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- FILENAME: text_330551-1.txt
- 都 ひなの: 今日はありがとうな 一緒に来てくれて
- 都 ひなの: 実験器具を運ぶのに ひとりじゃ心もとなくてな…
- 桐野 紗枝: いえいえ
- 桐野 紗枝: わたしが好きで お手伝いしているだけですし
- 桐野 紗枝: 今日 実験教室をする学童では
- 桐野 紗枝: わたしもたまに真里愛さんと アルバイトをしているので
- 都 ひなの: それなら前に 真里愛から聞いたが
- 都 ひなの: 紗枝がアルバイトとは 意外だったぞ
- 都 ひなの: 学校でも良家の娘だなんだって 何かと有名だからな
- 桐野 紗枝: 社会勉強ですよ、ふふ
- 桐野 紗枝: 今回は どんな実験をするんですか?
- 都 ひなの: 子ども向けだからな 派手でワッと驚けるような実験だ
- 桐野 紗枝: もしかして、またドライアイスと シャボン玉の実験ですか?
- 都 ひなの: また…って話したことあったか?
- 桐野 紗枝: あっ、その…そうっ! 前、弟に話を聞いて…
- 都 ひなの: なんだ、お前弟が居たのか
- 桐野 紗枝: …え、あっ、はい
- 桐野 紗枝: (しまった…)
- 桐野 紗枝: (今のひなのさんは私に 弟妹がいるって知らないんだ…)
- 都 ひなの: 近ごろ忘れっぽいみたいで 悪いな
- 桐野 紗枝: …いえ、わたしの勘違いです 今、初めて言いました
- 桐野 紗枝: 実は、可愛い妹と 生意気な弟がふたりいるんです
- 桐野 紗枝: (危ない… 気を引き締めなきゃ)
- 桐野 紗枝: (気を抜いたら 昔と同じように接しちゃうから)
- 由貴 真里愛: 「カメを助けた浦島太郎は 竜宮城でおもてなしを受けました」
- 由貴 真里愛: 「お魚たちはひらひら踊り 美味しいご飯もたっくさん 浦島太郎はとっても楽しい時間を過ごします」
- 由貴 真里愛: 「けれども浦島太郎は 次第におうちが恋しくなってしまうのです」
- 都 ひなの: ちょっと来るのが早かったか
- 桐野 紗枝: まだ読み聞かせ中ですね
- 都 ひなの: 浦島太郎か…
- 都 ひなの: 既視感があると思ったら …あれだ
- 都 ひなの: 前に演劇部が パロディをやってたな
- 桐野 紗枝: …覚えてるんですか?
- 都 ひなの: 失敬だな
- 都 ひなの: いくら物忘れが激しいと言っても
- 都 ひなの: あの強烈な話は なかなか忘れられないさ
- 都 ひなの: 丁度始まるってところに たまたま立ち会わせてな
- 都 ひなの: せっかくだからと真里愛と 一緒に観たんだが
- 都 ひなの: けっこう面白かったんだ
- 都 ひなの: 時代が現代になっていたりと オリジナル要素が強くて
- 都 ひなの: 言葉選びなんかも なかなか尖った作品でな
- 桐野 紗枝: (…舞台の記憶は ちゃんと残ってるんだ…)
- 桐野 紗枝: (観に行った理由以外は… だけど…)
- 桐野 紗枝: ギャグ要素も強かったですけど
- 桐野 紗枝: あのラストの切なさは 意外でしたね…
- 都 ひなの: ん? あれ、切なかった…か?
- 桐野 紗枝: え?
- 由貴 真里愛: あ、ふたりともいらっしゃい
- 都 ひなの: 真里愛、もう読み聞かせは 終わったのか
- 由貴 真里愛: ええ 休憩を挟んだら化学実験教室よ
- 桐野 紗枝: お疲れ様です
- 由貴 真里愛: ふふ、ありがとう
- 由貴 真里愛: それで、ふたりは なんのお話をしていたの?
- 都 ひなの: あぁ、前に観た演劇部の 舞台のラストについてだよ
- 都 ひなの: アタシと紗枝で知ってる 話が違うみたいなんだ
- 由貴 真里愛: あ、それなら
- 由貴 真里愛: 本番直前に台本の流れが 変更になったって聞いたわよ
- 桐野 紗枝: 直前での変更…?
- 都 ひなの: そういえば…
- 都 ひなの: 確かに、劇作家が舞台後に 壇上の挨拶でそんな話を…
- 「み、みなさまご来場いただき ありがとうございました 本日は開演が遅れてしまい 大変申し訳ありませんでした…」
- 「そして突然のラスト変更に 対応してくれた演者…照明や音響 裏方のみんなも…本当にありがとう!」
- 「みなさまに笑顔をお届けできたのなら 嬉しい限りです」
- 都 ひなの: 知らない2年だったが かなり緊張した様子でな
- 桐野 紗枝: (知らない2年…か)
- 桐野 紗枝: なるほど… そういうことだったんですね
- 桐野 紗枝: (あの子からは何も 聞いた覚えはない…)
- 桐野 紗枝: 確かに、これまでも話は 見せてもらってきたけど
- 桐野 紗枝: 今回の話は あの子にしては珍しく
- 桐野 紗枝: ハッピーエンドじゃ なかったですし…
- 都 ひなの: なんだ、劇作家の生徒と 知り合いだったのか
- 都 ひなの: 内容を見せてもらうくらいの 仲だったんだろう?
- 都 ひなの: 本番には行けなかったのか?
- 桐野 紗枝: …………
- 桐野 紗枝: はい、そうだったんです
- 桐野 紗枝: 行く予定、だったんですけどね
- 桐野 紗枝: 私が持っている記憶は ひなのさんと真里愛さんが持つ記憶とは 異なっている
- 桐野 紗枝: そんな状況を作ってしまったのは 他でもない私のせい… 私が浅はかで傲慢なことを願ったからだった
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- 桐野 紗枝: 話は、私が願いを叶える前にさかのぼる
- 桐野 紗枝: 募金のご協力を お願いいたしまーす!
- あらぁ、頑張ってね
- 桐野 紗枝: ありがとうございます!
- 桐野先輩、チラシが なくなっちゃって…
- 桐野 紗枝: あ、予備持ってきてるから ちょっと待っててね
- あれ、ここにあった ノートの山って
- 桐野 紗枝: あ、さっきわたしが 提出しておいたよ
- 日直の俺の仕事だったのに ありがとう…!
- え、もしかして 金魚に餌あげてくれたのも!?
- 桐野 紗枝: うん やっておいたよ
- 女神じゃん… 私、今度何か供物を…
- 桐野 紗枝: やだなあ、そんな大げさだよ
- 桐野 紗枝: 全部わたしが好きでやっているだけだから
- 桐野 紗枝: ほんとに気にしなくていいよ
- 桐野 紗枝: あ、でも本当に何かくれるって言うなら… お菓子とかだと弟たちが喜ぶかも、ふふ
- まぶしっ…
- ガラッ
- こらー、みんな席につけ
- さっそくだが昨日、学校に 匿名の電話がかかってきてな
- げ、クレーム?
- いいや、ありがたいことに お褒めの言葉だ
- 桐野
- 桐野 紗枝: あ…はい
- 大荷物で困っていたお年寄りの 荷物を代わりに運んで
- 家まで送ってあげたそうだな
- その方からお礼の 電話があったんだ
- 桐野 紗枝: あ! あの時の…
- 桐野 紗枝: え、でも何でわたしのこと…
- 桐野、鞄に油性ペンで フルネーム書いてあるだろ
- しかも平仮名で
- 桐野 紗枝: え、あっ…あー…!
- は!? 可愛すぎん!?
- 桐野 紗枝: あはは…恥ずかしいなぁ
- 桐野 紗枝: 小学生の頃から使ってる 手提げだったから…
- しかも物持ち めっちゃいいじゃん!
- 腰を痛めていたから とても助かったと仰っていた
- いい行いをしたな みんなも桐野を見習えよー
- みんな: 「はーい」
- ガラッ
- あ、紗枝ちゃん お疲れ様~
- 桐野 紗枝: …………
- FILENAME: text_330551-3.txt
- ガラッ
- あ、紗枝ちゃん お疲れ様~
- 桐野 紗枝: …………
- 大丈夫、誰もいないよ
- 桐野 紗枝: うぅ~~~~~…
- 桐野 紗枝: つっかれた…
- ふふ、スイッチオフの 紗枝ちゃん
- たまにおっさんみたいな 声出すよねぇ
- 桐野 紗枝: …うるさい
- 桐野 紗枝: ここでくらいしか こんな声出せないんだから
- それで 今日はどうだったの?
- 桐野 紗枝: いつも通り 首尾は上々よ
- 桐野 紗枝: あ、でも前に荷物運びを 手伝ったおばあさんから
- 桐野 紗枝: 学校に電話がかかってきたのは 嬉しい誤算だったわ
- お、いつも鞄にでっかく 名前書いてるのが役立ったね
- 桐野 紗枝: そこは別に狙ってる わけじゃなくて…
- 桐野 紗枝: 単に買い替える 余裕がないだけなんだけどね
- 紗枝ちゃんはすごいよ 目的のためにたくさん頑張れて
- 桐野 紗枝: はぁ… 私が頑張るしかないからね
- でも、人脈を作ってお嬢様たちに 取り入って成り上がろうなんて
- 漫画の主人公並みの ガッツだと思うよ
- 桐野 紗枝: それ褒められてるのよね?
- もちろんだよ 今書いてる戯曲の主人公だって
- ちょっと紗枝ちゃんをモデルに してるところがあるくらいだもん
- 紗枝ちゃん、強くてかっこよくて 主人公みたいだからさ
- 桐野 紗枝: 恥ずかしい…
- 桐野 紗枝: 原作料みたいなのって とれるのかしら?
- がめついなぁ~
- 桐野 紗枝: それよりね 今日はいいニュースがあるの
- お、新たな 成り上がりルート?
- 桐野 紗枝: そうなのよ この前ね…!
- ガラッ
- 桐野 紗枝: わっ…誰ー?
- 都 ひなの: よっ
- 由貴 真里愛: うふふっ
- 桐野 紗枝: なんだ ひなのさんたちか…
- 桐野 紗枝: びっくりさせないで くださいよ…
- 都 ひなの: お前のその裏表の激しさは 何度見ても怖いよ
- 由貴 真里愛: そーう? 私は可愛くって好きよ?
- 紗枝ちゃん、存在自体が 創作のネタって感じで
- 筆が捗るよー、ふふ
- 桐野 紗枝: …ちょっとひどくない?
- 都 ひなの: お、次の舞台の戯曲か!
- はい、でも今 ラストで悩んでて…
- 由貴 真里愛: 私たち素人で良ければ いつでも相談に乗るわよ
- 都 ひなの: そういえば紗枝は最近 バイトでは上手くいってるのか
- 桐野 紗枝: そうそう、聞いてくださいよ!
- 桐野 紗枝: 実は高給のバイトが決まって 少し前から働きだしたんです
- 都 ひなの: …やばい仕事じゃないだろうな
- 桐野 紗枝: まさか ただの家庭教師ですよ
- 桐野 紗枝: ただ、相手は 学校でも有名な社長令嬢
- 桐野 紗枝: ボランティアの活動で たまたま仲良くなったんですよね
- 都 ひなの: お前それって…
- 桐野 紗枝: はい 令嬢とお近づきになれて
- 桐野 紗枝: 更に家庭教師として 良い評価を得られれば…
- 校内での評判も うなぎ上りってわけだね!
- 桐野 紗枝: その通り
- 由貴 真里愛: 策士ねぇ、ふふ
- 桐野 紗枝: しかもその時給、なんと…
- ごにょごにょごにょ
- 都 ひなの: …それは 本当に大丈夫なのか?
- 桐野 紗枝: …多分?
- 桐野 紗枝: でも、家計が近年まれに見る 火の車…という感じで
- 桐野 紗枝: そう悠長にも してられないんですよ
- 都 ひなの: そりゃあ大変だとは思うが あんまり無理するなよ?
- 桐野 紗枝: じゃあ、疲れてるので 肩もみお願いします
- 都 ひなの: おい、調子に乗るな
- 都 ひなの: いや、どうせなら しっかりやってやる
- 桐野 紗枝: …いや冗談ですよ
- 桐野 紗枝: ちょ、ま、くすぐった!
- それじゃ私 部活行ってきますね!
- 由貴 真里愛: いってらっしゃい 演技、楽しみにしてるわよ
- 私は劇作家なので 舞台上には上がりませんよ!
- 都 ひなの: 頑張ってるな、あいつも
- 桐野 紗枝: そうですね 本番、楽しみです
- 都 ひなの: あ、そうだ紗枝 今度、化学実験教室で
- 都 ひなの: ドライアイスとシャボン玉の 実験をやるんだが
- 都 ひなの: リハーサルに 付き合ってくれないか?
- 桐野 紗枝: …またあれですか? 好きですね
- 都 ひなの: 良いだろ 派手で子ども受けが良いんだから
- 桐野 紗枝: それもそうですね
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- 桐野 紗枝: …はぁ
- 桐野 紗枝: 今日のバイトの客 マジでなんなの…
- 桐野 紗枝: あ~…思い出しただけで ムカついてきた…
- 桐野 紗枝: たんすの角に小指ぶつけて 苦しめばいいのに…
- 桐野 紗枝: …でも、家族のためには これくらい…
- キュゥべえ: お疲れのようだね 桐野紗枝
- 桐野 紗枝: …またあんた?
- 桐野 紗枝: 白ダヌキが喋ってる件については 驚ききったんだけど
- 桐野 紗枝: いつもの勧誘?
- キュゥべえ: キミは魔法少女になれる 素質があるからね
- 桐野 紗枝: それは分かったけど
- 桐野 紗枝: 魔法少女とかいう 非現実的なものに興味ないし
- 桐野 紗枝: 何でも願いが叶う…とか うさん臭すぎるにも程があるわ
- 桐野 紗枝: 悪徳セールスに引っかかるのは 母親だけで十分なの
- 桐野 紗枝: …そういうことだから 他をあたってもらえる?
- キュゥべえ: わかった タイミングが悪かったようだね
- キュゥべえ: キミが興味を示してくれるまで ボクは何度でも来るつもりだよ
- キュゥべえ: じゃあ、またね
- 桐野 紗枝: …こりないわね
- 桐野 紗枝: ただい…
- 桐野 紗枝: うわっ
- 桐野 紗枝: (…また借金取り…?)
- 紗枝の母の声: 「どうしましょう…」
- 桐野 紗枝: (隣の部屋で何か 話してる…?)
- 紗枝の父の声: 「大丈夫さ、きっと何とかなるよ」
- 紗枝の母の声: 「そんなこと言ったって… 給料の差し押さえってそんなの…」
- 桐野 紗枝: (は?)
- 桐野 紗枝: お父さん、お母さん
- 紗枝の父: 紗枝…!
- 紗枝の母: もう帰ってたのね おかえりなさい
- 桐野 紗枝: …それより今の話何? 差し押さえとか聞こえたけど
- 桐野 紗枝: 差し押さえなら督促状とか そういうのなかったの…?
- 紗枝の母: …前から来てはいたのよ
- 紗枝の母: だけど心配させたくなくて…
- 紗枝の父: ごめんな
- 桐野 紗枝: いや、いやいやいやぁ…
- 桐野 紗枝: そういうのは隠さないでって 何回かお願いしなかったっけ…?
- 紗枝の父: …………
- 桐野 紗枝: (この人たちはどうして いつもこんなに楽観的なの…)
- 桐野 紗枝: うちは4人姉弟の6人家族 家計は私のバイトと 小さい工場で働くお父さんのふたりで 支えてるっていうのに…
- 桐野 紗枝: お父さんの給料を差し押さえられたら 私たちはやっていけない…
- 桐野 紗枝: お父さんもお母さんも 家族が一緒なら良いって考えてるみたいだけど お金がなかったら一緒に居られなくなるんだよ
- 桐野 紗枝: 本当にいつも ふたりが「良い人」であるのは分かってるの それでも、それだけじゃ この世界は生きることを許してはくれない
- 桐野 紗枝: お金がなくちゃ 家族が一緒に居られなくなるなんて 少し考えれば分かるはずなのに
- 紗枝の母: 本当にいつもごめんね
- 桐野 紗枝: …………
- 桐野 紗枝: 大丈夫、心配しないで
- 桐野 紗枝: さすがに明日 …とかじゃないでしょ?
- 紗枝の父: ああ、猶予はあるって言ってた
- 桐野 紗枝: じゃあ、大丈夫! わたしが何とかするよ!
- 桐野 紗枝: 最近新しく始めた バイトがあってね
- 桐野 紗枝: 今月いっぱい働いたら
- 桐野 紗枝: とりあえずは大丈夫になる 金額が入ると思うから!
- 紗枝の母: いつもごめんね 紗枝にばっかり…
- 桐野 紗枝: ううん
- 桐野 紗枝: わたしだって 家族と一緒に居たいから
- 紗枝の弟: …どういうことだよ
- 紗枝の弟: オレたち 離れ離れになんのかよ
- 紗枝の弟: オレ、そんなのイヤだ…
- 桐野 紗枝: 大丈夫だよ、ね 泣かない泣かない
- 紗枝の弟: …ぐす 泣いてねぇもん…
- 桐野 紗枝: そうだね、強いね
- 桐野 紗枝: お姉ちゃんが全部 なんとかするから
- 桐野 紗枝: ねっ、だから大丈夫!
- 桐野 紗枝: 私が家族を守ってみせる… そう決めたの
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- 桐野 紗枝: …というわけで 一家離散の危機です
- 桐野 紗枝: ほんと差し押さえとか…
- 桐野 紗枝: 夜逃げした時は自己破産して 乗り切ったみたいだけど
- 桐野 紗枝: 最早ファンタジーよ… 1周回って笑えてくるわ
- 都 ひなの: 紗枝、お前 夜逃げ経験してるのか…
- 都 ひなの: 苦労人だな…
- 桐野 紗枝: まぁ、可愛い弟や妹のためなら 頑張れますよ
- 都 ひなの: 前から弟たち含め、小さな子は 好きだったよなあ
- 桐野 紗枝: はい、だから ひなのさんも大好きですよ
- 都 ひなの: ぐぬ…
- 由貴 真里愛: …でも、本当に大丈夫なの? 差し押さえ…だなんて…
- 桐野 紗枝: 正直、かなりまずいんですけど
- 桐野 紗枝: 今月いっぱい働いて お金が入れば、とりあえずは…
- 由貴 真里愛: そうなの? あんまり無茶はダメよ?
- 明日の舞台、 きつかったら大丈夫だからね
- 優先すべきは お家のことだと思うし…
- 桐野 紗枝: え、行くけど?
- 桐野 紗枝: だってあなたが書いた 戯曲の初舞台よ?
- 桐野 紗枝: 私、ファンタジーは 嫌いだけど
- 絶賛ファンタジー書きながら
- 後輩に進捗詰め寄られて 死にかけてる人の前で言う?
- 桐野 紗枝: もう、最後まで聞きなさいよ
- 桐野 紗枝: …あなたの作品だけは 好きだって言おうとしたんだから
- 紗枝ちゃんがデレた!
- 桐野 紗枝: …だ、だから私だって 楽しみにしてるってこと!
- 桐野 紗枝: 当日はバイトも いれてないから
- でも前はそう言って 来られなかった…
- 桐野 紗枝: うっ…
- 桐野 紗枝: でも今回は絶対に行く 約束する
- …うん、わかった ありがとう
- 由貴 真里愛: それにしてもタイミングよく バイトが決まってて良かったわね
- 桐野 紗枝: はい、今回は 本当に運が良かったんですよ
- なんだか悪い顔してるよ 紗枝ちゃん
- 桐野 紗枝: フフフ… ほんっとちょろかったわ
- 桐野 紗枝: 令嬢か何だか知らないけど
- 桐野 紗枝: 家柄目当てに近づかれた なんて気付かずに
- 桐野 紗枝: こんな貧乏人に 仕事まで与えてくれちゃって
- 桐野 紗枝: ふふっ
- ガタッ
- 桐野 紗枝: ――っ!?
- 桐野 紗枝: 誰か外に…?
- あ、ごめん私の荷物が 落っこちた音かも
- 桐野 紗枝: はぁ…びっくりした
- それにしても すごい演技だったよ!
- 成り上がり悪役令嬢の役で 大抜擢したいくらい!
- 由貴 真里愛: …あぁ、良かった 演技だったのね…
- 桐野 紗枝: 私、そんな人間に 見られてたんですか?
- 桐野 紗枝: さすがにそこまで 悪女じゃないんだけど…
- 都 ひなの: すまん…
- 都 ひなの: お前なら言いかねんと 一瞬思ってしまった自分がいる
- でも紗枝ちゃん、これで意外と お人好しクソ真面目だからね
- 桐野 紗枝: お人好しクソ真面目って…
- 桐野 紗枝: あんたの方が 大概な性格してると思うけど
- ね、今度本当に 悪役で舞台に出てみない?
- 桐野 紗枝: 嫌よ せめて良い印象の役にして
- 都 ひなの: …ったく
- 都 ひなの: いくら人の寄り付かない 空き教室とは言っても
- 都 ひなの: どこで誰が聞いてるか 分からないんだから
- 都 ひなの: 演技にしたって ほどほどにしとけよ?
- 桐野 紗枝: わかってますよ
- 桐野 紗枝: それに令嬢の子は 普通に良い子でしたし
- 桐野 紗枝: まぁ、お金はもちろん 嬉しいけど
- 桐野 紗枝: 家庭教師って初めてだから 結構楽しいんですよね
- FILENAME: text_330552-2.txt
- ガヤガヤガヤ…
- 都 ひなの: ついに発表会当日だな
- 由貴 真里愛: なんだかこっちが ドキドキしちゃうわね
- 桐野 紗枝: お疲れ様です
- 都 ひなの: お、来られたのか
- 由貴 真里愛: 家のことは 大丈夫なの?
- 桐野 紗枝: はい 今のところは
- ~~♪~~♪
- 桐野 紗枝: ん、電話…?
- 桐野 紗枝: え… この番号って…
- 桐野 紗枝: はい、桐野です
- 家庭教師の件だけど 明日からもう来なくていいわ
- 桐野 紗枝: …え?
- 桐野 紗枝: いや、何でそんな… 至らぬ点があったなら…
- 話はそれだけよ
- 桐野 紗枝: そんなっ、待っ…
- 桐野 紗枝: …切られた
- 都 ひなの: おい、大丈夫か…?
- 桐野 紗枝: 家庭教師… 明日から来なくていいって…
- 由貴 真里愛: えぇっ! そんな、どうして…!
- 桐野 紗枝: すみません、ちょっと 直談判に行ってきます
- 都 ひなの: …公演開始は1時間後だぞ
- 桐野 紗枝: それまでには帰ってくるので!
- 都 ひなの: なっ…おい紗枝!
- 由貴 真里愛: …大丈夫かしら 心配だわ…
- 都 ひなの: あいつになんて伝えよう…
- 由貴 真里愛: 紗枝ちゃんが観に来るの 楽しみにしていたものね…
- 都 ひなの: …ああ 今日が最後の舞台だからな
- 都 ひなの: ただ、紗枝はそのことを 伝えられていない…
- 由貴 真里愛: 負担になりたくないって言う あの子の気持ちもわかるけど
- 由貴 真里愛: …もどかしいわね
- 家まで来るなんて…
- 桐野 紗枝: 申し訳ありません… でも、どうしても理由を…
- 何も話すことはないわ お引き取り願える?
- 新しい家庭教師を 探さないといけないの
- 桐野 紗枝: そんな… どうして…
- どうしてもこうしても ありませんよ
- 桐野 紗枝: あっ…
- 桐野 紗枝: あなたからも何か 言ってもらえないかな…?
- 桐野 紗枝: 何か誤解が あるみたいだから…
- 私が言ったんです 先輩を家庭教師から外したいって
- 桐野 紗枝: なっ… どうして…?
- 私、見たんです 先輩が空き教室で話していたのを
- 桐野 紗枝: 空き…教室…?
- 桐野 紗枝: (まさか…っ)
- ガタッ
- 桐野 紗枝: ――っ!?
- 桐野 紗枝: 誰か外に…?
- 私、桐野先輩も 同じような家柄だと思ってました
- でも、本当はそうじゃなくって…
- 私の家柄を知って 近付いてきただけだったんですね
- お母さんが言ってたけど
- 貧乏人は心も貧しいっていうのは 本当だった…
- それに、あんな風に 思われてたなんて…悲しいです
- 桐野 紗枝: それは、ちが… 誤解があって…
- 桐野 紗枝: その…あれは本当に演技で… 冗談…っていうか…
- 桐野 紗枝: いえ、冗談でも言っていいことと 悪いことがあるよね…
- 桐野 紗枝: 本当にごめんなさい…
- 信じられません…
- それに、もしそうだとして 家のことは本当なんですよね
- 桐野 紗枝: っ…それは…
- 悪いのは私たちを騙そうとした あなたなのよ
- FILENAME: text_330552-3.txt
- 桐野 紗枝: 騙そうだなんて…
- それに、そんな家の子を 我が家に入れたくないのよ
- 何か盗られるんじゃないかって 気が気じゃないもの
- 桐野 紗枝: なっ…
- 桐野 紗枝: そんなことは考えてません!
- どうかしらねぇ
- 桐野 紗枝: (あぁ…そうだ、そうだった)
- 桐野 紗枝: (貧乏人は信じてもらえない)
- 桐野 紗枝: (だから、私は…)
- ねえ、この子の キーホルダーなくなったんだけど
- 桐野さん、なにか 知らない?
- 桐野 紗枝: えっ… ううん、なんにも…
- えー、だって桐野さんち ビンボーだって聞いたよ
- 買ってもらえないから 盗んだんじゃないのー?
- それに、前にわたしの キーホルダー見て
- 可愛いって言ってたし…
- 桐野 紗枝: それは可愛いって思ったから 言っただけで…
- えーほんとかなー? 桐野さんが盗ったんじゃないの?
- ビンボー人は嘘つきだって お母さん言ってたよー?
- っ!
- ガタッ
- きゃー 桐野さん暴力反対ー!
- 桐野 紗枝: なっ
- 桐野さん、ちょっと
- 桐野 紗枝: 先生、私、なんにも…!
- 桐野さんが盗んだくせに! 嘘ばっかり!
- 桐野さん…
- 桐野 紗枝: 違う…私、違うのに…
- 桐野 紗枝: その後、私は先生から厳しく叱られた
- 桐野 紗枝: 盗みの濡れ衣を着せられ クラスの子に暴力まで振るったとされて 両親は学校に呼び出された
- 桐野 紗枝: 何度も何度も頭を下げて 謝っていた両親は、帰り道に 弟たちには内緒と言ってアイスを買ってくれた
- 桐野 紗枝: 私…盗んでなんかいない… 暴力だってしてないのに…
- 紗枝の父: 紗枝はそんなことしないって お父さんたちは分かってるよ
- 紗枝の母: だから、頑張ったご褒美の アイスなのよぉ
- 桐野 紗枝: …信じてくれるの?
- 紗枝の母: えぇ、もちろんよ
- 紗枝の父: お父さんたちの可愛い娘を 信じないわけがないだろう?
- 桐野 紗枝: じゃあ、なんで謝ったの…
- 紗枝の父: 貧乏人はな、信じてもらえない
- 紗枝の父: それは仕方のないことなんだ
- 桐野 紗枝: そう言って 諦めを含んだ笑みを浮かべた父親の顔を 私は今も忘れられないでいる
- 桐野 紗枝: 貧乏人は相手にされない だから、私は仮面を被った
- 桐野 紗枝: いつか成り上がるため そのスタートラインに立つために
- 桐野 紗枝: 「貧乏人」であることは邪魔だったから
- 桐野 紗枝: (それでも)
- 桐野 紗枝: (結局それは 偽りの仮面に過ぎない)
- FILENAME: text_330552-4.txt
- 言い返す言葉もないようね
- 桐野 紗枝: …………
- 桐野 紗枝: (あぁ…公演時間まで あともう少し…)
- 桐野 紗枝: (絶対行くって言ったのに)
- 桐野 紗枝: (家族のことも…)
- 桐野 紗枝: (このバイトが出来なければ 差し押さえも始まって…)
- 桐野 紗枝: (最悪、もう家族一緒に いられなくなるかも…)
- 桐野 紗枝: (…そっか、仮面を被ると 決めた時点で)
- 桐野 紗枝: (家族以外の他の全部は 諦めなきゃいけなかった)
- 桐野 紗枝: 成り上がるのに 仮面を被るということに対して 私はきっと覚悟が足りなかった
- 桐野 紗枝: 親友たちだけになら、と素顔を晒して 普通の青春を過ごそうだなんて傲慢だった
- 桐野 紗枝: ひなのさんたちと過ごす あの放課後の空き教室だけが 私が唯一、ありのままで居られる場所だった
- 桐野 紗枝: だけど、それが私の甘えだった
- 桐野 紗枝: 本気で家族のために生きるのなら その他の一切は求めるべきじゃなかったのね
- 桐野 紗枝: 仮面を被ると決めたのなら ひなのさんたちと居るときだって ちゃんと仮面を被っておくべきだった
- 桐野 紗枝: そうしてたなら偽りの仮面が剥がれて こんな危機に陥ることだってなかったんだから
- 都 ひなの: 紗枝、来ないな
- 由貴 真里愛: えぇ… もう幕が上がるわね
- ひなのさんたち! もうすぐ始まるので…って
- 紗枝ちゃんは 来てないんですか?
- 都 ひなの: それが…
- そうでしたか…
- 由貴 真里愛: でも、本当に間に合わせる つもりだったと思うのよ
- 分かってますよ
- ふふ、でも最後の舞台なこと 内緒にしておいてよかった
- もし言ってたらきっと 紗枝ちゃんを困らせてた…
- 私、家族のために頑張る 紗枝ちゃんが好きだから
- 足なんて引っ張りたくないもん
- 由貴 真里愛: でも…
- いや…でも、間に合わせるって 言ってたんですよね?
- 由貴 真里愛: ええ…
- それなら、きっと来ますよ
- …うん、きっと紗枝ちゃんなら あの戯曲の主人公なら…
- 都 ひなの: ん?
- ひなのさん、今回の戯曲のラスト どう思いますか?
- 都 ひなの: あぁ、切なくて悲しいな お前にしては珍しいよ
- そうですよね
- ラスト、変えてきます!
- 都 ひなの: ハァ!?
- 舞台、楽しみにしていてください
- 私はちょっと…いやかなり 後輩に怒られてくるので
- 都 ひなの: お、おう…
- みんなちょっといいかな!
- 直前で悪いんだけど…
- 桐野 紗枝: (もう始まっちゃうな… あの子の舞台)
- 桐野 紗枝: (二兎追う者は一兎も得ず なんて…)
- 桐野 紗枝: (本当にその通りだった)
- 桐野 紗枝: (きっと雇い主の家の 子どもから)
- 桐野 紗枝: (私が貧乏だということは 学校中に知れ渡る…)
- 桐野 紗枝: (後輩は令嬢として有名で 顔も広いからこそ)
- 桐野 紗枝: (良い評判も 広がりやすいと思っていたけど)
- 桐野 紗枝: (まさかそれが 裏目に出るだなんてね…)
- 桐野 紗枝: (…これからどうしよう)
- キュゥべえ: 困っているようだね 桐野紗枝
- 桐野 紗枝: 全部全部、私の甘えのせい… 私には覚悟が足りなかった
- FILENAME: text_330553-1.txt
- 桐野 紗枝: もしも、問題なくこのバイトを続けられたのなら
- 桐野 紗枝: 愛情たっぷりの両親と 可愛い弟たちや妹と一緒に
- 桐野 紗枝: きっとこれからも、小さな家の中 苦しい日々ではあるだろうけど それでも家族一緒に笑って暮らしていける
- 桐野 紗枝: それから、約束通りあの子の舞台を観に行って
- 桐野 紗枝: 照れ隠しに、ほんの少し茶化しながら あなたの書く作品が好きだと伝えるの
- 桐野 紗枝: 劇作家としていつか大物になるあなたに そのときは有名人を紹介してねなんて 軽口を叩いて…
- 桐野 紗枝: 家族のために生きていくのなら これからは、あそこでの時間は 減っていくのかもしれないけれど
- 桐野 紗枝: それでもたまに集まっては くだらない時間を過ごして笑い合う
- 桐野 紗枝: それが、今の私が考える幸せ
- 桐野 紗枝: (だけど、このままじゃ)
- 桐野 紗枝: (最悪、一家離散 なんてこともあり得る)
- 桐野 紗枝: (友だちも家族も 全部失ってしまう)
- 桐野 紗枝: (それなら…)
- キュゥべえ: ボクと契約する気になったかい?
- キュゥべえ: 今の状況を解決したいのなら ボクはそれを叶えてあげられるよ
- 桐野 紗枝: …別に あんたを信じたわけじゃない
- 桐野 紗枝: だけど…
- 何ぶつくさ言っているの?
- そろそろうちから 出て行ってくれないかしら
- 桐野 紗枝: ねぇ、キュゥべえ
- 桐野 紗枝: この際、なんだっていい 本当に今の状況を打破できるなら
- 桐野 紗枝: 神様だろうと悪魔だろうと 何にだって縋ってやるから
- 桐野 紗枝: 出来るもんなら 叶えてみせなさいよ…!
- 桐野 紗枝: (貧乏人は相手にされない)
- 桐野 紗枝: (そのために被った私の仮面は ひどくもろかった)
- 桐野 紗枝: (だから…もう一度やり直そう)
- 桐野 紗枝: キュゥべえ!
- 桐野 紗枝: 「学校のみんなが知る私を 良家のお嬢様にして!」
- 桐野 紗枝: …………
- 桐野 紗枝: (どうせ、 叶いっこないんだけど)
- あら桐野さん どうしたのぼーっとして
- 桐野 紗枝: へ…?
- 明日は来られる… でいいのよね?
- 桐野 紗枝: え…私 クビになったんじゃ…
- やだぁ! そんなわけないじゃない!
- 桐野 紗枝: でも…家のこととか 空き教室のこととか…
- 空き教室…? なんのことですか?
- 桐野さんは良家のお子さんだから 信用できるし
- 学校でも優等生だって 有名なあなたに
- 家庭教師をして頂けるなんて こんないい話ないんだから
- はい、よろしくおねがいします! 桐野先輩!
- 桐野 紗枝: えっ、あ、はい…!
- 桐野 紗枝: (家のことも空き教室でのことも なかったことに…?)
- 桐野 紗枝: (もしかして、願いが…!)
- 桐野 紗枝: 本当に願いが叶うだなんて とんだファンタジーね…
- キュゥべえ: ボクは最初からそう 言っているだろう?
- キュゥべえ: じゃあ早速 魔法少女について…
- 桐野 紗枝: あー、それ明日でもいい? ちょっと急用があるから
- キュゥべえ: …それじゃ、近いうちに また説明させてもらうよ
- 桐野 紗枝: 私の願いは学校での自身への認識を変えただけ…
- 桐野 紗枝: だから家計が火の車であることは変わらないし 多分これからも苦しい生活は続いていく
- 桐野 紗枝: だけど、しばらくはこれで 家族一緒に居られる…
- 桐野 紗枝: 魔法少女なんて得体の知れないものには なってしまったけど
- 桐野 紗枝: それでも、私は 大切な家族を守ることが出来た
- FILENAME: text_330553-2.txt
- 桐野 紗枝: (もう舞台は終わっちゃったかも しれないけど…)
- 桐野 紗枝: (あの子に一言 謝らなきゃ…)
- ガラッ
- 桐野 紗枝: 遅くなってごめん…ね?
- 桐野 紗枝: あれ…
- 桐野 紗枝: みんな舞台が終わったら ここに来ると思ったけど
- 桐野 紗枝: 打ち上げ…とかかな
- 桐野 紗枝: グループチャットは…
- 桐野 紗枝: …って お母さんがまた詐欺に!?
- 桐野 紗枝: 急いで帰らないと…
- 桐野 紗枝: ひなのさんたちのことは…
- 桐野 紗枝: …まぁ、また明日も
- 桐野 紗枝: どうせ放課後、 この教室で会うんだし
- 桐野 紗枝: そのときに謝ればいいよね…
- 桐野 紗枝: (この時間ならもうきっと 全員ここに居るはず…)
- 桐野 紗枝: …よし
- ガラッ
- 桐野 紗枝: あ、あの…
- 桐野 紗枝: …え? 誰も来てない…
- 桐野 紗枝: (怒って誰も来なかった…?)
- 桐野 紗枝: (いや、そんなことを するような人たちじゃない)
- 桐野 紗枝: (怒っているなら直接…)
- 桐野 紗枝: (予定があったとしても 連絡がきてた…)
- 桐野 紗枝: …そうだ グループチャット!
- 桐野 紗枝: …………
- 桐野 紗枝: え… グループがなくなってる
- 桐野 紗枝: …………
- 桐野 紗枝: そうだ 教室においてあるノート…
- 桐野 紗枝: なにかあったなら きっと書置きが…
- 桐野 紗枝: …………
- 桐野 紗枝: ノートも、 一緒にあったお菓子もない
- 桐野 紗枝: 何にもない…
- 桐野 紗枝: 誰かが持って帰った…?
- 桐野 紗枝: …………
- 由貴 真里愛: グループチャットを 作らない?
- 都 ひなの: お、良いな 名前は何にしようか
- 放課後だけの関係だからー
- 桐野 紗枝: …聞こえが悪い
- 黄昏…逢魔が時… うーん…
- 桐野 紗枝: …中学生じゃないんだから ほら貸して
- あっ、ちょっと!
- ピロン♪
- 由貴 真里愛: 放課後グループ…
- 地味!つまんない!
- 都 ひなの: だな… じゃあアイコンはこれにしよう
- ピロン♪
- 桐野 紗枝: …は!?
- 桐野 紗枝: ちょっと私のこの写真 いつ撮ったんですか!?
- 由貴 真里愛: あらぁ、可愛い寝顔ね ふふふ
- 桐野 紗枝: もう! 恥ずかしいからやめてください!
- みんなで交換ノートが したいです!
- 桐野 紗枝: …めんどくさい
- えーっ!
- だってさ、私たちよく考えたら お互いのことあまり知らないから
- 都 ひなの: 確かに、紗枝のヤバい顔を 知ってて、ここでだべってる
- 都 ひなの: ってことくらいしか アタシらは共通点ないもんな
- 都 ひなの: ここで関わらなかったら 他人同士のままだったかもしれん
- そんな寂しいこと 言わないでくださいよー…
- 由貴 真里愛: そうだ、みんなのノートに するのはどうかしら?
- 由貴 真里愛: 思ったことを書いたり 書置きをしてみたり
- 都 ひなの: たまに飯屋のトイレに そういうのあるよな
- じゃあ、まずは 絵しりとりでもしましょう
- はい、ひなのさん これなーんだ
- 都 ひなの: あ…? これは何の化学式だ?
- 桐野 紗枝: いや、これ芋虫ですよね
- 由貴 真里愛: うーん…アリさん?
- …ドーナツの詰め合わせです…
- 都 ひなの: なぜ詰め合わせた
- 桐野 紗枝: …………
- 桐野 紗枝: (何か、おかしい…)
- 桐野 紗枝: 真里愛さん!
- 由貴 真里愛: あら? どうかしたの?
- 桐野 紗枝: その、舞台の件… ごめんなさい
- 桐野 紗枝: それで、今日誰も教室に 来なかったから
- 桐野 紗枝: 怒らせちゃったのかなって
- 由貴 真里愛: …えっと?
- 由貴 真里愛: 私、今日なにか紗枝ちゃんと 約束してたかしら?
- 桐野 紗枝: え…
- 由貴 真里愛: 学童のアルバイトの件…?
- 桐野 紗枝: い、いやそうじゃなくて 確かに約束はしてないけど
- 由貴 真里愛: ごめんなさい… ちょっと分からないわ…
- 由貴 真里愛: 私、何か忘れてるかしら…?
- 桐野 紗枝: いや…その… ごめんなさい…!
- 桐野 紗枝: (どうなってるの…?)
- ドンッ
- 都 ひなの: いったた…
- 桐野 紗枝: あ…ひなのさん…! その…
- 都 ひなの: …ん?
- 都 ひなの: あぁ、お前、真里愛と 一緒にバイトしてる2年か
- 桐野 紗枝: え…何、言って
- 都 ひなの: どうした? 顔色が悪いが…
- 桐野 紗枝: 嫌だな…いくらなんでも 趣味が悪いですよ…
- 桐野 紗枝: 怒らせたなら 謝りますから…
- 都 ひなの: …なんのことだ?
- 桐野 紗枝: っ!
- 桐野 紗枝: なに、なんなの… もう嫌…家に帰ろう…
- カサッ
- 桐野 紗枝: 下駄箱から手紙が…?
- 桐野 紗枝: ――っ!?
- 桐野 紗枝: これ、あの子の字だ…
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- 桐野 紗枝: これ、あの子の字だ…
- 桐野さんへ
- 本当は直接お話がしたかったんだけど 今日の舞台が最後の登校日だったから 手紙になってしまってごめんね
- いつも周りのことを気にかけていて 誰にでも優しくって いつだってにこにこしている桐野さんが とってもかっこいいなって思ってました
- お嬢様ってイメージが強かったから あんまり話しかけられなかったのが ちょっと残念…
- 引っ越しする前にもう少し 話しておけばよかったなあ
- またいつかどこかで会えたら そのときはお話しできたら嬉しいな
- 桐野 紗枝: …は?
- 桐野 紗枝: 桐野さんって何… 引っ越しって何よ…
- 桐野 紗枝: 聞いてない なんにも知らない…
- 桐野 紗枝: もう、嫌…
- キュゥべえ: ここにいたんだね 紗枝
- 桐野 紗枝: キュゥべえ…
- キュゥべえ: ソウルジェムが 濁り始めているようだ
- 桐野 紗枝: ソウルジェム…?
- キュゥべえ: そろそろ 魔女を狩りに行こうか
- キュゥべえ: どうやら近くに 魔女の反応があるみたいだからね
- 桐野 紗枝: …そう、分かったわ
- キュゥべえ: その手紙はどうしたんだい
- 桐野 紗枝: …なんだかおかしいの
- 桐野 紗枝: 親友なのに まるで他人からみたいな手紙
- 桐野 紗枝: ひなのさんたちも… みんなの態度がおかしくて
- キュゥべえ: もしかしたら
- キュゥべえ: それはキミの願いの 影響かもしれないね
- 桐野 紗枝: え…?
- キュゥべえ: 学校のみんなが知るキミを 良家のお嬢様にすること
- キュゥべえ: それがキミの願いだったよね
- キュゥべえ: それなら学校の生徒全員に キミの願いは影響しているはずだ
- キュゥべえ: その結果として
- キュゥべえ: キミの友人との関係に 変化が起きていたとしても
- キュゥべえ: おかしくはないよ
- 桐野 紗枝: …そう なるほどね
- 桐野 紗枝: 校内での認識を変えた影響 …ってわけ…
- 桐野 紗枝: あー…ほんと馬鹿みたい
- 桐野 紗枝: もういいわ…
- 桐野 紗枝: ちょっと立ち寄りたい ところがあるから
- 桐野 紗枝: その用事が終わったら ちゃんと説明してもらうわよ
- 桐野 紗枝: 魔女とかソウルジェムとか 気になることを言ってたからね
- キュゥべえ: もちろん、そうするつもりだよ
- 桐野 紗枝: (もう、ここには 誰も来ない…)
- 桐野 紗枝: 元々、ここに集まっていたことに 深い理由なんてなかった
- 桐野 紗枝: そこにいたみんなの共通点はただ 「私の素顔を知っている」ことだけ
- 都 ひなの: 確かに、紗枝のヤバい顔を 知ってて、ここでだべってる
- 都 ひなの: ってことくらいしか アタシらは共通点ないもんな
- 都 ひなの: ここで関わらなかったら 他人同士のままだったかもしれん
- 桐野 紗枝: 貧乏という私のほんとうの姿がなければ 繋がることもなかった関係で ひなのさんの言う通り他人同士のはずの私たち
- 桐野 紗枝: ほんとうの私が学校から すっかり消えてしまった今 私とみんなを繋ぐものは何もない
- 桐野 紗枝: 私の願いは 今までのみんなとの関係を消してしまった みんなが覚えているのは 「良家の娘」である偽りの「わたし」だけ
- 桐野 紗枝: 魔法がどんなものか私にはまだわからないけど きっと色々うまいこと捏造された結果 放課後のこの教室での関係は すっかりなかったことになってしまったらしい
- 桐野 紗枝: 何が家族も友人も大事にしよう…よ 私は家族のことしか見ていなかった 私にはひとつしか守れなかった
- 桐野 紗枝: 結局、私はなにも見えてなかった
- 桐野 紗枝: みんな、私のことを理解し 応援してくれていたのに
- 桐野 紗枝: 一番近くで私を支えてくれていた みんなの大切さに気付けずにいた
- 桐野 紗枝: (だから、これはきっと そんな馬鹿な私への罰…)
- キュゥべえ: それにしても キミの願いは予想外だったよ
- 桐野 紗枝: どういうこと?
- キュゥべえ: キミの家庭事情を鑑みれば
- キュゥべえ: 当然、経済状況の改善を 直接願うと思っていたからね
- 桐野 紗枝: …………あー…
- 桐野 紗枝: その通りね 何でそう願わなかったかな…
- 桐野 紗枝: あんたもあんたよ
- 桐野 紗枝: そう提案してくれても 良かったじゃない
- キュゥべえ: キミ自身の願いだ
- キュゥべえ: ボクが提案する なんてことはしないよ
- 桐野 紗枝: あ、そう そういうスタンスなのね
- 桐野 紗枝: あんたも悪徳セールス ってわけ
- キュゥべえ: キミの願いは叶えられた
- キュゥべえ: 魔法少女としての 使命は果たしてもらわないと
- 桐野 紗枝: ショックすぎて色々と 冷静になってきたわ
- 桐野 紗枝: もういい、自力で 成り上がってみせるから
- 桐野 紗枝: (だからもう、みんなのことは 諦めるしかないんだ…)
- キュゥべえ: 紗枝、もう結界が近いよ 変身した方がいい
- 桐野 紗枝: …ん
- 桐野 紗枝: (魔法少女になったなんて あの子に教えたら)
- 桐野 紗枝: (ネタになる…とか言って 目を輝かせたんだろうけど…)
- キュゥべえ: 驚いたよ、紗枝
- キュゥべえ: まさか初戦でこうも簡単に 魔女を倒してしまうとはね
- 桐野 紗枝: はぁ…これで終わり?
- 桐野 紗枝: これを定期的に倒すのは骨が折れるけど 運動能力が飛躍的に向上するのは良いわね
- 桐野 紗枝: 前より肉体労働ができるようになって バイトの幅が広がりそうだから
- 桐野 紗枝: …ふぅ
- ひなのの声: おかしいな、確かにこっちで 魔力の反応があったはずだが
- 都 ひなの: ん、お前さっきの…
- 桐野 紗枝: あ…
- 桐野 紗枝: …こんばんは
- 由貴 真里愛: あら、あなたも 魔法少女だったのね…!
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- 桐野 紗枝: あの後、ひなのさんと真里愛さんとは 魔法少女の先輩後輩として 再び交流を始めた
- 桐野 紗枝: 仲良くなるのに時間はかからなかったけど もちろんふたりに あの放課後の教室での記憶はなく 私たちは以前とは違う関係性の中にいる
- 桐野 紗枝: 私だけが知っている記憶 その記憶が本当のものだと 証明してくれるものはもうない
- 桐野 紗枝: そしてあの子は、ただの同級生として 引っ越していった
- 桐野 紗枝: ひなのさんと真里愛さんは あの子が引っ越したことも知らなければ あの子の名前すら、もう覚えていない
- 桐野 紗枝: 彼女はもう、たまたま鑑賞した劇で見かけた 知らない2年生の劇作家という存在 …私の願いがそうさせてしまった
- 都 ひなの: そういえば、紗枝が言っていた 切ないラストってのは
- 都 ひなの: どんなのだったんだ?
- 由貴 真里愛: それ、私も気になるわ
- 桐野 紗枝: あ、はい
- 桐野 紗枝: わたしが聞いていたラストは 悲しいものでした
- 桐野 紗枝: 主人公は家族が恋しくなって 家に帰ったんですけど
- 桐野 紗枝: それが切っ掛けでヒロインへの 恋心に気付いたんです
- 桐野 紗枝: だけどその時にはもうヒロインと 連絡する手段はなく
- 桐野 紗枝: ふたりは二度と 会えなくなってしまうんです
- 桐野 紗枝: 主人公は後悔するんですけど 諦めて悲しみに暮れるっていう
- 桐野 紗枝: …悲恋の結末でした
- 桐野 紗枝: そっちはどんな終わり方 だったんですか?
- 都 ひなの: アタシらが見たのは
- 都 ひなの: その後に主人公がなんやかんや 根性でヒロインを迎えに行って
- 都 ひなの: 会えなかったはずのふたりが 再会を果たし、幸せに暮らす話…
- 都 ひなの: だったんだが かなりギャグめいていたな
- 由貴 真里愛: ふふ、そうね
- 由貴 真里愛: だけどとっても 幸せで、素敵なお話だったわ
- 都 ひなの: そうだな
- 都 ひなの: 主人公は傲慢にも思えたが 最後まで諦めないその姿勢は
- 都 ひなの: さながら漫画の 主人公のようだったな
- 桐野 紗枝: でも、どうして直前で ラストの変更なんて…
- 由貴 真里愛: 何か伝えたい想いが あったのかもしれないわね
- 桐野 紗枝: 想い…?
- 都 ひなの: そういや劇作家のあいさつには こんな続きがあったんだ
- 「み、みなさまご来場いただき ありがとうございました 本日は開演が遅れてしまい 大変申し訳ありませんでした…」
- 「そして突然のラスト変更に 対応してくれた演者…照明や音響 裏方のみんなも…本当にありがとう!」
- 「みなさまに笑顔をお届けできたのなら 嬉しい限りです」
- 「…欲しいものがあるのなら 全部、全力で掴みに行かなくちゃって 主人公なら、そう言うと思ったんです」
- 「…そう、ド根性があったなら きっとどんな物語だってひっくり返せる」
- 「私はそんな力を信じて これからも作品を作り続けていきます!」
- 桐野 紗枝: …………
- もちろんだよ 今書いてる戯曲の主人公だって
- ちょっと紗枝ちゃんを参考に してるところがあるくらいだもん
- 紗枝ちゃん、強くてかっこよくて 主人公みたいだからさ
- 桐野 紗枝: (私との記憶は消えても)
- 桐野 紗枝: (あの子が作品に込めた 想いは消えなかった…)
- 桐野 紗枝: (でも、あの子が信じてくれた 私のド根性は)
- 桐野 紗枝: (最後の最後で 折れてしまった…)
- 桐野 紗枝: …………
- 桐野 紗枝: (でも、いつか ひっくり返して)
- 桐野 紗枝: (ハッピーエンドを 迎えられたりするのかな)
- 桐野 紗枝: (あの子の舞台の 主人公みたいに…なんて)
- 由貴 真里愛: 紗枝ちゃん?
- 桐野 紗枝: …いえ なんだかあの子らしいなって
- 都 ひなの: 紗枝はその劇作家と 本当に仲が良かったんだな
- 桐野 紗枝: …………はい
- 桐野 紗枝: とても大切な 私の友人たちでした
- 桐野 紗枝: もう…引き返せないから
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