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- やあ。ラジオの前の皆さん。ご機嫌は如何?
- 僕はまだこの時間に慣れてない。ジャングルにでもいる感じだ。番組を6年半続けたら、いきなりこの時間に投下された。
- 「菊地成孔の粋な夜電波」といいます。今日が初回だから、この時間帯のお客さんに、初対面の挨拶をしろってスタッフは言うけど、そんなことは、(毎週聴いてくれさえすれば、だけど)自ずとわかるだろう。
- この番組には、いわゆる構成作家さんがいない。ビッグカンパニーのメジャーでは(とするが)世界でも今や珍しい、パーソナリティーが選曲から構成まで全部やるスタイルなんで、毎週、どんな内容になるかは僕が決めている。今日も決めてきたんだ。最初に説明してしまうから、興味のある人だけが聴いてくれればいい。
- そうそう、月並みに過ぎるけど、おはようの方も、おやすみなさいの方も。そして、悪夢にうなされて、ちょうど今起きてしまった人。あなたの部屋で偶然ラジオが鳴っていたら、まずは冷蔵庫をそっと開けて、その光と匂いを顔に当てながら聴いてほしい。あなたはきっと、喉が渇いているから、何を飲むかすぐ判断できるだろう。今日流す音楽は、きっとそれに合うよ。
- そして悪夢は、精神衛生上、いいことだ。そのことが、すぐにわかるはずだ。
- 深夜帯に移った初回にふさわしいのかどうかわからないが、今日は追悼番組をすることにした。
- 誰の追悼かって? まずはジョン・レノンだが、最終的には100人くらいになるかもしれない。「ぐらいになるかもしれない」ってのは不謹慎だ。今まだ、病院で、闘っている人がいるのだから。
- ジョン・レノンがマーク・チャップマンに射殺された時、僕は17歳だった。まだSNSどころかPCすらなかったその時代に、僕は、今の自分のそれよりもはるかに高い検索能力を使って、犯人であるチャップマンの発言や、バイオグラフを徹底的に調べ上げた。その結果わかったことは、小さいことが1つだけだったが、とても重要なことだった。
- チャップマンは、ジョンの音楽について、一切発言していない。「熱狂的なファン説」というのもあったが、あれはストーキングにフェティッシュがある変態が流したガセだ。
- チャップマンは、「ライ麦畑でつかまえて」の話しかしていない。すごく簡単に言ってしまえば、彼は、音楽を聴いていない。彼が愛したのは文学だ。
- 誰でも毎日、服を着て、食事を摂る。音楽だって、ほとんどの人が毎日聞いている。
- だから、漠然と誰もが、食事や酒、服や音楽を、生きるのに欠かせないものとして、まあ、好きなのだと、僕らは考えがちだ。
- だけど、本当に服を愛している人も、服なんてどうでもいい人もいる。食事もそうだし、音楽だってそうだ。誰だって音楽は、いやでも聞いて暮らす。
- しかし、音楽を芯から喰って、愛している人も、何か別の重要なことの伴奏かなんかだと思ってる人も、うるさくて嫌いだと思っている人だっているはずだ。音楽を愛して、聴きながらうっとりしている人々を見て、「殺したい」と思っている人も。
- チャップマンは、文学を愛していた。
- ギターを教え、ギター漫談で食っていたこともあったが、音楽なんか好きじゃなかった。犯行当日もライ麦畑を読んでいたし、同じ小説の崇拝者と結婚して、今だに結婚生活を送っているのだ。2人はジョン・レノン射殺事件前から結婚していた。なんて文学的な人生だろう。音楽的な人生とはとても言えない。
- この極端な事件が、逆にストッパーになったのかもしれない。
- 20世紀においては、音楽のフェスや、スタジアムライブが、テロの標的になったことはなかった。爆発物にしろ、銃の乱射にしろ、それは、空港や駅、オリンピック村や観光地や、普通の市街地で行われた。
- 20年代のシカゴマフィアの時のような、特別な時代を除けば、音楽が鳴っていて、人々がそこで踊ったり楽しんでいたりする場では、人殺しは起こらない(少なくても、テロの標的としては)。リオのカーニバルでギャングが人を殺すのは、騒ぎのドサクサに紛れているだけのことだ。
- 音楽は、空気の振動によって人体に直接愛のヴァイブスを送り、それが感知できる人にとっては、最高の幸福が保証される。
- 愛が物質として得られるのだから。イメージではなく、直接ね。これに一番近いのはセックスだろう。セックスより、音楽の方が僅差でいいけどね、個人的には。
- いずれにせよ、テロの格好の場のはずなのに、テロリストはそこに入れなかった。
- 僕は有神論者だ。造物主は絶対にいる。そして、沈黙の下に、あらゆる御心と御技を行使しているのだ。それでも僕は怖かった。神の加護を感じる者は、その結界を突き破る悪魔の存在に怯えざるを得ない。
- 僕は、フェスでもクラブでも、テロが起きないまま40代を終えた。そして、50代を迎え、53になったら、いきなりフロリダであれが起きた。
- オーランドのゲイナイトクラブで、男が自動小銃を乱射した後、店内に立てこもった。男は特殊部隊に射殺されたものの、50人が死亡し、53人が負傷した。これは、銃乱射事件の被害としては、アメリカの犯罪史上最悪(これはまあ当時の話だが)となったが、それより僕が恐れたのは、「犯人が、踊っているゲイの人たちに向けて、バスドラムの音に合わせて、面白がって引き金を引いた」という事実だ。
- とうとう来たのだ。ウッドストックで完成したかもしれない結界が破れ、戦争が始まったのである。僕は事を重く見て、この番組で追悼特番を組んだ。
- 「音に合わせて引き金を引かれたから、撃たれていることに気がつかない被害者もいた」という、耳を覆いたくなるような報道を、僕は、大げさでなく、震えながら聞いていた。怒りと、恐怖と、そして殺意に満ちて。
- つまりそれは、過不足のない、テロの効果である。「お前もテロリストになれ」という。
- 一度破れた結界にはどんどん敵が入ってくる。
- 今年の5月には、英国のマンチェスターアリーナで、あらんことか、あのアリアナ・グランデのコンサート会場で爆発物が爆発した。23名死亡。彼女のコンサートである。被害者には当然子供も多く含まれていた。
- この事件は、さまざまな要因から、宗教テロに分類されつつある。しかし、僕に言わせれば、それはその通りかもしれないが、別の意味で、さらにその通りなのである。
- つまりそれは、「音楽を愛さぬ者が、音楽を愛し祈りを捧げながら宗教活動をしている現場を襲撃する」明らかな宗教テロである。
- この段階で、一度明言させてもらいたい。
- 音楽を愛する者は音楽を愛する者を殺さない。ましてや、愛の行為の最中には。
- あのナチスドイツですら、ガス室で大量虐殺の日々の中、ユダヤ人の演奏家は殺さずに、クラシック音楽を演奏させた。
- 僕は「音楽を愛する者なら全員善人である」などという牧歌は歌わない。ただ、中途半端にでなく、本当にセックスのすばらしさを知っている者は、寝取られた現場を見て、そこでパートナーが、本当に心からセックスを愉しんでいるのを見たら、悲しみ、もがき苦しむかもしれないが、殺すことはできないだろう。同じ宗派なのだから。というか、一緒にやってしまえばいい。セックスは何人とだってできる。音楽と一緒だ。
- 僕は齢54にして、結界が破れ、戦いが始まったことを、目の当たりにした。
- 音楽と戦争とスポーツは、実はアナロジー関係で結ぶことができる、仲の悪い兄弟のようなものだ。
- そしてつい先日、僕をあざ笑うかのようにして、ベガスであの事件が起こった。
- スタッフは言う。「深夜帯の新しいリスナーの皆さんにご挨拶を」。
- だったら、これは手の込んだ、初対面のご挨拶だ。
- 今回この番組を、この2年間で連続して起こった、21世紀の宗教戦争、その被害者全員の、鎮魂を目的とする。
- もう一度言う。音楽を愛している者は、音楽を楽しんでいる他人を絶対に殺さない。
- だからこれは、真空の宣戦布告のようなものだし、戦争を焚きつける可能性すらあるから大きな声では言えないが、例えば文学というものは、自殺的であり、他殺的だ。もちろん、音楽の中にも、自殺性と他殺性は含まれている。だけどそれはメタファーとして、昇華された形で含有され、実際の自他殺衝動にとりつかれた人を、むしろ治す。
- 文学は、その逆のベクトルがある。読者に存在していた自他殺の衝動を啓発してしまう力を持っている。
- クレームは局ではなく、すべて僕が、直接引き受ける。
- 僕は、狂信者だ。音楽の。
- 音楽を聴いて楽しんでいる最中に射殺された人々の魂を鎮め、さらに、その人々の家族、その事件を報道で見てしまった報道被災の人々の、そして(何よりこれはマスメディアだ)、「そんなことどうだっていいね」という人々。中には、「俺も今度クラブで踊っているパリピとかいういまいましいやつらを片っ端から弾丸で切り裂いてやる」という鼻息の荒い人もいるだろう。「お前の暑苦しい能書きは終わりにして早く曲かけろよ」という方が一番多いかもしれない。
- そうしたすべての人々に、今夜の番組を捧げます。
- 僕と同じ、音楽の狂信者は力を貸してほしい。
- より良く音源が響くように。耳を澄ませ、感覚を解放して、1人でも多くの人々が、音楽の真髄に、今夜初めて触れることを、強くイメージしてほしい。
- 音楽を、他の何かに明け渡してはならない。戦いは続くだろう。
- 54歳にして僕は、生まれて初めて、戦争の時代に突入する自分に、興奮を禁じ得ない。鎮魂や追悼、そういったものにそぐわないほど。
- それでも、これは追悼だ。火を灯そう。もちろん、空想でかまわない。場所は……そう、胸の真ん中あたりに。
- そうしてから出勤してほしい。そうしてから眠ってほしい。そうしてから、トイレでおしっこをして、悪夢を醒ましてほしい。
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