がちゃんと時間とれてれば……」
  2446. 「いえ、構いませんわ。それよりも……」
  2447. 「ん……?」
  2448. 「今日は、ありがとうございました。\nとても、楽しかったですわ。\n少しの間ですけれど、士道さんとクラスメートに戻れて……」
  2449. 「……あ、ああ」
  2450. 「……お友達って、良い物ですわね」
  2451. 「お、おう。凄く、良い物だって思う」
  2452. 「それでは……さようなら、士道さん……っ」
  2453. 「……おう、またな」
  2454. 「狂三、楽しそうだったな……。\n本当に普通の女の子みたいで……」
  2455. 「狂三……おまえは一体、何を考えてるんだ?\n敵なのか……俺を喰らおうとしてるのか……。\nでも、本当に俺の敵なのか?」
  2456. 「考えれば考えるほど、わからなくなる……」
  2457. 「……って、狂三?」
  2458. 「……士道さん」
  2459. 「何してるんだ?」
  2460. 「……少し、考えごとをしていたんですの」
  2461. 「……士道さん?」
  2462. 「なんだ?」
  2463. 「士道さんは……わたくしを、どう思っておりますの?」
  2464. 「え……?」
  2465. 「……聞かせて、いただけませんか?」
  2466. 「……どうして、突然そんなこと?」
  2467. 「…………」
  2468. 「お、俺は、狂三のことを……」
  2469. 「……十香たちと同じように力を封印して、\n普通の女の子になってもらいたい……そう、思ってる」
  2470. 「……そう、ですの」
  2471. 「そうしないと、いろいろな人が不幸になると思うから。\n……おまえも含めて、な」
  2472. 「……そう、かもしれませんわね。\nわたくしには、幸せなんて望めないのかもしれません」
  2473. 「……この数日間、楽しかったですわ……まるで、夢のようでした」
  2474. 「……狂三?」
  2475. 「……さようなら、士道さん」
  2476. 「あ、おい……!」
  2477. 「……『敵』、なんだろうな。\n俺を狙っているのは、変わらないんだろ?」
  2478. 「…………ええ」
  2479. 「だから、まだちゃんとは信用できない」
  2480. 「……そう、ですの」
  2481. 「おまえは、一体何を考えてるんだ?\n何をしようとしているんだ?」
  2482. 「……残念です。\n士道さんとなら、そんなことを考えずに一緒にいられる……。\nそんな風に思ったわたくしが、間違っていましたのね」
  2483. 「くる、み……?」
  2484. 「今の士道さんは[伽藍洞*がらんどう]……。\nそんなに美味しそうではありませんけど……。\n仕方ありませんわよね」
  2485. 「あなたはわたくしの中で、大きくなりすぎました。\nだから……これからはわたくしの中で生き続けてくださいな」
  2486. 「な、どういう……!?」
  2487. 「狂三……やめろ! こんなことを続けてたら、おまえは……ッ!」
  2488. 「まだ、勘違いしていますのね」
  2489. 「わたくしは、ずっと前から戻れませんのよ」
  2490. 「く、くるッ――――」
  2491. 「……これでずっと一緒ですわよ、士道さん。\nわたくしも、帰るべき場所に帰ることにしますわ」
  2492. 「ねぇ、士道さん……わたくしの中で、\nわたくしの全てを知ってくださいましね」
  2493. 「きひ、ひひ、ひひひひひひひひひッ!」
  2494. 「……正直、分からない。\nおまえが本当はどんなやつなのか……」
  2495. 「……多分、敵……なんだろうな」
  2496. 「…………」
  2497. 「……でも、おまえは悪いやつじゃない。\n……そう、俺は信じてる」
  2498. 「だから……まだ、よく分からない。\nそれが、今の俺の正直な気持ちだ」
  2499. 「……だから、もっとおまえのこと、教えてくれないか?」
  2500. 「それは……」
  2501. 「……今、無理に聞こうなんて思ってない。\nおまえの意思で、話したくなったらでいいんだ」
  2502. 「……わたくしから、教えられることはひとつだけです」
  2503. 「……街外れの神社。\nわたくしに用事があるときは、そこに」
  2504. 「……そうか」
  2505. 「……それでは、わたくしは行きますわ」
  2506. 「ああ。一人で大丈夫か?」
  2507. 「ふふ、おかしな方ですわね。\nわたくし、精霊ですのよ?」
  2508. 「精霊だって、女の子だろ」
  2509. 「昨日送ってもらった人の台詞ではありませんわね。\nお気持ちだけ、頂いておきますわ」
  2510. 「あ、ああ……」
  2511. 「狂三……俺は、おまえを信じることにするよ」
  2512. 「狂三……俺は、おまえを信じるぞ……」
  2513. 「結局、なにもできないのかな……?」
  2514. 「……デート、しよう」
  2515. 「ゆっくりだっていいじゃないか。\nあんなに寂しそうな顔をすることだってある……狂三だって、\n普通の女の子なんだから」
  2516. 「よし、明日は神社にいってみよう」
  2517. 「……誰だ?」
  2518. 「ごめんね、遅くに」
  2519. 「……凜祢?\nいや、いいけど……どうしたんだよ?」
  2520. 「士道に、聞きたいことがあって」
  2521. 「聞きたいこと?」
  2522. 「そう、聞きたいこと。\n士道は……決めたんだね」
  2523. 「……何の話だ?」
  2524. 「時崎さんを……知りたいって」
  2525. 「……ああ。\n……そう、思ってる」
  2526. 「……そっか。それが、士道の答えなんだね」
  2527. 「おう。そう、決めたよ」
  2528. 「…………」
  2529. 「…………」
  2530. 「ねぇ、士道……私と約束、しよ?」
  2531. 「……約束? それって、なんの……?」
  2532. 「……これから先、時崎さんを大切にするって。\n何があっても、離さないって……約束して」
  2533. 「……き、急にどうしたんだ?\nそんなこと、言われなくても……」
  2534. 「お願い、約束して欲しいの。\n時崎さんのことだけ考えるって……そうじゃないと、\nきっと士道の心はいつか離れちゃうから」
  2535. 「凜祢…………」
  2536. 「お願い…………」
  2537. 「……わかった、約束するよ。\n男として、言ったことは曲げたりしない。\n狂三を……絶対に大切にする」
  2538. 「うん……士道なら約束してくれるってわかってた」
  2539. 「はは、なんだよそれ」
  2540. 「私、信じてるよ……士道のこと。\n約束、忘れないで……破らないでね、絶対に」
  2541. 「ああ、もちろん」
  2542. 「……もし破ったら、その時はただじゃおかないよ?」
  2543. 「わ、分かってるって!」
  2544. 「……そっか。ならいいの」
  2545. 「……な、なんだよ。なんでおまえが脅すんだよ?」
  2546. 「ふふっ……ごめんね」
  2547. 「でも……」
  2548. 「…………?」
  2549. 「……大丈夫よね。\n士道なら、大丈夫……きっと」
  2550. 「……………」
  2551. 「……っ!? な、なんだ今の……!?」
  2552. 「なあ、凜祢……おまえも今の――」
  2553. 「あ、あれ……いない?\n凜祢の奴、いつの間に……?」
  2554. 「……まぁ、もう時間も遅いしな。\n俺もさっさと寝よう」
  2555. 「……この夢では……誰も幸福になれない……。\n五河士道……次こそは幸せな夢を……」
  2556. 「……ぐぅ……」
  2557. 「……士道」
  2558. 「……ん……んん……」
  2559. 「士道、起きなさい」
  2560. 「……うーん。\n……あれ、琴里? なんだよ、こんな朝早く……」
  2561. 「報告があるの。朝食前に少し時間もらうわよ」
  2562. 「あ、ああ……わかった。ちょっと待ってくれ」
  2563. 「それで、報告って?\n例の……モニュメントのことか……それとも、襲ってきた奴のことか?」
  2564. 「その両方よ」
  2565. 「両方?」
  2566. 「士道と折紙があのモニュメントに近づいた時、それを妨害するかのように奴は現れたんでしょ?」
  2567. 「うん」
  2568. 「ならそれは、セットで考えた方が自然じゃないの」
  2569. 「た、確かに……。\nで、あいつは……何者だったんだ?」
  2570. 「断定するには材料が少なすぎるわ。\nけど……現状の観測数値の記録だけで言えば、\n精霊として認識されてるわね」
  2571. 「やっぱり精霊なのか?」
  2572. 「実際は、似て非なるものという感じかしらね……」
  2573. 「ど、どういう意味だ?」
  2574. 「数値上は精霊のそれに限りなく近い存在だけど……対象の反応や動きが、士道の報告通りなら、十香たちのような自由意思のある精霊とは別種の存在ってことよ」
  2575. 「そうなのか……?」
  2576. 「……士道の脳が、アザミウミタマゴバチより少なかったとしても、それぐらいの想像力は持っててほしいわね。人として」
  2577. 「ぅ……な、なんだよそのハチ……」
  2578. 「――もういいわ。とにかく、霊力で生成された存在であることは間違いない。\n士道から聞いた状況から考えるに……」
  2579. 「そうね、ゲーム的に言うと、『ゴーレム』とか、『ガーディアン』とか……そんな感じね」
  2580. 「なんか現実離れしてる感じだな」
  2581. 「士道、それは自分の状況をちゃんと理解してから言うべきだってわかる?」
  2582. 「すまん……」
  2583. 「士道の話を信じるなら、恐らく……その――『ガーディアン』は防衛用なのよ」
  2584. 「ぼ、防衛用?」
  2585. 「――つまり、あのモニュメントはそうまでして守る必要があるってこと」
  2586. 「なるほどな……でも、詳しいことはさっぱりって感じか?」
  2587. 「ええ、そこまではさすがにね。\nだけど……少なくとも、結界に関わってそうなのは確かよ」
  2588. 「試しに士道から報告のあった時間帯に絞って、モニュメント周辺の霊波パターンを解析してみたの」
  2589. 「それで、なにかわかったのか?」
  2590. 「あのモニュメントから微弱に出ている霊波パターンの波形……天宮市を包む広域結界と重なるのよ」
  2591. 「っ……!?」
  2592. 「規模が違いすぎて、危うく見落とすところだったけどね。\n思いつきで試してみたらぴったり一致したの」
  2593. 「そ、それって……つまり……?」
  2594. 「結界とモニュメント、二つの存在は密接に関係しているわ。\n要するにね、結界もモニュメントも『ガーディアン』も、\n全部根源は同じである可能性が極めて高いのよ」
  2595. 「これが指し示す答え――あのモニュメントは、結界を支える足場に間違いないわ」
  2596. 「こ、この前言ってた足場ってのが、あのモニュメントなのか!?じゃあ、あれを壊せれば……」
  2597. 「それで上手く行くならもうやってるわよ。\n残念ながら、これはそんな簡単な話じゃないわ」
  2598. 「もしかして……足場は一つじゃない、とか?」
  2599. 「…………あら、察しがいいわね。槍でも降るんじゃないかしら?」
  2600. 「ほっとけ!」
  2601. 「いい? この天宮市のどこかに、あのモニュメントのように擬態化してる別の要があるはず」
  2602. 「今度は、それを探し出さないといけないのか……じゃあ、まだまだ序の口ってことだな」
  2603. 「ええ、まだまだ先は長いわ。けどね士道、それを調べるのはこっちの仕事よ。士道はデートを優先してちょうだい」
  2604. 「……け、けどこのままじゃ――」
  2605. 「もちろん、何か気が付いたことがあったら報告して。\nでも、それ以上はダメよ……わかった?」
  2606. 「お、おう……」
  2607. 「解析がうまく進んで、『敵』の根城もわかってくれれば楽なんだけど……」
  2608. 「『敵』……? さっきの『ガーディアン』か?」
  2609. 「それを作った親玉のことよ。結界で私たちを閉じ込めておきた\nがってる何者か……」
  2610. 「やっぱり……閉じ込めておくための結界なのか?」
  2611. 「……ん? ああ、あの女の話してた仮説の件ね。確かに、『敵』の目的を推測するためには必要な手順だけど……」
  2612. 「どんな仮説であれ、私たちが閉じ込められてるって事実は変わらないわ」
  2613. 「そ、そうだな……」
  2614. 「誰かを殺すためにしろ、自分を守るためにしろ、私たち精霊を閉じ込めておくためにしろ……その何者かは、今、この結界を破ってはほしくはない――それも確か」
  2615. 「ああ……」
  2616. 「結界に近づく者、破ろうとする者には容赦なく牙をむく。それは、モニュメントを調べにいって襲われた時ハッキリしたでしょ?」
  2617. 「た、確かに……」
  2618. 「……わからないのは、モニュメントで検知した霊波パターンが、二重に存在してたってこと……」
  2619. 「に、二重に!? ど、どういうことなんだ?」
  2620. 「結界は一つじゃないのかも……」
  2621. 「えっ!?」
  2622. 「霊波の数値だけを追ってたら、気が付けなかったと思うけど……生成された霊波のベクトルパターンのレイヤーだけで解析すると、同じ力の強さで真逆の方向に働いてる霊力が存在するの」
  2623. 「真逆って……」
  2624. 「初めは観測機のエラーも疑ってみたけど……。\n令音の解析結果だから間違いはないわ」
  2625. 「……えっと……ごめん、日本語に直してもう一度、頼む」
  2626. 「その必要はないわ。もうこの話は終わり!\nあなたはあなたのするべきことをしなさい」
  2627. 「えー、あー……すまん。でも、なるべく協力するよ。\n早くなんとかしたいもんな。みんな辛いだろうし……」
  2628. 「念押ししておくけど、今のあなたは不死身じゃない。\n絶対に無茶はしないでちょうだい」
  2629. 「ああ、約束するよ」
  2630. 「本当……心配で令音より寝不足になりそうだわ……」
  2631. 「え……?」
  2632. 「な、なんでもないわよ!」
  2633. 「お、おう……?」
  2634. 「士道?」
  2635. 「――うわっ!?」
  2636. 「大丈夫?」
  2637. 「だ、大丈夫だ! ちょっとボーっとしてて驚いただけだから!」
  2638. 「何を考えてたの? 私のこと?」
  2639. 「――え!? あ、いや……そ、それもあるかな……」
  2640. 「そう」
  2641. 「ほ、ほら、昨日だって助けてもらったし……。\n改めてお礼言わなきゃなーとかって……」
  2642. 「それだけ?」
  2643. 「……あ、あとは……その、こんな大事件に巻き込んで、\n申し訳ないなーとか……」
  2644. 「それだけ?」
  2645. 「……えっと……て、展望台デートできなかったから、今度はちゃんとしたいなーとか……」
  2646. 「そう」
  2647. 「また、誘って」
  2648. 「お、おう……」
  2649. 「折紙? 今日のお昼なんだけど――」
  2650. 「了解」
  2651. 「え?」
  2652. 「きて。こっち」
  2653. 「わ! ちょ、ちょっと折紙、待てって! 俺はまだ何にも――」
  2654. 「一緒にお弁当を食べる。間違っている?」
  2655. 「え、あ、うん……そうだけど」
  2656. 「なら、こっち」
  2657. 「わわ! ど、どこ行くんだよ!」
  2658. 「そこの階段で食べる。ここなら二人きり」
  2659. 「え、ああ……そうだな。ちょっと暑いけど、\n外で食べる弁当はおいしいもんな」
  2660. 「そう。いただきます」
  2661. 「いただきまーす」
  2662. 「士道の、それ……欲しい」
  2663. 「え……?」
  2664. 「その、大きいの。ちょうだい……?」
  2665. 「……えっと……そ、それはこの……ハンバーグのことで、\nいいんだよな?」
  2666. 「そう……ちょうだい?」
  2667. 「あ、ああ……べ、別にいいよ?\n形はちょっとアレだけど……手作りだし、味は保証できるから」
  2668. 「構わない。形はさほど重要ではないから」
  2669. 「え……?」
  2670. 「早く。ちょうだい……」
  2671. 「あ、うん……ど、どうぞ……」
  2672. 「はむ……っ、ん……んぐ……!\n――しゅ、しゅごい……ひどうの……はん、ああぐ……っ!」
  2673. 「……だ、大丈夫か、折紙!? みょ、妙に苦しげなんだが……」
  2674. 「……ん……あぐ……んぐ……っ」
  2675. 「じゅるり。ごちそうさま。すごく、おいしかった……」
  2676. 「そ、そうか……な、ならよかったよ……」
  2677. 「口に含んだ瞬間、中からいっぱい、汁が溢れた……」
  2678. 「あ、ああ……に、肉汁をうまく閉じ込めるように作ったからな。つなぎにも一工夫してあって――」
  2679. 「士道の味がした……」
  2680. 「ぅ……! ま、まあ……一応手作りだしな……!\nいや、喜んでもらえたなら嬉しいよ、うん……」
  2681. 「……」
  2682. 「な、なあ折紙? どこか行きたいお店とかないか?」
  2683. 「ある」
  2684. 「そうだよな、特にないよな? そう言うと思って――え!?」
  2685. 「あ、あるのか?」
  2686. 「いきつけのところ」
  2687. 「いきつけ?」
  2688. 「効果があったみたいだから。アロマキャンドルの補充」
  2689. 「そ、そっか。……で、そのお店はどこにあるんだ?」
  2690. 「商店街の路地をちょっと入ったところ。\n『[邪香*じゃこう]』っていう看板の店」
  2691. 「えっと……よし、じゃあとりあえず、そこに行ってみるか?」
  2692. 「ん……」
  2693. 「――あ。士道、ごめんなさい」
  2694. 「あ、俺はいいから出ろよ。重要な連絡かもしれないだろ」
  2695. 「ん……」
  2696. 「もしもし……」
  2697. 「――え? ……精霊が? 了解!」
  2698. 「折紙? 今、精霊って――」
  2699. 「急用ができた。この埋め合わせはする」
  2700. 「ま、待ってくれ折紙! 精霊が出現したんだろ!?\nなら俺も行く!」
  2701. 「駄目。士道は安全なところにいて……!」
  2702. 「――あ! お、折紙っ!」
  2703. 「もしもし、琴里?」
  2704. 「え、令音さん!? なんで……」
  2705. 「そ、そうですか……えっと……今、そっちで精霊の出現を\n確認したりしてないですか?」
  2706. 「はい、その……折紙とデート中だったんですけど、\n今ASTから連絡があったみたいで……」
  2707. 「詳しくは俺も――いや、確かに折紙が精霊て言ってましたから、何か反応をキャッチしたんだと思います」
  2708. 「い、いや、あまり悠長なことは言ってられないんです!\n間に合うかわからないんですけど、これから折紙のあとを\n追ってみようと思ってるんで……」
  2709. 「あ、ありがとうございます!」
  2710. 「令音さんの分析を待とう。その方が折紙が向かった正確な\n場所もわかるだろうし、危険そうなら相談もできるし……」
  2711. 「……ん? な、なんだろう、この胸騒ぎは……」
  2712. 「もしもし令音さん!? もうわかったんですか!?\nもっと時間がかかるのかと思ってましたよ!」
  2713. 「え……? け、検知できなかったんですか?」
  2714. 「傍受……?」
  2715. 「は? ……な、何を言ってるんです?」
  2716. 「……はは……う、嘘、ですよね……?」
  2717. 「う、嘘だ――っ!」
  2718. 「……そ、そんな……俺は……お、俺は………いや、だ……!\nこ、こんなの……こんなの絶対信じない! 信じられるわけない!だって、だって……さっきまで折紙は俺と……! ――あ……っ」
  2719. 「…………お、り……がみ………………」
  2720. 「うん! 折紙を追うぞ!」
  2721. 「駅とは反対の方に走っていったけど……どこに向かったんだ?」
  2722. 「と、とにかく行ってみよう!」
  2723. 「はぁ……はぁ……こっちでよかったかな……?\nさっき少しだけ、スーツ姿の折紙が空から降りてくるのが見えた\n気がしたんだけど……」
  2724. 「……でも精霊と戦闘してたら、こんなに静かなわけないよな……来る場所、間違ったか?」
  2725. 「どうしようかな……こんな緊急時にまさか電話かけて、\n『今どこだ?』なんて聞ける状況でもないだろうしな……」
  2726. 「ん……あ、あの取水塔のところにいるのって……折紙だよな?」
  2727. 「一体どうしたんだろう。戦闘はもう終わったのか……?」
  2728. 「おーい、折……」
  2729. 「く――ッ!」
  2730. 「お、折……紙……?」
  2731. 「……」
  2732. 「……士道、何故来たの? 私は危険な任務についている。\n一緒に来ては、士道を危険に晒すことになる」
  2733. 「……ご、ごめん。折紙が……心配だったから。\nでも……無事で良かったよ」
  2734. 「誤報……」
  2735. 「え……?」
  2736. 「ここには何もなかった……」
  2737. 「そ、そうだったのか……」
  2738. 「……異常は認められない。調査任務、終了。戻る」
  2739. 「じゃ、じゃあ一緒に帰――」
  2740. 「な……!? しゅ、取水塔が……ッ!?」
  2741. 「――ッ? 士道、さがって」
  2742. 「こ、これはッ!? あの時の――!?」
  2743. 「ガ、ガーディアンッ!?」
  2744. 「見つけた――[防性随意領域*プロテクト・テリトリー]展開!」
  2745. 「あ……」
  2746. 「折紙! そいつは結界を守ってる精霊だ!」
  2747. 「精霊……ッ!」
  2748. 「レイザーブレード! 〈ノーペイン〉!」
  2749. 「精霊は、私の『敵』。そして――」
  2750. 「士道を傷つけようとした報い。受けてもらう」
  2751. 「お、折紙……?」
  2752. 「――ふッ!」
  2753. 「……」
  2754. 「ハ――ッ」
  2755. 「……」
  2756. 「[随意領域*テリトリー]、最大出力。展開!」
  2757. 「精霊なら見逃すわけにはいかない。士道を襲った事実も変わらない」
  2758. 「お、折紙……?」
  2759. 「ここで終わらせる――はぁッ!」
  2760. 「……」
  2761. 「逃がさない――フッ!」
  2762. 「て、全[随意領域*テリトリー]、解除。\nはぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
  2763. 「お、折紙……だ、大丈夫か……?」
  2764. 「問題……ない……はぁ……はぁ……」
  2765. 「……」
  2766. 「……」
  2767. 「……士道?」
  2768. 「……え? な、なんだ?」
  2769. 「さっきから私の顔を見ている」
  2770. 「あ……ご、ごめん」
  2771. 「構わない。私はいつも見ている」
  2772. 「え? あ、あは……あはは……」
  2773. 「……?」
  2774. 「な、なあ、折紙?」
  2775. 「なに?」
  2776. 「……その……笑って、くれないか?」
  2777. 「なぜ?」
  2778. 「いや……一度、折紙が楽しそうに笑ってるところを見たいなって」
  2779. 「笑わない」
  2780. 「え?」
  2781. 「両親の[仇*かたき]を取るまでは」
  2782. 「……!」
  2783. 「この世に精霊が存在している限り……。\n私は笑わない、笑えない」
  2784. 「そ、そうか……ごめんな……」
  2785. 「いい……これは私の勝手」
  2786. 「いや、勝手なこと言ったの、俺の方だから……」
  2787. 「……」
  2788. 「……あの取水塔も結界の[要*かなめ]だったみたいね。\nASTもたまには役に立ってくれるじゃない」
  2789. 「初めは何の異常もなくて帰ろうとしたんだけど、折紙が取水塔に……その……ふ、触れたら、例の『ガーディアン』が出てきたんだ」
  2790. 「……鳶一折紙を追っていったらしいわね?\nこっちに連絡しても、結局一人で動いたら意味がないでしょ?」
  2791. 「それはすまん。でも、待ってたら追いつけなかったし、\n取水塔のこともわからなかったかもしれないだろ?」
  2792. 「ふん、士道お得意の結果オーライってわけ」
  2793. 「ぅ……!」
  2794. 「……ま、無事だったわけだし、今回だけは大目に見てあげる」
  2795. 「今、二点の要のデータを中心に令音に分析してもらってるの。\n他の仮想位置を割り出せれば……結界の中心点がわかるわ。\nおそらく、そこが『敵』の本拠地」
  2796. 「本拠地、か……」
  2797. 「こっちは分析を進めるから、士道はデートを続けて。\n今暴走でも起きて、天宮市自体が崩壊するようなことになったら、今まで調べてきたことも全部無駄になるわ」
  2798. 「わ、わかった……」
  2799. 「……この夢では……誰も幸福になれない……。\n五河士道……次こそは幸せな夢を……」
  2800. 「士道……」
  2801. 「――わっ!? お、折紙!? な、なんでここに……!?」
  2802. 「園神凜祢から、ここにいると聞いてきた」
  2803. 「り、凜祢から……?」
  2804. 「そう」
  2805. 「士道?」
  2806. 「ん、な、なんだ?」
  2807. 「正直に答えて……今、何を考えていたの?」
  2808. 「え? な、何って……それは――」
  2809. 「お、折紙のこと、考えてたよ」
  2810. 「……どうして?」
  2811. 「ど、どうしてって……俺は、その……やっぱり折紙に、\n普通に笑って欲しい……そう、思って」
  2812. 「それは――」
  2813. 「わかってる。折紙が背負ってるものを知らないわけじゃない……それを考えたら、軽く言えることじゃないのもわかってる」
  2814. 「それでも俺は……諦めたくない……やっぱり、\n折紙の笑顔が見たいって、そう思ったんだ……」
  2815. 「士道……」
  2816. 「最初、折紙をデートに誘ったのは……。\nちょっと不純な動機もあったんだ……」
  2817. 「……」
  2818. 「……もしも、折紙がASTを脱退するようなことがあったら、\nまた何をするかわからないからさ……」
  2819. 「俺と一緒にいることで、少しでも折紙の不安がなくなるなら……そう思って、誘い始めた……ごめん」
  2820. 「構わない」
  2821. 「え……?」
  2822. 「士道とデートできるなら、きっかけは重要ではないから」
  2823. 「そ、そうか……」
  2824. 「あ! でも、今は純粋に……ただ、純粋な気持ちで、折紙に、\nもっと普通に、自然に、笑って欲しいって思ってるんだ……」
  2825. 「約束はできない。すべてが片付くまでは」
  2826. 「わかってる。それでもいい。ただ俺は諦めないから」
  2827. 「士道……」
  2828. 「折紙、明日も俺とデートしてくれないか?」
  2829. 「問題ない。士道とのデートは最優先事項」
  2830. 「お、おう……そっか。\nじゃあ明日、駅前広場で待ち合わせな」
  2831. 「了解。楽しみにしている」
  2832. 「ああ!」
  2833. 「そ、その……ええっと……」
  2834. 「士道?」
  2835. 「……あ、り、凜祢のことかな!」
  2836. 「……やはり、園神、凜祢か」
  2837. 「へ……」
  2838. 「強敵なのはわかっていた。初めから」
  2839. 「ん? あの……オ、オリガミさん……? 何の話を――」
  2840. 「残念。的中してはならない予想が的中してしまった。\nこれで、何もかも終わり」
  2841. 「……?」
  2842. 「今日、ASTから正式に懲戒免職の処分が下った」
  2843. 「――っ!?」
  2844. 「精霊も倒せなくなった上に、士道まで奪われた」
  2845. 「や……う、奪われたって……だからそれは誤――」
  2846. 「もはや生きる意味もない――さようなら。士道」
  2847. 「お、おい、待てよ! 折紙!\nどこいくんだよ! 折紙――っ!」
  2848. 「はい……どうぞ?」
  2849. 「……凜祢? こんな時間にどうしたんだよ?」
  2850. 「士道に、聞きたいことがあって」
  2851. 「聞きたいこと?」
  2852. 「そう、聞きたいこと。\n士道は……決めたんだね」
  2853. 「……何の話だ?」
  2854. 「鳶一さんを……支えてあげたいって」
  2855. 「……ああ。\n……俺は、今の折紙を変えてやりたい。\n幸せそうな笑顔を取り戻してやりたいんだ」
  2856. 「……そっか。それが、士道の答えなんだね」
  2857. 「おう。そう、決めたよ」
  2858. 「…………」
  2859. 「…………」
  2860. 「ねぇ、士道……私と約束、しよ?」
  2861. 「……約束? それって、なんの……?」
  2862. 「……これから先、鳶一さんを大切にするって。\n何があっても、離さないって……約束して」
  2863. 「……き、急にどうしたんだ?\nそんなこと、言われなくても……」
  2864. 「お願い、約束して欲しいの。\n鳶一さんのことだけ考えるって……そうじゃないと、\nきっと士道の心はいつか離れちゃうから」
  2865. 「凜祢…………」
  2866. 「お願い…………」
  2867. 「……わかった、約束するよ。\n男として、言ったことは曲げたりしない。\n折紙を……絶対に大切にする」
  2868. 「うん……士道なら約束してくれるってわかってた」
  2869. 「はは、なんだよそれ」
  2870. 「私、信じてるよ……士道のこと。\n約束、忘れないで……破らないでね、絶対に」
  2871. 「ああ、もちろん」
  2872. 「……もし破ったら、その時はただじゃおかないよ?」
  2873. 「わ、分かってるって!」
  2874. 「……そっか。ならいいの」
  2875. 「……な、なんだよ。なんでおまえが脅すんだよ?」
  2876. 「ふふっ……ごめんね」
  2877. 「でも……」
  2878. 「…………?」
  2879. 「……大丈夫よね。\n士道なら、大丈夫……きっと」
  2880. 「……………」
  2881. 「……っ!? な、なんだ今の……!?」
  2882. 「なあ、凜祢……おまえも今の――」
  2883. 「あ、あれ……いない?\n凜祢の奴、いつの間に……?」
  2884. 「……まぁ、もう時間も遅いしな。\n俺もさっさと寝よう」
  2885. 「……この夢では……誰も幸福になれない……。\n五河士道……次こそは幸せな夢を……」
  2886. 「……駄目だ……駄目だ……駄目だ駄目だ駄目だ……!\n……やはり、私は違うのか?\n同じにはなれないということなのか?」
  2887. 「……このままでは……〈[凶禍楽園*エデン]〉が……私の楽園が……」
  2888. 「……もはや、手段を選んではいられない……」
  2889. 「…………私のこの手で……」
  2890. 「……道……きて……だよ」
  2891. 「士道? 起きた……?」
  2892. 「……ん? ……り、凜祢?」
  2893. 「おはよう、士道」
  2894. 「…………」
  2895. 「……? どうしたの士道? 私の顔に何かついてる?」
  2896. 「あ、いや……な、なんでもない。ちょ、ちょっとその……」
  2897. 「……? もうまた寝ぼけちゃってるの?\n早く起きて顔洗ってくること。ご飯できてるから」
  2898. 「あ、ああ……」
  2899. 「……」
  2900. 「士道ー? 支度できたー?」
  2901. 「え! あ、ああ! 今行くって!」
  2902. 「すまん凜祢、待たせたな!」
  2903. 「ううん、大丈夫」
  2904. 「じゃ、じゃあ、行くか?」
  2905. 「うん」
  2906. 「……」
  2907. 「……」
  2908. 「…………」
  2909. 「…………」
  2910. 「ええっと……」
  2911. 「そ、その……」
  2912. 「ねえ、士道?」
  2913. 「っ! ……な、なんだ?」
  2914. 「今日も放課後、空いてるかな?」
  2915. 「ああ、空いてる……ってか、空けるよ。\n凜祢のお願いなら」
  2916. 「ありがとう。それじゃ、午後はよろしくね?」
  2917. 「わ、わかった!」
  2918. 「士道? 帰る準備、しないの?」
  2919. 「おう、り、凜祢か」
  2920. 「ほらほら、時間は有限なんだよ? 早く早く!」
  2921. 「ちょ、ちょっと待てよ凜祢! そんなに急がなくたって……」
  2922. 「今言ったでしょ? 時間は過ぎてくだけなんだよ?\nそういうわけで、早く準備すること」
  2923. 「りょーかい」
  2924. 「なぁ、凜祢?」
  2925. 「ん?」
  2926. 「その……昨日のデート……なんか、ごめんな?」
  2927. 「ううん。悪いのは私……全部、私が悪いんだよ」
  2928. 「いや、正直、俺もちょっと集中できてなかったっていうか、\n心ここにあらずなところがあったから……」
  2929. 「士道がそう言うなら……そうだ! じゃあ、おあいこにしよ?」
  2930. 「そ、そうだな、おあいこだ。あはは……」
  2931. 「ふふふ……」
  2932. 「……」
  2933. 「……」
  2934. 「……えっと、そ、そういやこの公園で昔よく遊んだよな……?\n琴里と一緒にさ」
  2935. 「え? あ、うん。\n……ブランコとか滑り台とか、ベンチに落書きとか、ね?」
  2936. 「そうそう。危ないって言ってるのに、\n琴里のやつがブランコの二人乗りをせがんできてさ」
  2937. 「うんうん」
  2938. 「あのときは困ったけど、今となっては、なんていうか……\n貴重な思い出かな」
  2939. 「そうだね、大きくなっちゃうと、一緒にできてたことも\nできなくなっちゃうし」
  2940. 「ああ……で、おまえは何で遊んでたっけ?」
  2941. 「……え?」
  2942. 「いや、この公園で何が好きだったかなって」
  2943. 「そ、それは――ほら、やっぱりあれ、かな……?」
  2944. 「ん? ……う~ん、思い出せん」
  2945. 「……やっぱりもう、駄目なのかも……」
  2946. 「え……?」
  2947. 「ううん……士道ってば忘れっぽいところあるし、\nもうずいぶん昔のことだから……仕方ないよ」
  2948. 「う……。な、なんかごめん……。友達甲斐のない奴っていうか、こんなんじゃ幼馴染としても失格だよな」
  2949. 「そんなことないってば。\nもう……今日の士道は謝ってばっかり」
  2950. 「あ、ごめん――って、あ……」
  2951. 「ほら、言ってるそばから。ふふ……」
  2952. 「し、仕方ないだろ。無意識に出ちゃったんだから」
  2953. 「はいはい。ふふ……やっぱり、士道といると楽しいなぁ……」
  2954. 「そ、そっか……?」
  2955. 「うん。ありがとね……」
  2956. 「え……?」
  2957. 「何でもないよ。今日は行きたいところがあるの。\n士道、付き合ってくれる?」
  2958. 「お、おう……もちろん!」
  2959. 「……行きたい場所って、ここだったのか?」
  2960. 「……」
  2961. 「……み、見事に誰もいないな。\nはは……これだけ静かだとなんか逆に落ち着かないというか……」
  2962. 「…………」
  2963. 「凜祢……?」
  2964. 「ねえ士道、ひとつ聞いていい?」
  2965. 「え? な、何だよ」
  2966. 「うん……さっき公園で、デート中、心ここにあらずだったって\n言ってたけど……どうして?」
  2967. 「あ、ああ……その話か……」
  2968. 「私がなんか悪いことしちゃったのかな……って思って」
  2969. 「あ、いや……実は凜祢とデートしてるときにさ、\nよぎったんだよ……」
  2970. 「よぎった……って何?」
  2971. 「最初は、よくあるデジャヴかなって思ったりしたんだけど……。\n思い返すほど、確かに前に同じようなデートをした\n記憶があってさ……」
  2972. 「……おな、じ?」
  2973. 「いや、変なこと言ってるってのはわかるんだ。\nでもさ……それがずっと気になってて――」
  2974. 「そう、だったんだ……」
  2975. 「ごめん、凜祢にも失礼だよな。\n――って、なんか今日の俺は本当に謝ってばっかだな。はは……」
  2976. 「――ねぇ、士道?」
  2977. 「ん?」
  2978. 「掛け違えたボタンに気が付いたときって……、\nどうすればいいと思う?」
  2979. 「え、い、一体何の話だ?」
  2980. 「一度そうなっちゃうと……どれだけうまく合わせようとしても、\nそこからはずれたままで……どんどん綻びが大きくなっていく」
  2981. 「……?」
  2982. 「だからね……私、こう思うの」
  2983. 「一度全部諦めて……また最初からやり直せば\nいいんじゃないかって」
  2984. 「ええと……凜祢……?」
  2985. 「あ、ごめんね。今のは忘れて……何でもないの」
  2986. 「そ、そうか……?」
  2987. 「士道、ちょっと待っててくれる?」
  2988. 「待っててって……どこ行くんだよ?」
  2989. 「ふふ、ひ・み・つ。\n女の子にそういうこと聞くんじゃありません」
  2990. 「す、すまん……!」
  2991. 「もう、また謝ってるよ?」
  2992. 「あ……」
  2993. 「ごめんね。少し、気をつけた方がいいかも?」
  2994. 「おう、そうする。注意しないとな……」
  2995. 「はは、なんだかんだで凜祢も謝ってるし……。\n謝ってばっかりだな……」
  2996. 「……凜祢のヤツ、ずいぶん遅いなあ…………ん?」
  2997. 「――なっ! なんだ!?」
  2998. 「こ、これは……ッ!? ――え?」
  2999. 「っうわッ!」
  3000. 「――っ!? い、今のは……ッ!?」
  3001. 「お、おまえは……夢の……!?」
  3002. 「……そう……私と貴方は夢を共有していた……」
  3003. 「お、おまえは一体何者なんだ!? せ、精霊……なのか!?」
  3004. 「……」
  3005. 「な、なぜ俺を狙う?」
  3006. 「……それを知る必要は、ない。\n貴方はすぐに、すべてを忘れるのだから……」
  3007. 「お、おい待て! やめろって――ッ!」
  3008. 「さようなら、五河士道。また、あの日常の中に還りなさい。\nそしてどうか、次こそは幸せな夢を――」
  3009. 「――ッ!?」
  3010. 「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
  3011. 「くっそぉぉぉぉぉぉぉ!!」
  3012. 「…………!?」
  3013. 「……あ、あれ……? 何が……?」
  3014. 「間一髪だったわね。まったく、冷や冷やさせないでよ!」
  3015. 「うふふ……危なっかしくて見ていられませんわねぇ」
  3016. 「……し、士道さんはっ、わ、私が……守り、ますっ!」
  3017. 「目的は知らぬが、シドーを傷つけるなら、貴様は私の敵だっ!」
  3018. 「訂正すべき。士道の敵は、私の敵」
  3019. 「ぬ……!」
  3020. 「……み、みんな!? それに狂三まで――!?」
  3021. 「あら、わたくしはついでなんですの?」
  3022. 「や……そういうわけじゃないけど……」
  3023. 「……どうやってここに……?\n……私以外にこの〈[凶禍楽園*エデン]〉に干渉できる者が\nいるはずが……?」
  3024. 「貴様がすべての元凶なのだな?\nならば、倒して元の世界に戻るぞ、シドー!」
  3025. 「ちょ、ちょっと待て十香! 俺に話をさせてくれないか!?」
  3026. 「む……しかし、あやつが私たちを閉じ込めているのだろう?\nここで倒してしまえば一件落着ではないのか?」
  3027. 「十香の言う通りよ、士道。結界の影響下にいる限り、\n精霊たちの暴走の危険も消えないわ!」
  3028. 「そ、それはわかってるけど……少しでも話を聞いてくれる\n可能性があるのなら、俺は――諦めたくないんだ!\n頼む、十香! 琴里!」
  3029. 「ぬう……! シドーがそういうなら仕方あるまい!」
  3030. 「まったく、こういうときだけ頑固なんだから!」
  3031. 「す、すまん! でも、何にもわからないまま終わらせるなんて、俺にはできない!」
  3032. 「なあ、教えてくれ! おまえは一体何者なんだ!?\nなぜ俺を狙う!?」
  3033. 「……私の名は――〈[支配者*ルーラー]〉。\nこの楽園を管理する、神たる存在……」
  3034. 「か、神……?」
  3035. 「そう、神――。この世界……〈[凶禍楽園*エデン]〉を守り、保持するのが私の使命。今、それを果たさなければならない――」
  3036. 「なんだ……嫌な感じがどんどん強くなっているぞ。\n気をつけろ、シドーッ!?」
  3037. 「十香の言う通り、これ以上は危険よ!」
  3038. 「――ちょ、ちょっと待ってくれ!\n〈ルーラー〉って言ったか? おまえ、全てを知ってるのか!?」
  3039. 「――お、俺に残ってる記憶は、全部本当にあったことなのか!?おまえが元凶だって言うなら、教えてくれ!\nこんなことをしなきゃいけなかった理由を!!」
  3040. 「――元凶……? 貴方は、否定するというの?\n〈[凶禍楽園*エデン]〉を――貴方の楽園を……否定するの?」
  3041. 「ら、楽園って……これが楽園だって言うのか?」
  3042. 「そう。貴方はここで何をしてもいい」
  3043. 「十香と契りを結んでも、琴里と並び歩くことを選んでも、\n折紙の傍にいると誓っても、四糸乃との日々を過ごしても、\n狂三とともに生きることを決めても、いい」
  3044. 「な!? それは……うっ……」
  3045. 「な……いったい、どういうことなのだ!?\n確かに私もシドーとわかりあった……」
  3046. 「士道は私を選んでくれた? ……この記憶は……」
  3047. 「不思議。士道の暖かさも残っている気がする」
  3048. 「……士道さんと一緒、に……がんばり、ました」
  3049. 「うふふ、士道さんはわたくしに……。\nたくさんのものを与えてくれましたわね」
  3050. 「みんな、覚えて……!?」
  3051. 「貴方の考えていることは、この〈[凶禍楽園*エデン]〉では不思議ではない。\nここは、永遠の幸福が約束された楽園。\nどんな夢でも見せてあげる。どんな望みでも叶えてあげる」
  3052. 「やっぱりこの記憶も全部……おまえの、仕業なのか?」
  3053. 「――貴方たちはここで何をしても良かった。全てが許されていた。\nただ――[禁断の果実*しんじつ]に手を伸ばす以外は」
  3054. 「しん、じつ……?」
  3055. 「貴方は知り過ぎた。近づき過ぎた。\n……だから、消さなくてはならない」
  3056. 「なんでだよ……なんでなんだよ!\nそれが……幸福な楽園だっていうのかよ!?\n俺を狙って、殺して……それでどうなるっていうんだ!!」
  3057. 「それは……貴方は知らなくていいこと。貴方はただ、たゆたっていればいい。楽園の安寧に。そうすれば、全て私が叶えてあげる。\nどんな望みも、どんな未来も、どんな結末も――」
  3058. 「何を……言ってるんだ!? そんなこと――」
  3059. 「ここでなら、この楽園でなら、それは絵空事ではない」
  3060. 「……っ!」
  3061. 「……もし仮に、おまえのいう楽園なんてものが実在したとしたら……良いことも悪いことも、全部、都合のいいようになるかもしれない」
  3062. 「でも……それが本当に楽園なんて呼べるのかよ!\n都合のいいように幸せになって、\nそれで本当に満足できるのかよ!」
  3063. 「……? それに、何の問題があるというの?\n人は幸福を求めるもの。人は過ちを嫌うもの。\nそれが全て叶うというのに、貴方はそれを否定するというの?」
  3064. 「……好きなことが好きなように叶ったら、そりゃあ素敵だろうさ!\nだけど……得体の知れない何かに与えられた無機質な幸福は……\n自分の手で手に入れた些細な幸せにすら届かない!」
  3065. 「俺は――ここが楽園なんて認めない!」
  3066. 「……シドー……!」
  3067. 「……さすが士道。いいことを言う」
  3068. 「士道……さんっ!」
  3069. 「あら、言ってくれますわね」
  3070. 「へー、随分大見得切るじゃない」
  3071. 「みんな……!」
  3072. 「五河士道が……否定するの?\nこの楽園を……〈[凶禍楽園*エデン]〉、を?」
  3073. 「……!?」
  3074. 「……この世界が誰にも望まれないというなら……」
  3075. 「……?」
  3076. 「……〈[凶禍楽園*エデン]〉はもう、その役割を成さない……」
  3077. 「役割? それは――!?」
  3078. 「な、なんだ!? く、空間震かっ!?」
  3079. 「楽園が――〈[凶禍楽園*エデン]〉が、啼いている……」
  3080. 「どういう、ことだ……?」
  3081. 「……このままいけば、この世界は――まもなく『死』を迎える」
  3082. 「……なん……だと?」
  3083. 「……終わりの時は迫っている……。もう一度、よく考えて……?それでもあなたが、この世界を否定するというなら……。\n私を――殺しにいらっしゃい……」
  3084. 「……〈[凶禍楽園*エデン]〉が『死』を迎えるその前に――」
  3085. 「――えっ!?」
  3086. 「し、シドー!」
  3087. 「く――ッ!?」
  3088. 「……ぐぅ……」
  3089. 「……士道」
  3090. 「……ん……んん……」
  3091. 「士道、起きなさい」
  3092. 「……うーん。\n……あれ、琴里? なんだよ、こんな朝早く……」
  3093. 「報告があるの。朝食前に少し時間もらうわよ」
  3094. 「あ、ああ……わかった。ちょっと待ってくれ」
  3095. 「それで、報告ってなんだ?\n例のモニュメントのこと……それとも、襲ってきた奴のことか?」
  3096. 「どっちかじゃないわ。両方よ」
  3097. 「両方?」
  3098. 「あのモニュメントに近づいた時、\nそれを妨害するかのように天使のようなモノが現れた。\nそれは間違いないんでしょう?」
  3099. 「うん」
  3100. 「ならそれは、セットで考えた方が自然よ」
  3101. 「確かにそうかもな……で、あいつは何だったんだ?\n精霊……なのか?」
  3102. 「断定するには材料が少なすぎるわね。\n……観測数値の記録だけで言えば、精霊に酷似しているのは確か」
  3103. 「ど、どういう意味だ?」
  3104. 「数値上は、精霊のそれに限りなく近い存在ってこと。加えて……士道の報告通りなら、十香たちのような自由意思のある精霊とは別種の存在だろうけど……」
  3105. 「……うむ?」
  3106. 「……士道の脳が、アザミウミタマゴバチより少なかったとしても、それぐらいの想像力は持っててほしいわね。人として」
  3107. 「ぅ……な、なんだよそのハチ……」
  3108. 「――もういいわ。とにかく、霊力で生成された存在であることは間違いない。\n士道から聞いた状況から考えるに」
  3109. 「ゲーム的に言うと、『ゴーレム』とか、『ガーディアン』とか\n……そんな感じね」
  3110. 「なんか現実離れしてる感じだな」
  3111. 「士道、それは自分の状況をちゃんと理解してから言うべきだってわかる?」
  3112. 「すまん……」
  3113. 「士道の話を信じるなら、恐らく……その天使みたいなもの――\n『ガーディアン』は防衛用なのよ。――つまり、あのモニュメントはそうまでして守る必要があるってこと」
  3114. 「なるほどな……でも、詳しいことはさっぱりって感じか?」
  3115. 「ええ、そこまではさすがにね。\nだけど……少なくとも、結界に関わってそうなのは確かよ」
  3116. 「試しに士道から報告のあった時間帯に絞って、モニュメント周辺の霊波パターンを解析してみたの」
  3117. 「それで、なにかわかったのか?」
  3118. 「あのモニュメントから微弱に出ている霊波パターンの波形……天宮市を包む広域結界と重なるのよ」
  3119. 「っ……!?」
  3120. 「規模が違いすぎて、危うく見落とすところだったけどね。\n思いつきで試してみたらぴったり一致したの」
  3121. 「そ、それって……つまり……?」
  3122. 「結界とモニュメント、二つの存在は密接に関係しているわ。\n要するにね、結界もモニュメントも『ガーディアン』も、\n全部根源は同じである可能性が極めて高いのよ」
  3123. 「これが指し示す答え――あのモニュメントは結界を支える足場に間違いないわ」
  3124. 「この前言ってた足場のひとつがあのモニュメントなのか!?\nじゃあ、あれを壊せれば……」
  3125. 「それで上手く行くならもうやってるわよ。\n残念ながら、これはそんな簡単な話じゃないわ」
  3126. 「もしかして、一つじゃない……とか?」
  3127. 「…………勘がいいわね、その通りよ。\nこの天宮市のどこかに、あのモニュメントのように擬態化してる別のかなめがあるはず」
  3128. 「じゃあ、今度はそれを探し出さないといけないのか……じゃあ、まだまだ序の口ってことだな」
  3129. 「ええ、まだまだ先は長いわ。けどね士道、それを調べるのはこっちの仕事よ。士道はデートを優先してちょうだい」
  3130. 「……け、けどこのままじゃ――」
  3131. 「もちろん、何か気が付いたことがあったら報告して。\nでも、それ以上はダメよ……わかった?」
  3132. 「お、おう……」
  3133. 「解析がうまく進んで、『敵』の根城もわかってくれれば楽なんだけど……」
  3134. 「『敵』……? さっきの『ガーディアン』か?」
  3135. 「それを作った親玉のことよ。結界で私たちを閉じ込めておきた\nがってる何者か……って、もうこの話は終わり!\nあなたはあなたのするべきことをしなさい!」
  3136. 「えー、あー……すまん。でも、なるべく協力するよ。\n早くなんとかしたいもんな。みんな辛いだろうし……」
  3137. 「念押ししておくけど、今のあなたは不死身じゃない。絶対に無茶はしないでちょうだい」
  3138. 「ああ、約束するよ」
  3139. 「本当……心配で令音より寝不足になりそうだわ……」
  3140. 「え……?」
  3141. 「な、なんでもないわよ!」
  3142. 「お、おう……?」
  3143. 「朝ごはん、できた?」
  3144. 「待たせて悪かったな。ちゃっちゃと食べちゃってくれ」
  3145. 「し、士道……さん!\nお、おはよう、ございます……っ!」
  3146. 「おう、四糸乃によしのん、おはよーさん。\nちょうど朝飯が用意できたところだから、出来立てのうちに食べてくれ」
  3147. 「は、はい……! いただき……ます……っ!」
  3148. 「あれ……十香はどうしたのよ?」
  3149. 「ああ……十香?\n十香ならもう学校に出かけたよ。飯はいらないって言って……」
  3150. 「あの十香が……朝食も食べずに出てったっていうの……!?」
  3151. 「驚き過ぎだろ……。\nでも珍しいよな、あいつが食欲ないなんて……」
  3152. 「ふ~ん……」
  3153. 「……な、何だよ?」
  3154. 「なんでもないわよ。ま、そのうちわかるわ」
  3155. 「そういうもんなのか?」
  3156. 「はぁ……今日は一人で登校か」
  3157. 「……何だろう?\nいつもの景色なのに、なんかやけに寂しく感じるな……」
  3158. 「んー、何かが足りないような……何だろう?\n何かはわからないけど、この心の中に穴が開いたような\n感じは……」
  3159. 「もしかして、十香がいないせいか……?\nいや、そんなことはないよな……」
  3160. 「十香、はいこれ。十香の分の弁当だよ」
  3161. 「今日はいらぬ……」
  3162. 「え……?」
  3163. 「と、十香? どうしたんだよ?\nほら、おまえの好きなお弁当だぞ? 朝飯も食べてないんだから、\n昼まで抜いたら相当お腹空いちゃうぞ?」
  3164. 「む! れ、レディーは、お腹など減らんのだっ!」
  3165. 「――っ!?」
  3166. 「ははは! 腹の虫は正直みたいだな、十香」
  3167. 「……い! いらぬ!」
  3168. 「いいからいいから、やせ我慢すんなって……」
  3169. 「――っく! いらぬと言ったらいらぬッ!」
  3170. 「あ……!」
  3171. 「……あ、ああ……」
  3172. 「だ、大丈夫だよ……いま片付けるからさ」
  3173. 「し、シドー……す、すまぬ……私はただ、その……」
  3174. 「い、いいっていいって! そんなに気にするなよ?\nそれより、おまえの昼飯が……」
  3175. 「いや、そのだな……だ、だが――」
  3176. 「はぁ~い! みなさん、席に着いてくださぁい。\n朝のホームルームを始めますよぉ?」
  3177. 「……」
  3178. 「十香のヤツ……授業中、たまにお腹鳴ってたからな……。\n相当腹ペコだと思うけど……」
  3179. 「あれー、五河くんったら、\n俺の尻を追っかけてきちゃったのかい?」
  3180. 「阿呆。誰がおまえの尻なんか追いかけるか!\n十香見なかったか?」
  3181. 「十香ちゃん? いや、見てないな……一緒じゃないのかよ?」
  3182. 「いやちょっとな……。\nまぁいいや、サンキュ、殿町」
  3183. 「おう、たまには一緒に飯食おうな!」
  3184. 「おう!」
  3185. 「あらあら、五河くん? そんなに慌ててどうしたんですかぁ?」
  3186. 「あ、タマ――じゃなくて、先生!\n十香のヤツ、見ませんでしたか?」
  3187. 「あ、ええっと……や、夜刀神さんなら早退するって――」
  3188. 「そ、早退!?」
  3189. 「え、えぇ……体調が悪くなったからって、\nさきほど村雨先生から聞いて、私も心配していたんですよぉ」
  3190. 「あ、ありがとうございます! タマ――じゃなくて、先生!」
  3191. 「あ、五河くぅん……!? なにかあったんですかぁ!\nちょっとぉ! 廊下を走ったら危ないですよぉ……!」
  3192. 「れ、令音さんッ!」
  3193. 「……ん、シン、どうしたのかね?」
  3194. 「どうしたもこうしたもないですよ!\n十香の具合が悪くなって早退したってどういうことなんです?」
  3195. 「あ、あいつ朝から様子がおかしいんです! 朝飯も食べてないし、昼だって――」
  3196. 「んぼッ!」
  3197. 「おふ……ッ!」
  3198. 「……落ち着いたかね、シン?」
  3199. 「お、落ち着かないですよ全然ッ! いったいなんなんですかッ!」
  3200. 「……おや、そうかね?\nシンにはこれが最良だと、琴里が言っていたが……」
  3201. 「――ぅぐ! そ、そんな情報に踊らされないでください……!\nそんなことより……令音さん、十香はどうしたんですか?」
  3202. 「……ああ、十香なら私が許可を出して、先に帰らせたよ」
  3203. 「え!? じゃあ、本当に帰っちゃってるんですか?\nでも……どうして……!」
  3204. 「……ふむ。通常であれば……。\nシン、君の傍にいるときの十香は安定している」
  3205. 「つ、通常で……あれば? じゃあ今は……?」
  3206. 「……現状は、君の傍にいると……ストレス値が高くなる」
  3207. 「――え……ッ!?」
  3208. 「……互いに歩み寄ろうとするあまり、なんらかの誤解が生じたり、すれ違ってしまうことというのはあるものだよ」
  3209. 「……しかし万が一、暴走ということになっては、\nシンの身にも危険が及ぶと思ってね」
  3210. 「……一時的に距離を置かせるつもりで先に帰らせたのだ。\n余計なお世話だったかな?」
  3211. 「い、いえ、そんなことはないですけど……」
  3212. 「……シン、ヤマアラシのジレンマという話を知っているかね?」
  3213. 「い、いえ……」
  3214. 「……では、ハリネズミのカップルを想像してみたまえ」
  3215. 「は、はあ……?」
  3216. 「……二人は好き者同士ゆえに、一緒に居ようと互いに近づき合う。すると、それぞれの体表面を覆っている身を守るための鋭い針が\n相手を傷つけてしまう……」
  3217. 「……!」
  3218. 「……好きなのに――だからこそ近づけない。\nそういうときが人にも精霊にもあるのではないかね?」
  3219. 「……好きなのに……近づけない……?\nで、でも……それじゃあそのハリネズミは、\nいつまでたっても一緒になれないじゃないですか?」
  3220. 「……それが、そうでもないのだよ」
  3221. 「?」
  3222. 「……近づいては傷つけ、驚いては離れということを繰り返すうち、やがて相手を傷つけず、自分も刺されず……しかし、\n互いに温もりを感じられる距離を見つけるんだ」
  3223. 「……!?」
  3224. 「……シン、ずっと一緒にいられるような存在になるためには、\n時に、傷つくことも必要なのかもしれない」
  3225. 「……と、十香と俺も……今はそういう段階ってことですか?」
  3226. 「……さあね。それは私が決めることじゃない。\nそれは、今後シンがどうするか……ではないかな?」
  3227. 「……ちょうどいい、二人の距離……か」
  3228. 「れ、令音さん! ありがとうございます!\n……正直、今のお話が全部わかったとは言えませんけど、\n俺なりに、やれるだけのことをやってみたいと思います!」
  3229. 「……ん、すべてはシン、君の想い次第だ。\nそして、あまり焦らないことだな」
  3230. 「は、はい……! じゃあ、失礼します!」
  3231. 「今の……十香?」
  3232. 「えっと、十香は――いた!」
  3233. 「ぬううう……食べるべきか……? 食べざるべきか……?\nだが、シドーの弁当は断ってしまったのだし……うう……」
  3234. 「うぬぬぬ……」
  3235. 「……し、しかし…………」
  3236. 「……ぬぅ…………」
  3237. 「……せっかく注文したのだし、一口……」
  3238. 「そう、一口……一口だけ!\nそれならシドーも許してくれるはずだ!」
  3239. 「……俺? 許す許さないって何の話だ?」
  3240. 「うむ! 美味いっ! 箸がどんどん進むぞ!」
  3241. 「うむ……最高だった! は……!?」
  3242. 「し、しまった……結局完食してしまったのだ……」
  3243. 「おい、十香!」
  3244. 「し、シドーッ!?」
  3245. 「はは、やっぱりおなか空いてたんだな?\n昼、一緒に食えば良かったのに」
  3246. 「はは、ずいぶんお腹を空かせてたんだな。\n十香の食べっぷりに店の連中も驚いてたみたいだぞ?」
  3247. 「――っ!?」
  3248. 「ん、どうした?」
  3249. 「あ、あぁ……うぅ……うぅぅ……ッ!」
  3250. 「え……? と、十香……?」
  3251. 「あ! 十香!? ちょっと待てよ――」
  3252. 「お、おい! 十香ーッ!」
  3253. 「……一体、どうなってんだ?\n俺がまた何かやらかしたっていうのか……?」
  3254. 「はぁ……」
  3255. 「うん、やっぱり買い物して早く帰ろう」
  3256. 「良い肉が安くて良かったな。\n今日はすき焼き……十香の機嫌が直るといいな」
  3257. 「よーし! 安くて良い肉を仕入れたぞ!\n今日はこれですき焼きだ!」
  3258. 「や……それはその……」
  3259. 「え……?」
  3260. 「あると言えばあるし……ないと言えばないんだけど……」
  3261. 「ああ、デートしようと思ってたんだけど、\nそれで予定が合わなくって……」
  3262. 「夕飯の買出し。今日はすき焼きにしようと思ってな」
  3263. 「そ、そう言われても……他にいい案も思い浮かばないし……」
  3264. 「で、その十香は今どこにいるんだ?」
  3265. 「へ、部屋に……?」
  3266. 「あ、ああ……! そうだな!」
  3267. 「あ、ああ……そうだな!」
  3268. 「す、すまん! でも、おかげで目が覚めた気がする!\nありがとな、琴里!」
  3269. 「す、すまん……十香が苦しんでるっていうのに呑気に買い物してる場合じゃないよな」
  3270. 「いつもの俺なら真っ先に駆けつけてたはずなのに……でも、\nおかげで目が覚めた。ありがとな、琴里!」
  3271. 「と、十香? 俺だ? 入っていいか?」
  3272. 「――っ!?」
  3273. 「は、入るぞ?」
  3274. 「ほ、放っておいてくれ……!」
  3275. 「……俺は十香と話がしたいんだ。\nだから、ここを開けてくれないか?」
  3276. 「い、今は……会いたくない!」
  3277. 「……どうしてなんだ!?\n俺がなにかしたなら謝るよ。ちゃんと謝るから――」
  3278. 「し、シドーは悪くない! シドーは……」
  3279. 「……十香?」
  3280. 「き、嫌われたくないのだ……これ以上……」
  3281. 「き、嫌うって……! 俺が十香をか?」
  3282. 「こ、こんなはずでは……なかったのだ……。\nこんなはずじゃ……」
  3283. 「お、おい……なんの話だよ?\n俺が十香を嫌いになんてなるわけないだろ?」
  3284. 「……」
  3285. 「……十香! 明日、また誘うから!\nだから――俺ともう一度デートしてくれ!」
  3286. 「し、シドー…………わかった」
  3287. 「約束だ! 約束だからな!」
  3288. 「し、シドー……?」
  3289. 「――っ!? と、十香ッ!? どうしてここに……!?」
  3290. 「ん……凜祢から聞いてきたのだ……」
  3291. 「り、凜祢から……?」
  3292. 「う、うむ……」
  3293. 「なあ、シドー?」
  3294. 「ん! な、なんだ……?」
  3295. 「凜祢のこと……シドーはどう思ってるのだ?」
  3296. 「え? ど、どうって……それは――」
  3297. 「もちろん、ただの幼馴染だよ」
  3298. 「ぬ……? し、シドーの理想の嫁は……凜祢ではないのか?」
  3299. 「え……?」
  3300. 「だ、だからあれだ、ケ、『ケッコン』だ!」
  3301. 「け、結婚!?」
  3302. 「『ケッコン』とは、好きな者同士がずっと一緒にいると約束することなのだろう? それで、し、シドーは……。\n『ケッコン』するなら、凜祢が理想と言っていたのではないか?」
  3303. 「――!? そ、それは……ええっとだな……!」
  3304. 「やはりそうか……」
  3305. 「や! 違う違う! 誤解するな!」
  3306. 「ん……?」
  3307. 「た、確かに……凜祢ならいい嫁になると思うけど……」
  3308. 「む! やはり、そうではないか!」
  3309. 「た、頼むから最後まで聞いてくれ!」
  3310. 「ぬう……」
  3311. 「だけど今、俺は凜祢のことは、そういう風には思ってないし……結婚するつもりはないよ」
  3312. 「そ、そうなのか……?」
  3313. 「ああ……。\nそして――これは今、一番確かなことなんだけど……」
  3314. 「……?」
  3315. 「俺は今……十香と一緒にいたい!」
  3316. 「……っ!?」
  3317. 「だから十香……明日は約束、守ってくれよ?\n……駄目、か?」
  3318. 「ぜ、全然駄目ではない……!」
  3319. 「そっか! じゃあ、いいんだな?\nははっ、楽しみだ」
  3320. 「うむ、では、明日だな……私も、楽しみだ」
  3321. 「お、おう。あ、明日な!」
  3322. 「正直……気にならないって言ったら嘘になるな」
  3323. 「やはりそうか……」
  3324. 「ん……? 十香?」
  3325. 「やはり、シドーの未来に……私の居場所は、ないのだな……?」
  3326. 「え、あ、いや……俺はその――!」
  3327. 「うぐ――ッ! うぐぐぐ……ッ!」
  3328. 「お、おい! 十香!? 大丈夫かッ!?」
  3329. 「い、や……だ……!\nシドーといられ、ないっ、のは……ッ!!」
  3330. 「ちょッ! 十香ッ! このままじゃヤバイ!\nた、頼むから落ち着いてくれッ!?」
  3331. 「うぁぁぁあああああーーーーッ!!!!」
  3332. 「く、あぁ!? うわあああーーーーー……ッ!!??」
  3333. 「はい……どうぞ?」
  3334. 「り、凜祢? どうしたんだ、いきなり?」
  3335. 「士道に、聞きたいことがあって」
  3336. 「聞きたいこと?」
  3337. 「そう、聞きたいこと。\n士道は……決めたんだね」
  3338. 「……え、あ……うん……」
  3339. 「……何の話だ?」
  3340. 「十香ちゃんを……救ってあげたいって」
  3341. 「……ああ。うん。今の十香は見てられないし、ほっとけない。\nそうじゃなくても、十香は俺のために頑張ってくれてるし――」
  3342. 「――十香の側にいてやりたいって……そう思ってる」
  3343. 「……そっか。それが、士道の答えなんだね」
  3344. 「おう。そう、決めたよ」
  3345. 「…………」
  3346. 「…………」
  3347. 「ねぇ、士道……私と約束、しよ?」
  3348. 「……約束? それって、なんの……?」
  3349. 「……これから先、十香ちゃんを大切にするって。\n何があっても、離さないって……約束して」
  3350. 「……き、急にどうしたんだ?\nそんなこと、言われなくても……」
  3351. 「お願い、約束して欲しいの。\n十香ちゃんのことだけ考えるって……そうじゃないと、\nきっと士道の心はいつか離れちゃうから」
  3352. 「凜祢…………」
  3353. 「お願い…………」
  3354. 「……わかった、約束するよ。\n男として、言ったことは曲げたりしない。\n十香を……絶対に大切にする」
  3355. 「うん……士道なら約束してくれるってわかってた」
  3356. 「はは、なんだよそれ」
  3357. 「私、信じてるよ……士道のこと。\n約束、忘れないで……破らないでね、絶対に」
  3358. 「ああ、もちろん」
  3359. 「……もし破ったら、その時はただじゃおかないよ?」
  3360. 「わ、分かってるって!」
  3361. 「……そっか。ならいいの」
  3362. 「……な、なんだよ。なんでおまえが脅すんだよ?」
  3363. 「ふふっ……ごめんね」
  3364. 「でも……」
  3365. 「…………?」
  3366. 「……大丈夫よね。\n士道なら、大丈夫……きっと」
  3367. 「……………?」
  3368. 「……っ!? な、なんだ今の……!?」
  3369. 「なあ、凜祢……おまえも今の――」
  3370. 「あ、あれ……いない?\n凜祢の奴、いつの間に……?」
  3371. 「……まぁ、もう時間も遅いしな。\n俺もさっさと寝よう」
  3372. 「……この夢では……誰も幸福になれない……。\n五河士道……次こそは幸せな夢を……」
  3373. 「朝ごはん、できた?」
  3374. 「待たせて悪かったな。ほら」
  3375. 「し、士道……さんっ、おはよう、ございます……っ」
  3376. 「おう、四糸乃によしのん、おはよーさん。\nちょうど朝飯が用意できたところだから、出来立てのうちに食べてくれ」
  3377. 「は、はいっ、いただき……ます……っ」
  3378. 「あれ……十香はどうしたのよ?」
  3379. 「ああ……十香?\n十香ならもう学校に出かけたよ。飯はいらないって言って……」
  3380. 「あの十香が……朝食も食べずに出てったっていうの……!?」
  3381. 「驚き過ぎだろ……。\nでも珍しいよな、あいつが食欲ないなんて……」
  3382. 「ふ~ん……」
  3383. 「……な、何だよ?」
  3384. 「なんでもないわよ。ま、そのうちわかるわ」
  3385. 「そういうもんなのか?」
  3386. 「今日は久し振りに一人で登校か」
  3387. 「……何だろう?\nいつもの景色なのに、なんかやけに寂しく感じるな……」
  3388. 「んー、何かが足りないような……何だろう?\n何かはわからないけど、この心の中に穴が開いたような\n感じは……」
  3389. 「もしかして、十香がいないせいか……?\nいや、そんなことはないよな……」
  3390. 「……ぐぅ……」
  3391. 「……士道」
  3392. 「……ん……んん……」
  3393. 「士道、起きなさい」
  3394. 「……うーん。\n……あれ、琴里? なんだよ、こんな朝早く……」
  3395. 「報告があるの。朝食前に少し時間もらうわよ」
  3396. 「あ、ああ……わかった。ちょっと待ってくれ」
  3397. 「それで、報告ってなんだ?\n例のモニュメントのこと……それとも、襲ってきた奴のことか?」
  3398. 「両方よ」
  3399. 「両方?」
  3400. 「あのモニュメントに近づいた時、\nそれを妨害するかのように天使のようなモノが現れた。\nそれは間違いないんでしょう?」
  3401. 「うん」
  3402. 「ならそれは、セットで考えた方が自然よ」
  3403. 「確かにそうかもな……で、あいつは何だったんだ?\n精霊……なのか?」
  3404. 「断定するには材料が少なすぎるわね。\n……観測数値の記録だけで言えば、精霊に酷似しているのは確か」
  3405. 「ど、どういう意味だ?」
  3406. 「数値上は精霊のそれに限りなく近い存在だけど……対象の反応や動きが、士道の報告通りなら、十香たちのような自由意思のある精霊とは別種の存在ってことよ」
  3407. 「……うん?」
  3408. 「……士道の脳が、アザミウミタマゴバチより少なかったとしても、それぐらいの想像力は持っててほしいわね。人として」
  3409. 「ぅ……な、なんだよそのハチ……」
  3410. 「――もういいわ。とにかく、霊力で生成された存在であることは間違いない。\n士道から聞いた状況から考えるに……」
  3411. 「ゲーム的に言うと、『ゴーレム』とか、『ガーディアン』とか\n……そんな感じね」
  3412. 「なんか現実離れしてる感じだな」
  3413. 「士道、それは自分の状況をちゃんと理解してから言うべきだってわかる?」
  3414. 「すまん……」
  3415. 「士道の話を信じるなら、恐らく……その――『ガーディアン』は防衛用なのよ」
  3416. 「ぼ、防衛用?」
  3417. 「――つまり、あのモニュメントはそうまでして守る必要があるってこと」
  3418. 「なるほどな……でも、詳しいことはさっぱりって感じか?」
  3419. 「ええ、そこまではさすがにね。\nだけど……少なくとも、結界に関わってそうなのは確かよ」
  3420. 「試しに士道から報告のあった時間帯に絞って、モニュメント周辺の霊波パターンを解析してみたの」
  3421. 「それで、なにかわかったのか?」
  3422. 「あのモニュメントから微弱に出ている霊波パターンの波形……天宮市を包む広域結界と重なるのよ」
  3423. 「っ……!?」
  3424. 「規模が違いすぎて、危うく見落とすところだったけどね。\n思いつきで試してみたらぴったり一致したの」
  3425. 「そ、それって……つまり……?」
  3426. 「結界とモニュメント、二つの存在は密接に関係しているわ。要するにね、結界もモニュメントも『ガーディアン』も、\n全部根源は同じである可能性が極めて高いのよ」
  3427. 「これが指し示す答え――あのモニュメントは結界を支える足場に間違いないわ」
  3428. 「この前言ってた足場のひとつがあのモニュメントなのか!?\nじゃあ、あれを壊せれば……」
  3429. 「それで上手く行くならもうやってるわよ。\n残念ながら、これはそんな簡単な話じゃないわ」
  3430. 「もしかして、一つじゃない……とか?」
  3431. 「…………勘がいいわね、その通りよ。\nこの天宮市のどこかに、あのモニュメントのように擬態化してる別の足場があるはず」
  3432. 「今度は、それを探し出さないといけないのか……じゃあ、まだまだ序の口ってことだな」
  3433. 「ええ、まだまだ先は長いわ。けどね士道、それを調べるのはこっちの仕事よ。士道はデートを優先してちょうだい」
  3434. 「……け、けどこのままじゃ――」
  3435. 「もちろん、何か気が付いたことがあったら報告して。\nでも、それ以上はダメよ……わかった?」
  3436. 「お、おう……」
  3437. 「解析がうまく進んで、『敵』の根城もわかってくれれば楽なんだけど……」
  3438. 「『敵』……? さっきの『ガーディアン』か?」
  3439. 「それを作った親玉のことよ。結界で私たちを閉じ込めておきた\nがってる何者か……って、もうこの話は終わり!\nあなたはあなたのするべきことをしなさい!」
  3440. 「えー、あー……すまん。でも、なるべく協力するよ。\n早くなんとかしたいもんな。みんな辛いだろうし……」
  3441. 「念押ししておくけど、今のあなたは不死身じゃない。絶対に無茶はしないでちょうだい」
  3442. 「ああ、約束するよ」
  3443. 「本当……心配で令音より寝不足になりそうだわ……」
  3444. 「え……?」
  3445. 「な、なんでもないわよ!」
  3446. 「お、おう……?」
  3447. 「……まぁ、昼休みにでもかけ直してみるか」
  3448. 「そうだ……昼飯前に家に電話してみるか。\n四糸乃がかけてきたんだとしたら、\n何か緊急な用かもしれないし――」
  3449. 「……ん?」
  3450. 「……れ、令音さん?」
  3451. 「あ、ちょっと待ってください。\n今、廊下に出ますんで……」
  3452. 「……もしもし? 何か、あったんですか?」
  3453. 「いなくなったって……散歩とかじゃないんですか?」
  3454. 「……え?」
  3455. 「な!? ど、どうして!?」
  3456. 「……わかりました。俺の方でも探してみます!\n四糸乃は絶対見つけ出します!」
  3457. 「……ハァハァ……! 早く……四糸乃を探さなくちゃ……」
  3458. 「……!? 雨?\nさっきまで、雨なんて降ってなかったよな……」
  3459. 「まさか……って、あそこにいるのは……」
  3460. 「……四糸乃!」
  3461. 「…………」
  3462. 「四糸乃! おい、どうしたんだよ、四糸乃!!」
  3463. 「……士道……さん……?」
  3464. 「ああ、そうだよ。\n……大丈夫か? 何があったんだ?」
  3465. 「…………」
  3466. 「四糸乃! おい、四糸乃!!\nしっかりしろ、四糸乃! 何があった!?」
  3467. 「…………あ」
  3468. 「……う、うぅ………よ、よしのん、がっ……」
  3469. 「……う、うごか……うごかっ……なく……な、っちゃいまし、\nた……っ!」
  3470. 「な、嘘だろ……!?」
  3471. 「よしのんが動かなくなったって……どういうことだ?」
  3472. 「私が……話し、かけても……答えて、くれないし……。\n何も話して、くれ、ないんです……」
  3473. 「イタズラじゃ、ないんだな?\n急に驚かせちゃったねーって、動いたり……」
  3474. 「わ、分かりません……わ、たし……どうし、たらいいのか……\nわから、なくて……」
  3475. 「……さっきの電話、もしかして四糸乃だったのか?」
  3476. 「は、はい……っ……でもっ……つながら、なくて……!\n私、ひとり……っ……ぼっちは……こわ、くて……!」
  3477. 「……!! 冷気が……!」
  3478. 「…………っ……!」
  3479. 「……四糸乃、頼む! 落ち着いてくれ!\nこのままじゃ……取り返しのつかないことになっちまう!」
  3480. 「だ、だって……よ、よしのん、がっ!」
  3481. 「よ、よしのんが……い、いなくなるなんて……嫌ッ!」
  3482. 「俺はッ! 四糸乃を! 一人になんてしない!」
  3483. 「…………!?」
  3484. 「俺がそばにいてやる! よしのんの事も、一緒に考える!\nだから……四糸乃、止まれ! 止まってくれ!」
  3485. 「う、うぅ…………し、士道、さん……っ!?」
  3486. 「俺が一緒にいられるように!!」
  3487. 「……!?」
  3488. 「とにかく、一度家に帰ろう。\nそれから、よしのんのこと、一緒に考えよう……な?」
  3489. 「………………」
  3490. 「……落ち着いたか?」
  3491. 「は、はい……」
  3492. 「……それにしても、どうしちまったんだろうな……よしのん」
  3493. 「四糸乃の言葉を疑ったわけじゃないけど……本当に何も話さないのか……。あんなにおしゃべりな奴だったのに……」
  3494. 「……やっぱり、私のせい……でしょう、か……」
  3495. 「……いや、そんな事ないと思うけどな」
  3496. 「で、でも……」
  3497. 「四糸乃……落ち着いて、ゆっくり考えてみよう」
  3498. 「…………え?」
  3499. 「よしのんは、いつだって四糸乃の味方だよな?\nだからきっと、理由があると思うんだ。\nよしのんがこうならなきゃいけなかった理由が」
  3500. 「……理由、ですか?」
  3501. 「ああ、きっと何か事情なり考えなりがあるんだと思う。\nだからさ、四糸乃……」
  3502. 「俺たちは、よしのんのことをちゃんと迎えられるようにしないとダメだ。\nよしのんが、いつまた動き出してもいいようにさ」
  3503. 「よしのん、四糸乃のそんな顔見たら悲しむぞ?」
  3504. 「……はい、すみま、せん……」
  3505. 「……少し休もうか。\n一回眠った方が、何か思いつくかもしれないし」
  3506. 「はい……そう、します……。\n士道さん……おやすみ、なさい……」
  3507. 「おやすみ……」
  3508. 「ええ、良かったです。\nでも、よしのんがこのままじゃ……四糸乃の気持ちはいつまでも宙ぶらりんのままです」
  3509. 「ですね……。\nよしのんのヤツ、どうして動かなくなったんだろう……」
  3510. 「――親に甘えている間は子供……だっけ?」
  3511. 「……あ、いえ。\nよしのんのこと、俺の方でもなにかできないか考えてみます。\nそれじゃあ、これで……」
  3512. 「……よしのん。おまえが動かなくなったのって、もしかして……四糸乃のため、なのか?」
  3513. 「ちょっとだけ待ってろ、よしのん。\n四糸乃はおまえが思ってるほど子供じゃないかもしれないぜ?」
  3514. 「四糸乃を大人に、か……。\nそうは言っても、俺は四糸乃のために何をすればいいんだろうか」
  3515. 「……ん? 誰か、来た?」
  3516. 「……四糸乃、か?」
  3517. 「……よしのん……お喋り、しよう……?」
  3518. 「どうして、黙ったままなの……?\n答えて……答えて、よっ……!」
  3519. 「……っ…………っ!!」
  3520. 「……四糸乃、やめよう」
  3521. 「……士道、さん?」
  3522. 「よしのんが心配なのはわかる。\nでも、そうしてたって、よしのんは戻ってこないんだ」
  3523. 「……わかっては、いるんです。でも……でも……」
  3524. 「俺だって辛いんだ。四糸乃はもっと辛い。\nそれはわかるよ……大事な友達だもんな」
  3525. 「…………はい……」
  3526. 「……でもな、四糸乃。聞いてくれ」
  3527. 「……よしのんが戻ってくるまで、四糸乃が一人になるなんてことはないよ。\n昨日も言ったけどさ、俺は四糸乃のそばにいる」
  3528. 「…………!!」
  3529. 「よしのんがいなくなって、自分が一人だなんて思わないでくれ。おまえの傍には、心配してくれる仲間がたくさんいるんだから」
  3530. 「なか……ま……?」
  3531. 「ああ。十香も、琴里も、凜祢も……令音さんだって、神無月さんだって……みんな四糸乃のことを大切に思ってる」
  3532. 「よしのんの代わりはできないかもしれない……けど、ずっと四糸乃のことを思ってる。四糸乃……おまえは一人じゃないんだ」
  3533. 「…………あ……あぁ…………」
  3534. 「少しずつでいい。少しずつでいいんだ。\nよしのんに笑顔でおかえりって言えるように……一緒に、頑張って行こう」
  3535. 「……な、四糸乃?」
  3536. 「……はい。\n……士道さんのおかげ、で……少しだけ、勇気でまし、た」
  3537. 「時間はかかるかもしれない。\nけど、きっとよしのんは元に戻るよ。\nだって、よしのんは四糸乃の友達じゃないか」
  3538. 「…………!!」
  3539. 「だから、きっと帰ってくるさ。\nそれまで、俺も一緒に待つ。約束する」
  3540. 「……はい……! ありが、とう……ございます」
  3541. 「四糸乃……もうこれ以上苦しむことはないよ。\nよしのんは……最初からいなかったんだと思えば\nいんじゃないか?」
  3542. 「…………!!」
  3543. 「よしのんにこだわり続けていたら、\n四糸乃の心は絶望で壊れちまう。\n……それだったら、いっそのこと……」
  3544. 「なん、で……ッ! なんで……なんで、そんな、こと……ッ!?」
  3545. 「……えっ!?」
  3546. 「……よしのんを、\nいなかったことになんか……できま、せんっ!!」
  3547. 「…………っ!?」
  3548. 「……もう……いい…………」
  3549. 「よ、四糸乃……!?」
  3550. 「……待て、四糸乃!!」
  3551. 「このままじゃ、何をしたって一時しのぎにしかならない。\nなんとか、できないか……?」
  3552. 「……デート、しよう」
  3553. 「不安定だとか、暴走を防ぐとかじゃない。\n俺自身が、四糸乃を支えてやりたい……」
  3554. 「だから、明日は四糸乃とデートをしよう……!」
  3555. 「……四糸乃か?」
  3556. 「ごめんね、四糸乃ちゃんじゃなくて」
  3557. 「……凜祢?\nいや、いいけど……どうしたんだよ?」
  3558. 「士道に、聞きたいことがあって」
  3559. 「聞きたいこと?」
  3560. 「そう、聞きたいこと。\n士道は……決めたんだね」
  3561. 「……何の話だ?」
  3562. 「四糸乃ちゃんを……支えてあげたいって」
  3563. 「……ああ。\n……俺は、今みたいな四糸乃を見ていたくない。\n幸せそうな笑顔でいさせてやりたい」
  3564. 「……そっか。それが、士道の答えなんだね」
  3565. 「おう。そう、決めたよ」
  3566. 「…………」
  3567. 「…………」
  3568. 「ねぇ、士道……私と約束、しよ?」
  3569. 「……約束? それって、なんの……?」
  3570. 「……これから先、四糸乃ちゃんを大切にするって。\n何があっても、離さないって……約束して」
  3571. 「……き、急にどうしたんだ?\nそんなこと、言われなくても……」
  3572. 「お願い、約束して欲しいの。\n四糸乃ちゃんのことだけ考えるって……そうじゃないと、\nきっと士道の心はいつか離れちゃうから」
  3573. 「凜祢…………」
  3574. 「お願い…………」
  3575. 「……わかった、約束するよ。\n男として、言ったことは曲げたりしない。\n四糸乃を……絶対に大切にする」
  3576. 「うん……士道なら約束してくれるってわかってた」
  3577. 「はは、なんだよそれ」
  3578. 「私、信じてるよ……士道のこと。\n約束、忘れないで……破らないでね、絶対に」
  3579. 「ああ、もちろん」
  3580. 「……もし破ったら、その時はただじゃおかないよ?」
  3581. 「わ、分かってるって!」
  3582. 「……そっか。ならいいの」
  3583. 「……な、なんだよ。なんでおまえが脅すんだよ?」
  3584. 「ふふっ……ごめんね」
  3585. 「でも……」
  3586. 「…………?」
  3587. 「……大丈夫よね。\n士道なら、大丈夫……きっと」
  3588. 「……………」
  3589. 「……っ!? な、なんだ今の……!?」
  3590. 「なあ、凜祢……おまえも今の――」
  3591. 「あ、あれ……いない?\n凜祢の奴、いつの間に……?」
  3592. 「……まぁ、もう時間も遅いしな。\n俺もさっさと寝よう」
  3593. 「……この夢では……誰も幸福になれない……。\n五河士道……次こそは幸せな夢を……」
  3594. 「うーん……ムニャムニャ……あれ……もう朝か……」
  3595. 「……今日は休みだし、もう少しゆっくり寝ていよう……」
  3596. 「士道、もう朝よ。起きなさい!」
  3597. 「う~ん……あと五分だけ……」
  3598. 「お決まりのセリフ吐いてるんじゃないわよ。ったく……」
  3599. 「く、来る……!」
  3600. 「……こ、来ない?」
  3601. 「琴里……?」
  3602. 「…………」
  3603. 「……起きないなら、私も一緒に寝ちゃおうかしら」
  3604. 「え……!?」
  3605. 「ほら、そっち詰めてよ。私が入れないじゃない」
  3606. 「ちょ、ちょっとまて、琴里!」
  3607. 「何よ」
  3608. 「お、起きる! 起きるから!」
  3609. 「別に、まだ寝ててもいいわよ」
  3610. 「いや、もう目が覚めたし!」
  3611. 「……そ」
  3612. 「それじゃ、早く起きてきなさい」
  3613. 「は、はい……」
  3614. 「……な、なんだって言うんだ?」
  3615. 「……それにしても、『ドロップキック』より目が覚めたな。本当」
  3616. 「…………」
  3617. 「……あれ、他のみんなは?」
  3618. 「……さあ?\nみんな、朝から出かけたみたいよ」
  3619. 「……そっか」
  3620. 「……もう、体調は心配ないのか?」
  3621. 「まだ少し、ね……」
  3622. 「え、そうなのか?」
  3623. 「とは言っても、ちょっと疲れてるだけだから、大丈夫」
  3624. 「士道から元気をもらえれば、すぐ回復すると思うわ」
  3625. 「はは、なんだよそれ」
  3626. 「……本当よ?」
  3627. 「え、琴里……?」
  3628. 「……ね、士道。お願いがあるの」
  3629. 「な、なんだ……?」
  3630. 「……私、がんばるから。士道のために。\nだから……がんばるために、元気を頂戴?」
  3631. 「元気って……分けられるものなのか?」
  3632. 「そうよ……っていうか、この前自分で言ってたじゃないの」
  3633. 「あー、そういえば言った気も……」
  3634. 「昨日、士道におんぶされたら、少し元気になったの。\n……だから、今日も……少しだけ、甘えさせて?\n……お願い、士道」
  3635. 「あ、ああ……。\nわ、分かった。じゃあまたおんぶ……」
  3636. 「……そうじゃなくって。\n今日は……もっと……違うこと」
  3637. 「…………」
  3638. 「こ、琴里……?」
  3639. 「士道……」
  3640. 「お、おい……」
  3641. 「……士道を感じれば感じるほど、安心して元気が出るの」
  3642. 「だから、士道……もっと、近くに来て……」
  3643. 「い、いや……」
  3644. 「どうしたの……? ダメなの……?」
  3645. 「そ、そういうわけじゃないけど……」
  3646. 「……士道?\nお願い、少しでいいから、元気をちょうだい?\nそうしたら、もっと……もっと、頑張れるから」
  3647. 「……っ! だ、ダメだ!!」
  3648. 「……どうして?」
  3649. 「どうしても何も……」
  3650. 「昨日は、優しくしてくれたじゃない」
  3651. 「お、おんぶくらいならいくらでもしてやる。\nだけど、今日のおまえは……」
  3652. 「や、それは……」
  3653. 「どうしても……ダメ、なの?」
  3654. 「あ、ああ……」
  3655. 「……それって、兄妹だから? 私たちが……」
  3656. 「……いや、そのだな……」
  3657. 「……そう。わかった」
  3658. 「こ、琴里……?」
  3659. 「……なんて顔してんのよ?」
  3660. 「え?」
  3661. 「ちょっと、からかっただけじゃない。\n本気にしちゃって、これだからシスコンは困るわ」
  3662. 「……え?\nえ……か、からかった……だけ?」
  3663. 「そ。それなのに、士道ったらうろたえちゃって……ぷぷ」
  3664. 「あなたの顔、傑作だったわよ?」
  3665. 「お、おまえなぁ…」
  3666. 「……それじゃ、私もう少し寝るわ」
  3667. 「……え? 寝るって……今から?」
  3668. 「疲れてるのは本当だから。\n……それじゃ、ご飯になったら呼んで。おやすみ」
  3669. 「あ、ああ……おやすみ」
  3670. 「琴里……」
  3671. 「一体、どうなってるんだ……。\nあいつ……ふざけてるって……」
  3672. 「琴里、大丈夫かな……疲れてるって言ってたし……。\n今日のデートはやめて、家にいた方がいいかな……」
  3673. 「……よし、夕食出来た」
  3674. 「今日の夕食は俺と琴里、ふたりだけか……なんか久しぶりだよな。十香と四糸乃は、今週末一杯検査らしいし……」
  3675. 「さて、琴里だが……さすがに、もう起きてるだろう。\nそろそろ声をかけるか。お腹減ってるだろうし」
  3676. 「おーい、琴里」
  3677. 「琴里ー、夕飯だぞ」
  3678. 「返事がない……」
  3679. 「……琴里? まだ寝てるのか?\n入るぞ……?」
  3680. 「おわっ……!?」
  3681. 「おー、お兄ちゃん、どうしたのだ?」
  3682. 「と、突然ドアを開けるなよ……。\n……てか、おまえ……リボン、白……?」
  3683. 「そーだけど、それがどうかしたのか?」
  3684. 「あ、いや……ああ、晩飯出来たぞ。\n今日は二人だけだから、琴里の好きなメニューにした」
  3685. 「おー、それは素晴らしいのだっ!\n早く行こう、おにーちゃん!」
  3686. 「お、おう」
  3687. 「はむ、はむ……んぐんぐ……」
  3688. 「……おいおい、あまりかっこむな。むせるぞ?」
  3689. 「はむはむ……大丈夫なのだ!\nんぐんぐ……」
  3690. 「どうだ、うまいか?」
  3691. 「すっごく、おいしーのだ!」
  3692. 「そうか、たくさん食っていいんだぞ」
  3693. 「おー、愛してるぞ、おにーちゃん!」
  3694. 「ごちそうさまー!」
  3695. 「お粗末さま。\n……そうだ、琴里」
  3696. 「……ん? 何?」
  3697. 「昼間の事なんだけどさ……」
  3698. 「……? 昼間って?」
  3699. 「ほ、ほら……今日の……」
  3700. 「……?\nおにーちゃん、何を言ってるのだ?」
  3701. 「え?\n……え? 覚えてないのか?」
  3702. 「記憶にございません!」
  3703. 「ちょ、ちょっと……話聞いてくれよ……?\n黒い方じゃないと無理なのか?」
  3704. 「ん……? 黒いほー?」
  3705. 「お、おい……それも分からないってのか?」
  3706. 「ふぁ……眠くなってきたのだ。\nご飯も食べたから、もう寝るよ!」
  3707. 「昼間あんだけ寝たのに……って、そうじゃなくって!\nおい、琴里!?」
  3708. 「おやすみなさーい……」
  3709. 「……ど、どうなってんだ?」
  3710. 「琴里のやつ、悪い冗談だ……」
  3711. 「あれから黒琴里の方は、全く出てこなかった……。\nあいつ……何を考えてるんだ?\n全くわからん……」
  3712. 「……ま、明日になれば、元通りになってるだろ」
  3713. 「……なってる、よな?\nいつも通りの琴里になって、また俺を悪し様にののしって……」
  3714. 「今日のあれは、おふざけか……悪い夢だ、きっと」
  3715. 「……そう、だよな?」
  3716. 「……この神社でいいんだよな」
  3717. 「……今更だけど、もっと用心した方が良かったかな?\n琴里にも言われてたし……」
  3718. 「でも、なぜだか一人で決めて、一人で来てしまった……なぜだろう……警戒心がないわけではないのに」
  3719. 「……さてと、狂三は……」
  3720. 「士道さん……?」
  3721. 「……早速、いらっしゃったんですのね」
  3722. 「狂三……」
  3723. 「残念ですわ……もし、来なかったなら、諦めもついたのに……」
  3724. 「……ん? なんの話だ?」
  3725. 「あ、いえ……なんでもないですわ」
  3726. 「それより……今日もデートに誘っていただけるんですの?」
  3727. 「ああ、そのつもりだよ」
  3728. 「でしたら……今日は、この神社で過ごしませんこと?」
  3729. 「ここで……?」
  3730. 「ええ……静かで、良い場所ですから」
  3731. 「……ああ、いいぜ。\n移動だけで結構時間食っちゃうだろうしな。ここにしよう」
  3732. 「……それに……ここなら、二人きりですから」
  3733. 「……え?」
  3734. 「うふふ……なんでもありませんわ」
  3735. 「狂三、もしかしてここで寝泊まりしてるのか?」
  3736. 「それは……秘密ですわ」
  3737. 「……秘密?」
  3738. 「女の子は、秘密が多い方が素敵ですのよ」
  3739. 「士道さんもそう思われませんこと?」
  3740. 「そ、そうなのか?」
  3741. 「ええ」
  3742. 「まぁ、確かに狂三は神出鬼没だしなぁ」
  3743. 「それ、褒めてるつもりなんですの?」
  3744. 「俺としては、少し嬉しかったりするけど」
  3745. 「うれ、しい……?」
  3746. 「ああ、本当は警戒しなくちゃいけないんだろうけど……。\n狂三と一緒にいるのは楽しいし、話せるのは嬉しい」
  3747. 「……そうですの」
  3748. 「狂三はどうだ?」
  3749. 「うふふ……それも、秘密です」
  3750. 「女の子の秘密って、都合のいい言葉だよな……」
  3751. 「ええ、わたくしもそう思いますわ」
  3752. 「それより、士道さんのお話を聞かせていただけませんこと?」
  3753. 「俺の話……?」
  3754. 「ええ、士道さんの家のこと、子供の頃のこと、学校のこと……」
  3755. 「そんなに面白いもんじゃないと思うけどな……」
  3756. 「いいえ、いいんですの。\n士道さんのこと、もっと教えて欲しいですわ」
  3757. 「わ、わかった……そんなにいうなら」
  3758. 「ありがとうございます」
  3759. 「じゃあ……とりあえずは、学校のこととか……」
  3760. 「ええ、楽しみですわ」
  3761. 「……お、もうこんな時間か」
  3762. 「ええ、日が傾いて来ましたわね……」
  3763. 「そろそろ帰らないと、遅くなっちまうな」
  3764. 「……もう帰ってしまいますの?」
  3765. 「ああ……夕飯の支度とかもあるし」
  3766. 「士道さんの作った料理、わたくしも興味ありますわ」
  3767. 「なら今度、食べにくるか?」
  3768. 「確実にトラブルが起こりますけど……いいんですの?」
  3769. 「う……だ、駄目だな……」
  3770. 「残念ですわ……あ!\nなら、ここでお弁当なんていかがですこと?」
  3771. 「なるほど、それなら大丈夫そうだな。\n明日、作ってくるよ」
  3772. 「……本当、ですの?」
  3773. 「もちろん。\n……じゃあ、そろそろ行くな?」
  3774. 「……はい。明日も、待っていますわ」
  3775. 「あ、士道さん、足元……」
  3776. 「え?……うわっ!?」
  3777. 「あ、わ、悪い……」
  3778. 「……いえ。転ばずに済んでなによりですわ」
  3779. 「…………」
  3780. 「…………」
  3781. 「……く、狂三?」
  3782. 「……あ、す、すみません……」
  3783. 「……そ、その」
  3784. 「し、失礼いたしました……」
  3785. 「じゃ、じゃあ今度こそ……」
  3786. 「……あ、あの!」
  3787. 「……やっぱりもう少しだけ、一緒にいてくれませんか?」
  3788. 「……え?」
  3789. 「……わたくしのことを……士道さんに知って欲しくて」
  3790. 「……え?」
  3791. 「このまま……離れるなんて、嫌なんです」
  3792. 「くる、み……?」
  3793. 「……お願い、ですから」
  3794. 「……わかった」
  3795. 「……では、わたくしの目的をお話いたしますわ」
  3796. 「……へ?」
  3797. 「……え?」
  3798. 「あ、ああ……そ、そうか。\nそ、そっちの話だよな……あっはっは……」
  3799. 「士道さんってば、意外に肉食ですのね?」
  3800. 「な、なんのことかなぁ! 全然わからん!」
  3801. 「ご、ごほん。\n……それで、おまえの目的って……」
  3802. 「はい。それは……」
  3803. 「まったく、困ったものですわねぇ。\nこぉんな簡単に、気を許してしまうなんて」
  3804. 「……え?」
  3805. 「……っ!」
  3806. 「……前回といい、士道さんは本当にお上手ですのねぇ?」
  3807. 「く、狂三が……二人!?」
  3808. 「ふふ、ふふッ……今更、何を驚いていますの、士道さん?\nわたくしが、一人じゃないということ、知ってますでしょう?」
  3809. 「……!」
  3810. 「そ、そうか……狂三は分身を作れる……。\nじゃ、じゃあ……こっちの狂三は……?」
  3811. 「…………」
  3812. 「駄ァ目駄目ですわねぇ、士道さんは!\n忘れていたのではなく、思い出さないようにされていた。\nそうなのかもしれませんけれど?」
  3813. 「あッはははははははは!\n頭の中をグチャグチャにいじられて見せられる夢のお味はいかがでして?」
  3814. 「な、何を言ってんだ……?」
  3815. 「ひひ、ひひ……これも、教えて差し上げますわァ!」
  3816. 「なんだ、神木が……!?」
  3817. 「……ッ!?」
  3818. 「……な、何だ、これは!?」
  3819. 「……こんな、ものが……!?」
  3820. 「こ、ここは……もしかして、天宮タワーと同じ!?」
  3821. 「……士道さんっ!」
  3822. 「く、狂三……!?」
  3823. 「きひひひひっ! ほぉら、しっかり守らないと\n士道さんが死んでしまいますわよォ!」
  3824. 「……うわっ!!」
  3825. 「……させ……ませんわッ!!」
  3826. 「……く、狂三!」
  3827. 「逃げてください! わたくしでは、長くは持ちません……!」
  3828. 「おまえはどうなる!」
  3829. 「恐らく――消えるでしょう。『わたくし』に逆らったわたくしに未来などありませんわ」
  3830. 「でも……士道さんを傷つけるわけにはまいりません!」
  3831. 「おまえを放って……逃げるなんてできるわけないだろッ!」
  3832. 「…………」
  3833. 「安いドラマは飽々ですのよ?\nほら、さっさとしてくださいまし」
  3834. 「きゃっ……っく!」
  3835. 「狂三!」
  3836. 「……士道、さん……ごめんなさい。\nわたくしの考えが至らなかったばかりに……」
  3837. 「あらあらァ、まさかとは思いましたけど……」
  3838. 「きひひひひ、完全に士道さんに心を奪われてしまっています\nのねぇ? ひひ、ひひひッ、見ているだけで不快ですわァ。\nさっさと消えてくださいまし」
  3839. 「……なぁ狂三、おまえにはたくさん守ってもらったよな?」
  3840. 「ふふ……今も、守っておりますわね」
  3841. 「だから、俺にも守らせて欲しい。\n力では守れない……心を」
  3842. 「士道、さん……!」
  3843. 「だから、おまえを消させなんかしない!\n俺は、おまえを守りたいんだッ!」
  3844. 「ふふ、うふふ……本当に反吐が出ますわァ!\n士道さん……あなた、そんなに死にたいんですのォ?\nたかが分身に随分とご執心ですのねぇ」
  3845. 「空っぽになってしまった士道さんは食べる価値もありませんし、ここで消えてもらいましょう……ひひ、きひひひひひ!」
  3846. 「そうはさせませんわ!」
  3847. 「邪ァ魔をしないでくださいまし!」
  3848. 「かはっ!」
  3849. 「自分の使命を見失った分身など……無価値ですわ」
  3850. 「ああっ……!!」
  3851. 「きひひひっ!\nぜぇんぜん駄目じゃありませんの!」
  3852. 「…………」
  3853. 「……ッ!」
  3854. 「……そもそも、あなたを生成した際に使用した『時間』はもう尽きる寸前でしょう?」
  3855. 「その上、外部から『時間』を補充してもいない。\nその時点であなたの負けなんですわよォ?」
  3856. 「……!?」
  3857. 「……ってことは、この狂三は誰も襲ってないってことか!?」
  3858. 「ええ、そうですわよ士道さん。\n本当に偽善もいい加減にして欲しいですわよねぇ?\nだから、そんなに弱ッちいんですわよォ!」
  3859. 「……だけど、あの路地裏の……」
  3860. 「実は、猫たちにご飯をあげてましたのよ。\nそういうのは、わたくしらしくないとは……思ったのですけど」
  3861. 「狂三……おまえ……」
  3862. 「く、狂三……! おまえ……」
  3863. 「俺には無理なのか……?\n力がないから、あいつを助けられないのか……」
  3864. 「嫌だ……このまま狂三が消えるなんて!」
  3865. 「誰か……誰か……助けてくれ!\n狂三を……助けてくれっ!」
  3866. 「な……体が、動かないっ!?\n干渉……されていますのッ!?」
  3867. 「……これ、は……?」
  3868. 「いったい、なにが……?」
  3869. 「こ、これは! この力は……!?」
  3870. 「ひひ、ひひ、きひひひひひひっ!\n素晴らしい、素晴らしいですわァ!」
  3871. 「……そう……これですわ!\nこの力をいただければ……!」
  3872. 「……なるほど、誤算でしたわね。\nこの力、まさか士道さんのために――」
  3873. 「……いいですわ。\nどうやら、わたくしはここで退場……」
  3874. 「でも、次こそは……もっと早く辿り着きますわ!」
  3875. 「きひひひっ! ひひ、ひひひッ、きひひひひひ……!!」
  3876. 「……狂三! 無事か!?」
  3877. 「……ええ、なんとか」
  3878. 「一体、どうなってるんだ……」
  3879. 「……お話ししますわ。\nわたくしの知ってることを、全部……」
  3880. 「……士道さんたちも、気付かれていますでしょう?\nこの天宮市に異変が起きていること……」
  3881. 「そう……今、この街全体が、何者かが張った結界に囲まれている。時空や因果をねじ曲げるような、とても強い結界です。\nご存知ですわよね?」
  3882. 「ああ、それは知ってるけど……」
  3883. 「この結界の中では、全ての事象が操作されています。\nそう、人の記憶さえも」
  3884. 「士道さんが現実だと信じている世界やこれまでの記憶、\nそれは既に歪められ、植えつけられたものかもしれません」
  3885. 「なん、だって……!?\nどことなく記憶に違和感を覚えることがあるのは、\nそのせいだったってことか」
  3886. 「ええ。こんなことができるのは、強大な力を持った超越的存在。そんな何者かが、この異変に関与しているのですわ」
  3887. 「わたくしの本体……あなたたちの言う、〈ナイトメア〉は、\nその力を操る何者かの存在に気付きましたの」
  3888. 「この巨大な力を持った存在を吸収することができれば、\n自らも超越的な力を手に入れることができる……」
  3889. 「そう考えた〈ナイトメア〉は、その居場所を探っていたのです。以前士道さんの前に現れたときと同じく、自らの分身を使って」
  3890. 「そして……わたくしもその分身の一人、というわけです」
  3891. 「狂三……」
  3892. 「結果的に、〈ナイトメア〉は核心に近づいていたようですわね」
  3893. 「なるほどな……でも、おまえは大丈夫なのか?\n分身なのに、本体に逆らったりして……」
  3894. 「……うふふ、士道さんがいけないんですわよ。\n士道さんのせいで、わたくしはおかしくなってしまいましたわ」
  3895. 「…………」
  3896. 「でも……わたくしは、そのことを全く後悔はしていません。あなたといられる時間の大切さに、気がついたから」
  3897. 「狂三……。\nでも……本体がいなくなったってことは……もう自由なのか?」
  3898. 「……いえ」
  3899. 「え? でも、おまえを縛るやつはもう……」
  3900. 「そういうことではありませんの。\nわたくしは所詮分身体。本物の狂三の残滓。『時間』が尽きれば、消えゆくしかありませんわ」
  3901. 「う、嘘だろ!?」
  3902. 「…………残念ながら」
  3903. 「そんな……!?」
  3904. 「……士道さん。ありがとうございました」
  3905. 「……狂三、待て! どこに行く気だよ!?」
  3906. 「あなたに会えて、本当に良かった……」
  3907. 「…………狂三ぃぃぃぃぃぃ!!」
  3908. 「おーい、折紙!」
  3909. 「……?」
  3910. 「もう来てたのか? 待ち合わせ時間よりだいぶ早いけど……。\nひょっとして、かなり前から待ってたとか……?」
  3911. 「私も今来たところ」
  3912. 「そ、そっか……えっと……今日のデートなんだけど、\n映画とかどうかな?」
  3913. 「ほら、前に映画に誘ってくれた日のこと、覚えているか?」
  3914. 「覚えている。夜刀神十香ともデートしていた日」
  3915. 「――ぅ! ご、ごめん……。\nいろいろ立て込んだ事情があって、大変だったんだ」
  3916. 「構わない。士道にも事情があったのなら仕方のないこと。\n問題は今日のデート。過去のデートではない」
  3917. 「あ、ああ……確かにそうだな」
  3918. 「約束して。今日はどこにも行かず、私と一緒にいること」
  3919. 「ん、わかった。約束する! じゃあ、行くか」
  3920. 「……」
  3921. 「!? あ、あの……折紙さん? 何をして……」
  3922. 「腕を組んでいる」
  3923. 「……で、ですよねー」
  3924. 「暑い?」
  3925. 「……え?」
  3926. 「汗。すごい」
  3927. 「えっと……うん、あ、暑いかな。夏だし……あは、あはは……」
  3928. 「そう。映画館の中は涼しいから。急ぐ?」
  3929. 「お、おう……」
  3930. 「あ、折紙、今日は、俺が観る映画選んでいいかな?」
  3931. 「構わない。士道と一緒に観られるなら。どんなものでも」
  3932. 「そ、そっか……よかった。じゃあ、チケット買ってくるから、\n折紙は適当に飲み物とか買っておいてくれないか?」
  3933. 「了解」
  3934. 「おーい! 折紙ー! 待たせたな」
  3935. 「問題ない。私も今、食糧と水分を確保してきたところ」
  3936. 「そ、そっか……。じゃあ、もう開場してるっていうから、向こうの入口から入ろうぜ?」
  3937. 「……」
  3938. 「お、折紙?」
  3939. 「……?」
  3940. 「えっと……映画の方、どうだった? 楽しかったか?」
  3941. 「楽しかった。とても」
  3942. 「そ、そっか……。あまり楽しそうに見えなかったから、\n映画選び失敗しちゃったかなと思ったよ」
  3943. 「映画は悪くなかった。次はホラー映画がいい」
  3944. 「え!? 折紙ってホラーとか、好きだったのか?」
  3945. 「そういうわけではない。ホラー映画はチャンス」
  3946. 「チャンス?」
  3947. 「ホラー映画は非常に怖い。\nなので、見ている最中士道に抱きついてもそれは不可抗力。仕方のないこと」
  3948. 「そっちかよ!」
  3949. 「嫌い?」
  3950. 「や……嫌いとかじゃなくて……と、とりあえず、ここを出ようか」
  3951. 「……」
  3952. 「士道、どうしたの?」
  3953. 「え?」
  3954. 「悩みごと? 今日の士道、楽しそうじゃない」
  3955. 「え、あ、ごめん……」
  3956. 「……謝ったのは、認めたということ?」
  3957. 「や、今のは認めたとかそういう――」
  3958. 「私と一緒だと、楽しくない?」
  3959. 「だから、そんなことないって!」
  3960. 「……そうは見えない」
  3961. 「……っ! ――お、おまえだって、そうは見えなかったぞ?」
  3962. 「どういうこと?」
  3963. 「お、俺は! 俺はただ、おまえの笑顔が観たくて、\n映画に誘ってみた……けど、おまえはくすりともしなかった……\nから……」
  3964. 「……。私は笑顔ではなくても、士道と一緒に映画を見れて楽し\nかった。幸せだった。……それではダメなの?」
  3965. 「――っ! だ、駄目じゃない……駄目じゃない、けど……!」
  3966. 「……けど?」
  3967. 「いや……ごめん。ただの、俺のわがままだ……」
  3968. 「そう」
  3969. 「……」
  3970. 「……士道といると、私は嬉しい。幸せ。ずっと士道と一緒がいい」
  3971. 「折紙……」
  3972. 「……でも、笑顔にはなれない」
  3973. 「精霊がいる限り、か……?」
  3974. 「……」
  3975. 「……」
  3976. 「待っててくれれば……。精霊を全部倒したら、私は――」
  3977. 「そ、それは……ダメだ!」
  3978. 「どうして? 精霊が――あんな怪物がそんなに大切?」
  3979. 「ああ……」
  3980. 「わからない」
  3981. 「せ、精霊には、確かに危険な面もあるけど……でも――」
  3982. 「精霊は、私の大切なものばかり奪う。お父さんに、お母さんに、そして今度は、士道まで……」
  3983. 「俺は別に精霊に奪われてなんかいない。\n折紙のことを大切に思ってるよ!」
  3984. 「……なら、精霊じゃなくて、私を選んで!」
  3985. 「……そ、それは駄目だ」
  3986. 「……」
  3987. 「お、俺は十香にも、傷ついて欲しくないんだ……」
  3988. 「……」
  3989. 「……わがまま言ってるのはわかってる。でも、でもな……。\nそれと同じくらい……いや、もしかしたらそれ以上に、俺はおまえに、誰も傷つけて欲しくないんだ……」
  3990. 「――だから、おまえが精霊を攻撃するなら、\nそれをなんとか止めたいって思ってる……」
  3991. 「……」
  3992. 「折紙……おまえは優しい奴だ。頭が良くて、自分を持ってて、\n真面目で、努力家で……その……ちょっと自重して欲しい面が\nないこともないけど……本当のおまえは、友達思いのいい奴だ」
  3993. 「そんな折紙が誰かを傷つけて、平気なわけないじゃないか!」
  3994. 「そんなことはない。それは、買いかぶり」
  3995. 「いいや、そうだ。そうに決まってる!」
  3996. 「そうじゃない。勝手に決めつけないで」
  3997. 「だったら、おまえは何にも感じてないっていうのか!?\n精霊を攻撃してる時! 傷つけてる時!」
  3998. 「私の心は傷ついていない」
  3999. 「嘘だ!」
  4000. 「……嘘じゃないっ!」
  4001. 「――なら、なんでそんなにムキになってるんだよ?」
  4002. 「っ! そ、それは士道が……!」
  4003. 「俺のせいにするなよ!」
  4004. 「――私は……私は精霊が憎い! だから――ASTに入った。\n精霊を倒すために……! 私の両親を殺した精霊を殺すために!」
  4005. 「……っ!」
  4006. 「そのために……そのためだけに生きてきた……!\n5年前のあの日から――!」
  4007. 「だから……それが果たされる日まで、私は笑えない。\nううん、笑ってはいけない……!」
  4008. 「折紙……」
  4009. 「……士道が望むなら……私だって、笑いたい」
  4010. 「……?」
  4011. 「……笑ってみたい。士道のためなら、頑張れるから……。\n士道のためなら――」
  4012. 「……違うって、折紙」
  4013. 「……?」
  4014. 「折紙は……折紙のために笑わなくちゃいけないんだ……」
  4015. 「そして、そのためなら、俺は何だってやるぞ?」
  4016. 「だって、おまえ、ASTに入ったのは……自分と同じ人間を二度と作らないためだって、言ったよな?」
  4017. 「……!」
  4018. 「そうだろう? そんな優しいおまえに、\nいつまでも笑顔をお預けにさせておくなんて、俺にはできない」
  4019. 「だから折紙……俺は、絶対に諦めないぞ?」
  4020. 「士道……」
  4021. 「……こ、ここは? 戻ってきたのか天宮市に……?」
  4022. 「――な!? なんだあれ……ッ!?」
  4023. 「……あれは、し、新天宮タワー……なのか!?\nどうなってんだよ一体!?」
  4024. 「み、みんなは!? どこだ!?\n……凜祢とも離れ離れになったままだし……」
  4025. 「士道! 戻ってこれたの」
  4026. 「――こ、琴里!? みんな! 無事だったのか!?」
  4027. 「ええ。どうやら出してくれたみたいね。\nだけど……天宮市全体の様子がおかしいわ。\n特に新天宮タワー……あれの禍々しさは半端じゃないわ」
  4028. 「……ああ、そうみたいだな」
  4029. 「あら、心配事はそれだけでして?」
  4030. 「狂三……おまえは、味方って考えていいのか?」
  4031. 「ええ。この件については、協力をお約束いたしますわ。\nわたくしも巻き添えを食うのは御免ですもの。\n――もちろん、信用してくれというつもりもありませんけれど」
  4032. 「そんなこと言うなよ。おまえがそう言うなら、俺は信じる。\nだから、今だけでもいい。よろしく頼む」
  4033. 「あらあら……士道さんにそこまで言われたら、\nわたくしも頑張らないわけにはまいりませんわねぇ。\nでも、一体どういう心境の変化なんですの?」
  4034. 「俺さ……少しだけ、思い出したんだよ。\nこの世界の中で、狂三とデートした記憶」
  4035. 「へぇ……そうなんですの。\nわたくしにはまるでその記憶がありませんけれど」
  4036. 「それは仕方ないって。でも、俺はちゃんと覚えてる。\nだから、おまえをちゃんと信じてやれるって、そう思うんだ」
  4037. 「うふふ、なるほど……面白い考え方ですわね。――それで、\nそういうことらしいですけれど、あなたはいかがいたしますの?\nいつまでも睨まれていては、疲れてしまいますわよ?」
  4038. 「……士道がそこまで言うなら、私は何も言わないわ」
  4039. 「まぁ、巻き添えを食いたくないっていうのは本当でしょうし、\n利害が一致している間は信用してあげる。自分の置かれている\n状況がわからないような阿呆にも見えないしね」
  4040. 「……一応、褒め言葉として受け取っておきますわ」
  4041. 「心配したぞシドー! 大事はなかったか?」
  4042. 「あ、ああ。十香も無事か?」
  4043. 「う、うむ……飛ばされるまでの記憶はほとんどないのだが、\n別に異常はない」
  4044. 「そうか、ならよかった。四糸乃も大丈夫か?」
  4045. 「は……はいっ! し、士道さんが無事で、よかった……です」
  4046. 「ああ、俺も四糸乃が無事で嬉しい」
  4047. 「あ、ごめんごめん! これから何が起こるかわからないし、\n四糸乃のことしっかり頼んだぞ、よしのん!」
  4048. 「ああ、頼りにしてるよ」
  4049. 「士道、私は?」
  4050. 「お、折紙!?\n……その、結局、おまえまで巻きこんじまったな……」
  4051. 「構わない。〈ルーラー〉が精霊なら……無関係とは言えない」
  4052. 「そ、そうだな……」
  4053. 「――で、どういうことなの士道?」
  4054. 「え……? や……どうって言われてもな……」
  4055. 「凜祢が……いなくなった?」
  4056. 「あ、ああ……そのままはぐれて……それっきりだ……」
  4057. 「なるほど……それは心配ね。\n……で、他に気付いたことはないの?」
  4058. 「……あ、ああ。ない……よ」
  4059. 「……そ。ふーん、まぁそういうことにしてあげるわ」
  4060. 「それにしても、なぜあの〈ルーラー〉とやらは、\nシドーを狙っていたのだ?」
  4061. 「それは、わからない。けど、俺は……もう一度、\nあの〈ルーラー〉と話がしたい」
  4062. 「何故だかはわからない。けど、俺は思うんだ。\n〈ルーラー〉は本当は悪いやつじゃないんじゃないかって」
  4063. 「シドー……」
  4064. 「もうこんなことやめさせて、みんなで一緒に、ここから出よう」
  4065. 「うむ! 手伝うぞ、シドー!」
  4066. 「ほ、本当か!?」
  4067. 「うむ、無論だ!」
  4068. 「私も――」
  4069. 「え?」
  4070. 「……言ったはず。士道が危険に首を突っ込むのを、\n黙って見ているわけにはいかない」
  4071. 「……!」
  4072. 「それに、士道のサポートが夜刀神十香だけでは心許ない」
  4073. 「む! そ、それはどういう意味だ! 鳶一折紙!」
  4074. 「言葉そのままの意味。\nあなたの幼稚園レベルの読解力には憐みすら覚える」
  4075. 「ぐぬぬぬっ!」
  4076. 「ちょ、ちょっと待て二人とも! こんな時ぐらい落ち着いてくれ」
  4077. 「ぬ……! す、すまぬ!」
  4078. 「……士道がそういうなら」
  4079. 「――士道、時間がないわ。\nのんびりしてたらこの世界が崩壊するわよ」
  4080. 「なら、行くしかない! 俺たちの街を壊させやしない!\nそれに――〈ルーラー〉、あいつの真意を、\n俺はまだ確かめてない」
  4081. 「一体なんでこんなことをしたのか……それすらまったくわかって\nいないんだ。ちゃんと話をすれば――もしかしたら、\n倒す以外の方法が見つかるかもしれない……!」
  4082. 「士道……あなたやっぱり、底知らずの馬鹿ね」
  4083. 「な、なんだよ……俺は自分のやれることをやりたいってだ――」
  4084. 「別に、悪いだなんて言ってないわ。\n――行くわよ、敵の居城へ。\n〈[ラタトスク*私たち]〉の役目は士道のサポートだしね」
  4085. 「……本当なら、再生能力のないあなたを連れていくべきじゃないのかもしれないけれど……〈ルーラー〉が精霊だとするなら、\nあなたの能力で力を封印することができる可能性があるわ」
  4086. 「頼みの綱は士道、あなたよ。\nでも――くれぐれも気を付けてちょうだい。\n今のあなたはすぐに死んじゃうんだから」
  4087. 「ああ、わかってる」
  4088. 「士道、私たちが力を貸すんだから、全部終わったら――」
  4089. 「デラックスキッズプレートでも奢ればいいのか?」
  4090. 「わ、わかってるじゃない。……絶対よ?」
  4091. 「ああ……約束する!」
  4092. 「し、士道……さん……っ!」
  4093. 「ど、どうした!?」
  4094. 「〈ルーラー〉さんを……よろしく、お願いします。\nわ、私も……出来る限り手伝いますから……っ!」
  4095. 「四糸乃……」
  4096. 「あのな、よしのん……俺はいつだって本気だぞ?」
  4097. 「ああ、よろしく頼むぞ、よしのん」
  4098. 「……全く、士道さんは誰にでもお優しいんですのね」
  4099. 「……な、なんだよ?」
  4100. 「うふふ、何でもありませんわ。\nお話がまとまったのでしたら、そろそろ行きませんこと?」
  4101. 「く、狂三……なんだよ、拗ねてるみたいに……」
  4102. 「あら、そう見えまして? でも、仕方ないではありませんの。\n士道さんはわたくしには優しくしてくださらないんですもの……」
  4103. 「い、いや、そんなつもりじゃ――」
  4104. 「士道さんのためなら、ひと肌でもふた肌でも……。\n好きなだけ脱いで差し上げる覚悟をしていますのに」
  4105. 「え……ええッ!?」
  4106. 「ふふ、でも残念ながら、それはしばらくお預けですわね。\n……まずは、〈ルーラー〉に会いに行かなければ\nなりませんものね」
  4107. 「あ、ああ!」
  4108. 「この状態であまり悠長なことはしてられないわね。\n行くわよ、士道」
  4109. 「わ、わかった!\nなら、目指すところはただひとつ――新天宮タワーだ!\n〈ルーラー〉は間違いなくあそこにいる!」
  4110. 「そうね。恐らく、結界を支えているコアのようなものも、\nあそこにあるわ」
  4111. 「結界のコアが……? もしかして、それを破壊できれば……。\n〈ルーラー〉を倒さなくても……」
  4112. 「可能性はありますわ。でも、その前に寄り道が必要ですわね」
  4113. 「……ん? 寄り道?」
  4114. 「さっき試したんだけど、新天宮タワーの周りには結界があって、外敵の侵入を阻んでいるの」
  4115. 「ええ、結界の要を破壊しないことには近づけませんわ」
  4116. 「結界の要って……まさか!? 狂三、覚えてるのか……?\n……ってことは十香と折紙も……」
  4117. 「要というのは、あのタワー前のモニュメントのことだろう?」
  4118. 「池の取水塔で変な敵に襲われた。あそこも要?」
  4119. 「うふふ……そしてラストは神社、ですわね。\nこの三点が新天宮タワーの結界を支えている要なのでしょう?」
  4120. 「やっぱり、みんな覚えているのか――!?」
  4121. 「お、覚えて……ます……っ!\nし、士道さんと……い、一緒……だったこと……」
  4122. 「四糸乃も……!」
  4123. 「ちょ、ちょっかいって……俺はそんなつもりは――」
  4124. 「――士道、遊んでないで始めるわよ? そう時間はないわ」
  4125. 「ああ、行くぞ!」
  4126. 「それじゃ、役割分担が必要ね?」
  4127. 「は?」
  4128. 「フッ――!」
  4129. 「天宮タワーのモニュメントは……そうね、四糸乃とよしのん、\nあなたたちでやれる?」
  4130. 「は、はい……っ! や、やって……みますっ!」
  4131. 「頼んだわよ。四糸乃、よしのん」
  4132. 「し、士道……さん! い、いってき……ます……っ!」
  4133. 「くれぐれも気をつけるんだぞ!」
  4134. 「は、はい……っ! あ、あのっ!」
  4135. 「ん、なんだ?」
  4136. 「か、必ず……っ! 成功……させ、ますっ!」
  4137. 「ああ! 待ってるぞ!」
  4138. 「取水塔は――」
  4139. 「私が行く」
  4140. 「え……」
  4141. 「鳶一折紙?」
  4142. 「あなたのためではない。士道のため。\nそれに、あの場所には少し、因縁がある……」
  4143. 「ふん……装備なしでやれるっていうの?」
  4144. 「問題ない。もし市内全域がここと同じように無人なら好都合。\n――とっておきを、取りに行く」
  4145. 「そ。なら……ASTの[魔術師*ウィザード]の力を見せてみなさい」
  4146. 「……士道、待ってて」
  4147. 「一人で大丈夫なのか? 誰か他に――」
  4148. 「問題ない。むしろ一人のほうが動き易い。\n精霊と一緒だと、手元が狂ってしまいそう」
  4149. 「そ、そっか。じゃあ、気をつけてな!」
  4150. 「五河琴里……私が士道の傍を離れる間、必ず守って。\n危険な目に遭わせたら、許さない」
  4151. 「言われるまでもないわ」
  4152. 「……」
  4153. 「残りは……」
  4154. 「……わたくしの出番で、よろしくて?」
  4155. 「勝手に行けばいいじゃない」
  4156. 「あら、全くつれないですわねぇ……きひ、きひひ……上等ですわ。\nあの程度……わたくしが一瞬で食らい尽くして\n差し上げましてよ?」
  4157. 「……せいぜい期待してるわ」
  4158. 「ひひ、ひひッ……!\nあなたとの決着も、楽しみにしておりますわァ」
  4159. 「お、おい、狂三……?」
  4160. 「士道さん、心配ならご無用ですわ。\nわたくしなら、すぐに戻って参りましてよ」
  4161. 「それでは、ごきげんよう」
  4162. 「お、おう……頼んだぞ!」
  4163. 「琴里? みんな行ってしまったが、私たちはどうするのだ?」
  4164. 「また敵が士道を狙ってこないとも限らないわ。\n私たちは、皆が要を破壊するまで士道を守る。いい?」
  4165. 「うむ!」
  4166. 「二人とも……ありがとう!」
  4167. 「お礼なんていいのよ。そんなこと言ってる暇があったら、\n〈ルーラー〉をどう説得するのか考えておきなさい」
  4168. 「う……そ、そうだな……」
  4169. 「まずいわね……。崩壊の範囲が広がってる……」
  4170. 「ああ……急がないと、世界の方が先に――」
  4171. 「む!? 琴里! その前に別のものが来るぞッ!?」
  4172. 「あ、あいつらは――!?」
  4173. 「ええ、やっぱり来たわね。十香! 出番よ!\n〈[灼爛殲鬼*カマエル]〉!」
  4174. 「うむ! 任せるがいい! シドー! 傍を離れるな!\n〈[鏖殺公*サンダルフォン]〉!」
  4175. 「あ……! よ、よしのんっ!? あれ……っ!」
  4176. 「う、うん……っ、〈[氷結傀儡*ザドキエル]〉……っ!」
  4177. 「……よくよく縁があるようですわね。ここには――」
  4178. 「うふふ……さあ、おいでなさい?」
  4179. 「……」
  4180. 「あら、あなたがわたくしのお相手をしてくださるんですの?」
  4181. 「あッははははははははは! どこを狙っておりますの?\nわたくしは――」
  4182. 「――こちらでしてよ!」
  4183. 「……」
  4184. 「ふふッ……心配なさらないで。\nお楽しみは――これからですわ」
  4185. 「……もう、始まっている。急がないと」
  4186. 「ああ……あいつら、また新しいのが出てきたぞ!」
  4187. 「ぬう……敵が多すぎるぞ! 結界はまだ解けないのか!?」
  4188. 「十香! もうちょっと頑張ってちょうだい!」
  4189. 「う、うむ! ……っ! シドーッ!」
  4190. 「え!?」
  4191. 「――どいて士道ッ!」
  4192. 「……」
  4193. 「く――っ!」
  4194. 「こ、琴里ッ!」
  4195. 「……万が一を考えて、フル状態にはなりたくなかったけど……。\nそうも言ってられないみたいね!」
  4196. 「いくわよ……【[砲*メギド]】!」
  4197. 「う……うん……っ!」
  4198. 「う……うぅ……っ!」
  4199. 「四糸乃ー! 勇気を出してやってみようよー!」
  4200. 「う……うん……っ! わ、私……っ、頑張る……っ!」
  4201. 「う、うん……ッ!」
  4202. 「〈[氷結傀儡*ザドキエル]〉! い……っ、いっけぇぇー……っ!!」
  4203. 「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
  4204. 「よ、よしのんの……お陰だよ……っ! ありが……とう……っ!」
  4205. 「う……うん……っ!\nし、士道さん……大丈夫、かな……?」
  4206. 「うん……! そ、そうだよね……っ!」
  4207. 「……」
  4208. 「目標確認……! これが、とっておき!」
  4209. 「はぁ――!」
  4210. 「く――やはり。個体をどれだけ倒しても無駄」
  4211. 「予想通り、増え続けている……」
  4212. 「……約束は、絶対に守る!」
  4213. 「塔ごと、消えてもらう……!\nミサイルユニット、全弾、座標固定!\n〈ブラスターク〉! 同時展開準備!」
  4214. 「[随意領域*テリトリー]凝縮……。\n〈ホワイト・リコリス〉、臨界駆動……!」
  4215. 「――討滅せよ! 〈ブラスターク〉!」
  4216. 「はぁ……っ、はぁ……っ、はぁ……っ、はぁ……っ」
  4217. 「や、やった? く――!」
  4218. 「活動、限界……?\nはぁ……っ、はぁ……っ、リコリスは、もう使えない……」
  4219. 「士道……私が行くまで、無事でいて……」
  4220. 「……」
  4221. 「あらあら、またたくさんのお仲間が……\nこれでは埒があきませんわねえ」
  4222. 「うふ、うふふ……。ああ……怖いですわ。恐ろしいですわ!\nこんなにもか弱いわたくし相手に、こんな多勢で……」
  4223. 「ひひ……ひひひッ……ちょっと、時間をかけすぎましたわね。\nわたくしも、そろそろ本気を出さないと。\nあまり士道さんを待たせたくはないですし……」
  4224. 「ねえ、そうでしょう? わたくしたち――」
  4225. 「さあさあ、どちらが多勢でどちらが無勢か――\n教えて差し上げますわァ!」
  4226. 「くすくす……」
  4227. 「あら、あら」
  4228. 「うふふ……」
  4229. 「きひ、きひひ!」
  4230. 「あはははははッ!」
  4231. 「士道さん……もう少しだけお待ちくださいまし」
  4232. 「さあ、さあ」
  4233. 「いひひひ……!」
  4234. 「ふふっ」
  4235. 「いかがでして? わたくしたちは……!」
  4236. 「あら……まだ抵抗する気なんですのォ?」
  4237. 「あまり美味しそうではありませんけれど……今は、そう贅沢を\n言っていられませんわね!」
  4238. 「ひひ……ひひ! きひひひひひひひっ!」
  4239. 「きひ! きひひ、きひひひひひひひッ!\nわたくしたち! よろしくってよ! よろしくってよォっ!」
  4240. 「さあ、終わりにしましょう。全て飲み込んでさしあげますわァ!」
  4241. 「……思いのほか、時間をかけ過ぎてしまいましたわね」
  4242. 「士道さんがまだ無事だといいのですけれど……」
  4243. 「ん!? こ、琴里! 結界が消えたみたいだ!」
  4244. 「……上出来。ちゃんとみんな自分の仕事をしたみたいね」
  4245. 「シドー! 先に行けッ!」
  4246. 「え!? でも――!」
  4247. 「そうね、十香の言う通り。こいつらはどんどん湧き続けてる……\n私たちがここで食い止めるから、早く行きなさい!」
  4248. 「行け! シドー! 〈ルーラー〉を止めるのだろう!?」
  4249. 「くっ……分かった! でも、無理はするなよ!」
  4250. 「ふん、士道こそ死んだら承知しないわよ!」
  4251. 「お、おう! 絶対生きて帰るからな!」
  4252. 「む! また出て来たぞ!」
  4253. 「悪いわね、十香。付き合わせちゃって」
  4254. 「気にするな。シドーを行かせるためには\n二人で足止めをする他なかった!」
  4255. 「琴里! 全力でいくぞ!」
  4256. 「ええ、早いところカタをつけて、士道に追いつくわよ!」
  4257. 「うむ! シドーは決まって無茶をする男だからな!」
  4258. 「さあ、どこからでもかかってきなさい!」
  4259. 「ここから先は一歩たりとも通さんッ!」
  4260. 「な――っ! なんだここは……っ!?」
  4261. 「ど、どうなってんだよ一体……!?」
  4262. 「登っていけば上に行けそうだな。……よし!」
  4263. 「……自ら選びとった幸せさえ、貴方は否定するというの?」
  4264. 「――〈ルーラー〉!?」
  4265. 「……この世界での貴方も、確かに幸せだったはずなのに。\nどうして? 幸せでいられる……それでは、いけないの……?」
  4266. 「こ、これは……!?」
  4267. 「ぅ……っ!」
  4268. 「はぁ……っ、はぁ……っ、つ、着いたのか……!?」
  4269. 「こ、ここが……! 最上階、なのか?」
  4270. 「やっぱりかぁ……」
  4271. 「その声……凜祢、なのか?」
  4272. 「あはは……来ちゃったんだね、士道」
  4273. 「――り、凜祢ッ!? ……そ、それじゃ、やっぱり……?」
  4274. 「ふふ……気付いてたんだね。\n全部……士道の考えている通りだよ。\n〈ルーラー〉は――私」
  4275. 「……!?」
  4276. 「あ……ああ……!」
  4277. 「ど、どうして……どうしてなんだ……!」
  4278. 「どうしてもこうしてもきっとない。\n全ては私が生まれた瞬間から決まっていたの」
  4279. 「……私は〈[凶禍楽園*エデン]〉の支配者。\nそして、五河士道……あなたをこの世界に閉じ込めたのは、私」
  4280. 「……なんで……なんでなんだよ! なんで凜祢がそんなこと!」
  4281. 「私は最初から……幼馴染なんかじゃなかった。\n全ては偽り。私は自分の存在をみんなの意識に割り込ませていた」
  4282. 「……ッ!?」
  4283. 「どうして、気付いてしまったの?\n……ずっと、気付かなければ良かった。\nそうすれば、永遠に楽園の中にいられたのに……」
  4284. 「……幸せで優しい世界――ねえ、士道?\n貴方も、そんな世界を求めていたんでしょう?」
  4285. 「だから……だから俺たちを閉じ込めたっていうのか……?\nなんで、俺を……どうして……?」
  4286. 「その答えは、貴方には必要ない……」
  4287. 「ま、待ってくれ凜祢! 俺の話を聞いてくれ!」
  4288. 「……理解しては、くれな――」
  4289. 「――俺はッ、おまえと帰りたいんだッ!!」
  4290. 「……ッ!?」
  4291. 「おまえは、本当の幼馴染じゃないかもしれない!\nこの世界に俺たちを閉じ込めた張本人かもしれない!」
  4292. 「でも、でもな! そうだったとしても……俺たちの側にいて、\n一緒に泣いたり笑ったりした時間ってのは嘘にはならないだろ!」
  4293. 「おまえはもうとっくに俺の日常なんだ!\nだから、おまえと元の日常に帰りたいんだ!」
  4294. 「し、どう……?」
  4295. 「だから! だから、一緒に考えよう! この世界を出ても、\n俺たちが一緒にいられる方法を……俺が凜祢が、みんなが……。\n一緒にいられる未来のことを!」
  4296. 「士道は……いつでも真っ直ぐだね。士道の言葉を聞いてると、\nだんだんその方がいいかもって思っちゃう……」
  4297. 「……わかってくれるか、凜祢……?」
  4298. 「でも……ごめんね、士道。\nあなたの望む未来は、存在し得ないの――」
  4299. 「な……なんで!?」
  4300. 「そんな風に言ってくれて嬉しかった……。\n一緒にいたいって言ってくれて、幸せだなって思った……」
  4301. 「だったら――!」
  4302. 「それでも私は……〈[凶禍楽園*エデン]〉を、この楽園を、\nこのまま終わらせるわけにはいかないッ!」
  4303. 「り、んね……? ま、待てッ!?」
  4304. 「もう、戻れないってとっくに気付いてた。\nいつかこうなってしまうことも……わかってたと思う。\nだから、もういいの――さよなら、士道」
  4305. 「り、凜祢……ッ!?」
  4306. 「〈[凶禍楽園*エデン]〉――【[無へと帰す者*パラダイス・ロスト]】!」
  4307. 「――ッ!?」
  4308. 「……っ!? これは……? り、凜祢……!? おい――ッ!」
  4309. 「く――! おい凜祢! どうしたんだ!」
  4310. 「うわあッ!」
  4311. 「……ぅ! ぐ……これじゃ、近づけない!」
  4312. 「く、またくる――ッ!」
  4313. 「――えッ!?」
  4314. 「無事か! シドー!」
  4315. 「本当、学習能力がないわね。\nあれだけ無茶は駄目っていったでしょ?」
  4316. 「……士道、遅くなった。ごめん」
  4317. 「お、折紙……!?」
  4318. 「だ、大丈夫……ですか……っ! 士道……さん……っ!」
  4319. 「あ、ああ……! みんな……あ、ありがとう!」
  4320. 「――!? 士道、後ろ!」
  4321. 「え……ッ!?」
  4322. 「……駄ァ目ですわよ? おしゃべりに夢中になり過ぎて、\n余所見ばかりしていては」
  4323. 「く、狂三!? すまない……助かった!」
  4324. 「いえいえ、わたくしは当然のことをしたまでですわ。\nそれに、今回はそういう約束でしてよ?」
  4325. 「ああ、そうだったな。でも、ありがとう」
  4326. 「うふふ……まったく、士道さんは馬鹿正直過ぎますわ」
  4327. 「お、おう……」
  4328. 「次が来るわよ狂三、油断しないで!」
  4329. 「あらあら、わたくしと士道さんのお話を邪魔するなんて、\n相変わらず無粋な方ですわね」
  4330. 「うるさい。そんなことより、あなたは自分の仕事をちゃんと\nしなさいよ。そういう約束、なんでしょう?」
  4331. 「ひひっ……ひひっ……きひひひひ!\nまァったく、頭の良い子は嫌いですわァ!」
  4332. 「士道! なにぼさっとしてんのよ!\n正直、もう私たちでもどこまで持つかはわからないわ!」
  4333. 「士道……あなたしかいないのよ!\nこの状況をなんとかできるの――ッ!」
  4334. 「どうした!?」
  4335. 「あ、あ……し、ど……――」
  4336. 「琴里……!?」
  4337. 「……………………」
  4338. 「あの枝……わたくしたちの意識を刈り取るようですわ。\n士道さん……これはまずい状況ですわよ!\nわたくしたちから離れないでくださいまし!」
  4339. 「わ……わかったッ! た、頼んだぞ……ッ!」
  4340. 「はぁ……はぁ……」
  4341. 「……う、うん! まだ、頑張れ……ッ!?」
  4342. 「四糸乃、下がれ! まずい!!」
  4343. 「……しど、う、さん…………」
  4344. 「四糸乃ぉぉぉ!! くそっ!」
  4345. 「気持ちはわかるが、止まるなシドー!」
  4346. 「十香!?」
  4347. 「シドーは〈ルーラー〉に話があるのだろう!?\n四糸乃も琴里も大丈夫だ! だから、シドーは私たちを信じて\n先へ行け!!」
  4348. 「士道、私がサポートする。安心して欲しい」
  4349. 「まったく、困ったお方ですわねぇ」
  4350. 「十香……みんな……わかった!」
  4351. 「なっ……これは!?」
  4352. 「申し訳、ありません……力、及ばず……」
  4353. 「士道、ごめん……な、さい……」
  4354. 「二人とも、大丈夫だ。必ず俺がなんとかしてみせる!」
  4355. 「私が最後まで援護するぞ!」
  4356. 「おう! 任せる!」
  4357. 「うむ! 任された!」
  4358. 「もう少しだ……もう少しで、届く!」
  4359. 「危ない、シドー!! くぅ……!」
  4360. 「なっ……!?」
  4361. 「私なら大丈夫だ、シドー……\nだから、〈ルーラー〉に、会いに――」
  4362. 「十香……!? すまん……!!」
  4363. 「俺はいかなきゃならない。\n〈ルーラー〉を――凜祢を止めるだけじゃない。\n俺のために頑張ってくれたみんなに報いるためにも!」
  4364. 「あ……う……り、んね……――」
  4365. 「――――――――ッ」
  4366. 「ん……朝、か……?」
  4367. 「あ、やっと起きた」
  4368. 「あぁ、おはよう。凜祢」
  4369. 「おはよう。大丈夫なの、士道?\nなんだか酷い顔してるように見えるけど……」
  4370. 「えっと……そうか?\nもしかしたら、変な夢でも見てたのかもな」
  4371. 「それなら良かった……せっかくのお休みなんだし、\n体調が悪かったりしたらもったいないもんね」
  4372. 「あ、そうか。今日って休みだったっけ……」
  4373. 「何言ってるの? 今日の約束、忘れてないよね?」
  4374. 「約束?」
  4375. 「そうだよ、約束。すっごく大事な」
  4376. 「マジか!? すまんが、わからん……。\nいったい何の約束だったっけ?」
  4377. 「もちろん、決まってるじゃない」
  4378. 「デート、だよ?」
  4379. 「ねぇ士道、あれ食べない?」
  4380. 「ああ、いいんじゃないか? よし、行こう」
  4381. 「士道、次どこ行こうか?」
  4382. 「え? 買い物だけじゃなかったのか?」
  4383. 「デートだって言ったでしょ。まだまだ、本番はこれからだよ?」
  4384. 「お、おわっ! ちょ……ちょっと待て凜祢!?」
  4385. 「いいからいいから!」
  4386. 「こうやって士道と二人で外食って、初めてじゃない?」
  4387. 「うぅー、惜しかったなぁ……」
  4388. 「ん? どうしたの、士道? 何か嬉しいことでもあった?」
  4389. 「いや、そうじゃなくて……ただ、楽しいなってさ」
  4390. 「ふふ、そっか。私も凄く楽しいよ」
  4391. 「おう。それじゃ、次はどうする?」
  4392. 「えっと、そろそろ日も暮れちゃいそうだけど……一つだけ、\n行きたいところがあるんだ。いい?」
  4393. 「遠慮するなって。ただ、夕飯の時間だけ気をつけないとな」
  4394. 「うん、そうだね。それには間に合うと思うから、大丈夫」
  4395. 「ふふ、風が気持ちいいね」
  4396. 「ああ、本当だな」
  4397. 「今日のデート、すっごく楽しかった。士道は?」
  4398. 「さっきも言ったろ。楽しかったよ。\nなんか……新しい凜祢をたくさん見れた気がした」
  4399. 「あはは……もしかして、はしゃぎ過ぎちゃった?」
  4400. 「そんなことないって。いつも大変なんだから、\nこういうときくらい羽休めしないとな」
  4401. 「ありがとう、士道。でも、思っちゃう……明日も明後日も、\n来週も来月も……ずっと、こうしていられたらいいのにな、って」
  4402. 「俺もずっとこうしていたいなって、思うよ」
  4403. 「ふふ……じゃあ、士道。指切りしよっか」
  4404. 「おう、いいぞ」
  4405. 「ゆーびきーりげーんまん、うーそつーいたらはーりせんぼん\nのーます! ゆびきった!」
  4406. 「なんか、子供の頃に戻ったみたいだな」
  4407. 「そうかも。でも、士道?」
  4408. 「なんだ?」
  4409. 「約束、絶対破ったら……駄目だよ?」
  4410. 「わかってるって。ずっと俺の隣にいてくれ、凜祢」
  4411. 「うん、ずっとずっと、一緒だからね」
  4412. 「――駄目だ、凜祢。それは……できない」
  4413. 「え……? どうして……?」
  4414. 「それは……」
  4415. 「……っ……!?」
  4416. 「やっぱり私じゃ……本当の家族には、なれないんだね」
  4417. 「りん――」
  4418. 「ここ、は……? 戻ってきたのか?」
  4419. 「私の〈[凶禍楽園*エデン]〉から……【[無へと帰す者*パラダイス・ロスト]】から\n……抜け出したというの……!?」
  4420. 「よくはわからないけど……どうやら、そうみたいだな」
  4421. 「…………」
  4422. 「……そっか――もう、大丈夫なんだね、士道……」
  4423. 「え――?」
  4424. 「それは、どういう……」
  4425. 「な……こ、これは……!?」
  4426. 「……貴方は私の【[無へと帰す者*パラダイス・ロスト]】を打ち破った。\n私にはもう、何も――」
  4427. 「凜祢、聞いてくれるか……?」
  4428. 「さっき、おまえとデートした。初めて楽しいデートだって思った。\n本当は、ずっと一緒にいたいって……思った」
  4429. 「なぁ、凜祢? ……俺、凜祢と一緒にいたい。おまえはもう、\nとっくに俺の家族なんだよ。だって、この世界で一番近くに――\nすぐ隣にいてくれたのはおまえなんだから……!」
  4430. 「この世界じゃなくたって……ここから出たって、\nおまえが俺にとって大切な存在ってのは変わらないんだ……!」
  4431. 「だから……一緒に帰ろう、凜祢。\n元の日常で……最初から、やり直すんだ。\n[〈凶禍楽園〉の力*こんなもの]を借りなくたって、大丈夫」
  4432. 「失敗なんて、怖がらなくていい。俺がいる。みんながいる。\nおまえなら、自分の手で幸せを掴めるはずだ!」
  4433. 「…………士道」
  4434. 「凜祢……わかって、くれるか?」
  4435. 「……私から〈[凶禍楽園*エデン]〉の制御が完全に離れた。\nもうすぐ、暴走が始まる。そうなってしまえば、\nこの世界はどうなるか……」
  4436. 「な……! どうにかする方法はないのか!?」
  4437. 「……方法なら、あるよ」
  4438. 「!! 本当か……!? 一体どうしたら――」
  4439. 「――私を、封印して」
  4440. 「――っ!?」
  4441. 「そうすれば、結界は消えてみんな元の世界に帰れる。\n士道しか……士道にしか、できないことだよ」
  4442. 「そ、そうか……精霊の力を俺が受け取れば……!\nで、でも、俺の封印能力は、相手が心を開いてないと――」
  4443. 「……あは、は……やっぱり士道だ。\nこの期に及んでそこを心配しちゃうんだもんなぁ……」
  4444. 「大丈夫……きっと、上手くいくから」
  4445. 「……っ、あ、ああ……わかった!\nそれで、みんなで帰れる……それに、おまえも救われるんだな?」
  4446. 「うん……それがきっと、\nみんなで一緒にいられる……唯一の、答え」
  4447. 「士道、悩んでる時間はもう……ないよ」
  4448. 「わ、わかった……! じゃあ、いくぞ……。\nいいか!?」
  4449. 「うん。――最後に、凄く幸せな夢を見れたから」
  4450. 「……!」
  4451. 「……っ!?」
  4452. 「コアみたいなのが、消えた……?\nこれで、元の世界に戻るのか?」
  4453. 「……そうだよ。〈[凶禍楽園*エデン]〉は役目を終えたの」
  4454. 「良かった、みんな無事で……って、お、おい!?」
  4455. 「あはは……」
  4456. 「凜祢……その身体、どういう……」
  4457. 「本当はね、私は……私だけは一緒に帰れないんだ」
  4458. 「どういうことだよ!? だって、おまえ……さっき…………!?」
  4459. 「嘘ついて……ごめんね。\nそう……言わないと、士道はキスしてくれないと思って……」
  4460. 「それは! そうかも、しれない…………けど!」
  4461. 「ほら……私、士道のことはわかるんだ。幼馴染、だから……」
  4462. 「……そうだ。幼馴染なんだよ、おまえは!\nだから諦めるなよ! 俺の側にいてくれよ!\n今までみたいに、これからも!」
  4463. 「今までなんて、本当はなかったんだよ?\nだからね、これからも――ないの」
  4464. 「嘘、だろ……そんな……そんな話あるかよ!?」
  4465. 「士道が……たくさん教えてくれた。人には……苦しい記憶も\n必要なんだって。それを乗り越えて……楽しい記憶を\nもっと楽しいと思うようになるんだって」
  4466. 「それは……ッ!!」
  4467. 「大丈夫……言わなくていいよ。あはは……ごめんね。\n――ん、あれ? なんでかな……少し、士道の顔が見えにくいな」
  4468. 「は、はは……それだけ涙溜めてたら、そりゃそうだろ」
  4469. 「そういう士道だって、涙でいっぱい……ふふ。\nでも、そっか……これが、泣くってこと……なんだ。\n今まで考えたこと、なかった」
  4470. 「そうだよ! 凜祢が知らないこと、まだまだいっぱいある!\nだから、だから……まだ、こんな――!」
  4471. 「――ねぇ、士道……ちょっとだけ、聞いてくれる?」
  4472. 「ああ、なんでも聞いてやる。なんだ……?」
  4473. 「こうしているとね……士道と過ごした日々が、\nとても愛しく感じるの」
  4474. 「……だから、思うの。私の楽園は間違っていたかも\nしれないけど……士道といられる日々は……偽りなく、\n本当に――幸せだった……って」
  4475. 「なに言ってんだよ……これからだって一緒だ。そう言っただろ?」
  4476. 「ふふ……士道にこんなに想ってもらってるって……嬉しいなぁ。\nでも、聞かれたらみんなに怒られちゃうかも……」
  4477. 「はは……確かにそうかも、な」
  4478. 「……じゃあ、みんなが聞いてない今のうちに……言っちゃいます」
  4479. 「なんだよ? そんなに改まって……」
  4480. 「私……ずっと、ずっとね?」
  4481. 「……好きだったよ、士道のこと――」
  4482. 「り……んね? 凜祢? 凜祢……\nりんねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」
  4483. 「シドー……やはり私はデートには……」
  4484. 「十香、昨日はデートしてくれるって約束してくれただろ?」
  4485. 「いや、やはり私にはその資格がない……。\nそれに、変な感じなのだ……」
  4486. 「大丈夫、資格なんてどうでもいいんだよ。\nそれより、変な感じって?」
  4487. 「む、胸の中がモヤモヤして、息苦しいのだ……」
  4488. 「――! そうだな、それが一番かも」
  4489. 「?」
  4490. 「し、シシシシ、シドー!? い、一体どうしたのだ!?」
  4491. 「あー、えっとな……こ、これはその……十香の……真似だ!」
  4492. 「わ、私の……!?」
  4493. 「あ、ああ……俺が悩んでいるとき、十香はこうしてくれただろ?」
  4494. 「だから今度は俺の番ってことだよ\n辛いときや苦しいとき……俺はこうして十香の傍にいる。\nだから、安心してくれ」
  4495. 「……シドーは、温かいな」
  4496. 「十香も温かいよ」
  4497. 「そうか……」
  4498. 「うん、そうだ」
  4499. 「……シドー。もう大丈夫だ」
  4500. 「……ホントか?」
  4501. 「うむ……シドーのお陰で、少し落ち着いた」
  4502. 「そ、そうか……! ああ、よかった!」
  4503. 「礼をいうぞ、シドー」
  4504. 「いいんだよ、お礼なんて。\nこれが、俺たちらしいやり方なんだ」
  4505. 「うむ……!」
  4506. 「よーし! それなら早速デートだ! 行くぞ十香ッ!」
  4507. 「――う、うわっ!\nちょ、ちょっと待てシドー! どこへ行くのだ!?」
  4508. 「いいからいいから!」
  4509. 「ぬわわわ――っ!」
  4510. 「よし! 着いたぞ!」
  4511. 「ん? ……ここは、商店街ではないか?」
  4512. 「ああ、そうだよ」
  4513. 「……ん~、あいも変わらず、いい香りが漂っているな!」
  4514. 「ほら十香! あっちでなんか食べよう」
  4515. 「ぬ!? ま、待てシドー!」
  4516. 「なんだ? 食べたくないのか?」
  4517. 「いや、そうではないが……私は金子を持ってきていない――」
  4518. 「――俺が代わりに出してやるから気にするな。\n代金は、十香の笑顔でいいから」
  4519. 「ん? 笑顔とは、どういう……?」
  4520. 「いつも通りでいてくれってことだ。ほら、行くぞ?」
  4521. 「……お、おお! そうか! では行こう!」
  4522. 「――あ、あづっ! はふ……はふ……!」
  4523. 「し、シドー!? 大丈夫か!?\nたこ焼きは熱いから気をつけねばならんぞ?」
  4524. 「わかってるけどさ、このアツアツなのがたまらないだろ?\nほら、十香もぼーっとしてると、冷めちまうぞ?」
  4525. 「ん!? そうであったな!」
  4526. 「んー! ……はふッ! はふはふッ! ほふほふッ!」
  4527. 「どうだ?」
  4528. 「……うむ! アツアツが一番だ!」
  4529. 「だよな。よし、残りも冷めないうちに食べような?」
  4530. 「うむ!」
  4531. 「――っ! はッ! はふはふ……ッ! ほふほふ……ッ!」
  4532. 「ほい、お待たせ! ミックス・ケバブサンドだ」
  4533. 「おお! スパイシーな香りがたまらんな!」
  4534. 「ではシドー、遠慮無くいただくぞ!」
  4535. 「うん!」
  4536. 「はぐ……ッ!」
  4537. 「んー! 絶妙な味だなっ!」
  4538. 「この焦げ目のついたお肉がジューシーで香ばしいのだ!」
  4539. 「おう。いろいろ入ってるから栄養満点だしな」
  4540. 「うむ、そのと……うぐ!\nんぐんぐ……! なのだ……けほ……ッ!」
  4541. 「だ、大丈夫か十香!? つまったのか……?」
  4542. 「……だ、大丈夫だ!\nつい頬張り過ぎてしまったのだ!」
  4543. 「そっか、ならよかった。まだまだ先は長いからな」
  4544. 「ん? 先が長い?」
  4545. 「お次は……あそこの店だな! さあ行こう!」
  4546. 「あ! お、おいシドー! ちょ、ちょっと待て……!」
  4547. 「やはり、商店街には美味いものがたくさんだな!」
  4548. 「ああ、そうだな。十香には珍しいものも多いしな」
  4549. 「ん? どうしたのだ? ちょっと苦しそうだぞ?」
  4550. 「あー、ちょっと連続して食べたから一旦休みたいかな。\nほら、ちょっと行こうぜ?」
  4551. 「うむ、私はシドーについて行くぞ」
  4552. 「じゃ、早速行くぞ! ほら!」
  4553. 「わわ!? どこに行くのだシドー!」
  4554. 「おお! ここは、ゲーセンというところではないか?」
  4555. 「ああ、ちょっと時間を潰すにはちょうどいいだろ?\n――お……なんだあれ? 十香! ちょっと来てみろよ!」
  4556. 「ん? どうしたのだ?」
  4557. 「ほらこれ、UFOキャッチャーに新入荷だってさ。\nこれ、よしのんに似てないか?」
  4558. 「んー……本当だな! なかなかキュゥトではないか」
  4559. 「じゃあ、せっかくだしチャレンジしてみるか」
  4560. 「な、なんだ……シドーも欲しいのか?」
  4561. 「おう、欲しい欲しい。十香も欲しいだろ?」
  4562. 「……うむ! 私も欲しい!」
  4563. 「よし、それじゃ頑張ってみるか!」
  4564. 「うむ! 頼んだぞシドー!」
  4565. 「シ、シドー……」
  4566. 「だ、大丈夫……まだまだここからだ!」
  4567. 「よし、いけるッ!!」
  4568. 「――あ!?」
  4569. 「――む!?」
  4570. 「ふ、ふふふ……はははは……!\n俺の……俺たちの、勝利だッ!!」
  4571. 「すごいぞシドー! 二つだ!」
  4572. 「おう、頑張ったかいあったな。\nそれじゃ十香、ほらこれ」
  4573. 「ん……! 嬉しいぞ!\n一個ずつ、シドーとお揃いだな!」
  4574. 「ああ! ずいぶん手間暇かけたし、大事にしてくれよ?」
  4575. 「うむ! 絶対に大切にするぞ!」
  4576. 「なあ十香? ゲーセンで結構白熱したし、\nそろそろ小腹が空かないか?」
  4577. 「ん、そうだな……といっても私は元々満腹ではないが……」
  4578. 「はは……じゃあ次はあそこだな。ほら、行くぞ」
  4579. 「うむ、次も良いところなのだろう?」
  4580. 「ああ、任せとけ」
  4581. 「ありゃー……パン屋、もう閉まっちゃってたか……」
  4582. 「もしかして、きなこパンか?」
  4583. 「そう思ってたんだけど……ゲーセンに長居しすぎたな……。\nえっと……十香、何か食べたいもの――」
  4584. 「――近くから良い香りがするぞ?」
  4585. 「あ、本当だ……」
  4586. 「んん……」
  4587. 「ん、なんだよ十香、どうした?」
  4588. 「きなこパンは駄目だったが、この良い香りのするもの……。\nまだ売っているのだろう?」
  4589. 「え、え……ああ、たぶんな」
  4590. 「そうか! ではシドー、行くぞ!」
  4591. 「と、十香!? おい、ちょっと待てって!」
  4592. 「――十香はやっぱり、こうでなくっちゃな!」
  4593. 「おーい! 十香ーッ! 待ってくれーッ!!」
  4594. 「ほう……! 甘い香りの正体はこれだったのだな」
  4595. 「クレープの匂いを辿ってたのか。\nさすがというかなんというか……」
  4596. 「むう……うまそうだな! じゅるり……!」
  4597. 「それじゃ、食べてみるか?」
  4598. 「……本当か!?」
  4599. 「おう、どうせきなこパンをデザートにって思ってたし、\nその代わりだ」
  4600. 「そうか! では、遠慮無くいただくぞ!」
  4601. 「なるほど……これがクレェプか……。\nケバブに少し似ているな」
  4602. 「あー、確かにそうだな。でも、クレープは甘いんだぞ?」
  4603. 「うむ、甘い香りがきなこパンと違った意味で刺激的だな!」
  4604. 「ははっ。ほらほら、どうぞ召し上がれ」
  4605. 「うむ! いただくぞ! はむはむ……ッ!」
  4606. 「んん!? ふぉ、ふぉれは……ッ!?」
  4607. 「ど、どうした十香!? なんか妙なものでも入ってたのか!?」
  4608. 「……うまい! 甘くてとてもうまいぞ!」
  4609. 「そうかそうか。それなら良かった――って、あ……!」
  4610. 「ん? どうしたのだシドー?」
  4611. 「……十香、生クリームが顔にべったりだぞ?」
  4612. 「ん……?」
  4613. 「――ああ、ストップストップ! 動くな!\n袖で拭ったら、服が汚れちゃうから!」
  4614. 「ほら……じっとして。で、ちょっとこっち向いて……」
  4615. 「す、すまぬ……」
  4616. 「どういたしまして」
  4617. 「――は!? あ、ああ……ッ!!」
  4618. 「ん、今度は何だ?」
  4619. 「し、シドー……これは、どういうことなのだ?」
  4620. 「どうって……」
  4621. 「む! このデェトのことだ……!」
  4622. 「ああ……」
  4623. 「今日、シドーが私を連れて行ったところは……あの日のデェトと、同じところではないか?」
  4624. 「ああ、そうだよ。あの日の十香とのデート、楽しかったからさ。\n気が付いたら、同じことしてた」
  4625. 「シドー……今気づいたのだが、私ばかりが楽しんでいないか?」
  4626. 「そんなことないって」
  4627. 「そんなことあるぞ!\nシドーは、私を喜ばせようとしてくれたのだろう?\nそれで私はシドーを困らせ――」
  4628. 「――違う!」
  4629. 「……っ!?」
  4630. 「十香が十香らしくいてくれること……それが俺にとっての一番。だから……これが、俺の理想のデートなんだよ」
  4631. 「し、シドー……」
  4632. 「十香がおいしそうに食べる顔が、俺は大好きだからな……!」
  4633. 「ん……そ、そうか。\nで、でも、私とデェトすると……またたくさん振り回されるぞ?」
  4634. 「ああ、どこへでも、お供させていただきますよ、お姫様」
  4635. 「……っ!? た、食べ物も、たくさん食べるし、\nさ、騒いだりもするぞ!?」
  4636. 「それでも、同じだよ」
  4637. 「……覚悟、するのだぞ?」
  4638. 「ああ、できてる。お手柔らかにしてもらえると、助かるけどな」
  4639. 「そ、それから……!」
  4640. 「ん、まだあるか?」
  4641. 「ありがとう、シドー」
  4642. 「おう」
  4643. 「はは……なんだ、そっか……」
  4644. 「ん? どうしたシドー?」
  4645. 「なんでもないよ」
  4646. 「今日は土曜日か……よし、四糸乃をデートに誘ってみよう」
  4647. 「…………」
  4648. 「おはよう、四糸乃」
  4649. 「おは……よう、ござい、ます……」
  4650. 「なあ、四糸乃。\n今日は一緒にどこかに出かけないか?」
  4651. 「え……?」
  4652. 「デート、しよう」
  4653. 「……デー、ト……」
  4654. 「……もちろん、四糸乃が嫌だって言うんなら、無理は言わない」
  4655. 「あ…………」
  4656. 「……やっぱり、そんな気にはならないか?」
  4657. 「……いえ……行きたい、です……」
  4658. 「……え?」
  4659. 「……連れてってくだ、さい……。\n……ごめんな、さい……私、うまく、笑えなくって……」
  4660. 「気にすんなよ。\nさ、出かけるぞ! ほら、用意用意!」
  4661. 「は……はい!?」
  4662. 「……四糸乃?」
  4663. 「……はい?」
  4664. 「手、つなごう」
  4665. 「……!」
  4666. 「嫌か?」
  4667. 「……いや、じゃ……ない、です……」
  4668. 「……じゃ、ほら……」
  4669. 「…………」
  4670. 「……あ…………」
  4671. 「……さて、それじゃあ、どこへ行く?」
  4672. 「あ……どこでも、いいです……」
  4673. 「そっか……かと言って、俺にも考えがあるわけじゃないし……とりあえず、食料品かな?」
  4674. 「……はい」
  4675. 「…………」
  4676. 「――……っ!?」
  4677. 「……士道、さん?」
  4678. 「あ、すまん。なんでもないんだ」
  4679. 「あ……!!」
  4680. 「……どうした、四糸乃?」
  4681. 「……っ!」
  4682. 「あ、どこ行くんだ! 四糸乃っ!」
  4683. 「はぁ……はぁ…………。\nよ、四糸乃……急に走ったりしたら、危ないぞ……」
  4684. 「……す、すいませんっ。\n……で、でも、よしのんが……っ! よし、のん、がっ!」
  4685. 「え?」
  4686. 「四糸乃、これは……」
  4687. 「よしのん!」
  4688. 「えっ?」
  4689. 「……これが、よしのんだって……?」
  4690. 「……よしのんっ! なんで、そんな……ところ!」
  4691. 「…………あ……」
  4692. 「…………」
  4693. 「よし、のん…………」
  4694. 「なぁ、四糸乃?\nよしのんって、いい奴だよな?」
  4695. 「……え?」
  4696. 「ちょっと口が悪いところもあるけどさ……強くて、優しくて、いい奴だ」
  4697. 「……はい。よしのんは、私の……お友達、ですから」
  4698. 「ならさ、二人でよしのんのこと、安心させてやらないか?」
  4699. 「……え?」
  4700. 「前にも言ったかもしれないけど……今の四糸乃を、よしのんが見たら、とっても悲しいと思う」
  4701. 「…………」
  4702. 「正直、なんでよしのんが動かなくなったのか、どうしたら戻ってきてくれるのか……俺にはわからない」
  4703. 「だけど……よしのんが帰ってきた時に、よしのんを喜ばせる方法は知ってるんだ」
  4704. 「……なん、ですか? その……方法、って……」
  4705. 「四糸乃がしっかり、成長した姿を見せることだと、俺は思うよ」
  4706. 「よしのんがいなくても、四糸乃は一人でちゃんと出来るんだって、見せてやること。それが一番だって、思う」
  4707. 「で、でも……やっぱりよしのんは……大事で、必要で……」
  4708. 「わかってる。\nでも、友達ってのはな。ずっと頼りっぱなしじゃダメなんだ」
  4709. 「お互い、地にしっかり足を付けて、ひとりでも大丈夫な強さを持っていても……それでも、友達は友達のままだ」
  4710. 「人は、誰かに寄り添って支えあいながら生きてる。友達も同じだよ。一方的に支えてあげるだけじゃない……支え合えないといけない」
  4711. 「俺はさ、四糸乃……本当の友達って、そういうものだと思う」
  4712. 「本当の……友達……?」
  4713. 「ああ。だから、四糸乃にはもっと強くなって欲しいんだ。いつか……よしのんが戻ってきた時に、今度は支えてやれるように、さ」
  4714. 「……私が……支え、る……」
  4715. 「四糸乃……」
  4716. 「……わかり、ました。まだ、悲しいです、けど……よしのんを\n……ちゃんとお迎えできるように……が、頑張り、ますっ!」
  4717. 「ああ、頑張れ四糸乃!」
  4718. 「……はいっ!」
  4719. 「あ……でも……何をしたら……いいん、ですか?」
  4720. 「……あ……いえ。\nそ、それも……じ、自分、で……考えなくっちゃ、です、ね……」
  4721. 「自分で……考えて、みます。\nよしのんのために、できる、こと……」
  4722. 「ああ、頑張れ。ゆっくりとでもいいから、四糸乃が自分で進みたい方向へ進んで行けばいいんだ。\n困ったら、俺がいる」
  4723. 「はい……ありがとうござい、ます……!」
  4724. 「……悲しみを受け止めて、四糸乃は前に進み始めたんだよな」
  4725. 「なあ、よしのん……?\nおまえの友達は、本当に優しくてがんばり屋さんだぜ……」
  4726. 「おまえが四糸乃を置いていなくなっちまったのは、\nきっとこうなることを信じてたんだろ?\n四糸乃なら、自分がいなくてもちゃんと立ち上がれるって」
  4727. 「おまえのすることは、いつだって四糸乃のためを思ってだってわかってるんだ」
  4728. 「……でもさ、よしのん。\nやっぱり、おまえがいないと、四糸乃は悲しむんだ。\n友達がいなくなって嬉しいやつなんて、いない」
  4729. 「だから……だからさ……どれだけ時間がかかってもいい。\n戻ってきてくれよ、よしのん……」
  4730. 「…………――っ!!」
  4731. 「…………はぁ……はぁ……!」
  4732. 「ここ、は……?」
  4733. 「…………俺の部屋、だよな?\n全部……夢、だったのか?」
  4734. 「妙に生々しい夢だったな……」
  4735. 「えっと……あれ? どんな夢だったんだっけ……」
  4736. 「……全然思い出せない。\n何か、とても大事なことがあったような……」
  4737. 「……まぁ、夢だしな……大したことじゃないだろ。\n気にするのやめやめ……」
  4738. 「まだ、ちょっと起きるには早いな。\nもうちょっとだけ寝るか……」
  4739. 「……どむっ!」
  4740. 「ぐふっ!?」
  4741. 「あはは、おにーちゃん起きろー!\nりっくーせん! りっくーせん!」
  4742. 「や、やめろ琴里!\n俺の上で、ラテンのリズムを刻むな!」
  4743. 「目を覚ませばいいのだ。\nそれとも、おにーちゃんの寝てないと何とかウィルスは、\nまだ感染したままなのか?」
  4744. 「い、いや……もう治ってるから起きるって。\nだから、降りてくれないか……」
  4745. 「ちゃんと、起きるのー!\nあははー、かわいい妹の目覚ましだよー!」
  4746. 「ぐふっ……や、やめろーっ!\n起きる! 起きるから……!」
  4747. 「はぁ……はぁ……こ、琴里」
  4748. 「なんだ? おにーちゃんよ」
  4749. 「き、昨日のことなんだけど……」
  4750. 「昨日……?\nああ、夕食は最高だったぞー!」
  4751. 「いや、そうじゃなくて、昨日の昼間の……」
  4752. 「……?」
  4753. 「ま、まだ、とぼけるつもりなのかよ……。\nなぁ……」
  4754. 「よっし、おにーちゃん起きたし、戦線離脱!」
  4755. 「……あ、ちょっと!」
  4756. 「さらばだー、おにーちゃんよ!」
  4757. 「琴里……今日も、あのまま……なのか?」
  4758. 「琴里……おまえ、どうしちまったんだよ……」
  4759. 「あ、琴里……」
  4760. 「ん? なんだ、おにーちゃん?」
  4761. 「その、なんだ……。\n今日は、〈フラクシナス〉の方に行かなくても大丈夫なのか?」
  4762. 「だいじょぶ、だいじょぶ。\n私がいなくても、みんなうまくやってくれるからー」
  4763. 「そ、そうか……」
  4764. 「それよりおにーちゃん、お昼まだなのか?」
  4765. 「あ、ああ……すぐ作るよ」
  4766. 「おーい、琴里」
  4767. 「おー、おにーちゃん。\nなんか用?」
  4768. 「おう……例の異変の調査、どうなったのかと思ってさ」
  4769. 「異変……?」
  4770. 「あ、ああ。ほら、天宮市に起こってる今回の件について……」
  4771. 「私は知らないー」
  4772. 「えっ?」
  4773. 「そういうことは、大人たちにまかせておけばいいの」
  4774. 「いや、おまえ……そういうわけにもいかないだろ?」
  4775. 「いいの、いいの!」
  4776. 「……なあ、琴里。茶化さないで聞いてくれよ。\n真面目な話がしたいんだよ」
  4777. 「私は、いつだってマジメだよー?」
  4778. 「琴里……」
  4779. 「ごちそうさまー!」
  4780. 「おう、お粗末さま」
  4781. 「……なあ、琴里」
  4782. 「んー?」
  4783. 「デート、行かないか?」
  4784. 「……っ」
  4785. 「ん……? どうした?」
  4786. 「な、なんでもないのだ!」
  4787. 「そうか。じゃ、デート行こうぜ」
  4788. 「きょ、今日はちょっと用事が……」
  4789. 「こんな夜から? どんな用事?」
  4790. 「……げ、ゲームのレベル上げ」
  4791. 「よし、暇なんだな」
  4792. 「ちょ! 聞いて、人の話!」
  4793. 「聞いてるよ。ゲームしかすることないんだろ?」
  4794. 「…………」
  4795. 「琴里は、ゲームとおにーちゃんと、どっちが大事だ?」
  4796. 「そ、それは……」
  4797. 「俺は、琴里とデートしたいんだ。\nな、付き合ってくれよ」
  4798. 「…………ん」
  4799. 「…………」
  4800. 「膨れるなよ。\nそんなに嫌なのか? 俺とデートするの……」
  4801. 「……いーや」
  4802. 「ほら琴里、手繋ごうぜ?」
  4803. 「断る!」
  4804. 「おまえがどう思おうが関係ない。俺がつなぎたいからつなぐんだ」
  4805. 「うー……」
  4806. 「…………」
  4807. 「……なんだよ、恥ずかしいのか?」
  4808. 「誰も見てないし、別にいいだろ」
  4809. 「……そういうことじゃないもん」
  4810. 「じゃあ、どういうことだ?」
  4811. 「…………」
  4812. 「ったく……」
  4813. 「おまえ、昨夜から変だぞ。\n突然、白琴里モードになっちまって、仕事も何も放り出して……おまえらしくないだろ?」
  4814. 「…………」
  4815. 「なあ、俺が何かしたか?\nしたなら謝るから、マジメに話をしてくれよ」
  4816. 「…………」
  4817. 「琴里、聞いてるのか?」
  4818. 「嫌ッ! 聞きたくない!」
  4819. 「…………琴里……」
  4820. 「……そうか。\nじゃあ、聞かなくてもいいから、そこにいてくれ。\n今から俺は独り言を言うけど、気にしなくていいから」
  4821. 「…………」
  4822. 「なあ、俺って、おまえにとってどんなやつだ?」
  4823. 「うざいか? 駄目人間か?\nそれとも……ちょっとは頼りにしてくれてるか?」
  4824. 「……もしそうだったら嬉しいけど、多分違うよな……はは」
  4825. 「…………」
  4826. 「……俺にとっての琴里は、すごいやつだ」
  4827. 「……!」
  4828. 「もちろん可愛い妹でもあるけど……それだけじゃない」
  4829. 「頼りに出来る、信頼できるやつだ」
  4830. 「……でも、だからって頼りすぎてたらダメだよな」
  4831. 「…………」
  4832. 「俺は、おまえにいろいろと任せっきりにしてた」
  4833. 「でもさ、これからはもっと……。\nおまえの支えになってやりたいと思ってる」
  4834. 「辛いことがあったら、一緒に頑張ろう。\n楽しいことがあったら、一緒に笑おう」
  4835. 「泣きたい時は、一緒に泣くし。\n逃げる時だって、一緒に走って逃げてやる」
  4836. 「おにー、ちゃん……」
  4837. 「だから……琴里。\n俺の前から、いなくならないでくれよ」
  4838. 「今のおまえも、俺の妹の琴里だけど、もう片方のおまえも……。俺にとっては、もう……大切な存在なんだよ」
  4839. 「…………し、どう……」
  4840. 「……窮屈だよな、兄妹ってのは。\nその関係は、一生変えることは出来ないものだし」
  4841. 「…………」
  4842. 「だけどさ……だからこそ、俺たちは……。\nお互いにお互いを特別と思っているんじゃないか?」
  4843. 「…………!?」
  4844. 「なあ、琴里。\nおまえにとって、俺の代わりになる人間っているか?」
  4845. 「……そんなの……いるわけない、じゃない」
  4846. 「ああ、俺もだ。\n琴里の代わりなんて絶対に、誰にも出来やしない」
  4847. 「……こんなはずじゃなかったの。\nこんなはずじゃなかったのに……士道のせいよ……」
  4848. 「琴里……」
  4849. 「……やっと、本音が聞けそうだな?」
  4850. 「……士道のせいよ」
  4851. 「私は……期待しちゃったの……自分の立場もわきまえず、\nその方がいいなって、思っちゃったのよ……」
  4852. 「今の……兄妹じゃなくて……別の何かになれるかも……って」
  4853. 「琴里……」
  4854. 「でも……士道は違うんでしょ?\nだったら、妹でいるしかないじゃない……」
  4855. 「士道は今の関係から、変わりたくないんでしょ?\nでもね、妹なら一緒にいられる……士道と、いっしょに」
  4856. 「それで……あんな風に……」
  4857. 「…………うん」
  4858. 「……それもあるけどね、本当はわかんなくなっちゃったのよ」
  4859. 「……強い、私が……――」
  4860. 「ごめんな、琴里。勘違いさせちまったな」
  4861. 「え?」
  4862. 「その……正直に言って、俺にとって琴里は……妹、だと思う」
  4863. 「可愛い、妹だ」
  4864. 「なによ……二回も言わないでよ」
  4865. 「だけど、俺は琴里を大切に思ってるよ」
  4866. 「たとえ、おまえが妹じゃなくなっても……。\n何をしても、精霊になってしまっても……」
  4867. 「俺は、おまえから離れたりしない。拒否したりしない」
  4868. 「……うそよ。\nだって、昨日は……」
  4869. 「あ、あれは驚いただけだ。\nいきなりおまえが変なことするから……」
  4870. 「だって……それは士道と前に進みたかったんだもの」
  4871. 「……俺たちが、おまえが求めてる関係になれるかは分からない」
  4872. 「……ん…………」
  4873. 「でも、俺はずっとおまえのそばにいる。\nそれは間違いないこと。どんな関係になろうと……絶対だ」
  4874. 「周りがどうとか、関係ない。\n俺たちがどうなるのかは、俺たちが決めることだ」
  4875. 「だからさ、琴里……ずっと一緒に生きていこう。\n二人で一緒に、どんな関係になっていくのか……。\nこれから、決めていこう」
  4876. 「…………うん」
  4877. 「よし、決まりだな」
  4878. 「……でも、士道はそれでいいの?」
  4879. 「え?」
  4880. 「……もし関係が変われば、士道が苦しむかもしれない。\n周りから何を言われるかもわからないのよ?」
  4881. 「士道がそんな風になるの、私……」
  4882. 「平気だ……って、言えたら格好良いけどな。\nもしそうなったとして……全く気にならないって言ったら、嘘だ」
  4883. 「………」
  4884. 「でも、そうなったら戦えばいいだけじゃないか。\n俺たちは、昔だって、今だって……そうしてきたんだから」
  4885. 「戦争だってする覚悟ならあるぞ?\n琴里のためなら」
  4886. 「……私だって、士道のためなら戦えるわ。\nだって、一番大事な人だもの」
  4887. 「俺も、琴里が一番大事だ。\n白も黒もひっくるめて……琴里のことが、大切なんだ」
  4888. 「…………士道っ!」
  4889. 「……元気、出たか?」
  4890. 「……ううん」
  4891. 「え……?」
  4892. 「……まだ、全然足りないわよ。\nだから、もっと……」
  4893. 「ったく……」
  4894. 「……ほら、これでいいか?」
  4895. 「……もっと、強く」
  4896. 「私も……離さないから……」
  4897. 「おう……」
  4898. 「あ……?」
  4899. 「士道……?」
  4900. 「あ、いや……ちょっと通信が入ってな……。\n……令音さんから?」
  4901. 「あ……私、通信機はずしてたから……。\nもしかして……何か、あったのかしら?」
  4902. 「わ、わからないけど……」
  4903. 「……士道、いいの?」
  4904. 「あ、ああ……」
  4905. 「わ、悪い」
  4906. 「……早くしなさいよ」
  4907. 「え……ああ、はい。一緒にいます」
  4908. 「緊急、事態……?」
  4909. 「て、『敵』……?」
  4910. 「『敵』……新天宮タワー……?\nちょっと待ってください!\n……『敵』って、なんですか?」
  4911. 「影響って、なんの……?」
  4912. 「記憶の改変、だって……!」
  4913. 「あれが……!?」
  4914. 「えっ!?」
  4915. 「……し、新天宮タワーが結界の中心で……本拠地?」
  4916. 「なっ!?」
  4917. 「……う、うあ……!?」
  4918. 「……思い出した。思い出しました、全部」
  4919. 「どうしたの、士道? 令音からよね?\n代わってちょうだい」
  4920. 「あ、ああ……」
  4921. 「もしもし、令音?\n一体何がどうなって……?」
  4922. 「……えっ!?\nまさか……そんな……」
  4923. 「『敵』は……そう、新天宮タワーにいるのね?\nうん……わかったわ。\n……ええ、ありがと……」
  4924. 「……思い出したわ……何もかも……」
  4925. 「琴里……」
  4926. 「そう……私には、やらなくちゃいけないことが、ある……」
  4927. 「…………」
  4928. 「……士道、私は行くわよ」
  4929. 「お、おい!?」
  4930. 「今、まともに戦える精霊は私だけなの。\n私は士道とのデートで力が安定してる……でも、みんなはまだ無理。だから、私が戦わなきゃ」
  4931. 「でも……何も今すぐに……」
  4932. 「……令音だって、今しかないから連絡してきたのよ。\nそれに、これは私の役目……逃げることはできない。\nわかって……」
  4933. 「琴里……」
  4934. 「よし……分かった。\nその代わり……俺も行くからな」
  4935. 「だ、駄目よ! 駄目に決まってるじゃない!\nあなた、どれだけ危険かわかってるの!?」
  4936. 「だから、そんなところにおまえだけ行かせられるか!\n約束したばっかりだろ!」
  4937. 「士道……あなた……」
  4938. 「どれだけ止めたってダメだぜ。\n俺は……おまえの運命を一緒に抱えてやる!」
  4939. 「まったく……あなたは本当に……わからず屋なんだから……!」
  4940. 「おう。悪いが、ここだけは譲れない一線でね!」
  4941. 「……仕方ないわね。\n一緒に行って……そして、勝ちましょう」
  4942. 「おう!」
  4943. 「行くわよ、士道!」
  4944. 「新天宮タワー……まさかここが敵の本拠地なんてな……」
  4945. 「注意しなさいよ、士道。\n私たちは『敵』のことについて、まだほとんど知らないんだから」
  4946. 「ああ……でも、だからこそ、突っ込んでみるしかないだろ?」
  4947. 「……それも一理あるわね。\n……士道と一緒なら、どうなっても後悔なんてしないし」
  4948. 「……上等だ。\nよし行くぞ、琴里!」
  4949. 「ええ!」
  4950. 「――ッ!?」
  4951. 「おまえは、夢で……?」
  4952. 「精霊、なの……?」
  4953. 「その結末は誰も望んでいないもの……」
  4954. 「誰も、望んで……いない?」
  4955. 「このまま、私の紡ぐ幸福の[微睡*まどろ]みの中にいてくれれば\n良かったのに……」
  4956. 「何を言って……」
  4957. 「凄まじい霊力を感じるわ……こいつが元凶よ!」
  4958. 「この女の子が、元凶?\nわからないけど……俺は多分、会うのは初めてじゃないぞ」
  4959. 「……私はこの世界を統べる者。楽園の支配者。\n貴方たちのいう識別名を付けるならば、\n〈ルーラー〉といったところね」
  4960. 「だけど……どうせ知る意味のないこと……消えてもらうわ」
  4961. 「士道、下がりなさいッ!!」
  4962. 「なるほどね……貴女に教えてあげる。\n自分がどれだけ愚かで脆弱な存在なのかを」
  4963. 「な、霊力のコントロールが……ど、どうして!?」
  4964. 「琴里ッ!!」
  4965. 「し、どう……!!」
  4966. 「散りなさい」
  4967. 「く……!? きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
  4968. 「ことりぃぃぃぃぃぃぃ!!\nくそっ……なんだってんだよッ!」
  4969. 「……さようなら、五河士道。\nどうか、次こそは幸せな夢を」
  4970. 「ちゃんと、約束したのに……琴里だけ、大切にするって……」
  4971. 「……良かったの?」
  4972. 「ああ。せっかく本音で話せたんだ。\n今は、琴里と一緒にいたい」
  4973. 「士道……」
  4974. 「琴里……もう一人になんて、してやらないからな」
  4975. 「私も……士道を一人になんかしてあげない」
  4976. 「ねぇ、士道」
  4977. 「ん?」
  4978. 「これから、どうする?」
  4979. 「そうだなぁ……時間的に、そろそろ飯でも食いに行くか?」
  4980. 「おまえの好きなデラックスキッズプレートを、\nごちそうしてやろう」
  4981. 「やったー! やっぱりわかってるわね、士道!」
  4982. 「……って、そんなので喜ぶほど子供じゃないわよ、もう」
  4983. 「はは、そうだったな。\nじゃ、いらないか」
  4984. 「一応、食べてあげるわよ」
  4985. 「……素直じゃないな」
  4986. 「な、何よ……そもそもね、キッズプレートなんて頼めるの?」
  4987. 「あー、いや……多分。\nでも、琴里なら食べてても誰も気にしないんじゃないか?」
  4988. 「な、なによ、そういうこと言うわけ!」
  4989. 「ははは……」
  4990. 「……ねぇ、士道」
  4991. 「ん?」
  4992. 「……士道は、幸せ?」
  4993. 「ああ。幸せだよ」
  4994. 「そっかあ、そうなんだー」
  4995. 「なんだよ……なにか言いたそうだな?」
  4996. 「なに? そんなに気になる?」
  4997. 「おう、気になるね」
  4998. 「じゃあ教えてあげる――」
  4999. 「――ずっと一緒、だよ」
  5000. 「…………」
  5001. 「……朝か」
  5002. 「でも……俺は、本当に目が覚めてるのか?」
  5003. 「…………」
  5004. 「昨日のこと……まるで夢みたいだ」
  5005. 「……お話ししますわ。\nわたくしの知ってることを、全部……」
  5006. 「この天宮市に異変が……。\nこんなことができるのは、強大な力を持った……。\nそんな何者かが、この異変に関与して……」
  5007. 「わたくしの本体……あなたたちの言う、〈ナイトメア〉は、\nその力を操る何者かの存在に気付きましたの」
  5008. 「そう考えた〈ナイトメア〉は、その居場所を探っていたのです。\n以前士道さんの前に現れたときと同じく、自らの分身を使って」
  5009. 「そして……わたくしもその分身の一人、というわけです」
  5010. 「……ダメだ。\n狂三の話が、ちゃんと思い出せない……」
  5011. 「あれは……本当にあったことなのだろうか……」
  5012. 「……いや、でも憶えていることもある」
  5013. 「思い出せるのは、ただ……」
  5014. 「……うふふ、士道さんがいけないんですわよ」
  5015. 「でも……わたくしは、そのことを全く後悔はしていません。\nあなたといられる時間の大切さに、気がついたから」
  5016. 「……士道さん。ありがとうございました」
  5017. 「あなたに会えて、本当に良かった……」
  5018. 「……あれは、やっぱり現実だ」
  5019. 「あの数日間を共に過ごしたあの狂三は、確かにいたんだ!」
  5020. 「でも……本体が消えた以上、あの狂三もいずれ消える……」
  5021. 「どうしたら……一体、どうしたら……」
  5022. 「……解決策なんてない、よな……」
  5023. 「だけど……今はただ、狂三に会いたい。\nあれでお別れなんてあんまりだからな!」
  5024. 「狂三ーっ!\nおーい、狂三ーっ!!」
  5025. 「いないのかーっ!?\n狂三、出てきてくれ!!」
  5026. 「いない、のか……。\nここじゃないならどこに……」
  5027. 「あいつは、いつもここに来てた。\nきっと、今日も……」
  5028. 「狂三ーっ!\nいるんだろ? 出てこいよっ!」
  5029. 「狂三ーっ、いないのかーっ!?」
  5030. 「ここでもないか……」
  5031. 「だとしたら……後はもう、手当たり次第だ!」
  5032. 「狂三ーっ!」
  5033. 「狂三、どこだーっ!?」
  5034. 「出てきてくれ、狂三!」
  5035. 「いないのか、狂三ーっ!?」
  5036. 「……思い当たるところは、全部探したけど……」
  5037. 「まさか、もう消えて……」
  5038. 「…………」
  5039. 「狂三……」
  5040. 「あ……士道さ――!?」
  5041. 「え……?」
  5042. 「…………」
  5043. 「狂三……おまえどうしてここに……」
  5044. 「……もう会わない方が良いと思ったのですけれど……」
  5045. 「……気が付いたら、足がここに向いていたんです」
  5046. 「い、いつから……?」
  5047. 「朝からずっと……ですわ」
  5048. 「そうか、ごめんな。\n灯台下暗しってやつかな」
  5049. 「もしかして……探してくださっていたんですの……?」
  5050. 「ああ……でも、もういいんだ。\nまだ、おまえがいてくれて良かった……」
  5051. 「…………」
  5052. 「俺に……会いに来てくれたのか?」
  5053. 「ええ……他の精霊に見つかるかもしれないとも思ったのですけれど、どうしても士道さんに会いたくて……」
  5054. 「狂三……」
  5055. 「…………」
  5056. 「…………」
  5057. 「「あ、あの…」
  5058. 「あ……」
  5059. 「……な、なんですの?」
  5060. 「い、いや……そっちから」
  5061. 「い、いえ……そちらから……」
  5062. 「…………」
  5063. 「…………」
  5064. 「……と、とりあえず、入るか?」
  5065. 「は、はい……」
  5066. 「……はい、お茶」
  5067. 「ありがとうございます……。\n……美味しいですわね」
  5068. 「そうか?\nこういうお茶なら、誰が淹れても大して変わらないだろ」
  5069. 「そんなことないと思いますわ」
  5070. 「……きっと、士道さんが淹れてくれたから、特別なのだと思いますわ」
  5071. 「そ、そうか……」
  5072. 「……士道さん」
  5073. 「ん?」
  5074. 「……わたくし、もう士道さんとは会わないつもりでしたのに」
  5075. 「……士道さんと会って、これ以上自分が消えることに対しての\n恐怖が大きくなったら、耐えられそうにありませんでしたから」
  5076. 「…………」
  5077. 「……でも、ダメでしたわ。\n士道さんに会いたくて仕方なくて……気が付いたら……」
  5078. 「……そう、か。俺も、会いたかった」
  5079. 「……士道さん。お願いがありますの」
  5080. 「別れの挨拶なら、やめてくれ。\nそれ以外なら、なんでも聞くよ」
  5081. 「今より辛い思いをさせてしまうかもしれません。\nそれでも……わたくしのわがままを聞いていただけますか?」
  5082. 「ああ」
  5083. 「……わたくしが消えるその時まで、一緒にいて欲しい。\n……それだけ、ですわ」
  5084. 「狂三……」
  5085. 「……やっぱり、駄目ですわよね。\nわかっていま――」
  5086. 「――駄目なもんかよ!」
  5087. 「……え?」
  5088. 「朝起きてさ、昨日のことを考えてさ……。\n気が付いたら、おまえを探してた」
  5089. 「一日中、あちこち駆けまわって……どこにもおまえがいなくて、\nいつもと違って、呼んでも会えなくて……」
  5090. 「……正直、泣きそうになった。\nいや、あれは半泣きだったな……はは」
  5091. 「士道さん……」
  5092. 「どっちにしろ辛い思いをするんだったら……。\n少しでも長い時間おまえといたい」
  5093. 「……士道さん」
  5094. 「前に言っただろ?\n俺、まだまだおまえのこと知りたいんだよ」
  5095. 「本当に、士道さんは仕方のない人ですわね」
  5096. 「ずっと一緒だ……すっと、一緒にいよう」
  5097. 「……ありがとう、ございます」
  5098. 「わたくしは……士道さんの側にいて、いいんですのね?」
  5099. 「ああ……いいんだよ。俺も、おまえといたいんだ」
  5100. 「じゃあ、証拠をくださいまし……」
  5101. 「……証拠?」
  5102. 「もう一つ、お願いしたいことがあるんですの……」
  5103. 「いいぜ?\nここまできたら、なんでも聞いてやるよ」
  5104. 「……言いましたわね?」
  5105. 「な、なんだよ……?」
  5106. 「うふふ……」
  5107. 「……え!? く、狂三!?\nなんで電気を……」
  5108. 「……鈍いんですのね。\nでもそういうところも、士道さんの魅力ですわ」
  5109. 「え、えっと……どういう……」
  5110. 「な、何が起こって……?」
  5111. 「士道さん……」
  5112. 「……く、狂三!?\nおまえ、その……いや、あの……」
  5113. 「……士道さんのこと、ちゃんと感じさせてください……」
  5114. 「そして、刻ませてくださいまし。\nわたくしがいたという、証拠……」
  5115. 「狂三……俺、は……」
  5116. 「あ……」
  5117. 「……士道さん」
  5118. 「わ、悪い。すぐに切るから……あ」
  5119. 「琴里……?」
  5120. 「……士道さん?」
  5121. 「あ、ああ……」
  5122. 「狂三。悪い、ちょっと連絡が入ったみたいだ……」
  5123. 「連絡……?」
  5124. 「ああ……。\nすぐ済ませる」
  5125. 「あ、ああ……すまん」
  5126. 「て、『敵』……?」
  5127. 「……『敵』? 新天宮タワー……?\nちょっと待ってくれよ! 一体、なんの話だ?」
  5128. 「……なに? 士道、もうボケ始めたんじゃないでしょうね?\nどうかしてるんじゃない?」
  5129. 「…………え?」
  5130. 「……っ……!?」
  5131. 「ああ……悪い。本当にどうかしてたみたいだ。\nさっきの話、本当なのか?」
  5132. 「……ああ」
  5133. 「……え?」
  5134. 「で、でも……」
  5135. 「……狂三、琴里がおまえに話があるって……」
  5136. 「……はい」
  5137. 「……もしもし。\n……はい……はい……ええ……」
  5138. 「……そうですわね。\n……はい……ええ……わかりましたわ。\nでも、約束ですわよ?」
  5139. 「……うふふ、仕方ないですわね。\n……それでは、失礼いたしますわ」
  5140. 「……狂三?」
  5141. 「士道さん……一緒に参りましょう。\n大事なところでしたけど、そうは言ってられませんものね」
  5142. 「……いいのか?」
  5143. 「士道さんは行かれるんでしょう?\nそれに、これはわたくしの贖罪でもありますから」
  5144. 「……わかった」
  5145. 「ええ、では心の準備を」
  5146. 「……おう!」
  5147. 「新天宮タワー……まさかここが敵の本拠地なんてな……」
  5148. 「街の中心……敵の居城にはふさわしい場所ですわね」
  5149. 「そうだな……行けるか、狂三?」
  5150. 「はい……士道さん」
  5151. 「――ッ!?」
  5152. 「おまえは、夢で……?」
  5153. 「精霊……?」
  5154. 「その結末は誰も望んでいないもの……」
  5155. 「誰も、望んで……いない?」
  5156. 「このまま、私の紡ぐ幸福の[微睡*まどろ]みの中にいてくれれば\n良かったのに……」
  5157. 「何を言って……」
  5158. 「士道さん、いけませんわ……!\nこの力、わたくしの数倍以上……!?」
  5159. 「いったい、おまえは……?」
  5160. 「……私はこの世界を統べる者。楽園の支配者。\n貴方たちのいう識別名を付けるならば、\n〈ルーラー〉といったところね」
  5161. 「だけど……どうせ知る意味のないこと……消えてもらうわ」
  5162. 「士道さん! 下がってくださいまし!」
  5163. 「せっかく救われた命を散らすのね……それならば、\nこれは仕方のない結果」
  5164. 「な……かはっ……」
  5165. 「狂三ッ!!」
  5166. 「士道さん……駄目、です、わ……」
  5167. 「散りなさい」
  5168. 「……いやぁぁあぁぁぁぁぁっ!!」
  5169. 「狂三っ!? くるみぃぃぃぃッ!!\nなんで……なんで、こんな……」
  5170. 「……さようなら、五河士道。\n間違いは正されるべきなの……どうか、次こそは幸せな夢を」
  5171. 「ちゃんと、約束したのに……狂三だけ、大切にするって……」
  5172. 「……これでよし」
  5173. 「……よろしかったんですの?」
  5174. 「大丈夫。大した用事じゃないだろうから」
  5175. 「士道さん……」
  5176. 「……ああ、もう邪魔は入らない」
  5177. 「……いいんですのね?\n本当に……わたくしで」
  5178. 「ああ。\nおまえがいい……狂三が、いい」
  5179. 「士道、さん……」
  5180. 「卒業、か……。\nいろいろあったけど、あっという間の高校生活だったな……」
  5181. 「……ここにいましたの、士道さん」
  5182. 「……狂三」
  5183. 「……そうじゃないかと思いましたわ。\nだって……ここは、二人の思い出の場所ですものね」
  5184. 「……ああ」
  5185. 「……何をしていましたの?」
  5186. 「……狂三のことを考えてたんだ」
  5187. 「……ということは、いつも通りの士道さんということですわね?」
  5188. 「俺が狂三のこと以外、何も考えてないような言い方じゃないか」
  5189. 「あら、違いましたの?」
  5190. 「……ま、そんなに間違ってないんだけどさ」
  5191. 「もう……うふふ」
  5192. 「……ははは」
  5193. 「…………」
  5194. 「…………」
  5195. 「士道さん……わたくし、幸せですわ。\n幸せ過ぎて――怖いくらいに」
  5196. 「……ん?\n……って、おい! 狂三!?」
  5197. 「今日で制服とはさよならでしょう?\nせっかくですから、わたくしの幸せをお裾分けいたしますわ」
  5198. 「な、本気か!?」
  5199. 「ええ、士道さんも満更ではないお顔ですわよ?」
  5200. 「いや……それは、その……」
  5201. 「わたくしの幸せ、受け取ってくださいまし」
  5202. 「……あー、いや…………おう」
  5203. 「そうじゃない。勝手に決めつけないで」
  5204. 「だったら、おまえは何にも感じてないっていうのか!?\n精霊を攻撃してる時! 傷つけてる時!」
  5205. 「私の心は傷ついていない」
  5206. 「嘘だ!」
  5207. 「……嘘じゃないっ!」
  5208. 「――なら、なんでそんなにムキになってるんだよ?」
  5209. 「っ! そ、それは士道が……!」
  5210. 「俺のせいにするなよ!」
  5211. 「――私は……私は精霊が憎い! だから――ASTに入った。\n精霊を倒すために! 私の両親を殺した精霊を殺すために!」
  5212. 「……っ!」
  5213. 「そのために……そのためだけに生きてきた……!\n5年前のあの日から――!」
  5214. 「だから……それが果たされる日まで、私は笑えない。\n笑ってはいけない……!」
  5215. 「折紙……」
  5216. 「……士道」
  5217. 「あ……折紙! 急に呼び出してごめんな」
  5218. 「……構わない。なに、話って」
  5219. 「――折紙、俺とデートしよう!」
  5220. 「……なぜ?」
  5221. 「な、なぜって……俺は絶対に諦めないって言っただろ」
  5222. 「士道……いくらデートをしても、私は笑わない。笑えない」
  5223. 「そんなこと、やってみなけりゃ分からないだろ?」
  5224. 「………………」
  5225. 「さあ、始めようぜ折紙! これは俺とおまえの戦争だ!」
  5226. 「戦争……?」
  5227. 「ああ! デートという名の戦争だ!\nおまえのこと、絶対にデレさせて、笑顔を見せてもらうからな!」
  5228. 「……」
  5229. 「……」
  5230. 「なあ、折紙?」
  5231. 「な、なに?」
  5232. 「ぷらぷらっと商店街にきちゃったけど、\nせっかくだから二人でショッピングでもしていくか?」
  5233. 「構わない」
  5234. 「ま、我ながら色気もくそもないデートプランであれだけど、\nとりあえず、夕飯の買い物でも一緒に……あ――っ!」
  5235. 「どうしたの?」
  5236. 「ついてるぞ折紙! 今日は月初めの日曜日じゃないか!」
  5237. 「……?」
  5238. 「え? なんだ、知らないのか?\n月初めと月終わりの日曜日は、『試食スタンプラリー』の日なんだ」
  5239. 「『試食スタンプラリー』? それは何?」
  5240. 「……折紙って、何でも知ってると思ったけど、そうでもないんだな?」
  5241. 「それは誤解。街のイベントや機能をすべて把握するのは困難」
  5242. 「そ、そっか……勝手なイメージで決め付けてたな。悪い」
  5243. 「問題ない。士道が教えてくれれば」
  5244. 「よーし、一般庶民が生み出した知恵ってやつを堪能しにいくか?」
  5245. 「了解」
  5246. 「ならこっちだ!」
  5247. 「いらっしゃませーいらっしゃませー!\n本日、試食スタンプラリー開催中でございます!」
  5248. 「すべての試食コーナーを回って、こちらのスタンプカードを\n埋めていただければ、当店で使える1000円分の商品券が当たるくじに早変わり! どうぞ、どしどしご参加くださいませー!」
  5249. 「す、すみません! ラリーカード、2枚ください!」
  5250. 「いらっしゃいませー! どうぞ、ごゆっくりご覧くださいませ!」
  5251. 「ほら、折紙! こっちはおまえのカードな?\n野菜のコーナーから、肉、魚、惣菜と、ぐるっと店内を一周するように試食ブースを回って、ハンコを集めていくんだよ」
  5252. 「……了解した」
  5253. 「じゃ、早速、野菜コーナーから見ていこうか?」
  5254. 「これは、いつからやっているの?」
  5255. 「あ、えっと……わりと最近だよ。天宮クインテットができてから。やっぱりなんだかんだで、商店街から客が流れていってるらしいんだ」
  5256. 「今度は新天宮タワーなんてのも建つし、\nそこには当然いろんなお店が入るわけで……」
  5257. 「……で、商店街の人たちも、それぞれのお店で客を繋ぎとめて\nおくにはどうするべきか? って真剣に考えて、今、いろんな\nサービスやイベントを企画してるんだよ。これもその一つかな」
  5258. 「なるほど。把握した」
  5259. 「ん! なら行こう! 今日の野菜コーナーの試食ブースは……」
  5260. 「あそこ」
  5261. 「おう、行ってみよう!」
  5262. 「今日は、某地方でとれたキュウリと、この天宮市でとれた\nキュウリの食べ比べをしてるよ! さあ、どうぞ!」
  5263. 「あ、はい!」
  5264. 「そっちのかわい子ちゃんも、どうぞ食べ比べてみてちょうだい!味噌がちょっと乗ってるから、そのままでいけますから!」
  5265. 「比較? 了解」
  5266. 「こっちが某地方の?」
  5267. 「こっちが天宮市産」
  5268. 「さあ、どうですか!? どっちがおいしいです?」
  5269. 「ん! 両方食べてみるとよくわかる!\n天宮市の方がキュウリの味が濃い!」
  5270. 「瑞々しい」
  5271. 「そうでしょう? もう何にでも合いますから!\nもし、気に入っていただけたのなら、\n1本から販売してますから!」
  5272. 「あ、いや、すみません……。今日はうち、カレーにしようかなと思ってたんで、キュウリは――」
  5273. 「3本」
  5274. 「え? お、折紙……?」
  5275. 「はい毎度! 3本で178円いただきます!」
  5276. 「試食までして、買わないのは人道に反する」
  5277. 「はい! 322円のお返しになります!\nスタンプも押してあります! 毎度ありがとうございました!」
  5278. 「……つ、次行ってみようか?」
  5279. 「買わないの。タマネギ、ジャガイモ、ニンジン」
  5280. 「あ、買う買う! それ買ったら、肉の試食ブースいってみよう」
  5281. 「肉のブースならあっち」
  5282. 「え?」
  5283. 「豚肉と牛肉の食べ比べ」
  5284. 「……さ、さすが折紙、もうチェックしてたのか!」
  5285. 「店内配置は、ほぼ掌握済み」
  5286. 「……そ、そっか。じゃあ、今日はどんどん回って、\nスタンプもらっちゃおう!」
  5287. 「……」
  5288. 「よいしょっと!」
  5289. 「いやー、これ……さすがに買いすぎちゃったかな?」
  5290. 「……そうかも」
  5291. 「ま、いっか……」
  5292. 「士道?」
  5293. 「ん?」
  5294. 「座って。お茶、持ってくる」
  5295. 「ああ」
  5296. 「どうぞ」
  5297. 「お、サンキュ」
  5298. 「……デート。もう終わり?」
  5299. 「ん? まあ、そうかな。\n今日はショッピングデートがメインって感じだったな」
  5300. 「そう。……ごめんなさい」
  5301. 「? どうして謝るんだ?\n……あ、もしかして楽しくなかったか? ならこっちこそごめん」
  5302. 「そりゃそうだよな、夕飯の買い物なんて、デートというには――」
  5303. 「そんなことはない」
  5304. 「……?」
  5305. 「楽しかった。すごく……」
  5306. 「じゃあ……なんでごめんなさいなんだ?」
  5307. 「今日も、楽しかったのに……やはり私は、笑えなかった。\n士道が頑張ってくれたのに」
  5308. 「折紙……」
  5309. 「笑いたいと思った。\nけど、あの日の――5年前の私が、それを許してくれない。\nだから……ごめんなさい」
  5310. 「……そういうことか。\nでもさ、それは折紙が俺に謝るようなことじゃないよ」
  5311. 「それに、なんか勘違いしてないか?\nデートはこれで全部終わりみたいな言い方して」
  5312. 「……どういうこと? さっき終わりって――」
  5313. 「それは、ショッピングデートのこと。これから折紙と二人で、\nお手製のスペシャルカレーを作らないといけないしな」
  5314. 「……そうだった」
  5315. 「今日のデートが終わっても、俺とおまえの戦争はまだ終わらない」
  5316. 「……?」
  5317. 「おまえをデレさせるまで、終わらせるもんか……!」
  5318. 「士道……?」
  5319. 「折紙……おまえは確かに5年前、精霊に何もかも奪われたのかもしれない。大好きな両親も……この先楽しく過ごすべき時間も\n……笑顔も……心も……」
  5320. 「………………」
  5321. 「おまえの憎しみの深さは、俺なんかじゃ量れないし、\n量れるはずもない……それはわかってる」
  5322. 「けど……その全てを奪った精霊を倒すまで、\nおまえの戦争は本当に終わらないのか?」
  5323. 「5年前に凍りついてしまったおまえの心が……時間が……。\n動きだすことは本当にないのか?」
  5324. 「……」
  5325. 「もしそうだとしても、俺は……諦めない。諦めたくない……。\n俺がおまえの戦争を終わらせてやる――それが俺の戦争だ!」
  5326. 「何年、何十年……いや、死ぬまでかかったっていい。\n俺はおまえをデレさせて、笑顔を見てやるって決めたんだ!」
  5327. 「……士道、それ。勘違いしてしまう。まるで――」
  5328. 「折紙……一緒にいないか? 俺と。明日も、明後日も……。\nその先もずっとさ……」
  5329. 「…………ッ!?」
  5330. 「今日――おまえと一緒に買い物してて、思ったんだ。\n折紙とこうしてずっと一緒に居れたら……楽しいだろうなって。\nそうできたら俺たちどうなっていくのかなって……」
  5331. 「士道……」
  5332. 「折紙とこれからずっと一緒にいることで……俺という存在が、\n折紙の中でどれぐらいの存在になっていくのか……。\nそれは、わからない」
  5333. 「でも、少しずつでいいんだ。\n今日のデートみたいに、二人だけの楽しい時間を少しずつ\n大きくしていけたら、いつか――」
  5334. 「いつか俺が――おまえが抱えた憎しみよりも大きな存在に\nなれたら……何かが変わらないかな?」
  5335. 「……」
  5336. 「俺は……やっぱり折紙に、誰かを傷つけたりする方法で自分を\n取り戻してほしくない。……それじゃあ、取り戻すどころか、\nその瞬間、折紙は、折紙じゃなくなっちまう気がする……」
  5337. 「……」
  5338. 「だから、俺にチャンスをくれないか、折紙?」
  5339. 「……?」
  5340. 「俺はこの先もずっと、おまえと一緒にいたい……!」
  5341. 「そして、5年前に凍ってしまったおまえの時間も……笑顔も……心も……全部包み込んで、取り戻したい!」
  5342. 「…………し、どう……」
  5343. 「……口で言うほど楽なことじゃないってのはわかってる。\nこの先、何があるかも分からないし……精霊と戦わなきゃいけないこともあるかもしれない……」
  5344. 「――それを全部俺が引き受ける。\nおまえのことも、おまえの敵も、全部!」
  5345. 「……それは――」
  5346. 「……ぁ!」
  5347. 「それじゃ、駄目か? 折紙」
  5348. 「……士道は、卑怯」
  5349. 「え!?」
  5350. 「言える訳ない。駄目なんて……」
  5351. 「折紙……」
  5352. 「……だけどやっぱり、私は笑えないと思う」
  5353. 「俺が絶対笑わせてやるさ」
  5354. 「……勝ち目はないと思う、この戦争。士道には」
  5355. 「言ってろ。絶対勝ってやるから!」
  5356. 「……………」
  5357. 「……士道?」
  5358. 「ん?」
  5359. 「お、折紙……」
  5360. 「……」
  5361. 「――っ!」
  5362. 「……士道」
  5363. 「ご、ごめん!」
  5364. 「お願い、約束して欲しいの。\n鳶一さんのことだけ考えるって……そうじゃないと、\nきっと士道の心はいつか離れちゃうから」
  5365. 「……士道?」
  5366. 「あ、ああ……」
  5367. 「ちょ、ちょっとごめん!」
  5368. 「………」
  5369. 「そ、そんな顔しないでくれ……すぐ済ませるから」
  5370. 「あ、ああ……すまん! ――で、どうした?」
  5371. 「て、『敵』……?」
  5372. 「新天宮タワー……? け、結界の[要*かなめ]……って……。\nちょっと待ってくれよ! 一体、なんの話だ?」
  5373. 「…………え?」
  5374. 「……っ……!? そ……そんな……っ!」
  5375. 「ああ……悪い。本当にどうかしてたみたいだ。\nさっきの話、本当なのか?」
  5376. 「――っ!?」
  5377. 「そ、そこに『敵』が……すべての元凶を作った『敵』が、いるんだな?」
  5378. 「で、でもなんで……なんでそんなことしなきゃいけないんだよ!\n目的は何なんだ!?」
  5379. 「え?」
  5380. 「ああ」
  5381. 「お、おい――!」
  5382. 「だ、だけど……」
  5383. 「……士道?」
  5384. 「――あ、折紙……?」
  5385. 「何か起こっているの?」
  5386. 「いや、えっと……実は――」
  5387. 「……この結界を破って、本当の天宮市に戻すには、\nそこに行ってその原因をなんとかしなきゃいけない……」
  5388. 「そう……」
  5389. 「折紙……おまえを巻き込んでしまった俺がこんなことを\n言うのもなんだけど……」
  5390. 「行く」
  5391. 「お、おい待てよ!」
  5392. 「でも、俺はおまえに戦って欲しくな――」
  5393. 「わかっている」
  5394. 「……?」
  5395. 「でも、これは憎いから戦いに行くわけではない。\n士道と私のため」
  5396. 「俺と折紙の?」
  5397. 「そう。私たちの、未来のため」
  5398. 「折紙……」
  5399. 「それでも士道が駄目と言うなら――」
  5400. 「いや……違うんだ、駄目じゃない。\nそうだよな……結界をどうにかしなくちゃ、\n本当の世界も、俺たちの未来もないんだもんな」
  5401. 「…………」
  5402. 「わかった。その代わり、俺も一緒だ!」
  5403. 「士道……」
  5404. 「折紙だけを危険に晒すわけにはいかない。\n『敵』を倒しに行くんじゃなく、大切なものを守りに行こう!」
  5405. 「……約束」
  5406. 「ああ、約束だ!」
  5407. 「新天宮タワー……まさかここが『敵』の本拠地なんてな……」
  5408. 「士道、人気がない」
  5409. 「ああ……まだこんな時間帯なのに……静か過ぎるな」
  5410. 「ん、琴里か?」
  5411. 「だとしても……行くしかないんだろ?」
  5412. 「わかった」
  5413. 「さあ……乗り込むぞ!」
  5414. 「待って。正面から行くの?」
  5415. 「言ったろ? 俺たちは『敵』を倒しに行くんじゃない。\n未来を守るために行く。だから、正々堂々、説得してみよう!」
  5416. 「士道は士道のまま。どんなときでも……」
  5417. 「どういう意味だ?」
  5418. 「何でもない。行く」
  5419. 「お、おう!」
  5420. 「……なに!?」
  5421. 「うわっ!?」
  5422. 「お、おまえは、夢で……!?」
  5423. 「何者?」
  5424. 「その結末は誰も望んでいないもの……」
  5425. 「……? 誰も、望んで……ない?」
  5426. 「このまま、私の紡ぐ幸福の[微睡*まどろ]みの中にいてくれれば\n良かったのに……」
  5427. 「な、何を言って……」
  5428. 「士道。精霊……なの?」
  5429. 「わ、わからないけど……俺は多分、会うのは初めてじゃない」
  5430. 「……私はこの世界を統べる者。楽園の支配者。\n貴方たちのいう識別名を付けるならば、\n〈ルーラー〉といったところね」
  5431. 「だけど……どうせ知る意味のないこと……消えてもらうわ」
  5432. 「[防性随意領域*プロテクト・テリトリー]展開!」
  5433. 「なるほどね……貴女に教えてあげる。\n自分がどれだけ愚かで脆弱な存在なのかを」
  5434. 「士道! さがって!」
  5435. 「レイザーブレイド! 〈ノーペイン〉!」
  5436. 「……無駄なことを」
  5437. 「く――! これは!?\n敵の霊力が、私の〈[随意領域*テリトリー]〉を侵食している!?」
  5438. 「ど、どうした折紙!? 無事か!?」
  5439. 「し、士道――! 体の……自由が……!」
  5440. 「……散りなさい」
  5441. 「きゃ……!? く――――ぁ……っ!」
  5442. 「お、おりがみぃぃぃぃぃ!!\nくそっ……なんだってんだよッ!」
  5443. 「……さようなら、五河士道。\nどうか、次こそは幸せな夢を」
  5444. 「うわぁぁぁあああああーーーーッ!!」
  5445. 「ちゃんと、約束したのに……折紙だけ、大切にするって……」
  5446. 「……いいの?」
  5447. 「ああ、どうせ晩飯のメニューがどうとか、\n大したことでもないんだろうから……」
  5448. 「そう。……良かった」
  5449. 「え?」
  5450. 「……もう、待てそうにない」
  5451. 「……!」
  5452. 「――あ、動いた。今動いたぞ、折紙」
  5453. 「すごく元気。誰かさんに似ている」
  5454. 「あ、ああ……そうだな!」
  5455. 「元気いっぱいで、生まれてきてくれると嬉しい。\n私と士道の、幸せの証だから」
  5456. 「ああ、俺もそう願ってる」
  5457. 「ふふ……」
  5458. 「そういや、そろそろ名前考えないとな……折紙は決めてるのか?」
  5459. 「ええ……この子の名前は……――」
  5460. 「……大丈夫かい、シン」
  5461. 「いや……さすがにまだ、堪えてます」
  5462. 「……ふむ、そうかね。では、今回の現象についての話は時間を\n改めた方がいいかな?」
  5463. 「……何か、わかったんですか!?」
  5464. 「……ああ。先程、〈ルーラー〉の手から結界の制御が離れた際に……ようやく結界の解析をすることができた」
  5465. 「ほ、本当ですか……!? 教えてください!\nあの結界は一体何なんですか……!?」
  5466. 「…………」
  5467. 「令音さん!」
  5468. 「……これは、君にとって必ずしもよい情報とは\n限らないかもしれない。……それでも、知りたいかい?」
  5469. 「……!」
  5470. 「お願い……します」
  5471. 「……ん。覚悟があるのなら、私は君の意思を尊重しよう」
  5472. 「……まず最初に言っておくが、\n〈ルーラー〉は精霊とは似て非なる存在だったようだ」
  5473. 「精霊じゃ……ない?」
  5474. 「……ああ。\nとはいっても、まったく別種のものであるかと言われれば、\nそうとも言い切れない」
  5475. 「……詳しいことはもっと調べてみないとわからないが……。\n恐らく……そうだな、何か強大な霊力の残滓が\n意思を得たものとでも言おうか」
  5476. 「それって、どういう……」
  5477. 「……器がない、と言えばわかりやすいかな。\n普通の精霊は封印された場合、器が残る。\nだが、力のみである〈ルーラー〉は――」
  5478. 「――そのまま、消える……」
  5479. 「……そうだ。残念だが……」
  5480. 「いえ……大丈夫です。続けてください。――結界の方は?」
  5481. 「……結論から言えば――天宮市全域を覆っていた結界、\n〈[凶禍楽園*エデン]〉は、我々を閉じ込める他に、\nある特殊な力を持っていた」
  5482. 「特殊な……力。それは、みんなの〈天使〉みたいな……?」
  5483. 「……ああ、それに近い。もっとも……その規模が段違いだがね」
  5484. 「一体……この結界にはどんな力があったんですか……?」
  5485. 「……ん。〈[凶禍楽園*エデン]〉の力……それは――」
  5486. 「……『世界を、やり直す力』」
  5487. 「せ……世界をやり直す?」
  5488. 「……言葉の通りさ。\n結界の中に存在する世界を、\n望む結果が出るまで何度でもやり直すことのできる力」
  5489. 「……それが、〈[凶禍楽園*エデン]〉の能力だ。\n――君にも、断片的に記憶があるんだろう?」
  5490. 「あ――」
  5491. 「覚えて……ます。朧気に、ですけど。\n十香や折紙と過ごした記憶が……あります。\nまさか、あれが……!?」
  5492. 「……ああ。恐らく、それらは全て実際に起こったことだ。\n君が〈[凶禍楽園*エデン]〉の繰り返しの中で、選び取った世界の可能性だ。\n世界が繰り返すことで生まれた、『あったかもしれない』結末だ」
  5493. 「…………!?」
  5494. 「〈ルーラー〉……凜祢は、\n一体何のためにこの結界を張ったんですか?」
  5495. 「……それは」
  5496. 「……ここからは、私の推測が多分に入る。\nこれが絶対の解ではないことは了承してくれたまえ」
  5497. 「は……はい」
  5498. 「……世界のやり直し。それには、ある法則性があった」
  5499. 「法則性……ですか」
  5500. 「……ああ。今まで進められていた世界が急遽収束し、\nもう一度もとの状態に戻される。それにはいくつかのパターンが\n認められたのだが……一つ、絶対的な条件が判明した」
  5501. 「……要は、『とあること』が起こったとき、\n世界は必ず、もとの状態に巻き戻っていたのさ」
  5502. 「とある……こと? それは一体……」
  5503. 「……ああ。世界をやり直す条件……それは」
  5504. 「……シン。君の――死だ」
  5505. 「え…………?」
  5506. 「あ……」
  5507. 「俺が死ぬことで、世界が繰り返されて……いた?」
  5508. 「……ああ。君が死んだ瞬間、\n世界は、結界が張られた日に巻き戻る。\nシン、君がこの世界の鍵だったのさ」
  5509. 「ちょ……ちょっと待ってください!\n俺が、鍵……って、一体なんでそんなことを!?」
  5510. 「第一、〈ルーラー〉は……凜祢は、\n俺を殺そうとしてたんじゃないんですか?\nそのために、俺から、封印したはずの精霊の力を失わせて――」
  5511. 「……違うんだ。\nそもそもその前提が……間違っていたんだ」
  5512. 「違う……って。\nどういう……ことですか?」
  5513. 「……シン、先日の十香の暴走を覚えているかね?」
  5514. 「十香の……暴走?」
  5515. 「……ああ、学校の屋上で突然十香の力が暴走した。\n思い出せないかい?」
  5516. 「……っ!? そうだ……俺はあのとき巻き込まれて……!」
  5517. 「……そうだ。恐らく〈[凶禍楽園*エデン]〉が発動したのは、\nそのタイミングだったのだろう」
  5518. 「ど、どうしてわかるんですか?」
  5519. 「……そうでなければ、\n君はあのときに死んでいたかもしれないからね」
  5520. 「――し、死んでいたっ、て……」
  5521. 「……君は最近まで体調不良に悩まされていただろう。\n十香たち精霊が暴走する前からね」
  5522. 「あ、はい。今じゃほとんど感じませんけど……。\nでも、〈フラクシナス〉で診てもらったとき、\n異常はなかったですよね?」
  5523. 「……確かに、異常はなかった。しかし、異変は起きていたんだ。\n我々が知らない脅威を伴って、ね」
  5524. 「〈フラクシナス〉でもわからなかったって……それは一体」
  5525. 「……これは私の推測に過ぎないが、精霊ではなく、\n君自身が暴走に近い状態にあったのかもしれない」
  5526. 「え……?」
  5527. 「……君は精霊たちと出会ってから、過酷な日々を過ごしていた。\n精霊とのデートでもたらされる緊張感やストレス。\n戦闘での命のやりとり――」
  5528. 「ち、ちょっと待ってください!\n何を言ってるんですか、令音さん。\nそれじゃあまるで――」
  5529. 「……ああ。恐らくだが、\n君の身体から封印されていた霊力が、\n精霊たちに戻ってしまったのは、結界によるものではない」
  5530. 「……君の急激な体調不良と、その他の様々な要因が重なり合い、\n偶発的に起こってしまったイレギュラーであった可能性が高い」
  5531. 「それって……じゃあ……」
  5532. 「ま、さか……凜、祢……」
  5533. 「……園神凜祢という少女がどこから現れたのか……。\n君とどのような接点があったのかはわからない。\nだが、一つだけ確実なことは――」
  5534. 「あ……あ……」
  5535. 「凜、祢……」
  5536. 「……そうだ。〈ルーラー〉園神凜祢は、\n君を守るため……そのためだけにこの世界を作ったんだ」
  5537. 「あ……あ、あ……」
  5538. 「お――れ、……は……ッ、何にも……知ら、ないで……。\n凜祢に……なんて……。俺は……俺は……ッ!」
  5539. 「……それ以上は、やめてくれないか、シン」
  5540. 「――――っ、令音、さん……?」
  5541. 「……誰が彼女を恨もうが、誰が彼女を哀れもうが、構いはしない。\n……しかし、シン。君は、君だけは。彼女が命を賭して守った\n君だけは……彼女の決意を、汚さないでくれ」
  5542. 「……ッ!!」
  5543. 「……お願いだ、シン。園神凜祢は、ただ君を救おうとした\nだけだった。それに報いようとするのなら……お願いだ。\n後悔や謝罪ではなく……感謝を」
  5544. 「……は、い……ッ」
  5545. 「……ん、大丈夫そうだね。\n――なら、これは、君に渡しておくよ」
  5546. 「――え? これって……」
  5547. 「……新天宮タワーから君たちが脱出してきたとき、\n紛れていたものだ。中に何か入ってるようだが……\n心当たりはないかね?」
  5548. 「――――」
  5549. 「令音さん。あの、少しだけ……一人にしてくれませんか?」
  5550. 「……ん?」
  5551. 「……ああ、わかった。理由は聞かないよ。\n……だが、まもなく〈[凶禍楽園*エデン]〉の結界は完全に消えさり、\n世界は元の姿を取り戻すだろう」
  5552. 「……することがあるのなら、急ぎたまえ。\n――それでは、また会おう、シン」
  5553. 「はい……ありがとう、ございます」
  5554. 「……大事にするって約束しただろ、凜祢?\nだったら、責任持てよ……ちゃんと持っていけよ……!」
  5555. 「でないと……わかっちまうじゃねえか……朝、起こしてくれない\nって……嬉しそうに料理の味を聞いたりしてくれないって……\nおまえの笑顔は……もう見れないんだって……ッ!」
  5556. 「なんでだよ……なんでなんだよッ!?\nずっと俺の幼馴染だって……一緒にいたいって、\nそう言ってたんじゃなかったのかよ……ッ!」
  5557. 「凜祢ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ――――――――――ッ!!」
  5558. 「はぁい。それではホームルームを終わりまぁす。\nみなさん、気を付けて帰ってくださいねぇ」
  5559. 「おい十香、帰ろうぜ?」
  5560. 「うむ!」
  5561. 「なんか、ちょっと調子悪い気がするような……」
  5562. 「ん? 大丈夫かシドー?」
  5563. 「あー……風邪気味なのかも。\nそれより、十香こそ何事もなくて良かったよ」
  5564. 「すまん、シドー……無事で良かった」
  5565. 「いや、俺のことはいいんだ。……ちゃんとおさまったしな」
  5566. 「…………むぅ」
  5567. 「ほら、暗い顔するなって。そういうときこそ笑顔だ、笑顔」
  5568. 「う、うむ!」
  5569. 「そうそう、そんな感じだ」
  5570. 「……なあ、十香」
  5571. 「ん? どうしたのだシドー?」
  5572. 「なんか……変じゃないか?」
  5573. 「ん、なにがだ? 私は全然平気だぞ?」
  5574. 「違う違う。この景色っていうか、街っていうか……。\nなんか物足りない気が……っていうか、こんな感じだったっけ?」
  5575. 「……?」
  5576. 「いや……うーん、例えば……あっちの駅前の方にさ、\nこう天宮タワーとは別の……何か大きな建物とか、\nあったような?」
  5577. 「ん、そうだったか……?」
  5578. 「そ、そっか……そうだよな……悪い、変なこと言って。\nまぁ、いいや、たまにはどこか寄り道していくか?」
  5579. 「本当か!?」
  5580. 「おう。十香は行きた――」
  5581. 「そうか! ではシドー、行くぞ!」
  5582. 「あ、おい! ちょっと待てよ! 十香!?」
  5583. 「はぁ、全く……。でも、なんだ?\n何か……もう一つ、大事なことを忘れてる気がするな……」
  5584. 「すごく大切なもので……絶対に忘れちゃいけないもの……」
  5585. 「おーい! シドー、早く! こっちだ!」
  5586. 「あ、ああ! 今行くって!」
  5587. 「…………」
  5588. 「みんな……全てを忘れ……ううん、なかったことになった……。\n世界から私という異物が消え……すべて元通りになる……」
  5589. 「これで……これで良かったんだよね、士道?」
  5590. 「……?」
  5591. 「……あなた、は…………」
  5592. 「お疲れ様……あなたは立派に役目を果たしたわ……」
  5593. 「………………」
  5594. 「あとは、ゆっくりと眠りなさい……」
  5595. 「はぁい、皆さんおはよぉございます」
  5596. 「それでは、早速出欠を――」
  5597. 「あ、いけない。今日はみんなにお知らせがあるんでした」
  5598. 「ふふ、なんと今日、このクラスに転校生が来まぁす!」
  5599. 「おぉぉぉぉ! 俺の情報網にもまだ引っかかっていない。\n男か女か……どちらにせよ、熱い展開になること間違いなし!」
  5600. 「え……転校生……? 今の時期にか?」
  5601. 「さ、入ってきてー」
  5602. 「……!?」
  5603. 「みなさん、はじめまして。園神凜祢です。\nこれから、よろしくお願いします」
  5604. 「席は~……そうですねぇ。五河くんの隣が空いてましたね。\n園神さん、あそこです」
  5605. 「はい。わかりました」
  5606. 「……おかえり、凜祢」
  5607. 「ふふ……ただいま、士道」
  5608. 「と、十香! 今日もその……デートに行かないか?」
  5609. 「デェトだな! もちろんだ!」
  5610. 「はは、よかったよ」
  5611. 「む? 私がシドーの誘いを断るわけがない。\nシドーとのデェトはどこに行っても楽しいからな!」
  5612. 「そ、そうか……!」
  5613. 「それで、今日はどこへ行くのだ?\nまた商店街でうまいものか?」
  5614. 「いや、それは昨日したしな……」
  5615. 「ふむ……私はシドーと一緒ならどこでもいいぞ?」
  5616. 「なあ十香、覚えてるか?」
  5617. 「ん?」
  5618. 「……前に、水族館にデートしに行ったこと」
  5619. 「おお! 切り身ではない魚がたくさん泳いでいたところか!?」
  5620. 「う、うん……あの時はその……ドタバタして、\n十香とゆっくり回れなかっただろ?」
  5621. 「ん……あの日はなんというか……すごく寂しかったのだ……」
  5622. 「ご、ごめんな……」
  5623. 「あ、謝らなくてもいい……お腹の具合が悪かったのだろう?」
  5624. 「あ、ああ……」
  5625. 「だからこそさ、今日は……もう一度俺と、水族館に行こう。\nちゃんと回れなかったの、結構悔しくてさ……もちろん、\n十香が行きたくないなら別なんだけど……」
  5626. 「ん、私もシドーと行きたいぞ!」
  5627. 「ありがとな、十香。それなら決まりだ」
  5628. 「し、シドー……?」
  5629. 「うん? あ、やっぱり何か食べに行く方がいいか?」
  5630. 「そ、そうではない! きょ、今日の水族館はその……。\nどこにも行ったりしないのだな?」
  5631. 「ああ! ……ずっと一緒にいる。約束するよ」
  5632. 「そ、そうか! ならばよいのだ!」
  5633. 「はは、じゃあ、早速行こうか!」
  5634. 「うむ!」
  5635. 「何をキョロキョロしているのだシドー? 探し物か?」
  5636. 「や、日曜だからさすがに人の数が多いなと思って。\nこのぶんだと、水族館も平日の比じゃないくらい混んでそうだな」
  5637. 「ん、そうか……では――」
  5638. 「――っ!? と、十香!? いきなり手なんか握ってどうした?」
  5639. 「こう人が多くてははぐれてしまいかねんからな。\nこうしていれば大丈夫だろう?」
  5640. 「ああ……そ、そっか、そうだな」
  5641. 「うむ、では行くか!」
  5642. 「お、おう……」
  5643. 「ん? そんなにまじまじと見て、どうかしたのか?」
  5644. 「え、あ、いや……なんでもないなんでもない!\nちょっと急ごうか。イルカショーが始まっちゃうからな」
  5645. 「うむ! 楽しみだ!」
  5646. 「シドー! いよいよその、ショーというヤツが始まるのだな!」
  5647. 「ああ、前座はおしどり夫婦のペンギンショーらしいな」
  5648. 「『おしどりふーふ』? なんだそれは?」
  5649. 「ええっと……前に結婚の話をしたこと覚えてるか?」
  5650. 「う、うむ! す、好きな者同士がずっと一緒にいることを誓って暮らすことであろう?」
  5651. 「そうそう。おしどり夫婦っていうのは、\nその夫婦がずっと仲良しなままでいることだよ」
  5652. 「ぬ! そ、そうか……ならばシドーと――」
  5653. 「あ、始まったみたいだぞ!」
  5654. 「おお! 妙なのがヨチヨチ歩いてきたぞ!?」
  5655. 「みなさーん! お待たせしましたー!\nフンボルトペンギンのおしどり夫婦、\nハッちゃんとピーちゃんでーす!」
  5656. 「はい、二人ともご挨拶してくださーい! 二人合わせてー?\nハッピーでーす! …………えーっと……」
  5657. 「はいわかったわかった、わかりましたー。\nはいどうぞ! おいしいですかー?\nね? これでいいでしょー?」
  5658. 「はい、それじゃあ改めて! 二人ともご挨拶してくださーい!\nはいいきますよー! 二人合わせてー? ハッピーでーす!」
  5659. 「…………」
  5660. 「……お、おーい! ハッちゃーん? ピーちゃーん?\nお姉さんの話聞いていたかなー?」
  5661. 「聞いてないですねー? はーい! わかりましたー!\nお姉さん大事なこと忘れてましたー!\nこの二人、実は挨拶できないんでしたー!」
  5662. 「わははは! おいシドー!\nなかなか間抜けな生き物だな、ぺんぎんというやつは!」
  5663. 「そうだな。でも、常に一緒に行動してるところをみると、\n本当に夫婦みたいだな?」
  5664. 「ん! た、確かにそうだな……!」
  5665. 「はいはい! 二人とも、滑り台はやる気あるんですね?\nじゃあお姉さん、ここは気前よくご飯もたくさんあげちゃう!」
  5666. 「ん、滑り台はできるのか!?」
  5667. 「さあ! 夫婦仲良く滑ってもらいたいと思いまーす!」
  5668. 「はい! じゃあ、今度こそいきましょー!\n3! 2! 1! ゴー!」
  5669. 「あ、あらあら~……」
  5670. 「ああ……すっかり、落ち着いちゃいましたねー。\nまぁこんな日もありますよねー、あ、あはははは……」
  5671. 「ちなみにこのペンギンはフンボルトペンギンという種類ですー」
  5672. 「フンボルトペンギンは、一度夫婦になれば一生添い遂げる!\n……と、そう言われています。一途なんですね」
  5673. 「はい! ということで、ハッちゃんピーちゃんの\n『おしどりペンギンショー』でしたー!\nありがとうございましたー!」
  5674. 「な、なあ、シドー……?」
  5675. 「ん?」
  5676. 「わ、私も『おしどりふーふ』という奴になれるのだろうか?」
  5677. 「――っ!? や、それはまだ気が早いんじゃ……」
  5678. 「私は、この先もずっと……し、シドーと一緒にいたい。\n……駄目か?」
  5679. 「――ぅ! そ、そうか……お、俺は十香と……その……」
  5680. 「――!?」
  5681. 「みなさーん! お待たせしましたー!\n続きまして『ドルフィン・スプラッシュショー』のお時間でーす!当館自慢の賢いイルカさん! ご注目くださいねー!」
  5682. 「お……おお! また始まったぞシドー!」
  5683. 「あ、ああ……!」
  5684. 「さあ! まずはみなさんにご挨拶してくださーい!」
  5685. 「ぬう! すごいなシドー! イルカは人の言葉がわかるのか!?」
  5686. 「かなり頭がいい動物らしいからな。\nわかってもおかしくないんじゃないか?」
  5687. 「なるほど……そうなのか! それにしてもたいしたものだな!」
  5688. 「はーい! 上手にできましたねー!\n今日はみなさんに会えて、とても機嫌がいいようです!」
  5689. 「ああ、たくさんの拍手! ありがとうございますー!」
  5690. 「それでは拍手のお礼に、早速ですが、ちょっとサービスタイム!\nえー、みなさん! ちゃんと合羽は買いましたかー?」
  5691. 「シドー、『カッパ』とはなんだ?」
  5692. 「あ、ほら、最前列にいる子供たちが着てるやつだよ。\n水しぶきをかぶらないようにさ」
  5693. 「ん、そうか。私たちは身に着けてないが大丈夫なのか?」
  5694. 「た、多分……だって、他の人もそんなに買ってないみたいだし、\n言うほどたいしたことないんじゃ――」
  5695. 「それでは一発目のご挨拶です! はい!」
  5696. 「おおっ!?」
  5697. 「ぬぅ……っ!?」
  5698. 「うわッ!」
  5699. 「………………ん?」
  5700. 「……だ、大丈夫だったか、十香!?」
  5701. 「……はは……ははははははははっ! これは面白いなシドー!\nあっという間に濡れねずみにされてしまったぞ!?」
  5702. 「――っ!? と、十香! お、おまえ服が――!」
  5703. 「ぬ!? し、ししし、シドー! ど、どこを見ているのだ!?」
  5704. 「え!? や! 見てないよ!」
  5705. 「ほ、本当か!?」
  5706. 「ああ! ほ、本当に――」
  5707. 「んんッ!」
  5708. 「おわッ!?」
  5709. 「…………?」
  5710. 「……」
  5711. 「……わははははははははははっ! またやられてしまったぞ!\nショーというのは、油断ならぬものだな!」
  5712. 「わわ! と、十香! だから押さえてないと――」
  5713. 「――っ! み、みみみ、見るなシドー!?」
  5714. 「み、見てない見てない! 全然見てないっ!」
  5715. 「む、むう……っ!」
  5716. 「んぬっ!?」
  5717. 「ちょ! ま、またかよ!?」
  5718. 「……………………?」
  5719. 「――ぷっ! あはははははっ!」
  5720. 「む! シドー! な、なにがおかしいのだ!?」
  5721. 「ごめんごめん! だって十香だけずぶ濡れになってるからさ!\nちょうどいい席に当たっちゃったんだなって思って!」
  5722. 「ん? これが当たりなのか!?」
  5723. 「ある意味な。そこまで濡れたら、もう楽しむしかないだろ?」
  5724. 「ぬう……確かにざっぱーんとやられるのは面白いな……!\n早く次のざっぱーんが来ないか、楽しみになってくるな!」
  5725. 「はは、十香らしいや!」
  5726. 「ど、どういう意味だ!?」
  5727. 「あ、いや、何でもない何でもない!\nそれにしても濡れたなあ十香……ぷっははははっ!」
  5728. 「こ、こらシドー! 笑うな!\n私だって好きで濡れたわけではな――」
  5729. 「――へ、へくちッ……!」
  5730. 「お、おい! 大丈夫か!? 早く乾かさないと――」
  5731. 「ぷははははははは……ッ!」
  5732. 「ぷっ……はははははははッ!」
  5733. 「なあ十香……?」
  5734. 「……ん、なんだ?」
  5735. 「と、十香が俺とずっと一緒にいたいって……その、\n言ってくれただろ?」
  5736. 「うむ……」
  5737. 「それで……その返事になるかわからないけれど……。\nお、俺はその……十香と――!」
  5738. 「ん……?」
  5739. 「あ――ご、ごめん! すぐに切るよ……って琴里、か……」
  5740. 「……し、シドー?」
  5741. 「あ、ああ……!」
  5742. 「……十香、すまない! 琴里から連絡が入ったみたいだ」
  5743. 「連絡……?」
  5744. 「す、すぐ済ませるから、待っててくれ!」
  5745. 「あ、ああ……すまん」
  5746. 「て、『敵』……?」
  5747. 「……『敵』? 新天宮タワー……?\nちょっと待ってくれよ! 一体、なんの話だ?」
  5748. 「…………え?」
  5749. 「……っ……!?」
  5750. 「ああ……悪い。本当にどうかしてたみたいだ。\nさっきの話、本当なのか?」
  5751. 「じゃあ、あの 『ガーディアン』はそれを守るために?」
  5752. 「えっ!?」
  5753. 「……し、新天宮タワーが結界の中心……でも、おかしくないか?\nあれは街のシンボルで……」
  5754. 「なっ!? でも、おまえだってさんざん……」
  5755. 「意識を、操作……」
  5756. 「……!?」
  5757. 「……そ、そんな……!\nで、でもなんで……なんでそんなことを……!?」
  5758. 「え!?」
  5759. 「あ、ああ……いるけど……?」
  5760. 「そ、それはそうかもしれないけど……」
  5761. 「……わ、わかった」
  5762. 「ああ、わかってる!」
  5763. 「ん、どうしたシドー? 浮かぬ顔をして」
  5764. 「……十香。悪いが、デートは中止だ……」
  5765. 「ん……? なぜだ?」
  5766. 「今、天宮市に異変が起きてるのは、十香も知ってるだろ?」
  5767. 「うむ……」
  5768. 「ああ、その原因がわかったんだ……それで――」
  5769. 「行こう、シドー」
  5770. 「え……?」
  5771. 「何とかしなければ、こうしてもおれぬのだろう?」
  5772. 「あ、ああ……その通りだ」
  5773. 「なら、私は戦おう。私自身と……シドーのために」
  5774. 「ありがとう、十香!\n二人でなんとかして、琴里を驚かせてやろう!」
  5775. 「うむ! 行こう!」
  5776. 「ここにいるんだな? すべての元凶が……」
  5777. 「シドー、妙に人気がないな……?」
  5778. 「ああ……まだこんな時間帯なのに……静か過ぎるな」
  5779. 「ん、琴里か?」
  5780. 「だとしても……行くしかないだろ?」
  5781. 「わかった」
  5782. 「さあ……乗り込むぞ!」
  5783. 「シドー……敵に感づかれたかもしれん。\nそれでも正面から行くのか?」
  5784. 「俺たちに他に方法はないだろ?\n正々堂々と説得するしかない」
  5785. 「はは! シドーはやはりシドーだな?」
  5786. 「どういう意味だ?」
  5787. 「何でもない! では行くぞ!」
  5788. 「お、おう!」
  5789. 「――ッ!?」
  5790. 「おまえは、夢で……?」
  5791. 「誰だ……おまえは……?」
  5792. 「その結末は誰も望んでいないもの……」
  5793. 「誰も、望んで……いない?」
  5794. 「このまま、私の紡ぐ幸福の[微睡*まどろ]みの中にいてくれれば\n良かったのに……」
  5795. 「何を言って……」
  5796. 「こやつは……精霊、なのか……?\n本当に……私たちと、同じ?」
  5797. 「わからない……けど俺は、初めて会う相手じゃない」
  5798. 「……私はこの世界を統べる者。楽園の支配者。\n貴方たちのいう識別名を付けるならば、\n〈ルーラー〉といったところね」
  5799. 「だけど……どうせ知る意味のないこと……消えてもらうわ」
  5800. 「シドー、下がれ!!」
  5801. 「なるほどね……貴女に教えてあげる。\n自分がどれだけ愚かで脆弱な存在なのかを」
  5802. 「く、このままでは……!」
  5803. 「……十香!?」
  5804. 「押し切られる……ッ!!」
  5805. 「散りなさい」
  5806. 「ぐああぁぁぁっ!」
  5807. 「十香ッ!? おい! 話を、話を聞いてくれッ!」
  5808. 「……さようなら、五河士道。\nどうか、次こそは幸せな夢を」
  5809. 「ちゃんと、約束したのに……十香だけ、大切にするって……」
  5810. 「……よし!」
  5811. 「ん、琴里から連絡が来たのではないのか?」
  5812. 「あー、大丈夫だよ。大した用じゃないだろうから」
  5813. 「そ、そうか。なら良いのだが」
  5814. 「そんなことより十香! さ、さっきの続きだけど……」
  5815. 「ん……?」
  5816. 「お、俺も十香とずっと……ずっと一緒にいたい」
  5817. 「い、今だけの話じゃなくて……!\nこ、この先もずっと――!」
  5818. 「……っ! わ、私は、その……大食いだぞ?」
  5819. 「ああ! 十香と一緒に、もっといろんなものを食べに行きたい!」
  5820. 「私は、まだまだ知らないことばかりで……迷惑もたくさんかける。それでもか?」
  5821. 「ああ! これからもっといろんなものを、一緒に観に行こう!」
  5822. 「し、しかし私は……普通の人間ではないのだぞ?\n暴走だってするかもしれない……それでも……」
  5823. 「俺は十香のその力で何度も救われただろ?\nそれに……十香が暴走して危なくなったときは、\n俺が何度だって止めてやるさ」
  5824. 「……!」
  5825. 「苦しいこと、悲しいこと……楽しいこと、嬉しいこと――\nこれから起こる全てのことを、十香と一緒に感じていきたい」
  5826. 「おまえとずっと一緒に、歩いていきた――」
  5827. 「――んぐっ!」
  5828. 「ぐはっ!?」
  5829. 「……ぃ……い……」
  5830. 「と、十香……?」
  5831. 「――へくしゅッ!」
  5832. 「ああもう! ほら!」
  5833. 「ぷはははははははっ!」
  5834. 「お、おい十香……!」
  5835. 「シドー! 私はずっとシドーの傍にいるぞ!\n私とシドーは、さっきのペンギンと同じ……ええっと……」
  5836. 「おしどり夫婦、か?」
  5837. 「そうだ! 『おしどりふうふ』になるのだ!」
  5838. 「――っ!? あ、うん……そうだな!\n俺たちなら……十香とならきっと――」
  5839. 「へくしゅ……ッ!」
  5840. 「あぁ、十香!? マジで風邪引いちゃうから、\nちょっと離れよう! また濡らされちまう!」
  5841. 「うむ! そうだな! わははははははっ!」
  5842. 「今」
  5843. 「十香……大丈夫か?」
  5844. 「任せろシドー。私は剣の取り扱いなら一級品だぞ?」
  5845. 「確かにそうだな……ははっ」
  5846. 「うむっ! あはははは!」
  5847. 「楽しいな、シドー」
  5848. 「おう、みんな来てくれたからな」
  5849. 「嬉しいな、シドー」
  5850. 「ああ、幸せいっぱいだ」
  5851. 「シドー……?」
  5852. 「ん?」
  5853. 「呼んでみただけだ……ふふ」
  5854. 「そ、そうか……えーと、十香?」
  5855. 「なんだ、シドー?」
  5856. 「俺も呼んだだけだよ。ははっ」
  5857. 「そうか。なら……シドー?」
  5858. 「――愛しているぞ!」
  5859. 「お……おう! 俺も、愛してる」
  5860. 「うむ!」
  5861. 「十香?」
  5862. 「ん、なんだ?」
  5863. 「これからも、俺の隣にいてくれ」
  5864. 「うむ、任せろ! 私も不束者だが、よろしく頼むぞ?」
  5865. 「おう、任せろ!」
  5866. 「む! また私の真似をしたな?」
  5867. 「ははっ、駄目か?」
  5868. 「だ、駄目ではないが……」
  5869. 「はははは!」
  5870. 「ずっと一緒だぞ、十香。絶対幸せにする、約束だ」
  5871. 「うむ! 私とシドーはずーっと一緒だ!\n離れろと言われても、離れてはやらんからな!」
  5872. 「うーん………………ね……」
  5873. 「士道、さんっ!」
  5874. 「……ふぁっ!? な、なんだ!?\n敵か!? 敵襲か!?」
  5875. 「……って、なんだ、四糸乃か。\n朝早くから、どうしたんだ?」
  5876. 「か、考え、ましたっ!\n……よし、のんの……よしのんの、ために……できることっ!」
  5877. 「ほ、本当かっ!?」
  5878. 「はいっ!」
  5879. 「……四糸乃、おまえ……ずっと、それを考えて……?」
  5880. 「……はい」
  5881. 「あまり……寝てないんじゃないか?」
  5882. 「へ、平気です……よしのんの、ためだから……」
  5883. 「四糸乃……偉いな、驚いた」
  5884. 「そ、そんなこと……な、ない、です……」
  5885. 「いや、凄いよ。\n大切な友達のために……一生懸命、頑張ってる」
  5886. 「…………」
  5887. 「……よしのんのために出来ることっていうの、聞かせてもらっていいか?」
  5888. 「は、はい。え、えっと……。\nその……絵を……絵を描くこと、です……」
  5889. 「え……絵?」
  5890. 「はいっ! よしのんの……絵を描きますっ」
  5891. 「えっと……」
  5892. 「……いいんじゃないか?\n絵って、心がこもりやすいっていうしさ」
  5893. 「あ、あの……前に商店街で、見たこと……あるん、です。\n大切な人のために、絵を描く……って……」
  5894. 「ああ、そういうことだったのか。\nよしのん、絶対喜ぶぞ?」
  5895. 「ほ、本当、ですか?」
  5896. 「ああ、絶対だ」
  5897. 「……はいっ!」
  5898. 「じゃあ、絵を描く道具を用意しないと……何かあったっけ?」
  5899. 「ちょっと待ってろな、四糸乃。今持ってきてやるから」
  5900. 「……はいっ!」
  5901. 「………」
  5902. 「………」
  5903. 「……お、うまいじゃないか」
  5904. 「……ほ、本当、ですか……?\n私、もっとがんばり、ます!」
  5905. 「手伝わなくて大丈夫か?」
  5906. 「だ、だいじょぶ、です!」
  5907. 「そうか。ならいいんだ」
  5908. 「は、はい!\nこれは……わ、私がしなくちゃいけないことです、からっ!」
  5909. 「……おう、頑張れ」
  5910. 「……それじゃ、俺は行くな。\n完成、楽しみにしてるよ」
  5911. 「はいっ!」
  5912. 「………」
  5913. 「おーい、四糸――」
  5914. 「…………………」
  5915. 「……どうだ、四糸乃?\nそろそろ描き終わったか?」
  5916. 「……お、結構うまく描けてるじゃないか。\nで、四糸乃は……」
  5917. 「…………」
  5918. 「……ありゃ、寝ちゃったのか。\n慣れないこと、たくさん頑張ったもんな」
  5919. 「…………」
  5920. 「……なあ、よしのん。\nこんな良い絵が見れないなんて、おまえもかわいそうな奴だな……」
  5921. 「……早いとこ戻ってきてくれよ?\nこの絵が色褪せてからなんて、絶対に嫌だからな……」
  5922. 「ああ、そうだろ? 四糸乃ががんば……ん?\n――って、よ、よしのん……ッ!?」
  5923. 「お、おいっ、四糸乃!?\n起きろ、起きてくれッ!!」
  5924. 「……ん……なん、です……か……?」
  5925. 「…………」
  5926. 「……し、士道さん……ゆ、夢、ですよね?」
  5927. 「違う違う! 夢みたいだけど現実だ!\nよしのんが……よしのんが目を覚ましたんだ!」
  5928. 「…………あ……あ……。\n……よし、のんっ!」
  5929. 「……そ、そんなわけ、ないっ!」
  5930. 「よしのん……もう、いなくなったり、しないで……」
  5931. 「うんっ!」
  5932. 「ああ、そうだな!\n……って、あれ? 俺も!?」
  5933. 「……い、嫌な訳ないだろ?\n任せとけ。二人まとめて、面倒みてやるよ」
  5934. 「……あ、あの、士道さんっ!」
  5935. 「ん?」
  5936. 「この絵……か、壁に貼ってもいいですか……?」
  5937. 「ああ、四糸乃の描いた力作だしな。\n良く見えるところに貼ろうか」
  5938. 「お、あっちか……?」
  5939. 「あ、でも、私は……こっちの方が、よく、見えると……」
  5940. 「で、でも……」
  5941. 「……ははっ! ちゃんとお互いが納得するとこにしろよ?」
  5942. 「ううん、こっち……!」
  5943. 「……って、うぉ!?」
  5944. 「あ、いや……ちょっとな……」
  5945. 「あー、すまん……。\nえっと、琴里か……?」
  5946. 「……士道、さん?」
  5947. 「あ、ああ……」
  5948. 「四糸乃、よしのん。悪い、ちょっと待っててくれないか?」
  5949. 「……は、はい」
  5950. 「ああ……」
  5951. 「あ、ああ……すまん」
  5952. 「て、『敵』……?」
  5953. 「……『敵』? 新天宮タワー……?\nちょっと待ってくれよ! 一体、なんの話だ?」
  5954. 「…………え?」
  5955. 「……っ……!?」
  5956. 「ああ……悪い。本当にどうかしてたみたいだ。\nさっきの話、本当なのか?」
  5957. 「ああ」
  5958. 「そ、それは……」
  5959. 「わかるけど……」
  5960. 「……士道、さん」
  5961. 「四糸乃……」
  5962. 「……私にしかできないことが……あるんです、よね……?」
  5963. 「ああ……だけど……」
  5964. 「……私、行きますっ!」
  5965. 「でもっ、ようやくよしのんと会えたってのに……!」
  5966. 「士道さんが……教えてくれ、たんです」
  5967. 「……誰かが困ってるときに、支えてあげる……って」
  5968. 「……そうか。そうだな」
  5969. 「新天宮タワー……まさかここが『敵』の本拠地なんてな……」
  5970. 「……四糸乃、本当にいいんだな?」
  5971. 「大丈夫、です……士道さん、と一緒、ですし……」
  5972. 「……ありがとう。行くぞ、四糸乃!」
  5973. 「はい……士道、さん……!」
  5974. 「――ッ!?」
  5975. 「おまえは、夢で……?」
  5976. 「誰、ですか……?」
  5977. 「その結末は誰も望んでいないもの……」
  5978. 「誰も、望んで……いない?」
  5979. 「このまま、私の紡ぐ幸福の[微睡*まどろ]みの中にいてくれれば\n良かったのに……」
  5980. 「何を言って……」
  5981. 「この人、は……精霊、なんでしょうか……?」
  5982. 「わからないけど……俺は多分、会うのは初めてじゃない」
  5983. 「……私はこの世界を統べる者。楽園の支配者。\n貴方たちのいう識別名を付けるならば、\n〈ルーラー〉といったところね」
  5984. 「だけど……どうせ知る意味のないこと……消えてもらうわ」
  5985. 「士道、さん! 危ないっ!!」
  5986. 「なるほどね……貴女に教えてあげる。\n自分がどれだけ愚かで脆弱な存在なのかを」
  5987. 「え? ……ど、どうして!?\n動いて! 動いて〈[氷結傀儡*ザドキエル]〉!」
  5988. 「四糸乃……よしのん!!」
  5989. 「士道さ、ん……!!」
  5990. 「……散りなさい」
  5991. 「……!? きゃあぁぁぁぁぁっ!」
  5992. 「よしのぉぉぉぉぉ!!\nくそっ……なんだってんだよッ!」
  5993. 「……さようなら、五河士道。\nどうか、次こそは幸せな夢を」
  5994. 「ちゃんと、約束したのに……四糸乃だけ、大切にするって……」
  5995. 「おう。この辺でいいのか?」
  5996. 「わ、私は、もっと左、です!」
  5997. 「そんな、こと……ありません!」
  5998. 「まったく、ふたりとも強情だな……譲り合えないのか?」
  5999. 「はい……! 自分で描いた絵です、から!」
  6000. 「ははっ! 本当に仲良しだな、二人とも」
  6001. 「もういいかー?」
  6002. 「ちょ、ちょっと……待ってくださ、い……」
  6003. 「りょーかい」
  6004. 「……えーと、まだか?」
  6005. 「ま、まだ……です、けど……し、士道さん……\nた、助けてくださぁい……」
  6006. 「……ど、どうした!?」
  6007. 「……あ、あぅ……」
  6008. 「四糸乃、入るぞ?」
  6009. 「大丈夫か……?\nって……お、おいっ! なんて格好……!」
  6010. 「す、すいません……ひ、一人じゃ……着れなく、って……」
  6011. 「おいおい……」
  6012. 「あの……着替えるの……手伝って、もらえます、か……?」
  6013. 「い、いや、でも……」
  6014. 「だめ、ですか……?」
  6015. 「う……あー……わかった」
  6016. 「……わ、わかったから!\nほら、手を貸して……」
  6017. 「で、でも……よしのんには……前より、頼らなくなった……よ?」
  6018. 「士道さんは……いいんですっ!」
  6019. 「……そ、そうなのか?」
  6020. 「はいっ!」
  6021. 「は……はぅ……」
  6022. 「……ったく、言いたい放題だな……」
  6023. 「……ほら、終わったぞ」
  6024. 「……ど、どうですか?」
  6025. 「……え?\nあ、うん!\nす、すごく……似合ってるぞ、四糸乃」
  6026. 「えへへ……」
  6027. 「よしのん、あんまり茶化すな!」
  6028. 「……士道さん」
  6029. 「……ん?」
  6030. 「私……すごく幸せ、です……」
  6031. 「ん、ああ……」
  6032. 「俺も、すごく幸せな気分だよ」
  6033. 「……はいっ!」
  6034. 「五河くん、見っけ!」
  6035. 「……え?」
  6036. 「また誰かをたぶらかすつもりで歩き回ってるのね!?」
  6037. 「え? ええ?\nな、何を言ってるんだか、わからないんだけど……」
  6038. 「十香ちゃんというものがありながら、\n他の女にまで色目を使うなんて、ゼッタイに許さん!」
  6039. 「そうだ、女の敵!」
  6040. 「豚の餌!」
  6041. 「天誅ー!」
  6042. 「い、いや。知らないよ!」
  6043. 「なら早く、十香ちゃんの所に帰るがいい……」
  6044. 「な、なんなんだおまえらは……」
  6045. 「……げげ、あれは!?」
  6046. 「……ターゲット、発見!」
  6047. 「敵艦見ゆ! ヨーソロー!」
  6048. 「逃がさないよ、五河士道!」
  6049. 「ちょ、ちょっと待ってくれ。\nなんでそんなに俺を目の敵にするんだよ?」
  6050. 「私たちはね……十香ちゃんのために五河くんが浮気をしないよう\n見張る『いつかんしチーム』を結成したんだから!」
  6051. 「ええっ!? ……ってかおい、そのネーミングはどうにかならな\nかったのか……?」
  6052. 「うっさい! 心して聞け、五河士道!\nあんたが心に[邪*よこしま]な思いを描く時、私らが[颯爽*さっそう]と駆けつけ……必ず正義の鉄槌を下すからね!」
  6053. 「よくわからん! じゃ、俺はこれで!」
  6054. 「あ、待て、コラー!」
  6055. 「逃がすな! 追え!」
  6056. 「ひゃーーーーーッ!! なんでついてくるんだよぉ!?」
  6057. 「……!!\nあれは……!?」
  6058. 「おのれ、五河士道!\nわれらが『いつかんしチーム』の包囲網を抜け出すとは!」
  6059. 「早く見つけないと、またあの野獣が新たな犠牲者を毒牙に……!」
  6060. 「探せ! 一刻も早く見つけないと!」
  6061. 「……また、あいつら」
  6062. 「……残念、見失ったか」
  6063. 「また十香ちゃんを泣かす気か、あの野郎」
  6064. 「かわいそうな十香ちゃん……」
  6065. 「……でもさ、考えてみればあたしらも律儀な性分よね」
  6066. 「……そうかもね。\n自分のことも顧みず、ただ十香ちゃんの幸せを願って……」
  6067. 「人の恋路を応援するのにこの身を捧ぐ……。\nああ、なんて一途な乙女心!」
  6068. 「あたしたちって、ケ・ナ・ゲ……」
  6069. 「見つけたわよ、五河士道~!」
  6070. 「げっ、またおまえらか!」
  6071. 「逃げ場はないわよ、この浮気男!」
  6072. 「……うっ、浮気男っておまえらな……」
  6073. 「……さあ、私たちからのこのプレゼントを受けなさい」
  6074. 「プレゼント……?」
  6075. 「そうよ。十香ちゃんのために、天宮タワー展望台の\n入場ペアチケットをゲットしてきてやったの」
  6076. 「よ、余計なお世話だ!」
  6077. 「えーい、ジタバタするな!\nこのチケットで十香ちゃんをデートに誘うのよー!」
  6078. 「は、離せ!\nで、デートくらい、自分で誘うよ!」
  6079. 「……え?」
  6080. 「今、なんて……?」
  6081. 「十香ちゃんを自分でデートに誘うって……?」
  6082. 「あたしたちの誠意が通じたのね?」
  6083. 「あ、いや……でも、今日デートするのが十香とは……」
  6084. 「……なんですって!?」
  6085. 「……やはりこいつ、性根の腐った色魔野郎かっ!」
  6086. 「やはり、天誅が必要か!」
  6087. 「うわっ、やめろー!」
  6088. 「待てい、五河士道!」
  6089. 「……また、おまえらか!」
  6090. 「今日という今日は逃さないわよ!」
  6091. 「あんたみたいなナンパ野郎、ゼッタイに許せない!」
  6092. 「ナンパ野郎って……そんな記憶がないんだが?」
  6093. 「トボけなさんな!\nあんた、よその学校の女子生徒とデートしてたじゃない!」
  6094. 「し、知らねえよ!」
  6095. 「いやいや、あたしは、なんか年上の美人OLと一緒に\nホテル街入ってくの見たって聞いた!」
  6096. 「ぬ、濡れ衣だろっ!」
  6097. 「私は、十歳くらいの女の子の手を引いて裏山に……!」
  6098. 「それは完全に犯罪じゃねえか!」
  6099. 「そうだ、このロリコン野郎! そこに直れいっ!」
  6100. 「ちょ、ちょっと待て! 証拠はあるのかそれ!\n俺には全くそんな記憶がないんだが、一体いつの話だよ!?」
  6101. 「昨日!!」
  6102. 「……はい?」
  6103. 「……えっ?」
  6104. 「どういうことだよ?\n俺は一人しかいないんだぜ?\n一日にそんなに何人も同時デートなんかできるわけないだろ!」
  6105. 「……おかしいわね~、記憶違い?」
  6106. 「……言われてみると、なんだか記憶が曖昧な気が……」
  6107. 「もしかしたら、あれは青春の幻影……?」
  6108. 「う~ん……」
  6109. 「神無月さん……?」
  6110. 「これは、士道くん。\n〈フラクシナス〉に御用ですか?」
  6111. 「ちょっと現状について聞いておこうかと……琴里はいますか?」
  6112. 「いえ、司令は席を外しておられます。\n私で良ければ、質問にお答えいたしますよ?」
  6113. 「えっと……じゃあ、神無月さんは何してるんですか?」
  6114. 「……ちょっとしたシミュレーション中です……」
  6115. 「シミュレーション……? 今、そのモニターの中にフリルの\nついた服を着た女の子の絵が見えたような気がしたんですが……」
  6116. 「ハハハ、嫌だなあ、士道くん。目の錯覚ですよ……」
  6117. 「……そうですか、見なかったことにしておきます」
  6118. 「あれ……神無月さん?」
  6119. 「おや、士道くん。\n君もお買い物ですか?」
  6120. 「ええ、まあ……神無月さんも買い出しですか?」
  6121. 「そうです、必需品の補給ですよ」
  6122. 「へえ、補給はもっと体系化されてるんだと思ってました。\nまさか、こんな近所で買い物するなんて……」
  6123. 「大半の物資は〈ラタトスク〉経由で補給されるんですが、\nどうしても自分の足で買いに行かねばならないものも\nあるんですよ」
  6124. 「それって……」
  6125. 「もちろんこれですよ! 今日発売の新作恋愛ゲーム\n『学園探偵団スキャンティーズ』の初回限定版ですよ!」
  6126. 「……ああ、なるほど……」
  6127. 「特にショップ限定特典のクリアホルダーのイラストが、\nこの機を逃すと二度と手に入らないかもしれないという……!」
  6128. 「……ああ、いけない! こんな所で時間を潰していたら、\n列が伸びてしまう! それでは士道くん、失礼しますよ!」
  6129. 「……はあ、がんばってください」
  6130. 「うわ! ……あれ、ここは?」
  6131. 「やあ、これは士道くん」
  6132. 「ん? ……なにしてるんですか? みんなで寄り集まって?」
  6133. 「……いや、実はみんなでちょっと賭けをしていまして……」
  6134. 「賭け……?」
  6135. 「ええ、司令の今日の下着の柄は何かと……」
  6136. 「げっ! なに、[他人様*ひとさま]の妹を賭けの対象にしてるんですか!」
  6137. 「私は、今日は縞柄の気分ではないかと思うんですが……。\n士道くん、実兄の意見としてはいかがです?」
  6138. 「知りませんよ! 第一、賭けが成立したとして……。\n一体どうやって確かめる気ですか!?」
  6139. 「それはもう、命をかけた勇者が皆を代表して……」
  6140. 「……生きて帰れませんよ?」
  6141. 「……それはもう、願ってもないっ!!」
  6142. 「……ダメだ。この人は、やっぱりダメだ……」
  6143. 「……あれ、神無月さん?\n珍しいですね、地上で会うなんて」
  6144. 「ああ、士道くん……。\n実は、司令に緊急の連絡があったのですが……」
  6145. 「琴里なら、まだ帰ってないみたいですよ。\n〈フラクシナス〉で待ってた方が会えるんじゃないですか?」
  6146. 「ああ、確かにそうですね……」
  6147. 「…………」
  6148. 「……どうかしました?」
  6149. 「……この家には司令の部屋が……あるんですよね?」
  6150. 「そりゃまあ。当然と言えば当然ですけど……」
  6151. 「……ちょっと、覗かせていただけませんでしょうか?」
  6152. 「な、何を言い出すんです!? ダメに決まってるでしょ!?」
  6153. 「そこを何とか! 司令の普段の生活を把握しておくことは、\n副司令として当然の……!!」
  6154. 「ダメったらダメです! いいから帰れ!!」
  6155. 「……士道くん、いけず……」
  6156. 「なんか俺の周りこんな人ばっかりだな!?」
  6157. 「――うわッ!」
  6158. 「……ん、なんだかブリッジが慌ただしいな?」
  6159. 「神無月さん……どうかしたんですか?」
  6160. 「ああ、士道くん……ちょっとした事件がありましてね」
  6161. 「事件……?」
  6162. 「ええ、天宮市に新しく建造されたタワーの件でね」
  6163. 「ああ、新天宮タワーのことですか……」
  6164. 「はい、実は昨夜、あのタワーの記録を調べてたんですが……。\nおかしいんですよね」
  6165. 「な、なにかわかったんですか!?」
  6166. 「いいえ、その逆です」
  6167. 「はい……?」
  6168. 「……〈フラクシナス〉のコンピュータには、天宮市はおろか、世界中のあらゆる建造物のデータが入力済みのはずなんですが……新天宮タワーの記録がどこにも見当たらなかったんです……」
  6169. 「え!? それは……まだ建ったばかりだから、\n入力するの忘れてた……ってわけじゃないんですよね?」
  6170. 「初めは私もそれを疑いました。\nしかし、我々がそんな凡ミスをするはずがありません……」
  6171. 「仮に考えられるとしたら……」
  6172. 「したら?」
  6173. 「私が司令の画像を編集していた際、興奮しすぎてコーヒーを\nコンソールにぶちまけてしまったことがあるのですが……\nあの時点で、異常が起こっていたとは考えにくい……」
  6174. 「それ、絶対怪しいですよ!\nてか、なんで画像編集なんてしてるんですか!?」
  6175. 「あっはっは。大したことではありませんよ」
  6176. 「そういう問題じゃねぇ!」
  6177. 「まぁ、今度お見せしますよ。楽しみにしていてください」
  6178. 「いや、結構です……」
  6179. 「……あれ?」
  6180. 「……やあ、シン……」
  6181. 「何してるんですか? こんな所で」
  6182. 「……いやなに、準備室に一人でいるとどうも眠くてね……」
  6183. 「そう言えば令音さん、いつも眠そうですもんね。\n少し仮眠の時間を取った方がいいんじゃないですか?」
  6184. 「……いや、そのような時間もないし、例えあったとしても……。\n眠れないだろうね」
  6185. 「どうしてですか?」
  6186. 「……秘密だ。今はね……」
  6187. 「はあ……」
  6188. 「令音さん……?」
  6189. 「……やあ、シン。\n琴里を見かけなかったかね?」
  6190. 「今日も普通に登校して行きましたけど……何か用ですか?」
  6191. 「……うむ。琴里に先日の〈フラクシナス〉での検査の結果を教える約束をしていたのだが、すっかり忘れているらしくてね」
  6192. 「……次のスケジュールも詰まっているし、早く渡さなければ\nいけないのだが……」
  6193. 「……どうせ待ってれば、令音さんの所に行くんじゃないですか?」
  6194. 「……それもそうだね。\n来てから渡せばいいだけの話か……では、私は失礼するよ」
  6195. 「あ、はい……お疲れ様です」
  6196. 「……シン、ちょっといいかな?」
  6197. 「令音さん? 何ですか?」
  6198. 「……実は、今回の異変を調査中の〈フラクシナス〉から、\n関係者各位に注意事項の伝達があってね」
  6199. 「なんだか、非常事態宣言みたいなことに……」
  6200. 「……とりあえず、君にもそのプリントを渡しておくので、\n読んでおいてくれると助かる」
  6201. 「はい。\n……えーっと」
  6202. 「幼馴染ルートのフラグの立て方……?\nデートスポットのチェックを怠らず、\n水族館へは必ず誘うべし……」
  6203. 「……何ですか、これ?」
  6204. 「……ああ、間違えた。現在〈フラクシナス〉で開発中の\nギャルゲーの攻略メモを持ってきてしまったようだ」
  6205. 「いつも何やってんですか、一体!」
  6206. 「……仕事だが?」
  6207. 「あ、いや……それはそうかもしれないですけど……」
  6208. 「あれ、令音さん……」
  6209. 「……ああ、シン。何をしているんだい?」
  6210. 「……相変わらず、俺の名前を覚えてくれるつもりはないんですね。\n俺の名前は士道だって、何度言ったら……」
  6211. 「……あ、ああ、そうだったな……それについては謝るよ、シン」
  6212. 「あー……もういいです……」
  6213. 「ん? 令音さん……?」
  6214. 「……おお、シン。ちょうどよかった」
  6215. 「どうしたんです? キョロキョロして……」
  6216. 「……ああ、実は今回の異変の調査で、〈フラクシナス〉の\nクルーも街中を歩きまわって実地調査をしているのだが……」
  6217. 「令音さんまで動員されてるんですか……学校の仕事もあるのに、\n相当大変みたいですね」
  6218. 「……まあ、たいしたことではないよ。\nだが……慣れぬ街中でどうにも迷子になってしまったようでね」
  6219. 「迷子って……俺でわかる所なら教えますよ」
  6220. 「……うむ、助かるよ。\n実は……〈フラクシナス〉に戻りたいのだが……」
  6221. 「わかりませんよ!\n……って、なら〈フラクシナス〉に連絡取ればいいじゃないですか!」
  6222. 「……おお、そうか。その手は考えつかなかった」
  6223. 「そうか、じゃないですよ!\n頼みますよ、もう……」
  6224. 「あれ……何か見たことのある機械……って、これ折紙の!?」
  6225. 「え、あ、ち、違いますッ!」
  6226. 「は、はあ……五河士道っていいます」
  6227. 「え!? い、いやいやいや、別に彼氏じゃないですって!\nそれに、これはここに落ちてただけで……。\nこれ、陸自の備品か何かですよね?」
  6228. 「あ……」
  6229. 「あ、名前は聞いたことあるような……」
  6230. 「……折紙のことで、何か連絡があったんですか?」
  6231. 「わかりました。折紙に届けておきます」
  6232. 「いえ、俺は何も……」
  6233. 「はい、それは、わかってます」
  6234. 「……え、あ……はい。わ、わかりました」
  6235. 「……おや、あれは……ASTか?」
  6236. 「……ん? 誰だ!?」
  6237. 「と、通りかかっただけです!」
  6238. 「ああ、なるほど……。\nすみません。この辺りで危険物が発見されたらしくて、\nちょっと立ち入り禁止なんです」
  6239. 「危険物……ですか?」
  6240. 「あ……ああ、はい……。\n少しの間ですから、用があったらお待ちいただけますか?」
  6241. 「あ、いや、大丈夫です! 帰ります!」
  6242. 「あ、折紙のやつ、また忘れてるな……」
  6243. 「すみません、人違いです!」
  6244. 「……まあ、いつも通りというか、元気でやってると思いますよ」
  6245. 「そうなんですか……早く退院できるといいですね」
  6246. 「あ、タマちゃ……いや、先生。さようならー」
  6247. 「……あ、五河くん」
  6248. 「……はい、何ですか?」
  6249. 「体の方は、もう大丈夫ですかぁ?」
  6250. 「あ……ご心配おかけしましたが、もうすっかり」
  6251. 「そうですかぁ、それは何よりです。\n最近、五河くん、勉強にもあまり身が入らないみたいなので、\n心配してたんですよぉ」
  6252. 「元気になったのなら安心です。\nお勉強の方も、がんばってくださいねぇ」
  6253. 「は、はあ……」
  6254. 「……あっ」
  6255. 「す、すみません……あれ、先生?」
  6256. 「ああ……しゃ、写真が……!」
  6257. 「すみません、俺、拾います」
  6258. 「ああ、触っちゃダメですぅ~!」
  6259. 「え……?」
  6260. 「じ、自分で拾います、からぁ……」
  6261. 「せ、先生……それ、もしかして……。\nお見合い写真……?」
  6262. 「ち、ちが……違いますよぉ~!」
  6263. 「…………」
  6264. 「…………」
  6265. 「……秘密……ですよ? いいですね?」
  6266. 「……は、はい」
  6267. 「……あの……五河くん?」
  6268. 「……え? ああ、先生。\n何か用ですか……?」
  6269. 「あの……その……。\nえっと、ですね……」
  6270. 「……?」
  6271. 「……あの、五河くん?\n……この間、なんか男の人と話してましたよね?」
  6272. 「男の人……?」
  6273. 「ええ……なんだか髪が長くて……ちょっとイケメンって感じで、\nなんだか爽やかそうな……」
  6274. 「……?\nもしかして……神無月さんのこと、ですか……?」
  6275. 「か、神無月さんって言うんですか……?\nあの人、五河くんのお知り合いなんですかぁ!?」
  6276. 「いや、ちょくちょく話したりはしますが……。\n知り合い……あー、まあ、そういうことにはなるかな……」
  6277. 「そうなんですかぁ!」
  6278. 「……!\nダメです、先生!」
  6279. 「……えっ?」
  6280. 「やめましょう、あれだけは!\nゼッタイにおすすめしません!」
  6281. 「あ、あの……その、私はそんなつもりでは~」
  6282. 「見かけに惑わされちゃいけませんよ、先生!」
  6283. 「……は、はぁ」
  6284. 「……あれ、タマちゃ……先生だ」
  6285. 「……あ、五河くん」
  6286. 「先生、どうかしたんですか?\nなんか浮かない顔をしてますよ……」
  6287. 「実はぁ……鳶一さんのことが、ちょっと心配でぇ……」
  6288. 「折紙が……?」
  6289. 「最近、ちょっと元気がないじゃないですかぁ」
  6290. 「……そう、ですか?」
  6291. 「以前は、なにかあればすぐ夜刀神さんとデッドヒートするくらい\n元気だったのに……。\n最近は、なんだかおとなしいじゃないですかぁ」
  6292. 「そ、そうですかね……」
  6293. 「クラスの生徒の元気が無いと、先生、心配ですぅ……」
  6294. 「へぇ……」
  6295. 「……なんですぅ、その目はぁ?\n『たまには先生らしいことも言うんだ』\nみたいなこと考えてますねぇ?」
  6296. 「あ……当たりです。\nさすが、先生ですね」
  6297. 「もおーっ!\n私だって、教師なんですからぁ!」
  6298. 「は、はい。すいません」
  6299. 「……あ、五河くん」
  6300. 「あ、先生、どうも」
  6301. 「今日はもうお帰りですかぁ?」
  6302. 「はい。ちょっと用もあるので……」
  6303. 「どこか寄り道していくんですかぁ?」
  6304. 「……あー、まあ……そうするかもしれません」
  6305. 「そう言えば、五河くんはもう新天宮タワー見に行きましたかぁ?」
  6306. 「ええ、外からだけなら、結構遠くからでも見えるので」
  6307. 「そうですよねぇ、なにしろ街のシンボルですからね」
  6308. 「そうですね。あはは」
  6309. 「…………!」
  6310. 「……?\nどうかしましたか?」
  6311. 「……前にもなんか、こんな話を五河くんとしませんでしたっけ?」
  6312. 「タワーの話を?\nそりゃまあ、話題に出たことはあったかもしれないですけど……」
  6313. 「いえ……そうじゃなくてー。\nこの場所、こんな時間に、全く同じような会話を……」
  6314. 「なんです、それ……?」
  6315. 「ええっと……で、でじゃ……」
  6316. 「デジャヴ……ですか?」
  6317. 「……そうそう、そんな感じなんですー。\nなんか、同じことを繰り返し見せられてるような……」
  6318. 「繰り返し……?」
  6319. 「……あ、気にしないでください。\n私の思い込みかもしれないので……」
  6320. 「それじゃ五河くん、気をつけて帰ってくださいねぇ」
  6321. 「……あ、はい」
  6322. 「おう、五河!」
  6323. 「……ああ、殿町か」
  6324. 「今日だが……暇なら一緒にどこか遊びに行かないか?」
  6325. 「あ、ああ……ええっと……」
  6326. 「……すまんな。俺、ちょっと用があって……」
  6327. 「なんだよ、ベストカップル第2位のパートナーである俺の誘いを\n断って行かなきゃならない用って、何なんだよ?」
  6328. 「ば、馬鹿……誤解を招くような言い方すんな!」
  6329. 「最近、おまえ付き合い悪いぜ?\n一人だけモテるようになったからってよ……」
  6330. 「わ、悪いな……それじゃ、また!」
  6331. 「おーい、五河ー!」
  6332. 「お……殿町。今帰りか?」
  6333. 「ああ。実は、これから新天宮タワーに行ってみようと思ってさ」
  6334. 「新天宮タワー?\nまだ開業してないんじゃなかったか?」
  6335. 「馬鹿だな、おまえ。\nデートスポットのリサーチは開業してからじゃ遅いんだよ!」
  6336. 「そ、そういうものか……」
  6337. 「なにしろ、校内女子の『彼氏とデートに行きたいスポット』でも、早くもナンバー1なんだぜ!」
  6338. 「はあ……」
  6339. 「……と言うわけで、今日の俺は忙しいから、\nおまえの相手をしてるヒマはないのだ」
  6340. 「ないのだって……相手してくれって言った覚えもないけど……」
  6341. 「言ってみたかったんだよ!\nほっといてくれ!」
  6342. 「あ、ああ……悪かった……」
  6343. 「五河なんか、大っ嫌いだ~!」
  6344. 「…………」
  6345. 「……五河~」
  6346. 「……げ、殿町!」
  6347. 「……フフフ、何を怯えているのかね?」
  6348. 「い、いや、別に……怯えてなんか……」
  6349. 「今日もコソコソと一人抜けだそうなんて……。\nデートだな!? また今日も誰かとデートなんだろうっ!?」
  6350. 「あ、いや……そんなわけじゃ……」
  6351. 「おまえばっかり、不公平だ! 今日は、俺もついていく!」
  6352. 「……ちょ、ま、待ってくれ!」
  6353. 「嫌だね! 今日は絶対ついていって、\n俺もお相伴にあずかるんだ!」
  6354. 「お相伴って、おまえ……。グループデートじゃあるまいし、\n向こうも一人しかいないんだぜ?」
  6355. 「……うっ」
  6356. 「……考えてもみろ。俺と彼女が仲良くやってる中、\nおまえには相手もなく……ますますみじめになるだけじゃないか」
  6357. 「ち、ちくしょう……。\n五河なんか……大っ嫌いだ~!!」
  6358. 「……ふぅ。なんとか追い払えたか」
  6359. 「……あれ、殿町?」
  6360. 「……なんだ、五河か」
  6361. 「……どうしたんだ?\nなんか、やけに元気がないじゃないか……」
  6362. 「……俺さ、なんか悟っちゃったんだよな」
  6363. 「悟ったって……何が?」
  6364. 「今のご時世さ、いつ何が起こるかわからないわけだろ?\n明日にでも大きな空間震でも起きりゃ、みんな仲良くあの世行きだ」
  6365. 「な、何を……」
  6366. 「どんだけ頑張って彼女を作ったって、どんなに幸せなカップルに\nなれたって、死んだらそれでおしまいじゃないか……」
  6367. 「……おい、殿町。一体、どうしちゃったんだよ?」
  6368. 「……なあ、五河。おまえもそうやって彼女何人も作ったって、\nあの世には連れていけないんだぜ?」
  6369. 「……え、えっと」
  6370. 「……だから! だからさ!\n一人でいいから、俺に分けてくれよ!」
  6371. 「……なっ!?」
  6372. 「イヤだー! 独り身のまま死ぬのはイヤだー!\n五河ー、俺にもお裾分けしてくれよー!」
  6373. 「い、いつもの殿町だ……最低だ……」
  6374. 「……五河」
  6375. 「うわっ!\n……殿町か。驚かすなよ」
  6376. 「五河……俺、気付いちゃったんだ」
  6377. 「……な、何を?」
  6378. 「この世界はさ……所詮、幻なんだ」
  6379. 「は? な、何を言ってるんだ?」
  6380. 「……考えてもみろよ。\nこの世界って、何もかもおまえに都合よく出来すぎてると……。\nそう、思わないか?」
  6381. 「はあ?」
  6382. 「かわいい女の子は、みんなおまえの周りに集まってきて、\n俺はそれを見て羨むだけ……」
  6383. 「…………」
  6384. 「つまり……この世界は、おまえが主人公のギャルゲーなんだよ!」
  6385. 「な、何を言ってるんだ、おまえは!\nわけわかんないにもほどがあるだろ!」
  6386. 「よこせー! 俺にも彼女を一人、よこせー!\nさもなくばおまえが俺と付き合えー!」
  6387. 「は、離せ!\nつか明らかにおかしいだろ後半!」
  6388. 「あ、待て、五河! 五河ーっ!!」
  6389. 「し、シドー……ッ!?」
  6390. 「と、十香ッ!」
  6391. 「し、シドー……に、逃げろ……ッ!」
  6392. 「んなわけにいくかッ!」
  6393. 「――くッ!」
  6394. 「き、来てはダメだ……一緒にいては……シドーまで……」
  6395. 「おまえが、俺を拒んでも――」
  6396. 「俺は、絶対……おまえを一人になんか――」
  6397. 「シドー……! おまえを……こ……したく……ない――ッ!」
  6398. 「――と、十香ッ!」
  6399. 「シ――、ドー……ッ!」
  6400. 「十香ぁぁぁぁぁあああああああ――ッ!!」
  6401. 「シドォォォオオオオオーーーーーーーーーーーーッ!!」
  6402. 「……ずっと、あなたを、見ているから――」
  6403. 「…………始まる」
  6404. 「閉じられた日々が、再び……」
  6405. 「……全ては、もう一度繰り返す……」
  6406. 「私は……〈[凶禍楽園*エデン]〉での幸福な日々を……。\n守り続けねばならない……」
  6407. 「けして――〈[凶禍楽園*エデン]〉の管理に問題があってはならない。\n夢を終わらせてはならない。\nそれだけは、許されない……」
  6408. 「――始まった……。全てをふりだしに戻して……」
  6409. 「シ、ドー……?」
  6410. 「十香……」
  6411. 「シドー! シドー! シドー……ッ!」
  6412. 「――んぐっ!?」
  6413. 「……と、十香! ……く、苦しい!」
  6414. 「ぬ!? す、すまんシドー……ッ!」
  6415. 「――ぷはっ! ……ゼェ……ハァ……ゼェ……ハァ……」
  6416. 「どうしたのだシドー? やはりまだ……体調が優れぬのか?」
  6417. 「……いや、そうじゃなくて、一体なにがなんだか――」
  6418. 「ん……?」
  6419. 「……こ、こういうときは――ふむ、なるほど……」
  6420. 「……と、十香?」
  6421. 「よ、よし……! し、シドー! そこでじっとしていろ!」
  6422. 「――は……はい? どういうことだよ、十香?」
  6423. 「いいから動いてはならん! シドーを治すためには……そ、添い寝が必要なのだろう?」
  6424. 「――ちょ、ちょっと待てッ!?」
  6425. 「ん、どうしたのだ?」
  6426. 「どうしたじゃない! 何やってんだ十香!?」
  6427. 「ん? シドーは具合が悪いのではないのか?」
  6428. 「や、確かに体のあちこちが痛む感じはするけど――」
  6429. 「な、ならばやはり体を温めねば! 温める大事! 超大事!」
  6430. 「おい!?」
  6431. 「温めるなら抱き合わなければならないのだ!\n……は、裸で……」
  6432. 「――ちょッ、十香!? ストップストップ!\n頼むから落ち着いてくれ!」
  6433. 「な、なぜ拒むのだ、シドー……。\n私ではシドーを温めることもできない、そう言いたいのか……」
  6434. 「そ、そういう問題じゃなくてだな――」
  6435. 「士道、目覚めたの……ッ!?」
  6436. 「よ、よお、琴里!」
  6437. 「……」
  6438. 「……?」
  6439. 「――全く、また一人で無茶して……」
  6440. 「琴、里……?」
  6441. 「……お、俺、また何かやらかしたのか?」
  6442. 「シドーではない……私のせいなのだ。すまない……」
  6443. 「ど、どういうことだ?」
  6444. 「な……! まさかシドー、覚えていないのか?」
  6445. 「あ、ああ。全然思い出せん――」
  6446. 「……」
  6447. 「……よかった。いつも通りみたいじゃない。\n物覚えが悪いところもいつもの士道ね」
  6448. 「む……わ、悪かったな!」
  6449. 「そろそろ病院を予約した方がいいのかしら?\n先天的なものだし、もう手遅れでしょうけど」
  6450. 「しなくていいわッ!」
  6451. 「ま、思ったより元気そうで何よりだわ。\n……ところで――」
  6452. 「ん?」
  6453. 「病み上がりだってのに十香とベッドで何しようとしてたのよ?」
  6454. 「い、いや、これは十香が俺を心配してだな――!」
  6455. 「あー、やだやだ。\n思春期の青い[性衝動*リビドー]を抑えきれなかったのを人のせいにするなんて」
  6456. 「話聞けよッ!」
  6457. 「冗談よ。……十香、この阿呆兄ならもう大丈夫だから、\n安心なさい」
  6458. 「そ、そうなのか!?\nしかし、さっきは添い寝をした方が早くよくなると琴里が言っていたではないか」
  6459. 「そうね……十香がしたかったら、してもいいと思うけど?」
  6460. 「お、おい琴里――ッ!」
  6461. 「ぬ! し、シドーが早くよくなるなら私は――」
  6462. 「――や、十香! もう大丈夫だから! その気持ちだけで十分\n元気になったから! うん! ありがとう!」
  6463. 「シドー……本当か?」
  6464. 「ああ、本当に本当だ!」
  6465. 「……ぬぅ……」
  6466. 「ん? どうかしたか?」
  6467. 「いや、なんでもない。シドーが大丈夫ならよかったのだ!」
  6468. 「で……そろそろ教えてくれよ。一体何があったんだ?」
  6469. 「何よ、本当に何も覚えてないわけ?」
  6470. 「ああ、さっぱり……」
  6471. 「……頭の検査だけはした方が良いかしらね、やっぱり」
  6472. 「うぐ……」
  6473. 「……し、士道、さん……っ!」
  6474. 「お、おう! 四糸乃も来てたのか?」
  6475. 「あ……っ、あの、本当に大丈夫……なんですか?」
  6476. 「ああ、心配いらないらしいぞ! 頭以外は!」
  6477. 「と、十香……」
  6478. 「ん?」
  6479. 「いや……まあ、いいけどよ」
  6480. 「無事で……よ、よかったです……っ!」
  6481. 「頭はスルーなのか……」
  6482. 「あ……! 悪い悪い、よしのんもいたな」
  6483. 「ごめん、四糸乃と話していたらすっかりな」
  6484. 「……気分はどうだい、シン」
  6485. 「れ、令音さん……!? か、顔! 顔が……近いですって!」
  6486. 「……ん?」
  6487. 「……シン、病み上がりなのだから、まだあまり無理をしては――」
  6488. 「ちょ! れ、令音さんッ!?」
  6489. 「……ああ、すまんね。最近、寝不足が続いてるんだ」
  6490. 「知ってますよ! てか令音さんこそ、休んだ方がいいんじゃ……」
  6491. 「……心配はいらない。それよりシン、これを飲みたまえ。\n〈フラクシナス〉の医務官から処方してもらったものだ。\n低下した体力を回復してくれるだろう」
  6492. 「え、あ、はい。ありがとうございます……って、そうだ、令音さん!」
  6493. 「……ん、どうしたのかね? 突然大きな声を出して」
  6494. 「いや、どうもこうも!\nこの状況、一体全体どうなってるんですか!?\n説明してくださいよ!」
  6495. 「目が覚めたらいきなり十香が抱きついてくるし! 琴里や四糸乃も部屋に押しかけてくるし! 薬で体力回復って!? もしかして俺、なんかやばい病気にでも――っ!?」
  6496. 「(んー! んー!)」
  6497. 「どう、少しは落ち着いた?」
  6498. 「ほ、ほとひぃっ! な、なにふぉッ!」
  6499. 「ぷはっ――ッ!」
  6500. 「……大丈夫かね、シン?」
  6501. 「す、すみません! こ、これは違うんです! ――お、おい琴里!いきなり押すなよ! お、おかげで令音さんの胸に……」
  6502. 「あなたがパニックになりそうだったから、特効薬を使ってあげたのよ。何か文句ある?」
  6503. 「もっ、文句も何も! 令音さんの胸を勝手に特効薬代わりにするなよッ!」
  6504. 「……それでシンが落ち着くのなら、私は構わんが?」
  6505. 「へ……?」
  6506. 「令音はああ言ってるけど? なんならもう一回おかわりしとく?\nそうしたそうな顔してるわよ、士道」
  6507. 「あ、や、もう大丈夫ですので……あ、ありがとうございます!」
  6508. 「――って言ってる場合じゃなくて! いい加減状況を説明してくれよ!」
  6509. 「説明も何も……士道、あなたホントに何にも覚えてないの?」
  6510. 「え? あ、ああ……」
  6511. 「……ま、三日も寝込んでたらボケちゃってるのも無理ないかしらね」
  6512. 「――なッ!? ちょ、ちょっと待て!\n三日!? 今、三日って言ったか!?」
  6513. 「言ったわよ。令音、このくるくるぱーの愚兄に説明してあげて」
  6514. 「……シン、君は〈フラクシナス〉の医務室で眠り続けていたのだよ。三日もの間、ずっとね」
  6515. 「容体が安定して医務官から許可が下りたから、\n今朝自宅に戻したの」
  6516. 「本当、大変だったわよ……十香は自分のせいだって大泣きするし、四糸乃もそれに釣られて暴走しかけるし……これも全部、士道のせいなんだから」
  6517. 「いや、そう言われても困るんだが……で、俺はなんで倒れたんだ?倒れるようなこと、何も思い当たらないぞ……」
  6518. 「シドー……おまえは私を助けようとしてくれたのだ……暴走した私を――」
  6519. 「……十香が、暴走? ど、どういうことだよ、暴走って――」
  6520. 「――ッ!?」
  6521. 「……………………」
  6522. 「し、シドー……に、逃げろ……ッ!」
  6523. 「そんなわけにいくかッ!」
  6524. 「き、来てはダメだ……一緒にいては……シドーまで……」
  6525. 「おまえが、俺を拒んでも――」
  6526. 「俺は、絶対……おまえを一人になんか――」
  6527. 「シドー……! おまえを……こ……したく……ない――ッ!」
  6528. 「十香ぁぁぁぁぁあああああああ――ッ!!」
  6529. 「シドォォォオオオオオーーーーーーーーーーーーッ!!」
  6530. 「――どうやら思い出したみたいね」
  6531. 「あ、ああ……」
  6532. 「まったく無茶するんだから……あなた、ホントにわかってんの?」
  6533. 「今、そうやって生きてられんのが不思議なくらいなのよ?」
  6534. 「す、すまん……」
  6535. 「シドー……」
  6536. 「……けど、十香をあのまま放っておけるわけないだろ?」
  6537. 「それにほら、俺の身体なら、ちょっとくらい怪我をしてもなんとかなったりならなかったり――」
  6538. 「ごひ……ッ!?」
  6539. 「ふん、ごひだって。いつまでも正義を探し続けてなさい」
  6540. 「な、何しやがるッ! み、鳩尾にコークスクリューは……危険すぎるだろ! ゲホゲホ――ッ!」
  6541. 「自分の回復限界も把握してないくせに、人の能力鵜呑みにして動くような阿呆なんだもの、体に教え込むしかないでしょう?」
  6542. 「ぅ……」
  6543. 「ご、ごめん……それは、完全に俺が悪い」
  6544. 「まあ、それでも助けずにはいられないくらい阿呆なのが、士道なんだろうけど」
  6545. 「……返す言葉もございません」
  6546. 「いい? 次からは勝手な真似しないと肝に銘じなさい」
  6547. 「……?」
  6548. 「――今のあなたは簡単に死んじゃうんだから」
  6549. 「え? だって俺には琴里の力が――」
  6550. 「――十香の暴走に巻き込まれて気絶したあなたを、\n〈フラクシナス〉で回収して調べたの」
  6551. 「……解析の結果、奇跡的に暴走によるダメージはあまり見受けられなかったのだがね。一つ、大きな問題が残っていた」
  6552. 「問題?」
  6553. 「……ああ。シン、君の体から霊力が逆流しているのだよ。今まで封印した全ての精霊の力がね」
  6554. 「で、でも、逆流したのはこれが初めてってわけじゃ……?」
  6555. 「確かに逆流現象はこれまでも起きたことがあったけど……あれは一時的なものだったでしょ?」
  6556. 「あれくらいなら、想定内のことだから問題ない。だけど――今回のケースはちょっとそれとは違うの」
  6557. 「調査を続けてはいるけど、完全にお手上げ状態。\n見当もつかないわ」
  6558. 「十香や四糸乃を見る限り、精霊のストレスが原因ってわけでも\nないっぽいし……士道、あなた何か心当たることはない?」
  6559. 「ああ……全然わからん。あのときは急に力が抜けていくような感じがしたけど……それだけだ」
  6560. 「……ふむ。何か身体に異変などは感じなかったかね?」
  6561. 「うーん……あの日はちょっと寝不足気味でしたけど……」
  6562. 「特に関係ある感じじゃなさそうね。〈フラクシナス〉で調べたときも何も出なかったわけだし」
  6563. 「……そうだね。あれだけのチェックをかけているのだから、そこは間違いないだろう」
  6564. 「すみません、自分のことなのに役に立てなくて……」
  6565. 「謝る必要なんてないわよ。これは、いってみれば事故みたいなものなんだから」
  6566. 「……シン、今、精霊たちはみな不安定な状態と言っていい。\nそして、力が逆流し続けている以上、君を守っていた精霊の加護も今はない」
  6567. 「……つまり?」
  6568. 「士道は今、不死身じゃない。\nだから命の危険に関わるようなことがあれば、次は間違いなく死ぬわ」
  6569. 「なっ……!?」
  6570. 「ようやく理解したみたいね?」
  6571. 「一歩間違えば、俺は死んでたかもしれない……ってことか?」
  6572. 「そういうこと。毎回毎回、余計な心配ばっかりかけるんだから」
  6573. 「もしも、シドーが死んだら……シドーと一緒にいられなくなったら……それは、とても……とても悲しいぞ……!」
  6574. 「や……き、気にするな十香! ほら! とりあえずこうして無事でいられたわけだし!」
  6575. 「士道は少しくらい気にしなさいよ。言っとくけど、暴走したのは十香だけじゃないんだから」
  6576. 「えッ!?」
  6577. 「十香と同じタイミングで四糸乃も暴走したの」
  6578. 「え!? 四糸乃が――ッ!?」
  6579. 「十香と同じく、こっちも原因不明よ。\n因果関係もまだわかってないけど、おかげで精霊マンションは\n居住フロアが一面氷漬けで使えなくなってるわ」
  6580. 「ごっ……ごめん……な、さい……っ!」
  6581. 「いいんだ、四糸乃。それより、四糸乃は怪我とかしなかったか?」
  6582. 「は……はい……っ! わ、私は……大丈夫、です」
  6583. 「そっか、ならよかった」
  6584. 「……ごめん、俺のせいで」
  6585. 「お、おう……ありがとな、よしのん」
  6586. 「だいぶ落ち着いてきてるけど、十香と四糸乃は一旦\n〈フラクシナス〉に戻って最終検査を受けてもらうわ。\nそのあとは……当分、五河家に居候する形になるかしらね」
  6587. 「ああ、うん。そうだな……って、ええっ!?」
  6588. 「なに変な声上げてるのよ。ついこの前まで、十香はうちで暮らしてたじゃない」
  6589. 「いや、それはそうなんだが……マズイんじゃないか、\nその……色々と……」
  6590. 「あら、ずいぶんと動揺してるわね。そういうこと、期待しちゃってるわけ?」
  6591. 「き、期待してるとかじゃなくてだな! ただ、そう!\n健全な高校生男子としては、も、問題じゃないですかね!」
  6592. 「や、その……実はちょっぴり期待して――って、そんなわけあるか!」
  6593. 「……………………」
  6594. 「……………………」
  6595. 「――ぅッ! な、なんだその人を疑うような眼差しは!?」
  6596. 「き、期待してるとかじゃなくてだな!\n俺はただ……そう! 健全な高校生男子としては、\nちょ、ちょっと問題じゃないかって――」
  6597. 「なに? もしかして反対するつもり?」
  6598. 「いや、他に何か方法がないかというだけで、\nそういうつもりは……」
  6599. 「へー、知らなかったわ。士道ってば、自分の都合で困ってる女の子を見捨てるような男だったのね」
  6600. 「な……」
  6601. 「……ぬぅ…………」
  6602. 「……あ…………」
  6603. 「すまん、俺が悪かった」
  6604. 「あらそう? 私としては別に他の家を用意しても良かったんだけど?」
  6605. 「もう知るか! 二人のことは俺が責任持つ!」
  6606. 「シドー!」
  6607. 「……あ、ありがとうござい、ます!」
  6608. 「お、おう……」
  6609. 「ま、四糸乃を泊めるのは初めてだけど、多分問題はないでしょ。一緒に暮らしてた方が何かと安心だしね」
  6610. 「また、シドーと一緒……」
  6611. 「……うむ、それは――あれだ、いいと思うぞ! 四糸乃も一緒だしな!」
  6612. 「は、はいっ!」
  6613. 「あ、ああ……うん、そうだな」
  6614. 「何だらしない顔してんの? 鼻の下、床までつきそうなくらい伸びてるわよ?」
  6615. 「な――!?」
  6616. 「……病院よりも、警察に電話した方がいいかしらね」
  6617. 「やめてくれ!」
  6618. 「ふふふ……シドー!」
  6619. 「ん? どうした、十香?」
  6620. 「また世話になる。よろしく頼むぞ!」
  6621. 「ああ、こっちこそよろしくな」
  6622. 「うむ!」
  6623. 「そうだ、食べたいものとかあるか?\nせっかくだし、何か用意してやるよ」
  6624. 「本当か!? あ、そうだな……あ、じゃあ、きゃびあとふぉあぐらというやつはどうだ?\nこの前テレビで見たのだが、絶品らしい!」
  6625. 「すまん十香……それは勘弁してくれ」
  6626. 「ぬ、そうなのか……なら何が良いのだろうな……」
  6627. 「士道と一緒にいれば、十香は安定しそうね……」
  6628. 「……ああ。今の状態なら、特に問題ないだろう」
  6629. 「わ、私も……士道さんと一緒……だと、嬉しい、です」
  6630. 「そ、そうか?」
  6631. 「は、はいっ! とても」
  6632. 「そういえば、聞き忘れてたんだが……琴里はどうなんだ?」
  6633. 「へ?」
  6634. 「いや、全然平気そうだから気付かなかったんだが、琴里も精霊だろ? 辛くないのか?」
  6635. 「あ……だ、大丈夫よ。十香や四糸乃と比べたら、だいぶ安定してるから」
  6636. 「お、そうなのか。話を聞く限り、琴里も一緒にいた方が\nいいんじゃないかと思ったんだが……」
  6637. 「な!? いきなり何いってんのよ!」
  6638. 「いや、もしかしたら琴里も俺の傍にいる方が安定するかもしれないし、一応確認しておこうと思ったんだけど……」
  6639. 「そ、それは……えっと……」
  6640. 「……恐らく、100%安定するだろうね」
  6641. 「そ、そうなんですか」
  6642. 「――ぐおッ!」
  6643. 「……な、何すんだ琴里ッ! てか、病み上がりの兄に\n『ドロップキック』っておかしいだろ!?」
  6644. 「妹相手にやましいこと想像してるからよ!\n……どんだけシスコンなの? 身の危険を感じるわ……」
  6645. 「っ! そ、そんなことするわけあるかッ!」
  6646. 「……………………」
  6647. 「いや、あの……琴里?」
  6648. 「や……だから俺はただ琴里を心配してだな……」
  6649. 「それで琴里を守れるなら、そっちの方がいいだろ?」
  6650. 「……本当、こういうときになると口が達者なんだから」
  6651. 「ひでぇ……」
  6652. 「……シン、問題ないよ。どうやら、好感度はMAXを振り切ってるようだしね」
  6653. 「え?」
  6654. 「令音……『サロン・ド・ボヌール』の限定ミルクレープ十個……」
  6655. 「……まぁ、琴里もあれで――」
  6656. 「――十五個」
  6657. 「……すまないシン、今のは私の勘違いだった」
  6658. 「いやいや! 目の前で堂々と買収されないでくださいよ!」
  6659. 「……買収? 一体何の話だね?」
  6660. 「いや……あの……もういいです」
  6661. 「……そうかね」
  6662. 「でも……いくら今安定してたって、いつかは琴里だって暴走する危険性があるんだろ? それなら――」
  6663. 「わ、わかってるわよ!\n大丈夫よ……必要なときは、せいぜい頼りにさせてもらうわ」
  6664. 「お、おう……」
  6665. 「ただ、これは覚えておいて。……十香や四糸乃の方が、私に比べて精神面のコントロールや力の制御は圧倒的に不得手なのよ。\nだから、もしものときは彼女たちを優先すること。いい?」
  6666. 「わ、わかった……」
  6667. 「……シン、そろそろ休息した方がいいだろう。病み上がりで無理は禁物だ」
  6668. 「……〈フラクシナス〉に戻る前に体温を測っておこう。ベッドに横になりたまえ」
  6669. 「あ、はい……」
  6670. 「……と、その前に体を綺麗にした方がいいな」
  6671. 「……琴里はシンの服を脱がせて、汗を拭いてやってくれないか」
  6672. 「……ふぇっ!? ちょ、ちょっと令音!?」
  6673. 「……ん? どうした?\n〈フラクシナス〉では琴里が毎日やっていただろう?」
  6674. 「そ、それは……。れ、令音が寝不足過ぎて幻でも見たんじゃないのッ!」
  6675. 「……そんなことはない。私の傍で一生懸命――」
  6676. 「『ラ・ピュセル』の特製カスタードいちごミルフィーユ十個!」
  6677. 「……シン、私の白昼夢だったようだ。今日は十香か四糸乃に拭いてもらうとしよう」
  6678. 「ん?」
  6679. 「……?」
  6680. 「れ、令音さん! あ、あの、もう自分で拭いたり着替えたり\nくらいはできますから――!」
  6681. 「(あふっ!)」
  6682. 「(んー! んー!)」
  6683. 「……シン、大丈夫かね?」
  6684. 「――ぷはッ! だ、大丈夫じゃないです! 意識失うどころか二度とこの地に帰ってこれないところでした!」
  6685. 「……そうかね。では、やはり横になっていたまえ」
  6686. 「は、はあ……」
  6687. 「……………………」
  6688. 「……さて、どうするか。四糸乃ではちょっと難しそうだし……\n十香、シンの看病を頼んでもいいかね?」
  6689. 「う、うむ! 任せてくれ!\n……それで、どうすれば良いのだ?」
  6690. 「……では、シンの上着を脱がせて、これで汗を拭いてやってくれ」
  6691. 「ぬう……! ふ、服を脱がさねばならぬのか?」
  6692. 「と、十香、やっぱり自分で拭くから――!」
  6693. 「し、シドーはじっとしていろ!」
  6694. 「は、はい……」
  6695. 「――こ、これで良いのか?」
  6696. 「……ん、あとはそのタオルで身体を優しく拭いてあげたまえ」
  6697. 「……や、優しくすれば良いのだな?」
  6698. 「……さて、今のうちに体温も計ってしまうか」
  6699. 「え? それは身体を拭いてからじゃ……」
  6700. 「……シン、あーん、したまえ」
  6701. 「え? あ、はい……あーん……」
  6702. 「……っ!」
  6703. 「し、シドー! 大丈夫かッ!? ……すまない、古傷に触ってしまったかもしれん」
  6704. 「や、そうじゃなくて――」
  6705. 「わ、わかっている! もっと優しく拭けば良いのだろう?」
  6706. 「――…………つっ!?」
  6707. 「ぬ!? ……す、すまん! ならばこっちを拭くことにしよう!」
  6708. 「そ、そっちは……っ!!」
  6709. 「むう、ここも弱っているのか……。\nシドーは満身創痍ではないか……」
  6710. 「私のせいだな。許せ、シドー……」
  6711. 「ち、違う! そんなんじゃないから安心しろ――」
  6712. 「そ、そうか!? では、もう少し拭いてやろう!」
  6713. 「い、いや……もうやめ………………っっ!?」
  6714. 「……ほう。十香、初めてにしてはよくできてるじゃないか」
  6715. 「そ、そうか! 身体は清潔にしておいた方が良いそうだからな!」
  6716. 「はぁ……はぁ……あ、ありがとう十香! お、俺はもう……」
  6717. 「十香、そっち側はまだ拭いてないんじゃないの?」
  6718. 「ん、そっちか!? 心得た!」
  6719. 「こ、琴里……おまえって奴は――ッ!」
  6720. 「……っ! ………………っっっ!!??」
  6721. 「し、士道……さん、だ、大丈夫ですか……っ?」
  6722. 「だ、大丈夫じゃ――」
  6723. 「ぜぇ……はぁ……ぜぇ……はぁ……」
  6724. 「……ふむ、先程〈フラクシナス〉で測った時は平熱だったはずだが……微熱が出てきたようだ」
  6725. 「……やはり、まだ安静にしていた方がいいな」
  6726. 「そうね……それじゃあ一旦〈フラクシナス〉に戻りましょう。\n十香たちの検査もあるし」
  6727. 「こ、琴里……おまえ絶対わかってて放置しただろ……?」
  6728. 「さて、何の話か皆目見当もつかないわね」
  6729. 「……私は先に戻るとしよう。それでは、シン……ゆっくり休みたまえ」
  6730. 「は、はあ……」
  6731. 「シドー、さっきより具合が悪そうだが……本当に平気か?」
  6732. 「あ、ああ……平気だよ、多分。その……ありがとな、十香」
  6733. 「ああ、また必要になったらいつでも言ってくれ!」
  6734. 「は、ははは……」
  6735. 「……ご、ごめん、なさい」
  6736. 「ん? そんなこと気にしなくていいって。来てくれてありがとな」
  6737. 「……な、何か困ったら……言ってください、ね……?」
  6738. 「サンキュ、二人とも」
  6739. 「あ、あと……し、士道さん……。\nあ、あまり無理……しないでくださいね……っ」
  6740. 「ああ、わかった。四糸乃も検査、無事に終わるといいな」
  6741. 「は……はいっ」
  6742. 「士道……今回の件はこっちで調べておくから、もう一人で無茶するんじゃないわよ?」
  6743. 「あ、ああ……」
  6744. 「今は、私の力に甘えることはできないんだから……」
  6745. 「ん、なんか言ったか琴里?」
  6746. 「なんでもないわ。じゃあね士道、今日はさっさと寝ちゃいなさい」
  6747. 「おお、そうするよ」
  6748. 「一人になった途端、寂しいと感じるなんて……女々しいかな?」
  6749. 「折紙にも……見舞いに来て欲しかったな……」
  6750. 「……ん?」
  6751. 「――な、なんだっ!?」
  6752. 「――お、折紙ッ!?」
  6753. 「何?」
  6754. 「な、なななな、何してるんだッ!?」
  6755. 「お見舞い」
  6756. 「え……お、お見舞い……?」
  6757. 「そう、面会謝絶がとけたと聞いて」
  6758. 「そ、そうか……ありがとな――って、そうじゃない!\n折紙、おまえどこから入った!?」
  6759. 「ベランダ」
  6760. 「そ、それって不法侵入じゃ……」
  6761. 「問題ない。士道が口外しなければ」
  6762. 「あ、あのなぁ……」
  6763. 「……」
  6764. 「――って、おい!」
  6765. 「ちょッ! ちょちょちょ! お、折紙さん!\n何してらっしゃるんですか!?」
  6766. 「お見舞い」
  6767. 「だからそうじゃなくて――!」
  6768. 「具合が悪い時は、肌と肌で温め合うものと相場が決まっている」
  6769. 「それ、今流行ってたりするのか?」
  6770. 「と、とにかく脱ぐのはストップ!」
  6771. 「……どうして?」
  6772. 「どうしてもだよ! とりあえず脱ぐのはなしだ、脱ぐのは――!」
  6773. 「随分騒がしいけど……士道、起きてるの?\nどうも厄介なことにな――」
  6774. 「こ、琴里――ッ!?」
  6775. 「………………」
  6776. 「………………」
  6777. 「……何してるの? さっさと士道から離れなさいよ」
  6778. 「……」
  6779. 「や……待て折紙ッ!\nここは、その……一旦落ち着こう、な? な?」
  6780. 「――どういう状況なの、これ?」
  6781. 「お、お見舞いだよ! お見舞い! 俺がずっと休んでたからって、わざわざ駆けつけてくれたんだ! なあ折紙?」
  6782. 「そう。士道の言う通り」
  6783. 「へえ……最近のお見舞いって、泥棒猫みたいにベランダから\nベッドに潜り込むことを言うのね。知らなかったわ」
  6784. 「こ、琴里――ッ!」
  6785. 「……〈イフリート〉、今日はあなたと戦うために来たわけじゃない。士道のお見舞いは、それよりも重要」
  6786. 「ふん、命拾いができて光栄だわ……」
  6787. 「……………………」
  6788. 「……………………」
  6789. 「や……だから――ッ!」
  6790. 「お、折紙! おまえ、今日はもう遅いから帰れ!」
  6791. 「……士道? なにを――」
  6792. 「――な! そうしろ! お見舞い来てくれてありがとな!\nサンキュ! じゃあな! またなーッ!」
  6793. 「ふぅー……」
  6794. 「……こんな状況だってのに、鳶一折紙まで口説いていたの?\n全く、どうしようもない愚兄ね」
  6795. 「ち、違うって! お、俺は何もやましいことはしてないッ!」
  6796. 「ふーん……」
  6797. 「……ま、信じるわ」
  6798. 「ほ、本当か?」
  6799. 「なにそんな驚いてるの。士道にそんな度胸がないことは、私が一番良く知ってるわ」
  6800. 「うぐっ……」
  6801. 「……でもまあ、そういうところがどうしようもなく士……\n阿呆士道らしいっていうか……」
  6802. 「言い直しただろ今ッ!」
  6803. 「……」
  6804. 「……いい士道? グラム当たりの値段が毛蟹に負けるその頼りない脳みそでよく聞いて」
  6805. 「蟹は脳みそじゃなくて、中腸線だって\n副司令の神無月さんが……」
  6806. 「何か言った?」
  6807. 「い、いえ、特には……」
  6808. 「さて、ここに来た本題を話さないとね。\nどうやら思いの外、厄介なことに巻き込まれてるみたいなのよ、この天宮市自体が」
  6809. 「……天宮市、自体? どういうことだ?」
  6810. 「天宮市全域に及ぶ範囲で、とても強い霊波を探知したの」
  6811. 「それって……」
  6812. 「精霊が絡んでる……その可能性が高いわ。だけど……」
  6813. 「……だけど?」
  6814. 「まだはっきりとした確証が無い限り、断定はできない。\nもしかしたらASTで[顕現装置*リアライザ]の実験を行なっていた可能性もあるし……」
  6815. 「ASTが――!」
  6816. 「でも、ASTではここまでの霊波を出すのは難しいと思うけどね」
  6817. 「そうか……」
  6818. 「ほっとしている暇はないわよ。何かが起きてるってことは変わらないんだから」
  6819. 「それに……この件と、士道の身体から霊力が逆流してる現象との間に、何らかの因果関係があるんじゃないかと私は睨んでる」
  6820. 「な……そんなまさか」
  6821. 「偶然にしてはタイミングが良すぎる。士道の方に異常はないし、普通に考えたらそうなるでしょ?」
  6822. 「……確かに」
  6823. 「ま、これは私の勝手な予想だけどね。\n上と連絡がとれない今は、簡単に結論を出せないし」
  6824. 「え? 連絡が、取れない……?」
  6825. 「とれないのよ、連絡が。〈ラタトスク〉の上層部とね」
  6826. 「は、話が大きくなりすぎてないか?」
  6827. 「私もそう思うわ。でもね、目の前で起きてる現実を否定するほど、私は愚かじゃない」
  6828. 「そうなのか……」
  6829. 「〈フラクシナス〉だけでも、ある程度調査は進められる。\n……今やれるだけのことはやるつもりよ」
  6830. 「そうか……」
  6831. 「?」
  6832. 「……?」
  6833. 「……士道、あの女……まだ外にいるみたいだけど?」
  6834. 「お、俺に言われても……」
  6835. 「とにかく、\n士道は精霊たちを少しでも安定させるように努めてちょうだい」
  6836. 「根本的な解決にならないのはわかってるけど、暴走の可能性を最小限に抑えるくらいにはなるでしょ」
  6837. 「……外野がうるさいからもう行くわ」
  6838. 「あ……あー……」
  6839. 「……夢、見てたのか……?」
  6840. 「遅いぞシドー! [朝餉*あさげ]はまだか?」
  6841. 「ごめんごめん……って、え?」
  6842. 「お……っ、おはよう、ございます。士道さん……っ!」
  6843. 「お、おはよう……ところで二人とも、どうしてここに……?」
  6844. 「何よ、もう忘れたの? 検査が終わったら精霊マンションが修繕されるまで、うちで一緒に暮らすって言ったでしょ?」
  6845. 「そ、そう言えばそんなこと言ってたような……」
  6846. 「一度病院で、本格的に頭をスキャンしてもらってくることをお薦めするわ。まあ、蜘蛛の巣ぐらいしか映らないでしょうけど」
  6847. 「む……し、仕方ないだろう?\nまだ頭がぼーっとしてて本調子じゃないんだからさ」
  6848. 「昨日、鳶一折紙と夜遅くまで何かしてたからじゃない?」
  6849. 「何もしてないっての! 知ってるだろ!」
  6850. 「そうね、あなたに何かできるなんて、これっぽっちも思ってないし」
  6851. 「ぅッ……」
  6852. 「む? シドー……昨日、鳶一折紙と何かあったのか?」
  6853. 「な、何もないから安心しろ十香!」
  6854. 「本当か?」
  6855. 「……ほ、本当の本当だ!」
  6856. 「そうか、何もないなら良いのだ!」
  6857. 「――士道?」
  6858. 「ん、な、なんだ!?」
  6859. 「昨日も説明したけど、精霊は今とても不安定な状態にあるの」
  6860. 「制御できずに暴走を繰り返していたら、どんな被害が出るか\nわかったもんじゃないわ」
  6861. 「言動には十分に気をつけてちょうだい」
  6862. 「ああ、わかってる」
  6863. 「そ。ならいいわ」
  6864. 「さて、じゃあとっとと朝飯にするか! 遅刻しちまうもんな」
  6865. 「おー! [朝餉*あさげ]だ!」
  6866. 「士道の朝ごはん食べるのって、なんだか久しぶりね」
  6867. 「おい、琴里も寝ぼけてるのか? いつも俺が作って――」
  6868. 「ん? ああ、そうだな。いつもは――」
  6869. 「シドー! まだかー!?」
  6870. 「ああ、はいはい! 今できるから!」
  6871. 「シドー、早くしてくれ!」
  6872. 「急かさなくても、もうちょっとだから!」
  6873. 「じゃあ、四糸乃、留守番頼むな?」
  6874. 「は、はい……っ!」
  6875. 「お、おう、そうするよ」
  6876. 「じゃ、行ってきまーす!」
  6877. 「いっ……いってらっしゃい、です……っ!」
  6878. 「遅いぞ、シドー!」
  6879. 「すまん、ちょっとな!」
  6880. 「まったく、なにしてたのよ?」
  6881. 「四糸乃とよしのんに留守番を頼んでたんだよ」
  6882. 「そ。次からはもっと前に済ませときなさい」
  6883. 「気をつけるよ。じゃ、行くか――って、ちょっと待て!?」
  6884. 「ん?」
  6885. 「どうしたの?」
  6886. 「……なんだよ、あれ……?」
  6887. 「……あ、あのタワー……」
  6888. 「……何よ。新天宮タワーがそんなに珍しいわけ?」
  6889. 「え……? あ、いや、別に……ただちょっと――」
  6890. 「……ねえ士道、あなた本気で言ってんの?\nだとしたら、今すぐ救急車を呼んだ方がいいレベルで\n脳が崩壊してるわね」
  6891. 「この街の新しいシンボル――新天宮タワーを忘れるなんて」
  6892. 「し、新天宮タワー……? あの建物か?」
  6893. 「最近完成したばかりで、まだまだ話題じゃない。\nもっともオープンするのは八月らしいけど」
  6894. 「そ、そうだったか……?」
  6895. 「――士道っ!」
  6896. 「あ……!? え、えっと……」
  6897. 「士道……? どうしたのよ」
  6898. 「い、いや……すまん。おはよう、凜祢!」
  6899. 「え……!?」
  6900. 「もー、凜祢おねーちゃんまで、どうしたの?」
  6901. 「あ、……う、ううん。なんでもないの。\nおはよう、士道、琴里ちゃん」
  6902. 「ああ」
  6903. 「凜祢、おはようだ!」
  6904. 「ふふっ、おはよう十香ちゃん」
  6905. 「……ちょっと士道? またボーッとしちゃって。体調悪いようなら、まだ休んでた方がいいんじゃないの?」
  6906. 「ああ、確かに、まだ本調子じゃないのかもな。でも、もう大丈夫だから」
  6907. 「気をつけないとダメだよ? 夏に体調崩すと長引いちゃって大変なんだから」
  6908. 「ああ、サンキュ!」
  6909. 「あれ……? え、えっと……君はその――」
  6910. 「ちょっと士道……あなた本当に大丈夫?」
  6911. 「はい?」
  6912. 「凜祢、おはようだ!」
  6913. 「ふふっ、おはよう十香ちゃん、琴里ちゃん」
  6914. 「おはよー、凜祢お姉ちゃん!」
  6915. 「り、凜祢……?」
  6916. 「士道もおはよう。……待ってたんだよ? ――ずっと」
  6917. 「士道もおはよう。あんまり遅いと……待ちくたびれちゃうよ?」
  6918. 「……士道、体調が悪いようなら、まだ休んでた方がいいんじゃないの?」
  6919. 「確かに、まだ調子悪かったのかもな」
  6920. 「……でも、大丈夫だ。もう大丈夫だから」
  6921. 「気をつけないとダメだよ? 夏に体調崩すと長引いちゃって大変なんだから」
  6922. 「ああ、サンキュな……」
  6923. 「あ……!」
  6924. 「どうした、凜祢?」
  6925. 「ねぇ、士道? 私、気づいちゃいけないことに気づいちゃった、かも……」
  6926. 「気づいちゃ、いけないこと?」
  6927. 「そうそう。ちょっとまずいかなーって、思っちゃったりするんだけど」
  6928. 「もったいぶるなよ……」
  6929. 「あのね……ちょっと、お喋りし過ぎちゃってるかも。このまま遅刻しちゃいそう」
  6930. 「――え? ええええ――ッ?\nそ、それを早く言えよ凜祢! ちょっと走るぞ!」
  6931. 「はーい」
  6932. 「ほら! 十香も琴里も行くぞ!」
  6933. 「し、シドー! 待つのだー!」
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