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- FILENAME: text_310451-1.txt
- 玄雲: そうか、幸若舞を見て 敦盛を気に入ったか
- 露: 心にしみたって言った方が 正しいかも
- 露: 昔も今も争いは無くならないし 翻弄される人も世も儚いなって…
- 玄雲: ふむ
- 玄雲: 息子を亡くした熊谷直実が 16歳という年頃の敦盛を殺す
- 玄雲: その無情さというものは、 戦につきもの
- 玄雲: だからこそ、武家の者たちは この話に惹かれるのかもしれんな
- 露: そうかも
- 露: 自分が直実と同じ立場に なるかもしれないしね
- 露: そう言えば…
- 露: 「人間五十年 下天のうちを比ぶれば 夢幻の如くなり」
- 露: ってあるけれど、 50年って短くないわよね?
- 露: 下天って何?
- 玄雲: 良い質問だな
- 玄雲: 下天とは仏教の天上世界で 最下位に位置する所だ
- 玄雲: 1日経つのに50年かかる
- 露: ええっ!?
- 玄雲: その上、そこに生きる者たちは 500歳まで生きる
- 露: え…1日が50年で500歳… 10日で死ぬっていうこと…?
- 玄雲: いや、 500を50で割るのではない
- 玄雲: 50年で1日だから それを364日繰り返すことで
- 玄雲: ようやく下天にとって 1年となる
- 露: ちょ、ちょっと待って それで1つ歳をとるの…?
- 玄雲: うむ ゆえに50年を364回で1歳
- 玄雲: うるう月を含めて500歳まで 生きるという計算をすると
- 玄雲: 下天の者は我々の世界で表すと 912万年生きるということだ
- 露: ごめん、もう意味がわからない
- 露: あ、でもそっか 言われてみてわかったかも
- 露: 「人間五十年 下天のうちを比ぶれば 夢幻の如くなり」
- 露: 確かに向こうの世界の人にしたら 50年なんて夢幻のようなものね
- 玄雲: そういうことだ
- 水名の家臣: 姫様、そろそろ城に戻りませぬと 正綱様が心配されます
- 露: ほんと、日が暮れてきてる
- 露: じゃあ、帰りに水名のご神木に お参りしてから帰りましょう
- 水名の家臣: 日が暮れますぞ!
- 玄雲: 露、あまり困らせてやるな
- 露: そうね 今日はまっすぐ帰るわ
- 水名の家臣: そうして頂けると有り難い…!
- 玄雲: あと、頻繁に寺に顔を出すのも やめておいた方が良い
- 玄雲: さすがに女人が入れぬ所までは 入れてはいないものの
- 玄雲: 他の僧たちに見られるのも… その、心配だからな…
- 露: 気をつけるわ
- 玄雲: 深刻に考えておらぬ声色だ
- 露: ふふっ、気をつけるって 言ってるでしょ
- 露: さあ、今度は玄雲に どの話を解説してもらおうかしら
- 水名の家臣の声: 「――――」
- 露: ん…?
- 露: 何か騒がしい…
- 露: 何かしら…
- 水名の家臣の声: 「さすがに水徳寺の近くとは言っても あの丘は古くから水名家の…」
- 水名の家臣の声: 「神社を建立するのは水名の威光を 完全に潰すためであろう でないとご神木を切るなどという話は…」
- 水名の家臣の声: 「隅谷殿は老獪なやり方に長けておられる 息子の代になれば楽かもしれんが あの方が生きておられる間は肩身が狭いな」
- 露: …………私たちのご神木が…
- FILENAME: text_310451-2.txt
- 水名の家臣: 姫様、落ち着いてください!
- 露: 落ち着いていられないわ!
- 露: あなたは悔しくないの!? 水名のご神木が切られるなんて!
- 露: それも水名に無断で!
- 水名の家臣: 殿!姫様を止めてください!
- 正綱: どうしたものか…
- 水名の家臣: とのぉ!!
- 露: 誰か私の薙刀を持ってきて! ひとりでも戦ってやる!
- 正綱: それはいかん…!
- 水名の家臣: そうです!止めてください! 姫様はやると言ったらやります!
- 正綱: 露!少し冷静になれ!
- 正綱: 力では敵わない相手である以上 我々には策が必要だ!
- 正綱: お前の浅はかな行動で、 家を潰すつもりか!
- 露: …っ!
- 露: …ごめんなさい 確かに冷静さを欠いていたわ…
- 正綱: 私も今宵は 皆と共に今後の方策を考える
- 正綱: お前も部屋で 頭を冷やしておきなさい
- 露: …………
- 露: …それなら父上! ひとつ相談させて欲しいわ…!
- 正綱: 何かあるのなら言ってみろ
- 露: 隅谷に噂を流したいの
- 玄雲: 露かと思えば、今日は正綱殿か 最近は水名の客が多い
- 正綱: 古くからの間柄ではないか そう固いことを言うな
- 玄雲: 用件はわかっておる ご神木のことであろう
- 正綱: 耳聡いな
- 玄雲: この寺の側で起きていること 聞きたくなくても聞こえるものだ
- 正綱: 知っているなら話は早い
- 正綱: 水徳寺の説得で お館様を止められないか
- 玄雲: また難しい話だな…
- 玄雲: 隅谷殿からの支援もある手前 あまり恩を仇で返すのも…
- 正綱: …では、せめて 噂を流すことはできないか
- 玄雲: 噂…?
- 正綱: うむ
- 正綱: 最近の隅谷は年をとって 妙に信心深くなっている様子…
- 正綱: 神罰といった話であれば 信じるやもしれん
- 玄雲: ないものを真実として伝えるのも 気が引けるが…
- 玄雲: ちなみにどういった話だ
- 正綱: 木を倒せば水名が祭る神から 罰を受け、祖霊の祟りを受ける
- 正綱: ゆえに外から来た隅谷殿こそ 土地の神をあがめるべきだと…
- 玄雲: ふむ…露の考えか…?
- 正綱: よくわかったな
- 玄雲: 色々と物語を聞かせておるからな 似たような話を思い出した
- 玄雲: しかし、噂として流すのであれば 悪くはなさそうだ
- 正綱: では…
- 玄雲: 祖霊の祟りというのは 水名の姫ということにしよう
- 正綱: それは良い
- 正綱: 水名家の姫は気性が荒いだけに お館様を翻弄してくれそうだ
- 玄雲: ふっ…
- 玄雲: 隅谷殿には伝えておくので 少々時間をいただきたい
- 正綱: 無論だ 何卒、よろしくお頼み申す…
- 露: つまり、噂は伝えたけど
- 露: 隅谷はいまだに ご神木を切り倒すつもりだと
- 水名の家臣: そのようで…
- 露: わかったわ
- 露: では、私も水名家の娘として 恥じぬように戦うまで
- 水名の家臣: おやめください! お家を潰すおつもりですか!
- 露: ご神木という象徴を失えば 我々の魂の炎は消えたも同然
- 露: むざむざと黙って彼らに 殺されるぐらいなら
- 露: 私は誇りと共に散ってみせるわ!
- 水名の家臣: なりません!
- FILENAME: text_310451-3.txt
- 正綱: ひとりで飛び出したところで 何の成果も得られまい
- 露: …………
- 正綱: わかってくれ、露
- 正綱: お前は自分ひとりだけなら 殺されても構わないと思うだろう
- 正綱: だが、曲がりなりにも水名の姫 その一挙手一投足の影響は大きい
- 正綱: それに、娘を想う 父の気持ちも考えてくれ
- 露: わかってる もう、いいわ…
- 正綱: …ひとりで隅谷の所には行くな
- 正綱: お前が飛び出さないように 見張りもつけてある
- 正綱: 下手なことは考えるでない
- 露: さすがに私だって ひとりで敵陣に行かないわよ…
- 露: …もう、水名のご神木は 守れないのかしら…
- 露: 水名を支えた先祖の皆さま 大変申し訳ございません
- 露: 私たちには祖霊を守るだけの 力すらないようです…
- ???の声: ご神木を守りたいのなら ボクがその願いを叶えてあげるよ
- 露: だ、だれ!?
- キュゥべえ: ボクの名前はキュゥべえ
- キュゥべえ: 水名露、キミにはボクと契約して 戦神子になって欲しいんだ
- 露: この獣はいったい…
- 露: それより、戦神子って…
- キュゥべえ: 妖魔と戦う使命を課された 者たちのことさ
- キュゥべえ: キミも聞いたことがあるはずだよ
- 露: ええ…ずいぶん昔のことだけど、 玄雲が話してくれた…
- 露: 人を奈落へ導く妖魔と戦う存在で 昔は、この相磨の国にいたって…
- キュゥべえ: キミには、 戦神子になる素質がある
- 露: …っ
- キュゥべえ: 水名露
- キュゥべえ: ボクがキミの願いを なんでもひとつ叶える代わりに
- キュゥべえ: 戦神子になって 妖魔と戦ってくれないかな?
- キュゥべえ: 今のキミにとっては 決して悪い条件じゃないはずだよ
- 露: …その話、信じていいのね?
- キュゥべえ: もちろんさ
- 露: それなら、お願い
- 露: 水徳寺の近くにある丘に 私たち水名家のご神木があるの
- 露: 「そのご神木が 隅谷に切られないように守って」
- 露: すごい… これが妖魔と戦うために得た力
- 露: 具足を身に付けているのに とても体が軽いわ…!
- キュゥべえ: 魔力で肉体が強化されて、 妖魔と戦えるようになったんだよ
- 露: それって とても強いっていうこと?
- キュゥべえ: そういうことだよ
- キュゥべえ: 今のキミなら、普通の人間には 太刀打ちできないだろうね
- 露: ふっ、戦神子と呼ばれるゆえんが なんとなく理解できたわ
- 露: ただ、願いが叶ったかどうかは この目で見ないと信用できない…
- 露: 隅谷の行動が押さえられているか この目で確かめに行くわ
- 露: 仲間を連れて出ようとしてる… 本当に叶ってるのかしら…
- 露: 荷はのこぎりや斧だから やはり実行するつもりなのね
- 露: 願いの件はどうなったのやら…
- 隅谷の声: 「な、ワシに刃を向けるか!!」
- 露: (え、ちょっと 何が起きているの…!?)
- 露: まさか、家人の裏切り…
- 露: …っ、憎い相手だけど この状況、利用できるかも…!
- FILENAME: text_310451-4.txt
- 露: それじゃあご神木の件は…!
- 正綱: 本当に切られずに済むと…
- 玄雲: どういうわけか、 隅谷殿が水名の祖霊を信じてな
- 露: ふふっ
- 玄雲: 何か知っておる風だな
- 正綱: 露、なにをやった… 下手を打てばただごとでは済まん
- 露: えっと…
- 露: まずはどこから話すのが いいのかしら…
- 正綱: 順を追って話せ
- 露: …わかったわ
- 露: 信じられないと思うけど、 実は私、戦神子になったのよ
- 正綱: 戦神子…?
- 玄雲: まことか…!
- 露: ええ、幼い頃に 玄雲から聞いたお話の通りだった
- 露: 誰にも負けないような力を得て 妖魔と戦う役割を背負う代わりに
- 露: ひとつだけ 願いを叶えてもらったの
- 玄雲: それが…
- 露: うん…ご神木を守ること…
- 玄雲: それで隅谷殿は 急に祖霊の存在を信じるように…
- 露: あ、少しだけ 続きがあるんだけど…
- 正綱: 申してみよ
- 露: 私、願いが叶ったって言われても まったく信じられなくて…
- 正綱: それで、家人に影響を与えた 妖魔を倒したことで
- 正綱: 隅谷殿を救ったことになったと…
- 露: でも、暗がりだったから 私のことは分からなかったはずよ
- 玄雲: いや、むしろその方が 合点がいった
- 露: 隅谷が祖霊の祟りを信じたこと?
- 玄雲: 実は隅谷殿が信じているのは 水名の姫の祟りではないのだ
- 露: じゃあ…なに?
- 玄雲: 水名の姫の「救い」だ
- 玄雲: 申しておったぞ
- 玄雲: 祖霊の姫に祟られるどころか 救われたとな
- 露: じゃあ、私が隅谷を助けたから ご神木も守られたのね
- 玄雲: そういうことになる
- 正綱: 願いが叶ったと言うべきか 自ら解決したと言うべきか…
- 玄雲: 因縁というものは どう繋がるかわからないものだな
- 露: ふふっ
- 玄雲: 何を笑っておるのか…
- 玄雲: …帰る前に 露に確認をしておきたい
- 露: 何?
- 玄雲: まだ、露が戦神子というのが にわかには信じられん
- 玄雲: 寺に伝わる話の通り 姿を変えてみせてくれないか
- 露: これで信用できる?
- 玄雲: …うむ、信用した
- 玄雲: 水名はこれだけで百人力
- 玄雲: もしも相対する者が現れたら 大変であろうな
- 露: 不吉なこと言わないで
- 露: そんな時が来ないことを 私は祈ってるわ
- 露: まさか私が亡霊を討つとは 思わなかったわ
- FILENAME: text_310452-1.txt
- 千鶴: いったん戦が 落ち着いてるって言っても
- 千鶴: 食い物の問題は 解決したわけじゃねぇんだよな
- 露: 豊作になったわけじゃないもの
- 露: それに、他から米を買い取っても 民へは行き届かないから…
- 千鶴: 来年も続いたらどうなるんだ?
- 露: さあ…
- 露: 各地で領地を広げようとする 機運が高まるかもしれないわね…
- 千鶴: 露としては 他国と争うのは嫌なんだろ?
- 露: 当然じゃない
- 露: 今のうちに港を拡張して 貿易に乗り出すとか
- 露: 万事に備える方法を 模索するべきだと思ってるわ
- 千鶴: 最近は水名が 主導権を握り始めてるんだろ?
- 千鶴: 家督を継いだ隅谷の息子を消して 返り咲けばいいじゃん
- 千鶴: それなら、露のやりたい方法で 国も纏まるだろ
- 露: 隅谷は絶対に立場を放棄しないし 水名は謀反を起こす気はないの
- 露: 水名が信頼を得ていて 発言力があったとしても
- 露: 外様の私たちが裏切れば あっという間にやられるわ…
- 千鶴: けど、米が無いから土地を奪う って考えが嫌なんだろ?
- 露: ええ
- 千鶴: その意見をぶつけたらさ わかってくれんじゃねーか?
- 露: 正しい言葉を振りかざすことが 正しいとは限らないの
- 千鶴: …めんどくせーな
- 千鶴: んで、今日も毛見ってやつか?
- 露: ううん、稲の出来高については 見当がついてるから
- 露: 今日は最終的な収穫量が どんな様子か見ておこうかなって
- 露: あと、貸し付けた種籾の返済は 必要ないって伝えておくの
- 千鶴: ふーん
- 「――――!!」
- 「―!!」
- 千鶴: おい、なんか物々しいな
- 露: 様子が変だわ 急いで見に行きましょう…!
- FILENAME: text_310452-2.txt
- 千鶴: あっはは!すげえ!
- 千鶴: 農民が具足つけて ののしりあってんぞ!
- 露: 笑ってられないわよ! 大事よ!
- 水名の農民: この書状が お前は偽物だと言うか!
- 外の農民: なら、お前はオラたちの書状が にせもんだって言うのか!
- 水名の農民: なんべんも言ってっけどな
- 水名の農民: この水源は何世代も前から 俺たちが使ってきたもんだ!
- 水名の農民: 爺ちゃん、ひい爺ちゃん そのまた爺ちゃんだってそうだ
- 水名の農民: それを急に自分たちのもんだと? 馬鹿も休み休み言え!
- 外の農民: こっちはオメエらに貸してんだ! それを返してもらって何が悪い!
- 外の農民: 言う事を聞かねえなら わかってんだろうな!
- 水名の農民: わかってるって何がだ! あ!?
- 外の農民: 実力行使ってことだ! お!?
- 露: 待って待って待って!
- 水名の農民: 娘っ子がなんの用だ! 大人の話に入ってくんじゃねえ!
- 外の農民: しかもなんだオメエ 随分と上等なもんを着てやがる
- 外の農民: 汚れひとつ知らねえ どっかの商人の娘かあ?
- 露: 北養領主、水名正綱の娘 水名露よ
- 農民たち: ――っ!?
- 水名の農民: 露姫様ーーー!?
- 水名の農民: いや、どこかでお見かけした ご尊顔だと思いました…!
- 露: 変な気の遣い方しないで ちょっと、こそばゆいから…
- 露: それで、争っている事情を 聞かせてもらっても構わない?
- 露: それで、領有権を示す書状が 2枚あるけど食い違っていると…
- 水名の農民: そう、うちはずいぶん昔に 滝を使うことを許されてるんです
- 水名の農民: なのに、コイツら外のヤツらが 急に出て来やがって…
- 外の農民: これだって正式なもんだ!
- 露: …明らかに 最近書いたものよね…?
- 千鶴: うちにも群印の押された書が 置いてあったけどさ
- 千鶴: こんな汚い字じゃなかったぞ
- 露: 正式なものだとすれば、 筆の立つ者が書かないとね…
- 外の農民: ただ、それで偽物だって言っても どうやって証明する気だ
- 千鶴: おい、コイツ面倒くせーな
- 千鶴: 書いたヤツがいるなら その領主かなんかに聞いちまえ
- 露: うーん…
- 千鶴: 悩むところか…?
- 露: いえ、相手はこの凶作の中で 水不足を解消したいだけなのよ…
- 露: 本人もバレるのは承知の上で 無茶な話をしてるわ…
- 千鶴: これも凶作の弊害ってことかよ
- 露: それに、下手に私たちが出ると、 相手の領主も好機と受け取るかも
- 露: この農民の言葉に乗っかって 侵攻でもしてきたらたまらないわ
- 千鶴: 無茶苦茶だな
- 外の農民: 姫さんにも証明ができないなら 話は終わりそうにねえな
- 水名の農民: 実力行使で奪う気か…?
- 外の農民: いや、こうなったら神様に どちらの土地か決めてもらう
- 露: え、ちょっと、まさか!
- 外の農民: すべては鉄火起請で決めよう
- 露: 最初からそれが目的だったのね…
- FILENAME: text_310452-3.txt
- 外の農民: 鉄火起請を受けるか否か どちらだ
- 外の農民: こちらは俺が村を代表して 神前に誓いを立てさせてもらう
- 水名の農民: ぐ…ぬぅ…
- 千鶴: ここまで言われたら お前が出るべきなんじゃねぇか?
- 水名の農民: なっ…でも…
- 露: 悩む必要はないわ
- 露: 北養の領主の娘たる私が 神前に誓いを立てるべきだもの
- 水名の農民: しかし、姫様…!
- 露: 私は戦神子なんだから 気にしないで
- 水名の農民: 申し訳、ございませぬ…!
- 露: それで、 日取りはいつにしましょうか
- 外の農民: 7日後でいかがか
- 露: わかったわ
- 千鶴: なあ、なんで露が あの農民の代わりをするんだよ
- 千鶴: アイツらで誓い合わせて 神に決めてもらったらいいだろ?
- 露: あなた、鉄火起請って 何をするかわかって言ってる?
- 千鶴: …いや?
- 露: でしょうね…
- 露: 内容を知れば、彼が及び腰に なった理由もわかるわ
- 千鶴: ふん…?
- 露: そもそも鉄火起請っていうのは 危険を伴う裁判なの
- 露: まずは誓約を交した起請文を 手のひらに広げるんだけど
- 露: 加えてその上に 焼けて赤くなった鉄を乗せるの
- 千鶴: はあっ!? バカだろそれ…
- 露: で、両者は鉄を手に乗せたまま 神前まで運んでいって
- 露: 火傷の程度が軽かった人が 真実を述べていると判断されるの
- 千鶴: …くっだらねー
- 千鶴: あの農民が尻込みするわけだよ
- 千鶴: それに、 露が引き受けた理由もわかった
- 千鶴: 露の戦神子としての力があれば ケガの程度も軽いだろうしな
- 露: そう
- 露: 彼の手が二度と使えなくなるのを 見てるわけにはいかないもの
- 千鶴: 水名の農民も安心だな
- 露: だけど、私は自分が勝つだけで 終わらせるつもりはないわ
- 千鶴: いや、終わるだろ
- 露: もう一歩、 踏み込んでみるつもりよ
- 正綱: なるほど… 所領の境界を巡る問題か
- 露: はい…
- 露: それでご相談なのですが、 父上にも動いて頂けないかと
- 正綱: 隣国とは付き合いもある
- 正綱: 妙なことをしない限りは 軋轢を生むこともないとは思うが
- 正綱: 露は何を望んでいるんだ
- 露: 凶作なのは向こうも同じ
- 露: その状況を確認しつつ ひとつ提案して頂きたいのです
- FILENAME: text_310452-4.txt
- 水名の役人: 神に真偽を問う前に尋ねるが
- 水名の役人: 両名ともに精進し 潔斎してきたことに相違ないか
- 露: はい
- 外の農民: はい
- 外の役人: では、先だって決めた通り 水名露より真偽を問うてもらう
- 外の役人: 覚悟はよろしいか
- 露: いつでも大丈夫です
- 外の役人: では、こちらに…
- 外の役人: 手を前に出して
- サッ
- 外の役人: ここに広げたるは 神への誓いを記した牛王宝印
- 外の役人: 上に熱した鉄を乗せるので 神前まで運ぶように
- 露: …覚悟はできております
- 外の役人: では…!
- 露: ふっ…
- ジュゥゥウウ…
- 外の役人: な、なにぃ…!? 周りが蒸気に包まれて…!
- 水名の役人: ま、まるで 露姫様の手を守るようだ…!
- 露: ふぅぅぅぅ…
- 露: まだ…まだ…!
- 露: あと…すこし…
- 露: ここ…!
- ドスッ
- 露: さあ、運びきったわよ それに手はこの通り
- 外の役人: 無傷とは… このような面妖なことが…!
- 外の農民: ぐっ…ぬ…
- 水名の役人: では、次はそちらの番
- 水名の役人: 改めて問うが 本当に神に誓いを立てて行うか…
- 外の農民: …………
- 露: 尋ねる必要はないわ
- 露: 私は目の前で彼が苦しむ姿を 見たいわけじゃないもの
- 外の農民: これが戦神子…
- 外の農民: 神の御業とも言える力を見て オラにできることはねえ…
- 外の農民: そちらの姫さんが 前に仰った通り書状は偽物…
- 外の農民: 神に問う必要はねえ 俺を手打にしてくだせえ…!
- 露: 認めてくれてありがとう だけど、手打になんてしないわ
- 露: 凶作なのは私たちのところも あなたのところも同じ
- 露: だからね、先に父上に頼んで そちらの領主と話してもらったわ
- 露: なので、これは形だけよ
- 外の役人: 水名殿と話をつけて 滝からの水路を作ることにした
- 水名の役人: 我々もすべての水を 使うわけではないゆえ
- 水名の役人: 潤沢に水があると判断したときは そちらに流すことにいたした
- 水名の役人: ただし、見返りもなく 差し出すわけにもいかぬゆえ
- 水名の役人: いくらか都合はつけて頂く
- 外の役人: 無論でございます
- 外の農民: 申し訳ない…
- 水名の農民: 凶作で喘ぎ苦しむのはお互い様 露姫様に礼を言ってくれ
- 外の農民: 感謝してもしきれない… このご恩忘れはいたしませぬ…
- 露: 私に雨を降らせる力はないから 人にお願いすることしかできない
- 露: それでも、誰かを救えたのなら 私は嬉しく思うわ
- 露: これからは無謀なことはしないで ちゃんと訴えかけてね
- 千鶴: 遠くから見てたけどさ 鉄火起請をする必要あったか?
- 露: 戦神子の神がかった力を見せる それが戦いの抑止力にもなるのよ
- 露: だからやって正解
- 千鶴: 計算ずくかよ
- 露: ふふっ、一応ね
- 露: 戦神子になってなければ、 鉄火起請なんてやらないわ
- FILENAME: text_310453-1.txt
- 露: はぁ…良かった…
- 露: まさか親からはぐれてたなんて 思いもしなかったわ
- 千鶴: 母ちゃんも見つかったし 無事に解決ってところだな
- 露: ほんと、夢見の悪いことに ならなくてホッとしたわ
- 千鶴: けどさぁ
- 露: ん?
- 千鶴: こんなに手厚くみんなのことを 守ろうとしてたら
- 千鶴: さすがに露の身が持たねぇだろ 少しは気を抜けよ
- 露: 別に気を張ってるつもりは ないんだけど…
- 露: それにほら、千鶴が一緒なら 心強いじゃない?
- 露: 私と同じで守る側なんだから
- 千鶴: …………
- 千鶴: …そもそも露はワガママだ!
- 露: な、何よ急に… 今日はずいぶん突っかかるわね…
- 千鶴: そりゃそうだろ
- 千鶴: ご神木を守るために願いを叶えて 民を守るために休まず動いて
- 千鶴: 揚げ句の果てには鉄火起請の 代役なんてやりやがって
- 千鶴: いつかぶっ倒れるぞ
- 露: 考えたこともなかった…
- 露: だけど、体は平気よ ほら、ピンピンしてるもの
- 千鶴: じゃあ、もしも世の中の全部が 窮地に陥ったらどうすんだ…?
- 千鶴: どれかひとつしか守れないなら 露は何を選ぶんだよ
- 露: そんなこと言われても…
- 露: …………
- 露: そうだっ
- 千鶴: お、決まったか?
- 露: この世の中のすべてよ! ほら、これでひとつになった
- 千鶴: とんちを効かせりゃいいって 問題じゃねぇんだよ…
- 正綱の声: 「露、入るぞ」
- 露: ええ、どうぞ
- 正綱: むっ…今日も来てたのか…
- 千鶴: おう、世話んなってるぞ
- 正綱: 見回りを増やしたはずなんだが 千鶴ちゃんには突破されるな…
- 千鶴: へへっ それが得意技だからな
- 正綱: こちらとしては 笑える問題じゃないんだよ…
- 露: それで、どうしたの?
- 正綱: おお、そうだ
- 正綱: 先ほど水名神社の禰宜が来て 話していたのだが
- 正綱: 今度お前の好きな舞の一座を 招くと言ってたぞ
- 露: えっ! ちょっと、本当に!?
- 正綱: 興味があれば ぜひ来て欲しいとのことだ
- 露: 当たり前じゃない!
- 露: そう、こういう舞の伝統も 守っていかないと駄目ね
- 千鶴: うーわ また守るものが増えた…
- 正綱: ん?
- FILENAME: text_310453-2.txt
- 「ガヤガヤ…」
- 千鶴: へぇ、けっこう人が集まってる
- 露: つらい日々を生きていれば 息も抜きたくなるものよ
- 千鶴: ま、娯楽ってそんなもんか
- 露: どうしよう…楽しみになりすぎて 呼吸が乱れてきちゃった…
- 千鶴: どんだけ楽しみなんだよ
- 露: 千鶴は楽しみじゃなかった?
- 千鶴: 楽しみだけど、露ほどじゃない
- 露: ふーん…?
- 千鶴: なんだよ…
- 露: 最近何かあった…? しばらく様子がおかしいわ
- 露: つんけんしちゃってる
- 千鶴: んなことねーよ…
- 千鶴: それで、 今日の演目って何なんだ?
- 露: 夜討曾我があるって聞いたわ
- 千鶴: どこの誰だそれ
- 露: 前に聞かせたじゃない 兄弟による父の仇討ちの話
- 千鶴: …あ、あれか
- 千鶴: なんか話が入り組んでて すっげーわかりにくかったんだよ
- 露: その入り組んだ部分を理解すると 胸にグッと来るものがあるのよ
- 露: 兄の十郎祐成と弟の五郎時宗が 仇の工藤祐経と館で話して
- 露: 父の河津祐泰の死が自分とは 無関係だと言われた悔しさたるや
- 露: もうっ!
- 千鶴: うわっ…
- 露: だけど、そこから畠山や和田 北条の後押しがあったり
- 露: 恋人の妹の助けがあったりして いよいよ工藤を仕留めて十番切!
- 露: 今は亡き祖父の仇敵頼朝を討ち 名を残そうと決め
- 露: 我を討てと名乗りをあげる!
- 露: 「伊東が孫で河津がふたりの子 十郎祐成と五郎時宗ここにあり!!」
- 千鶴: おい、全部聞いちまうよ! とまれとまれ!
- 露: あっ!
- 露: ご、ごめんなさい 柄になく熱くなっちゃったわ
- 露: でも、舞台で見てみると またひと味違うから
- 露: 一緒に楽しみましょう
- 露: …………
- 露: はぁ… まだ胸の奥に余韻が残ってる…
- 露: このちょっとした恍惚とする感覚 どう言葉で表せばいいのかしら…
- 露: ねえ、千鶴
- 露: あら、千鶴?
- 露: 反応が…ない…
- 露: …………
- 露: 泰党の人、近くにいるでしょ? 千鶴を見張ってたわよね?
- 泰党の家臣: …うむ
- 露: どこに行ったの…?
- 泰党の家臣: 恥ずかしい話ではあるが…
- 泰党の家臣: 私も見失ってしまい 途方に暮れていたところだ…
- 露: まあ、泰党で一番の手練れだし…
- 露: 見つからないように 帰っちゃったのかしら…
- 露: 父上
- 正綱: ん、どうした?
- 露: 千鶴って今日 城に来たかどうかわかる…?
- 正綱: 元が神出鬼没すぎて 来てるかどうかもわからない
- 正綱: 情けない話だが 私に聞くだけ無駄だ
- 露: 困ったわ…
- 正綱: 捜しているのか?
- 露: 急に消えてしまったのよ…
- FILENAME: text_310453-3.txt
- 露: ふぅ…
- 露: あまり眠れなかった…
- 露: (私、熱が入り過ぎて、 少し気持ち悪かったかしら…)
- 露: (城下の様子を見回りつつ 反省しよう…)
- 露: この辺りに妖魔の反応はない… 大丈夫そうね
- 露: …………
- 千鶴: …そもそも露はワガママだ!
- 露: な、何よ急に… 今日はずいぶん突っかかるわね…
- 千鶴: そりゃそうだろ
- 千鶴: ご神木を守るために願いを叶えて 民を守るために休まず動いて
- 千鶴: 揚げ句の果てには鉄火起請の 代役なんてやりやがって
- 千鶴: いつかぶっ倒れるぞ
- 露: (私のことを心配していたのに 適当に流しちゃったから)
- 露: (怒るのも無理ないかも…)
- 露: (本気で怒ってたらどうしよう)
- 露: 何なら許してくれるかしら
- 露: 甘いものが好きな印象はないし かわいいものをあげても似合わないような… 食べ物ならなんでもいい…? そもそもあげる食べ物なんて…
- 露: そう言えば 読み書きを学びたいって言ってたわ 私が付きっきりで教えたら 喜んでくれるかしら
- 露: でも、勉強は嫌いな気がする…
- 水名の家臣: 姫、見つけました…!
- 露: な、ど、どうしたの…?
- 水名の家臣: 水名神社で騒動が起きていて、 どうも人々の様子がおかしいと…
- 露: まさか、妖魔…
- 水名の家臣: その恐れがある手前 どうか向かって頂きたく…!
- 露: ええ、本当に妖魔だとしたら 私と千鶴しか対応できないわ!
- 露: 何が起きているの!?
- 水名の兵: どうも旅の一座が 集団での自決を図ろうとした様子
- 露: なんですって!?
- 露: 暴れている者たちは…
- 露: …………
- 露: やっぱり、妖魔の呪印がある
- 露: いる…!
- 水名の兵: やはり妖魔の仕業で…
- 露: ええ、すぐに倒してくるから、 もう少し粘って!
- 露: 一座のみんなを 傷つけちゃいけないわよ!
- 水名の兵: はっ!
- 露: (昨日は妖魔の反応なんて どこにもなかったのに…)
- 露: はぁ…はぁ…
- 露: 思ったより結界が広い…
- 露: この反応…
- 千鶴: おおっ、露! 来てくれたんだな!
- 露: まさか千鶴… あなた1日中妖魔と!?
- 千鶴: ああ! 1日中妖魔退治だ!
- 千鶴: ほら、早く助けに来いよ!
- 露: …ごめんなさい千鶴
- 千鶴: あ…?
- 露: 舞にひとりで浮かれて あなただけが妖魔に気づいて…
- 露: 私…私… 自分が恥ずかしい…
- 千鶴: え、ああ…いいから…! 早く手伝えって!
- 露: うん、待たせてごめんなさい 一緒に倒しましょう!
- FILENAME: text_310453-4.txt
- 露: たおれろーーーー!!
- 露: ―露― これで妖魔は滅したわ
- 露: ―露― じきに結界も消えていくはずよ…
- 千鶴: ようやく倒せたか…
- 露: 本当にあなたには 謝ることしかできない…
- 露: いえ、何かお詫びをしないと
- 露: 甘いものがいい? 何か食べ物?
- 露: 文字を習いたかったら いつでも読み方から書き方まで
- 千鶴: いや、いいよ 露が来てくれたらそれで…
- 露: …そう?
- 千鶴: ああ…
- 千鶴: それに、謝らなきゃなんねぇの アタシも一緒だから…
- 露: どうして…?
- 千鶴: いや、だって勝手に消えたのは わざとだったから…
- 露: え…?
- 千鶴: そんで色んなところを転々として 妖魔を倒してまわってた…
- 露: それなら、水名神社の騒動は 昨日からじゃなかったのね
- 露: てっきり私は、昨日から 同じ妖魔と戦ってたのかと…
- 露: それより、どうして 急に消えて心配なんてかけたの!
- 千鶴: …………
- 露: 私、気を損なうようなことした?
- 千鶴: いや…
- 露: じゃあどうして…
- 千鶴: …露に探して欲しかったから
- 露: …………よくわからないわ
- 千鶴: だってさ…
- 千鶴: 露は守りたいものばっかだろ
- 露: えっ、ええ…
- 千鶴: アタシは強いから大丈夫だって 言ってくれるけど
- 千鶴: それは嬉しいけど…さ!
- 千鶴: 別に露におんぶに抱っことか イヤだけど…!
- 千鶴: けど、なんか…
- 千鶴: アタシのことを守ったりとか そういうのねーのかなって…
- 露: ――っ!?
- 露: …あの、それってつまり
- 千鶴: …………
- 露: 私が色んなものを守ろうとして ヤキモチ焼いてたの…?
- 千鶴: …………
- 露: ふ、ふふっ
- 千鶴: ――っ!?
- 露: なぁにそれ、可愛いわね~
- 千鶴: おいヤメロ!
- 露: 構って欲しかったんでちゅかぁ?
- 千鶴: ぶっ殺してやる!!
- 露: あはは、ごめんなさい でも嬉しいわ
- 露: そこまで慕ってくれてるなんて 思いもしなかったから
- 千鶴: ああそうかよ…
- 露: 今回は私自身も反省してるから 今後はお互い気をつけましょ
- 露: 千鶴も、私に思うことがあれば 素直に言って
- 千鶴: ん、泰党のヤツにも迷惑を かけたと思うし
- 千鶴: 今後は気をつけるよ…
- 露: これからもよろしくね
- 千鶴: こちらこそ、よろしくな
- 露: 妖魔を使って試すだなんて、 千鶴は子どもなんだから
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