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- [From the opening sequence in 519110-0]
- たとえ私たちに意味がなくても、
- ここにいた価値なら
- きっとありますから
- FILENAME: text_519110-1_JJ7AF.txt
- ヘルカ: 何をしているときが一番好きだったのかなって 考えてみたのですが、あんまり思いつきません
- ヘルカ: 私はよくヤクのお乳を搾って バターをつくっていましたが 別に好きだからやっていたわけではありません
- ヘルカ: 仕事だから、なんとなくやっていただけです 思い入れなんてありません 動物の世話だってそんなに好きではありません
- ヘルカ: でも…もうできないんだなって思うと なんだか、寂しいような気もします
- ヘルカ: 『…お待たせしました、もういいです 遺灰は全部集めましたから』
- ヘルカ: 焼け残った品の中で一番きれいだった陶器に みんなの灰を入れました…といっても 荼毘に付したわけではないので 黒ずんでいて、ちゃんと灰になっていません
- ヘルカ: 燃やしてきれいにしてあげたかったけど 風葬が慣習のこの集落に焼き場などなく 仕方なくそのまま集めたのでした
- ヘルカ: この陶器の中でみんなが混ざり合っています お父さんやお母さんも、たぶん…きっと
- ラマ: 「…モンゴル帝国が憎いですか? あなたの故郷をこんなふうにした彼らが」
- ヘルカ: 私たちを助けてくれた高僧の方… 尼僧院というところで多くの僧から 師と仰がれていたラマは そう悲しそうに聞いてきました
- ヘルカ: 『わかりません』と答えると よりラマは悲しそうにしました
- ドルマ: 「ヘルカちゃん…」
- ヘルカ: そう声をかけてきたのは 私と一緒に生き残ったドルマでした
- ヘルカ: 私の幼馴染みで、同じ日に生まれ ずっと一緒に暮らしてきて、そして…
- ヘルカ: 私が助けられた唯一の人
- ドルマ: 「あたし、モンゴルが憎い…!」
- ヘルカ: 憎い? それはどういう気持ちなのでしょうか
- ドルマ: 近いうちに モンゴルは攻めてくるわ
- ドルマ: 必ずあたしたちの手で モンゴルを打ち破るのよ!
- 少女僧たち: そうだ、 憎きモンゴルに復讐を!
- ヘルカ: …………
- ヘルカ: …あれから、随分とたちましたが いまだに私は相手を憎むという気持ちが よくわからないでいます
- ヘルカ: たとえそれが 私の家族や故郷を奪った相手だとしても そして…
- 少女僧: でもどうやれば モンゴルに勝てるのかな?
- 少女僧: 大丈夫よ、私たちには ヘルカさんがいるもの
- 少女僧: ラクシャーシーのヘルカさんが
- ヘルカ: そして私が モンゴルを倒し、このチベットの地に シャンバラをもたらす救世主…
- ヘルカ: ラクシャーシーなのだとしても
- 少女僧: 大変です、ドルマ院長!
- ドルマ: どうしたの?
- 少女僧: あやしいやつが… モンゴルの手先かも!
- ドルマ: ――っ!?
- FILENAME: text_519110-2_JJ7AF.txt
- <Side:ラビ>
- ラビ: …ここが ラクシャーシーのいる尼僧院?
- ねむ: そうなんだけど… なんだか、取り囲まれたようだね
- ラビ: (…サーシャたちがいると 思ったけど一向に見つからない)
- ラビ: ここに環さんの概念の欠片が…?
- アレクサンドラ: のどかなところですね
- ねむ: 雰囲気はそうかもしれない
- ねむ: けれど… ここは13世紀のチベット
- ねむ: モンゴル帝国に侵略されている 最中なんだよ
- うらら: 侵略…
- アレクサンドラ: モンゴル帝国って、あの?
- ねむ: そう、全人類の半数以上を 支配するに至る世界帝国…
- ねむ: 歴史の上ではこのチベットも モンゴルに支配されることになる
- ねむ: そして、大勢の人が 亡くなることにも…
- アレクサンドラ: 大勢の人が…
- アレクサンドラ: あの…少しでも 助けてあげることは…
- ねむ: 気持ちはわかるけれど 過度な干渉は避けないと駄目だよ
- ねむ: 大きく歴史を変えることになれば 僕達の未来も変わるからね
- ラビ: それで、あなたの宿る本に従えば 私たちは何をするべき?
- ねむ: ラクシャーシーに会いに行く
- うらら: ラクシャーシー?
- ねむ: チベットとモンゴルの戦いを 終わらせた人物のことだよ
- ねむ: ラクシャーシーというのは 何かの称号みたいだね
- アレクサンドラ: え…ですがチベットは モンゴルに支配されるのでは?
- ねむ: そうだね、正確に言うと…
- ねむ: 「モンゴルとチベットの戦い自体は ラクシャーシーによって止められ チベットはモンゴルに下る形になる…」
- ねむ: 「けれどそれは平和的に…被害が最小限に 済むように取りはかられた上に チベットの文化は尊重されることになるんだ」
- ねむ: 「…むしろ文化ではチベットが モンゴルを支配してしまうほどにね」
- アレクサンドラ: そうなんですか…!
- ラビ: ラクシャーシーがいなかったら そうはならなかった?
- ねむ: 間違いないよ…お姉さんの たどった歴史が証明してるからね
- ねむ: …ともかくラクシャーシーと この激動の時代を歩んでいけば
- アレクサンドラ: “回収”されるんですね
- ねむ: そう…記録では…
- ねむ: 「モンゴルとの戦いが終わったあと 彼女はラクシャーシーとしての結末を迎える」
- ねむ: …とあるから、一連の顛末を 見届ける必要がある
- ラビ: この時代の魔法少女の結末… それはつまり…
- ねむ: おそらく想像の通りだよ
- ねむ: 平和をもたらした上での 最期だから
- ねむ: 絶望に染まったものではない …と信じたいけど…
- ラビ: …………
- うらら: と、とりあえず そのラクシャーシーを捜すんよ
- アレクサンドラ: そうですね… どこにいるんですか?
- ねむ: この先の尼僧院のはずだよ
- ラビ: …その人の名前は?
- ねむ: それが、わからないんだ 名前は記されてなくて…
- ラビ: ――っ!?
- ラビ: ちょっと待って… あれは…騎兵?
- アレクサンドラ: モ、モンゴル軍でしょうか?
- ラビ: わからないけど…
- うらら: うう…旭さんがいてくれれば どこの軍かわかったはずなんよ
- ラビ: ミリタリーが好きとはいっても この時代は関係ないはず…
- アレクサンドラ: それに、旭ちゃんは 他に大事な用事がありますし…
- ねむ: あの人たちはモンゴル軍で 間違いないよ
- ねむ: でも慌てなくて大丈夫だよ 前に伝えた通り
- ねむ: 僕から極端に離れない限りは 好印象をもたれる補助が働くし
- ねむ: 当然、言語も通じるからね
- ねむ: つまり、敵対されるおそれは ないに等しいはずだよ
- うらら: あ、じゃあ身構えなくても…
- うらら: …って、うわあ!
- アレクサンドラ: 矢!?
- うらら: 射ってきたんよ! いきなり敵対的なんよ!
- ねむ: おかしいね…さすがにここまで 敵意剥き出しなのは…
- アレクサンドラ: こっちに向かってきます!
- ラビ: ひとまず、離れて…
- ラビ: ――っ!?
- アレクサンドラ: これって…
- ラビ: …魔女
- モンゴル兵: ラクシャーシーが!!
- みんな: ――っ!?
- ラビ: (…結局あのあと、私たちは 散り散りになってしまった)
- ラビ: (魔女もよくわからずじまい… みんな無事だといいけど)
- 少女僧: あ、あの~…
- ラビ: うん?
- 少女僧: モンゴルの手先かと思ったんです けど…違いますよね?
- ラビ: ええ、違う
- 少女僧: な~んだ、よかった~ 緊張して損した
- ねむ: 好意的な印象を持ってくれている みたいだね
- ラビ: (…けれどモンゴル兵は違った)
- ラビ: (あのとき魔女の気配があった… ひょっとして…)
- ドルマ: いやでも 明らかにあやしいでしょ
- 少女僧: あ、ドルマさん!
- ラビ: ドルマ?
- ドルマ: そうよ、あたしが この尼僧院の代表をしているわ
- ドルマ: あんたは?
- ラビ: 私は、氷室ラビ はぐれた仲間を捜していて…
- ドルマ: …はぐれた仲間あ~? モンゴル兵がうろついてるのに?
- ドルマ: なんか、すんごいあやしいから とりあえず牢屋行きで
- ラビ: え?
- ラビ: …話が違う…
- ねむ: まあ、相手が好意的であっても 完全に警戒を解くのは難しいよ
- ねむ: 大変な時代だからね…
- ラビ: …サーシャとうららは 大丈夫だろうか
- ドロアダイ: この先の町に例の尼僧院が?
- モンゴル兵: 御意に、ドロアダイ将軍
- ドロアダイ: ふむ…貴様らの力が 役に立つかもしれんな?
- ふたり: あわわわ…
- うらら: 捕まってしまったんよ…
- FILENAME: text_519110-3_JJ7AF.txt
- ラビ: これでよし、と
- ねむ: 簡単に壊せたね
- ラビ: 鉄格子とかじゃなくて 木の扉だったから…
- ラビ: ひとまず、ここから抜け出して サーシャたちを捜さないと
- ???の声: …やっぱり 壊してしまえるのね
- ラビ: ――っ!?
- ドルマ: こんにちは
- ラビ: えっと、これは…
- ドルマ: …ここはね もともと武器庫だったの
- ドルマ: 便宜的に牢屋として使ってるだけ だから造りは簡単なんだけど…
- ドルマ: あたしたちのような女、子どもが 壊せるような代物じゃない
- ラビ: …もしかして、試した?
- ドルマ: そう…あんたがモンゴルの 手先ではないのは見たらわかる
- ドルマ: というか、あたしたちの言葉が わかる時点でその可能性は低い
- ドルマ: にも関わらずあんたはひとりで モンゴル兵がいる中やってきた…
- ドルマ: …ラクシャーシーでしょ、あんた
- ラビ: 私が? どうして?
- ドルマ: どうしてって…どうして?
- ラビ&ドルマ: え?
- ドルマ: …あんた、別のところの 少女僧じゃないの?
- ラビ: 少女僧?
- ドルマ: はあ…そこからなわけ…?
- ドルマ: …まあ、先に見てもらった方が 話は早いか…
- 少女僧: やあ!
- 先生役の少女僧: ダメね、矢を放つ最後まで しっかり構えてないと
- 少女僧: え~、難しいよ~
- ドルマ: これは教練…あたしたちは 毎日訓練してるのよ
- ラビ: (モンゴルと戦うためにか…)
- ドルマ: ほら、他も案内するわ
- 少女僧: こらこら、ケンカはやめなさい!
- ドルマ: 見回りをしながら町の揉めごとを 仲裁したりもするわ
- ドルマ: まあ、尼僧院というより自警団 そのものね、今は
- 少女僧: じゃあお互いに謝って! はい、これで一件落着!
- ラビ: …もう解決した
- ドルマ: こんなのすぐ収められるわ 町の人はみんな…
- ドルマ: あたしたちに逆らったら バチが当たるって信じてるから
- ラビ: (この町で彼女たちは特別な 存在だと思われてる…?)
- 先生役の少女僧: いいですか、ラクシャーシーとは 救世主という意味です
- 先生役の少女僧: 悪しきモンゴルを打ち払い、 この地にシャンバラをもたらす者
- 先生役の少女僧: けれどモンゴルでは ラクシャーシーという言葉を
- 先生役の少女僧: 羅刹女つまり悪鬼という意味で 使っているんですね
- ドルマ: 一応、座学もやっているの 先生役も少女僧がやってるけど
- ラビ: さっきも言っていたけど 少女僧って?
- ドルマ: あたしたちのことよ
- ドルマ: 見習いの僧って意味だけど 戒は何も課されていないわ
- ねむ: 変だね…少女僧なんてお姉さんの 記録にないんだけど
- ラビ: まさか、環さんが空から見ていた 尼僧院は、ここじゃない…?
- ねむ: というより…正しい歴史から ズレが生まれてるおそれがあるね
- ラビ: ――っ!?
- 少女僧: ねーねー、なんでモンゴルの 言葉がわかるの?
- 先生役の少女僧: ヘルカさんから聞いたからよ モンゴル語を調べてるみたい
- 少女僧: あ~、ヘルカさん毎日 何か読んでるもんね
- ラビ: (…ヘルカさん?)
- ドルマ: …とまあ、こんなふうに 毎日を過ごしているわけ
- ラビ: モンゴルと戦うために…?
- ドルマ: というより…モンゴルを打ち払う ラクシャーシーになるために…
- ドルマ: 「修行を積めばジャータカ様という 高僧に選ばれて、御仏の力を宿す ラクシャーシーにしてもらえる… あたしたちはそう教わり今も修行をつづけてる」
- ドルマ: 「まあ、そうは言ってもジャータカ様のことを 誰も知らないし、あたしたちを指導していた 大人たちもなんにも知らなかったし…本当に ラクシャーシーになれるのかあやしいんだけど」
- ラビ: 大人たち…尼僧院には大人が いないけど…逃げたの?
- ドルマ: 追放したのよ、ラクシャーシーの 儀を中止しようとしたから
- ラビ: 中止…?
- ドルマ: 「尼僧院はここだけじゃなく他にもあって それぞれの尼僧院からラクシャーシーが 選ばれていたみたいなんだけど…」
- ドルマ: 「ここ以外の尼僧院が全部モンゴルに やられてしまって…ラクシャーシーも 戦ったのに敵わなかった」
- ドルマ: 「僧たちの中心人物だったラマは 次々と尼僧院が落とされて、ラクシャーシーが モンゴルの前に何の役にも立たない現実に 怖れをなして、こう宣言したのよ」
- ドルマ: 「ラクシャーシーの儀の実行より 全員でここから逃げる…って」
- ドルマ: だからあたしは行動を起こして ラマたちを尼僧院から追放した
- ドルマ: 「もちろん、あたしひとりでやったんじゃなく 賛成してくれた子たちと一緒にやったの 大抵の子はモンゴルに故郷を奪われていたから 結構な数になってね… それで大人たちを追放できたってわけ」
- ラビ: …つまり、あなたも他の人たちも 復讐するために修行している…
- ラビ: 力を宿すラクシャーシーになって モンゴルを倒そうと…
- ドルマ: みんなはそうかもしれないけど… あたしはヘルカを守りたいだけ
- ドルマ: …ねえ、あんたもヘルカを守るの 手伝ってよ
- FILENAME: text_519110-4_JJ7AF.txt
- ラビ: ラクシャーシー
- ラビ: 人々を幸福の地…シャンバラへ導く 救世主であり、このチベットの大地の下に 横たわっているらしい
- ラビ: もともとラクシャーシーには 悪鬼羅刹の意味があるそうだけど チベットにおいてはすべての礎となり 人々がここで暮らしていけるようにしたから…
- ラビ: シャンバラへ導く救世主と 解釈されるようになったらしい
- ラビ: けれど転生を果たすかのように この時代にもラクシャーシーと呼ばれる 特別な力を持った少女が、それも複数誕生した
- ラビ: みんな、ジャータカ様なる謎の人物と 特別な儀式を交わすことでラクシャーシーに 選ばれたそうだ…
- ラビ: 加えて言うと、この尼僧院はもともと ラクシャーシーの候補を育成する機関で 同様の僧院が他にもあったらしい…
- ラビ: (…尼僧院の人たちから話を 聞いてわかったのはこれだけ…)
- ラビ: (それでもわかる… ラクシャーシーとは…)
- ラビ: 魔法少女のこと
- ラビ: (そうなるとジャータカ様は キュゥべえになるけど…)
- ドルマ: そろそろ来るわよ
- ラビ: あ、ええと…?
- ドルマ: だからヘルカがそろそろ来るの! 見てみたいんでしょ?
- 少女僧: 今日の教練、やばかったねー
- 少女僧: うんうん、やばいやばい
- ???の声: うわあああああ!!
- 少女僧たち: ――っ!?
- ヘルカ: はあ、はあ…寝坊しました… けどギリギリ間に合ったのでは?
- 少女僧: いやもう今日は終わりだけど
- 少女僧: やばい寝坊…
- ドルマ: あれがヘルカよ
- ラビ: …結構、抜けてる?
- ドルマ: ヘルカをよく知らなかったら そう見えるかもしれないけど…
- ドルマ: でもヘルカはね、すごいの! あたし、何度も救われて…
- ドルマ: 洞穴に閉じ込められたときも モンゴルに襲われたときも
- ドルマ: ヘルカがいなかったら あたしは生きていないわ
- ラビ: (とてもそんなふうには 見えないけど…)
- ドルマ: 疑ってるみたいだから言うけど ヘルカは普段手を抜いてるだけよ
- ドルマ: 危機が迫ると覚醒して 真の力を発揮するの!
- ドルマ: 故郷でも、奇跡を起こした ラクシャーシーって呼ばれてたし
- ドルマ: 本当は…そういう特別な存在には なってほしくないんだけど…
- ラビ: …故郷でも?
- ドルマ: ああ、違う違う…単純に救世主 って意味で使われてたの
- ラビ: (すでに魔法少女になっている のかと思ったけど…違うのか)
- ドルマ: だけど、特別な存在にさせられた ヘルカは…いつも辛そうだった
- ドルマ: 故郷を救えなかったのも自分の せいだと思っているみたいだし
- ラビ: だから、守りたい?
- ドルマ: そう…放っておいたらきっと ヘルカはラクシャーシーになる
- ドルマ: 今までずっとそうだった…まるで 宿命のようにその道を進まされる
- ドルマ: …ヘルカちゃんだけそんな道を… 許さない…阻止してやるわ
- ヘルカ: よいしょ…よいしょ…
- ラビ: 意気込みはわかったけど… 当のヘルカさんは何しているの?
- ドルマ: 花の世話よ
- ドルマ: 尼僧院には青い花がたくさん 咲いているでしょ?
- ドルマ: あれ、全部ヘルカが世話してるの あたしもたまに手伝うけど
- ラビ: 青い花って…
- ラビ: (…これ)
- ねむ: 青いケシの花だね この地域ではよく咲くみたいだ
- ラビ: ケシ…
- ヘルカ: そういえば、 水は朝あげたんでした
- ヘルカ: あげすぎてもよくないですから 今日はもうやめておきましょう
- ヘルカ: って、うわああ!!これ底が 抜けて水がダダ漏れに!!
- ドルマ: …………
- ラビ: …………
- ドルマ: そう…ヘルカがラクシャーシーに なってしまうのは宿命…
- ドルマ: あたしはこの宿命に抗いたい! だから、力を貸して!
- ラビ: あれでも…?
- ねむ: …まったく信じられないね
- FILENAME: text_519110-5_JJ7AF.txt
- ねむ: ちゃんとした部屋を 用意してもらえてよかったね
- ラビ: 変なお願いもされたけど…
- ドルマ: 身元を隠してるラクシャーシーの 生き残りかと最初は思ってたけど
- ドルマ: 本当に何も知らないみたいだし… きっと違うのよね?
- ドルマ: …けれど、あんたの力は伝え聞く ラクシャーシーの力そのもの…
- ドルマ: モンゴル軍に襲われて怪我ひとつ しないなんてあり得ないもの
- ドルマ: あたしひとりではムリだったけど あんたが協力してくれたらできる
- ラビ: …何を?
- ドルマ: モンゴル軍を倒すことを
- ラビ: そんなの…
- ドルマ: …無茶を言ってるのはわかる 不可能に近いことも知ってる
- ドルマ: でも…何もしないと ヘルカひとりに全部背負わされる
- ドルマ: いやなの…それだけは
- ラビ: …モンゴル軍を倒してって 言われても…
- ねむ: それだけ特別な力を持っていると 思われたということだね
- ねむ: それより、 待たせているみたいだけど
- ラビ: え…?
- 少女僧: あ、あの… ご飯を持ってきたんだけど
- 少女僧: …さっきからひとりで なにブツブツ言ってるの…?
- ねむ: あ、僕は他の人に見えないからね 取り繕った方がいいよ
- ラビ: …フォローをしろって?
- 少女僧: はらはら…
- ラビ: 私がブツブツ言うのは… そう…趣味
- 少女僧: 趣味…!?
- ラビ: ええ、趣味…これからも頻繁に ブツブツ言うけど、気にしないで
- 少女僧: う、うん…わかった… じゃあ、あの…もう行くね?
- ねむ: …変に思われただろうけど 実際ブツブツ言っていたからね…
- ラビ: 人がいるとわかっていたら テレパシーを使ってた…
- ラビ: それより、気になってたことが… 今は本来の歴史からズレている?
- ねむ: そうだね…お姉さんのたどった 歴史を簡単にまとめると…
- ねむ: 「この尼僧院にラクシャーシーと のちに呼ばれる人物がいて…」
- ねむ: 「その人はチベットとモンゴルの 戦いを終わらせ、そして…」
- ねむ: 「ラクシャーシーとしての結末を迎える」
- ねむ: …これが正しい歴史 少女僧なんて言葉は出てこない
- ラビ: 環さんが見ていた歴史では 尼僧院はどんな扱い?
- ねむ: 身寄りのない子どもたちが集まる 僧院という扱いだよ
- ラビ: 全然違う… やっぱり歴史がズレている
- ねむ: あと気になるのは ラクシャーシーのこと
- ねむ: どうしてお姉さんは名前を 残さなかったんだろう?
- ラビ: ドルマさんの話が本当なら…
- ラビ: ラクシャーシーは ヘルカさんだと思う
- ラビ: そう考えると…私はドルマさんに 協力するべきではない
- ねむ: 歴史が余計に 変わってしまうからね
- ラビ: …………
- ねむ: …ヘルカを魔法少女にさせない なんて思ってはいけないよ
- ねむ: それは歴史の改編であり やってはいけないことだからね
- ラビ: …わかっている
- ねむ: ならいいんだけど
- ラビ: (…結局私たちは 傍観者にならざるを得ない)
- ラビ: (もういやだと 思ったはずなのに…)
- ねむ: けれど何が原因でズレが起きたか 謎だけが残るね
- ラビ: 尼僧院が別物になっている時点で 私たちが来る前からズレている…
- ラビ: 何かイレギュラーを生み出すもの として考えられるのは…魔女?
- ねむ: 魔女?
- ラビ: モンゴル軍に襲われたときに 魔女の気配を感じた
- ラビ: もしかしたらこの歴史に何か 悪い影響を与えているのかも
- ねむ: 魔女にそこまでできるか 疑問だよ
- ラビ: …そう わからないことだらけ…
- ラビ: (サーシャたちの行方も そしてヘルカさんについても…)
- FILENAME: text_519110-6_JJ7AF.txt
- <Side:ヘルカ>
- ドルマ: でも…何もしないと ヘルカひとりに全部背負わされる
- ドルマ: いやなの…それだけは
- ヘルカ: (…また、そんなことを)
- ヘルカ: ドルマが私を特別な存在にさせないように 色々と手を尽くしているのは知っています
- ヘルカ: けれどそんなのは杞憂にすぎません そもそも私はなれなかったのです みんなを守れなかった不完全な存在なのです
- ヘルカ: そんな私がおめおめと生き延びているのも すべては、ドルマが生きているから
- ヘルカ: 私が唯一救えた命を奪わせないため
- ドルマ: …それと、ここにいる間は 座学や教練にも出てもらうわよ
- ラビ: なぜ?
- ドルマ: なぜって…あんた、 戦いが終わったらどうするの?
- ドルマ: ちゃーんと勉強はしておきなさい あんたのためになるんだから
- ドルマ: 教練だってそうよ 集団行動はそこから学べるの
- ヘルカ: そんな気遣いまでできるなんて やっぱりドルマは優しい…
- ヘルカ: でもその優しさのせいで ドルマは進んで危険な役割を担おうとします
- ヘルカ: …そんなのは認められません 私が守らないといけないのです
- ヘルカ: これ以上ドルマが 悪い夢に苦しまないためにも…
- ドルマ: ――っ!?
- ドルマ: はあ…はあ…
- ヘルカ: ドルマ… また悪夢を見たんですか?
- ドルマ: う、うん…ごめんね 起こしちゃって…
- ヘルカ: 今さら何を言うんですか ここに来てからずっと同室なのに
- ドルマ: …うん
- ヘルカ: 手、握りましょうか?
- ドルマ: 握って…
- ヘルカ: はい
- ヘルカ: 大丈夫ですよ 私が守りますから
- ヘルカ: 私は何度か尼僧院へ攻めてきた モンゴル軍を打ち破ったことがあります
- ヘルカ: とはいっても、相手は斥候兵 運で勝てるのもここまでが限界です 本隊が攻めてきたらどうにもならないでしょう
- ヘルカ: だから…
- ヘルカ: ラビさん…でしたよね? 新しく尼僧院に入った
- ラビ: え?…ええ
- ヘルカ: よかったら町を案内しますよ お願いもありますし
- ヘルカ: だから、ドルマだけでも助けてもらう 私のかわりに…
- ドルマ: え、遊びにいくの?それなら バター茶でも飲みにいこうよ
- ヘルカ: (ドルマ…!?)
- ラビ: バター茶?
- ドルマ: ヘルカが好きなのよ あたしも好きだけど
- ヘルカ: そうなんですか?ドルマって いつも不味そうに飲んでますが…
- ドルマ: 好きって言ったら好きなの あー、飲みたい!ほら行こう!
- ヘルカ: …仕方ありませんね
- ヘルカ: “モンゴル軍が攻めてきたらドルマを連れて 尼僧院から逃げてほしい” そうお願いするつもりでしたが 別の機会にした方がよさそうです…
- ヘルカ: ただ…情勢を考えると モンゴル軍もそろそろ動くはず…
- ヘルカ: (そう、猶予はほぼない… 隙を見てラビさんに言わないと)
- ヘルカ: バター茶最高~!
- ヘルカ: いやあ、何杯飲んでも飽きません いっそハシゴバター茶でも…
- ドルマ: ははは…本当、好きね…
- ヘルカ: (しまった… まったく隙を窺ってなかった…)
- ヘルカ: くっ…私ってやつは! 私ってやつは!
- ドルマ: …何なのよ、急に ねえ、ラビ?
- ラビ: うう…
- ドルマ: どうしたの? バター茶苦手だった?
- ラビ: というより印象と違っていた…
- ラビ: 甘いのかと思ってたら すごくしょっぱい…
- ドルマ: はじめて飲んだの? チベットじゃよく飲まれてるのに
- ラビ: えっと…まあ、 なかなか飲む機会がなくて
- ラビ: うう…まだしょっぱい
- ヘルカ: 甘いですよ、バター茶は
- ラビ: え?
- ヘルカ: そう信じてみてください そうすれば、甘くなります
- ラビ: …そういうもの?
- ヘルカ: はい…信じていれば それが本当になりますから
- ヘルカ: この世はそういうふうに できているんです
- ドルマ: …そろそろ戻る?
- ヘルカ: 名残惜しいですね…
- ヘルカ: バター茶を飲んで、 楽しくお喋りをして…
- ヘルカ: こういう時間だけが私たちに 与えられていたらいいのに…
- ヘルカ: (…じゃない! ラビさんにお願いをしないと…)
- デキー: あ!!ここにいた!!
- ドルマ: なによ、デキー もうちょっと声を落として
- デキー: それよりも、今度こそ本当に モンゴルの手先を捕まえたよ!!
- みんな: ――!?
- FILENAME: text_519110-7_JJ7AF.txt
- <Side:ラビ>
- モンゴル兵: くっ…
- デキー: こいつだよ!!尼僧院の中に 忍び込んでいたの!!
- デキー: でも…本当はふたりいたんだけど もうひとりは舌を噛んで…
- ドルマ: 充分よ、お手柄だわ
- ヘルカ: …縄は痛くありませんか?
- モンゴル兵: お前、モンゴルの言葉が わかるのか?
- ヘルカ: 発音には自信がありませんけど
- ラビ: ヘルカさん、 モンゴル語が話せるんだ
- ドルマ: そうよ、だから来てもらったの
- ドルマ: …本当はこんなことに 関わらせたくないんだけど
- モンゴル兵: ふん…だからといって 俺は何も喋らんぞ
- ヘルカ: あんまり驚かないんですね 私が話せることに
- ヘルカ: それともどこかで会いました? 他にモンゴル語を話せる少女僧と
- ラビ: ――っ!?
- ヘルカ: …図星ですか
- ラビ: (モンゴル語を話せる少女僧って もしかして…)
- ねむ: あのふたりのことかもしれないね
- モンゴル兵: …………
- ドルマ: ねえヘルカ、こいつ何の目的で 尼僧院に忍び込んできたの?
- ヘルカ: なぜ尼僧院に?
- モンゴル兵: …………
- ヘルカ: おおかた、井戸に毒でも 入れにきたんでしょう?
- モンゴル兵: な、なぜそれを?
- ヘルカ: やっぱりそうだったんですね
- モンゴル兵: カマをかけやがったな…
- ドルマ: 何て言ったの?
- ヘルカ: やりそうなことを勘で言った だけです…当たったようですが
- モンゴル兵: ちっ…確かにそうだ、井戸に毒を 入れるつもりで忍び込んだ
- ヘルカ: 卑劣な真似をしますね
- モンゴル兵: 卑劣だと…? よくも言えたな、そんなことが
- ヘルカ: …どういうことですか?
- モンゴル兵: 我々を騙し討ちした貴様らに 卑劣などと言われたくない!!
- ヘルカ: わ、私たちが…?
- モンゴル兵: 何をとぼけている!
- モンゴル兵: 「お前らラクシャーシーが 最初に攻めてきたんじゃないか!」
- モンゴル兵: 「何の通達もなく突然攻めてきて 無辜の民を大勢殺した… 忘れたとは言わさんぞ!」
- ヘルカ: …嘘、ではないようですね…
- ラビ: 確かなの?
- ねむ: そんな記録はない
- ねむ: モンゴル軍が勢力を広げるために 侵略してきたとしか…
- ドルマ: ねえ、どうかしたの、ヘルカ? こいつにひどいこと言われた?
- ヘルカ: いえ、そうではなく…
- モンゴル兵: …なんだお前、知らなかったのか まあ、それもそうか
- モンゴル兵: 「ラクシャーシーなど所詮捨て駒 戦のための道具だからな! 何も知らないまま邪術を施され 命じられるまま人々を殺す…」
- モンゴル兵: まさに羅刹女、悪鬼! 恥を知れ、ラクシャーシー!
- ドルマ: …こいつ、何を騒いで…
- ラビ: 待って、その人を止めて!
- デキー: こいつ、舌を…!!
- モンゴル兵: …くっ…
- デキー: …もうダメみたい
- ドルマ: そう…デキー、運ぶわ 手伝って
- ヘルカ: …ラビさん、 今の話は黙っていてください
- ヘルカ: あなたもモンゴルの言葉が わかるんでしょう?
- ラビ: ――っ!?
- ヘルカ: モンゴル語を話せる少女僧…
- ヘルカ: その話が出たとき、 目が泳いでいましたよ
- ヘルカ: …はぐれた仲間、ですか?
- ラビ: …たぶん
- ヘルカ: 短慮を起こさないでくださいね
- ヘルカ: 敵陣に飛び込んでも ムダ死にするだけです
- ラビ: …無事かどうかを確かめるだけ 私ひとりで行けば…
- ヘルカ: 自分を特別だと過信しては いけませんよ
- ヘルカ: それは必ず あなたを滅ぼす
- ラビ: …そんなふうに思っている わけじゃない…ただ…
- ヘルカ: はあ…わかりました 今回だけですよ?
- ラビ: え、どういうこと?
- ヘルカ: だから、無事かどうか 確認しにいくんでしょう?
- ヘルカ: 幸い、2着ありますからね
- FILENAME: text_519110-8_JJ7AF.txt
- <Side:アレクサンドラ>
- アレクサンドラ: ラビちゃんと 離れ離れになったあと…
- モンゴル兵: そこだ!
- モンゴル兵: 追いつめろ!
- うらら: す、すごい数なんよ
- アレクサンドラ: 取り囲まれてしまいました… このままでは…
- ドロアダイの声: やめろ
- ドロアダイ: その不思議な力…貴様ら ラクシャーシーだな?
- うらら: ラクシャーシー?
- アレクサンドラ: いえ、私たちは… 何と言いますか…
- うらら: た、旅の一座なんよ 大道芸をしてるんよ
- アレクサンドラ: (いい言い訳…それなら)
- アレクサンドラ: はいこの通り! 種も仕掛けもありますよ
- ドロアダイ: 興味深い奇術だな
- ドロアダイ: だが我々の攻撃をことごとく かわせたのはなぜだ?
- アレクサンドラ: そ、それは… 日々の努力と言いますか…
- うらら: 大道芸の一種なんよ
- ドロアダイ: よくわからぬが… しかし、それより…
- ドロアダイ: 貴様ら、言葉が通じるのだな?
- アレクサンドラ: (確かに…ねむちゃんの効果が つづいているのでしょうか?)
- アレクサンドラ: (でしたらラビちゃんは まだ近くにいるはず…)
- ドロアダイ: この者どもを捕らえよ 殺してはならん!
- ふたり: ――っ!?
- アレクサンドラ: (そのまま捕まってモンゴル軍に 同行することになりましたが…)
- ドロアダイ: そろそろ我々に力を 貸してくれる気にならんか?
- ドロアダイ: 褒美なら望みのままに与えよう
- アレクサンドラ: ですが…あの尼僧院の人たちと 戦えって言うんですよね…?
- ドロアダイ: そうだ、邪術には邪術をもって あたるのがよい
- ドロアダイ: 前に…ここより北の尼僧院を 襲ったときには苦戦したからな
- アレクサンドラ: まるで、尼僧院を狙って 襲っているかのような口調ですね
- ドロアダイ: 当たり前だろう これはそのための戦なのだから
- うらら: ど、どういうことなんよ
- ドロアダイ: 「我々はもともとチベットなど興味なかった 攻めたところでたいした利にならんし チベットは平和を愛する国だと聞いていた だから、無益な殺生は避けていたのだ」
- ドロアダイ: 「しかし…貴様らは攻めてきた」
- ドロアダイ: 「我々モンゴルを脅威に感じての奇襲 だったのだろうが…貴様らラクシャーシーは 奇妙な妖術で民をあやめたのだ」
- ドロアダイ: 「我々はその復讐と… ラクシャーシーなる脅威を取り除くため こうして本格的に遠征へ乗り出したのだ」
- ドロアダイ: 我々が尼僧院を 優先して襲うのもそのためだ
- アレクサンドラ: で、ですが…侵略を…
- ドロアダイ: 貴様らが攻めてきたから 我々も攻めているに過ぎん
- うらら: なんだか、思ってたより 複雑なんよ…
- ドロアダイ: 「いずれにせよ、あの羅刹女の巣窟を叩けば チベットの戦力は著しく下がる…いや 我々に抵抗することはできなくなるだろう」
- ドロアダイ: 「そうなれば…戦いは終わる 最小限の犠牲で平和が訪れるというわけだ」
- ドロアダイ: しかし尼僧院に対抗するには 我々にも特別が必要となる…
- ドロアダイ: …貴様らの力を借りたいのも そのためだ
- ドロアダイ: 戦いを早期に終わらせるため どうだ、手を組まないか?
- アレクサンドラ: …そうですね それが最善ですね…
- うらら: 手を組むのん!?
- アレクサンドラ: 違います、モンゴル側の情報を 掴みたいんです
- うらら: よかった…嘘だったんよ でも、情報って?
- アレクサンドラ: ラビちゃんはこの近くにいます そして、この近くといえば…
- うらら: 尼僧院?
- アレクサンドラ: はい…ですから、モンゴルが いつ攻めるつもりなのか探り
- アレクサンドラ: ラビちゃんを助け出したいんです
- うらら: …わかったんよ ウチも手伝うんよ
- うらら: サーシャさんひとりに 危険な思いをさせられないんよ
- アレクサンドラ: うららちゃん…!
- ドロアダイ: …どうした、黙り込んで
- アレクサンドラ: いえ…何でもありません 協力しますから、ご安心を
- うらら: ウチも手伝うんよ
- ドロアダイ: ふむ…味方を裏切るのだ、 暗くなるのもわかる
- ドロアダイ: だがこれも太平の世のため… 気持ちは切り替えていけ
- うらら: どこに行くのん?
- ドロアダイ: これでもわしは全軍を預かる身
- ドロアダイ: 貴様らだけに かかずらってはいられんのだ
- うらら: そんなに悪い人じゃなかったんよ
- アレクサンドラ: はい…チベットとモンゴルの 戦いも結局は善悪ではなく…
- アレクサンドラ: 立場の違いで 生まれたものなんでしょうね…
- モンゴル兵たち: …………
- アレクサンドラ: え…な、何ですか?
- うらら: ひょっとして安心させたところを 襲撃するつもりだったのん!?
- モンゴル兵?: そうじゃない
- アレクサンドラ: その声…?
- ラビ: よかった、無事で
- アレクサンドラ: ラビちゃん!
- うらら: じゃあ、そっちの人は?
- ヘルカ: はじめまして 尼僧院のヘルカです
- うらら: ヘルカさん…?
- アレクサンドラ: …そうでしたか 歴史にズレが…
- うらら: 結局、何が正しくて 何が違ってるのん?
- ねむ: 何かが違うというより…
- ねむ: 「モンゴルとチベットの戦いが ラクシャーシーによって引き起こされていたり 尼僧院がラクシャーシーの育成機関だったり」
- ねむ: 「根本的なところから異なっている」
- ねむ: …ここまで来ると僕達も 干渉する必要があるかもしれない
- ねむ: せめてラクシャーシーが 戦いを終わらせるようにしないと
- ねむ: 未来の存在である僕達が 消える可能性も充分にあるからね
- アレクサンドラ: そんな可能性が…!?
- ねむ: それほど歴史が歪んでるんだよ…
- ヘルカ: あの、お話は 終わりましたか?
- ヘルカ: 見回りの交代がはじまって いるので、そろそろ…
- ラビ: わかった
- ラビ: けど…本当に 一緒に来ないで大丈夫?
- アレクサンドラ: はい、話を聞いてなおさら モンゴルの動向を
- アレクサンドラ: 探っておく必要があると 思いましたし…
- うらら: ウチらが見張ってるから 原因を調べてほしいんよ
- アレクサンドラ: …ひとりにしてしまって 申し訳ないんですけど
- ラビ: それは心配しないでいい そっちもムリはしないように
- アレクサンドラ: ええ、ラビちゃんも
- ラビ: それじゃあ、また
- アレクサンドラ: はい!
- うらら: 行っちゃったんよ
- アレクサンドラ: そうですね…でも
- アレクサンドラ: 私たちは私たちに できることをやらないと
- FILENAME: text_519110-9_JJ7AF.txt
- <Side:ラビ>
- ヘルカ: ここまで来ればもう平気です
- ヘルカ: とりあえず、お友だちが 無事でよかったですね
- ラビ: ありがとう、手伝ってくれて
- ラビ: …あれ、どこ行くの?
- ヘルカ: 夜襲に備えて 門は閉ざしてあるんです
- ヘルカ: だからこっちの裏口を使います
- ラビ: あ、こんなところに…
- ヘルカ: 普段は見つからないように 隠しているんですよ
- ヘルカ: さあ、早く行きましょう 今頃ドルマが心配してます
- ヘルカ: なんて言い訳しようかな…
- ラビ: …ラクシャーシーが戦いを 仕掛けたって黙っていていいの?
- ヘルカ: まあ…知らなくてもいいことって あるじゃないですか
- ヘルカ: 一方的に憎めるから自分たちが 正しいと信じられるんです
- ヘルカ: …それでいいじゃないですか
- ヘルカ: どうせ近いうちに私たちは 全員死ぬんですから
- ラビ: ――っ!?
- ヘルカ: そんなに驚く必要がありますか? 敵はあの大帝国…勝てないですよ
- ヘルカ: そう…何をやったところで無意味 憎んだり争ったりするのも…
- ヘルカ: だから、みんな楽しいことだけを していればいいんですよ
- ヘルカ: みんなと毎日、この尼僧院で 最後の瞬間まで楽しく過ごす…
- ヘルカ: それこそ、バター茶でも飲んで ふふ、本当に楽しそう
- ラビ: …………
- ヘルカ: …でもひとりだけ 仲間外れにしたい人がいるんです
- ヘルカ: ラビさん…モンゴル軍が来たら ドルマを連れて逃げてください
- ラビ: あなたはどうするつもり?
- ヘルカ: 私?…私ですか…?
- ヘルカ: ああ、いえ、そういえば とくに考えてなかったので…
- ヘルカ: まあ、私に期待する人がいるので 戦ってみますよ
- ヘルカ: …結果は目に見えてますが 希望を見せた責任は取らないと
- ラビ: 全員で逃げる手もあるはず
- ヘルカ: ムリですね…そんなことをすれば 追っ手を差し向けられる
- ヘルカ: でもごく少数なら…ああ、いえ ダメです、どん詰まりです
- ラビ: …たとえそうだとしても それはあなたがするべきだと思う
- ラビ: 私に任せるんじゃなく
- ヘルカ: …どうしてですか?
- ラビ: あなたは簡単にやってのけたけど 敵陣に忍び込むのは難しい
- ラビ: ドルマさんが言うようにやっぱり あなたには特別な何かが…
- ヘルカ: ありませんよ、そんなもの
- ヘルカ: むしろ、特別なのは ラビさんの方でしょう?
- ラビ: え…?
- ヘルカ: 知っているんです、あなたに 仏力が備わっていることを
- ヘルカ: 私にはそんなものは何もない
- ヘルカ: 故郷がモンゴルに襲われたときも 逃げ出すことしかできなかった
- ヘルカ: 本当に何もない…こんな私では もうドルマを守れない…
- ヘルカ: だから私のかわりに ドルマを守ってほしいんです
- ヘルカ: そう、私のかわりに ドルマの救いとなる特別な存在に
- ヘルカ: ラクシャーシーならそれくらい やってみせてくださいよ…
- ラビ: …ドルマさんはあなたを 救おうとしている…
- ラビ: そして、あなたもドルマさんを…
- ラビ: …なら、ふたりで助け合えばいい きっとできるはず
- ヘルカ: モンゴル軍相手にそんなこと できるわけありません
- ヘルカ: …私は現実を知っているんです
- ラビ: あ、ヘルカさん…
- モンゴル兵: …あんなところに裏口が
- ドロアダイ: …そうか、餌に食いついたか
- モンゴル兵: はい、これで町中にも 簡単に入れるかと
- ドロアダイ: 被害は最小限に抑えたいからな
- モンゴル兵: そのことですが…放った間者は ふたりとも…
- ドロアダイ: …ラクシャーシーどもも 同じ目に遭わせてやる、必ず
- FILENAME: text_519110-10_JJ7AF.txt
- <Side:ヘルカ>
- アレクサンドラ: 尼僧院を攻める!?
- ドロアダイ: 不服か?
- アレクサンドラ: ああ、いえ…
- うらら: けど、急なんよ
- ドロアダイ: 急ではない戦など あまり聞かんな
- ドロアダイ: 明朝には出発する 貴様らも準備をしておけ
- うらら: とうとう動き出すんよ!
- アレクサンドラ: ラビさんに 知らせにいきましょう
- うらら: あれ…? ゲル…テントの外を見るんよ
- アレクサンドラ: モンゴル兵がいませんね…
- うらら: 戦いの準備をしてるとか…?
- アレクサンドラ: わかりませんけど… 抜け出すにはちょうどいいです
- うらら: うん、それもそうなんよ さっそく知らせにいくんよ!
- ドルマ: それは本当なの!?
- うらら: 本当なんよ
- アレクサンドラ: だから急いで知らせにきたんです
- ドルマ: …このふたりはあんたの 仲間なのよね?
- ラビ: そう、モンゴルの動向を 調べてもらっていた
- ドルマ: なら…本当か…
- ラビ: …どうする?
- ドルマ: …ヘルカは…?
- ドルマ: ヘルカならこんなとき すぐに解決策を…
- ドルマ: あ、いや…違う あたしが考えないと…
- ラビ: 守りを固める?
- ドルマ: 固めるって言ったって 何をどう固めるのよ
- うらら: みんなで寝ずの番をするんよ!
- アレクサンドラ: 武器を用意するとか…
- ドルマ: そんなの当たり前
- アレクサンドラ: あ… すみません、お役に立てず…
- うらら: ごめんなんよ
- ドルマ: え?違う…そうじゃなくて…
- ドルマ: ああ、もう!なんであたしは こんなふうなのよ!
- ラビ: …ヘルカさんを呼んでくる?
- ドルマ: それはダメ
- 少女僧: …………
- ヘルカ: そうですか…では町の人を 尼僧院に避難させてください
- 少女僧: はい
- ヘルカ: それから…細かいことは ドルマに任せますが
- ヘルカ: 「町の門はもう閉ざして、交代制で警戒すること あとは食料をすべて尼僧院に集めてください 町の人の分も今後は尼僧院が管理するように」
- ヘルカ: ああ、そうだ、家畜も処分して おいてください、可哀想ですが
- 少女僧: わかりました
- ヘルカ: …最後に決死隊を募ってください 打って出ます
- 少女僧: 籠城しないんですか?
- ヘルカ: 救援が望めないのに 立て籠もっても仕方ありませんし
- ヘルカ: それにおそらく モンゴル側の情報は嘘です
- 少女僧: 彼女たちが私たちを騙そうと?
- ヘルカ: 違います、わざと偽の情報を 掴まされたと考えるべきです
- ヘルカ: 出陣の時刻をわざわざ伝える 必要なんてありません
- ヘルカ: その時刻に強引に連れていけば それで済む話ですから
- 少女僧: …とすると敵は朝駆けではなく…
- ヘルカ: 狙いは夜討ち…私たちの不意を 突くつもりなんでしょう
- 少女僧: なるほど…
- ヘルカ: 私たちは待ち伏せし、 彼らを襲います
- ヘルカ: きっと通常より簡単に不意を 突けると思います
- 少女僧: 敵自身が不意を突くつもりで いますからね
- ヘルカ: …では、お願いしていいですか?
- 少女僧: お任せください!
- ヘルカ: …あはは…こういう事態になると 途端に頭が回る…
- ヘルカ: …でも、それでいい ドルマ…あなたを守れるなら…
- FILENAME: text_519110-11_JJ7AF.txt
- ヘルカ: …なんでドルマまで 来るんですか?
- ドルマ: あんたが危ない真似しようと してるのに放っておけないでしょ
- ヘルカ: それに…あなたまで
- ラビ: ふたりが心配だから
- ヘルカ: (ドルマに危険な思いを させたくありませんが…)
- ヘルカ: (ここにいれば私の目も届くし ラビさんの力も頼れる…)
- ヘルカ: …案外ここが安全なのかも…
- ドルマ: どうしたの?
- ヘルカ: 尼僧院が心配だと言ったんです
- ラビ: 念のためサーシャたちに残って もらったから、大丈夫だと思う
- ヘルカ: …おふたりもあなたのように 仏力が使えるんですよね?
- ドルマ: 結局、あんたって何なのよ? ラクシャーシーじゃないんでしょ
- ラビ: 魔法少女 希望を信じて戦う者のこと
- ヘルカ: 魔法、少女…?
- ドルマ: 聞いたことないわね
- ヘルカ: ――っ!?
- ドルマ: やつらの声…近くまできてる
- ヘルカ: …みなさん、準備はいいですか?
- デキー: ドキドキするね!!
- ドルマ: 声を落として
- ドルマ: …来た
- ヘルカ: 今です
- モンゴル兵: ぐっ!
- モンゴル兵: ちいっ…伏兵だ! 矢を射ってくるぞ!
- ラビ: はあ…っ!
- モンゴル兵: があ…!
- ラビ: (大丈夫…気を失ってるだけ)
- ドルマ: ラビに当てないように射るのよ!
- ヘルカ: このまま押し込みます ラビさん!
- ラビ: そこ!
- モンゴル兵: くっ…
- ドルマ: うまくいきそうね! さっすがヘルカ!
- ヘルカ: いえ…うまくいきすぎです というより…
- ヘルカ: 本隊にしてはやけに薄い…?
- 指揮官: 下がれ!もっと下がれ!
- ドルマ: 敵が逃げてく…? 追い打ちをかけるわよ
- ラビ: 待って、変な感じがする
- ドルマ: 変な感じ?
- ラビ: うまく言えないけど わざと逃げてるような…
- ヘルカ: ――っ!?
- ヘルカ: ぜ、前方のみなさん! 今すぐ逃げ…
- 少女僧: きゃあ…っ!
- ドルマ: 伏兵…?
- デキー: 逃げてた敵が戻ってくる!!
- ヘルカ: …そうか、これが彼らの狙い
- ドルマ: ど、どういうこと?
- ヘルカ: 退却を装って私たちを誘い込み 伏兵で攻撃してきたんです
- ヘルカ: とにかく、態勢を立て直さないと いったん下がります
- ドルマ: 下がるって言っても…
- デキー: 敵が食いついてくるよ!!
- ヘルカ: なんでそんなに…
- ドルマ: ――っ!?
- ドルマ: み、見て、町の方…
- ヘルカ: …………
- ヘルカ: …やられた
- 住民たち: 「モ、モンゴル兵が町の中に!」 「なんで…町の門は閉ざしてるはずだろ!」
- ドロアダイ: 火を放て!我らの憎しみで すべて燃やし尽くせ!
- ドルマ: 尼僧院の町に火が…
- ラビ: ここは私が引き受ける みんなは早く戻って
- ドルマ: ひとりで大丈夫なの!?
- ラビ: 大丈夫じゃない… けど、諦めるのはもういや
- ヘルカ: …いえ、諦めるべきですよ
- ドルマ: ヘルカ…
- ヘルカ: こんなの、どうやったって ムダじゃないですか
- ヘルカ: 何もかも無意味です… どうやっても生き延びられない
- ヘルカ: だったら、苦しいことはやめて 早く楽に…
- ラビ: …それはできないと思う
- ヘルカ: え…?
- ラビ: 少しでも生きるつもりがあるなら 楽なんてできない
- ラビ: ムダな努力だと、無意味だと わかっていても、抗ってしまう
- ラビ: それができなくなるのは、 本当に何もかも諦めたときだけ
- ラビ: 完全に希望を捨ててしまえれば それは確かに楽だけど…
- ラビ: あなたはきっと そこまで諦めていない
- ラビ: 諦めようとしているのに 諦めきれていない…
- ラビ: 単純に失敗を怖れているだけ
- ヘルカ: 私が… 失敗を、怖れている…?
- ドルマ: …行くわよ
- ヘルカ: え?
- ドルマ: ラビ、ここは頼んだわ
- ドルマ: みんな、退却! 町に引き返すわ!
- ヘルカ: ドルマ、私は…
- ラビ: やあっ!
- モンゴル兵: くっ…
- ラビ: 早く行って!
- ドルマ: 絶対に死なないで
- モンゴル兵: があっ!
- ラビ: …そのつもり
- ドルマ: ふん、格好つけて 走るわよ、ヘルカ
- ヘルカ: …………
- FILENAME: text_519110-12_JJ7AF.txt
- ヘルカ: 町に火が… みんな…倒れてる…
- ヘルカ: やっぱり、どうやったってムリなんです… この光景が何よりの証拠
- ヘルカ: 一緒なんですから 私がラクシャーシーになれなかった あのときと…
- ドルマ: 尼僧院への避難が 間に合わなかったのね
- うらら: ドルマさん、ヘルカさん!
- アレクサンドラ: ラビちゃんは!?
- ヘルカ: ラビさんは私たちを逃がすために 殿を務めてくれて…
- アレクサンドラ: ――っ!?
- うらら: ひとりでまだ戦ってるのん…?
- ヘルカ: ごめんなさい、私のせいです
- ヘルカ: ラビさんにそんな役割を 任せることになったのも…
- ヘルカ: 町がこんなことになって しまったのも、全部…
- アレクサンドラ: ヘルカさんのせいってわけでは…
- ヘルカ: 私のせいなんです!
- ヘルカ: 私が迎え撃とうとしたから… 侵入を許したのだってきっと私が
- 住民: 「少女僧がいるぞ…!」
- ヘルカ: ――っ!?
- 住民たち: 「ああ、どうか…どうかお助けください!」 「私たちをシャンバラへ…」
- ヘルカ: あ…その…みなさんは尼僧院へ…
- うらら: ――っ!?
- アレクサンドラ: いますね
- うらら: うん、魔女なんよ
- アレクサンドラ: ヘルカさんたちは早く町の人と 一緒に尼僧院へ!
- うらら: ここにいると危ないんよ!
- ヘルカ: 危ない?
- うらら: ともかく、早くなんよ!
- ドルマ: みんな、尼僧院へ逃げるわ! ついてきて!
- ヘルカ: 『はあ…はあ…』
- ヘルカ: 私はただ 何もわからないまま走るだけ
- ヘルカ: モンゴル兵が現れる度に倒れる人たち… 守ることなんてできません 私には…何もできないんです…
- ヘルカ: …………
- ヘルカ: 震えている大勢の人たちが私を見ています…
- 住民たち: 「お助けください…!」 「どうか…なにとぞ…!」
- ドルマ: ちょっと、あんたたち…!
- ヘルカ: それでも…
- ヘルカ: …大丈夫です、私たちには 御仏がついてくださいます
- ヘルカ: モンゴル軍が攻めてきても 心配いりません
- ヘルカ: 御仏のお力によって 私たちは救われるでしょう
- ドルマ: ヘルカ…
- ヘルカ: こんな心にもないことを いつか喋った気がします
- ヘルカ: あれは、いつだっただろう… いや、違う…思えば私は ずっとそんなことを喋っていました
- ヘルカ: あの奇跡を起こしたとされた日から…
- FILENAME: text_519110-13_JJ7AF.txt
- ヘルカ: 幼いとき、土砂崩れのせいで私とドルマが 洞穴の中に取り残されたことがありました
- ヘルカ: 私は運よく小さな穴を見つけ ドルマと一緒に脱出することができたのですが 故郷の人たちはそれを偶然とは見做さず…
- ヘルカ: 私を特別な存在… ラクシャーシーだと信じるようになりました
- ヘルカ: モンゴル軍が迫っていたので、何かの希望に 縋らないと生きていけなかったのだと思います
- 人々: 「ラクシャーシー様 どうか私たちをお救いください…」
- ヘルカ: みんな、そう言って私に縋りつきました けれど私には特別な力なんてありません ドルマを助けた奇跡だって偶然の産物です
- ヘルカ: 私には何にもできない! 何もかも投げ出して両親に泣きついて しまいたかったのですが…
- ヘルカ: 「どうか私たちをお導きください」 と両親も私に縋りつき 私が特別であることをやめさせませんでした
- ヘルカ: けれど、そんな希望はまやかしです モンゴル軍が攻めてくると、何の奇跡も起こらず 故郷の人々はあっという間に死にました
- ヘルカ: ああ…ごめんなさい 私は特別じゃありません
- ヘルカ: 特別になろうとしましたが なりきれませんでした
- ヘルカ: ごめんなさい、特別じゃなくて ごめんなさい…ごめんなさい…
- ヘルカ: そんなときです、生き残っている ドルマを見つけたのは
- ヘルカ: いえ…私が希望を見つけたのは
- ヘルカ: ドルマは私が唯一守れた人… 私の特別な人…
- ヘルカ: だから…生き延びさせようと思ったのです 何があっても守り抜こうと心に決めたのです
- ヘルカ: 絶対に…!
- 住民たち: 「ラクシャーシー様、どうか救いを…!」
- ドルマ: いい加減にしてよ!
- ヘルカ: ――っ!?
- ヘルカ: ドルマは私から人々を引き離します それも、ひどく怒った様子で
- ドルマ: そんなに縋りついて… 助けてくれって勝手すぎるわよ!
- ドルマ: あんたたちはいいわよ? 縋るだけでいいんだから
- ドルマ: でもヘルカは?
- ドルマ: こんな状況で助けてって言われて ヘルカはどうしたらいいのよ!
- ドルマ: それともなに、死んでこいって? それが人を救うってことなら
- ドルマ: あたしはヘルカに救わせない!
- ヘルカ: ドルマ…
- ドルマ: …もういいんだよ、ヘルカちゃん
- ドルマ: そんなに頑張らなくて… 期待に応えようとしなくていい
- ドルマ: 寝坊して、抜けたこと言って バター茶飲んでる…
- ドルマ: そんなヘルカちゃんが一番いい
- ヘルカ: ――っ!?
- ラビ: あなたはきっと そこまで諦めていない
- ラビ: 諦めようとしているのに 諦めきれていない…
- ラビ: 単純に失敗を怖れているだけ
- ヘルカ: 私が… 失敗を、怖れている…?
- ヘルカ: 私は気づいてしまったのです
- ヘルカ: 確かに私は怖れていました また失敗することに…ではなく
- ヘルカ: ドルマを失うかもしれないことに
- ヘルカ: 怖れていては何も守れない
- ヘルカ: …ドルマは今、怖い?
- ドルマ: 怖いよ… 夜になるだけで怖い
- ドルマ: 故郷が焼かれた夜のことを 思い出すから
- ドルマ: けど…もう大丈夫 ヘルカちゃんがいるから
- ヘルカ: …ありがとう、ドルマちゃん そんなふうに私を思ってくれて
- ヘルカ: 私なんか無価値だと思っていましたけど ドルマを守ることができたなら 自分の生にも価値があります
- ヘルカ: たとえ間違いだらけでも、失敗だらけでも この価値を踏みにじらせはしない
- ヘルカ: …きっと私以外の人にも そう思える特別な存在がいる…
- ヘルカ: 戦いがそれを踏みにじろうとするなら そんなものは否定しないといけない
- ヘルカ: そんなものに弄ばれて、奪われて… 何かに縋りつかなければならないほど 打ち負かされていいわけがない!
- ヘルカ: ドルマ…この世では私たちなど 路傍の石にすぎないんでしょうね
- ドルマ: え…?
- ヘルカ: 特別なんかじゃないんです
- ヘルカ: それでも…私たちは特別だと 思える相手を見つけられる…
- ヘルカ: なら…ここにいる価値は きっと、ありますね…?
- ドルマ: ヘルカ? それってどういう…
- ヘルカ: みなさん…
- ヘルカ: 『心配しなくていいですよ 私についてくれば、きっと大丈夫ですから』
- ドルマ: ――っ!?
- 住民たち: 「ああ、ついていきます!」 「どうか私たちをシャンバラへ!」 「ラクシャーシー様!」
- ヘルカ: では…そこにいるドルマを 押さえていてください
- ヘルカ: 私の邪魔をさせないために
- ドルマ: ちょ、ちょっと待って!
- ヘルカ: 私は私のやるべきことを 果たしてきます
- ヘルカ: 希望のために
- ドルマ: ヘルカ…ッ!!
- ヘルカ: はあ…はあ…
- ヘルカ: …っ、これといった武器はない
- ヘルカ: 弓も剣もうまく扱えませんし やっぱり私には何もできませんね
- ヘルカ: でも…私は立ち向かわないといけないんです ドルマを守り抜くために こんな戦いなんて終わらせてやるんです!
- ヘルカ: 何か、起死回生の一手は…!
- ???の声: それはキミの魂を差し出すに 足る願いかい?
- ヘルカ: え…? あ、あなたは…
- キュゥべえ: はじめまして、ヘルカ ボクの名前はキュゥべえ
- キュゥべえ: キミたちがジャータカ様って 呼ぶ存在さ
- ヘルカ: ジャータカ様… なぜ、ここに…?
- キュゥべえ: キミにお願いがあって来たんだ
- キュゥべえ: ボクと契約して、 魔法少女になってほしいんだ
- FILENAME: text_519110-14_JJ7AF.txt
- ヘルカ: 魔法、少女…?
- ヘルカ: それが、ラクシャーシーの 本当の名前…なんですか…
- ヘルカ: …やっぱり、ラビさんたちも ラクシャーシーだった…
- ヘルカ: 薄々そうだろうなとは思っていました というより、ラクシャーシー以外に 説明がつきません
- ヘルカ: どうして彼女たちは隠していたのだろう 私たちを騙すため…?
- モンゴル兵: がはっ!
- うらら: 倒しても倒しても あらわれるんよ
- アレクサンドラ: キリがないですね…魔女も まだ見つけられていないのに
- アレクサンドラ: うっ…!
- うらら: サーシャさん! 矢が…!
- モンゴル兵: やああ!
- うらら: この…っ!
- うらら: 大丈夫、サーシャさん?
- アレクサンドラ: はい、これくらい… みんなを守らないと
- モンゴル兵: いくらラクシャーシーとはいえ 相手はたったのひとりだぞ!
- モンゴル兵: さっさと突破して 町の本隊と合流する!
- ラビ: …そうはさせない
- ヘルカ: いや…あの人たちが 私たちを騙すわけがない
- ヘルカ: そうしなくてはならない事情が あったのでしょう
- ドロアダイ: 尼僧院にはまだ突入できんのか!
- モンゴル兵: 思いの外、扉が厚く… 破城槌もありませんから
- ドロアダイ: ちい…攻撃を緩めるな!
- ヘルカ: モンゴル兵たちの声が聞こえてきます もうあまり時間はないようです
- ヘルカ: でも…何を願えば…
- ヘルカ: モンゴル軍を撤退させることでしょうか? それともこの戦い自体を終結させること? いや、それではダメです
- ヘルカ: そもそもの原因を取り除かなくては 再び戦いがはじまってしまう
- ヘルカ: …そうか…暴悪の根源を消せば 平穏な暮らしを得られるはず
- ヘルカ: ラクシャーシーがその根源なら 私の願いは…
- ヘルカ: 『みんなの記憶から ラクシャーシーのことを消してください』
- うらら: ん…?
- アレクサンドラ: あれ…?私たちは… 魔女を捜していて…
- ふたり: …………
- うらら: わああっ、そうだったんよ! モンゴル軍が攻めてきてるんよ!
- アレクサンドラ: こんな普通の僧院に攻めてくる なんて…!
- モンゴル兵: な、なあ…もうやめないか?
- モンゴル兵: そうだな…相手は女、子ども いくら命令とはいえ…
- ドロアダイ: …何のために我々は こんな戦いを…
- ドロアダイ: ん…? 何だ、あの光は…?
- ヘルカ: 人にはみんな価値があって未来がある だからそれを奪う戦いはなくさないといけない…
- ヘルカ: 私はそんなきれいごとを信じます 特別な人がきれいな世で生きてもらうために
- ヘルカ: もし戦いが憎しみから生まれるのであれば 憎しみも乗り越えられると信じます
- ヘルカ: そう…憎しみくらい私たちなら乗り越えられる… そんなものに屈してはいけないんです
- ヘルカ: 負けてはいけないんです
- ヘルカ: それでも、膝を屈しそうになったら…
- ヘルカ: その憎しみは私に向けてください
- ヘルカ: すべての悪意は私に向けてください
- ヘルカ: 私が一切を引き受けます
- ヘルカ: だからどうか お互いに傷つけ合うことのないように
- ヘルカ: お互いを認め、信じ合えますように
- ヘルカ: そのために…そのためだけに 私は私であることを捧げます
- ヘルカ: だって…ようやくなれたんですから 私は、本物のラクシャーシーに
- ドロアダイ: これは、いったい…
- 住民たち: 「あ、ああ…なんとまばゆい… 菩薩様…いや、救世主様だ」 「我々を済度しにいらっしゃったんだ…」
- ドロアダイ: 救世主…? 未来仏のことか…?
- モンゴル兵: そんなお方に弓を引けば… ぶ、仏罰を受ける…!
- ドロアダイ: 貴様、どこへ行く!?
- モンゴル兵: 将軍、勝手に離脱する者が 多数出ています
- ドロアダイ: …こうなってはやむを得ぬか こんなものを見せられてはな
- ドロアダイ: 撤退する
- モンゴル兵: よろしいのですか
- ドロアダイ: 我らに最早戦意なし 仏罰を怖れてやまぬ
- ドロアダイ: 主にはそう伝えよ
- うらら: モンゴル軍が退いていくんよ
- アレクサンドラ: 戦いが終わった… ということなんでしょうね
- ラビ: そうみたい
- アレクサンドラ: ラビちゃん…! よかったです、無事で…
- うらら: 心配してたんよ!
- ラビ: 私は大丈夫だけど この状況は…?
- アレクサンドラ: おそらく、ヘルカさんが 願いを叶えたのだと…
- ラビ: そう… キュゥべえと契約を…
- 少女僧: もしかしてヘルカさんは… ヘルカ様は未来仏の菩薩様…?
- 少女僧: この世を救うためにあらわれる あの救世主様?
- 少女僧: どうなんだろう…けど…
- ドルマ: …きれい
- キュゥべえ: どうやらキミに宿った力は 人の心を穏やかにするものらしい
- キュゥべえ: ただ、これで終わりじゃない
- ヘルカ: はい、ジャータカ様
- ヘルカ: (モンゴルとチベットの戦いを 必ず終わらせてみせる…)
- ヘルカ: (私の特別な人を守るために)
- ヘルカ: …そう、私にならできるはず 特別な力を得た今なら…
- ヘルカ: 私はもう、それだけでいい そのためだけに生きられれば…
- ヘルカ: …なんて幸せなんでしょう
- ヘルカ: 日が昇ったあと モンゴル帝国は国境付近にまで 兵を撤退させていきました
- ヘルカ: 長くつづいた戦いは その朝、停戦を迎えたのです
- FILENAME: text_519110-15_JJ7AF.txt
- <Side:ヘルカ>
- ヘルカ: …よいしょ、よいしょ…
- ヘルカ: モンゴルの脅威が一時的に去ったその日 私は大切にしまっておいた陶器から 故郷の人たちの灰を土に撒きました
- ヘルカ: 灰はやがて土に還り そして、青い花を養う源となるのでしょう
- ヘルカ: この日の花はいつもより なんだか、とってもきれいです
- ヘルカ: あれから…
- ヘルカ: 私の願いによってラクシャーシーが みんなの記憶から消えたせいか
- ヘルカ: 尼僧院は戦災孤児の集まる僧院 として長くつづいている…そんなふうに みんなの認識が変わっていました
- ヘルカ: たぶんラクシャーシーに関するものは 連鎖的に影響が及んでしまったのでしょう 少女僧という言葉や概念も、そして… ジャータカ様のことも、みんな忘れていました
- ヘルカ: それでも過去の文献や経典などには ラクシャーシーの記録は残っています
- ヘルカ: 私が消したのはあくまでも 戦いの源になったラクシャーシー… 魔法少女に関する“記憶”だけです
- 少女の僧: ヘルカ様~!バター茶の 差し入れです!飲んでください
- ヘルカ: ごくごく…
- ヘルカ: ぷはー、甘い!
- 少女の僧: お~、見事な飲みっぷり!
- ヘルカ: 私へのみなさんの態度は随分変わりましたが もうそれについてあれこれ悩んだりしません
- ヘルカ: 私は覚悟を決めたのです ラクシャーシーとして最後まで生きていこうと
- ヘルカ: それから…ラビさんたちは しばらく尼僧院に滞在することになりました
- うらら: もうしばらく お世話になっていいのん?
- うらら: ラクシャーシーについて もっと調べたいんよ
- アレクサンドラ: そうですね…そこ以外はすべて 記録通りなんですけど…
- ヘルカ: 何の話ですか?
- アレクサンドラ: あ、えっと…あはは… こっちの話です
- ラビ: …ヘルカさん、魔法少女になって よかったと思ってる?
- ヘルカ: …代償があるんですよね?
- ラビ: …聞いたの?
- ヘルカ: いいえ、何も ですがわかりますよ
- ヘルカ: 素晴らしい力を授かったのです 相応の代償は当然かと
- ラビ: それはあなたが思っているより 重い代償かもしれない
- ラビ: それでも…後悔はない?
- ヘルカ: はい、まったく
- ヘルカ: 同じラクシャーシー…ではないですね 魔法少女の先輩がそばにいてくれて 私はとっても心強いです
- ヘルカ: けれど… 別れもあります
- ドルマ: …ここまででいいのに
- ヘルカ: うん、でも… もうちょっとだけ
- ヘルカ: 尼僧院の復旧が一通り終わると ドルマは尼僧院から出ていくと 言い出したのです
- ヘルカ: 白い丘の教団…このチベットでは 有数の教団に入るつもりなんだそうです
- ドルマ: あの教団に入れたら尼僧院へ 支援できないか必ずかけ合うわ
- ドルマ: 私たちだけで生活するのは 楽しいけど…難しいもの
- ヘルカ: でも、ドルマじゃなくても…
- ドルマ: 寝ぼすけのあんたにできる? デキーは?他の子は?
- ヘルカ: ああ…人材難…
- ドルマ: あたしがちょうどいいのよ
- ドルマ: それに…あんたを助けるには これが一番いいって思うの
- ヘルカ: 助けてもらってばかりなのは 私の方なので…せめてこれを
- ドルマ: …これは?
- ヘルカ: ラマからもらった貝葉の写本です モンゴル語について学べます
- ドルマ: 逃げてったあいつの?
- ヘルカ: でも…ドルマの助けになるはず 私も充分助けられましたから
- ドルマ: …モンゴルについて知れば 別の見方が生まれるって?
- ヘルカ: それはドルマ次第だと思います
- ドルマ: そうかもね…まあ、 もらっておくわ
- ドルマ: さて…そろそろ行かないと もうちょっとついてくるのよね?
- ヘルカ: うん…
- ヘルカ: …ねえ、ドルマ まだ夜は怖いですか?
- ドルマ: とっても怖い けど…
- ドルマ: ひとりで乗り越える
- ヘルカ: そうして私たちは町から出て これまで行ったことのなかった 知らない坂を並んで下っていきます
- ヘルカ: そこには知らない景色が 広がっているはずなのに いつも見ている景色と 何も変わらないように思えます
- ヘルカ: ただ、太陽の光で草葉がきらきらと 輝いていて…とってもきれいです
- ヘルカ: 私たちは思い出話なんかをして 笑ったり、ちょっと悲しくなったりしながら 手を握り合い、長い坂を下っていきます
- ヘルカ: 希望を信じよう 信じる私を示しつづけよう、と思いました
- ヘルカ: 失敗しても、間違いだらけでも 諦めずに生きるということは きっとそういうことで…
- ヘルカ: それは本当に素晴らしいことなんですから
- ヘルカ: ドルマの手を強く握ります たとえ離れ離れになっても 私たちはずっと繋がっている…
- ヘルカ: 戦いを終わらせ、ドルマを守り抜こう そう思える私は、とっても幸せなのでしょう
- [Part 1 end]
- -----
- [Part 2 start]
- FILENAME: text_519120-1_pKgJT.txt
- <Side:ラビ>
- モンゴル兵: はあ…気が重い
- 指揮官: どうした、故郷が恋しくなったか
- モンゴル兵: そりゃ遠征つづきですから 恋しくもなりますけど…
- モンゴル兵: それよりも、こっち方面に 回されたのがいやなんですよ
- 指揮官: …お前も惑わされているのか 例の邪教に
- モンゴル兵: い、いえ!決してそんなことは
- 指揮官: うん?待て 何だ…あいつらは…
- ヘルカ教徒たち: 救いを得るため…
- ヘルカ教徒たち: この地にシャンバラを もたらすため…
- ヘルカ: …あれは、モンゴル兵
- ヘルカ: 皆はここに留まるように これより先は私ひとりで行きます
- モンゴル兵: ヘ、ヘルカ教のやつらだ!
- 指揮官: ちっ…最近は行動が活発だな
- 指揮官: 矢を放て! やつらを一網打尽にする!
- モンゴル兵: し、しかし、そんなことすれば 仏罰が下るって…
- 指揮官: そんなものは迷信だ! 早くしろ!
- モンゴル兵: は、はい…
- ヘルカ: …っ
- ヘルカ教徒: ヘルカ様…!?
- ヘルカ: …危ないではありませんか なぜ来たのですか
- ヘルカ教徒: 皆、ヘルカ様が心配で…
- ヘルカ: 私には仏様がついています 皆さんも何度も見てきたはず
- ヘルカ: …私を信じなさい
- 指揮官: …何とも、ないのか…? あんなに矢を受けたのに?
- モンゴル兵: あ、ああ…これが奇跡… 噂は本当だったんだ
- モンゴル兵たち: 「帰依せぬ者に罰を与え 信じる者に救済を与える… かのお方は如来様の化身 …救世主ヘルカ」
- 指揮官: お、おい、お前たち なぜ武器を捨てる!?
- モンゴル兵: これ以上弓を引いて仏罰が 当たったらどうするんです!?
- モンゴル兵: 俺たちだって極楽に… シャンバラに行きたいんです!
- 指揮官: うちの隊でも、こんなことに… くっ…将軍にお知らせせねば
- ヘルカ教徒: モンゴル兵が武器を捨てています これで何度目か…
- ヘルカ教徒たち: やはりヘルカ様は 救世主でいらっしゃる
- ヘルカ: 衆生救済、極楽浄土…
- ヘルカ: …もう戦う意思はありませんね?
- モンゴル兵: はい…我々はあなた様を信じます
- モンゴル兵: どうか我々もお救いください…
- ヘルカ: …心配しなくていいですよ
- ヘルカ: 私についてくれば きっと大丈夫ですから…
- アレクサンドラ: モンゴルの人たちに教えを広めて 戦いをやめさせる…
- アレクサンドラ: …驚くくらいに成功していますね
- うらら: でも、なんか… ヘルカさんが怖いんよ
- ラビ: …………
- ヘルカ: …さあ皆さん、歩みを再開します 地平線の向こうへ行くのです
- ヘルカ: 戦いのないシャンバラを この世にもたらすために
- FILENAME: text_519120-2_pKgJT.txt
- ヘルカ教徒: 皆、時が来たのだ
- 住民たち: 「この町もヘルカ様につづいて 立ち上がるのよ!」
- 住民たち: 「そうだ!憎きモンゴルを追い払え!」
- モンゴル兵: こ、この!
- ヘルカ教徒: ああ…っ!
- ヘルカ教徒: 衆生救済、極楽浄土…
- モンゴル兵: 来るな!
- モンゴル兵: な、何なんだこいつら… 倒してもキリがない!
- モンゴル兵: もう俺はいやだ! こんな戦い、どうかしている!
- モンゴル兵: ぐあっ!
- ヘルカ教のモンゴル兵: ヘルカ様に仇なす者は 全員敵だ!
- ヘルカ教のモンゴル兵: …なっ!
- モンゴル兵: 味方同士で 殺し合うことになるとは…
- モンゴル兵: …というようなありさまです
- ドロアダイ: そうか…我が軍は泥沼に足を 踏み入れてしまったようだな…
- ドロアダイ: もっとも、わしが尼僧院を 落としていればよかったのだが…
- モンゴル兵: …撤退しただけで将軍が こんなところに入れられるなんて
- ドロアダイ: 仕方のないことだ
- ドロアダイ: …で、わしの沙汰はどうなった? 近況報告だけではあるまい
- モンゴル兵: 将軍が処罰を受けることは ありませんが…
- モンゴル兵: ただ…モンゴルの力を見せるため 遠征を再開し
- モンゴル兵: ヘルカ教徒どもの巣くう村を すべて焼き払え…とのことです
- ドロアダイ: …離反者が大勢出るぞ
- モンゴル兵: 主様のご命令です もし、逆らえば…
- ドロアダイ: わしだけでなく お前たちも処刑されるか
- ドロアダイ: …すまないな わしの部下になったばかりに
- モンゴル兵: いえ…
- ドロアダイ: 事ここに至っては是非もなし
- ドロアダイ: どうせやるなら 徹底的にやってやるさ
- ドロアダイ: …わしとて同胞を失った憎しみを 忘れたわけではないからな
- うらら: よいしょっと…
- アレクサンドラ: 結界の中にいたのは 使い魔だけでしたね
- ラビ: 最近頻発するようになった… 何か仕掛けてきているのかも
- ヘルカ: …………
- ラビ: 疲れた、ヘルカさん?
- ヘルカ: 魔女はもともと魔法少女 だったのですよね?
- うらら: あ、うん…そうなんよ…
- アレクサンドラ: ですが…ソウルジェムの穢れを とるためにも…
- ヘルカ: ああ、はい、わかっています… いやだと言いたいんじゃなく
- ヘルカ: 少なくともこの地では私を 最後の魔法少女にしないと…
- みんな: …………
- ヘルカ: …今日はここまでにしましょう
- ヘルカ: 帰ってきたばかりなのに 手伝ってもらってすみません
- アレクサンドラ: いえ、そんな…
- うらら: あんまりムリしちゃダメなんよ?
- ヘルカ: わかっています
- ラビ: (…わかってない…)
- うらら: はあ… やっと落ち着けるんよ
- アレクサンドラ: 教えを広めるために転々と移動 したあと魔女退治でしたからね…
- ラビ: …こんなふうに歴史に干渉して 大丈夫なもの?
- ねむ: この程度なら問題はないよ それに…
- ねむ: 「この尼僧院から誕生したラクシャーシー… 彼女がモンゴルとチベットの戦いを 終わらせることになる」
- ねむ: 「ラクシャーシーが何なのかはわからないけど ヘルカのことを指しているのはまず間違いない」
- ねむ: 「だから僕達は、モンゴルとの戦いが 終わったあと、彼女がラクシャーシーとしての 結末を迎えるまで見届ける必要がある」
- ねむ: そうすれば無事、 お姉さんの概念は回収されるよ
- アレクサンドラ: 本当に何なんでしょうね ラクシャーシーって…
- うらら: ラクシャーシーとしての結末 っていうのも意味深なんよ
- ラビ: わからないのはそこだけ… あとはすべて“記録の通り”
- ねむ: そうだね、この尼僧院についても お姉さんがたどった通りだった
- ねむ: だからなおさら、そこだけ わからないのが気になるね
- ラビ: (ヘルカさんは何か知ってるふう だったけど…)
- ラビ: (あの戦いのあと聞いてみても はぐらかされるだけだった…)
- ラビ: (…どうして?)
- アレクサンドラ: もしかして、禁句だったり…? 宗教的な理由で口にできないとか
- うらら: うーん…そういえば経典とかは あんまり調べてなかったんよ
- アレクサンドラ: 結構な量になりそうですからね…
- アレクサンドラ: ですが、他に手がかりもないので 一度調べてみませんか?
- ねむ: それはいいと思う
- ねむ: 僕もすべてを把握している わけではないからね
- うらら: そうなのん?
- ねむ: 特定の宗派や僧院のみ伝わる 教えなどがあったら
- ねむ: さすがに知りようがないから
- うらら: そんなのがここにあるのん? 普通のお寺なんよ?
- ラビ: 前のラマは色々と収集していた みたいだから、あるかもしれない
- アレクサンドラ: ヘルカさんが そう言っていたんですか?
- ラビ: ええ…モンゴルの風土や文化に ついて書かれたものもあるって
- アレクサンドラ: 相手を知ろうとしていたんですね
- ラビ: …逃げてしまったら意味はない
- アレクサンドラ: そうですね…
- うらら: とりあえず、読んでみるんよ ウチら文字も読めるんよね?
- ねむ: もちろん
- ラビ: (…何かわかるといいけど)
- FILENAME: text_519120-3_pKgJT.txt
- <Side:ドルマ>
- ドルマ: …これでよし、と
- 見習い僧: すっご~い 本当にモンゴル語で書けちゃった
- ドルマ: モンゴル語っていっても 文字自体は別の国の文字よ
- ドルマ: それを輸入して モンゴル式にしてるみたい
- 見習い僧: 詳しい…さすが白い丘の教団 きってのモンゴル通…
- ドルマ: もらった写本に事細かに 解説されてたから…それだけ
- 見習い僧: へー、そんな写本があるなんて 知らなかった
- ドルマ: ないわよ、そんなもの
- 見習い僧: へ?
- ドルマ: どうせラマ本人が書いたのよ 何が写本なんだか
- 見習い僧: よくわかんないけど… もう持っていっていいのよね?
- 見習い僧: このモンゴル宛ての交渉文
- ドルマ: 来てもらって悪いけど あたしが直接持っていくわ
- ドルマ: 座主に用があるって 呼ばれてるの
- ドルマ: ヘルカのこと?
- 座主: ああ、ここに来る前同じ尼僧院で 修行を積んでいたんだろう?
- 座主: …あのヘルカ・ラマと
- ドルマ: 修行なんてほどじゃないわよ
- ドルマ: あの尼僧院は親を失った子が 保護されていただけの場所で
- ドルマ: 特別な何かが行われていた わけではないの
- 座主: ふむ…しかし師は自らの教えを モンゴルに広めることで
- 座主: チベットへの侵攻再開を 大幅に遅らせている
- ドルマ: モンゴル兵の中にもヘルカを 信仰する人が増えてるそうよ
- 座主: ああ、そうだ…
- 座主: 「そんなことを実現させてしまう人物が 特別な修行を積んでいないとなると… 生まれながらに師は特別だったと 認めなくてはならなくなる…」
- ドルマ: 認めたくないの?
- 座主: これは感情の話ではない… それを認めるということは
- 座主: 師がこの世をお救いなさる 未来仏様だと認めることになる
- ドルマ: …ちなみに巷ではヘルカは如来の 化身って言われるみたい
- 座主: 意味するところは同じだ… やはり師は救世主なのだろうか?
- ドルマ: ヘルカが特別であるのは 間違いないわ
- ドルマ: でも、あたしにとっては ヘルカは、ヘルカのまま
- ドルマ: 寝ぼすけでおっちょこちょいで そして、とっても優しい…
- 座主: …いずれ君にはあの尼僧院へ 行ってもらうことになるだろう
- ドルマ: ――っ!?
- ドルマ: あたしが?
- 座主: モンゴルとの和睦を進めるには 尼僧院との繋がりが不可欠だ
- 座主: 君と師には交友があるようだし 適任だろう?
- ドルマ: (こいつ…ヘルカを 利用しようっていうの?)
- ドルマ: (とりあえずぶん殴っときたい けど…これは待ちに待った好機)
- ドルマ: …ひとつ条件があるわ
- 座主: ほう、条件とは?
- ドルマ: 尼僧院への支援をお願いしたいの
- ドルマ: やった!やったわ! ついにあたしは成功したのよ!
- 見習い僧: 成功って?
- ドルマ: 尼僧院にお金の援助を してもらえるの
- ドルマ: ほら白い丘の教団ってたくさん 教団もあってお金もあるでしょ?
- ドルマ: これでみんなも 安心して暮らしていけるわ
- 見習い僧: …ねえドルマ、 前から言いたかったんだけど
- 見習い僧: あなたはもううちの僧なのよ? それも座主に重用されてる…
- 見習い僧: 育った場所を大切に思うのも わかるけど、使命を忘れないで
- ドルマ: …使命?
- 見習い僧: モンゴルと和睦を結んで 戦いを終わらせること
- 見習い僧: ヘルカ教は正直、 その反対のことをしているわ
- ドルマ: そんなわけないわよ…
- ドルマ: ヘルカはね、みんなを守ろうと しているの、自分の身も顧みず
- ドルマ: そのヘルカが戦いを煽るわけ ないじゃない
- 見習い僧: 私は結果的にそうなっているって 言っているだけで…
- 見習い僧: はあ…本当にドルマは ヘルカ・ラマを敬愛してるのね
- ドルマ: ヘルカの話、聞きたい?
- 見習い僧: え…そんなこと言ってない…
- ドルマ: あのね、ヘルカはね…
- 見習い僧: えええ…話し出した…
- FILENAME: text_519120-4_pKgJT.txt
- ドルマ: 故郷で暮らしていた頃…
- ドルマ: その頃のあたしは引っ込み思案で 何をするにも自信が持てなかった
- ドルマ: まあ、それは今も あんまり変わってないんだけど…
- ドルマ: あたしと違ってヘルカは いつも確信に満ちていた
- ドルマ: 早熟で、頭もよくて 同年代の中で一番背も高くて…
- ドルマ: まあ、今じゃあたしの方が 背は高いんだけどね、ふふ…
- ドルマ: とにかく…カリスマみたいなのが ヘルカにはあってね
- ドルマ: だから同年代の子はみんな ヘルカについて回ったし…
- ドルマ: あたしもそうだった ついていける自分が好きだったの
- ドルマ: でも…正直に言うと 妬みもあったわ
- ドルマ: 同じ日に生まれずっと一緒なのに どうしてこうも違うんだろう
- ドルマ: ヘルカちゃんが羨ましい…!
- ドルマ: いやだったなあ…そんな感情を 大好きなヘルカちゃんに持つのは
- ドルマ: そんなとき、あたしはヘルカに連れられて 青い花が一面に咲く場所へ行ったの
- ドルマ: この辺りじゃあの花は別にめずらしくないし そもそもあの花ってよく見たら不格好だし あたしは一度もきれいって思ったことないのに
- ドルマ: あの景色は本当に、きれいだった…
- ドルマ: 一輪一輪は不格好でも、きれいじゃなくても それでもあんなふうに きれいになれる場所があるんだって思えて…
- ドルマ: 特別でも何でもないあたしでも 何かになれるような気がしたの
- ドルマ: …あの青い花畑は どこにあったんだろう…?
- ドルマ: あれから探しているのに 一度も見つからない
- ドルマ: まあ、もう二度と見つからない 気がしてるんだけどね…
- ドルマ: そういう場所だと思うから
- ドルマ: とにかく…ヘルカは あたしにとって特別な存在
- ドルマ: いつでも何度でも私を 助けてくれる本当に特別な…
- ドルマ: …そんなふうに思ったのは あたしだけじゃなかったみたい
- ドルマ: 昔、ヘルカと一緒に洞穴に行って 土砂崩れに巻き込まれてね 洞穴の中に取り残されたことがあったの
- ドルマ: でも、偶然ヘルカが隙間を見つけて 指示されるまま泥や岩を取り除いたら そこから抜け出せたわ
- ドルマ: そうしたら故郷のみんなはヘルカを 自分たちをモンゴル軍から救ってくれる 救世主だと、特別な存在だと言ったわ
- ドルマ: あたしはそれがいやだった
- ドルマ: ヘルカがみんなの特別なのはいや あたしだけの特別であってほしい
- ドルマ: 救世主なんかに なってほしくない
- ドルマ: あたしの大好きな ヘルカちゃんのままでいてほしい
- ドルマ: あたしの言う特別は あんたたちの特別とは違うの!
- ドルマ: …それなのに… あたしはダメなんだ…
- ドルマ: 頭のどこかではヘルカのことを 救世主だと…
- ドルマ: そういう意味での特別な存在だと 理解してしまっているのよ
- ドルマ: あたしはそれを認めたくなくて かわりに特別になろうとしたの
- ドルマ: あたしが特別であればヘルカが 特別になる必要はないでしょ?
- ドルマ: けど全部失敗して…
- 見習い僧: …ぐう…ぐう…
- ドルマ: えええ…寝てる…
- ドルマ: でもまあ…寝てくれてた方が いいか…喋りすぎたものね…
- ドルマ: はあ、もう夜か…
- ドルマ: 夜はいまだに怖い 故郷を燃やされたのが夜だったせい? 何にもできなかった自分を思い出すせい?
- ドルマ: 違う…真っ暗闇にいると まるで信者になったかのように ヘルカに縋りつきそうになるから、怖い
- ドルマ: ヘルカの友だちでいられなくなるのが怖いの
- FILENAME: text_519120-5_pKgJT.txt
- <Side:ヘルカ>
- ラビ: ふう…
- ねむ: どうだった?
- ラビ: とくに何も…
- うらら: ねえねえ、見つけたんよ!
- うらら: この葉っぱにラクシャーシー のことが書いてあるんよ!
- ねむ: それは葉っぱではなく貝葉だね 紙のかわりに…
- うらら: うんちくはいいから ここを読んでみるんよ
- ラビ: 「チベットの大地の下には ラクシャーシーが横たわっている」
- うらら: ま、まあ…これだけなんよ…
- ラビ: それでも充分…今まで何の 手がかりもなかったから
- ねむ: …これはチベットの歴史について 書かれたものだね
- ねむ: おそらく… 建国神話の記述だと思う
- うらら: 悪いやつを倒して 平和な国をつくった…とか?
- ねむ: そう…そういう類いのものだね
- アレクサンドラ: …………
- ラビ: サーシャ、何か見つけた?
- アレクサンドラ: えっ…あ、いえ… …見つけたというほどでは
- ラビ: そう?
- ヘルカ: 皆さんここにいらしたんですね
- ラビ: ヘルカさん
- ヘルカ: 何をしているのですか?
- うらら: あ、えっと…チベットのことを 色々勉強しようと思ったんよ
- ヘルカ: そうでしたか…すみませんが 勉強は中断してもらえますか?
- ラビ: 何かあった?
- ヘルカ: はい…
- ラビ: 村が…
- ヘルカ: モンゴル軍に襲われたんです ここだけでなく他の村も…
- ラビ: 尼僧院での戦い以降、向こうから 仕掛けてくることはなかったのに
- ヘルカ: つまり、彼らは侵攻を 再開したのでしょう
- うらら: よかった 生きてる人がいるんよ!
- アレクサンドラ: 今手当を…
- 住民たち: 「手当より…ああ、あなた様は救世主様…!」
- 住民たち: 「家族の仇をとってください! 憎きモンゴルに復讐を…!」
- ヘルカ: 皆さん…
- 住民たち: 「モンゴルを倒してください どうかあの者たちにも地獄を…」
- ヘルカ: …………
- ヘルカ教徒: ヘルカ様、た、大変です!
- ヘルカ: …また、モンゴル軍ですか?
- ヘルカ教徒: はい、それも… 尼僧院に…!
- ヘルカ: ――っ!?
- 住民: 「早く火を消せ!」 「動ける者はいるか!?」
- ラビ: ひどい…
- ヘルカ: 私たちが空けている隙に…
- モンゴル兵: ぐ、あ…
- うらら: モ、モンゴル兵なんよ!
- モンゴル兵: 救世主様、お逃げください… 将軍は、とうとう…羅刹に…
- ラビ: 敵…ではない?
- アレクサンドラ: おそらくモンゴル軍の中の 信者かと…
- ヘルカ: ひどい怪我…辛かったですね
- モンゴル兵: 戦わねば、命はないと…ですが どうしても、弓を引けず…ぐっ
- モンゴル兵: こんな襲撃をこれから何度も 将軍は…だから、どうか…
- ヘルカ: 心配はいりません 私を信じてください
- ヘルカ: …あなたに安息が訪れますように
- モンゴル兵: ありが、とう…
- うらら: これから何度も襲ってくるって…
- アレクサンドラ: そうやって私たちを消耗させる つもりなんでしょう
- ヘルカ: 高く評価されたものですね… いえ、というより…
- ヘルカ: もうなり振り構っていられなく なったのでしょうね
- デキー: ヘ、ヘルカ様!!
- ヘルカ: デキー…今度は…
- ヘルカ: ――っ!?
- デキー: ヘルカ様と入れ違いで来て 戦いに巻き込まれて…!!
- ドルマ: …っ…あ…
- ヘルカ: ドルマ…
- FILENAME: text_519120-6_pKgJT.txt
- <Side:ドルマ>
- 座主: くれぐれも頼みましたよ
- ドルマ: わかってるわよ、もう わかってるわかってる
- ドルマ: あたしは尼僧院への支援を取りつけたかわりに 教団とヘルカの橋渡しをすることになった
- ドルマ: 教団…白い丘の教団はモンゴルに勝てないと知り 和睦できないかと交渉を進めている あたしもそこに通訳として一枚噛んでいる
- ドルマ: モンゴルへの憎しみがなくなったわけではない でも、教団からもたらされるモンゴルの情報を 知っていく中で勝利が現実的ではないと思った
- ドルマ: だって今チベットを襲っているのは カーン…皇帝の次男が抱える4将のうちの1将 ドロアダイの軍だけ…他は別のところを攻めてる
- ドルマ: モンゴル全軍でも皇帝直属の大軍でもない 本当にモンゴル軍のごく一部に過ぎない…
- ドルマ: そんなごく一部によって あたしたちは滅亡の危機に瀕してたってわけ …勝てやしないわよ、そんな相手に
- ドルマ: だから、モンゴルの動きが鈍い今のうちに 何とか和睦に持ち込めないかと 色々と考えていたのだけれど…
- ドルマ: この村も、こんなに…
- ドルマ: モンゴルの侵攻が再開し 至るところで村が襲われていた
- ドルマ: この青い花…
- 住民: 「救世主様の象徴です…私たちは その花に祈りを捧げているのです」
- 住民: 「どうかモンゴルを打ち破り 私たちをお救いくださいと…」
- ドルマ: 残念だけどモンゴルには勝てない 和睦して戦いを終わらせるしか…
- 住民: 「そんなことはあり得ません!」
- 住民: 「私たちは多くのものを やつらに奪われた… どうやってもやつらを 許すことはできない…!」
- 住民: 「たとえ和睦しても私たちは 死ぬまで戦いつづけます! そこに私たちの救いがある!」
- ドルマ: そんな…
- ドルマ: ――っ!?
- モンゴル兵: おっ、生き残りか みんな、こっちだ!
- ドルマ: ま、待って… 戦う意思はないの
- ドルマ: あたしの言葉、わかるわよね? あたしたち和睦を考えて…
- ドルマ: きゃっ…!
- モンゴル兵: つまらんことをベラベラと… 先にお前から始末しようか?
- ドルマ: …くっ
- モンゴル兵: なっ…待て!
- ドルマ: 言葉がわかればどうにかなる 相手だって戦いをやめたがっているはず 和睦だってできるはず
- ドルマ: 甘かった…きっとここまで来てしまったら とことん命を削り合わないと 戦いは終わらないんだ…
- ドルマ: はあ…はあ…っ!
- ドルマ: モンゴル兵に追われて逃げる… 故郷から逃げ出すときもそうだった
- ドルマ: でも、あのときは ヘルカが手を握っていてくれた…
- ドルマ: そう…どんなときにでもヘルカは あたしに手を差し伸ばしてくれて 私についてくれば大丈夫と言ってくれた…
- ドルマ: ヘルカはあたしの光だった あたしだけの特別な希望…
- ドルマ: だからそれはとってもきれいで どんなことがあっても大切にしなきゃって 守っていかなきゃって思ってたのに…
- ドルマ: あ…ああ…
- ドルマ: ようやく戻ってこれたと思ったのに あたしの大切な場所は炎に包まれていた
- ドルマ: ヘルカが大事に育てていた青い花も あたしたちの思い出が刻まれた風景も またモンゴルによって汚されている
- ドルマ: ヘルカ…! ヘルカちゃん!!
- デキー: ド、ドルマ!? 帰ってきてたの!?
- ドルマ: ヘルカちゃんは!?
- デキー: ヘルカ様なら町の外!! 入れ違いだったんだね!!
- ドルマ: そうなの…よかった…
- モンゴル兵: 見つけたぞ、 尼僧院のやつらだ!
- モンゴル兵: だ、大丈夫なんだろうな… 仏罰を受けるんじゃ…
- モンゴル兵: やらなきゃ仏罰を受ける前に 処刑されるだけだぞ
- ドルマ: …お前らか、こんなことをして あたしたちが何をしたって?
- ドルマ: ただ生きてるだけなのに それがそんなに不満なの?
- ドルマ: だったらもうムリじゃない 戦いをやめるなんてさ
- モンゴル兵: こいつ、話せるのか
- モンゴル兵: 聞くな、所詮たわごとだ
- ドルマ: たわごとだと!!
- モンゴル兵: なっ…無意味な真似はやめろ!
- ドルマ: うるさいうるさい!!
- ドルマ: お前たちはみんないなくなれ! お前たちみたいなのがいるから…
- ドルマ: いるからさあ…!
- ドルマ: ヘルカちゃんに 縋っちゃうんだろ…ッ!
- デキー: ドルマ!!
- ドルマ: ねえ、ヘルカちゃん
- ドルマ: ここはいやだよ 怖くて汚いことばかりだから
- ドルマ: 助けて、ヘルカちゃん こんな世界から救い出して…
- ドルマ: …ヘルカちゃん
- ドルマ: あたしやっぱり汚いね
- ヘルカ: あ… 気がつきましたか、ドルマ
- ドルマ: ヘルカちゃん…?
- ヘルカ: はい、そうですよ…少し見ない 間に大人っぽくなりましたね
- ドルマ: そんなことない あたし、何にも成長してない
- ドルマ: …何度もさ、ヘルカちゃんを 助けたいって言ってたけど
- ドルマ: あたし結局 助けられたかったみたい
- ヘルカ: …………
- ドルマ: だってさ、もう… どうしたらいいの?
- ドルマ: ヘルカちゃんはわかるんでしょ? きっと解決できちゃうんでしょ?
- ドルマ: ごめんね…こんなこと言われるの いやだって知ってるんだけど…
- ドルマ: あの…ええと…
- ヘルカ: …助けられたいのはドルマだけの 話ではありません
- ヘルカ: 誰だってそうなんです
- ドルマ: ヘルカちゃんは…?
- ヘルカ: 私は…もういいんです ドルマに散々助けられましたから
- ドルマ: あたしが?嘘よ、そんなの
- ヘルカ: 嘘じゃないです
- ヘルカ: また私が辛い思いをしないで済む ように手を焼いてくれていて…
- ヘルカ: 私はそこにずっと甘えていた 過去の罪から逃げていた
- ドルマ: 罪?故郷のことを言っているなら それはヘルカちゃんのせいじゃ…
- ヘルカ: 少なくとも 私には希望を見せた責任がある
- ドルマ: ――っ!?
- ヘルカ: それは途中でやめてはならない 最後まで貫かないとならない
- ドルマ: なんで…そこまで?
- ヘルカ: 「私はそのためだけに生まれたからです」
- ヘルカ: 「私は戦いを終わらせ、人々に安息をもたらす それだけを目指して生き、そのためだけに死ぬ そういうものになろうと心に決めたのです」
- ドルマ: そんなの、悲しいじゃない
- ヘルカ: いいえ… 私はとっても幸せなんですよ?
- ヘルカ: ドルマを…大切なドルマちゃんを この手で守れるんですから
- ドルマ: ヘルカちゃん…
- ヘルカ: だから…つづきを言ってください
- ドルマ: え、それは…
- ヘルカ: 私に願おうとした言葉を 言ってください
- ドルマ: …………
- ヘルカ: 私なら、平気ですから
- ドルマ: …ごめん…ごめんね…
- ドルマ: …戦いを終わらせてください 救世主様…
- ヘルカ: …………
- ヘルカ: …大丈夫です、 私に任せてください
- ドルマ: ほ、本当…?
- ヘルカ: はい、 実はずっと策を進めていて
- ヘルカ: あとは踏ん切りを つけるだけだったんです
- ドルマ: 危険ってこと?
- ヘルカ: いいえ、私なら大丈夫です 信じてください
- ドルマ: うん、信じる
- ドルマ: ヘルカちゃんの両親が両親であることをやめ 救世主を信じてるただの信徒になったとき ヘルカちゃんはとても傷ついていた
- ドルマ: あたしはそれを知っていたのに ヘルカちゃんに縋りついてしまった
- ドルマ: それはたぶん希望というものが あんまりにもまぶしかったせいだ
- FILENAME: text_519120-7_pKgJT.txt
- <Side:ヘルカ>
- 元ラマ: …モンゴル軍がまた各地で 無法を行っているようです
- 元尼僧院僧: モンゴル軍の中にもヘルカ教徒が 大勢いたのでは?
- 元ラマ: 命に背けば家族もろとも… そう脅されては仕方ありません
- 元尼僧院僧: …なぜそこまで…
- 元ラマ: 簡単な話ですよ
- 元ラマ: ヘルカがそこまでモンゴルを 追いつめたからです
- ヘルカ: それだけではありません
- 元ラマ: ――っ!?
- ヘルカ: 私も最初はモンゴルが本気に なったのだと思いましたが
- ヘルカ: …どうも別の要因が 絡んでいるようです
- 元ラマ: ヘ、ヘルカ… ああいや、ヘルカ・ラマ
- ヘルカ: 勝手に皆さんがそう呼ぶだけです どうぞ名前で呼んでください
- ヘルカ: 尼僧院にいた頃のように
- 元ラマ: …どうして、ここが?
- ヘルカ: ずっと先生方を捜していたんです
- ヘルカ: 間に合わないかと思いましたが なんとか網にかかってくれた…
- 元ラマ: 我々を処罰しにきたのですか?
- ヘルカ: 処罰?
- 元尼僧院僧: モンゴル兵が怖くなり尼僧院から 君たちを置いて逃げたのです…
- 元ラマ: 恨まれて当然だと思っています
- ヘルカ: ああ、そうか…そういうふうに 変わっていたんでしたね
- ヘルカ: 安心してください、そんなことで ここへ来たのではありません
- ヘルカ: ともに重いものを 背負ってもらえるのが
- ヘルカ: ラマ…あなたしか 思い浮かばなかったのです
- 元ラマ: 重いもの…?
- ヘルカ: はい…おそらく私はこのために モンゴル語が話せるようになった
- ヘルカ: その共犯になってほしいのです
- ヘルカ: あなたには私にモンゴル語を 教えた責任があるのですから
- 座主: モンゴルと雌雄を決する!?
- ドルマ: そう…それが尼僧院の回答
- 座主: 和睦は、不可能だと?
- ドルマ: …向こうにその気がないもの
- ドルマ: 座主、腹を決めましょう モンゴルと決戦に臨むの!
- ドルマ: きっと大丈夫、 ヘルカが救ってくれるから
- 座主: しかし…
- ドルマ: じゃあ他にどうすればいい?
- ドルマ: どうすれば あたしたちは生き残れる?
- 座主: …勝てるのでしょうか
- ドルマ: ヘルカの奇跡で勝つ あたし、そう信じるようにしたの
- ドルマ: 色々考えてたけど…今はもう 素直にヘルカを信じてたい
- ドロアダイ: あの尼僧院で動きが…?
- モンゴル兵: はっ、兵を集め こちらへ向かおうとしていると
- ドロアダイ: 兵といってもやつらは 素人の寄せ集めではないか
- ドロアダイ: もはや自棄だな
- モンゴル兵: 尼僧院を攻めたのが 効いているのでありましょう
- ドロアダイ: …我が方の離反者は?
- モンゴル兵: 無視できない数が… 皆、沙汰を受けました…
- ドロアダイ: …そうか…つまらんことに 巻き込んでしまった
- ドロアダイ: 早くやつらを討ち、 戦いを終わらせねばな
- モンゴル兵: しょ、将軍…! 尼僧院から使いが…
- うらら: ごめんくださいなんよ
- アレクサンドラ: あの…お久し振りです
- ドロアダイ: 貴様らは…あのときの…
- うらら: 大道芸師なんよ
- アレクサンドラ: あ、はい…旅の一座の者です
- モンゴル兵: 将軍、この者たちは?
- ドロアダイ: あの尼僧院出身の奇術師だ 人質にしていたことがある
- アレクサンドラ: はい、その節はどうも
- ドロアダイ: それで…今さら何の用だ?
- ラビ: 明日、尼僧院は人々を連れ ここにやってくる
- ラビ: 決戦の前に会談がしたい …とのこと
- ドロアダイ: 会談… いいだろう、引き受けてやる
- モンゴル兵: 将軍、危ないのでは?
- ドロアダイ: 一度、ヘルカ・ラマと話して みたいと思っていたのだ
- ドロアダイ: それで…はじめて見るな そいつがはぐれていた仲間か?
- アレクサンドラ: あ、はい…抜け出してから 合流できて…
- ドロアダイ: そうか、わしが言うのも妙だが 無事でよかったな
- ラビ: …そんなふうに言えるのに なぜ戦う?なぜあんな真似を?
- ラビ: あなただってそれが正しくないと 知っているはず
- ドロアダイ: …子ども染みたことを
- ドロアダイ: ともかく、決戦は承知したが 場所と日時は変えさせてもらう
- ラビ: え?
- ドロアダイ: モンゴルに… 我らが草原に来い
- ラビ: ――っ!?
- ドロアダイ: 何か策を練っていたのだろうが そんなものに付き合う義理はない
- ドロアダイ: 我らの地で勝敗を決しよう 正々堂々と、な
- FILENAME: text_519120-8_pKgJT.txt
- みんな: かんぱ~い!
- ヘルカ: ごくごく…
- ヘルカ: ぷはー!甘い! もう一杯!
- うらら: えええ…これ、 すごくしょっぱいんよ
- アレクサンドラ: バター茶という飲み物ですね チベットではよく飲まれてます
- うらら: ふーん…戦いばっかりで 飲む時間が全然なかったんよ
- アレクサンドラ: そうですね…
- ヘルカ: といっても、明日からモンゴルへ 遠征することになりますけどね~
- ヘルカ: だから今日はとことん飲みますよ みんなも無礼講ですよ~
- ラビ: (ヘルカさん、楽しそう…)
- ヘルカ: ぷっは~!あま~い!
- うらら: もしかしてバター茶の飲みすぎで 味覚がおかしくなってるんじゃ…
- ヘルカ: あはは…味覚は正常ですよ 本当はバター茶はしょっぱいです
- ヘルカ: でも私は、甘いと信じるように しているんです
- ラビ: どういうこと?
- ヘルカ: 小さい頃の話なんですけど…
- ヘルカ: 「私はバター茶を甘い飲み物だと信じていて ずっと飲みたいって思っていたんですね… 母がバター茶嫌いで家では出なかったので」
- ヘルカ: 「甘い飲み物なんて飲んだことがないから 本当に欲しくてほしくて…駄々をこねてたら おばあちゃんがバター茶を淹れてくれたんです とっても甘いバター茶を」
- ラビ: それは本当に甘いってこと?
- ヘルカ: はい、 砂糖を入れてくれてたんです
- ヘルカ: 私の夢を守るために身の回りの ものを売ってあの高価な砂糖を…
- ヘルカ: 「おばあちゃんは最期まで私の夢を 守ってくれました…いいえ、私の夢を 現実にしようとしてくれていたのです」
- ヘルカ: 「だから私も、最期まで信じようと思ったんです それが遺された私の唯一の弔いになりますし…」
- ヘルカ: 「おばあちゃんが一生懸命してくれたことを 無意味なものにしたくなかったんです」
- アレクサンドラ: …それで頑なに甘いと 信じてるわけなんですね
- うらら: ヘルカさん… もっと飲むんよ
- ヘルカ: わっとっと…えへへ なみなみ注がれてます
- ヘルカ: 私、こうやっている間が 一番好きなんです
- ヘルカ: みんなでお喋りして バター茶飲んで
- ヘルカ: ずっとこういうのが つづけばいいのに
- アレクサンドラ: ずっと飲んでいたらお腹が たぷたぷになりますよ
- ヘルカ: ひええ…それは大変です
- みんな: あはははは
- ラビ: …ふふ
- ラビ: …異常はなし
- ねむ: 見回りなんてせずにみんなと 楽しんでいればよかったのに
- ラビ: そういうわけにもいかない
- ねむ: 損な性格だね…
- ラビ: モンゴルと決戦をするって ヘルカさんは言っているけど…
- ラビ: 環さんのたどった歴史だと チベットはどうなるの?
- ねむ: 決戦については 何も記録はないけど
- ねむ: 他の記録を見るに おそらく敗れたと思うよ
- ラビ: …やっぱりこの戦いのあと 尼僧院のみんなは…
- ヘルカ: 見回りですか?
- ラビ: …ヘルカさん
- ヘルカ: そんなのしなくても大丈夫 戻りましょうよ
- ラビ: 余裕なんだ
- ヘルカ: 余裕っていうか、彼らの将軍は 決闘状を叩きつけられて
- ヘルカ: 夜襲を仕掛けるような人物では ないはずですから
- ラビ: …よくわかる
- ヘルカ: こういうの得意なんですよ、私
- ヘルカ: ほら、誰にだって得意なものが あると思うんですけど
- ヘルカ: 私の場合それは人を騙したり、 意表を突いたりすることなんです
- ヘルカ: 小さい頃から本当に得意で… よく男の子を泣かしたものです
- ラビ: そ、そう…
- ヘルカ: …それが今や救世主 ふふ…もしかすると…
- ヘルカ: 救世主というのは稀代の 詐欺師のことかもしれませんね
- ラビ: …今夜は本当に上機嫌
- ヘルカ: いいじゃないですか、今夜くらい
- ヘルカ: …………
- ヘルカ: …私、よくやりましたよね?
- ラビ: なんで私に聞く?
- ヘルカ: 近くで見ていてくれましたし… 背中も押してくれましたから
- ラビ: たいしたことはできてない
- ヘルカ: …そうでもないですよ
- ヘルカ: きっとみんな何かの因果があって ここにいる
- ヘルカ: 誰かが欠けていたら ここまでやってこれなかったはず
- ラビ: …私たちもそこに含まれる?
- ヘルカ: 当たり前じゃないですか
- ヘルカ: 本当にありがとうございました 心から感謝しています
- ラビ: …これで最後じゃない だから、お別れみたいなことは…
- ヘルカ: いいえ、それは違います
- ヘルカ: 「これで最後にするんです」
- ヘルカ: ようこそいらっしゃいました
- 座主: これは…ヘルカ・ラマ お目にかかれて光栄です
- ヘルカ: いえ、こちらこそ資金の援助を いただき、ありがとうございます
- 座主: 戦費もかさみましょう… いくらでもお使いください
- ヘルカ: ああ、いただいた資金はすべて 尼僧院の運営に回します
- ヘルカ: 戦いでは使いません
- 座主: そう、なんですか…?
- ヘルカ: ともかく、白い丘の教団は 大きな教団…皆を先導できる立場
- ヘルカ: なので…これからのチベットを よろしくお願いします
- 座主: ――っ!?
- ドルマ: ヘルカ、準備はできた?
- ヘルカ: はいはい、大丈夫ですよ
- ドルマ: 座主も本当についてくるの?
- ヘルカ: はい、私が見届けてもらうよう お願いしていましたので
- ドルマ: どうして、また…
- ヘルカ: これも必要なことなんです 信じられませんか?
- ドルマ: うん、まったく
- ヘルカ: なっ、ななな…っ!
- ドルマ: 嘘だって!信じてるから
- ヘルカ: か、からかったのですか? 許せません!
- ヘルカ: ぷんすかー!ぷんすかー!
- ドルマ: なによ、それ…
- ヘルカ: もう、行きますよ ラビさんを待たせてるんですから
- 座主: ドルマ、行かないのか?
- ドルマ: 行くけど…
- ドルマ: ヘルカ、なんであんなに 浮き足立ってるんだろう…
- FILENAME: text_519120-9_pKgJT.txt
- ヘルカ: チベットを発ってから 何日も歩きましたが…
- ヘルカ: ようやくモンゴルの地に 足を踏み入れましたね
- ヘルカ教徒たち: こ、ここが…モンゴル 憎き者たちの地…
- ヘルカ: (はじめて来たとは思えないほど チベットに似た景色…)
- ヘルカ: (モンゴルが支配してるだけで チベットに近い文化なのかも…)
- ヘルカ: (それとも、ここも もとはチベットだったのか…)
- ドルマ: ねえ、これでもあたし通訳なの
- ドルマ: 会談でもバシバシ訳すから 安心してていいわよ
- うらら: あ、あー、でも…別に 大丈夫かもしれないんよ
- ドルマ: 水くさいわね、遠慮しないの あたしが完璧に訳してあげるから
- ドルマ: 大船に乗った気持ちでいなさい! わはは
- アレクサンドラ: あの…張り切ってもらってるのに 本当に申し訳ないんですが…
- うらら: 実は、ウチらも モンゴル語わかるんよ
- ドルマ: は?
- ラビ: 通訳は必要ない
- 座主: それで言うと私も 会話くらいなら…
- ドルマ: え、ちょ…ちょっと待って だったらあたし、誰の通訳…?
- ヘルカ: …あとでもうひとり来ます その方の通訳をお願いします
- ドルマ: もうひとり?
- モンゴル兵: 止まれ!止まれ!
- モンゴル兵: ここからは代表団だけで来い 妙な真似はするなよ
- ヘルカ: ここからも何も… ゲルはすぐそこでは?
- モンゴル兵: 会談場所は別に用意してある
- ヘルカ: ――っ!?
- ドルマ: ヘルカ?
- ヘルカ: と、ともかく… お断りします
- モンゴル兵: な、なに?
- ヘルカ: 私たちは一蓮托生、 決して離れません
- ヘルカ: …さあ私たち全員を 案内してください
- モンゴル兵: …………
- モンゴル兵: 大人しくはしていてくれ… 俺の責任になる
- ヘルカ: 大丈夫です、あなたが責任を 取ることはまずありません
- ヘルカ: (この数の相手が暴れ出したら たまらなかったのでしょう)
- ヘルカ: (受け入れがたい様子でしたが 要求を呑んでくれましたね)
- ヘルカ: ここは…
- ドルマ: …チベットの僧院そっくりね
- ドロアダイ: この辺りは貴様らの教えが 前々から広まっていたからな
- ドロアダイ: 貴様らの行く末を示すにちょうど いいと思い、場所に選んだのだ
- ヘルカ: くだらないことをするんですね
- ドロアダイ: それは貴様らもだ… ぞろぞろと連れてきよって
- ドロアダイ: …ここで戦う気か?
- ヘルカ: そんなつもりはありません ただの手土産ですよ
- ドロアダイ: 手土産?
- ヘルカ: あ、そうです、自己紹介が… どうも、尼僧院のヘルカです
- ドロアダイ: 知っている…遠目ではあるが 貴様の顔を見たことがあるからな
- ヘルカ: ふむ…
- ヘルカ: (まさか場所を変えられるとは… ですが、どうにかなりました)
- ヘルカ: (これだけ人を入れられたのです …目的は達成されるでしょう)
- ドロアダイ: …貴様とは一度話してみたいと 思っていた
- ヘルカ: 光栄です
- ドロアダイ: 世辞ではない…貴様によって モンゴル軍に亀裂が入っている
- ドロアダイ: 貴様は決戦を申し出て、尼僧院の 被害を抑えたつもりだろうが
- ドロアダイ: 一番抑えているのは モンゴル軍の被害なのだ
- ドロアダイ: …離反や反乱が多発してな 攻めるほど我が方が危険だった
- モンゴル兵: 将軍、余計なことは…!
- ドロアダイ: わしは事実を言っているだけだ
- ドロアダイ: それも、たったひとりのおなごに よってもたらされた事実を!
- ヘルカ: 強迫されて戦っているのです もともと士気は高くなかったのでしょうが そこまでモンゴルを追いつめていたとは 思いもしませんでした
- ヘルカ: 計画を変更してモンゴルに徹底抗戦する? いや、それで戦いに勝利したとしても 多くの人は傷つき、倒れ、国土も荒れ果てる…
- ヘルカ: そんな状態では自立してやっていくことが きっとできないでしょう
- ヘルカ: そもそも戦いの勝利など、つまらないです 私はそんなつまらないもののために 自分の生を懸けるつもりはありません
- ヘルカ: 私は、戦いをなくしたいのです
- ヘルカ: 随分私を 評価してくれているんですね?
- ドロアダイ: ここまで無様な戦いを強いられた のは貴様がはじめてだからな
- ドロアダイ: その不可解な力抜きにしても 貴様の知謀は怖れに値する
- ヘルカ: …そこまで褒められると なんだかむず痒いですが…
- ヘルカ: しかし、よかったです
- ドロアダイ: 褒められてか?
- ヘルカ: いいえ…うまくいきそうなので
- ヘルカ: そろそろ、はじめましょうか 戦いをなくすための戦いを
- ヘルカ: さて将軍、私をモンゴルの将に してもらえませんか?
- みんな: ――っ!?
- FILENAME: text_519120-10_pKgJT.txt
- ヘルカ: みんな、私が何を言っているのか わからないといった様子ですね
- ヘルカ: (…大丈夫、うまくやれる)
- ヘルカ: ここに集めた者たちは現在 モンゴルに逆らう指導者たち…
- ヘルカ: それに反徒が丸ごと 揃っています
- ヘルカ: 全員、差し上げますよ
- 座主: 差し上げる…? ラマは我々を売るつもりか!
- ヘルカ: 他にどう聞こえるんですか? 少しは頭を使ってくださいよ
- 座主: なっ…
- ヘルカ: すみませんね将軍、この者たちは ずっとこんな調子で…
- ヘルカ: まったく、使えない
- ヘルカ: 胸にずきっとした痛みが走っても ここでやめるわけにはいきません
- ヘルカ: 乗ってきなさい… 種は撒いてあげますから
- ドロアダイ: …それは何の芝居だ?
- ヘルカ: 芝居?いや、芝居をしてたのは むしろ今まで
- ヘルカ: こんな使えないやつらと 心から笑えるわけないでしょう?
- うらら: ヘルカさん、 なんでそんなこと言うのん…?
- アレクサンドラ: 嘘…ですよね?
- ヘルカ: ほら、この期に及んでも まだこんなことを言う…
- ヘルカ: あなた方は裏切られたんです いい加減、理解してくださいよ
- ラビ: …どういうこと? さっきからどうして嘘を?
- ヘルカ: 嘘じゃなくて本当なんですがね
- ラビ: 信じられない…
- ヘルカ: 顔に出すな 心に羅刹を宿しなさい
- ヘルカ: さあ将軍、 この者たちを捕らえてください
- ヘルカ: そしてあとは私にお任せを
- ヘルカ: チベットなど私が数日のうちに 攻略してみせますよ
- ヘルカ: 早く…早く乗ってきなさい モンゴルも相当痛手を被っていたと 言っていたではありませんか?
- ヘルカ: 戦いを終わらせるちょうどいい口実が 目の前にぶら下がっているではないですか?
- ヘルカ: その幕の裏にいるあなた… あなたには私の意図が通じるはずです
- ヘルカ: 皇族ならこの手の駆け引きは お手のものでしょう?
- ???の声: …捕らえるのはお前の方だ ヘルカ・ラマ
- ヘルカ: 乗ってきた…!
- うらら: だ、誰なんよ?
- アレクサンドラ: あの幕から声がしたような…
- ドロアダイ: 無礼であるぞ!
- ドロアダイ: あちらにおわすお方は チベット遠征軍の総大将にして
- ドロアダイ: モンゴル帝国第2皇子 コデン様でいらっしゃる!
- ラビ: モンゴル帝国の…
- アレクサンドラ: …皇子
- コデン: 「ドロアダイ、余はこれでも教えを 信仰していてな、経典も毎夜読むのだ」
- コデン: 「昨夜読んだところに 人を惑わす魔の女が出てきたが…」
- コデン: 「ヘルカはまさにそれだ 羅刹女…ラクシャーシーだ」
- ラビ: ――っ!?
- ドロアダイ: ラクシャーシー…そんなものが
- コデン: 「この戦いの元凶はラクシャーシーにある… ラクシャーシーが人々を惑わせ 多くの命を奪ったのだ」
- コデン: 「チベットの者たちよ! ともにラクシャーシーを討とうではないか」
- コデン: 「我々は戦友に礼儀は尽くす… これまでと変わらぬ統治も確約しよう」
- 座主: つまり…チベットの 内政に口は出さないと…?
- コデン: 「帝国という連合体をともにつくる …それくらいの認識でよい」
- ドロアダイ: ほ、本当によろしいのですか?
- ドロアダイ: 確かに我らは元来、内政には口を あまり出してきませんでしたが…
- ドロアダイ: お話ではまるでチベットを我らと 対等のように扱うと聞こえ…
- コデン: 「そう言っている」
- コデン: 「悪を討ってめでたしめでたし…」
- コデン: 「それでよいではないか」
- ヘルカ: (ふっ…)
- ヘルカ: 期待した流れだからといって 笑ってはいけません
- ヘルカ: そう…モンゴルからすれば面倒な教徒を 黙らせるための理由がほしい
- ヘルカ: 私が救世主ではなく魔の者だったなど 彼らからすれば最高の理由だったはず いや、間違いなくそうなんでしょう
- ヘルカ: だからコデンはかなり譲歩した条件を 私に提案してきている
- ヘルカ: このまま私が大人しく死んでくれれば チベットは助けてやる、と…
- ヘルカ: ああ、よかった… 私はうまくやれたみたいです
- ラビ: ラクシャーシーが 戦いを終わらせ…
- ラビ: ラクシャーシーとしての 結末を迎える…
- ラビ: …まさか、それって…!
- アレクサンドラ: …………
- ラビ: …気づいてたの?
- アレクサンドラ: 経典を調べていたときに 出てきて…
- アレクサンドラ: ですが… こんなふうになるなんて…
- ドルマ: いい加減にしてよ!!
- ラビ: ドルマさん…
- ドルマ: ラクシャーシーだか何だか 知らないけど
- ドルマ: ヘルカがそんなもののわけ ないじゃない!
- 座主: しかし、彼女が不可解な力を 持っているのも事実
- 座主: 救世主ではなくラクシャーシー だったと考える方が納得がいく
- ドルマ: 座主、あんた…
- ドルマ: ヘルカがいなくなれば 自分の教団がチベットを導ける…
- ドルマ: そう思っているんでしょ?
- 座主: …………
- ドルマ: そうよ、白い丘の教団からすれば モンゴルよりヘルカの方が脅威
- ドルマ: だからか…だからなのよね? ヘルカが座主をここに呼んだのは
- ドルマ: 自分を悪にするチベット側の声が ほしかったんでしょ?
- ドルマ: あたしたちを守るために!
- ヘルカ: …………
- ドルマ: ねえ…それのどこが、悪なのよ そんなのって…
- ヘルカ: ドルマ…あなたがそうやって抵抗するのは 最初からわかっていました
- ヘルカ: だから、手は打っています あなたを黙らせるための…
- モンゴル兵: 失礼します! 証人が到着しました
- ドロアダイ: 証人?何のだ?
- モンゴル兵: そこのヘルカの悪行を皆様に お伝えする証人です
- ドルマ: あ、あんた…
- 元ラマ: 私は尼僧院でラマと 呼ばれていた者です
- 元ラマ: ヘルカに命を狙われる 前までは…ですが
- FILENAME: text_519120-11_pKgJT.txt
- ドルマ: あんた、何を言って…
- 元ラマ: 私はヘルカが人ではない何かだと 随分前から気づいていました
- 元ラマ: そこで彼女を調べましたら… 夜な夜な異形の姿になっており…
- 元ラマ: ラクシャーシーの前では私など 赤子の手を捻るようなもので…
- 元ラマ: 他の僧たちも戦いましたが 残念ながら敗れてしまいました
- 元ラマ: そして私たちは命からがら 落ち延びたというわけです
- ドロアダイ: …そこの者は誰だ? 何と言っている?
- ヘルカ: ドルマ、訳してください
- ドルマ: いやよ…なんであたしが、そんな 嘘を言わなくちゃいけないの
- ドルマ: それにあんた、 本当は話せるじゃない
- ドルマ: あたしたちにモンゴル語を 教えたのはあんたじゃない
- 元ラマ: …そんな覚えはありません 私は写本を渡しただけ
- 元ラマ: ヘルカの悪行をモンゴルの方々に 伝え届けるために!
- ドルマ: 嘘ばっかり言わないで!
- ヘルカ: 早く訳しなさい!
- ドルマ: なんでよ…なんであたしに 言わせようとするの…?
- ドルマ: ねえ、ヘルカちゃん… なんであたしなのよ!!
- 座主: ドルマ、あなたは通訳として この場にいます
- 座主: その責務が果たせないのなら あなたがこの場にいる資格はない
- ドルマ: ――っ!?
- ドルマ: こ、これ…?このために ラマまで呼んだの…?
- ヘルカ: そう、ドルマは放っておけば きっと私を守ろうとする…
- ヘルカ: ただでさえ同じ故郷で 双子のように育ったのです
- ヘルカ: そんな立ち振る舞いをしてしまえば… ドルマまでラクシャーシーだと思われる
- ヘルカ: そんなことは絶対にさせません 私は、守るんです…ドルマを!
- ヘルカ: はっ…こんな証人が出てきたら お手上げですね
- ドロアダイ: どういうことだ?
- ヘルカ: この坊主は前のラマでしてね… 私の正体を見てしまったんです
- ヘルカ: だから消えてもらおうと 思ったんですが逃がしてしまい…
- ドロアダイ: …ほう、正体を見たと
- ドロアダイ: そこの通訳、 貴様は同じ尼僧院にいたな?
- ドロアダイ: 貴様も見たことがあるのか?
- ドルマ: ないわよ、そんなの! 全部でたらめなんだから…!
- ドロアダイ: 貴様は随分とヘルカを 擁護しているようだが…
- ドルマ: ヘルカが嘘をついているからよ
- ドルマ: この子はみんなを守るために 自分を犠牲にしようとしてるの!
- ドロアダイ: そんなことをすれば処刑される… 命を投げ打ってまで普通はしない
- ドロアダイ: いや、命だけならまだしも 悪名としてその名が歴史に刻まれ
- ドロアダイ: 未来永劫 蔑まれることになるんだぞ!
- ドルマ: ヘルカは普通じゃないの、 特別なのよ!
- ドロアダイ: 特別であったとしても、家族まで 累が及ぶことになる…あり得ない
- ドルマ: ヘルカに家族はいないわ あんたたちがそうしたもの!
- ドロアダイ: なに…?
- ドルマ: あたしたちの故郷は あんたたちに燃やされたのよ!
- ドロアダイ: …同郷というわけか そして同じ尼僧院に…
- ドロアダイ: 随分と庇い立てをするなと 思っていたが、貴様…
- ドロアダイ: ラクシャーシーなのか?
- ヘルカ: まずい…!
- ヘルカ: こんな出来損ないが ラクシャーシーなわけないですよ
- ヘルカ: こいつはね、小さい頃から 私の足を引っ張ってばかりで…
- ヘルカ: それなのに変に懐かれて まったく、めいわ…
- ヘルカ: …っ 苦しい…これ以上の言葉を ドルマに対してつづけたくない…
- ヘルカ: だけど…自分に鞭を打て、ヘルカ…! ここでやめてしまっては台なしです
- ヘルカ: さあ言うんです、沈黙は誤解を生む 言うんだ…!
- ヘルカ: お前はドルマを救うんだろう?
- ヘルカ: そのために特別になったんだろう…ッ!
- ヘルカ: ドルマは…迷惑でしかなかった 嫌いだったんです、心から
- ドルマ: ヘ、ヘルカ…
- ヘルカ教徒: ドルマさんにあんなことを…
- ヘルカ教徒: ドルマさんは誰よりあんたに 尽くしていたじゃない!
- ドルマ: やめて、みんな!
- ドルマ: わかってる、嘘だって ちゃんとわかってるから…
- ドルマ: けど… 嘘でもそんなこと言わないでよ…
- ヘルカ: …っ
- ヘルカ: …おめでたいですね そんなふうだから騙されるんです
- ヘルカ: 故郷のみんなを殺したのは 私なのに
- ヘルカ: ドルマのお母さんを殺したのも 全部私なのに!
- ドルマ: そ、それは… ヘルカのせいじゃないでしょ!
- ドロアダイ: ヘルカのせい?
- ドルマ: あっ、ちが…違うの!
- ヘルカ: 何にも違いませんよ!
- ヘルカ: 故郷のみんなを 殺したのは私なんです
- ヘルカ: ちょっとした実験でしてね
- ヘルカ: 術でどこまで 人を操れるか試したんです
- ヘルカ: あなた方から逃げるために 囮に使ってね
- ヘルカ: そう、私に利用されていただけ… ドルマだけじゃなくみんなも そうなんだと信じさせないと…
- ヘルカ: 「尼僧院に行ったのだって 都合がよかったからです」
- ヘルカ: 「あそこに集まっている子どもなら ひとりふたりいなくなったって」
- ヘルカ: 「大ごとにはならないですからね」
- ヘルカ: ここのみんなも私に欺されていただけ ラクシャーシーとは無関係… そういうことにすればみんなを守れる
- ヘルカ: そこのやつらも同じ… 都合がよかった
- ヘルカ: すぐに私を信じるから 駒として使いやすかったです
- ヘルカ: 私の力で みんなを救うことができる
- ヘルカ: こいつらも適当な村を 略奪させようと思ったんですが…
- ヘルカ: 要領が悪くて何の役にも立たない
- ヘルカ: 金にならないんなら こんなやつらなんていりませんよ
- ヘルカ: そう、金です!世の中金なんです 何が救世だ、バカバカしい
- ヘルカ: うれしくって仕方がありません みんなを守ることができて
- ヘルカ: いいんでしょうか…? 私なんかがこんなに報われて… こんなに価値のある生を送れて…
- モンゴル兵: 自分の同胞を そこまでこけにするとは…
- モンゴル兵: こんなやつに御仏の加護など あるわけがない…!
- ヘルカ教徒: …前から裏があると思ってた 自分のことを救世主なんて言って
- ヘルカ教徒: ラマだって勝手に名乗ってたのよ 私たちを欺そうとして…!
- ドロアダイ: そう、すべて邪術… こいつはラクシャーシーだ!
- 人々: 「ラクシャーシー! 悪しきラクシャーシー!!」
- ヘルカ: 憎しみが増幅していく… まるでそうせざるを得ないかのように
- ヘルカ: …やはり来ているんですね
- ドロアダイ: こやつの処断を求めるか! それとも、寛容を示すか!
- 人々: 「処断を!処断を!」
- ドロアダイ: チベットの民の総意を得た ラクシャーシーを処断する!
- ドルマ: 待って、なんでそうなるの!
- モンゴル兵: …お前もいい加減目を覚ませ これがやつの本性なんだ
- ヘルカ: 兵たちがドルマを哀れんでいる… これなら、問題はないでしょう
- ヘルカ: ドルマは私に騙された哀れな被害者 ラクシャーシーだと疑われることはない
- ドロアダイ: ついてこい!
- ドルマ: 待ってヘルカ!
- モンゴル兵: よさないか!
- ドルマ: ヘルカちゃん…ッ!
- ヘルカ: ドルマ… 泣かないでください…
- ヘルカ: まだ戦いは終わっていないのですから
- ヘルカ: ようやく会えますね…魔女
- モンゴル兵: こ、こいつ化けたぞ!
- モンゴル兵: ラクシャーシーが逃げた! 追え、追え!
- ヘルカ: 倒してみせる… あなたをおびき出すために ここまでしたのですから
- ヘルカ: 魔女、すべての元凶…!
- FILENAME: text_519120-12_pKgJT.txt
- ヘルカ教徒: この…!
- モンゴル兵: 貴様…っ!
- ヘルカ: …争いが起きている
- ヘルカ: 混沌とした場面でよくあらわれていたこと 私の魔法と対極であること それらから魔女は戦いを生み出す 力があるのかと考えたときもありました
- ヘルカ: けれど、私がラクシャーシーになった日… 尼僧院が戦いに巻き込まれたときを思い出すと 間違いに気づいたんです
- ヘルカ: 魔女は人の憎しみを増幅させている だから、戦わずにはいられなくなる…
- ヘルカ: つまるところ、どれだけモンゴルと話をつけても 魔女がいる限り憎しみは増幅されるので 戦いはなくならないのです
- ヘルカ: 私は、魔女を倒さねばなりませんでした
- ヘルカ: 結界はあそこですか…
- ヘルカ: そのためには 魔女をおびき出す必要がありました
- ヘルカ: …ここまでやったかいが ありましたよ
- ヘルカ: 憎しみが生まれやすい場をつくれば きっとあらわれると信じていました
- ヘルカ: だから私は、魔女…お前を倒すために この状況をつくり出したのです
- アレクサンドラ: 待ってください、ヘルカさん! 私たちも戦います
- ラビ: 回収が関係なかったとしても あなたを止めることはできない…
- ラビ: その思いを無碍にはできないから でも…
- うらら: ウチら、少しでもヘルカさんの 負担を減らしたいんよ…
- ねむ: あくまで協力の範囲なら 過度な干渉にはならない
- ねむ: それに 魔女は放っておけないからね
- アレクサンドラ: ですからヘルカさん、一緒に…
- ヘルカ: そんなことさせるわけがありません 魔法少女になってしまったら 彼女たちまでラクシャーシーだと思われる
- ヘルカ: 衆生救済、極楽浄土…
- ヘルカ: すべての人たちに安息を 戦うことのないシャンバラを…
- ヘルカ教徒: あ、ああ…どうして急に… こんな、救われた思いに…
- モンゴル兵: 心が、安らかだ…母の腕の中に いる、よう…で…
- ラビ: みんなが…眠っていく? これって…
- アレクサンドラ: はい…ヘルカさんは私の魔法と 似ているようです…
- アレクサンドラ: ですが、癒しとはまるで違う… 意思が砕かれるような…
- ヘルカ: …………
- ラビ: ヘルカさん! 追いかけないと
- うらら: でもウチ…心地よくて…
- ラビ: うらら…!
- アレクサンドラ: ラビちゃんは 平気なんですか…?
- ラビ: 平気ではないけど なんとか戦える
- アレクサンドラ: 私は…ムリみたいです… 眠たいのではなく
- アレクサンドラ: 戦うということが何だったか ひどく曖昧な気分なんです…
- ラビ: ――っ!?
- アレクサンドラ: ヘルカさんを追ってください 彼女はきっとひとりで…
- ラビ: …わかった そこで帰りを待ってて
- アレクサンドラ: …みんな 子どものように眠って…
- アレクサンドラ: 戦いのない 安らかな地…
- アレクサンドラ: …これが…シャンバラ…?
- ラビ: この先に、ヘルカさんが…
- ラビ: ――っ!?
- ラビ: 使い魔も眠っている…?
- ラビ: うん…?
- ラビ: くっ… 急に起きて…
- ラビ: …こんなにたくさん
- ラビ: (もしかして…わざと? 私が追ってくるとわかって…)
- ヘルカ: …追ってこない 捕まっているようですね
- ヘルカ: ラビさんはおそらく 転がった末に立ち上がった人…
- ヘルカ: 仏様やこの世の摂理や あるいはもっと別の大きな意思へ対して 抗う心を持てた人なんだと思っています
- ヘルカ: そういう人には おそらく私の魔法は あまり効果がない…
- ヘルカ: …だから 足止めさせてもらいました
- ヘルカ: 危険な思いをするのは 私だけでいい
- FILENAME: text_519120-13_pKgJT.txt
- ヘルカ: ふん…!
- ヘルカ: ――っ!?
- ヘルカ: 私の魔法は相殺されてしまいました 思っていた通り、私の力とは 対極のものを持っているようです
- ヘルカ: よりはっきり言うと…憎しみ
- ヘルカ: だからあなたが現れる度に 憎しみが増幅されていた…
- ヘルカ: ぐ、ぅ…っ! それなら…!
- ヘルカ: …効かない
- ヘルカ: があ…っ!
- ヘルカ: 使えそうなものは何もない 結界の中では地形を利用することもできない 単純に力比べの状況
- ヘルカ: こうなると私は不利です 私はうまく戦えない…
- ヘルカ: 策を弄することならできます… 欺くことも… でも、力比べになってしまうと…
- ヘルカ: う…っ!
- ヘルカ: それでも…
- ヘルカ: やあ…っ!
- ヘルカ: ぐっ!
- ヘルカ: 何度転がり回ろうと 何度力の差を思い知らされても
- ヘルカ: 私は絶対に負けない 負けてはならない
- ヘルカ: 守るんだ…私が…!
- ヘルカ: ――っ!?
- ヘルカ: …なんで… なんで…来てしまうんですか
- ラビ: あなたを守るため
- ラビ: 私だって…みんなだって あなたを守りたいと思っている
- ヘルカ: いけない、魔女が…! ラビさん避けて!
- ラビ: ――っ!?
- アレクサンドラ: 隙ができました!
- うらら: なんよ!
- ヘルカ: みんな… どうやってここまで…
- アレクサンドラ: …魔法の効果はとくに 弱まってはいなんですけど…
- アレクサンドラ: あなたを守りたいと思ったら 自然と立ち上がれたんです…
- うらら: ウチも夢うつつで思ったんよ
- アレクサンドラ: さあヘルカさん、 一緒に魔女の気力を削ぎましょう
- アレクサンドラ: ひとりではムリでも 力を合わせれば!
- ヘルカ: …こんなことをして…
- ヘルカ: あなたたちもラクシャーシーだと 思われてしまいます
- ラビ: 私たちは問題ない この時代の人間じゃないから
- ヘルカ: え…?
- ラビ: 信じなくていい…ただ、 平気なんだと思ってくれれば
- ラビ: …というのは、建前 本当は…
- アレクサンドラ: もし私たちがこの時代の人間でも やっぱりあなたを守りますよ
- ラビ: その結果どんな扱いを受けようと
- うらら: 早く!防ぎきれないんよ!
- ラビ: …よし、強化した
- アレクサンドラ: 行きましょう、ヘルカさん 私たちと一緒に
- ヘルカ: …そうですか…あなたたちなら そりゃ立ち向かいますよね…
- ヘルカ: 希望を信じているから
- ヘルカ: …サーシャさんは私に合わせて 魔法を使ってください
- アレクサンドラ: ヘルカさん!
- ヘルカ: その間にラビさんは回り込んで 隙ができた瞬間に攻撃を!
- ラビ: ええ
- ヘルカ: うららさん!魔女が弱ったら とどめはあなたが!
- うらら: わかったんよ!
- ヘルカ: …反撃しましょう
- ヘルカ: 私たちが 決して負けないことを示すために
- FILENAME: text_519120-14_pKgJT.txt
- ラビ: …魔女を倒せた
- アレクサンドラ: 戻ってこられましたね
- モンゴル兵: 突然、姿をあらわした…
- 人々: 「化け物だ! ラクシャーシーだ!」
- ヘルカ: ぐっ!
- うらら: 急に石を投げるなんて ひどいんよ!
- ヘルカ: 人々が目を覚まして 私たちを見るなり怯えているのは きっと私の魔力が尽きかけているから…
- ヘルカ: あっ…!
- モンゴル兵: こいつ、案外弱いぞ 倒れやがった!
- ヘルカ教徒: 袋叩きにしてやる!
- うらら: やめ、やめるんよ! ヘルカさんは今まで戦って…
- モンゴル兵: こいつ…何だ?
- ドロアダイ: こいつらもヘルカの仲間だ! ラクシャーシーだ!
- ドロアダイ: ラクシャーシーは 全員処刑しろ!
- ドルマ: あたしもラクシャーシーよ
- ドロアダイ: ――っ!?
- ドルマ: 来ないで!近づいたら… 術を使うわよ!
- モンゴル兵: 術…? また、眠らされるのか…?
- ドルマ: ヘルカ、あたしに掴まって 逃げるわよ!
- ヘルカ: 逃げません…私は…
- ドルマ: いや!ヘルカは私と逃げるの!
- アレクサンドラ: ここは私たちが食い止めます その間に遠くへ
- ヘルカ: …な、何を言って… 私は逃げません…
- ドルマ: ムリにでも連れていくわ! ほら!
- ヘルカ: ド、ドルマ…
- モンゴル兵: なっ…ラクシャーシーが 逃げたぞ!追え!
- うらら: そうはさせないんよ
- アレクサンドラ: はい、食い止めます
- ねむ: …歴史を改編させるつもり? 彼女を逃がすなんて
- ラビ: 歴史は、変わらない… ヘルカさんは戻ってくる
- ラビ: …そういう人だと思う
- ねむ: じゃあ、どうして?
- アレクサンドラ: ドルマさんの好きに させてあげたいんです
- うらら: このままお別れなんて あんまりなんよ…
- ねむ: …………
- ラビ: ヘルカさん…
- ドルマ: はあ…はあ… こっちよ!
- ヘルカ: どこへ行こうと言うんです?
- ドルマ: わからないわよ でも、もっと遠くへ…
- ヘルカ: 私を支えて懸命に歩いたところで このモンゴルの地に逃げ場などない… そんなことはドルマだって知っているはず
- ヘルカ: それに…そもそも私に逃げる気がないことも
- ヘルカ: あっ…
- ドルマ: ヘルカ! 大丈夫!?
- ヘルカ: …ちょっと転んだだけです
- ヘルカ: 本当は立っていられないだけです 広範囲に魔法を使い、魔女とも戦い… 私はもうボロボロだったのです
- ヘルカ: もっと私が強ければこんなことには ならなかったのでしょうが…まあ、いいです 弱くても、すべてやり遂げたのですから
- ドルマ: 満足そうな顔をして… 逃げ切るつもりがないんでしょ?
- ヘルカ: ドルマは逃げ切れると 思っているんですか?
- ヘルカ: …本当はわかっているはず 逃げ切れないって
- ヘルカ: それに… 逃げ切ってはいけないことも
- ドルマ: …………
- ドルマ: …もう変な嘘つかないのね?
- ヘルカ: 誰も見ていませんから
- ドルマ: だったら、もっと遠くへ行こう 誰もいない場所へ
- ドルマ: あたし、ヘルカにあんな嘘を つかれたくないもの
- ドルマ: さあ行くわよ 支えてるからちゃんと歩いて
- ヘルカ: …わかりましたよ
- ヘルカ: そう、私たちは逃げ切れないことも 逃げ切ってもいけないことも ちゃんと理解しています
- ヘルカ: それでもふたりで歩きつづけるのは
- ヘルカ: ただ…時間の許す限り 一緒にいたいと思っているから
- ヘルカ: モンゴル兵の声が微かに聞こえてきます そのうち追いつかれ、捕まることでしょう
- ヘルカ: そのときまではドルマと一緒に… これくらいのわがままなら 許してもらえますよね…?
- ドルマ: 森を抜けたわね、ヘルカ
- ドルマ: え…?
- ヘルカ: どうしたんですかドルマ
- ヘルカ: …っ!
- ヘルカ: モンゴルの大地一面に あの尼僧院の青い花が咲いている
- ヘルカ: 青い花は私たちの暮らす地域では よく咲いていますが、この辺りでは 自然に咲くことなんてないのに
- ヘルカ: それが、どうして…?
- ドルマ: ―ドルマ― 覚えてる、ずっと昔にも青い花が一面に 咲いている場所へ行ったことあったね…?
- ヘルカ: ―ヘルカ― はい、覚えています…懐かしいですね
- ドルマ: ―ドルマ― あの頃にはそんな意味はなかったんだけど この青い花…今はヘルカの象徴なんだって
- ヘルカ: ―ヘルカ― 私の、象徴? 私がずっと育てていたから…?
- ドルマ: ―ドルマ― うん…それでヘルカを信じる人たちは この花に祈りを捧げているんだって
- ドルマ: ―ドルマ― 平和のために
- ドルマ: ―ドルマ― それがこんなにも… モンゴルでも咲いてるよ
- ヘルカ: ―ヘルカ― …きっと燃やされてしまいますよ 私はラクシャーシーなんですから…
- ドルマ: ―ドルマ― たとえそうだとしても…平和への願いを… 希望を抱かせたのはヘルカに他ならないわ
- ドルマ: ―ドルマ― 意味、ちゃんとあったじゃない? ヘルカが生きてきた意味が、ここに
- ヘルカ: ―ヘルカ― ここに…
- ドルマ: ―ドルマ― そう…ここがシャンバラよ
- ヘルカ: ―ヘルカ― …ねえ、ドルマ… 私、あなたの願いを叶えられましたよね?
- ヘルカ: ―ヘルカ― 戦いは…これで終わりますよね?
- ドルマ: ―ドルマ― あ…あたしのためなの? 全部あたしのために、ヘルカは…
- ヘルカ: ―ヘルカ― えへへ…もちろん、みんなを守るためだったり 何だったら自分のためだったりしますが…
- ヘルカ: ―ヘルカ― 一番の理由は ドルマが辛そうだったからです…
- ヘルカ: あのとき、戦いを終わらせてほしいと 縋りついてきたドルマは辛そうに見えました だから、助けになりたいと思ったのです
- ヘルカ: 何かに縋らなくてはならない世を ドルマに生きていてほしくなかったのです
- ヘルカ: ―ヘルカ― うれしいですか…ドルマ? 私、頑張ったんです
- ドルマ: ―ドルマ― …………
- ヘルカ: ―ヘルカ― …うれしくないんですか?
- ドルマ: ―ドルマ― あ、あんたは…なんでよ… なんで、そういうとこは…
- ドルマ: ―ドルマ― …バカなのよ…
- ヘルカ: ドルマは必死に何かを堪えるようにしてから 私に笑みを向けました それでも目尻には涙が溜まっています
- ヘルカ: おかしいなあ… ドルマを笑顔にするはずだったのに どうして私は泣かせてしまうんだろう…?
- ドルマ: ―ドルマ― あたし、ヘルカがいればそれでよかったのに みんながやられて、もうどうにもならなくなって
- ドルマ: ―ドルマ― それでヘルカに縋ってしまったの ごめんね…あたしのせいで…
- ヘルカ: ―ヘルカ― ドルマのせいではありませんよ… どの道、私はこうするつもりでしたから
- ヘルカ: ―ヘルカ― モンゴルは強大です…戦いでは勝てません それが私ひとりの命で、みんなが助かるんです
- ヘルカ: ―ヘルカ― こんなにいいことはないじゃないですか あはは…
- ヘルカ: モンゴル兵の声が近づいてきました
- ヘルカ: もうすぐ私は捕まります そして処刑され、命を落とすことになる…
- ヘルカ: 気づけば私は震えていました 抑えようとしてもどうにもなりません
- ヘルカ: ―ヘルカ― あ、あはは…おかしいなあ…覚悟なんて とっくに決めていたはずなのに…
- ヘルカ: ―ヘルカ― ド、ドルマちゃん…私、怖いみたい
- ドルマ: ―ドルマ― …うん
- ヘルカ: ―ヘルカ― これじゃあ、私…なんだか 普通の子みたいだね…あはは…
- ドルマ: ―ドルマ― うん…大丈夫…それでいいの ほら、ぎゅってしてあげる…
- ヘルカ: ―ヘルカ― ドルマちゃん、ごめんね…こんなの なんで?おかしいね…えへへ…
- ドルマ: ―ドルマ― うん…おかしいね、ヘルカちゃん
- ヘルカ: そうして私たちは笑い合いました モンゴル兵の気配を背後で感じました
- ヘルカ: それでも最後まで私たちは笑い合いました…
- FILENAME: text_519120-15_pKgJT.txt
- <Side:ドルマ>
- ドルマ: それから どれくらいたったのかな…
- ドルマ: ヘルカの死を聞かされたのは あたしが自殺に失敗した3日後だった
- ドルマ: おかしいわよ、こんな世の中
- ドルマ: なんであたしみたいなのが 生き残って、ヘルカが死ぬの?
- みんな: …………
- ドルマ: あ、そっか…これはあれだ 復讐しろってことなのよ
- ドルマ: ヘルカを奪ったあいつらと戦って 恨みを果たせってことよ!
- ラビ: …そんなわけない
- ドルマ: わかってるわよ、 そんなこと…ッ!
- ドルマ: …でも、許せないのよ みんなヘルカの悪口ばかり言って
- ドルマ: きっと歴史ではヘルカの名は 悪女の代名詞になるんでしょうね
- ドルマ: あんまりよ、そんなの…
- ラビ: だったらドルマさんが 真実を記していけばいい
- ドルマ: え…?
- ラビ: 実は…私たちは預言書みたいな ものを持っていて
- ラビ: そこにヘルカさんのことが 書かれていたから尼僧院に来た
- ラビ: けれど、ヘルカさんの名前自体は 一切記されていなかった…
- ラビ: 記されていたのは ラクシャーシーという言葉だけ
- ラビ: なぜなのかずっと疑問だったけど ようやく私は答えがわかった
- ラビ: これは…違った解釈を生める ということ
- ラビ: ラクシャーシーの意味だって 大きく変えられるということ
- ラビ: チベットを救った 救世主としての意味に
- ドルマ: …それを、あたしにしろって?
- ラビ: ええ、たぶんこのことを伝える ために私たちはここに来たから
- ドルマ: よく、わからないけど…
- ドルマ: あたしがモンゴル語を使える ことに意味があるなら
- ドルマ: きっと真実を伝えるため… になるんでしょうね
- ドルマ: そのあとラビたちはチベットを去った 遠いところへ行くらしい
- ドルマ: あたし同様、座主が取り計らってくれたから 処罰こそなかったものの… モンゴル軍にはラビたちを疑っている節がある 逃げられるなら、逃げた方がいい
- ラビ: 「…それでも私たちは ここに来られて、ヘルカさんと過ごせて よかったと思っている」
- ドルマ: それが旅立ち際の、ラビの最後の言葉だった
- ドルマ: あたしが、モンゴルに…?
- ドルマ: 座主が言うには、チベットの文字を少し変え モンゴルの新たな文字にする計画が 進んでいるらしい
- ドルマ: というのも、モンゴルでも教えが広まり 多くの経典を翻訳する必要が生まれたのだが そもそもモンゴルの文字は輸入されたもので 正確に表記できなかったため、この際新たに 共通の文字をつくることになったそうだ
- ドルマ: あたしはその新たな文字を モンゴルに広めるのが役目らしい
- 座主: …君が我々を憎んでいるのは 知っているが、適任者が他に…
- ドルマ: 憎んでなんかないわ あたしを庇ってくれたんでしょ?
- 座主: …しかし我々はヘルカ・ラマを 庇おうとはしなかった
- ドルマ: そうね…けど、引き受けてあげる
- 座主: いいのか?
- ドルマ: ええ、あたし モンゴルへ行く
- ドルマ: それからというもの あたしはモンゴルの寺院で 考案された文字を広めつつ 使用者の意見も集めている
- 僧: 改善案もまとまってきたし 正式採用される日も近いな
- 僧: あれ、ドルマさんは?
- 僧: 今は出ていらっしゃる 碑文を書くために
- 僧: 暇があれば書いてますが… 何の碑文なんですか?
- 僧: 昔、見たそうなんだよ ドルマさんは救世主を
- 僧: …その思い出話だそうだ
- ドルマ: よし…できた
- ドルマ: あたしはモンゴルの各地で碑文を建て そこに真実を書きつづけている
- ドルマ: とはいっても直截すぎる表現だと モンゴルの役人にとやかく言われるから 少し回りくどい表現をしているけど…
- ドルマ: でもまあ 書き出しのところはすごく気に入っている
- ドルマ: 「この大地の下には ラクシャーシーが横たわっている」
- ドルマ: …この場所に建てるとなると 頑張っちゃうわよね
- ドルマ: せっかくだから、見ていこうかな
- ドルマ: いつかここに書いてあるヘルカの記録が 真実だとわかってもらえる日は来る
- ドルマ: あたしはそう信じている そう…希望をあたしは絶対に捨てない なぜなら…
- ドルマ: まだ、咲いてる…
- ドルマ: ヘルカと最後に見たあの一面の青い花… それがまだ残っているからだった
- ドルマ: ここに立っているだけで ヘルカが隣にいるような気がしてくる…
- ドルマ: そう…ヘルカと一緒に この花を眺めているような…
- ドルマ: …ねえ、ヘルカ あんたのおかげで全部救われたよ
- ドルマ: 尼僧院はまだつづいている デキーのこと覚えてる? あの子が今は院長をやっているの
- ドルマ: 町も昔と変わらずに活気があるし ヘルカが守りたかったものは全部残ってる
- ドルマ: そして、ヘルカの思いも…
- ドルマ: あたしは絶望なんかに負けないよ ひとりでも乗り越えてみせる もう夜だって怖くないんだ
- ドルマ: ヘルカの記録を…あたしたちの記録を この世に残すため、必死になって生きてやる
- ドルマ: あたしたちは決して負けることなく 最後まで笑い合っていたって 世界中のみんなに伝えたいから…
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