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- 第七章『沁みる空隙』前編
- 1
- フェルドウスには夢があった。義者アシャワンに生まれ、男として育ち、戦士ヤザタとなったなら誰もが抱く普遍の理想を、強く真摯に追い続けていた。
- ヒーローになりたい。義に篤く情を忘れず、弱きを助け強きを挫く。前をひたすら見据えながらも横と後ろに心を配り、善の勝利を十全な形で掴み取る者。
- まるでそれは、お伽噺のような――
- 不可能を可能にする奇跡の存在にいつかフェルドウスはなりたくて、またなれると信じていた。
- 自分に特殊な才能があると驕ったことは一度もない。事実として彼の力量は平均より幾らか上という程度であり、客観的にはその他大勢の部類であろうと弁えている。
- しかし、いいやだからこそ、事を成せたら最高に映えるじゃないか。
- 初めから天の何かに選ばれていた者とは違う。卑小で凡庸なフェルドウスは、ゆえに持たざる者の気持ちがよく分かった。彼らが送る何でもない日常が、どんなに尊いものかを知っていた。
- ならばその守り手たる“伝説”は、地下じげより生まれた者が体現するべきだろう。ワルフラーンに対する感謝と敬意はもちろん人後に落ちず持っているが、今や神格化すらされている過去の勇者をフェルドウスは盲目的に崇めていない。
- 誰も追いつけぬ高みを飛び、眩いほどに諸人を照らしたワルフラーンは死んだのだから。残酷でもそれが現実である以上、天才や天命という概念に頼りきるのは駄目だと思う。同じ選択を続けていたら、同じ結末にしか辿り着けない。
- 自分のような者が、勇者たらんと誓うことにこそ意味があるのだ。その道を純粋に目指し、不断の努力を積み上げていけばきっと必ず、想いは届くと――
- 信じることができたのは、ひとえに“彼”のお陰だった。
- マグサリオン――勇者の弟でありながら天に選ばれず、けれどそんな事実はどうでもいいと我が道を突き進んでいく漆黒の凶戦士。
- 彼が成した、およそ戦士ヤザタの所業とは言いがたい無慙無愧を決してフェルドウスは肯定しないが、感情に任せて頭ごなしの否定をするつもりもなかった。マグサリオンもまた持たざる者として、彼なりの理想を体現しようと血に塗れながら戦っている。器の不足を補うため、非才の身では抱えれ切れぬほどの業に焼かれつつ立っているのだ。
- その信念を、どうして難詰できようか。今日こんにちの聖王領はマグサリオンの武功で成り立っているのだから、彼の冥府魔道に物申すなら同じだけの覚悟と戦果を示さなければ道理が立つまい。口先だけの綺麗事であの黒騎士を諫めようなど、それはあまりに厚顔無恥な偽善と思える。
- つまりフェルドウスにとってのマグサリオンは、反面教師であり目標だった。凡人として生を受け、だけど“伝説”になると決めた者同士。胸の理想を叶えるためには、現状先を行っているマグサリオンの横に並ぶ必要がある。
- 並べるか? 追いつけるか? ああできるとも、だってスタートラインは変わらない。
- 彼のルートは歪で忌まわしく、狂気に満ちて禍々しいから踏襲しないが、天に選ばれずとも結果は出せるとマグサリオンが証明している。ならば恐れず、自分は自分の道を行けばいい。
- そうしていつか、対等の立場となり言ってやると決めていた。ここは任せて、君は僕のやり方を大人しく見ていろ。
- すると彼はこう返すはずだ。調子に乗るなよ。だが面白い、見せてみろ。
- マグサリオンはどこまでもマグサリオンで、他者に変えられる男じゃないと分かっている。けれど同じように下から這い上がってきた者の言葉なら、多少は届く気がするのだ。
- ズルワーンみたいな持てる者では駄目だろう。短気なサムルークは衝突するのが目に見えているし、アルマは逆に腰が引けてる。そしてクインは戒律上、自発的な行動が難しい。
- だから自分だ。マグサリオンの危なさをぎりぎりのところで御し、善の勝利に寄与できる者は自分しかいない。
- 強い男が二人立つ。その凶剣と聖剣は、どちらも凡百から生まれた叩き上げ。
- ワルフラーンのような神剣にはなれなくても、本当の意味でみんなの勇者になれたら、それは……
- とてもとても格好よく、命を賭して追うに値する夢だと信じたのだ。
- だというのに――
- 「「目が合った奴は皆殺しだ!」」
- 今フェルドウスは、自身の無力を痛感している。おまえは物語の主役どころか、ただの端役にすぎないと無情な現実を叩きつけられ、成す術もなく墜ちていく。
- 魔王マシュヤーナの襲来、連れ去られたクインたち……その混乱も冷めぬうちに現れたのは、二体の特級魔将ダエーワだった。
- 悪名高き暴窮飛蝗――その危険性はすべての戦士ヤザタが知るところだ。善の防人として看過していいはずがなく、民を守るために百名以上の同胞たちと出撃したが、結果は一蹴。
- フェルドウスは、自分がどんな攻撃を受けたのかすら認識することができなかった。刹那の閃光が走ると同時に、仲間のすべてが細切れの肉片と化し虚空に散る。
- 彼自身も、微塵に刻まれて不出来な花火を宙に描いている最中だった。まるで以前、誤解のままに殺めてしまった哀れな少女と同じように……
- 「マリカ……」
- 痛かったろう、苦しかったろう。悔しくて悲しくて、遣り切れなかったろう。
- ばらばらと四散する自身の残骸に囲まれて落下しながら、首だけとなったフェルドウスは狂おしいほどの恥辱と後悔、自己嫌悪に苛まれていた。
- なぜマリカは、僕を憎むと言わなかったのか。許さないと、おまえを呪うと――無能な戦士ヤザタを糾弾しなかったのはいったいどうして?
- 厳密に死後の彼女と会話をしたわけではないが、マリカの記憶と全人格を奪い取って模倣していたフレデリカは、あのとき確かにマリカそのもの。よって紡がれた言葉の数々は、偽りなく彼女の本心だったはずだ。
- フェルさん、フェルさんと笑ったマリカ。痛い、苦しいと嘆いたマリカ。
- タスケテタスケテという彼女の声が、今も耳にこびり付いて離れない。
- 僕は君を救うどころか、汚らわしい敵と断じて殺したのに。
- 疑問の欠片すら持たぬまま、本能アヴェスターに従って容赦なく斬り捨てたのに。
- これが正義、善であると、愚かしくも誇りさえ抱きながら無辜の少女を絶望の淵へ叩き落した。
- 度し難い。何よりも自分自身が、己の無様を許せない。
- “これ以上わたしみたいな子を生まないで……今度こそ助けて、守って、他のみんなを”
- にも拘わらず、彼女の祈りはそれだった。すでに致命的な失態を演じた自分に、次こそ間違えないでくれと願いを託した。
- マリカ、マリカ――ああ、なんて君は優しく気高く、強いのだろう。フェルドウスの瞳から、滂沱と血涙が溢れ出た。
- この償いは、彼女の期待に応えることでしか成されない。二度とマリカのような不幸を生まず、あまねく義者アシャワンを救済する尊き剣に自分が成らねば、彼女がなんのために死んだのか分からなくなってしまう。
- 無能な男が無意味に積み上げた過ちの一つ……そんな次元で、マリカの死を終わらせてはいけないのだ。
- 龍骸星から帰還して、英雄祭ウルスラグナを目にしながら、フェルドウスは自身の煩悶にそう結論づけたはずだった。もう誰も取りこぼさない。その決意は、世界の理さえ変えるに足る熱量があると信じたかった。
- 「なのに結局、この様か……僕はッ」
- 何も成せず、何も救えず、塵芥ちりあくたも同然に消える屑。
- とどのつまり、それがフェルドウスという男の運命うつわだったのだろう。もはや詫び言を口にする資格すらない。
- 重力に引かれるまま地面に叩き付けられ、砕け散る頭蓋骨。
- 吐瀉物のようにぶち撒けられ、機能を消失する脳髄。
- 間際、フェルドウスは自嘲した。
- せめてマリカ、君が僕を憎んでくれたら、僕は自分に見切りをつけて分相応な道を模索することができただろうにと……
- 今際いまわでそんな転嫁をする己の卑劣さ。こともあろうに、マリカを悪霊へ変えんとする醜い思考を自覚して、やはり僕はこの程度なんだと妙に納得してしまった。
- ゆえに――続く展開はもしかするとマリカの叱咤で、それこそ彼女が遺した呪いだったのかもしれない。
- 「……ぁ」
- フェルドウスは生きていた。意識を失っていたのは数秒か、数分か……不明だったがともあれ彼は未だ滅びず、王都の目抜き通りメインストリートで大の字になったまま倒れていた。八つ裂き以上の破壊を受けて散らばったはずの肉体も、依然として傷だらけだが五体そろった形でそこにある。
- 指の一本さえ動かせずにはいるものの、全身を苛む激痛は紛れもなく生存の証明で……これはいったいどうしたことかと纏まらない頭を巡らし、そしてふと思い至った。
- 「そうか……今日は、月曜日」
- 自己再生能力が強化される日。彼の戒律は七つの理想ちからを描いており、そのルーレットがたまたま首の皮一枚を繋げたのだ。
- これは強運と言えるのだろうか。あるいは凶運? フェルドウスはむしろ理不尽なものを感じて、怒りに近い当惑を覚えている。
- そもそも、再生げつようはそこまで大した力じゃない。殺しても死なぬ生き汚さは本来不義者ドルグワントの十八番おはこであり、義者アシャワンとは相性が悪いのだ。よってフェルドウスはこの日を“外れ”と定義しており、いくらか無茶が利くという程度の認識しか持ってなかった。
- 実際、特級魔将ダエーワの我力が乗った一撃をまともに受けて、微塵となった状態から復活するほどの性能はないはずだろう。
- では何が自分を生かしたのか。基になった力は戒律でも、効果が桁違いになっている理屈が分からず、だが真面目に考えるのも億劫で……
- 「どうでも、いいよ……」
- 血に噎むせながら、フェルドウスは投げやりな言葉を吐いた。何もかもが手に負えず、上手くいかない現実を全方位から叩きつけられている。
- それでも立てと言うのかマリカ。
- 諦めずに戦って、君との誓いを果たすまでは眠らせないと?
- ああ、もちろんそうしたいのは山々だけど、残念ながら僕は弱い男なんだよ。君の期待に応えられるような器じゃない。
- 立ち上がっても無様を晒し続けるのが関の山で、君の名誉に泥を塗るばかりだろう。だから見捨てて、もう諦めて、きっと他に相応しい勇者がいるはずだよと……
- 心の底から自分を嘲ろうとしたにも拘わらず、湧きあがってきたのは胸を掻き毟らんばかりの激情だった。
- 「ふざけるな、ふざけるな馬鹿野郎……!」
- 惨めさに吠える。魂まで血みどろに染まる慙愧の中で絶叫する。
- どうして僕は、こんなに醜態を晒しながらも夢を諦めきれないのか。砕けるほどに食いしばった歯は義憤を表し、未だ剣を握りしめている手は灼熱の戦意に燃えているのか。
- 負ける。勝てない。僕は路傍の石くれ同然。天に選ばれず地に伏している。
- 自分自身への失望なら、もう嫌になるほど味わった。こんな己がどうなろうと、もはや知ったことではない。
- けれど胸に残る彼女の記憶が、自分に想いを託したマリカの祈りが、責任の放棄を許してくれない。
- だったらやることは一つだろう。たとえどれほどの痛みと代価を伴おうと、マリカの夢を穢すものは断固絶対に粉砕しろ。これより先、僕のすべてはそのためだけにあればいい。
- 「ヒーローに、なるんだ……!」
- 誓いを新たに起き上がりかけたフェルドウスの前へ、暴窮飛蝗が舞い降りた。蒼銀の全身鎧を纏い、二振りの曲刀を持った見目麗しい男。
- 血臭で煙る王都の惨状を吹き飛ばす朝日のように、純粋な喜色がその満面に輝いた。
- 「強いなおまえ! 分かるぞ、名を教えてくれ」
- 「スィリオス――だが、忘れて構わん」
- 「……ッ!?」
- 後方から聞こえた厳めしい声に、フェルドウスは驚愕した。仰臥する彼を挟む形で、死屍累々となった目抜き通りメインストリートに二人の男が立っている。
- 引き続き感情の籠らない低音で、聖王はそっけなく告げた。
- 「どうせおまえは、ここで死ぬ」
- 「ふはっ」
- 笑うタルヴィードから熱と我力が迸り、恍惚と猛る焔ほむらの色を描き出した。
- 強者と死合う充実こそが、天下に比類なき至高の快。ゆえに愛すら抱きながら、皆殺しの道を行くのが飛蝗である。不遜、傲岸、大いに結構――活きのいい獲物ほど、彼らの心を満たし騒がすものはない。
- まさかスィリオスの出陣が起きるとは予期していなかったフェルドウスだが、事態は彼を無視したまま展開していく。
- 「暗君といえども王なのでな。先に体裁を整えさせてもらおうか」
- 踏み込まんとするタルヴィードより一歩早く、スィリオスの初手が先制した。それはまさしく聖王の、奇跡に等しい御業となって顕れる。
- 2
- 喩えるなら一瞬の地震。大地に剣を突き立てたスィリオスに合わせ、さながら百万の遮断機ブレーカーが同時に叩き落されたかのような音が炸裂した。
- その所業を前にして、効果を正確に把握したのはタルヴィード一人のみ。フェルドウスには理解の及ばぬ技だったし、他の者たちはそもそも認識することすらできなかった。
- なぜなら今――聖王領に存在する人も獣も草木も花も、わずかな例外を除いて残らず眠りに落ちたのだから。
- 「これで彼らに手出しはできまい。もっとも、しょせんは魔将ダエーワのくだらぬ矜持……都合が悪ければ破り捨てるというなら別だがな」
- 暴窮飛蝗は相互認識した者しか攻撃しない。最強を目指す彼らにとって殺しは腕比べの結果にすぎず、尋常に向き合う前提が成されなければ小虫であろうと命を奪うわけにはいかなくなる。
- ならばなるほど、スィリオスの一手は同胞を守るための最善手と言えるだろう。本人にまったく誇る様子がなく、陰鬱な容貌には慈悲も暖かみも皆無だったが、王として正しい采配を成したのは間違いない。
- 強制的な静寂に包まれた星の中で、蚊帳の外に追いやられた少年は異物のようにもがきながらも首をよじり、口を開いた。
- 「ッ……スィリオス、様……」
- 「フェルドウスか。どうやら■■の影響で、おまえには効きが悪いようだな。……ふん、まったくこの世はままならん」
- 「何を、いったい……」
- 冷淡に紡がれる王の言葉は、一部がノイズ状に荒れて聞き取れなかった。負傷に朦朧とする意識ゆえか、それとも別の理由があるのか。真相は不明ながらも、現状においてはどうでもいいとフェルドウスは思い直す。分かっているのは、ここでスィリオスにもしもがあってはならないということ。
- 「僕も……いや、僕がやります! どうか、王はお下がりになって……」
- 「黙れ。おまえは誰にものを言っている」
- 「しかし……!」
- 「弁えろ言ったぞ兵隊。分際を知れよ、おまえの出る幕ではない」
- 泣訴きゅうそに近い部下の叫びを、スィリオスは妄言のごとく一蹴した。フェルドウスの意気と事情をまったく斟酌しようとせず、無慈悲に突き放して顧みない。それが守るための拒絶だったとしても、あまりに人も無げな仕打ちである。
- 「小人しょうじんに係かかずらっている暇はないのだ。これ以上何か吐ぬかせば、おまえから斬り捨てるぞ」
- 「……ッ」
- 絶句するフェルドウスにそれだけ告げて取り合わず、灰色に沈むスィリオスの瞳は別のものを見据えていた。言うまでもなく、目下最大の脅威である特級魔将ダエーワタルヴィード。
- だが当の飛蝗は聖王の視線を受け止めず、まるで市場を冷やかす遊び人でも気取るように道の左右を見回していた。如何にも興味津々といった様子で薄笑みながら、だらだらと蛇行ぎみに横へ歩くと、崩れた家屋の前で倒れていた娘の顔を覗き込む。
- そして、その真横にいきなり足を踏み下ろした。
- 「――面白いな! これはおまえの戒律か?」
- 先のスィリオスを真似たのだろう。我力を乗せて大地を蹴り、比喩ではない地震を発生させたが娘は呻き声の一つもあげず、今も眠り続けていた。
- すなわち魔術的な昏睡であり、術者が解かなければ永遠にこのままと見て間違いない。タルヴィードは感心した様子で口笛を吹くと、再び首こうべを巡らしてスィリオスに視線を移した。
- 「俺の威勢でこいつらを叩き起こせるかって勝負もまあ、興味深いが、もっと手っ取り早い方法がありそうだ。要はおまえを殺せばいいんだろう?」
- 「できるのならな」
- 「やってみせるさ。――ただその前に、称賛を受け取れスィリオス。おまえの芸に敬意を表す証として、俺にできる範囲のことなら聞いてやろう」
- そう朗らかに快笑して、気安くタルヴィードは促した。まるで友人に向けるような態度であり、見方によっては最大級の侮辱だったが、スィリオスは眉の一つも動かさない。
- 「……望みか。疾とく去いぬれというのが本音だが、さすがにそれは叶えられまい。では端的に問わせてもらおう。おまえはなぜここに来た?」
- 「はん?」
- 意図の見えぬ質問に、タルヴィードは首を傾げた。しかしスィリオスは構わず続ける。
- 「経緯だよ魔将ダエーワ。おまえは何を思い、どうした理屈で、どんな手段を駆った結果に、いま立っている? 別に難しい問いでもなかろう」
- 「ああなるほど、そういう話か」
- 得心したのか、タルヴィードは頷いて答えを返した。
- 「おまえたちにどれだけ俺のことが伝わっているかは知らないが、当面の目的としてはバフラヴァーンの首が欲しい。とはいえ五〇〇年も待たせた以上、半端な仕上がりで奴の前に立つのは心苦しいから修行だよ。ここにマシュヤーナが来ただろう」
- 「確かに。ではおまえの狙いは本来そちらか」
- 「そういうわけだ。マシュヤーナは俺の故郷の星霊なんだが、追放されたときに繋がりを断たれたせいで匂いを追えない。あいつが動きでもしない限りな」
- つまりマシュヤーナの侵攻を察知したのが事の始まり。巨大なものが動けば気配が漏れる。匂いが漂う。それを飛蝗は追ってきたのだ。
- 結果的に、入れ違いとなったのが現状ではあるが。
- 「奴め、何があったか随分と気を吐いた痕跡がある。お陰であとしばらくは残り香を追えそうだし、おまえたちで肩慣らしという話だよ。理解したか?」
- 「委細余さず。安心したぞ」
- 「ほう、何がだ?」
- スィリオスがなぜ経緯を気にしたのか、タルヴィードには分からなかった。望みに応じると約束した手前答えたが、飛蝗の襲来にどんな因果や事情があろうとこの局面で問うべき問題ではないはずだ。
- 加え、知った上で安心したとはいよいよもって不明極まる。いったい何が、スィリオスにとって“良かった”というのだろう。
- 訝るタルヴィードに、聖王は嘲弄するかのごとく言い放った。
- 「これがナダレの手ではないと確信できた。私が憂慮するのはそれのみで、おまえなどは取るに足らんと言っているのよ」
- 「――――」
- 恐るべき侮蔑。まさかよりによって、暴窮飛蝗を前座以下に断じるとは狂気の沙汰としか思えない。ここまで舐めた扱いをされた経験は過去になく、だからこそタルヴィードは一瞬にして燃え上がった。
- 怒りではなく、自身すら焼き尽くすほどの歓喜によって。
- 「うははは、死ねェッ!」
- 「おまえがな」
- 旋回する曲刀が絶殺の軌跡を描く前に、スィリオスはその懐へ飛び込んでいた。
- 速い――だがそれだけではない。
- 体術、呼吸、虚を衝く刹那の駆け引きに加え、超短距離の瞬間移動。それらすべての複合で、神懸かったとすら形容できる完璧な後の先だった。武の心得がある者なら誰もが理想とするような、その会得に生涯費やしても足ると思えるだろう無謬の踏み込み。
- よって対峙する者は躱すどころか、認識すらできぬままに斬り伏せられよう。
- 普通なら――しかし、戦いにおいては常軌を逸しているのが飛蝗である。
- スィリオスの一閃は敵を捉えず、ただの虚空を斬っていた。物理的には有り得ない結果であり、その不条理を問うより先に次なる異常が巻き起こる。
- 空気抵抗による風切り音すら殺し尽し、ゆえに万象の凪とも言える静寂が蒼い曲刀の流線を描きながら走ったのだ。スィリオスの背後から、首を刈り取る軌道で星すら砕く我力の津波が襲い来る。
- それを難なく彼は受け止めた。先の一撃を振り抜くままに旋転し、むしろ遠心力による勢いを駆って迎撃する。最初から読んでいたかのごとき立ち回りで、無駄な挙動が寸毫たりとも見受けられない。
- さらに言えば、恐ろしいほどの冷静さも同居していた。特級魔将ダエーワと真っ向ぶつかる愚は犯さず、圧を受け流してカウンターへと繋げていく。
- 英雄祭ウルスラグナの闘技場でマグサリオンに見せた技の再現だった。いいや、あのときよりもなお鋭く、なお速く、限界など知らぬとばかりに研ぎ上げられていく流麗さ。
- タルヴィードの剣閃も魔性の冴えを見せていたが、スィリオスに比べれば粗野な泥踊りとしか思えない。ただし単純な攻撃力は、前者が圧倒的に勝っている。
- 結果、互角。火蓋が切られてからここまで数秒にも拘わらず、すでに戦況は膠着の様相を呈していた。
- 連続する必殺の瞬間。途切れることなく響き続ける剣戟音。
- 百度、千度、万度を超えてなお激しさを増す一髪千鈞の繰り返し。
- タルヴィードは呵々と笑い、スィリオスは武骨な沈黙を保っていた。どちらも未だ無傷であり、万全の状態であることは高まり続ける技の回転が証明している。
- そこに一つの謎があった。永久機関たる飛蝗はともかく、有限の体力しか持たないはずのスィリオスがどうしてこれほど動けるのか。
- 意志の強さと経験の豊富さはあるだろう。鍛え上げた技巧と高度に組み合わせた星霊加護で、極限の効率化を果たしつつ超人的な強化を成しているのは間違いない。
- だが、それだけでは到底説明がつかなかった。ここに鎬しのぎを削る両者の動きはあまりに凄絶かつ度外れて、スィリオスは何か特異な――無尽の心臓とも言える内燃機関を有している。
- 眼前で繰り広げられる攻防をほとんど追えずにいるフェルドウスも、その点だけは読み取れた。そしてとある異常に気付く。
- 「これは……」
- 目の前にぽとりと羽虫が落ちてきた。次に雀が、さらに鴉が、雨のように止め処なく、空の高みから降ってくる。
- スィリオスの初手により意識を奪われたためではなかった。事実として彼らは皆、地面に激突する前から絶命している。ある種の鳥は眠りながらも飛行を続けることが可能で、ウォフ・マナフと親和性が強い有翼種は例外なくその特性を持っていたのに――
- まるでそれは取り立てだった。いま激戦の最中にある聖王が、本来払うべきものを肩代わりしたかのようで……不吉な光景がフェルドウスの前に顕れ始めた。
- 徐々に街路樹がひび割れていく。花は萎れ、草は枯れ、眠る人々から生気が奪い取られていく。
- この場に限った話ではない。全球規模で、星に生きるすべての義者アシャワンから命が吸い上げられているのだ。
- その行きつく先は、もはや疑うべくもない。
- 「やめて……どうしてこんなことを、スィリオス様ッ!」
- あなたは善の盟主だろう! 勇者の朋友だった男だろう! 守るべき者たちをすり潰していく無慙無愧に声を枯らして訴えたが、“聖王”は一顧だにせず戦い続ける。
- どうして自分だけが例外的な扱いのかフェルドウスには分からなかったが、そんなことはどうでもいい。
- 止めるべきだ。止めなければ――そう切歯扼腕しながらも、事態は何ら好転の兆しを見せなかった。地に伏すフェルドウスを置き去って、戦う両者は河岸かしを変え始めている。
- 「ちくしょう……待てよ、ちくしょうッ!」
- 大地を掻き毟って這いずりつつ、無力な少年は追いすがる。
- だがその進みは遅々として、距離は開くばかりだった。
- 「なかなか洒落た真似をする。見るに連帯と解釈するが、どうだ?」
- 高速の剣戟を交わしつつ、喜々と浮き立つ声でタルヴィードは問いを投げた。彼も周囲の異変に気付いており、その中心がスィリオスなのだと看破している。
- 「いいな、合理的で話が早い――おまえが死ねばどのみちこいつらは助からんのだ。結果的に同じなら、纏めてしまったほうが俺も手間が省けるぞ。二つほど解せんことがありはするがな!」
- 喋りに合わせて、音頭を取るように下から跳ね上がった左の曲刀――それを半身で躱したスィリオスは、無言で側面から斬り掛かったが右の曲刀で防がれる。
- 都合何度目になるのか分からない応酬は、未だに衰えを知らず止まらなかった。両者の剣も態度も水と油の様相で、しかし休む気がないという点だけは共通している。
- 「一つ、戒律の縛りが分からん。星霊を噛ましているのは察するが、いったいこいつらにどんな代価を払っている? 最初の芸も含め、かなりの強制力と見受けるがおまえはあくまで代行者だろう。些か強権が過ぎるように感じるぞ!」
- 「力の秘密を語る間抜けが何処にいる」
- 「わはは、確かに! だが言ってくれるな、俺は強い奴と話すのが好きだ!」
- 両翼から抱きしめる形で旋回した曲刀が、同時にスィリオスへ襲い掛かった。間一髪の後退で死の鋏はさみから逃れるも、笑い猛りながらタルヴィードは詰め寄って来る。
- 「なあ、教えてくれてもいいだろう。減るものじゃあるまい!」
- ふざけているとしか思えない言い草だったが、攻めの苛烈さは天井知らずに高まるばかりだ。加えて問いの内容も、鋭く要点を突いている。
- 星の命に絶対的な強制力を持つのは星霊の権能だ。カイホスルーの貴石化然り、マシュヤーナの不浄然り、支配下にあるものをどう扱うかは彼らの意思一つと言っていい。
- ゆえにスィリオスが成した昏睡も略奪も、系統としては権能の部類である。だが言うまでもなく彼は人間。あくまでウォフ・マナフの“代行者”であり、民の生死まで左右するのは横紙破りに等しいだろう。
- いくら星霊が休眠中の状態とはいえ、そこまで踏み込むのは越権行為も甚だしい。よって何らかの代価を払っているはずだとタルヴィードは推察したが、スィリオスは答えるそぶりを見せなかった。
- 「まあいいさ、話したくなるようにしてやろう」
- 奇術師さながらの剣さばきで、両の曲刀を回すタルヴィード。その隙を逃すまいと攻め込んだスィリオスに、応じた飛蝗の一撃はこれまでと趣おもむきを異にするものだった。
- 「……ッ」
- 飛び散る紅――刹那の交錯が起きた後、浅く聖王の頬が裂かれていた。負傷としては大したものでもなかったが、もうわずかでもずれていたら首に届いていただろう。
- 相手の攻めを誘い、受け流しつつ死角へ滑り込む返し技は、他ならぬスィリオスが得意とする戦法だった。暴窮の権化たる特級魔将ダエーワが、理合の剣を使っている。
- 「驚くなよ、あれだけ見せられれば嫌でも覚える。おまえの剣は美しい、真似たくなるのが人情だ」
- 綺麗と思った。だから真似た。そう当たり前のように嘯いてタルヴィードは破顔した。
- おそらくスィリオスが人生の大半を費やして、血を吐く修練と克己の果てに得た技術をその場の思い付きで再現したのだ。
- 「とはいえ、まだ完全じゃなかったな。この星に来た甲斐があったぞ、バフラヴァーンにいい土産ができそうだ」
- 礼を言う、また強くなれるのが嬉しいと涙して――溢れんばかりの感謝と共に飛蝗の本領が発揮された。もはやお株を奪うどころの話ではない。
- 欣喜雀躍きんきじゃくやくする蒼い剣舞は、まさしくスィリオスの写し身たる鏡合わせ。出会えば死が訪れるというもう一人の己ドッペルゲンガーさながらに、本家のアイデンティティを一太刀ごとに切り刻む。真に迫るのみならず、遥か先へと進んで行くのだ。
- 「こうか? 違うか? どうだ? わはは――奥が深いな面白いッ!」
- そして何よりも理不尽なのは、そこに一切の特殊能力を絡めていない点だった。
- 戒律ではなく、我力でもない。ただの才能。そして場数。
- 膨大な血と断末魔を浴び続け、叩き上げられた戦闘いくさの怪物がそこにあった。こと強さに懸ける情念と、狂気の桁が違いすぎる。
- 「おまえの技を俺が持つということは、つまり俺がおまえに成っても構わんよな? だったらそうだ、こうしよう。次の一撃がどれだけ入るか、その度合いに応じて俺はおまえの真実を掴む!」
- わけの分からない理屈を述べて、タルヴィードは仰々しく強調した構えを取った。二刀流という決定的な差異があり、あくまで模倣にも拘わらず、今やその完成度はスィリオスの延長線上に存在している。
- 「代わりに外せば、偽物おれが消えるという遊びはどうだ? 実に胸が躍るだろう、これは愉快だ行くぞスィリオォォス!」
- そして放たれた曲刀が、初めて深く聖王の肉を抉った。上がる血飛沫に酔い痴れて――同時に飛蝗の絶叫が轟き渡る。
- 「おお、おおぉぉォ……! そうか、そうかそういうことかッ! なんたる戒律、おまえ――こいつらすべてを記憶しているというわけか!」
- 「王ならば当然のことだ」
- 負傷を意に介さず反撃へ転じたスィリオスは、しかし秘密を看破されたと悟っていた。ゆえにもはや、殊更隠す真似はしてない。
- このときタルヴィードが使ったのは虚装戒律――スィリオスを模倣し成りきることで、その内情すら盗み取ってみせたのだ。一撃入れればそれが叶い、外せば己が死ぬという出鱈目な縛りによって。
- 殺人鬼の虚ろさとは異なるが、一つの想いに特化している点は飛蝗もまた同じである。飽くなき強さへの渇望と、強者を求める無尽の戦意。そこにぶれさえ生じなければ、虚装の駆使も可能だった。
- 結果、スィリオスの戒律が白日の下に晒されている。正しくは、聖王たる者が代々受け継ぐ重い責務の正体を。
- ウォフ・マナフが宿った星に生きるすべての者たち……虫も草花も例外なく、彼らの生涯を残らずスィリオスは記憶していた。相手が人なら容姿はもちろん、個人個人の名前に至るまで完璧に。
- 「まったくおまえ、いったいどういう頭をしてるんだ。ちょっと人間業じゃあないだろう」
- 「それがどうした。王たる者はヒトに非ず」
- 呆れが多分に混じった感嘆を漏らすタルヴィードに、スィリオスは巌いわおのような自負で応じた。
- 苦しいと感じたことは一度もない。重さに疲れたことも、無理だと嘆いたことも、責務はただそこにあり、ならば負うのが己の道だと断言している。
- だからこそ彼は権能の行使さえ可能にするのだ。王は人外と言った通り、人の身でありながら半ば星霊と一体化している。
- そんなスィリオスの在り方に、初めてタルヴィードは攻め手を止めた。燃える闘争心は変わらずに、蕩とろけそうなほど優しい声で語りかける。
- 「よく分かった。……が、謎はまだ一つ残っているぞ。むしろこっちの不可解さは、余計に深くなってきた」
- 「…………」
- 「なあスィリオスよ、おまえが抱えているものを腐すつもりはないんだが、この星一つで俺とやり合えるのはおかしいだろう。そのあたりを語る気はあるか? どうだ?」
- まさに、数多の星を殺し尽してきた飛蝗ならではの台詞だった。客観的な事実として、もとは辺境の未開星だった聖王領の総合値など知れている。
- 少なくとも現状では、星の命を根こそぎ集めたところで暴窮飛蝗には及ぶまい。しかし問われた謎にスィリオスが返答することはなく……タルヴィードは面白げに頷くと再び模倣の構えを取った。
- 「よし、よし、ならもう一度やってやろう。これからおまえの心臓を断つ――それが決まれば俺は再び答えを得るし、逆に外せば……」
- 「本気を出せ」
- 割って入った短い言葉に、さすがのタルヴィードも目を見開いた。ひとたび出会えば誰であろうと全力で戦う飛蝗に対し、その要求は見当違いとしか思えない。
- だというのにスィリオスは、全身を朱に染めながらも傲然と告げているのだ。
- おそらくは彼にとって、宇宙の法則よりも絶対的な真実を。
- 「おまえなど、ワルフラーンならすでに百度は殺している。三下相手に足踏みしている時間はない」
- 大上段からの物言いに、タルヴィードは身をよじりながら哄笑を迸らせた。あまりに痛快だったのか、もはや転げ回らんばかりの有様で息も切れ切れとなっている。
- 「――分かった、分かった――そうしよう! ――だが誤解は解いておきたいな。俺は誓って出し惜しみをしていたわけじゃない。ただ食い合わせの問題で――同時に使えん技があるだけだ」
- 「何でも構わん。早く来い」
- 「心得た――とはいえもう、縛りを課してしまったからな。この一撃は付き合ってもらう」
- 成立した約束事が、場を瞬く間に張り詰めさせた。先の宣言通り、飛蝗が聖王の心臓を抉るか、あるいはそれを防がれるか。
- 結果次第でスィリオスの謎かタルヴィードの魔技か、そのどちらかが明かされることになる。たとえ彼らがどれほど底知れぬものを抱えていようと、運命を完全に見通す真似は不可能だったが……
- 「行くぞ」
- もしもすべてが終わった後で、振り返ることができたなら思うかもしれない。
- この日、このときの分岐こそが、もしや重大な意味を持っていたのではあるまいかと。
- 3
- サムルークは困惑していた。スィリオスたちから数ブロック離れた路上で戦闘を展開しつつも、胸の中は“どうして”という疑問に満ちている。
- いきなり昏倒した民衆も、急速に消耗していく彼らも、さらに自分だけが例外となっている現状も――
- ああ確かに、それらは充分解せない不思議だ。しかしこのとき、彼女の心を真に騒がす謎は別にあった。
- 「ちょ、ちょろちょろするな、鬱陶しい」
- 「うるせえ、てめえの喋りのほうが苛々するわ!」
- 魔王襲来の混乱も冷めやらぬ中、続けて現れた暴窮飛蝗――ザリチェード。
- その凄まじい槍撃を悉く躱しながら、舌鋒鋭く言い返すサムルークの不敵さは表面上のものでしかない。会敵してからここまでずっと、一つの問いが延々渦を巻いている。
- なぜ自分は、こいつと曲がりなりにもやり合えるのか?
- 迫る真紅の突撃槍を、今も紙一重で回避した。相手の戒律によるものか、衝撃波の類は走らなかったが威力の程なら受けなくても分かる。
- 見ているだけで意識が眩み、吐き気を催す超高密度な我力の刺突。速度に至っては見当すらつかず、なのに目で追えている。身体の反応がついていく。
- 世、界、が、白、く、染、ま、る、光、景、――。
- 自他ともに認める短気で大雑把なサムルークだが、決して鈍いわけではない。むしろ好戦的な性格上、修羅場における判断力は優れていると言っていい。
- だからこそ、飛蝗の脅威がどれだけのものか直感的に分かるのだ。これは本来、自分が一〇〇人いても太刀打ちできない相手だと。
- ではどうして――結局のところそこへ戻り、同じ煩悶が繰り返される。なまじ切った張ったに一家言あるせいで、期せず獲得した法外な力を受け入れるのが難しい。
- いや、本当にそれだけだろうか?
- 「お、臆病者め。おまえみたいな奴は退屈だ。さ、さぞかし誰からも相手にされない、根暗な人生だっただろう」
- 「――んだコラァ! 陰キャ丸出しのツラしてほざくんじゃねえ!」
- 怒声一喝。握り込んだ闘気の拳をザリチェードの顔面に叩き込んだが、返ってきたのは憐憫すら漂う失笑だった。
- 「ほら、ほら、腰が引けてる。……ふふふ、おまえ、いったい何を恐れているの?」
- 「……ッ」
- 「じょ、上手なのは避けるだけ? そ、それじゃあ勝てない。虫も殺せない。弱い、弱い……私のほうが強い!」
- やおら爆発した語気と共に、真下から紅蓮の槍が突き上がった。間合い的にも角度的にも通常不可能な奇襲であり、穂先が空間を跳躍している。渇きの魔女を前にして、安全圏など存在しない。
- 「あはぁ、本当に逃げてばかりの未通女おぼこだね。か、可哀想だから、穴だらけにしてやろう」
- そして連続する稲妻めいた刺突の嵐。危うい均衡ではあったものの、サムルークは変わらずそのすべてを躱している。紛れもなく奇跡的な離れ業に分類できる立ち回りだが、当の彼女はまったくそれを誇れない。
- 臆病者――先ほど言われたことがじりじりと胸を焦がしながら呪いのように焼き付いていた。そう、謎の強化に対する戸惑いなど、しょせんは言い訳なのだと分かっている。
- サムルークは怯え、恐れているのだ。再び強大な我力とぶつかる“激痛”に。
- ここまで彼女は幾度かザリチェードに攻撃を当てていたが、そのすべてが何の成果も出せていない。理由は指摘された通り、ひとえに踏み込みの甘さだった。
- 敵に痛恨のダメージを与えるためには、物理的にも精神的にも際きわまで迫る覚悟が要る。少なくともサムルークはそういう類の戦士であり、引きながら攻めるような器用さを発揮するのは不可能だ。
- しかし当たり前の道理として、深く入り込めば避けにくくなる。すると魔槍アレを喰らう確率が上がってしまう。いいやさらに恐ろしいのは、渾身を叩き込んでも効かなかった場合にどうするか。
- 単純な火力不足を補うためには、あ、え、て、負、傷、し、な、け、れ、ば、な、ら、な、い、。
- あの痛みを、我力がもたらす異次元の苦しみを、致命の瀬戸際で受け止めつつ生涯にわたって耐えること。やらねばならぬと分かっているし、克服すべき課題であると以前から誓ってもいた。
- けれどいざ直面すれば、理屈を無視して本能的な恐怖が走る。ゆえにどうしてもあと一歩、決定的な一線を越え切れなくて――
- 「クソったれがあァッ!」
- 自身の怯懦きょうだを吹き飛ばすように、サムルークは怒声を張り上げて突貫した。走馬燈にも似た景色の中、いつか本当の勇者になると偉そうに言ったときのことを思い出す。
- その言葉を聞かせたクインは、いま自分以上の窮地に陥ってるはずだろう。たった三人で魔王の領域に引きずり込まれた奴らのほうが、よっぽど怖い思いしているに違いない。
- だったら自分が芋を引いてどうするんだ。
- 負けたくない、特にマグサリオン――あいつにだけは!
- 「ば、馬鹿め隙だらけ。勝負ありだ」
- 唸りをあげる突撃槍が、サムルークの心臓目掛けて放たれた。完全に待ち構えていたカウンターはもはや躱せるはずもなく、直撃すれば疑問の余地なく死が待っている。
- だからずらせ、わずかでもいい。即死さえ回避できればあるいはと――
- 槍の側面を叩いて捌こうとしたサムルークの腰に、そのときふわりと何かが巻き付いた。
- 「え、うおォ――!?」
- 瞬間、事態を認識できないままに彼女の身体は宙を舞う。気付けば数十メートルも放り投げられ、受け身も取れずに地面へ背中から激突していた。
- 「がッ、つ……!」
- 「痛かった? ごめんなさいね。でも殺されるよりはマシでしょう」
- 呑気なほど柔和な声をすぐ傍から掛けられて、顔を上げたサムルークはそこに予想外の人物を見出した。
- 「――ロクサーヌ! なんでおまえが」
- 「なんでって、私これでも偉いのよ? みんなのピンチに頑張るのは当然じゃない」
- 「や、つか、そういうんじゃなくてよ……」
- こいつは状況を理解しているのか。どうやら助けられたらしいのは察したが、にこにこと微笑んでいるロクサーヌには呆れるほど緊張感が見られなかった。
- 「まあ後は任せなさい。私があいつ、とっちめてあげるから」
- 加えてそんな、耳を疑う台詞を吐く。さらに口調も羽のように軽やかとあっては、質の悪い冗談としか思えない。しかしロクサーヌは言葉の通りにするすると歩き、サムルークへ流れ弾がいかない気配りを示しながらも、視線は前方の一点へと据えられていた。
- その先に在るのは言うまでもなく、陰気な上目遣いで睨み付けてくるザリチェード。紅い飛蝗と恐れげもなく対峙して、ロクサーヌは優雅な手招きをしつつ言い放った。
- 「いらっしゃいな蝗いなごさん。随分と好きにやってくれたじゃないの」
- 返答は雷迅――魔槍に貫かれるロクサーヌを幻視して、救助に入ろうとしたサムルークはそこに信じがたいものを見る。
- 怒涛のごとく放たれたすべての刺突が空を切った。密度的には回避不可能としか思えぬ弾幕に呑み込まれ、なのに彼女は傷一つなく涼しい微笑も揺るがない。
- それはさながら、豪雨の中に佇立して一切濡れないような無茶だった。今の強化されたサムルークの感覚でもほとんど読み取れない微細な動きで芯を外し、本来あるはずがない攻めの隙間をすり抜けている。のみならず、その絶技を維持したままザリチェードへ近づいていくのだ。
- 「当たらないわねえ」
- まるで舞踊。しかも究極的と言っていいレベルの手練れ。系統としてはスィリオスの剣理にも通じるものがある柔の技だが、何かが違うとサムルークは思っていた。
- あくまで感覚的な話のため、具体的に説明するのは難しい。ただ強いて言うなら、その技巧に宿る“想い”だろうか。
- スィリオスの剣は厳格で、禁欲的。静かなる凄味とも表現でき、そこに派手さは無いが高邁だった。性格上、もっと分かり易い華を好むサムルークでも、聖王の廉潔さには感嘆したのを覚えている。
- 対してロクサーヌの技はどうか。単純な練度ならスィリオスを上回っているにも拘わらず、サムルークの中にはなぜか称賛の念が湧いてこない。
- むしろ、胸にいがらっぽい掻痒感そうようかんを覚える。見るほどに惹き込まれる美しさとは裏腹に、なぜか馬鹿にされているような、腹立たしい気分が募っていくのだ。
- 傍目にしているサムルークでさえそうなのだから、ザリチェードの苛立ちは一入ひとしおだと思われる。そしてロクサーヌは、その隙を狙っていたのかもしれない。
- ふわりと柔らかな布帯が、気付けば飛蝗の顔に巻き付いていた。それはロクサーヌが身に着けているストールで、いつ伸ばしたのか、巻いたのか。
- 誰にも悟られず意識の間隙かんげきに滑り込んだ絹シルクの艶は、もはや魔性じみていて……
- 「―――ッ」
- 驚愕に目を見開いたザリチェードは、槍撃と同じ直線軌道で瞬時に後方へ飛び退った。緊縛される間一髪、泡を食ったとしか思えない過剰反応は、武器とも呼べぬ繊細な織物がこの凶悪な魔将ダエーワを震撼させた証だろう。
- 「あら残念、少しは見られる顔にしてあげようと思ったのに」
- 豊満な肢体を朝日に煌かせる褐色の踊り子は、羽衣を操る天女さながらに嫋たおやかで麗しい。だというのにどうしてか、妖しく忌まわしい貴石の輝きを秘めていた。その在り方に疑問を持ったのは、当然サムルークだけではない。
- 「お、おまえ何者」
- 「ろ、ロクサーヌと申しますにゃん」
- ふざけている。明らかに遊んでいる。ここにきてサムルークは、胸に湧き上がる違和感の正体を理解した。
- いつも人のいい微笑を湛えたこの女は、実のところすべてを嘲り倒しているのだ。戦士ヤザタも魔将ダエーワも例外なく、そしてあるいは善悪闘争という世界の法則さえ虚仮にしながら、危険な踊りに痴れている異端の妖婦。そこにどんな意図があるのか不明だったが、狂気に近い人物なのは間違いない。
- 「……ざけんな」
- 知らず義憤の呟きが漏れていた。このままではいけない。
- こいつらの好きにさせてなるものかと、サムルークは強く拳を握りしめた。彼女の決意が恐怖を凌駕して高まる中、対峙する両者の間でも戦局が動き始める。
- 「お、おまえ、強い」
- ザリチェードが笑っていた。ぶるぶると小刻みに震えつつ、隈に覆われた両の瞳が凄惨な歓喜の色に燃え上がる。
- 「強い、凄い、面白い……」
- だけど――そう溜めるように呟いて、次の刹那に紅蓮の我力が爆発した。
- 「私のほうが強いィィッ!」
- 身体ごと槍となって迫り来る渾身の突撃チャージ。強敵との遭遇で、今ザリチェードは明らかに進化した。飛蝗の特性たる無尽の戦意が、無限の覚醒を生んでいる。
- よってさすがにロクサーヌも、これまで通りの立ち回りでは躱せなかった。回避自体は成功したが、わずかに軸がぶれて身体が流れる。勢いに押されて宙を舞う。
- 「――があッ」
- その足首に、猛獣じみた咆哮をあげてザリチェードは噛みついた。逃がさないと骨まで噛み砕きながら引き寄せて、追撃の槍を頭上に見舞うが穂先はまたしても空を切る。
- 「さっきから強い強いと、あなたは随分それが自慢のようだけど」
- 自ら右脚を切り離したロクサーヌは、ザリチェードの後方斜め上へと回っていた。完全な死角、しかも欠損した脚がすでに元通りとなっている。
- コンマ零秒以下で四肢を復元させる超高速の回復ハオマ――
- 「喧嘩の強さなんていうのはね、しょせん男の人でも得られる程度の力でしょう。私たち女は強くて当然――」
- 七色に映える脚線が唸りをあげて旋回し、飛蝗の後頭部へ叩き落された。
- 「かつ、綺麗じゃなければ意味がない」
- 轟音、凄まじい破壊力。大地が蜘蛛の巣状に砕き割れ、その奥深くにザリチェードは埋没したが即座に岩盤を突き破って現れる。
- 「わ、私モテるもん!」
- 髑髏のような顔を血に染めて、魔女は髪を振り乱しつつ吠え猛った。
- 「ば、バフラヴァーンもタルヴィードも、私にメロメロなんだもん!」
- さらに激しさを増す突撃槍の一閃が、今度はロクサーヌの左腕を消し飛ばした。しかしこちらもストールを巻き上げながら、瞬く間に回復して反撃へ転じる。
- 「あらそうなの? 勘違いしてるだけじゃなくて?」
- 「う、うるさいうるさい! 知らないくせに、知らないくせにィィッ!」
- 口はともかく、戦況そのものは一進一退。ロクサーヌとザリチェードは高レベルに拮抗しており、ゆえにお互いしか見ていない。
- だからこそチャンスだった。サムルークはあらゆる雑念を捨て去って、ただ決定的な瞬間を待つだけの存在に自分自身を変えていく。
- 獲物がこちらの間合いに踏み込むまで、急所に牙を突き立てられる状況が整うまで……全身の筋肉をたわめつつ息を殺して潜む彼女は、まさに待ち伏せ型の肉食獣と化していた。
- そして求める解放のときが、今ここに――
- 「おまえより、誰よりも、私のほうが綺麗つよいィィ!」
- 突き技に特化しているザリチェードは、正面の敵に無類の強さを誇る反面、脇が脆い。ましてそれが意識の外から来る一撃なら、どんな化け物でもただで済むはずがないだろう。
- 恐れを超えて割り込んだサムルークの全力はザリチェードの横っ面に炸裂し、会心の手ごたえと共に吹き飛ばした。紅い流星と化した飛蝗は数百メートル先にある闘技場の外壁をぶち破って粉砕し、崩れる瓦礫の中に埋もれたまま戻ってこない。
- 「――しゃあッ、見たかこんにゃろう!」
- 歓喜に拳を握りしめるサムルーク。控えめなガッツポーズだったが、そこには万感の思いが込められている。傍らに立つロクサーヌは、そんな彼女を見ながら拗ねた風に唇を尖らせていた。
- 「もう、私に任せてって言ったのに」
- 「うるせえよ、おまえにゃ後で話がある。敵はもう一人いるはずだし、フェルや王様が心配だから今はそっちに――」
- 行くぞ、と言いかけて口を噤んでしまったのは、槍のような戦慄がサムルークの総身を貫いたせいだった。
- 「……どうやら、まだ終わらないみたいね」
- ロクサーヌも同じものを感じたらしい。並び立つ彼女ら二人は、共に半壊した闘技場へと目を向けている。濛々とした粉塵に煙るその奥を、正確に見通すことはできなかったが……
- 「そ、そうか。そういうことするんだ」
- 陰々と響く特徴的な吃音が聞こえた。距離的には声が届くはずもないのに、耳から鼓膜ごと脳を抉ってくる不吉な呟き。
- サムルークの全身にどっと冷たい汗が流れた。同時に、一つの思いが警報のように頭の中を駆け巡る。
- “失敗した。あれは駄目だ、もう違う”と――
- 奇襲をかけるなら、先の一撃で何が何でも殺すべきだったのだ。なのに仕留め損なった時点で、もはや命運は定まったまま覆せず……
- 「……黙れッ」
- 正体不明の予感を掻き消すために、強くサムルークは頭を振った。現実的に考えろ、今は紛れもなくこちらのほうが優勢だ。
- 決定機を一度逃したくらい何だという。すでに勝ち筋は見えており、詰んでいるのはあくまで向こうだ。
- 相棒としてはかなり得体が知れず、信も置けないが、現状ロクサーヌが自軍にいるのは確かである。彼女と二人掛かりなら飛蝗に痛打を浴びせられるのは実証済みなのだから、ケリが着くまで何度だろうと“嵌め”ればいい。
- そう、これは戦力的にも相性的にも確定した事項だった。もはやザリチェードに打つ手はないと、あらゆる面から言い切れるのに――
- 「ひ、卑怯者。わ、私はおまえを見てなかったのに殴るのか。それで強いと言うつもりか」
- どうして流れる汗が一向に止まらず、動悸は爆発寸前の早鐘を打つのだろう。
- 今、帳の中からようやく現れたザリチェードは傷だらけ。深いダメージを受けているのは間違いなく、サムルークの読みが正しいことを証明している。
- だが――
- 「いいよ、なら乗ってやる。こ、後悔しろ、醜女ブスども!」
- サムルークは知らなかった。暴窮飛蝗は、全員が複数の戒律を持っている。
- 「言っただろう。おまえなどは取るに足らんと」
- タルヴィードの曲刀は狙い過たず、スィリオスの心臓を刳り抜く軌道で命中した。
- しかし、当たりはしても抉れない。皮下に鋼鉄でも仕込んでいるかのごとく弾かれると、そこに反撃の一閃が交差する形で放たれた。
- 「おおォ!」
- タルヴィードのあげた声は、驚きを遥かに上回る感激に満ちていた。なぜならこの瞬間だけ、スィリオスの剣理が変わっている。
- 豪放かつ華麗。猛々しくも繊細。凄まじい迫力を誇りながら、そこに宿る色は血と殺戮を匂わせない。
- あまねく弱者に希望を与え、奮い立たさずにはおれない活人の剣。益荒男たちが夢に見る、まさに勇者の武威だった。
- 「美しいものは真似たくなる。……ああ、その気持ちはよく分かるぞ魔将ダエーワ。しょせん私は紛い物だが、この程度でもおまえには効くだろう」
- ワルフラーンならこんなものではない――そう叩き付けたスィリオスの一撃は、タルヴィードを強かに打ちのめしていた。咄嗟の防御を何とか間に合わせてはいたものの、派手に吹き飛ばされて大の字に横たわっている。
- だからこそ、蒼い飛蝗は空を見上げて無邪気な笑いを響かせた。
- 「素晴らしい――震えたぞ恋すら覚える! では返礼として、約束通りおまえの要求に応えよう」
- タルヴィードもザリチェードも、ここまで一切手を抜く真似はしていない。誇りに懸けて本気だったと彼らは断言するはずだし、それは絶対の事実である。
- が、すべての手札を見せ切ったかと言われれば否だった。勝負とは流動的なもので、あらゆる局面に最大の効果を発揮する万能手などない以上、流れに応じて取捨選択をするのが普通だろう。そんな常識を吹き飛ばすのもまた彼らだが――とにかく臨機応変な判断力を駆使することも立派な全身全霊だ。その点飛蝗は、極めて実際的な価値観を持っている。
- ゆえに今、彼らは戦法スタイルを変えると決めた。
- 「は、殲くし滅ぼす無尽の暴窮ハザフ・ルマは、バフラヴァーンと出会ってから付け足した戒律モノ。あ、あいつは格好よかったから、あいつを殺してもあいつの夢が残るように……そう思って倣っただけ」
- 「つまり俺にとって、本来の戒律は別にある」
- ザリチェードは深い前傾姿勢で槍を構え、跳ね起きたタルヴィードは天地を指すように双剣を展開した。
- 一人が複数の戒律を持つ多重禁忌――それは言うまでもなくハイリスクハイリターンの典型だが、術者にとってもっとも危険なのは縛りの内容が矛盾した場合である。
- すなわちAの戒律を実現するのにBの戒律が邪魔になるという状況が生まれたら、その瞬間に破戒となってしまうのだ。後付けを重ねていけば、そうしたことが当たり前に起こり得る。
- ならばこの手の矛盾縛りは、ただの自殺行為にすぎないのだろうか。
- 答えは否だ。
- 「我力で無理矢理かますんでな。扱いを間違ったら一発で自滅だが、上手くやれば選んだ戒律ほうの威力が上がるんだよ」
- 「で、でも、選ばなかった戒律ほうは凄く下がる。い、いいとこ取りは、さすがにできない」
- よってこれより放つ技は、殲くし滅ぼす無尽の暴窮ハザフ・ルマの長所を著しく削いでしまうと彼らは言った。永久機関の特性を捨てる代わりに、有限だが真に度外れた威力を発揮すると。
- では、その正体とは何なのか。
- 見破る種は無論あった。事実スィリオスはすでに確信していたし、サムルークも朧げながら気付いている。
- 要は逆に考えればいいのだ。これまで飛蝗は無尽の体力を優先していたのだから、もう一つの戒律は極度に劣化しながらも片鱗を見せていたはずだろう。
- 突撃槍のザリチェード、両曲刀のタルヴィード。
- ここまで、前者の攻撃は例外なく突き技であり、逆に後者は巻き技だった。
- 直進軌道と螺旋軌道――ならばもしも、攻撃だけではなくすべての挙動がそのベクトルでしか成されないとしたならば……
- 「「受けろ――。これを見てまだ生きてる奴は、飛蝗どうるいしかいない」」
- 軌道上のあらゆるものを滅ぼし尽す鏖殺の牙。五〇〇年の研鑽を経て昇華された、それこそ彼らの真実だった。
- 「殲くし螺旋する熱望の剣タルヴィ・アストウィーザート」
- 「殲くし直進する渇望の槍ザリチェ・アストウィーザート」
- 蒼銀が廻る。紅蓮が奔る。熱と渇きが万象削り貫通する。
- 止められるものなど存在せず、逃げられるほど甘くない。
- ゆえに、二つの暴窮が駆け抜けたその後は――
- 「……ぁ」
- ただ死屍累々広がるのみ。
- サムルークの胸から下が、絶殺の魔槍により跡形もなく消滅した。
- 完全なる致命傷。どんな奇跡も、どんな御業も、彼女を救うことはもはやできない。
- 戦士ヤザタの一人サムルーク……その死が決定した瞬間だった。
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