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Heruka MSS JP Text

May 19th, 2023 (edited)
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  1. FILENAME: text_310511-1.txt
  2. ヘルカ: ドルマ、元気にしていますか…? 私は、まあ、いつも通りです
  3. ヘルカ: この手紙を読んでいる ということは…
  4. ヘルカ: ちゃんとラマが 届けてくれたんですね?
  5. ヘルカ: …よかった
  6. ヘルカ: うーん…それにしても 何を書けばいいんでしょう?
  7. ヘルカ: 言いたいこと、伝えたいことは たくさんあるはずなのに
  8. ヘルカ: うまく言葉が出てきません…
  9. ヘルカ: そうですね… 昔のことでも書きましょうか
  10. ヘルカ: すべてのはじまりから…
  11. ヘルカ: 故郷がモンゴル軍に襲われたあの夜… 私は震えるあなたの…ドルマの手を握って モンゴル軍の追っ手から逃げていましたよね?
  12. ラマ: おや…あなたたちは…
  13. ヘルカ: そんなときに 尼僧院で院長を務めるラマと出会い 私たちは事なきを得た…
  14. ヘルカ: …ラマは私の噂を聞いて 私たちの故郷へ向かっていたんです
  15. ヘルカ: 私が奇跡を起こす特別な存在だと… そう聞いて尼僧院で修行させようと
  16. ヘルカ: …まあ 私はラマが期待していたような 存在ではなかったのですが…
  17. ヘルカ: そう…一晩、身を隠してから故郷に戻り その凄惨な光景を目撃して 私は敗北してしまったんです
  18. ヘルカ: ほら、救世主だの何だの言われて モンゴル軍から故郷を救うことを みんなから期待されていたじゃないですか?
  19. ヘルカ: それなのに私は何もできず 故郷は焼かれ…私たち以外 みんな死んでしまった…
  20. ヘルカ: …挫けてしまいますよ、さすがに…
  21. ラマ: ヘルカ、ドルマ… 尼僧院には慣れましたか?
  22. ドルマ: あ…えっと…
  23. ヘルカ: …まだ来て間もないのに 慣れるわけありませんよ
  24. ラマ: そうでしたね
  25. ラマ: しかし… 慣れてもらわなくてはなりません
  26. ラマ: ここでふたりには 修行を受けてもらうのですから
  27. ヘルカ: …何の修行を?
  28. ラマ: ラクシャーシーに なるための修行を
  29. ドルマ: ラクシャーシーって… ヘルカちゃんのこと…?
  30. ラマ: ヘルカが故郷でラクシャーシーと 呼ばれていたことは知っています
  31. ラマ: …土砂崩れに巻き込まれながら 無事生きながらえたそうですね?
  32. ドルマ: それだけじゃない…あたしを 救ってくれて…
  33. ラマ: ええ、そうでした…土砂崩れには ドルマも巻き込まれていましたね
  34. ラマ: ヘルカのおかげでドルマは 窮地から助かった…
  35. ヘルカ: 偶然です、そんなの…
  36. ラマ: …確かに偶然なのかもしれません
  37. ラマ: しかし結果としてあなたは ひとりの命を救っている
  38. ラマ: 今回、故郷が襲われた際にも あなたは生き延び…
  39. ラマ: またひとりの命を救った
  40. ラマ: …素養があります
  41. ラマ: あなたは特別です
  42. ドルマ: あっ…
  43. ヘルカ: …………
  44. ラマ: 故郷の人々があなたを 奇跡を起こす救世主と信じ
  45. ラマ: ラクシャーシーと呼んだ気持ちも 私には理解できます
  46. ラマ: しかしそれは故郷の人々が 勝手にそう呼んでいただけ…
  47. ラマ: 真にラクシャーシーになるには きちんとした儀式が必要なのです
  48. ヘルカ: …儀式?
  49. ラマ: はい、その儀式を受けるため ここで修行をしてもらいます
  50. ドルマ: 修行って…
  51. ラマ: 安心しなさい 他に大勢、仲間がいますから
  52. ラマ: 皆さん、もう入っていいですよ
  53. 少女僧: きゃーきゃー どっちがヘルカさん?
  54. 少女僧: すごい才能があるんでしょう? いいなあー!
  55. ヘルカ: この人たちは…
  56. ラマ: 皆、ラクシャーシーを目指す 少女僧です
  57. ヘルカ: …少女僧?
  58. ラマ: 一般的な僧とは扱いが違いますが まあ、気にする必要はありません
  59. ラマ: 要は…新しい友だち、です
  60. 少女僧たち: よろしくねー!
  61. ドルマ: …へ、ヘルカちゃん どうする…?
  62. ヘルカ: どうするというのは?
  63. ドルマ: だから…逃げたり、する…?
  64. ドルマ: ヘルカちゃんがラクシャーシーに なりたくないなら
  65. ドルマ: ムリにここにいなくても…
  66. ヘルカ: …………
  67. ヘルカ: どの道、帰る場所もないので ここのしきたりに従っていこう…
  68. ヘルカ: そうすれば少なくとも ドルマは安全に暮らせるはず…
  69. ヘルカ: 当時の私はそんなことを考えて 尼僧院で暮らしていくことを決めたのです
  70. ヘルカ: そこから大きな渦に 呑み込まれていくとも知らずに…
  71.  
  72. FILENAME: text_310511-2.txt
  73. ヘルカ: 私たちが尼僧院で暮らすようになって しばらくたったときのことです
  74. ヘルカ: ドルマが急にこんなことを 言い出したのです
  75. ドルマ: あたし… ラクシャーシーになるよ
  76. ヘルカ: …ドルマが?
  77. ドルマ: うん
  78. ドルマ: だから…ヘルカちゃんは もう心配しなくていいよ
  79. ドルマ: 全部あたしに 任せていればいいから
  80. ヘルカ: …………
  81. ヘルカ: ラクシャーシーはもともと人を惑わす 悪鬼、魔物の類いだとされていたようですが 今では護法善神だと教えられています
  82. ヘルカ: まあ、よくわかりませんが とにかく尊く、特別な存在なのでしょう
  83. ヘルカ: そのラクシャーシーは チベットではこの大地の下に 横たわっていると伝えられています
  84. ヘルカ: つまりラクシャーシーは その身を犠牲にしてチベットの礎になり 楽園…シャンバラをこの地にもたらした… ということを意味するそうです
  85. ヘルカ: であれば…モンゴル帝国によって 荒らされたチベットの新たな基礎をつくるのは やはり、ラクシャーシー
  86. ヘルカ: みんなはそう信じています けれど…犠牲
  87. ラマ: ここで言う犠牲とは…
  88. ラマ: チベットを…人々を救うために 自らの生涯を捧げることになる…
  89. ラマ: そういう意味だと解釈しています
  90. ヘルカ: 生涯を捧げる…
  91. ラマ: いずれにせよ ラクシャーシーの儀によって
  92. ラマ: ジャータカ様に選ばれなければ ラクシャーシーにはなれません
  93. ラマ: ジャータカ様に認められるように 修行に励むのですよ、ヘルカ
  94. ヘルカ: …………
  95. ヘルカ: 修行に励むつもりなど私にはありませんでした
  96. ヘルカ: 誰かが特別な存在になったところで あの強大なモンゴル軍に 勝てるわけがないのですから
  97. ヘルカ: それなのに…
  98. ドルマ: 衆生救済…極楽浄土…
  99. 少女僧: …ドルマ ずっと滝に打たれてる…
  100. 少女僧: すごい集中力…
  101. ヘルカ: …………
  102. ヘルカ: ドルマ これから町に…
  103. ヘルカ: …勉強してるんですか?
  104. ドルマ: 独習の時間だからね
  105. ドルマ: こういう時間に頑張っておけば 差をつけられるから
  106. ヘルカ: そう、ですか
  107. ヘルカ: あはは…私も勉強しましょうかね
  108. ドルマ: ヘルカはしなくていい 遊んでなよ
  109. ヘルカ: ですが…
  110. ドルマ: いいの、いいの もうヘルカは頑張らなくて
  111. ヘルカ: 頑張らなくていい…
  112. ヘルカ: …………
  113. ラマ: …何をしているのですか?
  114. ヘルカ: あ…ラマ
  115. ヘルカ: 外で遊んでいろって ドルマに言われて…
  116. ヘルカ: でもそんな気になれないので 考え事をしていたんです
  117. ラマ: 考え事…?
  118. ヘルカ: ラクシャーシーって 何なんだろうって…
  119. ラマ: 簡単に言えば皆を救う者です
  120. ラマ: 仏力を授かることによって すさまじい力も発揮できます
  121. ヘルカ: …誰かラクシャーシーに なったことはあるんですか?
  122. ラマ: あります
  123. ラマ: モンゴル軍が攻めてきた… ちょうどそれくらいの時期に
  124. ヘルカ: その人は、どうなったんです…?
  125. ラマ: …………
  126. ヘルカ: …ここ以外にも似たような 尼僧院があるって聞きました
  127. ヘルカ: ということは別の尼僧院からも ラクシャーシーは選ばれている…
  128. ヘルカ: …みんな どうなってしまったのです?
  129. ラマ: …………
  130. ヘルカ: 死んだんですね…?
  131. ラマ: 真なるラクシャーシーには 至れなかった…そういうことです
  132. ヘルカ: 詭弁ですね
  133. ヘルカ: …結局、ムダってことなんですよ
  134. ヘルカ: ラクシャーシーが選ばれても モンゴル軍を倒せてない
  135. ヘルカ: みんなを救えていない…
  136. ラマ: …ヘルカ、この尼僧院には 多くの青い花が咲いていますが…
  137. ラマ: 世話してみる気はありませんか?
  138. ヘルカ: …どうしてですか?
  139. ラマ: この尼僧院に少しでも 愛着を持ってほしいからです
  140. ヘルカ: 執着を薦めるんですね… 変わっています
  141. ラマ: 確かに教えの観点から言えば そうだと思いますが…
  142. ラマ: 教えだけの生など つまらないではありませんか…
  143. ヘルカ: …………
  144. ヘルカ: 薄々、私はわかっていました
  145. ヘルカ: このときからラマは ラクシャーシーの儀に反対していて そして…
  146. ヘルカ: 私に何かを期待している、と…
  147.  
  148. FILENAME: text_310511-3.txt
  149. 僧侶: 「起床ー…起床ー…」
  150. ヘルカ: …………
  151. ヘルカ: …あひゃ、ひゃ…
  152. ヘルカ: ううん… …すう…すう…
  153. ヘルカ: って、うわああああああ!!
  154. ヘルカ: い、いけない! ドルマ!寝坊ですよ、寝坊!
  155. ヘルカ: …あ、もういない…
  156. ヘルカ: うぬぬ…声くらいかけて くれてもいいじゃないですか!
  157. ドルマ: いや、かけたわよ…あんたは バカみたいに口開けて寝てたけど
  158. ヘルカ: バ、バカぁ!?
  159. ドルマ: その寝起きの悪いところ どうにかしなさいよね
  160. ドルマ: 前も寝坊で、座学に遅れたことが あったでしょ?
  161. ヘルカ: うう…気をつけまーす…
  162. ヘルカ: 朝が弱いせいでドルマに注意されるのは もう何度目になるでしょう
  163. ヘルカ: 最近では、昔と違って 私の方がドルマに引っ張ってもらっています
  164. ヘルカ: いえ、違います… それだけドルマにムリをさせているのです
  165. 少女僧: ねえねえ、独習の時間 抜け出そうよ
  166. ドルマ: ええー…
  167. 少女僧: いいじゃない、行こうよ ドルマがいないとつまんないもん
  168. ドルマ: うーん…じゃあ、 こっちの頼み事も聞いてくれる?
  169. ヘルカ: (もうすっかり ドルマは人気者ですね…)
  170. ヘルカ: そう、ドルマは人気があったのです 尼僧院では一番頭もよくて 運動もできて…一目置かれる存在
  171. ヘルカ: そういう特別な存在に ドルマはなっていたのです
  172. 指導僧: はい、皆さん座りなさい 座学をはじめますよ
  173. 少女僧: はーい
  174. 少女僧: じゃあ、あとでね
  175. ドルマ: よろしく…
  176. ヘルカ: (…私の方はすっかり 劣等生扱いですけどね…)
  177. ヘルカ: 最初こそ奇跡を起こした人物として みんな私に期待を寄せていたのですが
  178. ヘルカ: 特別でも何でもない つまらないやつだとわかると みんな離れていきました
  179. ヘルカ: (それでも構いません… いや、むしろ…)
  180. ヘルカ: 誰からも期待されないのが とても居心地よかったのです
  181. 指導僧: ―指導僧― …“もの”それ自体はある固有の存在 でしかありませんが
  182. 指導僧: ―指導僧― 見る者の視点によって 無限の変容が起こるのですね
  183. ヘルカ: ―ヘルカ― …………
  184. 指導僧: ―指導僧― それによって、ものと形と私たちとの間に 願望や希望を介した特殊な関係が生まれる…
  185. 指導僧: ―指導僧― 非常に面白いですね
  186. ヘルカ: ―ヘルカ― ふふ…
  187. ヘルカ: まあ 全然わかっていなかったんですけどね
  188. ヘルカ: ろくに勉強などせず せいぜいラマに言われた 花の世話をしているだけ
  189. ヘルカ: そんな私がついていけるわけありませんでした
  190. ヘルカ: けれど、まったくわからないというのも なんだか格好が悪いように思い 当時の私は、わかっている雰囲気だけ 出すようにしていました
  191. ヘルカ: …まあ、先生たちには バレていたと思いますが…
  192. 指導僧: ―指導僧― ではこの問題を…ドルマ
  193. ドルマ: ―ドルマ― はい
  194. ヘルカ: ドルマは先生に出された問題を すらすらと答えていきます
  195. ヘルカ: そんなドルマをみんなは すごいといった目で見つめるのです
  196. ヘルカ: はっはっは、どんなもんだ ドルマはすごいでしょう!
  197. ヘルカ: 鼻が高くなって仕方ない… 私の幼馴染みが自慢すぎる…
  198. ヘルカ: だから…
  199. 指導僧: ―指導僧― 大変立派です…その調子で研鑽を積み ラクシャーシーになってください
  200. 指導僧: ―指導僧― 悪しきモンゴル軍を皆殺しにするために
  201. ドルマ: ―ドルマ― はい、必ず!
  202. ヘルカ: どうか、憎しみに染まりきらないでほしい
  203. ヘルカ: そういった感情が持てるのは 確かに羨ましくもありましたが
  204. ヘルカ: やっぱりドルマには 似合わないと思ったのです
  205. ヘルカ: 私にとってドルマは… 幼い頃、私の後ろに隠れていた あの可愛いドルマのままなのですから…
  206. 少女僧: やあ!
  207. 指導僧: 何ですか、そのへっぴり腰は 槍は勢いよく突き刺しなさい
  208. 指導僧: この案山子は的ではありません モンゴル兵です
  209. 指導僧: 憎しみを込めて、 殺すつもりで刺しなさい!
  210. 少女僧: …っはあッ!!
  211. ヘルカ: 座学が終われば教練と呼ばれる 槍や弓の扱いを学ぶ時間がありました
  212. ヘルカ: このことからも尼僧院が ラクシャーシーを優れた兵だと 見做しているのが窺えます
  213. ヘルカ: …ラマはそんな考えに 本心では反発していたようですが 実際に指導をしてくれる先生方は そうではありませんでした
  214. 指導僧: では次、ヘルカ
  215. ヘルカ: …はい
  216. 少女僧: ふう… あ、次はヘルカなんだ
  217. 少女僧: くすくす… できっこないのにね
  218. 少女僧: 前までは 期待してたんだけどなあ
  219. ドルマ: …私語はやめなさい 教練中よ
  220. 少女僧: あ、うん…ごめんね
  221. 少女僧: ヘルカがんばれ~ モンゴル兵なんてやっつけちゃえ
  222. ヘルカ: …………
  223. 指導僧: 何を躊躇うのです…それでは ラクシャーシーになれませんよ
  224. ヘルカ: …えい…
  225. 指導僧: なっ…何ですか そのやる気のなさは…!
  226. ドルマ: 先生、次はあたしでいいですか?
  227. 指導僧: …はあ…そうですね そうしてください
  228. ヘルカ: …えへへ…
  229. 少女僧: あれじゃあ ヘルカはダメだね
  230. 少女僧: だね、脱落決定 競う相手が減ってよかったあ
  231. ヘルカ: …………
  232. ヘルカ: みんな、ラクシャーシーになりたいのです ジャータカ様に選ばれる存在に… そういう特別な存在になりたいのです
  233. ヘルカ: 理由は簡単です… 家族や大切な人をモンゴル軍に奪われたから 復讐するための力がほしいのです
  234. ヘルカ: …私には、よく… わからないや…
  235.  
  236. FILENAME: text_310511-4.txt
  237. ヘルカ: …よいしょ、よいしょ…
  238. ヘルカ: また虫がついてますね… なんでこんなに寄ってくるかなあ
  239. ヘルカ: …よし、こんな感じですね
  240. ヘルカ: きれいになった
  241. ヘルカ: この青い花… ドルマは覚えているかな…?
  242. ラマ: 精が出ますね
  243. ヘルカ: …別に…言われたから やっているだけですよ
  244. ラマ: しかし、荒れ放題だった花が ここまできれいになった…
  245. ラマ: …あなたのおかげです
  246. ヘルカ: はあ… ラマの意図はわかっています
  247. ヘルカ: 花の世話を通じて 私に尼僧院へ関心を持たせ
  248. ヘルカ: そして、尼僧院のみんなのために 修行を頑張ろうって思わせる…
  249. ヘルカ: …そうなんですよね?
  250. ラマ: あなたはひどく冷静なんですね
  251. ラマ: しかし、違います
  252. ラマ: 単に尼僧院を好きになってほしい …それだけです
  253. ヘルカ: 教練以外は好きですよ
  254. ラマ: まだ、慣れませんか?
  255. ヘルカ: 慣れないというか… よくわからない、ですかね
  256. ラマ: よくわからない?
  257. ヘルカ: はい、わからないんです 憎むことが
  258. ラマ: それは… モンゴルの兵も救いたいと?
  259. ヘルカ: いえ、そんな立派なものじゃなく 何なんでしょうね…つまり…
  260. ヘルカ: …無意味だなって
  261. ラマ: …………
  262. ヘルカ: あ、見下してるとか呆れてるとか そういうことではなくて
  263. ヘルカ: そんな無意味なことより、毎日を もっと明るく楽しく過ごせば…
  264. ヘルカ: そうすればみんな幸せに なれるのにって思っていて…
  265. ヘルカ: そのほうがよくないですか?
  266. ラマ: …どうせモンゴル軍には 勝てないから?
  267. ヘルカ: はい
  268. ラマ: …あなたの故郷はモンゴル軍に 滅ぼされましたよね?
  269. ラマ: それでも 憎む気持ちはないと?
  270. ヘルカ: 憎んだからって 仕方ないじゃないですか
  271. ヘルカ: …教えに従って心穏やかに 泣いたり怒ったりせずに暮らす
  272. ヘルカ: それでいいじゃないですか
  273. ラマ: …しかしそれでは 何も守れませんよ
  274. ヘルカ: …………
  275. ラマ: 我々はラクシャーシーについて あまり知ってはいません
  276. ラマ: 人知を超えた力を持ち 魔を払う…
  277. ラマ: しかしなぜそんなことが できるのかわからないのです
  278. ラマ: 唯一わかっているのは その力があれば多くを守れること
  279. ラマ: あなたにだって 守りたいものはあるでしょう…?
  280. ヘルカ: 守りたいもの…
  281. ヘルカ: すみません、ドルマ 遅くなって…
  282. ドルマ: う、うう…
  283. ヘルカ: ドルマ…
  284. ヘルカ: ドルマは夜が怖くて よく泣いていましたよね
  285. ヘルカ: …モンゴル軍が私たちの故郷を 襲ったのが、夜だったから…
  286. ドルマ: …あっ
  287. ヘルカ: ドルマは私を認めると 少しばつが悪そうにしました
  288. ヘルカ: 私は何も見なかったかのように 少しだけ笑みを浮かべて 手を差し伸ばします
  289. ヘルカ: 私がいるから、もう大丈夫です
  290. ドルマ: うん
  291. ヘルカ: 寝台に行きましょう? もう眠る時間です
  292. ドルマ: …その言葉遣い、やめてよ 昔みたいに喋って
  293. ヘルカ: どんな言葉遣いをしていたか もう忘れてしまいましたよ
  294. ドルマ: 故郷で、救世主だって 言われる前…
  295. ドルマ: ヘルカはそんな丁寧な 言葉遣いをしてなかった
  296. ドルマ: …あの頃みたいに話して
  297. ヘルカ: だから… もう忘れてしまったんです
  298. ドルマ: …………
  299. ヘルカ: それに、ドルマだって 口調は変わっていますよ
  300. ドルマ: それは…ヘルカと、もっと 対等になろうって、思って…
  301. ヘルカ: いずれにせよ、すべては移ろい 変わっていくのです
  302. ヘルカ: もとに戻すことなど 誰にもできません…
  303. ヘルカ: けれど私にも変わらない思いはある それは…ドルマを守りたいという思い
  304. ヘルカ: このままではドルマは ラクシャーシーになってしまうかもしれない そうすれば悲劇が待っているかも…
  305. ヘルカ: …そんなことはさせない
  306. ヘルカ: どうする?私がドルマのかわりに ラクシャーシーになる?
  307. ヘルカ: ドルマのためにまた 人々の希望を背負い モンゴル軍と戦う…?
  308. ヘルカ: …私が、みんなの希望の ラクシャーシーに…
  309. ヘルカ: でも私には、みんなの気持ちが よくわかりません
  310.  
  311. FILENAME: text_310512-1.txt
  312. ヘルカ: 私は、バター茶を 甘い飲み物だと思っていました
  313. ヘルカ: 煮出したお茶に、ヤクのバターとお乳 それから塩を混ぜ合わせた飲み物なので 実際は甘いというよりしょっぱい味がします
  314. ヘルカ: けれどおばあちゃんが生きていた頃 あれは甘い飲み物なんだと思い込んでいて 私は飲んでみたくて仕方ありませんでした
  315. ヘルカの母: 「あんなのしょっぱいだけよ お母さん、嫌いだわ」
  316. ヘルカ: 嘘だ、とっても甘い匂いがするもん お母さんたちは隠してるんだ、私が寝たあとに 大人だけでバター茶を飲んでるんだ
  317. ヘルカ: そう言って泣く私を不憫に思ったのか おばあちゃんがこっそりバター茶を 私のために用意してくれました
  318. ヘルカ: おばあちゃんのバター茶は 私の思っていた通り、甘かった
  319. ヘルカの祖母: 「欲しくなったらまたおばあちゃんに 言うんだよ」
  320. ヘルカの祖母: 「みんなには内緒だからね」
  321. ヘルカ: それからおばあちゃんが死んでしまうまで 私は甘いバター茶をたっぷり飲ませて もらいました
  322. 人々: 「どうぞ…ラクシャーシー様の好きな バター茶ですよ」
  323. ヘルカ: 私が…奇跡を起こしたラクシャーシー ということになってから 集落の人たちの態度は変わりました
  324. ヘルカ: まるで私にお供えをするかのように 色んなものをみんなが 持ってきてくれるようになったのです
  325. ヘルカ: 『…しょっぱい』
  326. ヘルカ: はじめて飲んだ おばあちゃん以外が淹れてくれた バター茶は、とてもしょっぱく感じました
  327. ヘルカ: あとでわかったのですが おばあちゃんはバター茶に塩ではなく 高価な砂糖を入れてくれていたそうです
  328. ヘルカ: 身の回りのものを売ったり もう体もあんまり丈夫じゃないのに 遅くまで内職をしたりしてお金を稼ぎ
  329. ヘルカ: 私の信じる“甘いお茶”という幻想を 現実のものにしてくれていたのでした
  330. 人々: 「お気に召しませんでしたか?」
  331. ヘルカ: 『…ううん、おいしい とっても甘くて』
  332. ヘルカ: 私はバター茶は甘い飲み物だと 信じつづけることにしたのです
  333. ヘルカ: けれど、ただ信じているだけでは ダメなのです…行動をしないと
  334. ヘルカ: そうじゃないと…ドルマは ラクシャーシーになってしまう
  335. ヘルカ: そんな思いを強くしたのがこの日でした…
  336. ヘルカ: さて… …掃除もこれで終わりです
  337. ヘルカ: それにしても…ラマなんですから もっといい部屋に住めばいいのに
  338. ヘルカ: 私たちの部屋と違いが あるとすれば…
  339. ヘルカ: …これですね
  340. ヘルカ: ラマの部屋には経典などの他に 歴史や物語などの書き写しが 多くありました
  341. ヘルカ: 私は悪いと思いながらも 掃除の度に つい読み耽っていたのです なかでも私が興味を持ったのが…
  342. ヘルカ: …モンゴルの言葉 だいぶわかるようになりました
  343. ヘルカ: ――っ!?
  344. ヘルカ: この足音… ラマが戻ってくる…
  345. ヘルカ: 貝葉が散らばったままですし… み、見つかる前に隠れないと…っ
  346. ラマ: …ここなら誰にも 聞かれる心配はないでしょう
  347. ラマ: うん…?
  348. ドルマ: ラマ、ちゃんと整理しなさいよ 書き写しが散らかってる
  349. ラマ: …そうですね
  350. ラマ: それで…ラクシャーシーの儀に ついてでしたか?
  351. ドルマ: そうよ いつやるの?
  352. ラマ: まだその予定はありません
  353. ドルマ: ずっとそればっかり! いつまで待たせるの?
  354. ラマ: ジャータカ様のお心次第ですので
  355. ドルマ: だったらジャータカ様に会わせて 直談判するわ!
  356. ラマ: いけません、そんなこと
  357. ドルマ: ダメって言われても みんな待ちきれなくなってるわ
  358. ドルマ: …そのうち暴発するかもね
  359. ラマ: …………
  360. ドルマ: よく考えて これからのことを決めなさい
  361. ラマ: …ふう ヘルカ、そこにいますね?
  362. ヘルカ: …気づいていたんですか…?
  363. ラマ: やれやれ… モンゴル語は覚えましたか?
  364. ヘルカ: そこまで知られているんですね
  365. ラマ: よく読まれた痕跡が ありましたからね…
  366. ヘルカ: …それよりラマ ドルマのことですが…
  367. ラマ: …ついてきてくれませんか? 行きたい場所があるのです
  368. ヘルカ: どこへ?
  369. ラマ: ラクシャーシーの儀が 行われる場所へ
  370. ラマ: …着きましたよ
  371. ヘルカ: ここが…
  372. ヘルカ: (私とドルマが閉じ込められた あの洞穴に似てる…)
  373. ラマ: ここで ラクシャーシーの儀…つまり
  374. ラマ: ジャータカ様との契約が 結ばれます
  375. ヘルカ: ジャータカ様はどちらに…?
  376. ラマ: いえ、ジャータカ様は 滅多にお姿を見せてくれません
  377. ラマ: というより、選ばれた者しか お目にかかれないのです
  378. ラマ: 我々は候補となる者を ここへ連れてきているだけ…
  379. ヘルカ: …何が行われているのかも 知らないんですよね?
  380. ラマ: …あなたにだけ言いますが ラクシャーシーの儀というのは
  381. ラマ: 人を悪鬼羅刹にする 恐ろしい儀式なのかもしれません
  382. ラマ: そもそもラクシャーシーとは そういう意味の言葉ですからね…
  383. ヘルカ: …他の尼僧院の少女僧も ここでラクシャーシーに?
  384. ラマ: いいえ、それぞれ違う場所で 儀式を行っていますが…
  385. ラマ: 他の尼僧院はもう存在しないので ここが唯一の場所かもしれません
  386. ヘルカ: 存在しない…?
  387. ラマ: モンゴル軍に焼き払われたのです
  388. ラマ: 今朝方、北の尼僧院も襲われたと 知らせが届きました
  389. ヘルカ: …………
  390. ラマ: ヘルカ…こんな言い伝えを 聞いたことがありませんか?
  391. ラマ: チベットの大地の下には ラクシャーシーが横たわると
  392. ヘルカ: はい、あります… チベットの礎になったって…
  393. ラマ: ラクシャーシーになった少女は 皆、チベットのために戦い…
  394. ラマ: そして全員 非業の最期を遂げました
  395. ヘルカ: …そんな歴史がつづいてきたと?
  396. ラマ: ええ、何百年もラクシャーシーの 力は利用されてきました
  397. ラマ: …そのバチが 当たったのかもしれませんね
  398. ヘルカ: …ラクシャーシーの儀など やめたらいいじゃないですか
  399. ヘルカ: 引き返せるうちに 引き返した方がいいですよ
  400. ヘルカ: いい提案だと思いました ラクシャーシーの儀が中止になれば ドルマがラクシャーシーにならなくて済む 私もそんなものにならずに済む
  401. ヘルカ: だからラマを説得し 中止の確約を取ったのです
  402. ヘルカ: まさかあんなことになるとは知らずに…
  403.  
  404. FILENAME: text_310512-2.txt
  405. 指導僧: …今日はここまで 消灯までは独習とします
  406. 少女僧たち: わーい!
  407. 指導僧: …いいですか、独習ですよ? 遊びの時間ではありませんよ?
  408. 少女僧たち: わかってまーす
  409. 指導僧: …わかってないでしょうに まったく…
  410. ドルマ: ヘルカ
  411. ヘルカ: …………
  412. ドルマ: …………
  413. ドルマ: 起きなさいよ!
  414. ヘルカ: うわああああ!!
  415. ヘルカ: はあ、はあ…びっくりした 大きな声出さないでください
  416. ドルマ: 居眠りなんかしてるからよ
  417. ヘルカ: あ、もう終わったんですね えへへ…ずっと寝てました
  418. ドルマ: はあ…まあいいわ
  419. ドルマ: それより、さ… バター茶飲みにいかない?
  420. ヘルカ: バター茶!
  421. ドルマ: ヘルカ、好きでしょ?
  422. ヘルカ: 好きってもんじゃないですよ 常に飲みつづけていたいです!
  423. ヘルカ: あ、でも、いいんですか? 独習しなくて
  424. ドルマ: うん…ヘルカに話があるの だから、ふたりで…
  425. デキー: え!なになに!? 遊びにいくの!?
  426. ヘルカ: はい、ドルマがバター茶 飲みにいこうって
  427. デキー: えー!?やったー!! 私も行く行く!!
  428. ドルマ: …………
  429. ヘルカ: じゃあ私、ちょっとだけ お花を見てきますから
  430. デキー: 先に行って待ってようか!? うっひょーい、楽しみだあ!!
  431. ドルマ: …………
  432. デキー: …え、機嫌悪い?
  433. ドルマ: 別に
  434. ヘルカ: 尼僧院は小高い丘の上にあって その下には町が広がっています
  435. ヘルカ: 本当は無闇に町へ行くことは 禁じられているのですが 私たちは頻繁に遊びに出ています
  436. ヘルカ: 見つかったら、さすがに怒られますが… でもこうやって抜け出してみんなと遊ぶのは いけないとわかっていても、とても楽しいです
  437. デキー: ここだよね!? このお店!!
  438. ドルマ: そうだけど…もうちょっと 声を落としてよ
  439. ヘルカ: 私たち少女僧はお金を持っていないので 物を買ったりすることはできません
  440. ヘルカ: ですが、この町のみなさんは無償で… 喜捨という形で食べ物や衣服などを 私たちに与えてくれるのです
  441. ヘルカ: バター茶もそのうちのひとつでした
  442. デキー: わくわく…
  443. ドルマ: …あんた、そんなに好きなの?
  444. デキー: あのしょっぱさがスープみたいで 好きなんだ!!
  445. デキー: ヘルカもしょっぱいの好き? 一緒だね!!
  446. ヘルカ: いいえ 私は甘いものが好きです
  447. デキー: …そうなの?
  448. ドルマ: そうなのよ
  449. デキー: え、なんでドルマが答えるの…
  450. ヘルカ: …あ、バター茶が できたみたいですよ
  451. ヘルカ&デキー: わーい!
  452. ヘルカ: そして…バター茶を飲みながら 私たちはお喋りをしました
  453. ヘルカ: ドルマは何か話したいことが あったみたいですが、デキーがいたせいで 話せないみたいでした
  454. ヘルカ: それはちょっと気になりましたけど このひとときがなんだか楽しくて あとで聞けばいいやって思っていたのです
  455. 住民: 「モンゴル兵だ!」
  456. ヘルカ: …この誰かの悲鳴のような声を 聞くまでは
  457.  
  458. FILENAME: text_310512-3.txt
  459. ヘルカ: モンゴル兵は…あそこですか
  460. ドルマ: …誰か追われている?
  461. ヘルカ: 見た限りモンゴル兵といっても 数騎しかいません
  462. ヘルカ: 哨戒中に不審な集団を 見かけたから追ってみた…
  463. ヘルカ: おそらく そんなところでしょう
  464. ヘルカ: …デキーはラマにこのことを 知らせてください、私は…
  465. デキー: ヘルカは、どうするの!?
  466. ヘルカ: …町のみなさん!あそこで チベットの同胞が襲われています
  467. ヘルカ: 私はこれから彼女らを迎えに いきますので…
  468. ヘルカ: みなさんもついてきてください
  469. デキー: ――っ!?
  470. 住民: 「つ、ついてこいって…」
  471. 住民: 「やられちゃうんじゃ…」
  472. ヘルカ: 心配しなくていいですよ
  473. ヘルカ: 私についてくれば、 きっと大丈夫ですから
  474. ドルマ: …そうやってすぐ 特別になろうとして…
  475. ヘルカ: 町の人々は渋々ではありましたが 協力してくれました
  476. ヘルカ: すると、モンゴル兵も住民がぞろぞろと 出てくるのも見て分が悪いと悟り 逃げ帰っていったのです
  477. ヘルカ: …まあ、こんなのはただのハッタリ 向こうが少数だから通じた手です 驚くようなことではありません
  478. ヘルカ: むしろ…助けた集団が モンゴル軍に襲撃を受けた 北の尼僧院の生き残りだった方が よっぽど驚くべきことでした
  479. 北の尼僧院の少女僧: ごめんなさい、 巻き込んでしまって…
  480. 北の尼僧院の少女僧: でも私たち 他に行くところがないの…
  481. ヘルカ: 別に追い出したりしませんよ そんなの、つまらないです
  482. ヘルカ: みんなで仲よく過ごせば いいじゃないですか…ね?
  483. 北の尼僧院の少女僧: …ね、ねえ もしかして、あの子って…
  484. 北の尼僧院の少女僧: きっとそうよ そうに違いないわ…
  485. 北の尼僧院の少女僧たち: 「この尼僧院のラクシャーシー様だ」
  486. ヘルカ: え…
  487. ドルマ: …ちっ
  488. 北の尼僧院の少女僧: ラクシャーシー様がいるなら もう安心です
  489. 北の尼僧院の少女僧: 一緒にモンゴル軍を やっつけましょう!
  490. ヘルカ: いえ、私は…
  491. ドルマ: ヘルカは今疲れてるから 話はあとにして
  492. ドルマ: …あんたたちも浮かれてないで 報告すべきことがあるわよね?
  493. 北の尼僧院の少女僧: あ、はい…
  494. ドルマ: とにかく、尼僧院に行きましょう
  495. ヘルカ: それから… 北の尼僧院の少女僧たちは 自分たちが体験してきたことを ラマに話しました
  496. ヘルカ: 北の尼僧院にはラクシャーシーが いたそうなのですが…
  497. ヘルカ: 大切な友人…敬愛する北の尼僧院のラマ… そういった人たちがモンゴル兵の手にかかると “魔”に取り憑かれてしまったそうです
  498. ヘルカ: 詳しい意味はわかりませんでしたが いずれにせよ、敗れたのでしょう
  499. ヘルカ: ともかく、ここ以外のすべての尼僧院は モンゴル軍の手に落ちてしまったようです
  500. ヘルカ: ここが、最後の希望…
  501. ヘルカ: ですがラマの命令は みんなの期待から外れたものでした
  502. ヘルカ: …唯一、私を除いて
  503. ラマ: こんな夜更けに集まってもらって 申し訳ありません
  504. ラマ: ですが、至急みなさんに お伝えしたいことがありまして…
  505. ヘルカ: …ドルマ、夜だけど大丈夫?
  506. ドルマ: ヘルカがいるから平気
  507. ラマ: 北の尼僧院がモンゴル軍によって 焼き払われてしまいました
  508. ラマ: 北のラクシャーシーも奮戦した ようですが、残念ながら…
  509. 少女僧たち: そんな…
  510. ラマ: 現在、連絡の取れる尼僧院は 他にどこにもありません
  511. ラマ: 孤立し、救援も望めぬ以上 私たちはこう決断せざるを得ない
  512. ラマ: この尼僧院を放棄し 避難の準備をはじめます
  513. 少女僧たち: ――っ!?
  514. ラマ: 当然、ラクシャーシーの儀は 行いません
  515. ドルマ: …………
  516. ドルマ: え…なんで…? ね、ねえヘルカ…なんで?
  517. ヘルカ: なんでって…仕方ないですよ それに…
  518. ヘルカ: …もういいじゃないですか ラクシャーシーに夢なんて見ず
  519. ヘルカ: みんなで逃げて、どこかの村で 楽しく過ごせば…
  520. ドルマ: …ふ…ふふ…そう… そうきたか…
  521. ヘルカ: どうしたのですか?
  522. ドルマ: 見ててね、ヘルカ あたしが変えてあげるから
  523. ドルマ: あたしが、あんたを救うの!
  524. ヘルカ: それって…どういう…
  525. ドルマ: みんな!
  526. ドルマ: ラマを捕まえろ! そいつはモンゴルの手先だ!!
  527. ヘルカ: ――っ!?
  528.  
  529. FILENAME: text_310512-4.txt
  530. ヘルカ: ――っ!?
  531. ドルマ: 北の尼僧院が襲われたのも そいつが情報を売ったから…
  532. ドルマ: そして今度はうちってわけ
  533. ラマ: な、何を言うのです… 聡明なあなたらしくない…
  534. ドルマ: あたしは知ってるの
  535. ドルマ: 誰もラクシャーシーにさせず 尼僧院を弱体化させるんでしょ?
  536. ドルマ: みんな、こんなことが 許されると思う?
  537. 少女僧: …ゆ、許されない!
  538. 少女僧: ラマを捕まえよう!
  539. ラマ: どうして、そんな…
  540. ラマ: みなさんもわかっているはず すべてデマカセだと
  541. ドルマ: ははは… ラマはこんなことも知らないの?
  542. ドルマ: 「人は、信じたいものを信じるのよ」
  543. ドルマ: …嘘だとわかっててもね
  544. ラマ: …………
  545. ラマ: …そうでしたね
  546. ドルマ: こいつを縛りつけて! 他の坊主どもも拘束しにいくわよ
  547. デキー: みんなやっつけちゃうの!? グルだったの!?
  548. ドルマ: そりゃそうよ!あたしたちを いいように利用してたの
  549. ドルマ: もうこの尼僧院に 汚い大人はいらない
  550. ドルマ: いい?今日からここは…
  551. ドルマ: 「あたしたちのシャンバラよ」
  552. ヘルカ: ドルマ…
  553. ヘルカ: ドルマの周りには多くの少女僧が集まり 指示に従ってラマを縛りつけました
  554. ヘルカ: こんなにも疑いなくドルマの言うことを みんなが聞くなんて…おそらく以前から ラマの悪評でも流していたのでしょう
  555. ヘルカ: そして自分の同志にして きっかけが訪れればこの尼僧院を奪う…
  556. ドルマ: ヘルカ、見ていてくれた?
  557. ヘルカ: …ドルマ、どうするんです こんなことをして…
  558. ドルマ: どうするって… ラクシャーシーになるのよ
  559. ドルマ: ラクシャーシーの儀を行ってね あたしに力を授けてもらうの
  560. ヘルカ: そんな…
  561. ドルマ: 大丈夫、心配しないで あたしが守ってあげるから
  562. ヘルカ: …ドルマは何もわかっていない
  563. ヘルカ: あなたが私を守るんじゃない… 私があなたを守るんです…!
  564. ドルマ: あっ、ヘルカ…!
  565. 少女僧: こっちも捕まえたよ!
  566. 少女僧: もっと捜そう!
  567. ヘルカ: …………
  568. ヘルカ: ついさっきまで先生とされていた大人たちは いまや追われる身になっています
  569. ヘルカ: 彼らを捕まえてジャータカ様のもとへ 自分たちを連れていかせるのが目的のようですが そもそもそれは無理なこと…
  570. ヘルカ: ラマですらジャータカ様とは まともに会えないのですから
  571. ヘルカ: …こんなことをしたって何にもなりません いえそれどころか、本来は不要な 辛くて悲しい思いをすることになるでしょう
  572. ヘルカ: 私には、ジャータカ様の行方を掴めず 求心力を失って、みんなのやり玉に挙げられ 惨めな最期を迎えることになるドルマが見えます
  573. ヘルカ: 予感があるのです
  574. ヘルカ: 私はドルマを守ると決めたのですから そんなことは阻止しなくてはなりません
  575. ヘルカ: もしドルマを守れなかったら 今度こそ本当に私は何者でもなくなる…
  576. 北の尼僧院の少女僧: …あ、あの…
  577. ヘルカ: 知らない人に声をかけられたと思ったら 彼女は昼間に助けた別の尼僧院… 北の尼僧院の少女僧でした
  578. ヘルカ: 彼女の他にも北の尼僧院の少女僧が ぞろぞろと姿をあらわします
  579. 北の尼僧院の少女僧: いったい、 何が起きているんですか?
  580. ヘルカ: ああ、それは…
  581. ヘルカ: 事情をかいつまんで説明すると 彼女は難しい顔をしました
  582. ヘルカ: 助かった矢先にこんな内部のゴタゴタに 巻き込まれたのです、きっとため息でも 吐きたい心境なんだろうなと思ったら…
  583. 北の尼僧院の少女僧: わかりました 私たちも協力します
  584. ヘルカ: え…?
  585. 北の尼僧院の少女僧: 尼僧院をもとに戻すために 行動するんでしょう?
  586. 北の尼僧院の少女僧: それくらいは 恩返しさせてください
  587. ヘルカ: どうも彼女たちは私のことを 誤解している様子でした
  588. ヘルカ: 私が彼女たちを助けたのは 別に正義感や使命感に 突き動かされたからではありません
  589. ヘルカ: あのまま放っておくと ドルマが危険な目に遭うと思ったからです
  590. ヘルカ: ドルマはラクシャーシーになりたがっている… そのため、自分自身に特別であることを課して 英雄的な行動を取ろうとするんじゃないか…
  591. ヘルカ: そんなふうに思ったから 阻止しようと動いているだけに過ぎません
  592. ヘルカ: …なのにどうして彼女たちは 特別な存在を見るような目で 私を見るのでしょうか
  593. ヘルカ: あっ…
  594. ヘルカ: 遠くの方に小さな灯りが いくつもゆらゆらと動いています あれは人が持つ松明…
  595. ヘルカ: モンゴル兵…
  596. ヘルカ: すぐにわかりました 昼間のモンゴル兵が仲間を連れて 戻ってきたのだと
  597. ヘルカ: つまり彼らは 本格的にこの町を襲うつもりなのです
  598. 北の尼僧院の少女僧: まずいよ、こんなときに…
  599. 北の尼僧院の少女僧: …これからどうしますか? 私たちはあなたについていきます
  600. ヘルカ: 逃げた方がよくありませんか?
  601. 北の尼僧院の少女僧: 逃げるよりもあなたについていく 方が、うまくいく気がしますから
  602. ヘルカ: …そんなふうに期待するのは やめてください
  603. ヘルカ: でも…立ち向かわなくてはならない そうしないとドルマを守れないから
  604. ヘルカ: 私は、特別なんかじゃないのに
  605.  
  606. FILENAME: text_310513-1.txt
  607. 北の尼僧院の少女僧: ヘルカさん 一応、配置につきましたけど
  608. 北の尼僧院の少女僧: 本当にいいんですか…?
  609. ヘルカ: これが一番賢いやり方なんです
  610. ヘルカ: みんなは話がつくまで 攻撃を食い止めてください
  611. 北の尼僧院の少女僧: は、はい…
  612. ヘルカ: …モンゴル兵が 向かってきていますね…
  613. ドルマの声: 何やってるのよ、あんた!
  614. ヘルカ: ――っ!?
  615. ドルマ: なんであんたが 指揮なんてしてるの…?
  616. ドルマ: あたしがかわりを引き受けて あげようとしてるのに…!
  617. ヘルカ: …だからです
  618. ドルマ: え…?
  619. ヘルカ: あなたに危ない思いを してほしくない…
  620. ヘルカ: …だから私が戦うのです
  621. ドルマ: …………
  622. ドルマ: …みんな、聞いて 今から敵に突撃するわ
  623. 少女僧たち: ――っ!?
  624. ドルマ: みんな、言ってたわよね モンゴル軍が憎いって
  625. ドルマ: 今が復讐を果たすとき… 命をかけるわよ、みんな!
  626. 少女僧たち: …………
  627. ドルマ: なんでよ…
  628. ドルマ: モンゴル軍が憎いんでしょ? それは嘘じゃないんでしょ?
  629. ドルマ: だったらどうして… 戦えないのよ
  630. ヘルカ: モンゴル軍を憎む気持ちは 本当なのでしょうが…
  631. ヘルカ: だからといって…みんな 死にたいわけではありません
  632. ドルマ: …あたしが指揮すると みんな死ぬって?
  633. ヘルカ: はい、そうです
  634. ドルマ: …くっ
  635. ヘルカ: でも…大丈夫です 戦いは終わりますから
  636. ドルマ: 戦いが終わるって… 何か策があるの…?
  637. ヘルカ: 『いいえ、私たちは敗北を受けいれるのです それで戦いが終わります』
  638. ドルマ: …え?
  639. ヘルカ: 敵の数は相当多いです 昼間とは比較になりません
  640. ヘルカ: 仮にここで敵を退かしても 彼らはまた軍を率いて襲来する…
  641. ヘルカ: 彼らに目をつけられた時点で もう終わっているんです
  642. ヘルカ: …私たちの戦いは
  643. 少女僧: そ、そんなの北の人たちが 全部悪いんじゃない!
  644. ヘルカ: 彼女らを助けたのは私です だから悪いのも私です
  645. ヘルカ: すべての責任は私にある
  646. ドルマ: ヘルカ…あんた、 何をするつもり…?
  647. ヘルカ: この場合の責任の取り方は そう多くないと思いますよ
  648. ドルマ: だから、何をするつもりなの!
  649. ヘルカ: 敵に捕まるつもりです
  650. ドルマ: ――っ!?
  651. ヘルカ: これから、尼僧院の代表として モンゴルに降伏を申し出ます
  652. ヘルカ: 私の首だけで済めばいいのですが 最悪、ラマも道連れになるかも…
  653. ヘルカ: あはは…まあ、そうならない ように頑張ってみます
  654. ヘルカ: これが一番、被害が少なく 済みますからね
  655. ヘルカ: あ、一応尼僧院の代表は私だと 口裏を合わせておいてくださいね
  656. ドルマ: …ちょっと… ちょっと待ってよ
  657. ドルマ: なんで、そうなるの…? なんでヘルカが犠牲に?
  658. ドルマ: そんなのおかしいじゃない
  659. ヘルカ: 犠牲ではありませんよ 自分の責任を取るだけです
  660. ドルマ: 一緒よ! ヘルカがいなくなるんだもの!
  661. 少女僧: け、けど…それでモンゴル軍が 退いてくれるなら…
  662. ドルマ: お前…っ!
  663. ヘルカ: いけませんよ、ドルマ 友だちにお前なんて言うのは
  664. ドルマ: でも…!
  665. 北の尼僧院の少女僧: あの、ヘルカさん… もう攻撃を防ぎきれなくて…
  666. ヘルカ: わかりました、行きましょう
  667. 北の尼僧院の少女僧: …………
  668. ヘルカ: そんな顔をしないでください あなたのせいではないのですから
  669. 北の尼僧院の少女僧: …必ずモンゴル軍に仇討ちを
  670. ヘルカ: それこそ私の行動が 無意味になります
  671. ヘルカ: だからやめてください つまらないです、そんなの
  672. ドルマ: …………
  673. ドルマ: …は…ははは…
  674. ヘルカ: ドルマ?
  675. ドルマ: 自分を犠牲にしてみんなを救う? みんなの生命の礎になる…?
  676. ドルマ: そんなの…ラクシャーシー そのものじゃない!
  677. ヘルカ: ドルマ…!
  678. 少女僧: モンゴル兵に向かってる!? 自棄になったんだ!
  679. ヘルカ: …今すぐ あれを用意してください!
  680. ヘルカ: 降伏はやめです ドルマを救うのが最優先です!
  681.  
  682. FILENAME: text_310513-2.txt
  683. ドルマ: うあああ…ッ!
  684. モンゴル兵: …ふん、この程度…
  685. ドルマ: きゃあ…っ!
  686. モンゴル兵: 愚かなやつだ 単身で戦いにくるとは
  687. モンゴル兵: お前相手なら勝てると 思ったんだろう
  688. モンゴル兵: 何だと!
  689. モンゴル兵たち: はっはっはっは…
  690. ドルマ: …なに笑ってんのよ
  691. ドルマ: 言葉はわかんなくても バカにされてるくらいわかるわ
  692. モンゴル兵: こいつ、まだやる気か…?
  693. ドルマ: …あたしは…負けない…
  694. ドルマ: あんたたちなんかに 絶対に負けない
  695. ドルマ: だって、あたしが負けたら ヘルカが戦うことになるもの
  696. モンゴル兵: この…!
  697. ドルマ: くっ、あ…っ!
  698. モンゴル兵: そろそろ遊びも終わりにするか? ええ?
  699. ドルマ: うるさい、うるさい…
  700. ドルマ: わけのわかんない言葉で 話しかけてくるな…!
  701. ドルマ: あんたたちなんか消えろ!
  702. ドルマ: あんたたちなんかがいるから ヘルカが戦うことになるんだ!
  703. ドルマ: あたしのヘルカちゃんを 傷つけるな…っ!
  704. ドルマ: な、なに…これ…?
  705. ヘルカの声: ドルマ、伏せてください!
  706. ヘルカ: 間一髪間に合ったとき 私が放り投げたのは モンゴル軍からろかくし 教練で使っていた…
  707. ヘルカ: てつはうです
  708. ヘルカ: 激しい音がする度に地面が揺れ 馬は啼き、兵たちが振り落とされる
  709. ヘルカ: あのモンゴル軍が 自分たちの武器を使われて混乱に陥り 壊走しはじめていました
  710. ドルマ: …奇跡だ…
  711. ヘルカ: そんなたいそうなことでは ありませんよ
  712. ドルマ: え…?
  713. ヘルカ: ―ヘルカ― 急に走り出したときは 本当に焦りましたけど…
  714. ヘルカ: ―ヘルカ― まあ、無事でよかった… ドルマが死んだりしたら、いやですから
  715. ドルマ: ―ドルマ― …………
  716. ヘルカ: ―ヘルカ― ああ、てつはうですか?尼僧院にあったんです 使い方は以前見たときに覚えましたから…
  717. ヘルカ: ―ヘルカ― 交渉がうまくいかなかったときの 最後の手段として用意してたんです
  718. ヘルカ: ―ヘルカ― これを使って、私ごと爆発してやろうって
  719. ドルマ: ―ドルマ― …なんで、そこまでするの?
  720. ヘルカ: ―ヘルカ― ドルマを守りたいからです
  721. ドルマ: ―ドルマ― …あたしを、守りたい?
  722. ヘルカ: ―ヘルカ― はい
  723. ドルマ: ―ドルマ― なんでそんなことが言えるの
  724. ヘルカ: ―ヘルカ― え…?
  725. ドルマ: ―ドルマ― 本当に守ろうと思ってるなら… 死のうとしないでよ
  726. ドルマ: ―ドルマ― 置いていこうとしないで
  727. ドルマ: ―ドルマ― あたしひとりでこんな世界に残されて… それで、どうしたらいいの?
  728. ドルマ: ―ドルマ― 一緒にいてよ、ヘルカちゃん…
  729. ヘルカ: ―ヘルカ― …………
  730. ドルマ: ―ドルマ― …ヘルカちゃんだって、みんなの先頭を 歩かされて、横に並ぶ人が誰もいなくて…
  731. ドルマ: ―ドルマ― それでもずっと重荷を背負ったまま 先頭を行くしかないなんて…寂しいよ
  732. ドルマ: ―ドルマ― あたしを、横に並べてよ
  733. ドルマ: ―ドルマ― あたしを、ヘルカちゃんの特別にしてよ
  734. ドルマ: ―ドルマ― ね?一緒にいさせてよ…
  735. ヘルカ: ―ヘルカ― …………
  736. ドルマ: ―ドルマ― 答えてくれないんだ
  737. ドルマ: ―ドルマ― …ヘルカちゃんのバカ
  738. ヘルカ: ―ヘルカ― そう…バカなんでしょうね…
  739. ヘルカ: ―ヘルカ― 私はドルマを守っていたい… 守られるのじゃなくて
  740. ドルマ: ―ドルマ― …………
  741. ドルマ: ―ドルマ― …知ってる
  742. ドルマ: ―ドルマ― 何度も、何度も この光景を見てきたから
  743. ドルマ: ―ドルマ― でもこうやって助けられる度に あたしは思ってたの
  744. ドルマ: ―ドルマ― ヘルカは誰に助けられるんだろうって… 寂しいんじゃないかって…
  745. ドルマ: ―ドルマ― あたしはヘルカを救いたかった 助けになりたかった、支えになりたかった
  746. ドルマ: ―ドルマ― だから、特別になろうと思った
  747. ドルマ: ―ドルマ― あたしも特別になれば もうヘルカはひとりじゃないから…
  748. ドルマ: ―ドルマ― あたしはそういう ヘルカにとっての特別になりたかった
  749. ドルマ: ―ドルマ― なのに…ごめんね…
  750. ヘルカ: ―ヘルカ― …謝ることなんて何もありませんよ
  751. ヘルカ: ―ヘルカ― あなたが生きている…それだけで 私は救われているのです
  752. ヘルカ: ―ヘルカ― …本当に
  753. ヘルカ: そのあと… モンゴル兵は退いていきました
  754. ヘルカ: …今回はうまくいきましたけど こんなのは二度も通じません
  755. ヘルカ: もう危ない真似は しないでください
  756. ドルマ: …いやよ あたしはあんたを守りたいもの
  757. ヘルカ: ドルマ…
  758. ドルマ: けど、あんたはあたしを守りたい
  759. ドルマ: これはもしかしたら 呪縛なのかもしれないけど…
  760. ドルマ: この中にいるのは 心地いいね…あはは
  761. ヘルカ: …………
  762. ヘルカ: …私も、そう思います
  763.  
  764. FILENAME: text_310513-3.txt
  765. ヘルカ: モンゴル兵たちは退いていきましたが これで終わりではありません
  766. ヘルカ: 彼らはきっとこれからも襲ってくるはずです さらなる軍勢を揃えて
  767. 先生役の少女僧: 弓はこのように構えます いいですか?
  768. 少女僧: は~い
  769. ヘルカ: だから…モンゴル軍の襲来に備えて 教練に力を入れるようになりましたよね?
  770. ヘルカ: …私は最後まで 慣れませんでしたけど…
  771. 少女僧: よし、異常なし!!
  772. ヘルカ: それから見回りも強化して 尼僧院というより自警団のような 雰囲気にもなりましたよね
  773. ヘルカ: 思い返してみると この一件で色々と変わりましたね…
  774. ヘルカ: ラマたちだって このあと、いなくなったのですから
  775. ドルマ: …あとは好きにして
  776. ドルマ: 尼僧院に戻ってこなかったら 何をしていてもいいわ
  777. ラマ: わかりました
  778. ヘルカ: …………
  779. ラマ: 最後にあなたに会えてよかった お詫びをしたかったのです
  780. ヘルカ: お詫び?
  781. ラマ: 結局私たちはあなたたちのことを 信じきれなかったのでしょう
  782. ラマ: あなたたちなら私たちの想像を 超える何かを生み出せる…
  783. ラマ: …そんな可能性もあるのに どこかで私たちは諦めていた
  784. ラマ: 本当にすみませんでした これからの尼僧院を頼みます…
  785. ヘルカ: …勝手ですね
  786. ヘルカ: それに…頼まれたって 私には何もできやしませんよ
  787. ヘルカ: モンゴルと戦うことに 意味を感じていませんから
  788. ラマ: …それでもきっとあなたは モンゴルと戦うことでしょう
  789. ラマ: 暴力による戦いだけでなく…
  790. ヘルカ: え…?
  791. ラマ: ヘルカ… あなたならなれるかもしれません
  792. ラマ: 真のラクシャーシーに
  793. ヘルカ: 真の、ラクシャーシー…?
  794. ラマ: モンゴル語の書き写し… 餞別に差し上げますよ
  795. ラマ: きっとあなたの役に立つはずです
  796. ドルマ: …知りたかったことは結局 何も知らなかったわね、あいつら
  797. ヘルカ: ねえドルマ…本当に彼らを追放 しないといけなかったんですか?
  798. ドルマ: 今さらもとには戻れないわ
  799. ドルマ: それに、ラクシャーシーに なりたい子は大勢いるから…
  800. ヘルカ: …………
  801. ドルマ: …戦えなかったくせにって 思ってる?
  802. ヘルカ: いいえ、そうではなく…
  803. ヘルカ: いつまで憎しみ合えば いいのかなって思って…
  804. ドルマ: …………
  805. ヘルカ: 私たちは黙って 去っていく大人たちを見送りました
  806. ヘルカ: 彼らがこれからどこへ行くのか 私たちは知りませんでした
  807. ヘルカ: それどころか 私たち自身がどこへ行くのかさえも あの当時は知らなかった…
  808.  
  809. FILENAME: text_310513-4.txt
  810. ヘルカ: …そうしてたどり着いたのが ここというわけです
  811. ヘルカ: 本当に色んなことがありましたね
  812. ヘルカ: もっともドルマは もう覚えてないでしょうけど…
  813. ヘルカ: ねえドルマ…あの青い花はまだ あそこで咲いてますかね…?
  814. ヘルカ: 咲いているといいのに…
  815. ヘルカ: …少しだけ感傷的なことを 言わせてもらうと…
  816. ヘルカ: 花は光の差す方に顔を向ける… だから私も…
  817. ヘルカ: 同じように光の方へ 顔を向けていたいです
  818. ヘルカ: 誰に何を言われても構わない
  819. ヘルカ: 私たちはここにいたんだって 懸命に生きたんだって
  820. ヘルカ: そう胸を張って これからに臨むために
  821. ヘルカ: …怖いけど、私は俯きません
  822. ヘルカ: ねえ、ドルマ… 私の大好きなドルマ…
  823. ヘルカ: あなたと会えて本当によかった
  824. ヘルカ: …この気持ちを手に入れられた だけで、私は充分です
  825. ヘルカ: とても怖いけれど、 なんだか私は幸せです
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