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- 「……こ、ここは? 戻ってきたのか天宮市に……?」
- 「――な!? なんだあれ……ッ!?」
- 「……あれは、し、新天宮タワー……なのか!?\nどうなってんだよ一体!?」
- 「み、みんなは!? どこだ!?\n……凜祢とも離れ離れになったままだし……」
- 「士道! 戻ってこれたの」
- 「――こ、琴里!? みんな! 無事だったのか!?」
- 「ええ。どうやら出してくれたみたいね。\nだけど……天宮市全体の様子がおかしいわ。\n特に新天宮タワー……あれの禍々しさは半端じゃないわ」
- 「……ああ、そうみたいだな」
- 「あら、心配事はそれだけでして?」
- 「狂三……おまえは、味方って考えていいのか?」
- 「ええ。この件については、協力をお約束いたしますわ。\nわたくしも巻き添えを食うのは御免ですもの。\n――もちろん、信用してくれというつもりもありませんけれど」
- 「そんなこと言うなよ。おまえがそう言うなら、俺は信じる。\nだから、今だけでもいい。よろしく頼む」
- 「あらあら……士道さんにそこまで言われたら、\nわたくしも頑張らないわけにはまいりませんわねぇ。\nでも、一体どういう心境の変化なんですの?」
- 「俺さ……少しだけ、思い出したんだよ。\nこの世界の中で、狂三とデートした記憶」
- 「へぇ……そうなんですの。\nわたくしにはまるでその記憶がありませんけれど」
- 「それは仕方ないって。でも、俺はちゃんと覚えてる。\nだから、お前をちゃんと信じてやれるって、そう思うんだ」
- 「うふふ、なるほど……面白い考え方ですわね。――それで、\nそういうことらしいですけれど、あなたはいかがいたしますの?\nいつまでも睨まれていては、疲れてしまいますわよ?」
- 「……士道がそこまで言うなら、私は何も言わないわ」
- 「まぁ、巻き添えを食いたくないっていうのは本当でしょうし、\n利害が一致している間は信用してあげる。自分の置かれている\n状況がわからないような阿呆にも見えないしね」
- 「……一応、褒め言葉として受け取っておきますわ」
- 「心配したぞシドー! 大事はなかったか?」
- 「あ、ああ。十香も無事か?」
- 「う、うむ……飛ばされるまでの記憶はほとんどないのだが、\n別に異常はない」
- 「そうか、ならよかった。四糸乃も大丈夫か?」
- 「は……はいっ! し、士道さんが無事で、よかった……です」
- 「ああ、俺も四糸乃が無事で嬉しい」
- 「あ、ごめんごめん! これから何が起こるかわからないし、\n四糸乃のことしっかり頼んだぞ、よしのん!」
- 「ああ、頼りにしてるよ」
- 「士道、私は?」
- 「お、折紙!?\n……その、結局、おまえまで巻きこんじまったな……」
- 「構わない。〈ルーラー〉が精霊なら……無関係とは言えない」
- 「そ、そうだな……」
- 「――で、どういうことなの士道?」
- 「え……? や……どうって言われてもな……」
- 「凜祢が……いなくなった?」
- 「あ、ああ……そのままはぐれて……それっきりだ……」
- 「なるほど……それは心配ね。\n……で、他に気付いたことはないの?」
- 「……あ、ああ。ない……よ」
- 「……そ。ふーん、まぁそういうことにしてあげるわ」
- 「それにしても、なぜあの〈ルーラー〉とやらは、\nシドーを狙っていたのだ?」
- 「それは、わからない。けど、俺は……もう一度、\nあの〈ルーラー〉と話がしたい」
- 「何故だかはわからない。けど、俺は思うんだ。\n〈ルーラー〉は本当は悪いやつじゃないんじゃないかって」
- 「シドー……」
- 「もうこんなことやめさせて、みんなで一緒に、ここから出よう」
- 「うむ! 手伝うぞ、シドー!」
- 「ほ、本当か!?」
- 「うむ、無論だ!」
- 「私も――」
- 「え?」
- 「……言ったはず。士道が危険に首を突っ込むのを、\n黙って見ているわけにはいかない」
- 「……!」
- 「それに、士道のサポートが夜刀神十香だけでは心許ない」
- 「む! そ、それはどういう意味だ! 鳶一折紙!」
- 「言葉そのままの意味。\nあなたの幼稚園レベルの読解力には憐みすら覚える」
- 「ぐぬぬぬっ!」
- 「ちょ、ちょっと待て二人とも! こんな時ぐらい落ち着いてくれ」
- 「ぬ……! す、すまぬ!」
- 「……士道がそういうなら」
- 「――士道、時間がないわ。\nのんびりしてたらこの世界が崩壊するわよ」
- 「なら、行くしかない! 俺たちの街を壊させやしない!\nそれに――〈ルーラー〉、あいつの真意を、\n俺はまだ確かめてない」
- 「一体なんでこんなことをしたのか……それすらまったくわかって\nいないんだ。ちゃんと話をすれば――もしかしたら、\n倒す以外の方法が見つかるかもしれない……!」
- 「士道……あなたやっぱり、底知らずの馬鹿ね」
- 「な、なんだよ……俺は自分のやれることをやりたいってだ――」
- 「別に、悪いだなんて言ってないわ。\n――行くわよ、敵の居城へ。\n〈[ラタトスク*私たち]〉の役目は士道のサポートだしね」
- 「……本当なら、再生能力のないあなたを連れていくべきじゃないのかもしれないけれど……〈ルーラー〉が精霊だとするなら、\nあなたの能力で力を封印することができる可能性があるわ」
- 「頼みの綱は士道、あなたよ。\nでも――くれぐれも気を付けてちょうだい。\n今のあなたはすぐに死んじゃうんだから」
- 「ああ、わかってる」
- 「士道、私たちが力を貸すんだから、全部終わったら――」
- 「デラックスキッズプレートでも奢ればいいのか?」
- 「わ、わかってるじゃない。……絶対よ?」
- 「ああ……約束する!」
- 「し、士道……さん……っ!」
- 「ど、どうした!?」
- 「〈ルーラー〉さんを……よろしく、お願いします。\nわ、私も……出来る限り手伝いますから……っ!」
- 「四糸乃……」
- 「あのな、よしのん……俺はいつだって本気だぞ?」
- 「ああ、よろしく頼むぞ、よしのん」
- 「……全く、士道さんは誰にでもお優しいんですのね」
- 「……な、なんだよ?」
- 「うふふ、何でもありませんわ。\nお話がまとまったのでしたら、そろそろ行きませんこと?」
- 「く、狂三……なんだよ、拗ねてるみたいに……」
- 「あら、そう見えまして? でも、仕方ないではありませんの。\n士道さんはわたくしには優しくしてくださらないんですもの……」
- 「い、いや、そんなつもりじゃ――」
- 「士道さんのためなら、ひと肌でもふた肌でも……。\n好きなだけ脱いで差し上げる覚悟をしていますのに」
- 「え……ええッ!?」
- 「ふふ、でも残念ながら、それはしばらくお預けですわね。\n……まずは、〈ルーラー〉に会いに行かなければ\nなりませんものね」
- 「あ、ああ!」
- 「この状態であまり悠長なことはしてられないわね。\n行くわよ、士道」
- 「わ、わかった!\nなら、目指すところはただひとつ――新天宮タワーだ!\n〈ルーラー〉は間違いなくあそこにいる!」
- 「そうね。恐らく、結界を支えているコアのようなものも、\nあそこにあるわ」
- 「結界のコアが……? もしかして、それを破壊できれば……。\n〈ルーラー〉を倒さなくても……」
- 「可能性はありますわ。でも、その前に寄り道が必要ですわね」
- 「……ん? 寄り道?」
- 「さっき試したんだけど、新天宮タワーの周りには結界があって、外敵の侵入を阻んでいるの」
- 「ええ、結界の要を破壊しないことには近づけませんわ」
- 「結界の要って……まさか!? 狂三、覚えてるのか……?\n……ってことは十香と折紙も……」
- 「要というのは、あのタワー前のモニュメントのことだろう?」
- 「池の取水塔で変な敵に襲われた。あそこも要?」
- 「うふふ……そしてラストは神社、ですわね。\nこの三点が新天宮タワーの結界を支えている要なのでしょう?」
- 「やっぱり、みんな覚えているのか――!?」
- 「お、覚えて……ます……っ!\nし、士道さんと……い、一緒……だったこと……」
- 「四糸乃も……!」
- 「ちょ、ちょっかいって……俺はそんなつもりは――」
- 「――士道、遊んでないで始めるわよ? そう時間はないわ」
- 「ああ、行くぞ!」
- 「それじゃ、役割分担が必要ね?」
- 「は?」
- 「フッ――!」
- 「天宮タワーのモニュメントは……そうね、四糸乃とよしのん、\nあなたたちでやれる?」
- 「は、はい……っ! や、やって……みますっ!」
- 「頼んだわよ。四糸乃、よしのん」
- 「し、士道……さん! い、いってき……ます……っ!」
- 「くれぐれも気をつけるんだぞ!」
- 「は、はい……っ! あ、あのっ!」
- 「ん、なんだ?」
- 「か、必ず……っ! 成功……させ、ますっ!」
- 「ああ! 待ってるぞ!」
- 「取水塔は――」
- 「私が行く」
- 「え……」
- 「鳶一折紙?」
- 「あなたのためではない。士道のため。\nそれに、あの場所には少し、因縁がある……」
- 「ふん……装備なしでやれるっていうの?」
- 「問題ない。もし市内全域がここと同じように無人なら好都合。\n――とっておきを、取りに行く」
- 「そ。なら……ASTの[魔術師*ウィザード]の力を見せてみなさい」
- 「……士道、待ってて」
- 「一人で大丈夫なのか? 誰か他に――」
- 「問題ない。むしろ一人のほうが動き易い。\n精霊と一緒だと、手元が狂ってしまいそう」
- 「そ、そっか。じゃあ、気をつけてな!」
- 「五河琴里……私が士道の傍を離れる間、必ず守って。\n危険な目に遭わせたら、許さない」
- 「言われるまでもないわ」
- 「……」
- 「残りは……」
- 「……わたくしの出番で、よろしくて?」
- 「勝手に行けばいいじゃない」
- 「あら、全くつれないですわねぇ……きひ、きひひ……上等ですわ。\nあの程度……わたくしが一瞬で食らい尽くして\n差し上げましてよ?」
- 「……せいぜい期待してるわ」
- 「ひひ、ひひッ……!\nあなたとの決着も、楽しみにしておりますわァ」
- 「お、おい、狂三……?」
- 「士道さん、心配ならご無用ですわ。\nわたくしなら、すぐに戻って参りましてよ」
- 「それでは、ごきげんよう」
- 「お、おう……頼んだぞ!」
- 「琴里? みんな行ってしまったが、私たちはどうするのだ?」
- 「また敵が士道を狙ってこないとも限らないわ。\n私たちは、皆が要を破壊するまで士道を守る。いい?」
- 「うむ!」
- 「二人とも……ありがとう!」
- 「お礼なんていいのよ。そんなこと言ってる暇があったら、\n〈ルーラー〉をどう説得するのか考えておきなさい」
- 「う……そ、そうだな……」
- 「まずいわね……。崩壊の範囲が広がってる……」
- 「ああ……急がないと、世界の方が先に――」
- 「む!? 琴里! その前に別のものが来るぞッ!?」
- 「あ、あいつらは――!?」
- 「ええ、やっぱり来たわね。十香! 出番よ!\n〈[灼爛殲鬼*カマエル]〉!」
- 「うむ! 任せるがいい! 士道! 傍を離れるな!\n〈[鏖殺公*サンダルフォン]〉!」
- 「あ……! よ、よしのんっ!? あれ……っ!」
- 「う、うん……っ、〈[氷結傀儡*ザドキエル]〉……っ!」
- 「……よくよく縁があるようですわね。ここには――」
- 「うふふ……さあ、おいでなさい?」
- 「……」
- 「あら、あなたがわたくしのお相手をしてくださるんですの?」
- 「あッははははははははは! どこを狙っておりますの?\nわたくしは――」
- 「――こちらでしてよ!」
- 「……」
- 「ふふッ……心配なさらないで。\nお楽しみは――これからですわ」
- 「……もう、始まっている。急がないと」
- 「ああ……あいつら、また新しいのが出てきたぞ!」
- 「ぬう……敵が多すぎるぞ! 結界はまだ解けないのか!?」
- 「十香! もうちょっと頑張ってちょうだい!」
- 「う、うむ! ……っ! シドーッ!」
- 「え!?」
- 「――どいて士道ッ!」
- 「……」
- 「く――っ!」
- 「こ、琴里ッ!」
- 「……万が一を考えて、フル状態にはなりたくなかったけど……。\nそうも言ってられないみたいね!」
- 「いくわよ……【[砲*メギド]】!」
- 「う……うん……っ!」
- 「う……うぅ……っ!」
- 「四糸乃ー! 勇気を出してやってみようよー!」
- 「う……うん……っ! わ、私……っ、頑張る……っ!」
- 「う、うん……ッ!」
- 「〈[氷結傀儡*ザドキエル]〉! い……っ、いっけぇぇー……っ!!」
- 「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
- 「よ、よしのんの……お陰だよ……っ! ありが……とう……っ!」
- 「う……うん……っ!\nし、士道さん……大丈夫、かな……?」
- 「うん……! そ、そうだよね……っ!」
- 「……」
- 「目標確認……! これが、とっておき!」
- 「はぁ――!」
- 「く――やはり。個体をどれだけ倒しても無駄」
- 「予想通り、増え続けている……」
- 「……約束は、絶対に守る!」
- 「塔ごと、消えてもらう……!\nミサイルユニット、全弾、座標固定!\n〈ブラスターク〉! 同時展開準備!」
- 「[随意領域*テリトリー]凝縮……。\n〈ホワイト・リコリス〉、臨界駆動……!」
- 「――討滅せよ! 〈ブラスターク〉!」
- 「はぁ……っ、はぁ……っ、はぁ……っ、はぁ……っ」
- 「や、やった? く――!」
- 「活動、限界……?\nはぁ……っ、はぁ……っ、リコリスは、もう使えない……」
- 「士道……私が行くまで、無事でいて……」
- 「……」
- 「あらあら、またたくさんのお仲間が……\nこれでは埒があきませんわねえ」
- 「うふ、うふふ……。ああ……怖いですわ。恐ろしいですわ!\nこんなにもか弱いわたくし相手に、こんな多勢で……」
- 「ひひ……ひひひッ……ちょっと、時間をかけすぎましたわね。\nわたくしも、そろそろ本気を出さないと。\nあまり士道さんを待たせたくはないですし……」
- 「ねえ、そうでしょう? わたくしたち――」
- 「さあさあ、どちらが多勢でどちらが無勢か――\n教えて差し上げますわァ!」
- 「くすくす……」
- 「あら、あら」
- 「うふふ……」
- 「きひ、きひひ!」
- 「あはははははッ!」
- 「士道さん……もう少しだけお待ちくださいまし」
- 「さあ、さあ」
- 「いひひひ……!」
- 「ふふっ」
- 「いかがでして? わたくしたちは……!」
- 「あら……まだ抵抗する気なんですのォ?」
- 「あまり美味しそうではありませんけれど……今は、そう贅沢を\n言っていられませんわね!」
- 「ひひ……ひひ! きひひひひひひひっ!」
- 「きひ! きひひ、きひひひひひひひッ!\nわたくしたち! よろしくってよ! よろしくってよォっ!」
- 「さあ、終わりにしましょう。全て飲み込んでさしあげますわァ!」
- 「……思いのほか、時間をかけ過ぎてしまいましたわね」
- 「士道さんがまだ無事だといいのですけれど……」
- 「ん!? こ、琴里! 結界が消えたみたいだ!」
- 「……上出来。ちゃんとみんな自分の仕事をしたみたいね」
- 「シドー! 先に行けッ!」
- 「え!? でも――!」
- 「そうね、十香の言う通り。こいつらはどんどん湧き続けてる……\n私たちがここで食い止めるから、早く行きなさい!」
- 「行け! シドー! 〈ルーラー〉を止めるのだろう!?」
- 「くっ……分かった! でも、無理はするなよ!」
- 「ふん、士道こそ死んだら承知しないわよ!」
- 「お、おう! 絶対生きて帰るからな!」
- 「……おかしい。終わった世界の記憶が存続している……?」
- 「……私の〈[凶禍楽園*エデン]〉に何か問題が……?」
- 「リセットが不完全なのか……もしくは、度重なるリセットに力が\n不安定になっているのかもしれない……」
- 「これでは〈[凶禍楽園*エデン]〉の管理に支障をきたす可能性が……」
- 「いや、そんなことはあってはならない。決して……」
- 「……道……士道……」
- 「……早く起き……じか……なっちゃう……よ……?」
- 「……ん……んん……?」
- 「ふふ……起きた?」
- 「ん、……凜祢……おはよ」
- 「うん……おはよう士道」
- 「ん? なんかちょっと元気ないな?」
- 「そ、そんなことないよ!\n……士道こそ、ちょっとうなされてたみたいだけど、大丈夫?\nちゃんと起きれる?」
- 「え、ああ、大丈夫大丈夫! 今起きるよ」
- 「よかった。朝ご飯作ってあるから、着替えたら降りてきてね」
- 「凜祢……」
- 「え?」
- 「いや……なんでもない。\nただ、本当に良くできた女の子だなぁって……」
- 「……ふふ、やっと起きた?」
- 「ん、ああ……凜祢……おはよ」
- 「おはよう士道。気持ちいい朝だね」
- 「おう。みたいだな」
- 「ちょっとうなされてたみたいだけど、大丈夫? 起きられそう?」
- 「ああ、大丈夫……起きれるよ」
- 「よかった。朝ご飯作ってあるから、着替えたら降りてきてね」
- 「凜祢……おまえ、本当に良くできた女の子だよなぁ……」
- 「ふふ、ありがと。でも、そういうことばっかり言ってると、\n軽く見られちゃうよ?」
- 「いや、本気で言ってるんだって。\n俺も……そんな風になれたらなって思うよ」
- 「そう言ってくれるのは嬉しいけど、\n別に目標にされるほど立派なことはしてないってば」
- 「それに、なにかになりたいとかじゃなくて、\n士道は士道らしいのが一番じゃない?」
- 「ん、そう言われても俺、平均的だしなぁ……」
- 「そんなことないってば。\n私はね、士道にはいいところがいっぱいだと思うよ?」
- 「え?」
- 「――っ!? あ、ううん、ひとりごとだよ……ひとりごと」
- 「お、おう……?」
- 「……」
- 「……凜祢?」
- 「ほ、ほら、こんなに喋ってたら遅れちゃうよ?\n士道は起きて準備しないと!」
- 「――っ!? あ、ううん、ひとりごとだよ……ひとりごと」
- 「お、おう……?」
- 「ほら、こんなに喋ってたら遅れちゃうよ?\n士道は起きて準備しないと」
- 「あ、そうだよな。\nじゃ、パパっと着替えちまおう」
- 「きゃ!? ちょ、ちょっと士道!\n私がいるのに脱ぎ始めないでってば!」
- 「あ……そ、そっか。すまん凜祢!」
- 「い、いいから早くね! 私先に降りてるから!」
- 「……お、おい、凜祢!?」
- 「……凜祢の奴、ちょっと変だったような……。\nいや、気のせいか」
- 「シドー! いつまで寝てるのだ!」
- 「と、十香!?」
- 「ぬっ!? シドー! もう起きてたのか……っ!?」
- 「うぬぅ……」
- 「な……なんでそんなに不満そうなんだよ」
- 「シドーは『ドロップキック』で起こされると、\nとても喜ぶと琴里から聞いてきたのだ!」
- 「は!?」
- 「む、残念ながら一足遅かったようだ……」
- 「いや、いい十香。それは忘れてくれ」
- 「ん? なぜだ?」
- 「えーと、だな……俺は普通に優しく起こしてくれる方が\n好きだからだ」
- 「ふむ、わかった。ならば次回からはそうしよう」
- 「おう」
- 「し、士道さん……っ、おはよう、ございますっ」
- 「おう、四糸乃によしのん、おはよう」
- 「は……はいっ」
- 「……」
- 「そ、そうだな。それは次回のお楽しみに取っておくよ」
- 「んー……」
- 「ん、どうした十香?」
- 「……シドー、一つ教えてほしいことがあるのだが」
- 「なんだ?」
- 「『ドロップキック』とは、どんなキックなのだ?\nやはりドロップに関係があるのか?」
- 「へ?」
- 「なあ十香……おまえ、俺が寝てたらなにする気だったんだ……」
- 「むう、実は少し悩んでいてだな」
- 「な、何をだ?」
- 「うむ、自分でドロップを舐めながらキックをするのか、\n相手の口にドロップを詰め込んでからキックをするのかが\n今ひとつわからなくてな」
- 「いや、それは……うーん……」
- 「シドーが言い淀むとは……\nまさか、もっと危険を伴う技だったのか!?」
- 「いや、そういうわけじゃ……なくもないんだが、なんというか、\n多分十香の考えてる危険とは少し違う気がするぞ」
- 「ぬ……? どういうことだ?」
- 「は……っ、あ、まさか、ドロップに毒が!?」
- 「いや……そういうのとも違う。簡単に言うとこう、\n飛び上がった状態で両足揃えてキックすることだよ」
- 「ふむ……そうなのか?」
- 「ああ」
- 「なるほど、確かにそれならシドーも起きそうだな!」
- 「いや実践するなよ!?」
- 「う、うむ……?」
- 「まぁそんなわけで十香、四糸乃。\n……着替えるから、先に下に降りていてくれないか?」
- 「早く来るのだぞ。[朝餉*あさげ]の準備は終わっているからな」
- 「………………」
- 「えーと……四糸乃?」
- 「は、はい……!?」
- 「四糸乃も先に降りていてくれないか?」
- 「……わかり、ました」
- 「行ったか……みんないると、朝から騒がしいなぁ」
- 「みんな席についたみたいだね。\nそれでは、どうぞ召し上がれ」
- 「うむ! 早速いただくぞ!」
- 「……うまい! 今日の[朝餉*あさげ]も絶品だ!」
- 「むう! このだし巻き卵……外はふっくらふわふわしてるのに、\n食べてみると中からたっぷりのうまい汁が滲み出てくる!」
- 「――ご飯と一緒に食べると……はむっ……うむ、\n格別にうまいぞ!」
- 「ふふ……十香ちゃんったら。そんなに褒めても何も出ないよ?」
- 「り、凜祢……それは、おかわりできないと言うことか?」
- 「え? おかわり……?」
- 「何も出ないって言っただろ?\nだから十香は心配してるんだよ」
- 「あ、そういうことね。大丈夫だよ、十香ちゃん。\nちゃんとおかわりは用意してるから。\nでも、よく噛んで食べてね?」
- 「うむ! おかわりの準備を頼む!」
- 「おい、十香……おまえな……」
- 「あ、あははは……」
- 「あ、あの、いっ、いただき……ます……っ!」
- 「うん。四糸乃ちゃんもたくさん食べてね」
- 「は、はい……っ!」
- 「あ、四糸乃ちゃん熱いの苦手だよね。\nお味噌汁、ちょっと冷ましておいたんだけど、大丈夫かな?」
- 「あっ、ありがとう……ございます……っ」
- 「おう、それは間違いないな。家事も安心して任せられるし」
- 「うむ、料理も絶品だしな」
- 「も、もう……なんで今日はみんな褒めてくるのかな……?\nそんなに言われると、照れちゃうよ……」
- 「んー、おにーちゃん。朝からナンパしてるー。\n凜祢おねーちゃん、困ってるよ?」
- 「あ、違うの琴里ちゃん!\nこれは嬉しいからで、困ってるとかじゃ……」
- 「……よ、よしのんっ!?」
- 「――ライバル? 凜祢と四糸乃で何か勝負でもするのか?」
- 「あはは! おにーちゃんはおにーちゃんだからなー」
- 「あ、琴里、おまえ十香に妙なこと教えるなよな?」
- 「なに? みょーなことって?」
- 「無防備な状態で『ドロップキック』なんて食らったら、\n本気で洒落になんねえよ!」
- 「えー、おにーちゃんなら余裕でしょー?」
- 「あのなあ……」
- 「ん、シドーはどうしたのだ?」
- 「い、いや、なんでもない!\n十香は気にしないで食べてていいぞ?」
- 「うむ、そうか」
- 「凜祢おねーちゃんの作るお味噌汁おいしー!」
- 「本当? 喜んでもらえて、嬉しい」
- 「あ、おにーちゃん! だし巻き卵いらないなら一個ちょーだい?」
- 「え? あー、いいよ……琴里が食べたいならやるよ」
- 「おー、ありがとーおにーちゃん、愛してるぞー!」
- 「お、おう……」
- 「あ、でも士道の足りなくなっちゃう。\n私の、一個あげるね」
- 「いや、凜祢の分がなくなっちゃうだろ?」
- 「いいの、私がそうしたいんだから」
- 「いや、でもな……」
- 「はい、士道。あ~ん」
- 「あーん……うん、うまい。いつもの凜祢の味だな」
- 「ふふ、ありがと」
- 「ぬ!? 凜祢、抜け駆けはずるいぞ!\n私もシドーに食べさせる役をしたい!」
- 「あ……私も、してみたい、です……」
- 「おー? 私もあーんしたい!」
- 「ちょ……ちょっとみんな? ど、どうしよう士道……。\n私、失敗しちゃった……かも」
- 「と、とりあえず今度な! 遅くなると遅刻するし!」
- 「む……遅刻はよくないな。だが、今度は私もやるぞ! 約束だ!」
- 「私もだぞー」
- 「わ、わたしも……です」
- 「……お、おう。機会があればな、あれば……」
- 「士道、今度から目が浮つくの、気をつけた方がいいよ……?\n誤魔化そうとしてるの、バレバレだから……」
- 「う……気をつける」
- 「よろしい」
- 「あっはっは……っと、そういや、天気予報とか見てないな」
- 「もう、士道ってば……仕方ないなぁ」
- 「サンキュ、凜祢」
- 「どういたしまして。\n士道も喋ってばっかりいないで、ちゃんと食べなきゃ駄目よ?」
- 「はいはい、わかってるって」
- 「ああ……まだ見つかってないのか」
- 「園長さんがいなくなって、動物園も困ってるでしょうね……」
- 「動物園といいペットといい、なにがあったんだろうな」
- 「うー……う、宇宙人に連れ去られたとかじゃないよねー……?」
- 「いやいや、さすがにないだろ」
- 「不思議だね……ハーメルンの笛吹き男、みたいな感じなのかな?」
- 「どうだろな。何かが起きる前触れ……\nみたいに見えないことはないけど」
- 「おぉ! 戦いの幕が開く……そのちのさだめ!」
- 「戦い!? 敵が来るのか、琴里!?」
- 「不吉なこと言うなよ!?」
- 「十香ちゃん、冗談だから落ち着いて……ね?」
- 「ぬ……冗談、なのか?」
- 「まぁ、何かが襲ってくるようなことはないかな……たぶん」
- 「ふむ……わかったのだ! 凜祢、おかわりだ!」
- 「はーい。十香ちゃん、よく食べるから作る方も嬉しいな」
- 「凜祢の作る料理はうまいから、箸がどんどん進んでしまうのだ」
- 「ふふ……十香ちゃんってば、うまいんだから」
- 「ん? 私は料理をしていないが……」
- 「いや、そういうわけじゃ……ううん、それは置いといて。\n……十香ちゃん、ご飯大盛にする?」
- 「うむ! よろしくた――ッ!?」
- 「十香――ッ!?」
- 「十香ちゃんッ!?」
- 「……だ、大丈夫だ……!」
- 「んー! だいじょーぶ? 詰まっちゃった?」
- 「あぁ、すまん琴里。心配かけたな、私は平気だ」
- 「ん、よかったー。ね、おにーちゃん」
- 「あ、ああ……」
- 「でも、珍しいから驚いちまったよ……」
- 「わ、わたしも……です」
- 「本当に大丈夫? 手とか切ってない?」
- 「そ……それは大丈夫なのだが……」
- 「どうした、十香……?」
- 「すまんシドー……茶碗を割ってしまった!」
- 「何言ってるの。お茶碗より、十香ちゃんの身体の方が大事だよ?\n怪我がなくて、本当に良かった……」
- 「だ、だが凜祢!\nこれは……これはシドーが私に買ってくれたものなのだ!\n大事にすると約束したのに……」
- 「ご、ごめんなさい……私、そんなつもりじゃ……。\nどうしよう……どうすればいいのかな?」
- 「大丈夫だ、十香。また一緒に買いに行ってやるから」
- 「ほ、本当か?」
- 「ああ。それより、本当に身体は大丈夫か?」
- 「うむ、さっきも言ったが、全然平気だ」
- 「……やっぱり、士道は凄いなぁ……」
- 「……ん? なんだって?」
- 「なんでもないよ。士道は士道なんだなぁって」
- 「?」
- 「よし、気を取り直して……凜祢、おかわりだ!」
- 「は、はぁ!?」
- 「と、十香……さん! む、無理しちゃ……駄目ですっ!」
- 「ん、無理などしていないぞ?」
- 「確かに四糸乃ちゃんの言う通り、\n食べ過ぎでまた気分悪くなったら大変だよ」
- 「そうだな……十香、我慢しておいた方がいいんじゃないか?」
- 「ぬぬぬぬぬう……!」
- 「明日は十香ちゃんの大好物、作ってあげるね。それでどうかな?」
- 「本当か!? 何を作ってくれるのだ!?」
- 「さあなんでしょう?\nだけど、頑張ってとびっきり美味しく作るから、楽しみにしてて」
- 「おぉ! 凜祢、約束だぞ!?」
- 「うん、約束!」
- 「そうか! ならば、今日は我慢するのだ!」
- 「十香、さん……偉い、です!」
- 「う、うむ!」
- 「そんなところで、みんな食べ終わったし、そろそろお片付け始めようかな?」
- 「あ、俺も手伝うよ」
- 「大丈夫。私にお任せ、だよ」
- 「いや、でも悪いし。二人でやった方が早いから」
- 「わ、私も手伝うぞ!」
- 「もう、士道も十香ちゃんも、\n私は好きでやってるから大丈夫なのに」
- 「いいからいいから! ちゃちゃっと片づけて、学校行こうぜ!」
- 「うん、ありがとう。でも、十香ちゃんは無理しないでね?」
- 「うむ、心配いらないのだ! 安心して任せるがいい」
- 「ふふ……」
- 「んー、凜祢おねーちゃん? ほんとに大丈夫なのー?」
- 「うん。いつもやってることだし、こうしてるの好きだし」
- 「そうじゃなくてさ……。\nもう出ないと、朝練間に合わないんじゃないの?」
- 「え!? ええっ!? も、もうそんな時間なのっ!?」
- 「あ、朝練って……なんだっけ?」
- 「もー、おにーちゃんてば、\n凜祢おねーちゃんはラクロス部のレギュラーじゃん。\nもしかして、またド忘れなのか?」
- 「あー、そうだったっけ……?」
- 「ご、ごめんね士道!\n自分から言い出しておいて忍びないんだけど……\nお片づけ任せちゃっていい?」
- 「おう、あとは任せとけ!\n――ていうか、もともとは俺の仕事だしな。\n凜祢は面倒見過ぎだ」
- 「私は好きでやってるんだってば……でも、ありがとう」
- 「おう。安心して行ってこい」
- 「十香ちゃん、無理したらダメだよ」
- 「うむ、安心するがいい!」
- 「ふふ……それじゃ、いってくるね!」
- 「ああ、いってらっしゃい。あとでな」
- 「うんっ!」
- 「シドー! 早くするのだー! 凜祢はもう外で待ってるぞ!」
- 「シドー! 早く行くぞー!」
- 「おお、今行く!」
- 「士道、ちょっと待ちなさい」
- 「ん、何だよ琴――っておまえ、いつの間にリボン……」
- 「そんなことはどうでもいいの。\nちょっと話しておきたいことがあるのよ」
- 「シドー、まだかー?」
- 「……いや、十香は凜祢と先に外で待っててくれ。すぐ行くから」
- 「……いや、十香は先に外で待っててくれ。すぐ行くから」
- 「む……わかった。遅れないようにするのだぞ?」
- 「ああ、わかってる」
- 「――で、どうしたんだ?」
- 「士道……あなたがするべきこと、わかってる?」
- 「そう言われたってな……。\nあ、まさかまた新しい精霊が出た、のか?」
- 「違うわよ」
- 「じゃあ、なんだ?」
- 「さっきの十香の様子、見たでしょ?」
- 「ああ……」
- 「ここ数日落ち着いてはいたけど、かなり不安定な状態だわ。\n十香だけじゃない……四糸乃や私も含めて、\n霊力がいつ暴走してもおかしくない状態よ」
- 「どうすればいいか……いくら士道でもわかるわよね?」
- 「デートしろ……ってことか?」
- 「それ以外に方法はないわ。今、〈ラタトスク〉は機能不全に\n陥っていて、精霊を完全に保護できる状態じゃないの。空の孤島に成り下がっているのよ」
- 「……一体何が起こってるんだ?」
- 「それはこっちで調査中。〈フラクシナス〉があれば、\nやれることはまだあるわ。けど……精霊を安定させておくには、\nあなたの協力が必要なのよ」
- 「言ったでしょ?\n精霊が最も安定するのは士道と一緒にいる時だって」
- 「ああ……」
- 「特に、デートしてる時は顕著――だから士道、あなたには、\nどうしてもデートしてもらう必要があるの」
- 「それはわかるんだが、なんかデジャヴな感じが……」
- 「そんなことを言ってる場合? 今この瞬間も、十香や四糸乃の\n霊力が暴走する可能性がある……そのことは本人たちも\nわかってるはず。それを助けるのがあなたの仕事でしょ?」
- 「そ、そうだよな。みんな苦しんでる……\nそれをなんとかできるなら、俺だってなんとかしてやりたい」
- 「ええ、その意気よ。頼んだわ。ただし――」
- 「今回は十分に気をつけなさい。今のあなたは不死身じゃないわ。\n何か間違いが起きれば――死ぬ。それを覚悟しなさい」
- 「それでも……十香も四糸乃も琴里も――みんなを救えるのは\n俺だけってことだろ? だったら、やるしかねえよ」
- 「まぁ……士道自身のためにもなるしね」
- 「なんで……?」
- 「精霊を安定させるということは、結果的に士道の身を暴走から\n守ることになるわ。暴走の可能性を最小限に抑える\n唯一の方法としては、これが最善よ」
- 「……」
- 「でも――いい? 次にあなたの手に負えない状況になったら、\nその時は……迷わずに逃げなさい」
- 「!?」
- 「……約束したでしょ? もう無茶はしないって」
- 「あ、ああ……頑張ってみる」
- 「よろしい。さて、これ以上待たせると十香が不安がっちゃうわね。\n行ってちょうだい」
- 「ああ、わかった。琴里も無理するなよ」
- 「誰に向かって言ってるのよ?\n阿呆兄と違って自分の限界ぐらい把握してるから安心なさい」
- 「う……そうか」
- 「よろしい。じゃ、あとはこれを持っていって」
- 「……鍵?」
- 「十香にはもう渡してあるから、あとの一つは凜祢に渡してちょうだい」
- 「それはいいけど、何の鍵だよ?」
- 「家の鍵に決まってるじゃない。セキュリティ強化のために、\n昨日のうちに鍵を取り替えたの」
- 「……なんで?」
- 「まったく鈍いわね。精霊とはいえ、女の子が集まって一つ屋根の\n下で暮らすことになったのよ? 何かないとも限らないしね」
- 「――ま、家の中だけで言えば、無害なだけが取り柄の頼りない\n青びょうたんが一匹いるだけだし……」
- 「無害が取り柄? ……って俺のことかよ!」
- 「他に誰がいるのよ」
- 「ぅ……。ん? ってか……ずいぶん可愛い感じの鍵だな」
- 「いいのよ。その方が失くし辛いでしょ」
- 「まぁ、それは確かだけどな。\n俺が持ってても可愛過ぎないか、これ?」
- 「ぐだぐだ言ってんじゃないわよ。\n〈ラタトスク〉で作らせた鍵だから、そんじょそこらのやつは\n開錠はできないどころか、破壊もできないでしょうね」
- 「すげぇな……とりあえずわかったよ」
- 「さ、これ以上待たせると十香が不安がっちゃうわね。\n行ってちょうだい。\n――さぁ、私たちの[戦争*デート]を始めましょう」
- 「――さぁ、士道。私たちの[戦争*デート]を始めましょう」
- 「あ、きたきた!」
- 「む! 遅かったではないかシドー!」
- 「すまん十香! 凜祢! 急ごう、遅刻しちまう!」
- 「すまんすまん! 急ごう、遅刻しちまう!」
- 「シドー……琴里と何を話していたのだ?」
- 「ん? ああ……あれはその、大したことない話だよ」
- 「む、気になるな……」
- 「や、そんなに気にしなくても、十香にはそんなに関係ない話だし」
- 「本当か? 私をたばかってはおらんだろうな?」
- 「ああ。俺を信じてくれ、十香」
- 「うむ! シドーが言うなら信じるぞ!」
- 「ほら、二人とも! 早く行かないと、間に合わないかもよ?」
- 「あ、ちょっと待ってくれ凜祢。これ渡しとく」
- 「ん? 鍵……? これ、何の鍵?」
- 「ああ、実は新しい鍵をつけることになってさ\n凜祢が入れないと困るだろ?」
- 「え……でも、私が持っててもいいの、かな?」
- 「はは、いいも悪いも、凜祢は家族同然だし。\n合鍵があれば、家に遠慮無く来れるだろ?」
- 「あ……う、うん。そう、だね……そうだよね。\nありがとう、士道……大切にするからね」
- 「お、おう……」
- 「十香も失くさないように気をつけろよ」
- 「む、わかっている! 私だって大事にするのだ!」
- 「そ、そうか。よし! じゃあ、いい加減に行くか!」
- 「うむ!」
- 「うん!」
- 「し、シドー……なんだか、暑くなってきたぞ!」
- 「……言うな。言うと余計暑くなる。これが日本の夏ってヤツだ」
- 「ん、ニッポンのナツ?」
- 「そうよ、十香ちゃん、今が日本で一番暑い季節なの」
- 「もっとも、本格的に暑くなるのはこれからだけどな」
- 「むう……もっと暑くなるのか? それはなかなか厳しいな……」
- 「だな、まだ六月だってのに先が思いやられるよ……」
- 「し、シドー……なんだか、暑くなってきたぞ!」
- 「……言うな。言うと余計暑くなる。これが日本の夏ってヤツだ」
- 「ん、ニッポンのナツ?」
- 「ああ、この国で一番暑い季節のことさ。\nもっとも、本格的に暑くなるのはこれからだけどな」
- 「むう……もっと暑くなるのか? それはなかなか厳しいな……」
- 「だな、まだ六月ってのに先が思いやられるよ……」
- 「――ん? あれ……もしかして!?」
- 「何か見つけたの?」
- 「十香! 凜祢! ちょっと待っててくれ! すぐ戻る!」
- 「ぬ!? どこへ行くのだー! シドーッ!」
- 「えぇ!? 士道ったら急にどうしちゃったのよ!」
- 「ん、どうしたのだシドー?」
- 「十香! ちょっと待っててくれ! すぐ戻る!」
- 「ぬ!? どこへ行くのだー! シドーッ!」
- 「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……!」
- 「あら、探し物ですの? 士道さん」
- 「ぅひ……ッ!」
- 「うふふ……ごめんなさい、驚かせてしまいました?」
- 「く、狂三ッ……! やっぱりおまえだったのか……」
- 「あら、わたくしを探していてくださったんですの?\n士道さんに探していただけるなんて、光栄ですわ」
- 「く――ッ!」
- 「でも残念……今日は別の探し物があるんですの」
- 「さ、探し物って……なんだ?」
- 「ふぅ……」
- 「うぉ……っ!?」
- 「ふふっ……もしかして士道さんを探しにきたと思いまして?\nまあ、わたくしとしてはそれでも構わないのですけれど」
- 「お、俺はただ……! おまえが、俺以外に誰かを――」
- 「うふふ……できればもう少し、\n士道さんとお話していたいんですけれど……\nそろそろお暇した方がよさそうですわね」
- 「……?」
- 「おーい! シドー!」
- 「それでは士道さん、またお会いしましょう……」
- 「お、おい! 待て――ッ!」
- 「何があったのだシドー!?」
- 「い、いや……ちょっとな……」
- 「ん? 大丈夫かシドー?」
- 「あ、ああ……! む、昔、家出したっきり戻ってこなかった猫に\nそっくりな猫を見かけてな。\nもしやと思って、つい追っかけちまったんだよ」
- 「おお、そうであったか。それで、どうだったのだ?」
- 「え……ど、どうって……?」
- 「ん? 追いかけたのだろう? その猫とは会えたのか?」
- 「あ、や、ええと……うん、会えた!\n会えたんだけどな……その、猫違いだったんだ」
- 「猫違い? ふむ、残念だったな……」
- 「しかし、いつか戻ってくることがあるかもしれないのだ。\nあまり気を落とすでないぞ、シドー」
- 「ちょ、ちょっと二人とも! 置いていかないでってば!」
- 「――あ! 凜祢!?」
- 「お、そうであった!」
- 「もう、びっくりしたよ……。\n十香ちゃんまで走って行っちゃうし……」
- 「すまぬ凜祢……」
- 「悪い、凜祢! ちょっと猫を見かけてさ……って、おい!\nこんなところで道草食ってる場合じゃないだろ!?」
- 「ぬ!? ど、どうしたのだ!」
- 「え? 今度はな……あ、時間……」
- 「遅刻したくなかったら質問はなし!\n学校まで全速力で走るぞ!」
- 「ぬうっ!?」
- 「はーい、頑張るね」
- 「う、うん、そうだな……って、と、十香!\nこんなところで道草食ってる場合じゃなかったぞ!」
- 「ぬ!? ど、どうしたのだ!」
- 「遅刻したくなかったら質問はなしだ!\n回れ右して、学校まで全速力でダッシュ!」
- 「ぬうっ! そうであった! 行くぞシドー!」
- 「お、おう!」
- 「はぁ、はぁ……ふぅ、ようやく到着だな」
- 「シドー! 思ったより早く着いたぞ!」
- 「そうだね、良かった……でも、汗びっしょりになっちゃったね」
- 「ああ、背中がべったりして、ちょっと気持ち悪いな。\nていうか、早くも冷えて寒くなってきたような……」
- 「こら士道、風邪引いたりしちゃ駄目だよ?\nやっと体調戻って来たんだから」
- 「あ、ああ……そうだな。気をつける」
- 「ん? シドーはまた具合が悪くなったのか?」
- 「や……大丈夫だから安心しろ十香」
- 「そうか、ならいいのだ!\nもし具合が悪くなったら、すぐに言うのだぞ?」
- 「お、おう……わかってるよ」
- 「ふふ……十香ちゃんたら」
- 「シドー! 思ったより早く着いたぞ!」
- 「ど、どうしたの士道!? 汗びっしょりだよ?」
- 「そ、その……ちょっと出るのが遅くなってな。\nそっちは朝練間に合ったのか?」
- 「うーん、ギリギリ……」
- 「ギリギリ?」
- 「――遅刻しちゃった……あはは……」
- 「あー、やっぱりか……悪いな、凜祢」
- 「う……すまん……私のせいだな」
- 「ち、違うよ十香ちゃん!\n私は士道や十香ちゃんたちと一緒にいるのが好きなの。\n遅れちゃったのは注意してなかった私の責任」
- 「だから、気にしないで……ね?」
- 「う、うむ……いつも世話になってすまぬな」
- 「そうは言うけどな……凜祢、\nおまえもう少し自分のことに時間を使ってもいいんじゃないか?」
- 「う~ん……。\n自分では、わりと好き勝手やってるつもりなんだけどな」
- 「ま、世話になってる張本人がいうのもなんだけど、\n世話好きもほどほどに――」
- 「とうッ!」
- 「――でぇっ!」
- 「おう、病み上がりのわりには今日も元気そうだな!」
- 「ってぇじゃねえか殿町! 何しやがる!」
- 「何って、親友としての愛情表現に決まってるだろ?」
- 「いつのまに、『ドロップキック』が愛情表現になってんだよ!」
- 「ドロップ!?」
- 「うぅ……だって! 朝っぱらから十香ちゃんと凜祢ちゃんを\n侍らせて、イチャイチャしてるところを見せつけるんだもの。\n嫉妬の炎で身が焦げそうになっちゃったわよ……グスン……」
- 「勝手に焦げてろ!\nてか、いつからオカマキャラになってんだよおまえは!」
- 「本当に仲が良いよね、ふたりとも」
- 「あ、そう! やっぱ凜祢ちゃんもそう思っちゃう?\nそれじゃあ、本格的に五河君と付き合っちゃうしかないな」
- 「全力で却下する! というかひっつくな!\n気持ち悪いわッ!」
- 「連れないこと言うなよ五河。\n俺とおまえには『腐女子が選んだ校内べストカップル』で\n第2位にランクインした華々しい実績だってあるんだぞ?」
- 「思いっきり黒歴史じゃねえか!」
- 「ん? シドーは……殿町と何かいかがわしい関係だったのか!?」
- 「ない! 断じてない! あるはずがない!」
- 「う、うむ……そうか」
- 「ああ、ひどい……ひどいよ五河君。そうやって過去のすべてを\n無かったことにして、何人もの男を切り捨ててきたのね!」
- 「そのキャラやめろ! 周りから変な視線感じるだろ!」
- 「なはははは! 心配するな、俺は一向に気にしない!」
- 「気にしろ! てかおまえもう帰れ!」
- 「帰るわけにはいかないな……五河、今朝のニュースは見たか?」
- 「ん? ああ、ちらっと見てきたけど……なんだよ藪から棒に?」
- 「今、天宮市からペットたちがいなくなって騒ぎになってるだろ?」
- 「それがどうした?」
- 「あれな……『[天狗牛*てんぐうし]』の祟りってヤツだぞ?」
- 「はあ? て、『[天狗牛*てんぐうし]』の祟り? 何だよそれ?」
- 「むかーしむかしのその昔、天宮市の街がまだ影も形も\nなかった頃の話なんだけどな……」
- 「当時この近くにあった里山に、牛のような角を二本はやした\n鼻の長いバケモノが住み着いたんだとさ」
- 「……」
- 「その醜い姿を見かけた村人は、いつしかそいつを『[天狗牛*てんぐうし]』と\n呼ぶようになったんだが……」
- 「その『[天狗牛*てんぐうし]』が腹が減っては村里に下りてきて、\n家畜や小さい子供なんかを襲って食べるもんだから、\n村人は毎日嘆いて暮らしていたんだそうな……」
- 「むう……。\n誰か、そのテングウシを退治できる者はいなかったのか?」
- 「うん。村人たちもこのままでは『[天狗牛*てんぐうし]』に村が食いつぶされる!\nどうにかしなきゃと相談を繰り返してたんだけど……みんな結局、\n『[天狗牛*てんぐうし]』が怖くて何もできずにいたんだ」
- 「ぬう……」
- 「そんな六月のある日――ふらりと一人のサムライが村を訪れた。\nその風来坊のサムライは正義感が強く、困った村人を放っては\nおけなかった」
- 「……!」
- 「サムライは一計を案じて、今度、『[天狗牛*てんぐうし]』が降りてきたら\n俺に任せろと請け負った」
- 「そして、村にあるだけの酒を用意させると、\nみんなは家に引きこもって隠れててくれと言って、\n『[天狗牛*てんぐうし]』が山から下りてくるのを一人で待ったんだ……」
- 「その日―― 六月十一日に『[天狗牛*てんぐうし]』は村に下りてきた」
- 「日付までわかってんのかよ?」
- 「その日の記録が残ってたんだ。サムライの遺書がな……」
- 「え?」
- 「い、イショ? 何だそれは?」
- 「うーん……死ぬ前に書いておく、別れの手紙みたいなものだよ」
- 「ぬ……では、サムライは死んでしまうのか?」
- 「まあ、慌てなさんなって。\n村人たちが隠れ、シ~ンと静まり返った村の中で、\nサムライは『[天狗牛*てんぐうし]』を呼び寄せて一緒に酒を飲もうと誘った」
- 「『[天狗牛*てんぐうし]』は最初面食らった。\n自分を恐れずに、一緒に酒を飲みたいという人間を見たのが\n初めてだったんだろうな」
- 「だけど、酒を飲み交わすうちに、『[天狗牛*てんぐうし]』はその飾らない\nサムライの態度が気に入って、どんどん打ち解けていった」
- 「サムライの方も誤算だった……」
- 「話してみると『[天狗牛*てんぐうし]』はいいヤツで、\nこっちに現れるようになったのも、自分が静かに暮らしてた山を\n新しく住み着いた人間たちに、追い払われたからだったんだ」
- 「そうだったのか……。なんだかわかるぞ、その気持ち」
- 「さて……本当は『[天狗牛*てんぐうし]』を酒で酔わせ、簀巻きにして池に沈め\nる作戦を立てていたサムライは、それを急きょとりやめて、\n『[天狗牛*てんぐうし]』ととことん飲み明かすことにした」
- 「旅は道連れ、世は情け――サムライはこれから一緒に\n旅にでないかと『[天狗牛*てんぐうし]』を誘った。\n一緒に諸国を漫遊しようではないかと」
- 「おお! それはあれだ、とても良い申し出だな!」
- 「そう、そのあまりに嬉しい申し出に『[天狗牛*てんぐうし]』も\n驚きを隠せなかった。自分のようなバケモノを本気で旅に\n誘ってくるヤツが、まさかいるとは思ってなかったんだろうな」
- 「……自分は大食らいだ。それでもいいのか? ……それに自分は\nこんな恐ろしいみてくれだし、自分と旅になんか出たら、\nきっとおまえに迷惑をかけてしまうだろう。それでもいいのか?」
- 「大きな背中を小さくして不安げに問いかける『[天狗牛*てんぐうし]』に、\nサムライはそれでも俺は構わないと言って、\n『一緒に来ないか?』と手を差し伸べたんだ」
- 「っ!?」
- 「『[天狗牛*てんぐうし]』はおんおんと泣きながら、その手を握り返した」
- 「するとサムライが\n『おい、あまり強く握るなよ、俺が壊れてしまうだろう?』\nと言って、二人は最後にわははは! と大声で笑いあったんだ」
- 「なんだよ、その安っぽいお涙ちょうだい話は、\nそんな話で今時泣く奴――」
- 「う……う……う、うううううううーーーッ!」
- 「えええええーーッ!?」
- 「う、うぐ……よ、良い話ではないか……」
- 「そ、それで、『[天狗牛*てんぐうし]』の祟りっていうのはどこいったんだよ?」
- 「やんもう! 五河ちゃんってば、せっかちさんなんだからん!」
- 「うっわ、気色わりい」
- 「五河くん、落ち着きたまえ。ここからが大変なんだから」
- 「……?」
- 「サムライと意気投合して飲みまくった『[天狗牛*てんぐうし]』は、\nでかい図体してるくせに先に酔いつぶれてしまったんだ。\nすると――」
- 「それを知った村人たちがわらわらと現れて、サムライが立てた\n作戦通り、寝てる『[天狗牛*てんぐうし]』をぐるぐると縛り上げて、\n近くの池に沈めてしまったんだ」
- 「む? サムライは何をしていたのだ?」
- 「もちろん作戦は中止だと言って、村人たちを止めようとした。\nだけど、村人たちの中には、『[天狗牛*てんぐうし]』のせいで家族を\n失った者もいたからね」
- 「……」
- 「鬼のような形相をした村人たちは中止を叫ぶサムライを柱に縛り付けて――」
- 「サムライの見てる目の前でぐでんぐでんに酔った\n『[天狗牛*てんぐうし]』を簀巻きにして、\nずるずると池まで引きずっていったんだ」
- 「で、サムライに頼まれて用意してた筏に、\n重しをつけた『[天狗牛*てんぐうし]』を乗せて、\n池の真ん中に頭から放り投げたんだそうだ……」
- 「その時――池の底から『ぐもぉぉぉぉおおおお……ッ!!』という、『[天狗牛*てんぐうし]』の恐ろしい絶叫が辺り一帯に響いて――」
- 「そしてそれっきり、\n『[天狗牛*てんぐうし]』は二度と浮かび上がってくることはなかった……」
- 「……な、なんて惨いことをするのだ!」
- 「――すべてが終わって、縄から解き放たれたサムライも\nそう思ったんだろうな……」
- 「『本当のバケモノは他にいる……』と遺書に書き残して、\n村人を次々と皆殺しにしたのち、自分も池に身を投げて\n死んだそうだ……」
- 「……」
- 「その日から一月の間、まるで盆をひっくり返したように\n雨が降り続け、周りを山々に囲まれていた『[天狗牛*てんぐうし]』の里は、\n一度完全に水の中に沈んだと言われている」
- 「五河、駅の北側に池があるのは知ってるだろ?\nあの池の底に『[天狗牛*てんぐうし]』が眠ってるって話だ」
- 「だから池の周りに、『[天狗牛*てんぐうし]』の魂を鎮めるための祠が\n建立されていて、六月十一日には、みんなその祠にお供えする\nのが決まりになってんだよ」
- 「おい、そんな話聞いたことないぞ?」
- 「残念だけど、私もない……かな?」
- 「オッホン! 五河くん、凜祢ちゃん。\n自分の街の歴史も知らないなんて、\n勉強不足にも程があるぞなもし?」
- 「誰だおまえは」
- 「いいかね? そもそもこの土地を“天宮市”と名付けたのも、\n『[天狗牛*てんぐうし]』に引っかけて、『[天狗牛*てんぐうし]』のことを\n忘れずにいるためなのだよ?」
- 「少しでも、『[天狗牛*てんぐうし]』の寂しさや無念の怒りを鎮めてやろうと、\nそういう意味を込めてな」
- 「はあ……?」
- 「でも、本当だったら、ちょっと悲しい話だね……」
- 「――って凜祢! おまえもか……!?」
- 「あ、ちなみに、六月十一日という日付なんだけどな……六という\n字を逆さにひっくり返してみろよ。ほら、角が2本上にのびて、\nしかもチョンと下には天狗の鼻が伸びてるように見えるだろう?」
- 「不思議なことに、池に頭から放り投げられた『[天狗牛*てんぐうし]』の姿と\n符合するんだよ」
- 「いや、どう考えてもこじつけじゃないのか?」
- 「これだけならな」
- 「?」
- 「十一日の方も……十の下に一をくっ付けて書いてやるとだな、\nほら、[“士”*サムライ]という漢字になるんだよ……」
- 「なるほど……!?」
- 「なるほど……!?」
- 「なんか……ゾクゾクしてこないか?」
- 「や、無理やりな気もするんだが……」
- 「みんな五河みたいに、すっかりお供えのことを忘れちゃった\nもんだから、池の底から『[天狗牛*てんぐうし]』が化けて出て、\n餌代わりに近所のペットを食べ歩いてるって話だぜ?」
- 「――この祟り、どげんかせんといかんでしょう?\nそうは思わないかね五河君!」
- 「……ちょっと耳貸せ殿町!」
- 「お、ついに愛の告白かよ!」
- 「誰がするかっ! いいから耳を貸せ!」
- 「はふんッ! 息を吹きかけちゃいやん!」
- 「少し黙ってろ! ……ったく、何だよ今の話は?\nそんな伝承あったのかよ?」
- 「いや、ない」
- 「やっぱり嘘か……あとでちゃんと謝っとけよ?\n俺は絶対助けないからな」
- 「まあまあ、俺に任せとけって! 悪いようにはしないから。\n一緒に夏の思い出を作ろうぜ!」
- 「――というわけで、五河と相談した結果、この祟りを鎮める\nために、『[天狗牛*てんぐうし]』の祠にお供えをしに行こうと思う!」
- 「か、勝手なこと言ってんじゃねえよ!\nそんなことに付き合うヤツいるわけ――」
- 「よくぞ言ったシドーッ!」
- 「へ?」
- 「『[天狗牛*てんぐうし]』もさぞかし無念であったろう……っ!」
- 「あのな十香、今のは殿町の……」
- 「さっすが十香ちゃん! 話がわかるぅ!」
- 「うむ! みんなで、『[天狗牛*てんぐうし]』を鎮めてやろうではないか!」
- 「士道が行くなら私も行く」
- 「お、折紙!? おまえいつの間に!?」
- 「ぬっ。貴様、どこから沸いて出た」
- 「まあまあ……落ち着いて落ち着いて。\nみんな行くなら、私も行こうかな……楽しそうだし」
- 「り、凜祢まで……」
- 「よっし、話は決まったな。\nじゃあ今日の夜、みんなで肝だめ――じゃなかった……\nお供え物を持って池に集合だ!」
- 「どうだ五河、この俺様の策士っぷりは? 夏と言えば肝試し!\n肝試しといえばムフフな展開! 今夜、俺たちはついに\n大人の階段を一段上る事になるんだな!」
- 「おまえの頭の中は、そういうことしか詰まってないのかよ!」
- 「よせやい、照れるじゃねえか!」
- 「褒めてねえだろ!」
- 「お、そうだ。琴里ちゃんも誘って来いよ。\n女の子は多い方がいいからな!」
- 「たとえ、連れて来てもおまえには会わせん!」
- 「そんな、[お義兄様*おにいさま]!」
- 「二度と[お義兄様*おにいさま]と呼ぶな! 気色悪い!」
- 「シドー、ところでオソナエモノとは何なのだ?」
- 「……たぶん、花とか食べ物とか、『[天狗牛*てんぐうし]』が喜びそうな物の\nことかな。それを持って行って、安らかにお眠りくださいまし\nとかって祈ればオーケーなんじゃないか?」
- 「ん、なるほど……」
- 「十香ちゃんは何持ってくの?」
- 「むう、まだ思いつかんぞ。凜祢はどうするのだ?」
- 「うーん……こういうとき、何を持っていくのが正解なんだろう?」
- 「なあ、折紙は本当にいいのかよ?\n無理して付き合わなくていいんだぞ?」
- 「大丈夫……これはチャンス」
- 「え?」
- 「大人の階段でムフフな展開。むふっふ」
- 「おまえがそこ狙ってんのかよ!」
- 「お見舞いのときより、一段上が希望」
- 「え……? お見舞いより一段上って――!?」
- 「?」
- 「あ、えーと……お見舞い、せっかく来てくれたのに……\nバタバタしちゃってすまなかったな」
- 「問題ない。士道の体温は堪能した」
- 「え、ええと……折紙さん? それは誤解を――」
- 「……………………」
- 「はいはーい、皆さん、席に着いてくださーい。ホームルームを始めまぁす」
- 「では皆さん、おはよぉございます。\nテスト期間に入ってきましたが、勉強の方は進んでますかぁ?」
- 「五河くんは、休んでたので大変でしょうけど、\n頑張ってくださいねぇ」
- 「あ、はい……」
- 「それでは、今日の連絡事項ですが、明日の球技祭について、\nいくつか注意事項がありまぁす」
- 「シドー! [昼餉*ひるげ]の時間だ!」
- 「……士道、一緒に来て」
- 「ぬ! 鳶一折紙、先に誘ったのは私の方だぞ!」
- 「順番は関係ない。\nあなたに病み上がりの士道の世話は任せられない」
- 「ぐっぬぬぬぬ……! し、シドーの世話なら私一人で十分だ!\nあ、汗だって拭いてあげたのだぞ!」
- 「お、おい、十香!? 教室で何を――」
- 「私は体温計を入れてもらったことが――」
- 「ストップ! 折紙、すとぉぉぉぉっぷ!」
- 「士道がそこまでいうなら、この話はしまっておいてもいい。\nしかし、今の話は詳しく聞かせてもらう」
- 「いや、俺はその、あんまり覚えてないというか……」
- 「ふふ……私はな、シドーの体を隅々まで綺麗にしてあげたのだ!」
- 「と、十香! それはちょっと誇張だろ!」
- 「……やはりその程度。それが、あなたの限界」
- 「む……な、なにが限界だというのだ!?」
- 「私は汗を拭きとったりはしない。士道から噴出した汗は\nすべて私が――」
- 「ちょ! ちょっと待て折紙!? 一体何の話をしてるんだ!?」
- 「看病の話」
- 「事実無根な話は頼むからやめてくれよ!?」
- 「やれやれ、今日も今日とて両手に花とは、\nさすがセクシャルビースト五河くんですな!」
- 「その妙な呼称で呼ぶんじゃねえ!」
- 「怒らない怒らない。せっかくの淫獣顔にお皺が増えちゃうわよ?」
- 「誰が淫獣顔だ、誰が! ていうか淫獣顔ってどんな顔だよ!」
- 「まあまあ、冗談はともかく早く飯行こーぜ?\nみんなで食べれば怖くない! ここはこの殿町宏人さんの\n顔を立てて、みんなで仲良く学食に――」
- 「士道、急いで。席が取れなくなる」
- 「案ずるなシドー。シドーの席は私が取ってくるぞ!」
- 「……あ、あの、俺の存在って……ぐすん……」
- 「殿町、おまえさ」
- 「ああ、なんだ五河? 俺のマイ・スウィート・フレンド」
- 「気持ち悪い」
- 「ぎゃふん!」
- 「私もちょっとどうかと思っちゃったり……?」
- 「ぐほぉ!」
- 「じゃあ、そろそろ行くか。凜祢も行くだろ?」
- 「あ、うん……私は――」
- 「シドー! 席が埋まってしまうぞ!」
- 「おう、今行く! 凜祢、行こうぜ?」
- 「えっと……今日は、やめとこうかな。お弁当もあるし」
- 「別に学食で弁当食べたっていいだろ?\nそういうやつもいっぱいいるし」
- 「だけど……やっぱりやめとく」
- 「?」
- 「ひょっとして、先約でもあるのか?\nそれだったら、悪いことしたな……」
- 「えっ!? あ、ううん!\nそういうのじゃない……でも、ごめんね」
- 「そっか……わかった。じゃあ、学食行ってくるよ」
- 「う、うん……いってらっしゃい」
- 「おう、いってきます」
- 「やっぱ凜祢ちゃんはいいなあ……」
- 「なんだよ急に。別にいつもと変わらないだろ」
- 「いや、それがいいんだって! なんかもう新妻って感じだよなー」
- 「おまえな……」
- 「いや、でもそうじゃね?\n凜祢ちゃんまさに大和撫子って感じだし、可愛いし、\n気が利くし、可愛いし」
- 「なんで二回可愛い言った……ま、まあ凜祢は可愛いと思うけど」
- 「まあ、確かに結婚するなら、\n凜祢みたいな家庭的なタイプがいいのかもしれないな」
- 「……」
- 「なあシドー、その『ケッコン』というのは何だ?」
- 「士道と私の未来のこと。あなたが気にする必要はない」
- 「ぬ!?」
- 「え、ええっと……\n好きな人同士が、ずっと一緒にいようって約束すること、かな?」
- 「ずっと一緒……約束……」
- 「ん、どうした十香?」
- 「あ、いやなんでもない。ちょっとな……」
- 「あ、ああ」
- 「シドー! ニンジンだ!」
- 「ニンジンよりも大根を食べるべき」
- 「ちょ、ちょっと待ってくれよ! どうしたんだ二人とも?」
- 「べ、別にどうもしてない!\nとにかく、シドーは野菜を食べるのだ!」
- 「ビタミンCの摂取は重要」
- 「キュウリも食べるのだ! シドー!」
- 「セロリで食物繊維」
- 「んーッ! んぶッ!!」
- 「ちょっと何あれ?」
- 「新しいご褒美プレイじゃないの」
- 「餌付けだろ、餌付け」
- 「ちくしょう……ちくしょう……!\n俺もあんなかわい子ちゃんに囲まれて餌付けされてみたいぜ!」
- 「うまい餌をあげた方になつくって意味じゃ、人間も動物も\nそんなに変わらないのかもな」
- 「あ、なんかちょっと、顔色悪くなってない?」
- 「アレは喜んでるのよ」
- 「そうなの?」
- 「あの顔は、まさに感極まってるって感じね」
- 「ぐ……どお……か…………お、おろが……み……!」
- 「……士道!?」
- 「士道、しっかりしろ! どうしたのだ、シドー!?」
- 「んお……」
- 「おう、どうした琴里?」
- 「そっちこそなにしてたのよ? ずっと繋がらなかったじゃない」
- 「あー……まぁ、いろいろあってな」
- 「どうせ、十香の機嫌でも損ねたんでしょ?\nまったく、少しは成長しなさい」
- 「っ……! まぁ、話すと長くなるが――」
- 「へー。士道、あなた筋金入りの朴念仁よね。\nコンテストがあったら世界相手でも優勝できるわよ?」
- 「ほっといてくれ!」
- 「ま、士道が本物の女たらしだったら、逆にこうやって\n封印を成功させるのは難しかっただろうけど……」
- 「はい?」
- 「それはともかく……今朝、私が言ったことを覚えてる?\nまさか忘れたなんて言わないでしょうね?」
- 「わ、わかってるよ。デート……すればいいんだろ?」
- 「そう。精霊を安定させて暴走の可能性を少しでも抑える。\nそれが今一番大事なことよ。これはあなたのためでもあるんだから」
- 「わ、わかってるって」
- 「それじゃ、彼女達を探して、上手いことやりなさい。\nちゃんとエスコートするのよ。いい?」
- 「ええと、十香、折紙、凜祢……それに琴里と四糸乃、と。\nよし、メンバーはだいたい揃ったよな、殿町以外……」
- 「――って、言いだしっぺがいねえってどういうことだよ!」
- 「うー……。お、おにーちゃん……もう帰るのだー」
- 「え、いや……まだ来たばかりだろ、どうしたんだ?」
- 「……もしかして琴里、もう怖くなったのか?」
- 「こ、怖くないもんー!」
- 「そうか。小さかった頃は怖い話をするとすぐ泣き出して、\nトイレも一人で行けなくなってたのにな」
- 「も、もー子供じゃないもん……うぇ……うぇ……!」
- 「わ、わかったから泣くな琴里! お供え物したらすぐ帰るから、\nもう少しだけ殿町を待っててやろうな?」
- 「士道、あんまり琴里ちゃんをいじめちゃ駄目だよ」
- 「いや、そういうつもりはないんだけど」
- 「もう……大丈夫よ、琴里ちゃん。\n私たちも一緒にいるから……ね?」
- 「う、うん……がんばる」
- 「こ、琴里さん……! だ、大丈夫……です、か?」
- 「あのなあ、よしのん。俺は別にそう――」
- 「……士道、怖い」
- 「ちょ! 折紙ッ!?」
- 「と、鳶一折紙ッ! 貴様、一体何をしている!\nすぐにシドーから離れろ!」
- 「無理。怖くて動けない。だからこうしているのは仕方のないこと」
- 「――ッ!」
- 「や、やめろ折紙――!」
- 「ふえ?」
- 「し、シドー……わ、私も怖い!」
- 「え、ええと……! 十香? なんだおまえまで!?」
- 「し、シドー、わ、私の方が、たくさん怖い、のだ」
- 「あああああもう! ストップストップ!\n十香まで何やってんだよ!?」
- 「鳶一折紙には負けるわけにはいかん!」
- 「い、いや、これは勝負とかじゃないだろ!」
- 「士道、怖い。離れないで」
- 「ええい! いったん離れろ二人とも!」
- 「い、いいか、今日の目的を忘れるなよ。\nあくまでも、『[天狗牛*てんぐうし]』のお供えに来たんだから!」
- 「とりあえず、それが終わるまでは待つ……」
- 「す、すまんシドー……熱くなって忘れていた……」
- 「ね、ねえ士道……」
- 「ん、な、なんだ凜祢?」
- 「殿町くんを待ってる間に、みんなでどんなお供え物を\n用意してきたか、見せ合うってどうかな?」
- 「おお! いいな! ナイスアイディア!」
- 「うむ! それは実に名案だぞ凜祢!」
- 「ふふ……そうかな、ありがと」
- 「よし! じゃあまずは十香から、何を買ってきたのか\nみんなに教えてやってくれないか?」
- 「うむ! 私が選んだのはこれだ!」
- 「と、十香ちゃん、それはなに?」
- 「商店街で買ったケバブサンドだ!\n冷えてもお肉がジューシーでたまらんぞ!?」
- 「わあ、おいしそう……今度、私も食べてみようかな?」
- 「ん、凜祢も必ず気に入ると思うぞ! 店の場所なら、\n肉と香辛料の香りでなんとなく覚えているからな!」
- 「うん、連れてってくれると嬉しい」
- 「うむ!」
- 「そういう凜祢は何持ってきたんだよ?\nずいぶん重そうにしてるけど……」
- 「えっと……結局何にも思いつかなかったんだ……」
- 「でも、やっぱり食べ物の方がいいかなと思って……よいしょ」
- 「ほう!」
- 「ス、スイカ!?」
- 「う、うん……ちょっと早いけど、\n甘くて美味しそうだったからつい……駄目だった?」
- 「いや、いいんじゃないか? 面白いと思うぞ」
- 「ふふ、なら良かった」
- 「まあ、そもそも『[天狗牛*てんぐうし]』が何を食うのかなんて、\nわかるやついるのか?\n適当にそれっぽい物を持ってくるしかないと思うぜ?」
- 「あー、それはそうかも。困っちゃうね」
- 「確かにな。まぁ、でも仕方ないだろ。\n次は……と。折紙は何を持ってきたんだ?」
- 「白百合。お供え用」
- 「へえ、さすが優等生だな。そういうところは」
- 「きらい?」
- 「え、いや……いいと思うよ。俺は」
- 「そう」
- 「う、うん……。ええっと……」
- 「じゃあ、次は四糸乃だな」
- 「……あ、あの……私は、こ、これです……っ!」
- 「ん? う、牛……のぬいぐるみ?」
- 「え、ええっと……」
- 「あ、ホントだ。牛のパペットだったのか」
- 「う、うん……」
- 「へえ、令音さんが……」
- 「た、たくさん……声をかけて、みたんですけど……。\nお話……してくれなくて……」
- 「……一人だと、寂しいです、から」
- 「そうだな。凄くいいと思う。四糸乃の気持ちも伝わるといいな」
- 「は、はい……!」
- 「じゃあ次は……」
- 「……うー」
- 「琴里は何持ってきたんだ?」
- 「んー、おにーちゃんは?」
- 「じゃあ俺のを先にするか。よっと」
- 「俺はこのショートケーキだな。商店街のケーキ屋で買ってきた」
- 「ん、シドー! それは実に美味そうなケーキではないか!」
- 「あそこのケーキ屋って、おいしーから若い子にも\n人気あるんだよねー」
- 「ぬう、そうか。ならば私も、いずれ食べてみねばな!」
- 「……で、琴里は?」
- 「んー、と……」
- 「私はとっておきのー、これだー!」
- 「ふむふむ、なるほど……って!\nいつもの棒付きキャンディーじゃないか!」
- 「あははは、おにーちゃんの目は節穴だねー」
- 「どういう意味だよ?」
- 「んー、ほらこれ、地域限定発売のだからー。\nいつものと違うもん」
- 「……そ、そうだったのか」
- 「あー! お供え用だからおにーちゃんにはあげないぞー!」
- 「そ、そいつは残念だな……って別に欲しくはねえよ」
- 「えー!?」
- 「なんで不満そうなんだよ!?」
- 「シドー、殿町はどうしたのだ?」
- 「それがわからないんだよな。携帯にかけても出ないし……」
- 「ん、そうなのか」
- 「士道くーん、もしかしてー、\n道に迷ってるってことはないよねー?」
- 「うーん、それはないと思うけどな……」
- 「そう……だよね。\nここを待ち合わせ場所に決めたの、殿町くんだし」
- 「ああ」
- 「神隠しかもしれない。『[天狗牛*てんぐうし]』の祟り」
- 「――っ!? 何サラッと怖いこと言ってんだよ!」
- 「来るはずの人が来ない。これは神隠しだとしか思えない状況」
- 「ぅ……ぅぅ……」
- 「こ、琴里? ……怖いならもう帰るか?」
- 「んー! 怖くないもんー!」
- 「や……思いっきり震えてるだろ」
- 「これは武者震いっていうのー!」
- 「ああ、わかったわかった!\n――じゃあ、ちょっと俺がその辺探してくるよ。\nそれで見つからなかったら、とっととお供えして帰ろう!」
- 「ほ、本当か!? おにーちゃん!」
- 「ああ。いつまでも殿町の野郎を待ってるわけにいかないからな。\nみんなはここで待っててくれ」
- 「んー! わかったぞー!」
- 「おーい、殿町~っ!」
- 「こっちに戻ってきてもいないか……」
- 「おにーちゃん! もうお供えに行くぞ-!」
- 「お、おう。今行く……」
- 「ん? 今誰かが呼んでいたような……とうとう俺の出番だな!」
- 「くー! 蚊に刺されまくりながらも待った甲斐があったぜ!\nさあ、早く来い!」
- 「やはり……肝試しで一番おいしいのは、驚かし役だからな……。\n女の子がこの俺を見て、驚いたり、怯えたり……俺だけが\n堪能できる夏の思い出、プライスレス!」
- 「……ん、なんだ?」
- 「……!?」
- 「うわああああああああ!!!!」
- 「……ん、なんだ? あっちから何か声が………あ、殿町っ!」
- 「おーい、遅いぞー殿町ー! 何やってたんだよ!」
- 「出たああああああああああああああああああああ!!!!」
- 「――お、おい!? どこ行くんだ!?」
- 「出た出た! 出たんだよ!」
- 「何がだよ?」
- 「わからん! でも何かいるっ!」
- 「またまた~、そんなこけおどしで脅かそうたって、\nそうはいかないぞ?\n『[天狗牛*てんぐうし]』なんて実際にいるわけないだろ」
- 「な、何言ってんだ五河! おまえバチが当たるぞ!」
- 「いやいや、何言ってんだ……」
- 「と、とにかく俺は帰るから! 五河も早く帰れ!」
- 「ぅ……ぅぅ……」
- 「お、おい琴里!? 大丈夫か?」
- 「……な、なにか……でるんです、か……?」
- 「いや、わからん。でも、殿町の様子はちょっとおかしかったよな」
- 「……っ……!」
- 「ど、どうするもこうするも……\nあー、とにかくお供え物を置いてくるか」
- 「おー、そうしよー!」
- 「うむ、少し小腹も空いてきたしな。\nところで鳶一折紙、一人でどこへ行くのだ」
- 「あなたには関係ない。先にお供え物をした人が\n士道を一日自由にできる権利を得るということは」
- 「な、なんだと!? く、負けてはおれん!」
- 「ちょ!? おまえら和を乱すような――」
- 「……っ!?」
- 「……お、おにーちゃん?」
- 「し、士道……さん……っ!?」
- 「ん、今、何か聞こえなかったか?」
- 「鳴き声。恐らく、『[天狗牛*てんぐうし]』……」
- 「ぅぅ……ぅうー……っ!」
- 「――い、いや! お、俺は何も聞こえなかった!\nうん! 聞こえなかったぞ! なあ、凜祢?」
- 「え? ええっと……う、うん! 聞こえなかった……かな?」
- 「でも、このまま帰っても気持ち悪いし、早くお供えして帰ろう?\nね?」
- 「お、おお、そうだな! よ、よし!\nじゃあ、みんな祠の前に行こう!\nみんなでお供え物置いて、ちょっと手を合わせて、それで――」
- 「はい……?」
- 「……ひっ――! なんだぁぁぁあああああッ!!!!」
- 「おお! これがテングウシなのか!? 凄い迫力だなっ!」
- 「……?」
- 「い、いや……! これは……違う!\nこいつは明らかにワニだっ!」
- 「ぅ……」
- 「きゃっ! だ、大丈夫、琴里ちゃん? 琴里ちゃん!?」
- 「う、うぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……っ!!!!」
- 「士道、怖い」
- 「このタイミングで!?」
- 「士道……離れたくない」
- 「鳶一折紙、貴様何をしている!?」
- 「あなたはあれを倒してくればいい。\nその間、私と士道は愛を育んでいる」
- 「ぬぅ……私も怖いぞ、シドー!」
- 「十香!? おまえまでかよ!?」
- 「ちょ、ちょっと待ておまえらッ!? そんな状況じゃ……」
- 「ん、な、なんだなんだ!? どうした?」
- 「……テングウシが…………!?」
- 「……いなくなった」
- 「――な!? 嘘、だろ……!?」
- 「……まさか、今のって!?」
- 「し、シドー!? どこに行くのだ!?」
- 「すまん十香! ちょっとそこで待っててくれ!」
- 「あらら、情けないお姿ですわね、士道さん?」
- 「く、狂三っ!? どうして……!?」
- 「お楽しみのところ申し訳ありませんけれど、この子はわたくしが\n連れていきますわ」
- 「お、おい待て! 狂三!」
- 「ごめんなさい、今は士道さんに構ってる暇はありませんの。\nそれでは、いずれまた……」
- 「残念ですが、今は士道さんに構ってる暇はありませんの。\n本当はもっと士道さんとお話したいのですけれど……\nごめんなさい」
- 「――あ、おいッ! ……狂三の奴、一体どういうつもりだ……?」
- 「……っと! 考えてる場合じゃない、早く戻らなきゃ!」
- 「――み、みんな! 大丈夫か!?」
- 「士道、無事?」
- 「あ、ああ……」
- 「ん? シドー! テングウシはどこにいったのだ!?」
- 「だ、だから、あれはワニでだな――って待てよ……。\n確か、そのあとで――」
- 「し、士道! こっちに来て! 琴里ちゃんが――!」
- 「な……っ! こ、琴里ッ!?」
- 「ぶ、無事なのか!?」
- 「た、たぶん、気を失ってるだけだと思うけど……」
- 「ん? よ、四糸乃?」
- 「う、うぇぇ……し、士道……さん……」
- 「だ、大丈夫か!? 四糸乃!」
- 「そ、そうか……四糸乃、よく我慢した! 四糸乃は強い子だな」
- 「うぇ……ぇ……。\nあ、ありがとう……ございます……」
- 「――よし! お供えは中止! 今日はひとまず解散だ!」
- 「そうだね、私も今日は帰った方がいいと思うな。\nみんな疲れちゃってるし」
- 「うむ、そうだな。帰ったら少しだけ食べ物を……」
- 「な、なに!? シドー、本当か?\n我慢したら褒めてくれるのか?」
- 「いや、まぁ、それは偉いことだとは思うが……」
- 「それ以前に女の子として落第点」
- 「な、どういうことだ!?」
- 「おまえら、何回目だよ……」
- 「まぁまぁ、いいじゃない。あの二人を見てたら、\nさっきのもどこかに吹っ飛んじゃうよ、きっと」
- 「確かに、そうかもな」
- 「……シン、砂糖はいくつにするね?」
- 「え? あ……じゃあ、適当に、令音さんと一緒で……」
- 「……ん、そうかね」
- 「……」
- 「……シン、精霊たちとのデートは必要不可欠だ。しかし、\n今の安定していない状態で精神的な負荷をかけるデートは、\nかえって暴走を誘発する恐れがある。わかるかい?」
- 「はい……」
- 「……何も起きていないうちはいい。だが、君の行動は精霊の\n状態に強く働くということをくれぐれも忘れないでくれたまえ」
- 「す、すみません……。\nそれで、琴里たちは大丈夫なんですか?」
- 「……医務官がみてくれている。まぁ、特に問題はないだろう」
- 「そ、そうですか……」
- 「……琴里は自ら失神したんだろう。リミッターをかけていたんだ。\n自分が暴走しないようにね。そうでなければ、付近一帯が\n灼熱の焦土と化していた可能性もある」
- 「な……!? 俺のせい、か……」
- 「……シン、君が暗い顔をしていては精霊も安心できまい。\n失敗は失敗として受け止めて、次に繋がるようにすれば、\nそれで良いのではないかね?」
- 「は、はい! そうですね……」
- 「――って、入れすぎですよ! いくらなんでも!」
- 「……ん、そうかね? 私はいつもこの倍は入れるのだが」
- 「そんな甘いの飲めませんよ!」
- 「ふむ、そうなのか……ずずずずーーーっ」
- 「……んー、やはりまだ足りないな」
- 「え……」
- 「……まあ、これは、あとで追加するとして――シン。\n今、天宮市で起きている現象については、\nまだ分析ができていない」
- 「……〈フラクシナス〉が機能不全を起こしている状態で\n思うようにいかなくてね。我々も歯がゆい思いをしているのだが」
- 「は、はあ……」
- 「……しかし、天宮市全域に及ぶ霊波反応は、おそらく広域結界の\n類と見て間違いなかろう。通常の精霊の霊波と比べても比較に\nならないほど強大な力が働いていることはわかっている」
- 「……一体何が起こってるんですか? この天宮市に――」
- 「それはこっちで調べてる。\nあなたが気にすることじゃないって言わなかった?」
- 「こ、琴里!? もう大丈夫なのか!」
- 「ふん、こんな状況でいつまでも寝てられるわけないでしょ?」
- 「貴重な時間を潰してまで付き合ってあげたっていうのに、\n安定させなきゃいけない精霊を逆に暴走させそうになるって、\nどういう了見なの? 馬鹿なの? 死にたいの?」
- 「――ぅぐ! す、すまん……」
- 「ま、まあ、付き合ってしまった私の落ち度でもあるけど……」
- 「え、いや、あれは俺が無理やり誘ったようなもんだから――」
- 「とにかく、士道は精霊を安定させることを第一に考えて\n行動してちょうだい」
- 「わ、わかった……努力する」
- 「それじゃあ令音、私たちは帰るわ」
- 「……ん、そうかね。まぁ時間も遅いしな。\nでは、近くで降ろすとしよう」
- 「でも……天宮市に結界、か……。\nいったい何が起こってるんだ……?」
- 「あ――」
- 「さて、おやすみなさいっと……」
- 「精霊をデートに誘え、か……。\n琴里のやつ、自分だって同じ状況だってのに……」
- 「あいつだって精霊の一人である以上、\n何か悪影響が出ていてもおかしくないんだよな」
- 「……そうだ、琴里をデートに誘ってみるか。\nいや、デートというか……そう、体調に問題ないかとか、\n確認しておきたいしな」
- 「俺がデートに誘ったら、あいつ、どんな顔するかな……。\nなんか気恥ずかしいけど、ちょっと電話してみよう」
- 「……ダメだ。つながらないな。\n琴里は今は……〈フラクシナス〉か? それとも……」
- 「学校は終わってるだろうし……家に連絡してみるか?」
- 「繋がんないな……うーん、令音さんなら、\n琴里の居場所を把握しているかな……」
- 「失礼しまーす」
- 「……やあ、シン。よく来たね」
- 「令音さん。やっぱりここにいたんですね」
- 「……あら、士道?\nなあに? 令音の胸が恋しくなったの?」
- 「おう、なんだ。琴里もいたのか」
- 「なんだ、とはずいぶんね」
- 「私はお邪魔だったかしら?\nだったら出ていってあげるけど?」
- 「ああ、違う違う。むしろ逆だよ」
- 「……? どういうことよ」
- 「琴里を探してたんだ。\nおまえの携帯にかけても、出なかったから」
- 「……え?\nあ……ああ、携帯ね……そういえば、部屋に忘れてたわ」
- 「……琴里が忘れ物をするなんて、珍しいじゃあないか」
- 「……私だってするわよ。忘れ物くらい」
- 「……で? 何の用なの士道?\n妹にお小遣いでもせがみにきたの?」
- 「嫌過ぎるだろ、そんな兄……」
- 「違うなら、何の用があるっていうのよ?」
- 「あるだろ、いろいろと……。\n……ま、いいや。琴里、デートしようぜ」
- 「は……?」
- 「あ……えっと……な、何よ急に」
- 「琴里がいったんじゃないか。精霊とデートをしろって」
- 「……ふむ。確かに琴里も精霊ではある。\n理屈としては間違っていないな」
- 「……い、いや、それはそういう意味じゃなくって……」
- 「……わ、私以外の精霊とデートしなさい、ってことよ!」
- 「でも、おまえだってあんまり調子良いわけじゃないんだろ?\nおまえが忘れ物したりするなんて、らしくないじゃないか」
- 「……それに、精霊うんぬん抜きにしたって、おまえは俺の妹だ。\n妹と仲良くしたいと思うのは、普通だろ」
- 「う……」
- 「……してきたらいいじゃあないか、デート」
- 「……精霊の暴走を防ぐための手立てだと思って、ね。\n琴里も、少しくらい楽しんでくればいい」
- 「……だ、ダメよ、やっぱり!」
- 「え!? なんでだ?」
- 「……素直じゃないね」
- 「わ、私のことは気にしなくていいの!\n気を使うなら、他の精霊に対してにしなさい!」
- 「それに、私は令音と現状についての対策を練らなくちゃ\nならないし……」
- 「実際、士道とデートしてられるほど、暇じゃないのよ!」
- 「……私はあとでも構わないよ?」
- 「い、いいの! とにかく、士道は他の精霊とデートすること!\nほら、さっさと出ていきなさい!」
- 「……お、おいっ!」
- 「やれやれ……取り付く島もないか……。\nだけど、ああ言われても、やっぱり心配だよな……」
- 「とは言え、また誘っても門前払いだろうしな……。\nさて、どうするかな……」
- 「……琴里もああ言ってる事だし、他の誰かを誘ってみるか」
- 「……でもやっぱり、今は琴里が気になる……。\n他の誰かとデートって気分には、なれないよな……」
- 「……とりあえず、今日は琴里の手が空くまで待ってみるか……」
- 「……通信? 誰からだろう?」
- 「……神無月さん?\nどうしたんです、一体?」
- 「琴里に……?」
- 「ああ、だったら俺、令音さんの所に行ってみましょうか?\n……って、あ……」
- 「ああ、いたいた……。\n琴里、いましたよ」
- 「……何よ?\n誰と話してるのよ?」
- 「ああ、神無月さん。\nおまえと通信がつながらないって言うんで、\n確認の連絡があって……」
- 「……通信機?\nそう言えば、さっき顔を洗いに行った時にはずしたままだったわ」
- 「顔を洗いに……?」
- 「ちょっと、目を覚ましにね」
- 「そうか……」
- 「……琴里、もしかして夜とかあまり寝てないのか?\nあまり無理するなよ? 倒れちゃったら元も子もないぞ」
- 「……!! な、何言ってんのよ!\n非常時なんだから、気を抜くヒマがあるわけないでしょ!」
- 「でも……」
- 「あー、うるさいっ! 私のことを気にする暇があったら、\nあなたは他の精霊をちゃんと気にかけてあげなさいっ!!」
- 「うおっふ……!」
- 「わ、私を口説いたって、意味ないでしょう!」
- 「……せ、せっかく、気を使ったのに……」
- 「か、神無月さん……」
- 「おいおい、大丈夫か?\n仮にも〈ラタトスク〉の司令なんだろ?\nちょっとたるんでんじゃないか?」
- 「うるさいわね!\nあなたに言われるようなことじゃないわ!」
- 「ぐわっ……!!」
- 「〈ラタトスク〉のことは、あなたには関係ない。\n知った風な口、きかないでもらいたいわね!」
- 「う、うう……わかった……」
- 「……お、オススメはしかねると思いますが……」
- 「……駄目だ。琴里のやつ、出て来る気配がまるでない……。\nあいつ、本当に忙しいんだな」
- 「はぁ、ここで待ってても仕方ない。一旦、帰って待つか……」
- 「……七時か。\nもうそろそろ、帰ってきてもいい頃だと思うんだけど……」
- 「お、噂をすれば……」
- 「……お帰り、琴里」
- 「ええ、ただいま……他のみんなは?」
- 「もう飯も食べ終わって、部屋で時間潰してるよ」
- 「ずいぶん早いのね。\n………で?」
- 「……え、なんだよ?」
- 「ちゃんとしたかって聞いてるの。\n他の子と……その、デートを」
- 「ああ、悪い。出来なかった」
- 「はぁ!?\nじゃあ、一体何してたのよ、あなた」
- 「えっと……料理を作ってたんだけど……」
- 「…………こ、ここまでバカだとは思ってなかったわ……」
- 「う……そ、そこまで言うか、普通?」
- 「自分が何をしなくちゃいけないかわかってないやつに、\n気を使う必要ってある?」
- 「あなたが今やらなくちゃならないのは、精霊とデートして――」
- 「――わかってるよ。\nでも……琴里のことが気にかかってたんだから、仕方ないだろ?」
- 「今日は、琴里のために好きなもの作って、一緒に飯でも食うって決めたんだよ。デートの代わりといっちゃなんだけどさ」
- 「な……っ」
- 「……はぁ」
- 「本当、シスコンよね、士道って」
- 「お、おまえなぁ……」
- 「……ま、もういいわ。\n今更言っても、今日はもう誰ともデートできないんだし」
- 「そうそう。いいんだよ。\nそれじゃ、座ってな。すぐに飯の準備しちまうから」
- 「…………」
- 「…………」
- 「……で、なんでそんなに私をジロジロ見るの?」
- 「いや、うまいかなって思ってさ……」
- 「うまいもまずいもないわよ!\n食べなきゃ仕事もやってけないから食べてるだけ」
- 「……そう言われると、作った甲斐が……。\n昔の琴里なら、ほら……『おにいちゃんの作ったゴハン大好き!』って言ってくれたのに……」
- 「う、うるさいわね! 別に美味しくないとは言ってないじゃない!\n……士道の料理は……味に慣れてるだけよ……」
- 「まぁ、特別いつもと変わるわけじゃないしな……」
- 「でも、私は士道の作ってくれる料理は……好きよ」
- 「おう、お世辞でも嬉しいな」
- 「あ、いや、そういうわけじゃ……」
- 「ははっ、いいっていいって。\nおかわりもあるから、どんどん食べろよ?\n遠慮しなくていいからな!」
- 「何よ? そんなに食べさせて、私を太らせる気?」
- 「育ち盛りが何言ってんだ」
- 「そ…………」
- 「…………」
- 「……ちょっと。\nまだそんなに見て……落ち着かないでしょ?」
- 「あ、ああ……すまん。\nなんかこうやってゆっくりしてるのは久しぶりな気がするなって\n思ってさ」
- 「……そうかもね。最近はちょっと忙しいし」
- 「……やっぱり、例の件か?」
- 「ええ、全然駄目。ちっとも進まないわ」
- 「そうか……」
- 「……やっぱり、今回の事件は色々と不明な点が多過ぎるわね」
- 「そうか。今は待つしかないって感じだな」
- 「ええ……その間、精霊を暴走させないのがあなたの仕事。\n責任重大なんだからね?」
- 「おう、肝に銘じるよ……」
- 「……ところで、他のみんなは、夕食を早めに食べたの?」
- 「ん? ああ」
- 「……あ……も、もしかして……。\n……し、士道が私と二人きりになるために……」
- 「ほら、今日肝試しやるからさ。\nその準備をするために、早めに食べることにしたんだ」
- 「……え? き、肝試し……?」
- 「そうそう。あ、おまえも来るか?」
- 「お、お断りよ!」
- 「そ、即答かよ……」
- 「……ま、おまえ、昔から幽霊とか苦手だったもんな」
- 「……なっ!\nそ、そんなんじゃないわよ!」
- 「私は、そういうの信じてないだけ!\n苦手とか怖いとか、そんなんじゃ……」
- 「じゃ、一緒に行こうぜ?」
- 「いや、そ、それは……」
- 「琴里も一緒の方が、きっと楽しいと思うしさ……な?」
- 「………わ、分かったわよ」
- 「そ、その代わり、何か起こったらあなたのせいよ!?\n責任持って私のこと守りなさいよね!?」
- 「ああ、分かってるって」
- 「シドー、こちらは準備万端だ! そろそろ出かけよう!」
- 「私も……いつでも、出られ、ます……」
- 「おお、みんなOKか。\nそれじゃ、琴里。おまえも急いで準備してこいよ」
- 「……わ、わかったわよ!」
- 「おーい、殿町ーっ!」
- 「どこだ、殿町ーっ!」
- 「大丈夫なのかーっ!?」
- 「……ダメだ、見当たらない。\n本当にどこに行っちまったんだ、殿町の奴……」
- 「まさか、本当に………って、そんなはずないよな。\nそもそも『[天狗牛*てんぐうし]』なんて、殿町が考えた嘘だし……」
- 「そ、そもそも幽霊なんている訳ないし……\nいたとしても、全然怖くなんて……」
- 「……し、士道!」
- 「うおっ!?」
- 「こ、琴里……?\nあれ、おまえリボン……さっきまでと……?」
- 「そ、そんなことはどうでもいいのよ!」
- 「わ、私のこと守るって言ったのに、一人で行っちゃうなんて……一体どういうつもりよ!」
- 「一人で行っちゃうなんて……一体どういうつもりよ!」
- 「あ、ああ、ごめん……でも、俺についてくるよりも、\nみんなと一緒の方が怖くないんじゃないか?」
- 「し、士道がいないと……だ、ダメよ……」
- 「そ、そうなのか……?」
- 「や、約束したんだからね!\nちゃんと責任とって、近くにいなさいよ!」
- 「そうは言っても……」
- 「……わかったよ。もう離れないから」
- 「ほ、本当……?」
- 「ああ、ずっとついててやるから……。\nさあ、行こうぜ……」
- 「う、うん……」
- 「こ、琴里……」
- 「……な、何よ?」
- 「あのさ……そんなに袖を引っ張られると、服が伸びる……」
- 「引っ張ってないわよ!」
- 「いや、でも……」
- 「引っ張ってない!」
- 「……はい」
- 「きゃーっ!!」
- 「うわっ!」
- 「い、い、い……今の……何……?」
- 「さあ、風で草が鳴っただけじゃないのか……?」
- 「ほ、ほ、ほ、本当に……?」
- 「だと思うけど……。\n……えーっとさ……」
- 「何よ!」
- 「琴里……このまま、いつまでもしがみつかれてると、\n先に行けないんだが……」
- 「し、しがみついてなんかいないっ!!」
- 「いや、でも……」
- 「い、いいから!\nこのまま、しばらく動かないでっ!!」
- 「…………」
- 「…………」
- 「琴里……」
- 「……な、何よ」
- 「……無理しなくてもいいんだぞ」
- 「……!」
- 「小さいころ、怖いことがあるとさ……。\nおまえ、いつもこうやってしがみついて来たよな」
- 「そんな時、こうして頭をなでてやると、すぐに落ち着いて……」
- 「…………」
- 「おまえ、〈ラタトスク〉の司令なんて責任のある仕事について、責任感からずいぶんがんばってるみたいだけど……」
- 「こうしていると、俺にとっておまえは、\n昔からずっと変わらない、大事な大事な妹のままなんだな……」
- 「…………」
- 「し、士道……」
- 「大丈夫、ここにいるぞ……大丈夫だからな?」
- 「う、うん……」
- 「おーい!」
- 「……!?」
- 「……お、みんなが来たのか?」
- 「おお、シドー! 遅いからこちらから来てしまったぞ!」
- 「お、おう……わ、悪い……」
- 「…………」
- 「む、なんだ。琴里もここにいたのか。\n姿が見えなくなって、皆で心配したのだぞ」
- 「見つかって……良かった、です……」
- 「…………」
- 「す、すまんな、俺が迷子になって、\n琴里が捜しに来てくれて、さ……」
- 「そうか、よかったな見つかって。\nそれじゃあ、先に行こうか!」
- 「お、おう……」
- 「…………」
- 「……いやー、それにしても殿町のヤツはどこで何してるんだかな、\nまったく……」
- 「おーい! 折紙!」
- 「士道、どうしたの」
- 「お、おまえこそ、こんなところで何やってたんだよ?」
- 「ゴミ捨て」
- 「ああ、掃除当番だったのか?」
- 「違う。靴箱の掃除」
- 「く、靴箱……?」
- 「――ぃっ!? お、折紙! ひょっとして!\n……そ、それっておまえへの……ラ、ラブレターじゃ!?」
- 「そうなの?」
- 「そ、そうなのって!? 中身も確認してないのかよっ!?」
- 「士道からの恋文以外は意味がない」
- 「――っぐ! や、でも……」
- 「士道、私に用?」
- 「……え? あ、そうだった!\nその……ちょっと折紙と話がしたいなと思って探してたんだ」
- 「……話だけ?」
- 「……へ? そ、それはどういう……?」
- 「ただ話すよりも、お互いにとって有益で密接な交渉方法がある」
- 「そ、その先は答えなくていい!」
- 「そう」
- 「え、ええっと……お、俺がおまえと話したいのはだな……」
- 「昨日、お見舞いに来てくれたのに……なんていうか、\n最後は追い出す感じになっちゃって、悪かったな」
- 「……構わない。士道が元気になったのなら、それが一番大事」
- 「お、おう……」
- 「……」
- 「……あ、あの日、俺が話したこと、覚えてるか?」
- 「……?」
- 「琴里が……おまえの仇敵じゃないかもしれないって話だけど……」
- 「――私は、まだ納得したわけではない」
- 「ああ……そんなに簡単に信じられるもんじゃないよな……」
- 「勘違いしないで。士道、あなたの言葉は信じたい。\nだけど……五河琴里が〈イフリート〉でないという、\n決定的な証拠があるわけではない」
- 「そ、そうだな……で、でも、俺は確かに見たんだよ。\n琴里以外にもう一人、あの場所には誰かがいた!\nそれだけは間違いない!」
- 「私も、できればそうあってほしいと思っている」
- 「え……?」
- 「士道の妹を……殺したくはない」
- 「……!? ……そ、そうか。\nわかってくれてありがとな、折紙」
- 「それは、こちらの台詞。\n士道のお見舞いに行ったとき、何も変わらずに接してくれた。\n……本当は、拒絶されるかもしれないと考えていた」
- 「いや……いきなりあんなお見舞いされたら、誰だって――」
- 「私は、あなたの妹を本気で殺そうとした……。\nそれは、変わらない事実」
- 「――っ! あ、ああ……確かにそうだな……」
- 「気にならないってわけじゃない………でも、それでも……俺は、おまえと今まで通り普通に話したいと思ってる」
- 「…………」
- 「駄目、かな?」
- 「士道」
- 「ん?」
- 「……ありがとう」
- 「……あ、ああ」
- 「……」
- 「……じゃ、じゃあ、俺はそろそろ行くよ。\nおまえと話ができてよかった……それじゃまたな!」
- 「ん……」
- 「お昼のあの騒ぎ……アレは一体なんだったんだ?」
- 「なにって?」
- 「だ、だから……折紙がさ、十香とやりあうのは毎度のことだからわかるんだけど……今日はいつもより、白熱してたような……」
- 「それについては謝らせて欲しい。反省している」
- 「や……謝らなくてもいいんだけど、\n何か悩みごとがあるなら、相談くらいは乗るからさ」
- 「……」
- 「ま、まあ、そうだよな……。俺じゃ頼りにならないか」
- 「勘違いしないで。そんなことは思ってない」
- 「ん……?」
- 「ただ……」
- 「ただ?」
- 「浮気は、駄目」
- 「……え、え?」
- 「私たちの未来は、誰にも邪魔させない」
- 「あ、あのぅ……折紙さん……?\nそれは一体何のお話なんでしょうか?」
- 「私が言いたいのはそれだけ」
- 「え、ええっと……」
- 「来て」
- 「は、は? 来てって……ど、どこへ?」
- 「ここからなら、体育準備室が一番近い。\n物陰なら、うまくすれば見つからない」
- 「こっち」
- 「ちょ、ちょっと待ったっ! ストップストーップ!」
- 「なに?」
- 「や、なにじゃなくて!\nそんなところに行って何するつもりだよ!」
- 「私は士道の命を危険に晒した。\nその代償は、最早私の身体でしかはら――」
- 「もういい! そ、その先は言わんでいい!\n大丈夫だ! 昼のことなら、別に怒ってるわけじゃないから!」
- 「そう……」
- 「……じゃ、じゃあ、俺はそろそろ帰るわ!\nおまえと話ができてよかったよ。それじゃまたな!」
- 「……」
- 「その……おまえってほら、自衛隊のASTに入ってるだろ?」
- 「……?」
- 「あの後……大丈夫だったのかなって、ちょっと心配だったんだ」
- 「……本来なら、即刻、懲戒免職」
- 「……っ!」
- 「それも覚悟の上だった」
- 「そ、そうか……」
- 「でも」
- 「でも……?」
- 「査問も正式な処分も、一時保留で延期された。\n理由はわからない」
- 「じゃ、じゃあ……とにかく、クビにはならなかったんだな。\nなら、よかったじゃないか」
- 「どうして、士道がそんな反応するの」
- 「え、あ、いや……そうだよな。\nむしろ俺は、おまえに精霊を攻撃するのをやめてほしいって\n思ってたはずなのに……」
- 「ほんと……なんでだろな?\nおまえがクビにならなかったって聞いて、ちょっとホッとしたんだ」
- 「これじゃあ、琴里に阿呆兄って言われるのも無理ねえよな。\nははは……」
- 「士道……」
- 「……それにしても不思議だな。\nなんでまた急に、処分が保留になったりしたんだろうな?」
- 「それは謎。ASTからの連絡では、私も要領を得なかった。\nしばらく基地への出入りや[顕現装置*リアライザ]の使用に制限が\nかかると通達されたけど、自宅謹慎も早々に解かれた状態」
- 「おい……そんなことまで一般人の俺に話して大丈夫なのかよ」
- 「問題ない。士道が口外しなければ」
- 「……そ、そうか。\nあ、あのさ……折紙?」
- 「なに」
- 「ASTで、なにか大きな実験をしたとか……そういう話とか……\n噂なんて……聞いてないよ、な?」
- 「なぜそんなことを訊くの?」
- 「や……! もちろん機密なんだろうけど、\nちょっとその、気になってな……」
- 「……?」
- 「や! 今のは忘れてくれ! な?」
- 「そう」
- 「さ、さてと! ……じゃ、じゃあ、俺はそろそろ帰るわ!\nおまえと話ができてよかったよ折紙。それじゃまたな!」
- 「……」
- 「さてと……まだ時間はあるか。\n誰か探してデートした方がいいよな……」
- 「――あ、やべえ! 教室に荷物置いたままだ!」
- 「ったく、貴重な時間をこんなことで浪費しちゃうなんて……。\n何ボケてんだよ、俺……!」
- 「……てなこと言ってる間に、取りに行った方が早いよな?\nやれやれ……」
- 「はぁ……はぁ……久し振りの運動だからだけど、\n階段をのぼるだけで息切れって……早いところ本調子に戻りたいな」
- 「ああ……誰もいなくなった学校の廊下って、\nなんでこんなにもの寂しい感じがするんだろ……」
- 「……とっとと荷物取って、誰かをデートに誘いに行こうっと――」
- 「すー……はー……」
- 「お、折紙……? おまえ、そんなところで何して――」
- 「すー……はー……! すー……はー……!」
- 「おーい、もしもーし? 聞いてるかー?」
- 「くんかくんか……くんかくんか……」
- 「くんかくんか……って、おまえ何を嗅いで――って、\nおい! それ俺のじゃ――」
- 「あ……」
- 「や……『あ』、じゃなくて……!」
- 「……士道も、嗅ぐ?」
- 「誰が嗅ぐか! 自分の服なんて!」
- 「なるほど」
- 「へ……?」
- 「――ちょ! あ、あのう……折紙サン……!?」
- 「私の服」
- 「は、は……?」
- 「嗅いで」
- 「嗅がねぇよ!」
- 「……士道の、欲張りさん」
- 「――なっ!? ちょ、待てッ! ストォォーーップ!」
- 「?」
- 「な、なんでそこでさらに脱ぐ!?」
- 「シャツでは、満足できないというから」
- 「そういう意味じゃねえよ!!」
- 「そう。なら、もう一枚……」
- 「ま、待ていっ! 頼むから話を聞いてくれ!」
- 「問題ない。脱ぎたての風味は格別。きっと士道も満足できる」
- 「だから、違うって――」
- 「下ろして」
- 「は……?」
- 「ジッパー」
- 「……う……うう……うわあああああああーーーーっ!\nご、ごめんなさあああああああああーーーーーっい!」
- 「あ……」
- 「……よ、よかった……追ってはこないみたいだな……」
- 「ん、琴里か?」
- 「そ、それが……その……今日は折紙といろいろあってだな……。時間的にこれからデートするのは厳しいだろうし、\n今日はそろそろ帰ろうかなって……」
- 「は、は……はい!?」
- 「ASTの隊員だからってことか?」
- 「――うっ!」
- 「あ、ああ……」
- 「……」
- 「あ……」
- 「――っ!? さ、最悪じゃねえかそれ!」
- 「――デートするんだろ?\n理由はどうあれ、それで折紙を支えられるんなら……やるよ、俺」
- 「か、からかうなよ! こっちは一応真剣に言ってんだから!」
- 「馬鹿をつけるな、馬鹿を!」
- 「どうせ不器用だよ、俺は!」
- 「……?」
- 「そ、それって……スパイしろってことかよ?」
- 「まさか最初からそれが目的でデートを……?」
- 「琴里……」
- 「けど……お、俺にそんな器用な真似ができるかな……?\nそれに折紙は、結局ASTをクビになるかもしれないんだろ?\nだったら――」
- 「お、おい――!」
- 「や……やるよ。折紙の不安を少しでも解消するために\nデートはする。ただし、他のことは約束できないぞ」
- 「わ、わかった……」
- 「ふぅ……なんだか、えらいことになってきちゃったな……」
- 「……士道」
- 「――うわああああっ!! お、折紙っ!?」
- 「……荷物、忘れてる」
- 「あ……そ、そうだった。あ、ありがとな、折紙!\nこれを取りに行ったのにすっかり忘れて――ん?」
- 「中身は私が洗うから」
- 「――っ! ……た、頼む。返してくれ!」
- 「……園神凜祢に洗ってもらうの?」
- 「へ? いや……自分で洗うつもりだけど……っていうか、\nどうしてそこで凜祢が出てくるんだよ?」
- 「……嫁だから」
- 「え……?」
- 「なんでもない……じゃあまた」
- 「あ、おい、折紙!」
- 「……結局、持っていかれてしまった……」
- 「とりあえずあれだな……お、俺は何も見なかった。\nうん、そういうことにしとこう……」
- 「はぁ……こりゃ、先が思いやられそうだ……」
- 「おーい、殿町ーっ!」
- 「どこだ、殿町ーっ!」
- 「大丈夫なのかーっ!? いるなら返事しろーっ!!」
- 「……ダメだ、見当たらない。\n本当にどこに行っちまったんだ、殿町のヤツ……」
- 「まさか、本当に神隠し……って、そんなはずないよな。\nそもそも『[天狗牛*てんぐうし]』なんて、殿町が考えた嘘だし……」
- 「ゆ、幽霊なんている訳ないし……。\nか、仮にいたとしても、全然怖くなんて――」
- 「……士道」
- 「どひゃぁっ!?」
- 「お、折紙っ!?」
- 「……驚かせた?」
- 「や……ぜ、全然! そ、そんなことはないぞ?」
- 「そう」
- 「それよりどうしたんだ? 向こうで何かあったのか?」
- 「何も」
- 「そ、そっか……。でも……探すのは俺一人で十分だから、\n折紙はみんなのところに――」
- 「戻れない」
- 「え……?」
- 「一人では戻れそうにない」
- 「や……でも、ここまでは折紙一人で――」
- 「怖い」
- 「ええっと……」
- 「怖い」
- 「……わ、わかったよ。じゃあ、一緒に戻ろう」
- 「よし、帰りは少し向こうから回って――」
- 「動けない」
- 「……ん、どうした?」
- 「足がすくんで、動けない」
- 「……そ、それほど怖がってるようには――」
- 「怖い」
- 「……わ、わかったよ。じゃあ、どうすればいいんだ?」
- 「おんぶ」
- 「は?」
- 「おんぶ」
- 「ええっと……」
- 「おんぶ」
- 「…………はい」
- 「……ほら、動けないならゆっくりでいいから、背中に――」
- 「…………は、はは……。\nよ、よほど怖かったんだな、折紙」
- 「……怖い」
- 「……な、なあ折紙? 前にもこんなことあった気がするけど……\nちょっと、強く掴まりすぎじゃないか?」
- 「だって……怖いから」
- 「――う、くっ……!?」
- 「……あ、あのう……折紙さん? こ、怖いのはわかったから……\nもう少し、手の力を緩めてもらえませんかね?」
- 「……?」
- 「や……ちょ、ちょっと歩きにくいので……」
- 「そう」
- 「あ、ありがとう……これで歩きやすく――」
- 「すーはー……すーはー……」
- 「お、折紙……な、何してるんだ?」
- 「くんかくんか……」
- 「お、おいったら……くすぐったいから、やめ――」
- 「わきゃぁーッ!」
- 「お、折紙! おまえ俺の首を舐め――!?」
- 「誰か来るっ! いったん下りろ折紙ぃっ!」
- 「はぁ……っ、はぁ……っ、はぁ……っ、はぁ……っ」
- 「……」
- 「お、折紙……!? お、おまえ……今何を……?」
- 「……怖すぎて覚えてない」
- 「……っ、そ、そうか……」
- 「あー! おにーちゃん!」
- 「――うわぁっ! ……って、な、なんだ琴里か……?」
- 「うー……! なんだとはなんだー! やっと見つけたのにー……」
- 「ちっ」
- 「おにーちゃんが遅いから、みんなで探しに来ちゃったんだぞー!」
- 「い、いや、悪い悪い! ちょっと道に迷っちゃって……」
- 「探しにいったおにーちゃんが道に迷ってどうするのだー!」
- 「す、すまん……」
- 「まー、無事におにーちゃんたちに逢えたからいいけどさー……」
- 「んー……ところでさー、今二人でなにしてたのー?」
- 「――え、えっ!? し、してないしてない!\nしてないよな折紙!?」
- 「……言えない。あんなことをされたなんて」
- 「ふぇ……?」
- 「むー! おにーちゃんさいてー!\nやっぱり変なことしてたのかー!?」
- 「いや! いやいやいや! してねぇって何にも!\nていうか折紙! 頼むから妙なこと言いふらさないでくれ!」
- 「……戻る」
- 「あ! おい、待てよ折紙!\nお、おまえ怖くて動けなかったんじゃ――」
- 「お、おにーちゃん! 待つのだー!」
- 「琴里もほら! 早く戻って、お供えして帰るぞ!」
- 「う、うん!」
- 「……それにしても殿町のヤツはどこで何してるんだかな、\nまったく……」
- 「デートか……なんかそんな気分じゃないっていうか……」
- 「最近……凜祢のこと、なんか気になるんだよな」
- 「士道、もしかして呼んだ?」
- 「うわっ、り、凜祢!?」
- 「うん、そうだけど……?」
- 「あ、えっと……別に呼んだわけじゃないんだ。すまん」
- 「な~んだ、デートのお誘いでもされるのかと思っちゃった」
- 「――え? ど、どうして俺がデートしようとしてたの\n分かったんだ?」
- 「え? あ、えっと……なんとなく言ってみただけだったんだけど\n……正解?」
- 「あ……」
- 「ふふっ、意外と積極的なんだ。\nでも、本当に私なんかでいいの?」
- 「そ、それは……」
- 「ふふ、取り下げるなら今のうちだよ?」
- 「……お、おまえだよ。おまえがいい」
- 「え! ほ、本当に……わ、私……!?」
- 「あ、ああ」
- 「ええと……私なんかじゃなくて、他の誰かを誘った方が……」
- 「そ、そうか……?」
- 「……うん。あ、ほら。十香ちゃーん!」
- 「ん? どうしたのだ?」
- 「士道がデートしようって」
- 「え!? お、おい凜祢――!?」
- 「おお! そうなのか、シドー?」
- 「いや、え、えっとだな……」
- 「……シドー、もしや私とデェトはしたくないのか?\nもしかして……[昼餉*ひるげ]のことを怒っているのか……?」
- 「いや、別にそういうわけじゃない……大丈夫だよ」
- 「すまん、シドー。無事でよかった……ずっと保健室に居たら\n追い出されてしまって、シドーがどうなったのか心配していたのだ」
- 「そ、そうだったのか……」
- 「よ、よし! デートしよう十香!」
- 「うむ! では決まりだな!」
- 「あ、ああ!」
- 「なら早速デートするぞ! 三人で!」
- 「へ……?」
- 「さ、三人……?」
- 「うむ。凜祢も一緒に行くのだろう?」
- 「え!? いや、私は……」
- 「さ、行くぞ!」
- 「あ! ちょ、ちょっと十香ちゃん――!?」
- 「……」
- 「おーい! 何をしているのだシドー!」
- 「はいはい! 今行きますよー!」
- 「……ん、凜祢は映画が観たかったのか?」
- 「え? あの……デ、デートって言ったら、\nとりあえず映画なのかなあって? ち、違った、かな?」
- 「まあ、間違ってはないよ。基本と言えば基本だと思う」
- 「そ、そう、ならよかったあ」
- 「あ、見てみて!」
- 「ん? なになに、3D超大作に……ん、あっちは恋愛映画か……」
- 「十香ちゃん、こういうの好きそうじゃない?」
- 「確かに、どっちも喜びそうだな」
- 「むう……これはあまり見たくないな」
- 「――え?」
- 「……?」
- 「ちなみに……なんでイヤなんだ?」
- 「む。この映画は前に見たことがある」
- 「ええ!? ……ひ、一人で観に来たのか?」
- 「何を言ってるのだ、シドー。一緒に見たではないか」
- 「…………え?」
- 「そ、そうなの!? だったら、言ってくれればいいのに……」
- 「い、いや……覚えてないんだが……――でも、そう言われると\nそんな気も………いつだっけ? この映画観たのって」
- 「む! シドー、私と行った日を忘れたのか?」
- 「ご、ごめん……」
- 「思い出してみるがいい。あれは……」
- 「……? あれは?」
- 「むう、い、いつ、だっただろうか……?」
- 「お、おい……十香、大丈夫か?」
- 「む! わ、私は確かに見たのだ! シドーと一緒に!」
- 「お、おう……。そう、だよな? 俺も観た気がする」
- 「うむ!」
- 「あ、琴里からか。ごめん、ちょっと出てくる」
- 「うむ。早く戻るのだぞ?」
- 「私たちはここで待ってるから」
- 「おう、悪いな」
- 「もしもし、琴里?」
- 「どんな声だよ!? ……ていうか、そんなこと言うために\nわざわざ連絡寄越したわけじゃねえだろ。何の用だ?」
- 「う……誘うには誘ったんだが……」
- 「よ、余計なお世話だ!\n俺だって好きで巻き込まれてるわけじゃねえよ!」
- 「じ、実は今……十香とデートしてるんだが……。\nその……凜祢も一緒にいるんだ……」
- 「そ、それはこっちが聞きたいくらいだよ!」
- 「そりゃそうだろな、これは十香が言い出したことなんだから」
- 「え?」
- 「そうか。わかった。ただ……」
- 「いや、凜祢がみんなで映画を観ようって言って、\n映画館に来たんだけど……十香が映画を嫌がったっていうか……」
- 「や……そこまで深刻じゃない。でも、無理やり観せても十香の\nストレスになるし、何か他のデートした方がいいのかなって」
- 「な――っ! 何言ってんだ! お、俺は別に――」
- 「お、おまえなあ……」
- 「ん、わかった……」
- 「あ、ああ……了解」
- 「む! 遅いぞシドー!」
- 「悪い悪い! 思いのほか話が長引いちまった」
- 「大丈夫なの? 何か大事な連絡だったんじゃない?」
- 「や……たいしたことじゃないよ。映画が駄目なら\nプールにでも行かないか?」
- 「おお! プールか! あれは実に楽しいな!」
- 「そうか、凜祢はどうだ?」
- 「え? でも私、水着持ってないから……」
- 「じゃあ、みんなで駅前のデパートに見に行こう。\n今なら安売りしてるらしいし」
- 「む? 水着なら持っているぞ?\nシドーに選んでもらったものがあるではないか?」
- 「でも、ほら……マンションが今……その、\nリフォーム中で入れないだろ? な?」
- 「りふぉーむ?」
- 「ああ……つまり、修理というか修繕中というか、\n十香の部屋には行けないと……」
- 「おお! そうであった!」
- 「じゃあ、駅前に見に行くということで……凜祢もいいか?」
- 「え? あ、うん……じゃあ、行ってみようかな」
- 「よし、そうと決まれば、急ごう!」
- 「うむ!」
- 「シドー! 早く、プールに行くのだ!」
- 「お、おう! わかってる!」
- 「あ、凜祢……あの水着で、本当によかったのか?」
- 「うん。士道が選んでくれたのが、一番良かったよ。\nありがとう」
- 「……ど、どういたしまして。それじゃ、行くか?」
- 「うん!」
- 「おーい! 凜祢ー! こちらだぞー! 早くするのだー!」
- 「もう十香ちゃん! あんまりはしゃぎすぎちゃダメだってば!」
- 「凜祢! ここからあの湖まで滑っていくのだ!」
- 「え? も、もう行くの? でも……」
- 「どうした、滑らぬのか? これはあれだ、実に面白いぞ?\n一度味わったら病み付きになる!」
- 「でも士道とのデートなんだから、士道を待っ――」
- 「――え? きゃあッ!」
- 「きゃあぁぁぁあああーーーーーッ!!!!」
- 「――っ!? り、凜祢! 大丈夫か!?」
- 「――ぷは……ッ!」
- 「……び、びっくりしたぁ……」
- 「おい、凜祢! 大丈夫か!?」
- 「だ、大丈夫だよー。思ったより早くてびっくりしたけど、\n楽しかったから」
- 「おお、それはよかっ――ぃッ!? り、凜祢……おまえ!\nその、み、水着が――!」
- 「え……」
- 「あ……!」
- 「は、早く! な、直さないと!」
- 「そうだね……そうかも」
- 「え?」
- 「ねぇ、士道……別にいいんだよ? 士道なら、見ても……」
- 「り、凜祢……?」
- 「……でも、そしたら士道は困っちゃうかな?」
- 「な――! ば、馬鹿! 何言ってんだよ!」
- 「今なら十香ちゃん見てないし……チャンス、かもよ?」
- 「お、おい……! 凜祢……よ、よせって……!」
- 「士道……私をちゃんと、見て――」
- 「おーい! 凜祢ー! どうだったのだー!?\n次は私が行くぞー!」
- 「ちょ――!? り、凜祢! 早く直せって!」
- 「はーい。ふふ……びっくりした?」
- 「心臓止まるかと思ったぞ……」
- 「もう、士道ったら意気地なしなんだから……ふふ」
- 「士道、どう? ちゃんと結べてる?」
- 「だ、大丈夫だ」
- 「あははははっ!」
- 「――っぷはぁ! あはは! シドー! やはり面白いぞこれは!」
- 「おう! 俺も次行くよ!」
- 「士道、さっきの……」
- 「え?」
- 「……ううん、なんでもない」
- 「え、あ、ああ……」
- 「……」
- 「…………」
- 「…………だ、誰もいないのか?」
- 「すみませーん! 隣の五河ですけどー!」
- 「……」
- 「ちょ、ちょっと、お邪魔して覗いてみようか……」
- 「お邪魔します!」
- 「おーい! 凜祢ー? いないのかー?」
- 「な――ッ!? なんだ……これ……?」
- 「ひ、引っ越した……とかじゃないよな?\nそんなに急に引っ越せるわけないし……\nそんな話も聞いてない……」
- 「え……? ちょ、ちょっと待てよ……!?」
- 「こ、この部屋……似てないか? ……うちに!?\nいや、間違いない。そっくりだ……」
- 「……待てよ……幼馴染なら昔よく行き来して遊んだはずだよな?\nな、なんで……どうして記憶がないんだ?」
- 「あいつ……いつからここに住んでたんだっけ……?」
- 「――ぐッ!? なんだ……頭が、痛い……!」
- 「……貴方の真実は、ここにはない……」
- 「え……なんだ……誰、だ?\nう、意識、が……」
- 「あ……――」
- 「…………………………」
- 「何をしてるの、士道?」
- 「――ひゃ! り、凜祢!? いつからそこに!」
- 「今帰ってきたんだ。夕飯の買い物してきたの」
- 「そ、そっか……」
- 「うちに何か用だったの?」
- 「や、別に……ただその、凜祢と話がしたいなって思ってさ……」
- 「え、私と? でも……私に構ってて本当にいいの?」
- 「いや、いいに決まってるだろ。\nむしろ、何か駄目な理由でもあるのか?」
- 「……そうだね。それで、話ってなにかな?」
- 「え? ……あ、ええと……ごめん。\n特になにか話そうってわけじゃなかったんだよ」
- 「もう、士道ってば……いっつもそうなんだから」
- 「す、すまん……ま、玄関先で話してるのも悪いし、\nおとなしく帰るよ」
- 「またあとでね、夕ご飯作りに行くから」
- 「おう、待ってるよ」
- 「うん、楽しみにしててね」
- 「おーい、殿町ーっ!」
- 「どこだ、殿町ーっ!」
- 「大丈夫なのかーっ!? いるなら返事しろーっ!!」
- 「……ダメだ、見当たらない。\n本当にどこに行っちまったんだ、殿町のヤツ……」
- 「まさか、本当に神隠し……って、そんなはずないよな。\nそもそも『[天狗牛*てんぐうし]』なんて、殿町が考えた嘘だし……」
- 「ゆ、幽霊なんている訳ないし……。\nか、仮にいたとしても、全然怖くなんて――」
- 「ひぃっ!?」
- 「あ、士道!」
- 「え――! り、凜祢……!? ど、どうして?」
- 「う、うん。士道を探しに来たんだけど……変なところ、\n歩いてきちゃったみたい。あはは……」
- 「そ、そうか……心臓に悪いな……」
- 「誰かの歩く音がして……そこを目指したら士道がいたの。\nでも、会えてよかった……暗いから、ちょっと心細いし」
- 「あ、ああ……そうだな」
- 「どうしたの? 顔色が悪いかも。大丈夫?」
- 「や……ちょっと、な。でも大丈夫だ!」
- 「そう? ならいいけど……殿町くんは?」
- 「それがさっぱり……」
- 「じゃあ、お手伝いするね」
- 「え、みんなのところに戻らなくていいのか?」
- 「そしたら、何のために来たのかわからないじゃない」
- 「そ、そっか……そうだよな。一緒に探そう」
- 「うん」
- 「なら……向こう見てみよう。あっちはまだ捜してないから」
- 「うん、わかった」
- 「ねえ、士道?」
- 「ん?」
- 「今日のプール、楽しかったね」
- 「ああ、やっぱり夏はプールに限るな」
- 「十香ちゃんたら、大はしゃぎしちゃって……凄く可愛いかった」
- 「十香はああいうの好きだからさ。まぁ、十香はああじゃないと、\nこっちの調子が狂っちゃうよな」
- 「ふふ、そうだね」
- 「ん、どうかしたか?」
- 「ううん……なんでもないよ、なんでも」
- 「でも、三人で行って良かったよ。楽しかった」
- 「うん、私も行ってよかった。凄く楽しかったもの!\n最初は私お邪魔かなあ……って思ったんだけど」
- 「なんか、凄く嬉しそうだな?」
- 「あ……! ええっと……だ、だって、\n十香ちゃんとちゃんと遊びに行くのは初めてだったし……\n士道とも久しぶりだったし……」
- 「そ、そういえばそうだよな……ははは」
- 「…………」
- 「…………」
- 「……な、なぁ凜祢?」
- 「……な、なに、士道?」
- 「その……また遊びにいこう」
- 「うん、そうだね……私も、行きたい。士道と……」
- 「え?」
- 「……あ、ううん! また、士道たちと遊びたいな」
- 「おう。それにしても、殿町のやつ、いないな……」
- 「うん……どこ行っちゃったんだろう?」
- 「駄目そうだな……そろそろ戻るか?」
- 「そうだね、琴里ちゃんたちも心配してるかもしれないし……」
- 「……あ、やっと戻って来た!\nおにーちゃん! 何やってたの!」
- 「わ、悪い……ちょっと、道に迷っちゃって……な、凜祢?」
- 「う、うん!」
- 「捜しに行ったおにーちゃんたちが迷子になってどうするのだー」
- 「わ、悪い……」
- 「ご、ごめんね、琴里ちゃん!」
- 「……それにしても殿町のヤツはどこで何してるんだろうな。\nまったくあいつは……」
- 「ん? あそこにいるのは十香か……?」
- 「シドー……」
- 「なんだ、待っててくれたのか?」
- 「……む。昼のことを謝らねばならんと思ってな」
- 「ああ……大丈夫だよ。少しお花畑が見えかけたくらいだ」
- 「す、すまないシドー……私が頑張り過ぎたのだ……」
- 「しかし、シドーが無事でよかったぞ!」
- 「ずっと保健室に居たら追い出されてしまって、\nシドーがどうなったのか心配していたのだ」
- 「そ、そうだったのか……」
- 「うむ! では、帰ろう!」
- 「あー……十香?」
- 「ん、なんだ?」
- 「もしよかったら、その……ちょっと寄り道してかないか?」
- 「ん……寄り道?」
- 「つまりだな……デートしていこうってことだ」
- 「う、うむ! いいと思うぞ! 賛成だ!」
- 「おう、そんなに喜んでくれるなら、提案して正解だったな」
- 「シドーとデェトか! うむ! デェトデェト!」
- 「お、おい十香――!」
- 「くー! あんなカワイイ子と放課後デートかよ!」
- 「けしからん、まったく、けしからん!」
- 「爆ぜろ……爆ぜろ……爆ぜてしまえ……!」
- 「せ、先輩……?」
- 「シドー! 何をしているのだ? 早くデェトに行くのだ!」
- 「わ、わかった! わかったから! ちょっと静かにしような?」
- 「ぬ、なぜだ?」
- 「な、なぜって……\nいや、まあ、改めて聞かれると説明しづらいんだが」
- 「ていうかそもそも、なんでそんなにテンション高いんだ?\n俺とデートなんて、初めてってわけでもあるまいし……」
- 「嬉しいに決まっているではないか!\nシドーとデェトができるのだぞ!」
- 「……お、おう」
- 「……今日は、五寸釘買って帰る……!」
- 「きょ、今日の先輩……なんだか怖いです……!」
- 「と、十香……\nなんか、このままここにいると呪われそうな気がする」
- 「ぬ! 呪いをかけてくる敵がいるのか!?\nそれはやっかいだな……」
- 「いや、敵というわけではないんだが――\nまあ、目の[敵*かたき]にはされてるな……」
- 「ぬ? これは……?\nシドー! こっちだ!」
- 「え!? な、なんだよ?」
- 「いいから来るのだ、シドー!」
- 「あ、お、おい――っ!」
- 「……はぁ、はぁ……しょ、商店街?」
- 「うむ!」
- 「な、なんで商店街なんだ? デートの場所なら他にも――」
- 「香りだ!」
- 「か、香り?」
- 「良い香りがあちらからもこちらからも……ここは天国だな!」
- 「まあ、天国かどうかはわからないけど……。\nせっかく来たんだ。何か食べてくか?」
- 「おお! よいのかシドー!?」
- 「デートっていうか、食べ歩きになっちゃいそうだけどな……」
- 「ぬ? なにか言ったか?」
- 「いや、なんでもないよ。何が食べたいんだ?」
- 「――む、しかしシドー。私は[金子*きんす]をあまり……」
- 「心配すんなって。ある程度は持ってきてるし、\nおごってやるから食べていこうぜ?」
- 「ほ、本当によいのか?」
- 「デートってのは男が見栄張るもんなんだよ」
- 「むう……そういうものなのか。わかった!\nならば今日はシドーにご馳走になろう!」
- 「おう。で、何が食べたいんだ?」
- 「……では、まずはあれだ!」
- 「たこ焼きか、いいな。\n……ん? 『まず』はって……?」
- 「いくぞシドー!」
- 「あ、おい! 十香――」
- 「あ! そ、そんなに一気に口に入れたら――」
- 「……はふッ!? はふはふ! ほ、ほれふぁ――!?」
- 「だ、大丈夫か!?」
- 「うぬぬ……外はふわふわサクサク!\n中はアツアツのトロットロだ!」
- 「ははは、たこ焼きってのはそれが美味いんだよ」
- 「はふッ!」
- 「はふはふッ!」
- 「はふはふはふ……ッ!」
- 「お、おい……十香……?」
- 「……うむ! 実にうまかった!」
- 「気に入ってよかったな。また今度買いに――」
- 「ぬ!? シドー! あれは何だ――っ!?」
- 「ん? ああ、あれか。ケバブサンドの――」
- 「けばぶ? 良い香りだな!\nうむ、シドー……次はあれだ!」
- 「お、おい! ちょっと待てって!」
- 「ほら、これがケバブだよ」
- 「ん、肉と野菜を一緒に挟んであるのか……?\nはぐ……! んぐんぐんぐ……!?」
- 「こ、これは!?\n焦げ目のついたジューシーな肉。シャキシャキとした野菜。\nそしてこのソース……絶品だ!」
- 「そうか。気に入ったか」
- 「うむ! これは病みつきになる味だぞ!\n――ん? シドー、あそこにあるのは何の店だ?」
- 「ん、あれか? あれは回転寿司だよ」
- 「むう、今度は『スシ』というのが回転してるのか!?」
- 「ま、まあ、そうだな。いろんな寿司がお皿に乗って――」
- 「よし! いくぞシドー!」
- 「だ、だからちょっと待てって!」
- 「うむ! スシというのは実にさっぱりしていて、\n何皿でもいけそうだったな!」
- 「いや、俺はそうでもない……かな。――うっ……」
- 「そうか? じゃあ、次は……」
- 「ちょ、ちょっと待った! 少し休憩しないか?\nさすがに俺もお腹いっぱいだ……」
- 「だ、大丈夫なのかシドー!?」
- 「い、いやそんなに心配しなくても大丈夫だ。\n食い過ぎただけだから、少し休めば……」
- 「なんだ、欲しいのか?」
- 「え、あ……し、シドーは欲しくないのか?」
- 「よく見ると結構可愛いな……よし、一丁やってみるか!」
- 「…………むぅ」
- 「と、十香! 次は本気を出すから見てろよ!」
- 「う、うむ! 頼んだぞシドー!」
- 「し、シドー……。もういいぞ。そんなに無理をしなくても……」
- 「これは俺の戦いだ! 俺の戦いなんだ!!」
- 「シドー……?」
- 「く……必ず、取ってやるぞ!」
- 「うむぅ……」
- 「シドー……」
- 「大丈夫、大丈夫だ。おまえが信じた俺を信じろ」
- 「クッ!」
- 「はぁー…………」
- 「そこだぁぁぁぁぁぁッ!」
- 「い…………――よっしゃあ! やったぞ十香!」
- 「おお……おお! やったなシドー!」
- 「おう……ほら、持ってけよ」
- 「ぬ! な、なぜだシドー!?\nあんなに苦労したというのに……わ、私に!?」
- 「俺は十分楽しんだからな。これはそのおまけだからさ。\n待っててくれた十香へのプレゼントだ」
- 「そうか……シドー、礼を言うぞ!\nふふ……よしよし」
- 「なぁシドー、小腹がすいた。きなこパンを食べにいかないか?」
- 「いや……今日のところは、食い物はもうやめとかないか?\nこれから夕飯もあるしな」
- 「む……そ、そうだな!\nじ、実は私もそこまで食べたいわけではなかったのだ!」
- 「そんなに食べたかったか? すまん……」
- 「ち、違う……大丈夫だ。\nシドーは私より自分の身を案じてくれ」
- 「ああ……でも、そのぬいぐるみずっと抱いてるな。\n気に入ったか?」
- 「うむ、気に入ったのだ!\nシドーが骨身を削って手に入れたものだしな!\n絶対大事にするぞ!」
- 「お、おう……そう言われると、取った甲斐があるってもんだよ」
- 「よし、じゃあパン屋に行ってみるか!」
- 「うむ!」
- 「いらっしゃいませー」
- 「あ、きなこパン、二つください」
- 「申し訳ありません。本日はもう売り切れてしまいまして……」
- 「む! なんだと!」
- 「そ、そうですか……じゃあ、また今度来ます」
- 「あ、お客様! 代わりと言ってはなんですが、\n新商品のホイップクリームパンはいかがですか?」
- 「焼きたてなので、お薦めなんです!\nもしよろしかったら、いかがでしょうか?」
- 「……うーん、じゃあ、それ2つください」
- 「おのれ……買い占めている輩がいるようだな……。\nさすがはきなこパン。人心を誑かす魔性の味よ……」
- 「いや、たまたまだって。たまにはこういうときもあるさ」
- 「む、そうなのか……残念だ」
- 「そんな顔するなよ。ほら、これ。\n店員さんがあれだけ推してたんだから、絶対美味いぜ?」
- 「これがほいっぷくりーむぱん、か……」
- 「どうだ、甘くて香ばしい匂いがするだろ?\n美味そうじゃないか?」
- 「むう、確かに凄く食欲をそそる匂いがするぞ!\nでは早速……」
- 「はむ……ん!?」
- 「絶妙な甘さだ! 一つしか食べられないのが悔やまれる……!」
- 「そ、そうか。それはよかったな……」
- 「ん、どうした? シドーは食べないのか?」
- 「あ、いや……って十香、口の周りベタベタだぞ?」
- 「ん? この辺か?」
- 「――ああ、ストップ! 袖で拭ったら制服が汚れちゃうだろ!」
- 「ほら……ちょっとこっち向いてみろ……」
- 「ん……! す、すまぬ……!」
- 「あ、ああ……」
- 「――あ、十香! ちょっと待った」
- 「ん、どうしたシドー?」
- 「すっかり忘れてた」
- 「?」
- 「『[天狗牛*てんぐうし]』のお供え物……まだ買ってなかったよな?」
- 「おお! それは迂闊だったな!」
- 「今から買いに行くか。十香はどうする?」
- 「うむ! シドーと一緒ならどこへでもいくぞ!」
- 「お供え物は、『[天狗牛*てんぐうし]』の好きな物にするのか?」
- 「そうだな……どうするか。\nこういうときは、やっぱり食べ物の方がいいのかなあ?」
- 「『[天狗牛*てんぐうし]』とやらはお腹が空いているのだな……」
- 「はは……そうかもな。\nじゃ、商店街に戻って何か買ってこよう!」
- 「うむ、『[天狗牛*てんぐうし]』が喜びそうな物があるとよいな!」
- 「おう、そうだな」
- 「……なあ十香、さすがに寿司はないだろ、寿司は?\n土産に包んでもらえないことはないけどさ……って。\nあれ……!?」
- 「十香?」
- 「おーい、十香ー? 十香ー!? どこだーッ!?」
- 「令音さん?」
- 「あ、令音さん。すみません、買い物中にはぐれちゃって……」
- 「え?」
- 「や、そうしたいのは山々なんですけど……。\n令音さんの方で、十香がどこに行ったかわかりませんか?」
- 「そうですか……」
- 「思考パターン?」
- 「うーん、十香ならどうするか……?」
- 「いらっしゃいませー」
- 「あのう……」
- 「はい、なんでしょうか?」
- 「あ、いえ! 長い黒髪の子、来ませんでしたか?」
- 「さあ……お見えになってらっしゃらないと思いますけど……」
- 「そ、そうですか! お仕事中にすみませんでした」
- 「いえ、またいらしてくださいね。\nありがとうございました~!」
- 「あ、あのう、たびたびすみません。ケーキひとつお願いします。\nこのショートケーキで」
- 「はい、ショートケーキお一つですね?\nかしこまりました! 毎度ありがとうございま~す!」
- 「――ぬ! そうではない! 切らんでもよいのだ!\nそのまま譲ってくれれば、それでよいのだ!」
- 「オウ、スミマセン……コノママデハ、ウッテナイヨ」
- 「十香! こんなところにいたのか!?」
- 「シドー! 見つけたぞ! 『[天狗牛*てんぐうし]』のお供え物だ!」
- 「え?」
- 「アレだシドー! あのグルグル回ってる肉を買っていくのだ!\nこれならぴったりだろう?」
- 「――っ!?」
- 「オキャクサン、スミマセン……コチラハ……」
- 「……………………」
- 「ん、どうだシドー?\nこれならきっと、『[天狗牛*てんぐうし]』も気にいるに違いないぞ?」
- 「う、うん、わかる……。十香の考えはわかるんだけどな……」
- 「?」
- 「と、十香。とりあえず、一旦離れようか……こっち」
- 「ん、どうしたのだ?」
- 「おーい! シドー!」
- 「何をぼーっとしているのだ!\n『[天狗牛*てんぐうし]』のお供え物を見つけたぞ!」
- 「え!?」
- 「早く行くぞ! こっちだ!」
- 「――ちょ、ちょっと待てよ!」
- 「アレだシドー! アレを買っていこう!」
- 「――っ!?」
- 「……………………」
- 「ん、どうだシドー? これならきっと気にいるに違いないぞ!」
- 「十香、一旦離れよう……こっち」
- 「?」
- 「な、なかなかいい思いつきだったんだけどな、十香……」
- 「うむ! あの肉だったら、『[天狗牛*てんぐうし]』も満足するだろう!」
- 「あ、ああ……それはそうなんだが、\nあの肉はそもそも売り物じゃない――ことはないんだけど、\nあのままでは売れないというか」
- 「や、仮に売ってくれたとしても、\nあんな大きい肉を買えるほどの持ち合わせはないんだ」
- 「そ、そうなのか……?」
- 「そうなんだ。ごめんな、十香」
- 「い、いや、シドーが謝ることはないのだ!\n私が何も考えていなかった……こちらこそすまん」
- 「じゃあ……十香のお供え物はケバブにしたらどうだ?」
- 「おお! それは妙案だ!\n『[天狗牛*てんぐうし]』には少々物足りぬかもしれんが、\n美味しいものを食べれば笑顔になれるだろう!」
- 「だ、だろ?」
- 「よし、私のお供えものはそれで決まりだ!\n早速戻るぞ、シドー!」
- 「おう。あんまり急いで転ぶなよ?」
- 「うむ!」
- 「おーい、殿町ーっ!」
- 「どこだ、殿町ーっ!」
- 「大丈夫なのかーっ!?」
- 「……ダメだ、見当たらない。\n本当にどこに行っちまったんだ、殿町の奴……」
- 「まさか、本当に………って、そんなはずないよな。\nそもそも『[天狗牛*てんぐうし]』なんて、殿町が考えた嘘だし……」
- 「そ、そもそも幽霊なんている訳ないし……\nいたとしても、全然怖くなんて……」
- 「ひぃっ!?」
- 「見つけたぞ!」
- 「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁああああーーーーッ!」
- 「ど、どうしたのだシドーッ!?」
- 「……へ? ……と、十香だったのか?」
- 「ん、そうだが?」
- 「はあ……た、頼むから脅かさないでくれよ……。\n思わず心臓が口から飛び出すところだったわ!」
- 「む? よくわからないが、すまなかった」
- 「シドー、一度病院に行った方がよいのではないか?」
- 「へ? ……なんでだ?」
- 「心の臓が口から飛び出すようなことがあっては、一大事だぞ」
- 「あ、いや、それは大丈夫だ……もう治まったから」
- 「そうか、それならばよいのだが」
- 「みんなのところで待ってなかったのか?」
- 「む、シドーと一緒にいては駄目なのか?」
- 「そ、そんなことはないけどさ」
- 「シドーを一人にして、もしものことがあったらどうするのだ?」
- 「し、シドーまで神隠しにあって……二度と会えなくなるのは、\nその、なんだ……とても悲しいぞ!」
- 「あ、うん、いや……わかった。\nじゃあ、一緒に探そう」
- 「うむ! それがよいと思うぞ!」
- 「それじゃあ、向こうの方に行ってみるか」
- 「ん、わかった」
- 「シドー?」
- 「ん?」
- 「――っ!? ととと、十香!? どうした!?」
- 「ぬ? 草の丈は思いのほか長いし、夜霧が少し出てきたぞ。\nこう視界が悪くては、手でも繋いでいなければ\nはぐれてしまいかねん」
- 「あ、ああ……そうか。そうだな」
- 「ゆくぞ」
- 「お、おう……」
- 「おーい、殿町ーっ!」
- 「殿町ーっ! どこにいるのだーっ!」
- 「駄目だな……こっちにもいない」
- 「ん、戻ってみるか?」
- 「そうだな。\nとりあえず戻って、先にお供えしちまうか?」
- 「うむ!」
- 「ひ――っ!」
- 「ん……っ!」
- 「ち、ちちち、違うんだ十香! これは――!」
- 「だ、大丈夫だ。構わん」
- 「へ?」
- 「こ、怖かったのだろう……?\nならば仕方あるまい」
- 「その……シドーが、したいならば……あれだ……。\nもう少しくらい……」
- 「あ、いや、もう、大丈夫だから――」
- 「む! い、いいからするのだ!」
- 「ちょ! と、十香――ッ!?」
- 「っぐ……!」
- 「……ど、どうだシドー? 安心したか?」
- 「……あ、安心するも何も……こ、これじゃあますます――」
- 「し、シドー……?」
- 「? ……な、なんだ?」
- 「……私も、凄く安心するぞ?」
- 「あ、ああ……俺も、安心する」
- 「ん、そうか……うむ、おそろいだな」
- 「……」
- 「……」
- 「!?」
- 「あー! おにーちゃん!」
- 「うわああああ……って、な、なんだ琴里か!?」
- 「うー……! なんだとはなんだー!\nやっと見つけたのにー……おにーちゃんが遅いから、\nみんなで探しに来たんだぞー?」
- 「い、いや、悪い悪い! ちょっと道に迷っちゃって……」
- 「探しにいったおにーちゃんが道に迷ってどうするのだー!」
- 「す、すまん……」
- 「まー、無事におにーちゃんたちに逢えたからいいけどさー……」
- 「んー……ところでさー、今二人でなにしてたのー?」
- 「――えっ!?\nな何もしてないって! な、十香!?」
- 「う、うむ! 何もしてないぞ!」
- 「へー……。まーいっかー」
- 「じゃー、早くお供えして帰るのだー!」
- 「ん、そ、そうだな! い、行くぞシドー!」
- 「あ、ああ……!」
- 「……それにしても殿町のヤツはどこで何してるんだかな、\nまったく……」
- 「四糸乃はどうしてるかな……」
- 「……あ、令音さん。今どこにいます?」
- 「え?」
- 「……そ、そうですか。なんかすみません。\nでも、あの掃除なんて……」
- 「はい?」
- 「……ブツって……え? ……はあっ!?\nちょ、全然出来てないじゃないですか、見て見ぬフリ!」
- 「いやそれで済む問題でも……ほんと、勘弁してくださいよ」
- 「あ……はい、そうでした」
- 「俺の家にいるって事は、四糸乃、近くにいますよね?」
- 「四糸乃、どうしてるかなと思って。\n令音さんに学校まで連れてきて……あれ?」
- 「人の心を読むのやめてもらえます!?」
- 「それはそうなんですけど……外で待ち合わせした方が、\n四糸乃も嬉しいかな……と」
- 「え? いやいやいや! そんなことないですよ!?\nそれで、四糸乃は……?」
- 「あ、そこにはいないんですね」
- 「ちょ……それは……!!\n何てことしてくれたんですかっ!!」
- 「は、はは……。\n全っ然、笑い事じゃねぇッ!?」
- 「し、士道、さん…っ」
- 「よ、四糸乃……。\nお、おう、悪かったな。呼び出したりして」
- 「い、いえ……うれしい、です」
- 「令音さん……ここまで一緒にくるんだと思ってました」
- 「そ、それもそうか……」
- 「……令音さん、実際の所、四糸乃はどこまで見たんですか?」
- 「こ、このまま、無かったようなフリをして\nごまかせますかね……?」
- 「そんな……アドバイスくらい……」
- 「それって、ただのピーピング行為じゃないんですかっ!?」
- 「ど、どうすれば……」
- 「え、えっと……良かったよ。四糸乃が来てくれて」
- 「え?」
- 「いや、その……見たんだろ? 俺の部屋で……」
- 「……!? あ、あの……ご、ごめん、なさい!\n私、見るつもりは……なかったんです、けど……」
- 「いやいや、四糸乃が謝ることじゃないって!\nむしろ、こっちが謝りたいくらいだ!」
- 「う、ぐっ……。\nよしのん……おまえ……」
- 「そ、そうだよな?」
- 「え、そうなのか?」
- 「そ、そうか……よかった」
- 「そ、それじゃあ……行こうか、四糸乃」
- 「…………」
- 「……よ、よしのん?」
- 「……あ、え、えーっと……。\n何か……あったかなー……」
- 「あ、いや……それは、だな……」
- 「あー、わかった、わかったから!\n俺が悪かった、四糸乃! 申し訳ない!」
- 「……!? あ、あの……ご、ごめん、なさい!\n私、見るつもりは……なかったんです、けど……」
- 「そ、そうか……良かった」
- 「……しかし、今日はわりと時間かかったよな?\nてっきり四糸乃が怒ってるからだと……」
- 「そ、そうなのか?」
- 「は、はい……」
- 「え?」
- 「え……!?」
- 「ほ、本当は……もっと、早く準備したかったんです、けど……」
- 「……もしかして、よしのんが片手を占領しているから余計に……」
- 「よ、よしのんは、悪く……ない、ですっ!」
- 「……あ、ああ、ごめん。うん、そうだよな。\nじ、じゃあ、行こうか……」
- 「さて……デートとは言ったものの、どこに行ったものか……」
- 「四糸乃、どこか行きたいところとか、あるか?」
- 「……え? あ、えっと……」
- 「……ん?」
- 「……………………。\n…………………………。\n……………………えっと……」
- 「……いや、そんな気負わなくていいから……。\nと、とりあえず、商店街に出て、買い物でも行くか?」
- 「あ……は、はいっ!」
- 「さて、商店街に来たはいいけど……どうするかな?」
- 「…………」
- 「……ん? どうした?」
- 「あ……あの……」
- 「あの店……? あそこって……電気屋か?\n電化製品に興味あるのか?」
- 「は、はい……あの、ダメ、ですか?」
- 「ダメなわけないだろ。じゃあ、行ってみるか」
- 「……はいっ!」
- 「うわー……」
- 「……このフロアは調理器具とかを売ってるんだ。\nそんなに面白いとこじゃないけどな」
- 「……士道さんは……この道具を使って……料理を、\n作ってるんです、よね?」
- 「ああ……うちで使ってるのもだいたい売ってると思うけど」
- 「……凄い、です」
- 「いやいや、そんな珍しいもんじゃないぞ?」
- 「……………………」
- 「あの……これは、なんですか?」
- 「これは炊飯器だよ。これでご飯を炊くんだ。\n家にあるのよりいいやつだから、\nこれならもっとおいしいご飯が炊けるかもな」
- 「もっと……おいしい……?」
- 「ああ……でも、そう簡単には買えないよなぁ……」
- 「そ……そうなんです、か……」
- 「……こ、これは?\nこっちは……何ですか?」
- 「ああ、中華鍋だよ。それで炒飯とかやったら本格的っぽいよな。\nまぁ、大き過ぎて、うちのコンロでは使えないけど……」
- 「……そう、ですか……。\nそ、それじゃ……こっちの、これは……?」
- 「あ……す、すみません……」
- 「いや、そんなことないって。\n四糸乃が楽しそうで、俺も嬉しいよ」
- 「……あ、ありがとうございます……!」
- 「……そうだ、四糸乃も何か買ってみるか?」
- 「……え?」
- 「興味、あるんだろ?」
- 「……あ、あの……」
- 「……何かお探しですか?」
- 「……!!?」
- 「あ、あの………え、えっと……その……っ」
- 「う、うんっ……!」
- 「……うんっ」
- 「か、かまします……っ!」
- 「………あ、あのっ」
- 「はい、なんでしょうか?」
- 「……!!!?!?」
- 「……?\n……あ、あのー? どうしました?」
- 「いえいえ、気にしないでください。すいません!」
- 「……四糸乃、大丈夫か?\nと、とりあえず出よう……な?」
- 「……は、はい……」
- 「……落ち着いたか?」
- 「……はい……すみません……」
- 「うん、四糸乃は充分にがんばったぞ。気にすることはない」
- 「…………」
- 「……ところで、さっき店員さんに何を言おうとしてたんだ?」
- 「……あ、えっと……」
- 「……士道さん、が……もっと、美味しい……り、料理を……\n作れる道具は、どれですかって……」
- 「え?」
- 「……み、みんな笑顔に……なれます、から……!」
- 「……そ、そうか」
- 「……は、はいっ!」
- 「直接言われると、なんか照れるな……ははっ」
- 「ありがと……って、食べられないよな、よしのんは?」
- 「……で、でも、ダメ、でした……買えません、でした……」
- 「う~ん……そんなに落ち込むなよ……」
- 「…………」
- 「……なあ四糸乃、何か食べてみたいものとかあるか?」
- 「……え?」
- 「今まで食べたものじゃなくてもいいからさ」
- 「…………」
- 「あ……わ、私もそれがいい、です……」
- 「なるほど……さつまいもとかか?\nそれだと……大学芋とかかな?」
- 「……だいがくいも、ですか?」
- 「ああ、そうだよ。甘くてほっくほくだ」
- 「おう。あれは確か無水鍋を使うとおいしくなるんだよな……\nじゃ、せっかくだから、買っていくか」
- 「……む、むすいなべ? なん、ですか、それって?」
- 「料理をもっとおいしくする道具だよ」
- 「……!」
- 「店員さんとはしゃべれなかったけど、\n四糸乃の気持ち、俺には伝わったからさ」
- 「四糸乃……と、よしのんのために、今度大学芋、作ってやるよ」
- 「あ……ありがとう、ございますっ!」
- 「う、うんっ……」
- 「よっと……」
- 「……重くない、ですか?」
- 「だ、大丈夫……こ、これくらいへい――おわっ、と!」
- 「わ、私も……手伝い、ますっ……!」
- 「いや、大丈夫だから……」
- 「……じゃ、じゃあ、重くなったら、言ってくだ、さいっ!」
- 「……ああ、ありがとう、四糸乃」
- 「は、はいっ!」
- 「四糸乃、なんだか嬉しそうだな?」
- 「……え? そ、そうですか?」
- 「ああ」
- 「そっか。俺も作りがいがあるよ」
- 「は、はい……う、嬉しい、ですっ」
- 「おう、そんなに喜んでくれるのか……嬉しいな」
- 「…………!」
- 「……そうだ、四糸乃。今日の夜、空いてるか?」
- 「……夜、ですか……?」
- 「ああ、実は今日の夜、みんなで池に行くことになってるんだ。\n『[天狗牛*てんぐうし]』にお供えをするとかでさ」
- 「てんぐ、うし……?」
- 「何でも天宮市の守り神さまだって話でな……。\n最近、お供えを怠ってるから、みんなで行こうってさ。\nまあ、肝試しみたいな感じだけど」
- 「よかったら……四糸乃も一緒に来るか?」
- 「こ、怖いんです、か……?」
- 「え……あー、まあ夜だし、人気のないところだから、結構怖いかもしれないな……。\nまあ、無理にとは言わないけど……」
- 「………い、行きますっ!」
- 「え!? ほ、本当に?」
- 「は、はいっ!\nこ、怖いです、けど……み、みんなと一緒なら、平気、です!」
- 「……そうか」
- 「おいおいよしのん、大げさすぎないか?\nじゃあ四糸乃、夜、よろしくな」
- 「はい……がんばります……!」
- 「……よし、ご飯も炊けたし、いつ夕飯にしても大丈夫だな。\nあれ……?」
- 「…………」
- 「……四糸乃? どうした?」
- 「……あの……お、お手伝い、します……」
- 「手伝い……?\nああ、夕飯の準備、手伝ってくれるのか?」
- 「……はい」
- 「ははっ、助かるよ。\n……でも、何を手伝ってもらおうか……\nあらかた済んじゃったんだよな……」
- 「…………っ!」
- 「……よし、そうだな。とりあえず、テーブルに皿を並べてもらおうかな。\n向こうの棚に入ってる食器を持ってきてくれるか?」
- 「……はい」
- 「……!? なんだっ!?」
- 「…………」
- 「四糸乃……? だ、大丈夫か!?」
- 「……ご、ごめんな、さい……。お皿……割れちゃい、ました……」
- 「あ、いやいや……大丈夫だって! 大したことないから!」
- 「……………………」
- 「あ、ああ……四糸乃に食器を並べるのを\n手伝ってもらってたんだけど、皿を落として\n割っちまったみたいでな……」
- 「え……いや、四糸乃が自分から手伝うって言い出したから……」
- 「あー……すまん……」
- 「わ、わかったよ……気をつける」
- 「お、おう……」
- 「……よ、四糸乃。大丈夫だから……落ち着け、な?」
- 「…………す、すみま、せん……私……」
- 「いや……気にすることないって。\n誰にでも失敗はあるもんだから……」
- 「でも……私……士道、さんのお役に立ちたいと思った、のに……。\n情け、ない……です……」
- 「そうだぞ、四糸乃。\n手伝ってくれるって言葉、俺は凄く嬉しかった」
- 「…………え?」
- 「失敗したっていいんだよ。何をするにしても、少しずつ少しずつ\n慣れていって、うまくなって行けばいくものなんだ」
- 「……士道、さん……」
- 「……だから安心しろ。な?\nもうすぐ晩飯だから、一緒に楽しく食事して、\n嫌なことは忘れちまえ」
- 「……ありがとう、ございます……」
- 「お、おう……!」
- 「……上手く、フォローできたかな……」
- 「良かった……」
- 「……わ、わかったよ」
- 「怪我がなくて良かったけど、今度からは気を付けないとな」
- 「……す、すみま、せんっ……!」
- 「……えっ?」
- 「いや、しかしだな……次のことを考えると……」
- 「……私が、余計な、ことをしたせいで……お皿を……!」
- 「……いや、そんなに重く考えなくても大丈夫だぞ?」
- 「ほら、大丈夫だから……四糸乃は休んでてくれ。な?」
- 「……はい……本当に、すみま、せん……」
- 「……あー、ちょっと失敗したかな……」
- 「うおっ!? なんだよ琴里!?」
- 「……す、すまん。俺が考え至らなかったばっかりに……」
- 「……本当に面目ございません…………」
- 「おーい、殿町ーっ!」
- 「どこだ、殿町ーっ!」
- 「大丈夫なのかーっ!?」
- 「……ダメだ、見当たらない。\n本当にどこに行っちまったんだ、殿町の奴……」
- 「まさか、本当に………って、そんなはずないよな。\nそもそも『[天狗牛*てんぐうし]』なんて、殿町が考えた嘘だし……」
- 「そ、そもそも幽霊なんている訳ないし……\nいたとしても、全然怖くなんて……」
- 「みーつーけーたー」
- 「ひぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
- 「だ、誰だっ……!?\n…………って、あれ?」
- 「よ、四糸乃……?\nい、今の声は、よしのんか……?」
- 「す、すみません……」
- 「い、いやいや、ビビってない! ビビってないぞ!?」
- 「そ、それより、どうしたんだ?\nみんなと一緒にいろって……」
- 「……わ、私も、士道さんと一緒が……」
- 「俺と一緒が……?」
- 「し、士道、さんと一緒の方が……あ、安心できます、から……。……だ、ダメですか?」
- 「い、いや……ダメじゃないけど……。\nじゃあ、一緒に行くか……?」
- 「……はい……!」
- 「よし……じゃあ、はぐれないようにな」
- 「おーい、殿町ーっ!」
- 「殿町ーっ、どこだーっ!」
- 「…………」
- 「……四糸乃? ……大丈夫か?」
- 「……は、はいっ!」
- 「……全然大丈夫そうには見えないけど……」
- 「す、すみ、すみません……!」
- 「……っ!!」
- 「……なんか寒くなってきたな……さすが肝試し……四糸乃、風邪ひかないように気を付けろよ……って!?」
- 「ちょ、この冷気って……四糸乃が出してるのか!」
- 「……ご、ごめん、なさい……怖、くて……」
- 「…………!!」
- 「………ほら」
- 「……え? あ、あの……?」
- 「……手、つないどこうぜ……。\nその……はぐれるかもしれないし。\nそれに、手、つないでた方が安心できると思うぞ……?」
- 「……そ、そうなんですか?」
- 「……改めてそう聞かれると迷うけど……た、多分」
- 「…………わかり、ました……」
- 「…………」
- 「…………!」
- 「……どうだ?」
- 「……し、士道さんの手、あったかい、です……」
- 「……あ、安心、します」
- 「そうか……なら良かった」
- 「…………」
- 「…………」
- 「うわっ!」
- 「…………!」
- 「な、な、何言ってんだよ!」
- 「……ちゃ、茶化すなよ……行くぞ、四糸乃……!」
- 「……あ」
- 「……あ、やっと来たか!\nおにーちゃん! 何やってたの!」
- 「わ、悪い……ちょっと、道に迷っちゃって……」
- 「捜しに行ったおにーちゃんたちが迷子になってどうするのだー」
- 「わ、悪い……」
- 「……いやー、それにしても殿町のヤツはどこで何してるんだかな、\nまったく……」
- 「…………何故……?」
- 「…………あの記憶も……あの記憶も……全て残っている?\nやはり、リセットが不完全になってきている……」
- 「…………〈[凶禍楽園*エデン]〉の力が不安定になっている……。\n何故? どうして、こんなことになってしまったの?」
- 「…………これでは、守れない………」
- 「……それだけは避けなければ……なんとしても…………」
- 「……これが……私の願い…………」
- 「……すべては……決まっていること……」
- 「……ただ……あるがまま……」
- 「……士……きて。……ねえ、起きて士道、朝だよ?」
- 「……ん……んん? り、凜祢……か?」
- 「おはよう、士道」
- 「おう、おはよう凜祢……」
- 「どうしたの? ちょっと体調悪い?」
- 「ああ、いや大丈夫。寝ぼけてただけだよ。\n昨日、なんだかんだあったから疲れてんのかな」
- 「そ、そうだね。色々あったもんね」
- 「ほんと、病み上がりのくせに何やってんだ、って感じだよな」
- 「……そういう割に、楽しそうな顔してるよ?」
- 「え……ああすまん。実際、ああいうのも久しぶりだったからさ」
- 「ふふ……そうだね。でも、あんまり無理したらダメ。\n今日の球技祭も見学にしておいた方がいいんじゃないかな?」
- 「あ……そうかもな。まぁ、それはその時考えるとする」
- 「もう、士道ってば――って、あ!」
- 「どうしたんだ?」
- 「士道すぐ起きるかなーって思ってたから……\nお鍋の火、つけっぱなしだった……あはは……」
- 「笑い事じゃねぇ!」
- 「そういうわけでごめんね士道。\nちょっと見てくるから、二度寝しないでちゃんと起きないと\nダメだよ!」
- 「凜祢……俺はむしろおまえの方が心配だよ……」
- 「あいつ、ちょっと天然なところあるしな……」
- 「さてと……早く行かないとお小言もらっちまうな」
- 「お鍋、なんとか無事だったよ。ちゃんと着替え――」
- 「……」
- 「……」
- 「えっと……」
- 「きゃー! ……って叫んだ方がいいのかな?」
- 「待て、待つんだ落ち着け凜祢。\nそれは俺に死ねと言ってるのと同義だぞ?\nてか、もう叫んでるじゃねぇか!?」
- 「ご、ごめんなさい……」
- 「さっき、凜祢の悲鳴が聞こえたような気がしたのだが……」
- 「おにーちゃん、面白そーなことあった?」
- 「し……士道……さんっ!?」
- 「いや、これにはわけが……って\nおまえらまで入ってきたのかよ!?」
- 「とりあえずいい、士道?」
- 「な、なんだ……凜祢?」
- 「悪いと思うんだけど、\n収まりつかなくなったら大変だし……ごめんね?」
- 「はい?」
- 「あたた……」
- 「ご、ごめんね……\nそんなに強くはしなかったつもりだったんだけど……」
- 「や、完全に気を抜いてた俺が悪い。別に凜祢のせいじゃないって」
- 「おにーちゃんは凜祢おねーちゃんに裸を見せたかったのかー?」
- 「ちょっと待て琴里、\nおにーちゃんを勝手に変態紳士にするんじゃない」
- 「えー、いいでしょー! あははー、おにーちゃんの変態紳士ー」
- 「変態紳士言うな!」
- 「濡れ衣だ!」
- 「……し、士道さんは……きっと、違い、ます!」
- 「四糸乃……俺の味方は四糸乃だけだ!」
- 「は……はい! ありがとうござい、ます」
- 「よしよし……いやー、四糸乃はいい子だなぁ。な、琴里?」
- 「……っ…………えい!」
- 「な!?」
- 「ぬ……琴里、これは当たったら危ないのではないか?」
- 「あははー、大丈夫だよー。だっておにーちゃんだもん」
- 「こーら、ダメよ琴里ちゃん。\n士道はまだ本調子じゃないんだから……」
- 「はーい。ごめんなさい、凜祢おねーちゃん。\nでも、おにーちゃんの顔、すごく面白かったぞー 」
- 「あのな……」
- 「さ、みんな揃ったし、そろそろ朝ご飯にしましょう。ね?」
- 「そうだな。このままじゃご飯が冷めちまう」
- 「おおっ!? さっきからいい匂いがすると思えば……これは!?」
- 「ふふっ、朝からちょっと重いかなあって思ったんだけど……\n今日は約束通り十香ちゃんの好きなハンバーグにしたんだ」
- 「ちょっと自信は無いんだけどね。\nさあ、冷めないうちに召し上がれ」
- 「俵型とは珍しいな! おぉ!?\nジューシーな肉汁がどんどん出てきてたまらなくうまそうだぞ!」
- 「食べ切れるか……心配、です」
- 「なんかテンションあがってきたっ!」
- 「ふふ、琴里ちゃん、四糸乃ちゃんも冷めないうちにどうぞ。\nちゃんとみんなの食べる量に合わせてあるから」
- 「お-! じゅーしーなうちに、いただくのだー!」
- 「い、いただき……ます……っ!」
- 「ふふ……みんな美味しそうに食べてくれるから、本当に嬉しいな」
- 「凜祢はみんなのこと、ちゃんと考えてくれてるよな。\nそういうところ、凄くいいと思う」
- 「ちょ、ちょっと士道……照れちゃうから\nそういうこと言うのなし!」
- 「はは……すまん」
- 「んー、どーしたの。おにーちゃん?」
- 「や……凜祢と十香って、最初、どこで会ったんだっけ?」
- 「――え? ええと、学校だけど……?」
- 「そ、そっか……そりゃそうだよな」
- 「うん、転校してきた日に……ね。十香ちゃん?」
- 「ん? そうだと思うぞ。\n凜祢はすぐに私と仲良くしてくれたので、とても助かった!」
- 「そ、そうか……」
- 「士道ってば、いきなり変なこと聞いて……どうかしたの?」
- 「――四糸乃は?」
- 「え……」
- 「四糸乃と凜祢が最初に会ったのって、どこだっけ?」
- 「四糸乃ちゃん? えっと……」
- 「ど、どこ……でしたっけ……っ?」
- 「確か、四糸乃ちゃんが士道の隣のマンションに越してきたとき\n……ほら、引越しの挨拶したときだよね?」
- 「え……あ、はい……っ! た、たぶん……そうです!」
- 「……そうだったっけ?」
- 「あーいや、大丈夫だ。すまん、変なこと聞いて」
- 「ううん、それより早くご飯食べて。遅くなっちゃうから」
- 「おう」
- 「よしよし。それじゃあ私はそろそろ出るから。\nあとはよろしくね?」
- 「え? まだ、時間あるんじゃないか?\nそれに朝飯だってちゃんと食べてないだろ?」
- 「……え~と、今日は朝練ちょっと早めに準備しなきゃいけなくて。\nごめんね」
- 「おー、凜祢おねーちゃん、いってらっしゃいなのだー!」
- 「はーい、いってきまーす」
- 「……………………」
- 「ん、シドー、どうかしたのか?」
- 「凜祢のヤツが妙に慌ててたから……大丈夫かなって」
- 「ん、私は良くわからなかったが……」
- 「――ぬ、ぬうっ!?\nシドー、このハンバーグはやはりただ者ではないな!」
- 「旨味があとからあとから溢れてきて、うますぎるぞ!\nだろう、四糸乃!?」
- 「は……はい! とっても……おいしい、です」
- 「はは……そんなに喜んでくれてるなら、凜祢も嬉しいだろうな」
- 「うむ。やはり凜祢の料理は最高だな! シドーも早く食べるのだ!\n冷めるともったいないぞ!」
- 「お、おう」
- 「お!? う、うまい!\n今まで食べたハンバーグの中でも格別だ!」
- 「ん! そうだろう!?」
- 「凜祢と結婚できる男は幸せだよな……\nこんなうまい料理が毎日食べられるんだから」
- 「――!?」
- 「し、シドーはやはり……うまい料理を作れる[女子*おなご]が\nいいのか……?」
- 「ん、なんか言ったか十香?」
- 「な、なんでもない! なんでもないぞ!」
- 「そ、そうか。琴里、ちゃんと食べろよ」
- 「りょーかい! お残しは許しまへんでー!」
- 「ど、どんなキャラだよ……まぁ、正しいからいいけど」
- 「ううん、それより早くご飯食べて。遅くなっちゃうよ」
- 「おう」
- 「お!? う、うまい!\n今まで食べたハンバーグの中でも格別だ!」
- 「ん! そうだろう!?」
- 「うん! これはご飯も進むな!」
- 「もう、士道……もっとよく噛んで食べないと駄目だよ?」
- 「わかってるって!\nおい琴里、ハンバーグだけじゃなくて、ご飯もちゃんと食べろよ」
- 「りょーかい! 食べ残しは許しまへんでー!」
- 「ど、どんなキャラだよ……まぁ、正しいからいっか」
- 「ふふふ……」
- 「あー、そういや今日は球技祭か。\n俺は大事をとって見学するかもしれないけど、\n十香はテニスに出るんだっけ?」
- 「うむ、そうだが……シドーは大丈夫なのか?」
- 「ああ、一応病み上がりだから、大事をとるだけだよ」
- 「ん、そうか……仕方がないな」
- 「凜祢はラクロスになったんだっけ?」
- 「そう、私は部活がラクロス部だし……。\n本業だから、負けられないかも」
- 「おう! 頑張れよ!」
- 「ふふ、ベストは尽くしてみるね。\nでも、一番大切なのは、スポーツを楽しむ気持ちだから」
- 「はは、凜祢らしい答えだな」
- 「そうかな? 普通だと思うんだけど……」
- 「まあまあ……とりあえず、せっかくの機会だし、\n俺の分まで楽しんでやればいいよ」
- 「うむ、凜祢、ファイトなのだ!」
- 「うん、ありがとう。二人とも。私、頑張るね!」
- 「……」
- 「十香? どうした、ボーっとして?」
- 「む。いや、なんでもないのだ。少し考え事をしていた」
- 「そうか。何か悩みがあるなら、遠慮なく相談しろよ?」
- 「ん、そうだな。では、早く学校に行くのだ!」
- 「お、おう……」
- 「はいはーい、それではホームルームを始めまぁす」
- 「今日は、皆さんお待ちかねの球技祭ですよぉ」
- 「テスト前の最後の息抜きに、思う存分、\n青春の汗を流してくださいねぇ」
- 「あの、先生……」
- 「五河くん? どうしたんですかぁ?」
- 「すいません、俺まだ体調イマイチなんで、\n今日見学にさせてもらってもいいですか?」
- 「あらあら、大丈夫ですかぁ? 残念ですけど、\n仕方がないですねぇ……もしも具合が悪いようなら\n保健室に行って休んでもいいですよぉ」
- 「あ、はい。適当に見学してます。\n気分が悪くなったら保健室行くんで」
- 「わかりました。\nでもあまり、無理しないようにしてくださいねぇ?」
- 「ありがとうございます」
- 「ゲホ! ゲホゲホ! せ、先生ーッ!」
- 「ど、どうしたんですかぁ! 殿町くん?」
- 「じ、持病の結核が再発したみたいで――ゲホゲホッ!」
- 「そ、それはいけません!\n殿町くん、今すぐ病院に行きましょう!」
- 「――え、ええぇっ!?」
- 「今は治療薬が進歩してるはずですから、治らない病気じゃ\nありません! でも、結核は昔の病気だと思って、治療を\n疎かにしていては足元をすくわれてしまいますよ?」
- 「い、いや……ほ、発作はもうおさまってきたみたいなので……」
- 「殿町くん?\n昨今、若年層の結核患者が増えてきているらしいですよぉ?」
- 「病院までは私も付き添いますから、\n早く適切な治療を受けましょう!」
- 「タ、タマちゃん! いや、生徒思いの岡峰先生ッ!」
- 「は、はい!?」
- 「……先生の生徒の体を心配する気持ちが、\nとっておきのワクチンになったみたいです!」
- 「……?」
- 「見てください! ごらんの通り、発作はもう治まりました!\nフンッ! フンッ! フンッ!」
- 「ほら! 先生のお陰で元気も勇気も百倍です!\nフンッ! フンッ! フンッ!」
- 「で、でもぉ……」
- 「大丈夫です。病院にはあとで必ず行きます」
- 「先生のお陰で発作は治まりましたが……今日は大事をとって、\n球技祭を見学しておきます」
- 「わ、わかりましたぁ。\nそれでは、あとでちゃんと病院で診てもらってくださいねぇ?」
- 「はいはーい!」
- 「それじゃあみなさん、この間くじで決めた自分の出る競技と\n集合場所をもう一度確認してくださぁい」
- 「――おい五河! 見たか殿町マジックを!\nおまえだけサボろうたってそうはいかねーぞ?」
- 「あのなあ……おまえと一緒にするんじゃねーよ。\nていうか、タマちゃんじゃなきゃ絶対通用してねーからな、今の」
- 「なんだよ五河、俺の才能に嫉妬してんのか?」
- 「……おまえ、マジで一回病院に行ってこい。結核じゃない方でな」
- 「まあまあ、そう熱くなりなさんな。俺とおまえの仲だ。\nなんなら、サボりたいときに使っていいからよ?」
- 「どんだけポジティブ思考なんだよ!\nあんなバレバレな方法を誰が使うかって――」
- 「あー! ケホンケホン! うー! ケホンケホン!\nケホンといったらケホンなのだ!」
- 「へ……?」
- 「や、夜刀神さん!? と、突然、どうしたんですかぁ?」
- 「う、うむ! さきほどの殿町から結核の菌を\nもらったのかもしれん。できれば、私も見学にしてくれ」
- 「お、おい十香! おまえは出れるだろう?」
- 「むう! 私もシドーと一緒に見学したいのだ!」
- 「――っ!」
- 「えぇっと……や、夜刀神さん? 咳の方は大丈夫ですかぁ?」
- 「ん? お、おお! そうであったな!」
- 「け、ケホンケホン! ケホンケホン! こんな感じでどうだ?」
- 「えぇと……困りましたねぇ」
- 「十香ちゃん、朝は体調悪そうじゃなかったよね?」
- 「あ、いや、それは……ケホン……」
- 「誤魔化さないの」
- 「……う…………」
- 「十香、あんまり先生を困らせるなよ。\nテニス、初めてだから楽しみって言ってたじゃないか」
- 「むう……それは、そうなのだが……」
- 「ん? 十香ちゃんどうかした?」
- 「殿町はよくて、なんで私がシドーと一緒にいてはいけないのだ!」
- 「ひえっ!?」
- 「その発言は耳に余る」
- 「鳶一折紙!?」
- 「自分に与えられた責務を果たせない者に、\n士道と過ごす権利はない」
- 「ど、どういう意味だ!?」
- 「士道と一緒の時間を過ごせるのは、球技祭で結果を残した人のみ」
- 「はい?」
- 「あ……それ、面白いかも」
- 「はい!?」
- 「あなたが勝負を降りるというなら、\n終わった後に士道と過ごすのは……私」
- 「な!? それなら私もちゃんと『てにす』を頑張る!」
- 「頑張ったところで無意味。\nなぜなら、結果は見えているようなもの」
- 「うるさいうるさいうるさい! 私は球技祭に出るぞ!」
- 「勝手にすればいい……勝つのは私」
- 「ぐぬぬぬぬ……絶対に負けんぞ……」
- 「ふふ、うまくまとまったんじゃない?」
- 「そ、そうかぁ……? というか俺の関係ないところで、\nいつの間にか景品にされている気が……」
- 「十香ちゃんのためだよ、あきらめなさい」
- 「仕方ない……」
- 「十香はとにかく『テニス』を頑張れよ。時間が合うかどうか\nわからないけど、なるべく応援に行くようにするから」
- 「ん! ほ、本当か!?」
- 「ああ、本当だ」
- 「うむ、待っているぞ!」
- 「折紙も応援に行けるかどうかはわからないけど、\nクラス優勝のために『バレーボール』頑張ってこいよ。な?」
- 「士道がそういうなら」
- 「あと、十香を止めてくれてサンキュ」
- 「お礼なら必要ない。\nあれ以上ホームルームを妨害されると、この後の進行に関わる」
- 「そ、そうか……」
- 「はぁ……」
- 「なーにため息ついてんだよおい、ファッキンナイスガイ五河!\n可愛い女子に引っ張りダコにされる気分ってのは、\nどんなもんなんだよ?」
- 「おまえが仮病なんか使うから、こんなことになってんだろうが!」
- 「やー、まさか、十香ちゃんが殿町マジックを使ってくるとは\n思わなかったなー。感心したぜ」
- 「頼むから、これ以上十香に悪影響を与えないでくれ」
- 「えぇと……五河くん?」
- 「あ、はい!?」
- 「結局……見学は五河くんと殿町くんの二人でいいんですよねぇ?」
- 「はーい! そーでーす! よろしくお願いしまーす!」
- 「わ、わかりましたぁ。\nえぇっと……二人は確かサッカーに出場する組でしたよねぇ?」
- 「は、はい……」
- 「それじゃあ、球技祭委員会にメンバー交代の連絡して\nおきますねぇ。\nチーム編成は、交代用のメンバーと調整してください」
- 「な、なんかすみません。いろいろと……」
- 「大丈夫ですよぉ。二人とも自分の体調を優先してくださいねぇ。\nそれで、もし調子がよくなったら、\nみんなの応援をしてあげてくださぁい」
- 「はーい! お任せくださーい!」
- 「わ、わかりました……」
- 「それではぁ、2年4組総合優勝目指して頑張りましょうねぇ!」
- 「うむ! 任せるのだ!」
- 「ふふ……十香ちゃん、負けられないね?」
- 「うむ。だが、私は凜祢にも負けん! 全力で戦うぞ!\nだから凜祢も頑張れ!」
- 「え、え~と……私も頑張るね」
- 「うむ!」
- 「え!? え~と……私も頑張るね。\n競技も部活でやってるラクロスなんだし」
- 「うむ!」
- 「ところでシドー」
- 「なんだ? まだなにかあるのか?」
- 「『てにす』とは、一体何をするのだ?」
- 「あー……」
- 「さあ、五河! この世の楽園を拝みにいこうぜ!」
- 「いや、まずサッカーにいかないとまずいだろ。俺たちが見学に\nなったことで、ワリ食った連中だっているわけだし」
- 「そんなもんあとあと! まずは女子が先だっての!\n早く覗きに行こうぜ?」
- 「覗きじゃなくて、応援な?」
- 「堅いことは言いっこなしだよ、五河ちゅあん!\nで、どこ行くどこ行く?」
- 「もう昼か。見てるだけでも、あっという間に時間が過ぎるな」
- 「ええっと……昼飯、みんなどこで食べるって言ってたっけ?」
- 「んー! 遅いぞシドー!」
- 「お、いたいた!」
- 「シドー、すまん。腹が減って先に食べていたぞ」
- 「そりゃ、あれだけ身体を動かせば腹減るよな。\n運動した後、こういうところで食べるメシってうまいし」
- 「うむ、そうなのだ! 凜祢の弁当がいつにも増してうまい!」
- 「ふふ、ありがとう。とっても嬉しい」
- 「士道。あーん」
- 「……え?」
- 「あーん」
- 「あ、いや……」
- 「む! 貴様何をしている!?」
- 「説明する義務はない。あーん」
- 「むう! ぬ、抜け駆けで『あーん』とは、ずるいぞ鳶一折紙!」
- 「私は自分の弁当を士道に分けているだけ。園神凜祢の弁当を\n食べているあなたに、『あーん』をする資格はない」
- 「な、なんだと!?\nり、凜祢の弁当は、私の弁当でもあるからいいのだ!」
- 「論拠が不明瞭。仮にそれで士道が『あーん』をして、\n彼が満足したとしても、その功績は園神凜祢のものであって、\nあなたのものではない」
- 「う、うるさいっ!\nシドー、こっちの方がおいしいぞ!\nいいから早く『あーん』するのだ!」
- 「わ、わかった! わかったから落ち着け、二人とも!」
- 「じゅ、順番に食べればいいだろ?」
- 「先に『あーん』したのは私。士道、あーん」
- 「むぅ……! は、早く食べるのだシドー! あーん!」
- 「んぐっ! そんな、おまえ、ほとんど同時じゃ――!」
- 「あーん」
- 「む! あーんあーん!」
- 「――ちょ! んぶっ! まだ口ん中に――」
- 「あーん。あーん。あーん」
- 「うがー! あーんあーんあーんあーん!」
- 「ちょ――! んぼぇっ!? うぷっ……! うぐ……ッ!」
- 「……!?」
- 「ん……っ!?」
- 「あ!?」
- 「――し、士道!? はい、お茶!」
- 「……ん!」
- 「大丈夫かシドー!?\nぬ、鳶一折紙! 貴様のせいでシドーは!」
- 「その理屈はおかしい。\n士道がこうなったのは、あなたの割り込みが原因」
- 「よく噛んで……みんなで味わいながら食べましょ? ね?\n食べ物を粗末にしたら、許さないから」
- 「………………」
- 「ん、そ、そうだな」
- 「…………――ぷふぁー、た……助かった……」
- 「士道も気をつけなきゃダメだよ?」
- 「お、おう……すまん。凜祢がいてくれて助かった」
- 「もう、士道ってば……\nじゃあ、気を取り直して仲良くご飯にしましょう」
- 「う、うむ」
- 「園神、凜祢……強敵」
- 「皆さぁん、球技祭、大変お疲れ様でしたぁ」
- 「皆さんの頑張りで、うちのクラスはかなりの好成績を\n収めたんですが……惜しくも総合優勝は逃してしまいましたぁ」
- 「ざ、残念でしたけど、入賞はしましたから!\n皆さん、そんなに気を落とさないでくださいねぇ」
- 「身体を動かして、いい息抜きになったのなら、\nそれが一番の成果ですからねぇ。ね?」
- 「えぇっと……」
- 「シドー、私が負けたのがいけなかったのか?\nく、もう少し練習しておけば……」
- 「いや、十香のせいじゃないって。そんなに気にするなよ」
- 「ん、そうか……」
- 「………………」
- 「大丈夫か、凜祢?」
- 「負けちゃったね……ごめんなさい」
- 「え……? 凜祢は勝ったじゃないか。\n別におまえのせいじゃ……」
- 「え……? あ、えっとね……私がもっと頑張ってたら、\nみんなもっと頑張れたかも……なんて」
- 「凜祢は凄く頑張ってたよ。それは、俺が保証する」
- 「ありがとう、士道。そう言ってくれるだけで嬉しい」
- 「……お、おう」
- 「あ……ごめんなさい。私、変な顔してた?」
- 「ああ、いや……」
- 「ちょっと疲れちゃっただけだよ。だいじょうぶ、だいじょーぶ」
- 「おう。いつもの凜祢でほっとしたよ」
- 「え?」
- 「あ、いや……凜祢は笑顔が一番いいなって」
- 「あ、うん……ありがと、士道」
- 「おう」
- 「はいはぁい、身体を動かしたあとは、いよいよテストが\n近づいてきますよぉ?\n気持ちを切り替えて、テスト勉強に臨んでくださいねぇ」
- 「はいはーい! イヤイヤって言っても、テストは必ず\nやってきますから、各自で準備を進めておくようにぃ」
- 「あ、先生! そう言えば殿町のヤツは……?」
- 「大丈夫ですよぉ。ちゃんと病院に連れていきましたからぁ」
- 「そ、そうですか」
- 「今頃、正式な検査を受けている頃だと思いますぅ。\n心配いりませんよぉ」
- 「わ、わかりました。ありがとうございます……」
- 「生徒の健康に注意を払うのも担任の務めですからぁ」
- 「……あれ? 五河くん?」
- 「は、はい?」
- 「……殿町くんの姿が見えないようだけどぉ、五河くんたち、\n一緒に見学していたわけではないんですかぁ?」
- 「え、えぇっと……」
- 「あ、殿町なら、持病の具合が大丈夫そうだったので、\nサッカーの試合に出てもらおうと思ったんですが、\n途中で逃げていきましたー!」
- 「たぶん、今も元気に逃走中でーす!\n見つけたら、こっちで軽く説教しておきまーす!」
- 「……え、えぇっと、殿町くんは無事なんですかぁ?」
- 「果てしなく無事だと思いまーす!」
- 「そ、そうですかぁ、それならいいんですぅ……」
- 「えっと……そ、それではこれで、ホームルームを終わりまぁす。\n気を付けて帰ってくださいねぇ」
- 「……あれ? 五河くん?」
- 「は、はい?」
- 「……殿町くんの姿が見えないようだけどぉ、五河くんたち、\n一緒に見学していたわけではないんですかぁ?」
- 「え、えぇっと……」
- 「あ、センセー!\n殿町くんなら、タイチョーが悪くなったとかでー、\n先に帰ちゃったんですけどー」
- 「そ、そうなんですかぁ?」
- 「すみません。先生に言っておいてって言われたの、\nすっかり忘れてましたー」
- 「ああ、そうでしたかぁ。\nやっぱり病院に連れていくべきでしたかねぇ……」
- 「大丈夫です。私が最後に見たときは、まだ息をしてましたから。\n自分で病院も行けると思います」
- 「お、おまえら、殿町に何を――!」
- 「私たちのこと、他言したら、次は貴様の番だぞ……」
- 「――ヒッ!?」
- 「え、えぇっと、殿町くんは無事なんですねぇ?\nそれならいいんですぅ」
- 「……それにしても、あんなに健康そうな殿町くんでも、\n持病を持ってるものなんですねぇ。早く治療して元気になって\nくれるといいんですけどぉ」
- 「ジョブジョブ、ダイジョーブですよ、センセー!\nたぶん今頃、調教……治療を受けてる最中ですから。\nきっと明日には、多少まともになってるってモンですよ!」
- 「そ、そうですかぁ。わかりましたぁ……」
- 「それでは、ホームルームを終わりまぁす。\n気を付けて帰ってくださいねぇ」
- 「失礼しまーす! 令音さん、琴里こっちに来てな……って、\n誰もいないのかよ」
- 「あ、携帯で呼び出してみるか。\n……琴里、何してるかな?」
- 「おまえ、今どこにいる?」
- 「ま、その様子なら学校か家か……学校だな!」
- 「おまえのことなんて、なんでもお見通しだよ」
- 「ああ……って、待て! まだ切るな!」
- 「おまえ、今から時間あるか?」
- 「もし暇なら、一緒に買い物でもいかないかと思ってさ」
- 「あー……うん、まぁそうなるかな」
- 「あ、でも忙しいみたいだし……」
- 「そ、そうか?\nじゃ、駅前広場で待ち合わせでいいか?」
- 「え? ば、罰ゲームって……?」
- 「……ったく、琴里のやつ。\n罰ゲームがあるデートかよ……急がないと、だな」
- 「はぁ、はぁ……。\nな、なんとか先に着いたみたいだな……」
- 「昼間っから息を荒くしてるなんて……まるでケダモノね」
- 「おまえ……? 会って第一声が、それかよ……」
- 「あら、随分な反応ね? このままあなたの痴態を放置してたら、いつか警察沙汰になるに違いないと思って、言ってあげたのに」
- 「そうかよ……って、おまえ、リボン白じゃないんだな」
- 「何よ……悪い?」
- 「いや……電話では白だったからさ。\n別に悪くなんてねえよ。\nどっちのおまえも、琴里には変わりないしな」
- 「……そ。ならいいわ」
- 「リボンは良いとして……なんで服まで着替えてるんだ?\n学校から直接来るのかと思ってたけど……」
- 「……おしゃれくらいするわよ。\nデートなんだから……」
- 「…‥ん? 何か言ったか?」
- 「……なんでもないわ」
- 「それで?」
- 「それでって?」
- 「どこに連れてってくれるのよ?\nデートなんでしょ? エスコートしなさいよ」
- 「あ、ああ、そうだな。\nえっと……」
- 「なによ、ノープランなわけ?」
- 「そ、そんなことないぞ!?\nきょ、今日のデートプランはだな……」
- 「………と、とりあえず、ファミレスでも入るか?」
- 「……期待してた訳じゃないけど、ガッカリだわ……」
- 「は、はは……」
- 「それじゃ、行きましょ」
- 「え、ファミレスでいいのか?」
- 「あなたが自分で言ったんじゃない。\n仕方ないから一緒に行ってあげるわよ」
- 「そ、そうか……」
- 「……ん?」
- 「え? あ、はい。そうですけど……」
- 「……何の話です?」
- 「は、はあ……」
- 「はい、分かりました。伝えておきます……」
- 「なに?」
- 「……ああ、令音さんから。神無月さんが緊急の報告があるから、\nすぐに〈フラクシナス〉に来てほしいって……」
- 「……そう。\nだったら、ここでデートは中止ね」
- 「お、おう。仕方ないよな……」
- 「それじゃ、私はすぐに戻るわ。悪いわね」
- 「ああ……」
- 「……これからデートって時に。\nあいつもホント、忙しい身だよな……」
- 「ふー、授業も終わったぞ。\nさて、放課後の行動を考えなくちゃな……。\n……ん?」
- 「あ、おにーちゃん。オッスなのだー!」
- 「琴里……?\nなんで、俺の高校に……?」
- 「ちょっと令音に用があってねー。これから帰るとこー」
- 「……そうか。あれ? おまえ……リボン、白、なんだな……?」
- 「そうなのだー」
- 「令音さんに会うのにそれって……。\n一体、どういう風の吹き回しなんだ?」
- 「そんなにいつもいつも張り詰めていたら、\n身体がまいっちゃうよー」
- 「なるほど……」
- 「何か問題でもあるのか?」
- 「あ、いやいや……。\n琴里が楽しそうで何よりだよ」
- 「…………」
- 「……ん、どうかしたか?」
- 「前からちょっと、おにーちゃんに聞きたいと\n思ってたんだけどさー……」
- 「何だ?」
- 「おにーちゃんは、今の私と司令室の私、どっちが好みなの?」
- 「そ、それはだな……」
- 「どちらかと言うと、今のおまえの方が好きかな……」
- 「そうなの? なんで?」
- 「なんでって……そりゃ、今のおまえは、\n俺の心を深く傷つけることもないからな」
- 「白モードのおまえを見ていると、俺は失われし古き良き日々……仲睦まじき兄妹の頃を思い出して心が癒されるんだ……」
- 「それはつまり、おにーちゃんはシスコンだっていうことかー?」
- 「え!? し、シスコン!?」
- 「しかも、昔の私っていうことは、ロリコンでもあるってことー?」
- 「あ……いやいや、待て待て……」
- 「わーいわーい、私のおにーちゃん、シスコンでロリコンだー!」
- 「いや、待てよ、おい!\nそれって、何か違うだろ!?」
- 「……なぜだ!\n白琴里なら、俺の心を傷つけないと思ったのにっ!」
- 「俺は……今のおまえも悪くないけど、\n〈ラタトスク〉にいるときのハードなツッコミも嫌いじゃないかな?」
- 「……それはつまり、おにーちゃんはハードな責めに\n興奮するドMの変態野郎ってことなのか?」
- 「はっ!? いや、待て! なんで、そういうことになるっ!?」
- 「見損なったぞ、おにーちゃん!\nこれからは、付き合い方を考えるからなー!」
- 「いや、だから待てよ! 俺が言ったのは、そんな意味じゃ……」
- 「いやー、私のおにーちゃん、ドMの変態だーっ!!」
- 「ち、違う! 俺は断じて変態なんかじゃないぞー、琴里ーっ!!」
- 「……どっちかって言うのは決められないかな」
- 「んー、なんでー……?」
- 「そりゃあ、どっちも俺にとっての大切な妹だからな。\n好みとかタイプの問題を超えて、両方とも好きだよ」
- 「お、おにーちゃん……誰がそんないいことを言えと……?」
- 「その評価悲しいな! むしろ、俺がどっちかの琴里が好きだって言ったら、そっちの方が嘘になるよ。\n俺はどんな琴里も好きだから……な?」
- 「……む、むー。なんか改まってそう言われるとむず痒いぞー」
- 「……や、まあ、俺もちょっと恥ずかしかったりする。\nでも、本当のことだからな」
- 「……ぬ、ぬわーっ!? そ、それではまた会おうッ!!」
- 「なんだ、琴里……変なやつだなあ……」
- 「ああ……誰か誘って高台デートしようと思ったけど……。\n琴里が気になって結局誰も誘えなかったな……」
- 「もう今日は仕方ない……。\n買い物でもして家で琴里を待つとするか」
- 「……ただいま」
- 「お、ようやく帰ってきたみたいだな」
- 「……士道。一人でぼーっとしちゃって、何してるの?」
- 「ああ、いや……特に何ということもない」
- 「変なの……お風呂、沸いてる?」
- 「おう、入れてあるよ」
- 「それじゃあ、お風呂入ってくるわ。\n長くなるかもしれないけど気にしないで」
- 「ちょ……ちょっと待ってくれ!」
- 「……何?\nもしかして、一緒に入りたいとか言うんじゃないでしょうね?」
- 「そ、そんなわけあるか!」
- 「ならなんなのよ?」
- 「ああ、そのさ……昼間のデートの続き、しないか?」
- 「はぁ? 今から?\n何時だと思ってんのよ!」
- 「だってさ……昼間のデート、不完全燃焼だっただろ?\nだから、夜の散歩でも……どうかな?\nほら、ちょっとはデートっぽいだろ?」
- 「その……おまえだって精霊だ。\nつまり放っておいたら、暴走しちまう可能性だってあるんだろ?」
- 「そ、それは……そうだけど……」
- 「おまえが前みたいに苦しむようなことになったら、俺は……」
- 「…………」
- 「……あ、でも、疲れてるようなら今日じゃなくても……。\n明日とか明後日とかでも……」
- 「……分かったわ。行きましょ」
- 「うん、別に今日じゃなくても全然大丈夫……って、え?」
- 「だから、今から行きましょうって言ってるの」
- 「い、いいのか?」
- 「自分で誘ってきたんじゃない。\nそれとも何? やっぱりやめる?」
- 「い、いや、行く!\n行かせていただきます!」
- 「じゃあ、さっさと支度しなさい」
- 「お、おう……」
- 「こうして二人で歩くのって、なんだか久しぶりだな」
- 「そうね……」
- 「昔は、おまえも無邪気に『おにいちゃん、おにいちゃん』って、俺の後をついて回ってたりしてたんだけど……」
- 「おまえも、ずいぶんと忙しい身の上になっちゃったな」
- 「仕方ないじゃない、精霊の危機に対処できるのは、\n私たちだけなんだから……」
- 「ああ……あの頃に比べると、\nおまえはもうすっかり大人みたいだな」
- 「……大人?」
- 「ああ。こうやって夜のデートとかしてると、\nなんだか本当に時の流れを感じちゃうぜ」
- 「デートって……こんなの、ただの散歩でしょ?」
- 「そうか……?\nなら、ちょっとでもデートっぽくなるように手でもつなぐか」
- 「……な、何言ってるのよ! 子供じゃあるまいし!」
- 「うーん……やっぱそういうの、嫌か?」
- 「……別に……嫌じゃないけど……」
- 「じゃあ、ほら……手、借りるぞ?」
- 「…………」
- 「……どうだ? 少しはデートっぽくなったかな?」
- 「……バッカみたい」
- 「……いいじゃないか。\nデートなんだし、こういうのも悪くないだろ?」
- 「……う、ん」
- 「なあ、琴里……」
- 「……なに?」
- 「おまえの立場も、ちょっとはわかってるつもりだけど……\nあんまり無理はするなよ?」
- 「……わかってるわよ」
- 「もし俺に出来ることがあるなら、言ってくれ」
- 「おまえのためなら、なんだってしてやるからさ」
- 「…………」
- 「琴里……聞いてるか?」
- 「……ふーん。『なんだって』ねぇ。\nいいこと聞いちゃったわ」
- 「……えっ? あ……いや、なんだってってのは言いすぎた!\n今の無し!」
- 「もう遅いわよ。聞いちゃったし。\n頼りにしてるわよ、おにーちゃん?」
- 「は、ははは……」
- 「この季節、まだ夜は冷えるな。\nちょっと身体も冷えてきちゃったみたいだ」
- 「……風呂でも入るか」
- 「あれ? 風呂場電気つけっぱなしなのか?」
- 「え……?」
- 「し……どう……?」
- 「こ、琴里……?\nな、なんでおまえ……?」
- 「……な、何ボケーッと見てんのよ?」
- 「あ、いや……ほ、ほら、ええっと……シャ、シャンプーでも\n切らしてなかったかなあっと思って……」
- 「こ、こ、こ……この、阿呆兄っ!!」
- 「す、すまん! わざとじゃないんだ!」
- 「覚悟はいいわね?」
- 「ま、待て……話せばわか――」
- 「まったく、あなたはどうしようもないわね」
- 「わ、悪かったって……。\n昔は一緒に入ったりしたし、そんなたいしたことでも……」
- 「な・に・か、言ったかしら?」
- 「なんでもないなんでもない!」
- 「まったくあなたは……」
- 「わ、悪かったって……」
- 「ただでさえ状況がややこしくなってるんだから、\nこれ以上悩みの種を増やさないでよね!\nあなたに続いて、令音もいつもより体調悪そうだし……」
- 「令音さん……大丈夫なのか?」
- 「え? ああ……でも令音の体調不良はいつものことでしょう?\n眠れないのも今に始まったことじゃないし……」
- 「まあ、ここ最近の騒動でちょっと無理させちゃってるのは確かね」
- 「そ、そうか……令音さん、心配だな……」
- 「話そらして逃れようって魂胆?」
- 「い、いや。そうじゃなくてだな……俺だって令音さんは心配だよ」
- 「そんな状況ってことは……その後、どうなんだ?\n何かわかったりしたのか?」
- 「全然よ。天宮市全体から霊力反応があるのは\n観測出来ているけど……わかっているのは、そこまで」
- 「もっと詳しく調べられないのか?」
- 「こっちだってできればやってるわよ。でも、本部とも\n連絡が取れないし、やっぱり〈フラクシナス〉単体では\n正直やりようが……ね」
- 「だけど、私たちは今、何か大きな現象の渦中にいる……\nおそらくこの異変は、天宮市を中心に起こっているわ。\n今確実に言えるのは、これだけね」
- 「……そうか」
- 「……そんな顔するんじゃないの」
- 「でも……」
- 「士道の役目は、精霊とデートして精神を安定させることよ。\nそんな顔した男とデートしたら、余計暗くなるでしょうが」
- 「すまん……そんな酷い顔してたか?」
- 「ええ、ちょっと心配になるくらいに、ね。\n士道はなるべくいつも通りでいなさい。\nじゃないと、精霊たちも安心できないわ」
- 「……おう」
- 「精霊とデートして、霊力を安定させろ、か……。\n琴里のやつ、気軽に言ってくれるよな」
- 「……その前に、少し考える時間が欲しいな」
- 「なんと言っても、ここ数日、いろんなことが起こり過ぎてる。\nちょっと頭を整理しないと……」
- 「一人で考え事が出来る場所……あそこに行ってみるか」
- 「ふー……風が気持ちいいな。\n見晴らしも良いし、やっぱり気持ちを落ち着けるには、ここだよな」
- 「……お?\n一人かと思ったけど、先客がいたのか」
- 「……あー、怖がらなくてもいいぞ。\n一人になれるかと思ってきたけど……ま、おまえらならいいか」
- 「そうだ、昼飯で余ったパン……こいつら、食べるかな?」
- 「よっと」
- 「ほら、どうだ?\n余りもんで悪いけど、うまいか?」
- 「……お、食べた食べた。\nイケる口じゃないか。もっといるか?」
- 「よーしよしよし。\nほら、どんどん食べろよ」
- 「……え?」
- 「……はは、いっぱいきたな!\n…………って、ちょ、ちょっと集まりすぎじゃないか!?」
- 「……ち、近い、おまえら近いぞ!?\nおい、もっと離れて……うわっ!?」
- 「……ひ、ひどい目にあった」
- 「くすくすくす……」
- 「……ん? ……誰か、いるのか?」
- 「……く、狂三!?」
- 「ごきげんよう、士道さん」
- 「お、おまえ……」
- 「まあ、怖いお顔……」
- 「こ、こんな所で、一体何やってんだ!?」
- 「まあまあ、そんなに身構えないでくださいまし」
- 「……そんなこと出来る訳ないだろ!\nおまえが何をしたのか、忘れた訳じゃない……!\nそれに、この前も……」
- 「うふふ、ご心配なさらないでくださいまし。\n今は、士道さんをどうこうするつもりはありませんから……」
- 「……本当か?」
- 「もちろんですわ。だって――」
- 「空っぽの士道さんは、ちっとも美味しそうじゃありませんもの」
- 「…………」
- 「ですから、今の士道さんを食べるつもりは、\nこれっぽっちもありませんわ」
- 「今の……ね。\nじゃあ、なんでまた学校に?\nそれにその格好……またクラスに戻ってくる気なのか……?」
- 「いえ……ちょっと、興味を惹かれることがありまして」
- 「それって、どういう……?」
- 「……ふふ、こっちの話ですので、\nお気になさらないでくださいまし」
- 「……それよりも士道さん。\n……鳩、お好きなんですのね?」
- 「……はい?」
- 「ずいぶん、仲良さそうにされてましたから」
- 「狂三……それは嫌みか?」
- 「いいえ、本当にそう見えましてよ。\nきっと、誰が見てもそういう反応をすると思いますわ」
- 「な、仲良くしてたんじゃなくてだな……どっちかっていうと、\n一方的に突っつかれてたんだよ」
- 「うふふ……でもそれは、好かれているということですわよね?」
- 「動物は、嘘をつきませんもの。\n嫌いな人に近づくなんてことは、絶対ありませんし」
- 「嘘をつかないっていうか、本能で生きてるって感じだけどな」
- 「あら、それがいけませんの?」
- 「……?」
- 「好きなものを好き、嫌いなものを嫌いと言って、\n食べたいものを食べて、欲しいものを求める……それは、\n正しい生き方だと思いますけれど」
- 「……そう言われると正しいように聞こえなくもないけどさ……」
- 「ですわよねぇ? 士道さんのそういうところ好きですわよ?」
- 「な!? お、おまえな……」
- 「あら、照れてますの?」
- 「あー、いや、そうじゃなくてだな……話、戻すぞ?」
- 「ええ、どうぞ」
- 「でも、本能のままに生きてたら、超えちゃならない一線を\n超えちまうかもしれない。食べたいものを好きなように\n食べてたら困ることだってあるだろ」
- 「それは……人間のことを言っているんですの?」
- 「いや、それだけじゃないけど……」
- 「人間だって、とっくに超えてはいけない線を超えていますわよ?\n自分たちの好きなように動物を殺しているではありませんの。\nただ生きるためではなく、快楽を求めて……」
- 「そ、それは……」
- 「あの子たちと人間にどれほどの違いがありまして?\n人間が好きな綺麗事で言うなら、動物だって同じ生命ですわ」
- 「……むう」
- 「人間というのは、本当におこがましい生き物ですわね。\nいつだって、自分たちを他より上だと決めつけてかかる」
- 「……………………」
- 「……うふふ。\nこんなこと、士道さんに言っても仕方ないですわね。\nでも……」
- 「……でも?」
- 「もしかして、だからこそわたくしたちのような存在が\n生まれたのかもしれませんわね。\n――人間の、天敵として」
- 「………………ッ!?」
- 「あらあら、もうこんな時間ですの?\nお話が楽しくて、ちょっと長居し過ぎてしまいましたわね。\nわたくし、そろそろお暇させていただきますわ」
- 「……本当に、騒ぎを引き起こすつもりはないのか」
- 「ええ。しばらくはおとなしくしていますわ。信じてくださいまし。\n……というか、そんなことより、士道さんはご自分の状況を\nよくお考えになった方がいいと思いますわよ」
- 「そ、それは……」
- 「……とりあえず、信じてみる」
- 「あら、嬉しいですわ」
- 「おまえは嘘をつかないと思う。だって――」
- 「――本能に正直だから、ですの?」
- 「まぁ、そう……なのかな」
- 「そうですの……うふふ、でもそういうことなら、\nわたくしがもっとも正直なのは『食欲』に対してですけれど」
- 「お、おい……」
- 「冗談ですわ。\nまったく、士道さんはもう少し落ち着いた方がよろしいですわよ?\nまあ……そういう士道さんの方が、わたくしは好きですけれど」
- 「お、おまえなぁ……」
- 「信じろって言われてもな……一体、何を企んでるんだ?」
- 「あらあら、信じてくださいませんの? 悲しいですわね」
- 「何か隠してるんじゃないのか……?」
- 「……ちょっとした捜し物ですわ。\nあまり粘着質ですと、女性に嫌われますわよ、士道さん?」
- 「よけいなお世話だ!\n本当に、この前みたいなことはしないんだな?」
- 「ええ……それはお約束しますわ」
- 「……わかったよ」
- 「ふふ……士道さんは素直で助かりますわ」
- 「単細胞で悪かったな。\n頼むから、裏切らないでくれよ?」
- 「……ふふふ、さあ、どういたしましょうかしら?」
- 「な、なに!?」
- 「それでは、わたくしはこれで失礼しますわ。\nさようなら、士道さん……またお会いしましょうね」
- 「…………」
- 「あいつ……何を考えてるんだ?\nまったく分からん……調子狂うな……」
- 「もっと敵対的な態度だったら、いっそ分かりやすいんだけど……」
- 「……あれ? あの猫……」
- 「おまえ、ここ通るといつも寄ってくるな。\nほら、元気にしてたか?」
- 「本当に人懐っこいな……本当に野良猫なのかな?\n実は放し飼いとかだったり?」
- 「おう、もう行くのか……またなー!」
- 「……ん?」
- 「…………」
- 「狂三……?」
- 「あらあら、猫に好かれているんですのね?」
- 「おまえ、こういうところに出没しすぎだろ……」
- 「やっぱり、動物には伝わるのかもしれませんわね。\n士道さんが、いい人だってこと」
- 「どうだろうな? 俺にはよくわからん」
- 「動物は本能的に、相手の空気を感じ取るものですわ。\n警戒しなくていい、と思われているんでしょうね」
- 「打算でだけ相手を選んで近付いてくる者もいますから。\nでも、士道さんはそうじゃないって思ったんでしょうね」
- 「そ、そういうもんなのか……?」
- 「ええ。わたくしも同じですもの」
- 「は?」
- 「士道さんがわたくしを邪険にできないと感じているからこそ、\nこうして姿を現している部分もありますし」
- 「うふふ、かつて自分を殺しかけた相手と無防備に\nお話しするだなんて、普通の人間にはそうできませんわよ?」
- 「おまえな……」
- 「ねえ、士道さんはどうでして?\nわたくしのこと……どう思っていますの?」
- 「そ、それはだな……怖くないって言ったら嘘になる。\n正直、何をするかわからないってのもあるが……」
- 「…………」
- 「でも、俺はおまえが嫌いじゃないし、\n救ってやりたいって気持ちは変わらない」
- 「……あんなことがあったあとなのに、随分楽天的ですのね?」
- 「……おまえが根っからの悪人じゃないって信じてるからさ」
- 「……士道さんは、甘いですわね」
- 「そう、思うか?」
- 「ええ、ほんっとうに甘々ですわ。\nでも……そんな士道さんの甘さが心地良いのかもしれませんわね。動物にも、人間にも……」
- 「狂三……」
- 「それでは、士道さん。またお会いしましょうね」
- 「本当、神出鬼没だよな……」
- 「少なくとも、今は怖いとは思ってねえよ。\n――狂三だって、普通の女の子の一人だ」
- 「だから、普通に話したいって思うし、\n何かあったら助けてやりたいって思う」
- 「……士道さんは、まだわかっていないんですのね」
- 「どういうことだよ?」
- 「……そんなレッテルを押し付けられても、\nわたくしはそれにお応えすることはできませんわ」
- 「狂三……」
- 「士道さんの正義と、わたくしの正義は違うもの。\nそれは、本質的に相容れないものなのですわ」
- 「……そう、なのか……」
- 「……とは言え、士道さんのがむしゃらな優しさは\n興味深いとは思いますけれども」
- 「それでは、さようなら士道さん。\nあなたの優しさが、あなた自身の命を奪ってしまわないよう、\n祈っておりますわ」
- 「狂三……」
- 「ふー、ちょっと食べ過ぎたかな?\n凜祢の料理は美味いから、ついつい多めに食べちゃうんだよな」
- 「ん? はい……?」
- 「士道、いるわね?」
- 「……いるけど、なんだよ?」
- 「そろそろお風呂入ろうと思ったんだけど、\nシャンプーが切れてるみたいなのよ」
- 「あ……もうすぐ切れそうだったんだっけ」
- 「気がついてたのに、忘れてたわけね……全く」
- 「す、すまん……そこまで頭が回ってなかった」
- 「謝っても何も変わらないわよ。\n誠意を示す気があるなら、今すぐコンビニに行ってきなさい。\nまさか、断ったりしないわよね?」
- 「はいはい……すぐ買ってくるよ」
- 「さっさとしないと、こっちにも考えがあるからね!」
- 「わかったって! ちょっと待っててくれ!」
- 「ふん……」
- 「ったく……琴里のやつ、人使いが荒すぎだろう……」
- 「……ん?」
- 「……あら、士道さん。こんばんは」
- 「あ、ああ……。\nおまえ、こんな夜に何してるんだ?」
- 「夜の方が都合がいいこともたくさんありますから」
- 「だから、いったい何をしてるんだよ?」
- 「……うふふ、内緒……ですわ」
- 「そうか、なら無理には聞かねえよ」
- 「あら、気になりませんの?\nもしかしたらわたくし、人を食べているのかもしれませんわよ?」
- 「……そんなことしてないだろ?」
- 「……へえ? どうして、そう思いますの?」
- 「だってそりゃ……おまえ、騒ぎを起こすつもりはないって\n言ってたろ。少なくとも、今は」
- 「ふふ、そうでしたわね」
- 「何をしていたかは、ご想像におまかせしますわ。\nそれでは……ごきげんよう、士道さん」
- 「……あいつ、いちいち思わせぶりなこと言いやがって」
- 「……そうだ。狂三がこの辺をうろうろしてるってこと、\n琴里に報告しておいた方が良さそうだな」
- 「帰ったら、琴里に伝えておくか……」
- 「ただいまー。\nおーい、琴里。シャンプー買ってきたぞー」
- 「……みんな寝ちゃったのか?\nまぁいいや。それなら、今のうちに俺も風呂入っとくか」
- 「同居人が増えて、風呂の時間も取り合いだからなー。\n空いてる時間に入っておかないと……」
- 「あれ? 風呂場電気つけっぱなしなのか?」
- 「え……?」
- 「し……どう……?」
- 「こ、琴里……?\nな、なんでおまえ……?」
- 「……な、何ボケーッと見てんのよ?」
- 「あ、いや……ほ、ほら、シャンプー買ってきた」
- 「こ、こ、こ……この、阿呆兄っ!!」
- 「す、すまん! わざとじゃないんだ!」
- 「覚悟はいいわね?」
- 「ま、待て……話せばわか――」
- 「まったく、あなたはどうしようもないわね」
- 「わ、悪かったって……。\n昔は一緒に入ったりしたし、そんなたいしたことでも……」
- 「な・に・か、言ったかしら?」
- 「なんでもないなんでもない!\nそれより、ちょっと聞いてほしいことがだな……」
- 「なに? 話を逸らす気?」
- 「いや……実は、シャンプーを買いに行く途中、狂三に会った」
- 「……狂三に!?\n大丈夫? 何かされてないでしょうね!?」
- 「いや、少し話しただけだけど……」
- 「……そう。それならいいわ。\n狂三は精霊の中でも、かなり危険なんだから、注意しなさい。\nまったく、厄介事がまた増えたわね……」
- 「すまん……」
- 「士道が狂三を封印できるなら、\nこの機会は逆に好都合と言えなくもないんだけど」
- 「前回のこともあるし、そう簡単にはいかないかもな……」
- 「ま、そうよね。仕方ないわ」
- 「そっちはどうなんだ?\n何か分かったりしたのか?」
- 「全然よ。天宮市全体から霊力反応があるのは\n観測出来ているけど……わかっているのは、そこまで」
- 「もっと詳しく調べられないのか?」
- 「こっちだってできればやってるわよ。でも、本部とも\n連絡が取れないし、やっぱり〈フラクシナス〉単体では\n正直やりようが……ね」
- 「だけど、私たちは今、何か大きな現象の渦中にいる……\nおそらくこの異変は、天宮市を中心に起こっているわ。\n今確実に言えるのは、これだけね」
- 「……そうか」
- 「……そんな顔するんじゃないの」
- 「でも……」
- 「士道の役目は、精霊とデートして精神を安定させることよ。\nそんな顔した男とデートしたら、余計暗くなるでしょうが」
- 「すまん……そんな酷い顔してたか?」
- 「ええ、ちょっと心配になるくらいに、ね。\n士道はなるべくいつも通りでいなさい。じゃないと、精霊たちも安心できないわ」
- 「……おう」
- 「それじゃあ、キッチン借りるね?」
- 「ああ、いつも悪いな」
- 「ふふ、それは言わない約束でしょ?\nお隣さんは助け合い、だからね」
- 「おう。俺にも凜祢の家で手伝えることがあったら、\n遠慮無く言ってくれていいからな」
- 「ありがとう、士道。でも、今のところはないかな?」
- 「確かに、凜祢はしっかりしてるしなぁ……」
- 「……そう、かな? そうだと、いいな……」
- 「ん? どうした?」
- 「なんでもないよ。それじゃ、すぐ用意しちゃうね」
- 「ああ、俺は鍋の方見ておくな。そっちは任せた」
- 「うん。お任せあれ」
- 「今日のおかずは肉じゃがだよ」
- 「おお! これはいい匂いだな!」
- 「みんな、揃ったな? それじゃあ、いただきます!」
- 「うむ! いただきますなのだ!」
- 「おー! いただきまーす!」
- 「い……っ、いただき……ます!」
- 「ほくほくしてうまいな、シドー」
- 「ああ、これぞおふくろの味ってやつだな」
- 「おふくろのあじ?」
- 「えーと……懐かしい味、みたいな意味かな?」
- 「そうそう。なんだろうな、安心する味っていうか」
- 「ふむ……なるほど。\nでは、私も料理するときはおふくろの味を目指せば良いのだな!」
- 「え? 十香が料理……?」
- 「む! シドー、私だって料理くらいできるぞ。\nクッキィとかはたまにつくったりするし……」
- 「あー、確かにそうだな……すまん」
- 「あ、十香ちゃんおかわりは?」
- 「すまん凜祢、頼む!」
- 「ふふ、どういたしまして。\nあんまり急いでこぼさないようにね」
- 「うむ! 任せておくのだ!」
- 「やれやれ……」
- 「おお、やってるやってる!\nちょうど俺らのクラスの試合じゃねえか!」
- 「おい見ろ五河! くぁ~っ! やっぱブルマはええな~!\nブルマこそ健全なる男子高校生のロマン! さらに言うなら華!\nいや! 至宝の極致である!」
- 「おまえさ、他に考えることないのかよ?\nいつもいつもそんなことばっかで……」
- 「だってほら! あの鳶一のブルマ姿を見ろよ!\nそんじょそこらの職人なんかじゃ真似できねえ……。\n圧倒的なリアリティだぜ!?」
- 「いったい何と比べてるんだよ!」
- 「いいからいいから! 応援しようぜ! そ~れ!\n頑張れ頑張れ! ブ・ル・マッ!\n頑張れ頑張れ! ブ・ル・マッ!」
- 「おまえな……ったく、サボって来てんだから、\n応援くらいちゃんとしろよ……」
- 「堅いこというなよ五河! 俺の応援がどれほど彼女たちのお尻に火をつけるか見てろって! そ~れ! 行け行け! ブルマッ!\n押せ押せ! ブルマッ!」
- 「――あれ? 鳶一のヤツ、なんで攻撃しないんだ?\nさっきから球拾いばっかじゃん?」
- 「そりゃ、リベロだからだろ」
- 「リベロ? サッカーの?」
- 「おまえ本当に知らないのか?」
- 「もちろん! バレーボールのときはブルマしか見てないからな!」
- 「いばるところじゃねえだろっ!\nバレーボールにもあるんだよ、リベロ。\n守備のエキスパートで、攻撃には参加しないポジション」
- 「ふーん、なんか地味な役回りだな。\nまあ、俺はブルマが拝めればそれでいいけどな!\nそれレッツゴー! ブルマ! ファイトー! ブルマ!」
- 「よう殿町! ずいぶん元気そうだな?」
- 「おう! 元気も元気よ! エロは元気の源だぜ!」
- 「そうか、そいつはよかった。サッカーのメンバーが怪我してさ、替わりを探してたとこなんだ」
- 「へ……?」
- 「そういうことだから五河、こいつは連れてっていいよな?」
- 「ああ、煮るなり焼くなり好きにしてくれ。\n……ていうか、むしろ、そうしてもらえると助かる。もう非常に」
- 「お、おい! 五河! おまえ、俺を裏切るつもりか!?\n信じていたのに!?」
- 「俺は、おまえを信じてなかった」
- 「なんて、なんて辛辣な言葉ッ! そりゃないぜ、五河!?」
- 「じゃあな五河、サッカーの試合、応援これたら来いよ」
- 「おう! そっちも殿町をよろしくな!」
- 「うわ! ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺はもっとブルマが……ブルマが見たいんだああああーーーーっ!\n俺の! 俺の青春を、返せぇぇぇええええええーーーーっ!!」
- 「ふう……やっと試合に集中でき――ん?」
- 「――っ!」
- 「おお! さすがは折紙! あんなギリギリの球、\n普通ならあきらめるのに、よくねばるなあ……」
- 「――くっ!」
- 「マ、マジですげえ身体能力……! ていうか、先読みか?\n次にスパイクがくる位置に、スッといつのまにか入ってる。\nてか、じゃなきゃ到底間に合う距離じゃない!」
- 「――フッ!」
- 「――つぅッ!」
- 「――す、凄すぎるだろ……」
- 「15対13! ゲームセット、ウォンバイ二年二組!」
- 「……折紙、どこに行ったんだ?」
- 「えっと……折紙ー! ……っているわけないよな」
- 「なに?」
- 「――うわあっ!? お、折紙ッ!?」
- 「……?」
- 「お、脅かすなよ……!\n心臓が止まるかと思っただろ?」
- 「平気。もしものときは人工呼吸する」
- 「練習は必要?」
- 「え?」
- 「人工呼吸の」
- 「や……そ、それは……。\nと、止まった時の楽しみに取っておくってことで……」
- 「そう」
- 「お、おう……」
- 「……」
- 「ええっと……」
- 「士道」
- 「ん?」
- 「私を探していたの?」
- 「や……その……うん……。実はそうなんだ。\nまた折紙と話がしたくなってな……」
- 「私も、したかった」
- 「?」
- 「士道と」
- 「あ、ああ……は、話のことな……」
- 「違う」
- 「……?」
- 「もっと気持ちのいいこと」
- 「――っ!」
- 「する?」
- 「い、いや……! そ、それは……その……!\nこ、こんなところでするべきことじゃないっていうか……」
- 「ここでなければ、いいということ?」
- 「や……ええっと、あ、あれだ……そうそう!\n折紙、こんなところで何やってたんだよ?」
- 「後片付け。球技祭の」
- 「あ……」
- 「ん? 琴里か……あ、折紙、ちょっとはずすぞ? ごめんな!」
- 「もしもし、琴里?」
- 「ええっと……しようと、してるとこ……かな」
- 「……お、折紙だよ」
- 「こ、これはだな……も、もしこの間のときみたいに、\n折紙がまたいきなりおまえを襲うかもしれないし……。\nそうなったら大変だと思って俺は……!」
- 「え……?」
- 「それが……デートに誘おうと思ってたんだけど、\n今日は球技祭だっただろ? それで、折紙はその片付け中だ……」
- 「俺は見学組だったから、頭数に入ってなかったみたいでな……」
- 「……?」
- 「な、なるほど……ってどうなんだ後者は……」
- 「け、結局……どうすればいいんだよ?」
- 「ちょ、ここまで来て丸投げかよ!」
- 「そっか、そうだったな……」
- 「お、おまえなあ……そうは言うけど――」
- 「あ! お、おい琴里――ッ! く……!」
- 「士道、何かあったの?」
- 「や! その……だ、大丈夫だ! 全然モーマンタイ!」
- 「そう」
- 「ええっと……そ、そうだ! 折紙!」
- 「ん……?」
- 「も、もしよかったらなんだが――」
- 「……い、一緒に片づけないか?」
- 「本当?」
- 「お、おう。折紙が迷惑じゃなければ、だけど……」
- 「私は試合に負けた。士道といる権利はない」
- 「や……俺は景品じゃないし、\n今は、折紙と一緒にいたいと思ってるから……駄目か?」
- 「……駄目ではない」
- 「そっか、じゃあ、一緒に片付けようぜ!」
- 「ん……」
- 「で、何を手伝えばいい?」
- 「これで……あそこからここまで、整地する」
- 「ああ、トンボかけだな。よし!」
- 「それにしても球技祭、みんな頑張ったな」
- 「頑張っても、負けたら意味がない」
- 「うーん……そういう考え方もあるかもしれないけど、\nその過程で得るものもあるだろうし、\n結果がすべてとは思いたくないかな……」
- 「……?」
- 「確かに勝負事は、勝った方が気持ちいいし、\n自信だってつくし、名声とか名誉も手に入るんだろうけどさ……」
- 「負けたからって、それまで頑張ってきたことすべてが、\nゼロになるわけじゃない……俺は、そう思いたい」
- 「や……結果だしてなんぼってのが、現実なんだろうけどさ……。結果ばかり求めるのが正しいことなら、なんだか俺は寂しい……。というか……悲しいって思うけどな」
- 「……その気持ちはわかる。士道らしい」
- 「そ、そうか? 琴里に聞かれてたら『とんだアマちゃんね』って笑われそうだけどな、ははは……」
- 「……」
- 「あ……ごめん!」
- 「構わない。妹として仲がいいだけなら」
- 「――!」
- 「そして……〈イフリート〉が私の両親の[仇*かたき]でなければ」
- 「そ、それはまだ……」
- 「整地完了。士道、手伝ってくれてありがとう」
- 「あ、ああ……」
- 「トンボを返してくる」
- 「お、おい折紙……!」
- 「士道がそういうなら」
- 「本当にいいのか?」
- 「士道の言うことは最優先事項」
- 「そ、そうか……なら、行くか!」
- 「こっち」
- 「え……?」
- 「来て」
- 「ちょ、待てって! どこ行くんだよ!?」
- 「今なら視聴覚室か、機械室が無人」
- 「え!? や、そんなところ行って何すんだよ!?」
- 「練習。人工呼吸の」
- 「そ、それはしなくて、大丈夫ですけど……!?」
- 「……? もっと激しいのがいいの?」
- 「い、いや……ええっと……きょ、今日は、その……。\nやっぱり急用を思い出した! またな折紙っ!!」
- 「あ……」
- 「ふう……折紙、まだ学校に残ってないかな……?」
- 「さっきは逃げちゃったけど、やっぱまずいよな」
- 「折紙とちゃんとしたデートするには、どうしたらいいんだ……?」
- 「あれ? まだ誰か残ってるみたいだぞ?」
- 「――あ!?」
- 「……?」
- 「お、折紙!? ま、まだ残ってたのか……」
- 「士道、忘れ物……?」
- 「や……そういうわけじゃないんだけど……その、\n折紙を捜し――って、折紙こそ、ここで何してたんだ……?」
- 「別に、何も」
- 「えっと、なんで俺の机の横にしゃがんでたんだ?」
- 「急に目眩がした」
- 「……なんか、椅子が濡れてる気がするんだが……」
- 「今は六月。湿度が高い」
- 「そ、そういうもんなのか?」
- 「そういうもの」
- 「そ、そうか……」
- 「……」
- 「……ええっと……」
- 「?」
- 「な、なあ折紙? これからちょっと……時間、あるかな?」
- 「構わない」
- 「……え? いや、まだ何も言ってないんだけど……?」
- 「私に頼みごとをしにきたのではないの?」
- 「……う! ま、まあ、そうだけど……」
- 「用件は? ちょうど、今なら誰もいない」
- 「……へ?」
- 「でも、優しくして」
- 「ちょ、折紙、近い! 近いって!」
- 「な、何か誤解してないか?」
- 「私としたことが」
- 「よ、ようやくわかってくれたか……」
- 「――なっ!? ま、待て! 待ってくれ!」
- 「どうしたの?」
- 「いやそれ完全にこっちの台詞!」
- 「士道の意図を察せなくて申し訳なく思っている。\nでも、今度は大丈夫。何も問題はない」
- 「ス、ストォォオオオオーップ! 問題しかねぇっ!\nそのまま動くな! 動くんじゃない!」
- 「……? そういう、プレイ?」
- 「女の子がプレイとか言うんじゃありませんっ!\nいいか、折紙……と、とりあえず落ち着いて服を着てくれ!\n話はそれからだ!」
- 「……」
- 「お、折紙……? もう動いていいから、\nまず、服を着てくれないか? た、頼む!」
- 「そう」
- 「あ、あのな折紙……俺の頼みってのは……おまえと、\nその……デ、デートがしたいってことなんだ!」
- 「デート? 士道と?」
- 「あ、ああ……駄目か?」
- 「断る理由などあるはずがない」
- 「そうか、よかった。なら……どこか行きたい場所とかあるか?」
- 「特に」
- 「――ぅ、そ、そりゃそうか……」
- 「……あえて言うなら、ここ」
- 「え?」
- 「士道と一緒ならどこでもいい。\n士道と二人きりなら、それはもうデートだから」
- 「……っ! そ、そうだな……」
- 「……どうしたの?」
- 「え?」
- 「落ち着かない様子」
- 「あ、いや、それは」
- 「先ほどの続きがしたいのなら、すぐにでも」
- 「や! いやいやいや! お、俺は折紙とゆっくり話ができたら、それでいいんだよ! 天宮市がこんな状況なのに、そんな――」
- 「こんな状況って?」
- 「あ……!」
- 「士道?」
- 「どういう意味?」
- 「いや、その」
- 「言わないのなら身体に聞――」
- 「スイマセン言います」
- 「……そう」
- 「……な、なんで残念そうなんだよ」
- 「別に」
- 「…………」
- 「……じ、実は、いま天宮市が大変なことに巻き込まれてるらしいんだ」
- 「詳しく」
- 「いや、俺も詳しくは知らない……っていうか、\nまだ、誰も知らないって言った方がいいのかな?」
- 「……?」
- 「……天宮市全体ですごい霊波が観測されて、\nなんというか……街全体に結界みたいなものが張られてるらしい」
- 「結界?」
- 「ああ。それのせいか、十香たち精霊の力が不安定になっていて、いつ暴走するかもわからないんだ」
- 「精霊が暴走……?」
- 「ああ。まだ原因がよくわかってないんだけど……。\nけっこうヤバい状況ってことだけは確かだよ」
- 「……にわかには信じられない。そんな連絡は入ってない」
- 「そ、そうだよな……」
- 「……士道、どうして私をデートに誘ったの?」
- 「え? ……や……それは、折紙のことも心配だったから……」
- 「私が?」
- 「お、おまえだって、今、立場が微妙だろ?」
- 「?」
- 「その……ASTを、やめさせられるかもしれないんだろ?」
- 「……わからない。まだ」
- 「そ、そうか」
- 「処分が保留になっているのは……。\n今の士道の話が関係しているかもしれない」
- 「え?」
- 「それだけ大きい霊波をASTが見逃すはずがない」
- 「おそらく、その対策に追われているせい。パニックを防ぐために、情報開示せずに問題を未然に解決しようとしているのかもしれない」
- 「な、なるほど……」
- 「あれだけの規律違反を犯した私が、自宅謹慎を解かれ、\n正式な処分も保留にされた。それは私も疑問だった……」
- 「まだ基地への出入りは自由ではないけれど、[顕現装置*リアライザ]の使用も\n『禁止』されてはいない。『自重』しろと言われただけ。\n緊急時の人員として確保されている状況とみることもできる」
- 「……そ、それじゃやっぱり、ASTでも何か掴んでるってことか」
- 「知りたい?」
- 「そ、それは……当然、知りたいよ。十香たちの暴走が天宮市に\nある結界となにか関連してるのなら、解決したいし……」
- 「そう」
- 「う、うん」
- 「情報提供感謝する。\nおかげで、私の置かれている状況が見えてきた」
- 「そ、そうか。それはその……よかったな」
- 「よかった」
- 「ふー、ちょっと食べ過ぎたかな?\n凜祢の料理は美味いから、ついつい多めに食べちゃうんだよな」
- 「ちょっとほろ甘い感じが、なんとも言えずあとを引く感じで。\n身体が温まってホッとするっていうか……ああいうのがおふくろの味ってヤツなのかな……」
- 「ん、誰からだろ?」
- 「――え? お、折紙……?」
- 「もしもし?」
- 「ああ、そうだけど……一体どうしたんだ?」
- 「へ……?」
- 「……あ、うん。こっちこそ、ありがとな」
- 「ええっと……で……それだけか? 他に何かあったんじゃ……」
- 「そ、そっか……」
- 「や……そんなことはないけど」
- 「え……?」
- 「そ、そうか……やっぱり大変なんだな」
- 「……」
- 「……テスト勉強は、進んでいる?」
- 「ああ……それが、ちっとも。凜祢か折紙にでも、\n勉強教えてもらおうかなって思ってたんだ」
- 「え?」
- 「何でもない。それではまた」
- 「お、おう……」
- 「あれ? 風呂場電気つけっぱなしなのか?」
- 「え……?」
- 「し……どう……?」
- 「こ、琴里……?\nな、なんでおまえ……?」
- 「……な、何ボケーッと見てんのよ?」
- 「あ、いや……ほ、ほら、ええっと……シャ、シャンプーでも切らしてなかったかなあっと思って……」
- 「こ、こ、こ……この、阿呆兄っ!!」
- 「す、すまん! わざとじゃないんだ!」
- 「覚悟はいいわね?」
- 「ま、待て……話せばわか――」
- 「まったく、あなたはどうしようもないわね」
- 「わ、悪かったって……。\n昔は一緒に入ったりしたし、そんな大したことでも……」
- 「な・に・か、言ったかしら?」
- 「なんでもないなんでもない!\nそれより、ちょっと聞いてほしいことがだな……」
- 「なに? 話を逸らす気?」
- 「い、いや、聞いてくれ! 実は折紙にな……」
- 「……士道、口に羽でもついてるの?\nあなたのその口の軽さには、開いた口が塞がらないわよ」
- 「す、すまん……」
- 「……ま、いいわ……そのお陰で、ASTの状況も予測できそうだし」
- 「……そ、そうか。で、そっちは何か掴んだりしてないのか?」
- 「全然よ。天宮市全体から霊力反応があるのは観測出来ているけど……わかっているのは、そこまで」
- 「もっと詳しく調べられないのか?」
- 「こっちだってできればやってるわよ。\nでも、本部とも連絡が取れないし、やっぱり〈フラクシナス〉単体では正直やりようが……ね」
- 「だけど私たちは、何か大きな現象の渦中にいる……おそらくこの異変は、天宮市を中心に起こっているわ。今確実に言えるのは、これだけね」
- 「……そうか」
- 「……そんな顔するんじゃないの」
- 「でも……」
- 「士道の役目は、精霊とデートして精神を安定させることよ。\nそんな顔した男とデートしたら、余計暗くなるでしょうが」
- 「すまん……そんな酷い顔してたか?」
- 「まあね。鳶一折紙は精霊ではないけど、間接的には重要よ。\n引き続き、彼女もターゲットに入れておきなさい」
- 「謎についてはこっちでなんとかするから、士道はいつも通りでいること。じゃないと、ますますマズイ事になるわよ?」
- 「……わ、わかった」
- 「もしまた……あの女から情報が入ったら報告して」
- 「あ、ああ……」
- 「それじゃあ、キッチン借りるね?」
- 「ああ、いつも悪いな」
- 「ふふ、それは言わない約束でしょ?\nお隣さんは助け合い、だからね」
- 「おう。俺にも凜祢の家で手伝えることがあったら、\n遠慮無く言ってくれていいからな」
- 「ありがとう、士道。でも、今のところはないかな?」
- 「確かに、凜祢はしっかりしてるしなぁ……」
- 「……そう、かな? そうだと、いいな……」
- 「ん? どうした?」
- 「なんでもないよ。それじゃ、すぐ用意しちゃうね」
- 「ああ、俺は鍋の方見ておくな。そっちは任せた」
- 「うん。お任せあれ」
- 「今日のおかずは肉じゃがだよ」
- 「おお! これはいい匂いだな!」
- 「みんな、揃ったな? それじゃあ、いただきます!」
- 「うむ! いただきますなのだ!」
- 「おー! いただきまーす!」
- 「い……っ、いただき……ます!」
- 「ほくほくしてうまいな、シドー」
- 「ああ、これぞおふくろの味ってやつだな」
- 「おふくろのあじ?」
- 「えーと……懐かしい味、みたいな意味かな?」
- 「そうそう。なんだろうな、安心する味っていうか」
- 「ふむ……なるほど。\nでは、私も料理するときはおふくろの味を目指せば良いのだな!」
- 「え? 十香が料理……?」
- 「む! シドー、私だって料理くらいできるぞ。\nクッキィとかはたまにつくったりするし……」
- 「あー、確かにそうだな……すまん」
- 「あ、十香ちゃんおかわりは?」
- 「すまん凜祢、頼む!」
- 「ふふ、どういたしまして。\nあんまり急いでこぼさないようにね」
- 「うむ! 任せておくのだ!」
- 「やれやれ……」
- 「おお、やってるやってる! ラクロスのユニフォームって、\nどうしてあんなにかわいんだろな五河! 萌えてくるよな!」
- 「“もえ”の意味が間違ってるだろ!?\nまともに応援できんのかおまえは!」
- 「まあまあ、堅いこというなって!\n今ユニフォームに萌えないで、いつ萌えんだよ?」
- 「そっち! マークお願い!」
- 「お! さすがラクロス部! 活躍してるな!」
- 「ああ、そうみたいだな……」
- 「――ああ、駄目だ! 動きを読まれてる!」
- 「え?」
- 「っ! ……入れられちまった!」
- 「ど、どっちが勝ってるんだ?」
- 「今のでトータル11対11……同点に追いつかれた!」
- 「ど、同点!?」
- 「もう後半に入ってる。残り時間は……5分ってところだ」
- 「勝てるのか?」
- 「わからん……」
- 「まぁ、そうだよな……」
- 「まあ、そう落胆するな。可愛い女の子の情報は最低限把握してる。必要最低限のルールくらいは知ってるっての」
- 「本当か? たまには役に立つこともあるんだな!」
- 「球技祭のラクロスの試合は、公式ルールは採用してない。\nもっと単純で安全な簡易ルールを採用している……」
- 「簡易ルール?」
- 「ソフトラクロスという言い方もされてるみたいだが……。\nほらみろ、一チームの人数が六人しかいないだろ?\n正式な女子ラクロスなら一チーム十二人はいるはずだからな」
- 「そ、そんなに多いのか!」
- 「ソフトラクロスってのは、対戦チームを含めて十二人で行われる。ルールは簡単、それぞれ両端に置かれたゴールにボールを入れるだけ」
- 「そこはサッカーと一緒だな」
- 「だがラクロスでは、アイスホッケーみたいにゴール裏の\nスペースも使っていい。そして――」
- 「そして?」
- 「ここが一番サッカーと違うところなんだが、ゴールに入れる前に、必ず2回以上のパス交換が必要なんだ」
- 「絶対にパスをしなきゃいけないってことか?」
- 「そう、だから、例えラクロス部の力がどれほどだろうと、\n凜祢ちゃん一人で相手ゴールに持ち込むようなことはできない」
- 「あ……」
- 「それだけじゃない。相手クラスだって馬鹿じゃないからな」
- 「考えてもみろ、凜祢ちゃんのスペックにおんぶにだっこ状態の今、凜祢ちゃんを複数人でマークすれば、その動きは封じられる」
- 「……っ」
- 「キャッ!」
- 「り、凜祢!? 大丈夫なのか……!?」
- 「……ゲホゲホッ! す、砂埃で見えなかったが、\n凜祢ちゃんへのチェックが一段と激しくなってるようだな!」
- 「今のはファールを取ってもおかしくないレベルだった!\nこれは……凜祢ちゃんを完全につぶしにきてるぞ、五河」
- 「く――! 凜祢! 絶対勝ってくれよ!」
- 「あらぁ? 今、咳をしてたのってぇ……。\nあ、やっぱり、殿町くんだったんですかぁ?」
- 「……え? あ、タ、タマちゃん――じゃなくて、\nお、岡峰先生! どうしたんですか?」
- 「ラクロスの試合を見学しに来たんですけれどぉ、それどころ\nじゃないようですねぇ。殿町くん、ちょっと来てくださぁい」
- 「は、はい……?」
- 「調子悪そうですし、とりあえず、保健室に行きましょうねぇ」
- 「い、いや、俺は本当にもう大丈夫ですから――」
- 「駄目ですぅ! さっき咳をしてたの聞きましたからねぇ!\nさぁ、早く行きますよぉ!」
- 「お、おい五河!\nおまえからも何とか言ってくれ! 親友だろ!?」
- 「せ、先生……こいつ、応援のために……苦しいのに我慢して……!\nうぅ……は、早く、連れてってあげてください!」
- 「い、五河おまえ、俺を――!?」
- 「それは大変ですぅ! 殿町くん! あなたのクラスメイトを\n思う気持ちは、とっても素晴らしいと思いますぅ!\nでも、自分の身体も大切にしなくちゃ駄目ですよぉ!」
- 「い、いや、だからタマちゃんこれは――」
- 「もぅ、しゃべってる場合じゃありません!\n先生も付き添いますから、一緒に病院にいきましょう!\nそれでは、応援は五河君にお任せしますね」
- 「は、はい! わかりました!」
- 「ち、ちっくしょぉぉぉおおおおーーーーーっ!!!!」
- 「……自業自得って、こういうことを言うんだろうな」
- 「――!? お、ナイスパスカット!\nああ……でも残り時間が……!」
- 「あ――! おいやめろ! 今凜祢にパスしちゃ駄目だって!」
- 「ち、違う!? 凜祢の後ろに味方が回り込んでパスを繋いだ!」
- 「こっち! お願い!」
- 「これでっ!」
- 「う、打て! 凜祢――ッ!」
- 「せいやぁ――ッ!」
- 「試合終了! 12対11! 二年四組の勝利!」
- 「ふふ、やったね! みんなのチームワークの勝利だよ!」
- 「………………」
- 「よ、よう、凜祢……!」
- 「あ、士道……」
- 「えっと……その、なんていうか――」
- 「もしかして……デートのお誘い?」
- 「ぅ……! せ、正解……」
- 「……今日も? でも、私なんかより他の子を誘った方が……」
- 「い、いや、でもな――」
- 「あ、ほら。噂をすれば……鳶一さん!」
- 「え?」
- 「……何?」
- 「士道がね、デートのお相手を探してるみたいなの」
- 「そう。なら、私で決まり」
- 「いやいやいや……」
- 「……嫌なの?」
- 「え……? あ、違う! 嫌じゃないけどさ……」
- 「では、私で決まり」
- 「いや、だからな?」
- 「これは決定事項。もう覆せない」
- 「はぁ……」
- 「それじゃあ、二人でいってらっしゃい……」
- 「――園神凜祢も一緒ではないの?」
- 「はい?」
- 「そういう話だと理解していた。\n無論、私は士道と二人きりでも構わない。むしろそちらの方が望ましい」
- 「い、いや、三人で間違ってない! な?」
- 「え? で、でも……」
- 「……凜祢! 折紙と二人じゃ身の危険を感じるし……た、頼む!」
- 「……し、士道にそう言われちゃうと弱いなぁ……わかった、\n行けばいいんでしょ?」
- 「よし! なら決まりだな!」
- 「え? う、うん……」
- 「それで……何するの?」
- 「……えっと、どこか行きたいところとか、あるか?」
- 「え……もしかして、何も考えてなかったの?」
- 「う、ま、まあな……」
- 「……もう、士道ってば。悪い癖だよ?」
- 「す、すまん……」
- 「私はどこへでもついていく」
- 「じゃあ……えっと…………」
- 「どうぞ、入って」
- 「お、お邪魔しまーす……」
- 「ここが鳶一さんのマンションなんだー。綺麗にしてるんだね」
- 「必要最低限のものしか置いていないから」
- 「一人暮らしって大変だもんね……」
- 「……大丈夫、もう慣れた。\nとりあえず、ゆっくりしていって」
- 「お、おう……サンキュ、折紙」
- 「あ……」
- 「どうした折紙?」
- 「……何でもない。多分、気のせい」
- 「……?」
- 「待っていて。着替えたら、お茶用意する」
- 「あ、うん、お構いなく……」
- 「っ……!」
- 「……士道? どうかしたの?」
- 「え……? あ、いや……何でもない。\nと、とりあえず、その辺適当に座ってようぜ」
- 「う、うん」
- 「どうぞ」
- 「サンキュ」
- 「ありがとう」
- 「な、なぁ、折紙……」
- 「なに」
- 「ちょっと変なこと聞くかもしれないけど……。\n俺、おまえとテスト勉強するのって、初めてだっけ?」
- 「……私も士道に同じことを聞こうと思っていた」
- 「え……?」
- 「やはり、士道も同じデジャヴを感じた?\n……これは、ただごとじゃないかもしれない」
- 「そうだな……。どちらか片方だけなら何かの記憶違いってことも\nあるだろうけど……」
- 「私たちは、以前もここで勉強している」
- 「ああ、多分な……」
- 「ちょっと、二人とも? 急にどうしちゃったの?」
- 「ご、ごめん……」
- 「せっかく鳶一さんがお茶淹れてくれたんだから、\n飲みながらお話しましょ……ね?」
- 「……?」
- 「……ごめんなさい、少し失礼する」
- 「お、折紙? どこ行くんだ?」
- 「お花摘み」
- 「あ……すまん」
- 「構わない……」
- 「……ふう……」
- 「……士道? 大丈夫?」
- 「え?」
- 「――なッ! ちょ! ど、どどどど、どうしたんだよ凜祢!」
- 「士道……体調悪そうだし、顔赤いし……熱あるのかも」
- 「え、え……!? 何言ってるんだよ? だ、大丈夫だから!\n熱なんかないから! 急にどうしたんだよ凜祢!?」
- 「ふふ……どうしちゃったって……。\nおでこをくっつけて熱を測るなんて……、\n昔はよくやってたでしょ?」
- 「そ、そんなことしてたっけ……?」
- 「……ッ……忘れちゃった……?」
- 「や……してたのかもしれないけど……。\n高校生になってまでこれは――」
- 「すぐ終わるから。ね? いい子だから、目を閉じて……」
- 「いや! でもほら!\n……お、折紙が戻ってきたら何言われるか――」
- 「大丈夫、鳶一さんなら、しばらく戻ってこないから……」
- 「……え?」
- 「だから、ほら……ね?」
- 「あ……」
- 「――ぃッ!?」
- 「……あ」
- 「……何してるの?」
- 「や! これはその――!」
- 「……ちょっと士道が体調悪そうだから、熱を測ってたの」
- 「そう……」
- 「でも、よかった……熱はないみたい。\n病み上がりなんだし、あんまり無理しないようにしないと」
- 「お、おう……」
- 「…………」
- 「……ごめん士道、私、用事思い出しちゃった。\n悪いんだけど、先に帰ってもいいかな?」
- 「え……? そ、そっか……。ま、用事があるなら仕方ないよな」
- 「鳶一さんもごめんね。せっかく、これからって時なのに」
- 「問題ない。こちらこそ、きちんともてなせずに申し訳なかった」
- 「ううん、そんなことないよ。\nお茶、ごちそうさまでした。それじゃ、お先に失礼するね。\n鳶一さんはまた明日学校でね。士道はまた後で!」
- 「お、おう……」
- 「ふう……。じゃあ、やりますか、勉強……」
- 「……どちらの勉強?」
- 「え……どちらって?」
- 「普通のテスト勉強? それとも、別の勉強?」
- 「別って?」
- 「こ――」
- 「――い、言わんでいい! 普通にテスト勉強するぞ!」
- 「そう。残念……」
- 「士道……私には、ここで同じように勉強した記憶がある」
- 「え?」
- 「この問題、士道の解答……多分、全く同じ。\n士道とここで勉強したときと……」
- 「え!? ……確かに、そうだよな。\n前に勉強したことあるよな?」
- 「……それは間違いない」
- 「だよ、な……でも、わからない……。\n俺はいつ折紙の家に来た? いつ勉強したんだ?\n俺は寝込んでたんだから、そんなのは無理なはずで……」
- 「……それは、私にもわからない」
- 「な、なんか怖いな……」
- 「……何か、起こっているのかもしれない」
- 「ああ、そうかもしれないな。\nとりあえず、今日は俺、帰るよ。少し、考えたいこともあるし」
- 「そう……」
- 「ご、ごめんな、こっちから誘ったのに……」
- 「問題ない。私も少し、気になることがある」
- 「そ、そうか……。じゃあ、またな!」
- 「……士道」
- 「ん? なんだ?」
- 「また誘ってくれると嬉しい」
- 「お、おう……任せとけ」
- 「……」
- 「凜祢、どうしたんだ?」
- 「あ……士道!?」
- 「おまえ……急用があったんじゃ……」
- 「あ、うん……それはもう……大丈夫になったから」
- 「そ、そっか……」
- 「こんなところで、一人で何してんだ?」
- 「う、うん……ちょっと考えごと……かな?\n士道こそ、どうして?」
- 「うーん、なんていうか……その、俺も考えごと……かなあ?」
- 「ふふ……なんだ、士道も考えごとなんだね。\nそれで、どんな考えごとなの?」
- 「えと、それはだな……ってその流れにはのらん!」
- 「なあに、幼馴染の私にも、言えないことでもあるの?」
- 「べ、別にそういうんじゃなくてだな……きょ、今日の夕飯は\n何だろうって考えながら散歩してただけだって」
- 「まったくもう、士道ってば食いしん坊さんだね。\n本当にそんなこと考えてたの?」
- 「い、いけないか?」
- 「ううん。ただちょっと、十香ちゃんみたいだなって思って。\n一緒にいると、似てくる部分あるのかな?」
- 「え? ああ……確かに言われてみれば」
- 「そういう士道も、好きだよ?」
- 「いッ……!? い、今なんて言った?」
- 「な、何でもないよ! 何でもないの!」
- 「そ、そっか……で、おまえはここで何考えてたんだよ」
- 「あ、えっとね……わ、私も今日の夕飯のこと、かな?\nきょ、今日は士道たちに何を作ってあげようかなって……」
- 「はは……なんだ、おまえだって俺と大して変わらないじゃないか」
- 「いけない? 私は毎日悩んでるだよ? 同じものばかりじゃ\n飽きちゃうだろうなあとか、栄養バランスを考えないと……とか」
- 「ありがとな。そしてすまん、任せっぱなしで」
- 「いいのいいの、好きでやってるんだから」
- 「そうか……じゃあ凜祢、代わりと言ってはなんだけど、\n良かったら一緒に夕飯の買い物でもどうだ?」
- 「ふふ、買い物なら私一人で平気だから、\n誰か他の人を遊びに連れてってあげて?」
- 「いや、でも俺は……」
- 「いいからいいから。私、これから買い物に行ってくるね」
- 「あ、おい……凜祢!」
- 「夕飯の時間には戻ってきてよ? じゃぁねー!」
- 「……」
- 「どうして……? どうして、うまくいかないの……?」
- 「……今のままの状態が続けば、全部駄目になっちゃう……」
- 「……諦めるわけには、いかない。ううん、できない」
- 「凜祢……?」
- 「――え? し、士道!?\n……も、もしかして、聞いてた? 今の……」
- 「ああ、悪い……。立ち聞きするつもりはなかったんだけど――」
- 「……あ……その、ね…………」
- 「いや、そんなにショック受けることないって!」
- 「え?」
- 「何に失敗したかは知らないけど、誰にだって失敗はあるし!\n俺だって、失敗ばっかりだろ?」
- 「……な、なんの話?」
- 「え、や……何か失敗しちゃった……みたいな感じじゃないのか?」
- 「あー……うん、そうかな。そうだよ。うんうん」
- 「……?」
- 「そ、それより晩御飯出来てるよ。\nみんな呼んで、一緒に食べよう?」
- 「え、あ、ああ……」
- 「入るわよ」
- 「ん、どうした琴里?」
- 「天宮市で観測された霊波のことだけど……。\n恐ろしく強大な力を持ってるっていう話はしたわよね?」
- 「ああ……確か精霊が作ったかもしれない、広域結界とかなんとか……って、それがどうかしたのか?」
- 「ええ。どうやら、原因である『誰かさん』はその強大な力を\n扱いきれてないみたいなの」
- 「どういうことだ?」
- 「令音に毎日霊波を分析してもらってるんだけど……。\n霊力の上下幅が大きすぎて、かなり不安定なの。\nしかも、その揺らぎは、日を追うごとに大きくなってる……」
- 「もしかして、意外に付け入る隙があるってことか?\nなら、ちょっと安心だな……」
- 「馬鹿ね、その逆よ」
- 「は……?」
- 「相手が精霊だと仮定した場合、この不安定さは非常に危険だわ」
- 「この力の強大さで、もし暴走なんてことになったら――」
- 「ど、どうなるっていうんだよ?」
- 「……街、いえ、国一つ吹き飛んでもおかしくはないわね」
- 「そ、そんな……!?」
- 「規模的に三十年前のユーラシア大空災まではいかなくても、\n日本くらい簡単に消し飛ぶわよ。\n……そうなる前に、なんとか解決策を見出すしかないわね」
- 「そもそも……これほど強大で不安定な霊力の結界の中にいて、\n私たち精霊が何の干渉も受けないでいられる状況そのものが\nおかしいのかもしれない……」
- 「……?」
- 「極めて高密度で大質量の霊力が天宮市を覆ってるのよ?\n別の例えをするなら、天宮市がブラックホール化したのと同じよ」
- 「ブ、ブラックホール?」
- 「わからない? ブラックホールというのは、自分の重力を支える力の弱い物体が、自分の重力でどんどん収縮していって、\n結果崩壊を起こしちゃったものなの」
- 「は、はぁ……」
- 「それと同じことよ。もし強大な霊力を持った精霊が自分の霊力を支えきれなければ……何かの歪みが生まれる可能性がある」
- 「えっと……む、難しいことはよくわからないけどさ……。\n要するに、その歪みってやつに引っ張られて、十香たちが\n暴走しやすくなってるかもしれないってことか?」
- 「ええ。でもこれはあくまで推測にすぎない。\n他の理由で、あえて不安定な結界を作っている可能性もあるし、\n結局断定まではいかないわね……」
- 「なかなか難しい問題……ってことだな」
- 「そうね。でも、あなたがすることはこっちじゃないって言ってるでしょ? 〈ラタトスク〉は引き続き調査を続けるから、あなたは精霊とデートして安定させることを優先してちょうだい」
- 「ぅ……そうだよな、そっちの方が大事だよな」
- 「わかってるならいいわ。せっかく謎が解けて解決策がわかっても、十香たちが暴走したら本末転倒よ?」
- 「あ、ああ……わかった」
- 「それじゃ、おやすみ」
- 「お、おう……」
- 「おお、やってるやってる!\nちょうど十香ちゃんが出てるじゃねえか!\nテニス選んで正解だったな五河!」
- 「かぁ~っ!\n十香ちゃん、めっちゃ可愛ええなあ~!」
- 「殿町、おまえサボって来てんだから、ちゃんと応援しろよ」
- 「フンッ!」
- 「十香……テニス知らないって言ってたわりに頑張ってるな」
- 「ハッ!」
- 「デュース!」
- 「お? 十香ちゃんが追いついたのか!\nなんか白熱してきたぜ!」
- 「どんどん、コツを覚えていってるみたいだな」
- 「キャー! 十香ちゅわーん! 最高ーッ!」
- 「――あれ、殿町くんと五河くんじゃない?」
- 「お、おう。おまえらも十香の応援なのか?」
- 「へー、二人で仲良く応援なんて、\n殿町くんと付き合ってるって噂、本当なの?」
- 「マジ引くわー」
- 「ちょ! 勝手に変な噂流すな!\nどこ情報だよそれ!」
- 「あえて否定はせんぞ」
- 「否定しろよ!」
- 「――あ、ちょっと待って!\nそれじゃあ十香ちゃんはどうなるの!?」
- 「両刀の殿町くんに寝取られたなんて、残酷すぎる結末よね」
- 「いや、ひとり始末すれば、まだエンディングは変えられる……」
- 「……?」
- 「そもそも仮病ぶっこいてるんだし、\nこんなところで応援してる場合じゃないんじゃない?」
- 「ん? なんだなんだ? どういうことだ?\n春か? ついに俺にも春が……」
- 「十香ちゃんの応援は五河くんに任せておいて、\n私たちと校舎裏に行きましょ?」
- 「おお!? とうとう俺にもモテ期の到来ってわけか!\nはははっ、照れちまうな!」
- 「こいつには、骨も残らない“やり方”が望ましいわよね」
- 「ん? そりゃまたずいぶんと激しい求愛方法だな」
- 「いいからほら、黙ってついてきて」
- 「へいへーい! じゃあ五河! ちょっくら行ってくるわ!」
- 「五河くん……十香ちゃんからちょっとでも目離したら、\nシチュー引き回しの刑じゃすまないからね?」
- 「十香ちゃん裏切ったら、磔、獄門確定だよ?」
- 「そのときは簡単には殺さない。\nとりあえず、三角木馬とアイアンメイデンは用意しておくから」
- 「じゃ、そういうことで、十香ちゃんの応援よろしくね!」
- 「お、おう……」
- 「十香ーッ!! いっけえぇぇぇぇぇぇぇーーーーーっ!!!!」
- 「ていっ!!」
- 「ア、アウトー……!?」
- 「ぬ……?\nこういうときは上に大きく飛ばすのが正解ではなかったのか?\n前になにかで見たのだが……」
- 「と、十香は、ソフトボールに出るべきだったな……」
- 「ん、ここにいたのかシドー、探したぞ?」
- 「あ、いや、すまん!\n俺も今、十香をデートに誘おうと思ってたんだけど……。\nその、教室だと人目が気に――」
- 「おおっ!? デェトか!!」
- 「ちょ……十香! こ、声が大きいって……!」
- 「ん、いけなかったか?」
- 「ち、デートだと?」
- 「へ、お熱いこってすな~」
- 「爆ぜろ……! 爆ぜろ……! 爆ぜろ……!」
- 「せ、先輩!? ど、どこから湧いてきたんですか?」
- 「と、十香、とにかく教室から出よう!」
- 「おお! それで、今日はどこに行くのだ?」
- 「そ、そうだなあ……ええっと……」
- 「ん、なかなかいい眺めだなシドー!」
- 「ここから更に上っていくと、もっといい景色になるんだ。\n行ってみないか?」
- 「シドーが行くなら、どこへでも行くぞ?」
- 「ん、どうしたのだ? 行かぬのか?」
- 「い、行くよ! じゃあ、どっちが上まで先につけるか競争だ!」
- 「む! 私に競争を挑むのか?\n望むところだ! 手加減はせんぞ、シドー!」
- 「よし、なら行くぞ? よーい……ドン!」
- 「ちょ、ちょっと……! 十香ストーップ……!」
- 「ん、シドー……もう降参なのか?」
- 「いや、そういうわけじゃないんだけどさ。\nちょっと、景色がな……」
- 「ぬ? シドー、ここは先程と同じ場所ではないか?」
- 「あ、うん……そうなんだ。もしかしたら、途中で道を間違って、\nコースを一周しちゃったかもしれないな」
- 「なるほど。では、とりあえずもう一周か?」
- 「あ、ああ……そうだな。\nだけど、今度は競争なしな?」
- 「ん、わかったぞ!」
- 「おかしい……この石段が、こんなに長く続くわけない……。\nそれとも、疲れてるから長く感じるだけかな……?」
- 「……し、シドー?」
- 「あ、悪い……ちょっと待っててくれ」
- 「シドー……」
- 「あ、すまん十香、もうちょっとだけ――」
- 「シドー、もういいだろう。\n駄目そうなら、引き返そう」
- 「え? いや、でも……」
- 「これで最後にするから、もうちょっとだけ上に行ってみないか?」
- 「……………………」
- 「なあ、十香……? 聞いてるのか?」
- 「……ん、そうか……シドーが行くというのなら、\n私はシドーと一緒に行くぞ……」
- 「サンキュな、十香」
- 「うむ……」
- 「シドー……もういいのではないか?」
- 「ああ、すまん。ちょっとだけ、ここで休憩しようか」
- 「……そうだな」
- 「あ、れ……?」
- 「………………」
- 「……そうだな。今日はそろそろ帰ろう」
- 「うむ……」
- 「じゃ、じゃあ、引き返すか!」
- 「……と、十香、大丈夫か?」
- 「ん、なにがだ? 私は全然平気だぞ?」
- 「あれ? ……いや、だ、大丈夫ならそれでいいんだ」
- 「どうしたシドー、今日は変だぞ?」
- 「あ、ああ……ごめん」
- 「?」
- 「ん?」
- 「あ……」
- 「り、凜祢……!? こんなところで会うなんて珍しいな!」
- 「う、うん……! あ、そ、そんな事より、二人で何してるの?\nひょっとして……デート?」
- 「――え!? あ、いや、それは……」
- 「そうだ! シドーとデェトしてるところだぞ!」
- 「と、十香!」
- 「ぬ、凜祢に言ってはダメだったのか?」
- 「や、そういうわけじゃないんだけど……」
- 「そ、それより……凜祢は何してたんだよ?」
- 「そ、それは……その、ちょっと迷ってっていうか――」
- 「――きゃっ!?」
- 「は……っ!?」
- 「あ……」
- 「……み、見えちゃった、かな?」
- 「み、みみみみ、見えてないっ! 見えて、ない!」
- 「し、シドー! みみみみ、見たのかっ!?」
- 「だ、だから見てないし! 見えてないってっ!」
- 「あ、士道! シャツのボタンが取れかかってるよ?」
- 「……え? あ、ああ、これか。いいよいいよ。\n帰ったら、自分で付け直しておくから」
- 「ちょっと、じっとしてて?」
- 「?」
- 「ん?」
- 「はい、これで大丈夫」
- 「わ、悪い……いつもありがとな」
- 「ふふ、どういたしまして」
- 「うーん、なるほどなあ……」
- 「なるほどって、なにが?」
- 「他の男子が、『お嫁さんにしたい女子ランキング』で\n凜祢に投票したのもわかる気がするって思ってな」
- 「む、なんだそれは?」
- 「あー、えーとだな……学校の女子の中で、\n誰を『お嫁さん』にしたいか、投票で決めたことがあるんだよ」
- 「そういうの、あんまりよくないと思うけどな」
- 「どうせ殿町くんが始めたんでしょ?\nもう……いっつもそうなんだから」
- 「あはははは……」
- 「でも……どういう基準で選ばれるの、それって?」
- 「う~ん……料理がうまいとか、家庭的とか?\nそういうのを基準に投票するんだってさ」
- 「まあ、そう考えると、凜祢が上位になるのも納得だよな」
- 「あはは……ちょっと照れるかも」
- 「……し、シドーも、そういう[女子*おなご]がいいのか?」
- 「ん? ……まあ、やっぱり家庭的な方がいいかなあ。\n別に好きになったら、そういうのって関係ないかもしれないけど」
- 「ん、そ、そうか……」
- 「それで士道は……だ・れ・に、投票したの?」
- 「――え? あ、お、俺? 俺はその……」
- 「……?」
- 「……」
- 「――さ、さてと! もういい時間だよな!\n帰ろうぜ!」
- 「ぬ!? シドー、どこへゆく!?」
- 「もう……士道ってば、そういうところ変わらないんだから」
- 「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……」
- 「シドォーーーッ!」
- 「あ、あれ? 凜祢は……?」
- 「……」
- 「ん?」
- 「ん……なんでもない。凜祢はだな……私とシドーのデェトの\n邪魔をしたらいけないと言って帰ったぞ?」
- 「そ、そっか……。\n変な気を回させちゃったかな。\nホント細かいっていうか、よく気が付くっていうか――」
- 「……」
- 「? どうしたんだ、十香?」
- 「な、なんでもない!」
- 「?」
- 「シドー! 私も頑張るのだ!」
- 「え? あ、ああ……」
- 「なあ十香? 夕飯までまだあるから、\nゲームでもやって時間つぶさないか?」
- 「ぬ? おお、琴里がよくやっているピコピコだな!\nシドーがしたいなら、一緒にやるぞ!」
- 「よし、じゃあ勝負するか?」
- 「うむ、望むところだ!」
- 「じゃあ、十香はそっちのコントローラーを使ってくれ」
- 「ん、これだな」
- 「じゃあ、最初は練習から始めよう。\n俺はやったことがあるから知ってるけど、十香は初めてだろ?」
- 「む! そんなことはないぞ。\n琴里が休みの時に、一緒に遊んだからな」
- 「え!? そ、そうだったのか?」
- 「ん、だからいつでもいい。かかってこいシドー」
- 「よし、そういうことなら話が早い!\n俺に勝つにはまだまだ早いぜ?」
- 「うむ! のぞむところだ!」
- 「俺のキャラは、[十極拳*じゅっきょくけん]の使い手のカズマだ」
- 「ほう?」
- 「十香は何を使ってるんだ?」
- 「ん、私はこいつで勝負するのだ!」
- 「――っ!?」
- 「な、なあ十香。ひとつ聞いていいか?」
- 「うむ、なんだ?」
- 「よ、よりによって、なんでそのキャラなんだ?\nもっと可愛いやつとか、格好良いやつが他にあっただろ?」
- 「む! シドーはこいつの設定を知らんのか?\nこいつは魔法使いで、対戦相手に勝つと、\nそいつを自分の好きな料理に変身させて食べてしまうんだぞ!」
- 「……あ、ああ、なるほど」
- 「さて! 今日は、デミグラスソースたっぷりのハンバーグに\n変身させてやるぞ!\n――いや、待て……おろしポン酢も捨てがたいな!」
- 「……と、とにかく勝負してみるか。\n俺に勝たないと、そもそもその勝利イベントは拝めないからな?」
- 「うむ、わかっている。どこからでも、かかってくるがいい!」
- 「――げっ!\nこのタイミングで、いきなりそんな大技だしてくるか普通!?」
- 「どうしたシドー! 琴里はそんなものではなかったぞ!」
- 「シドー! 何をぼーっとしておるのだ!\n手加減なら不要だぞ!」
- 「――くッ!」
- 「まだだ! まだ終わりゃしない!\n十香! ここからが本番だ! いくぞッ!」
- 「ぬ!? 来いッ、シドーォォォォ!」
- 「そ、そんな……バカな……っ!」
- 「おお! うまそーだぞシドー! チーズがとろとろだ!」
- 「ん、ずいぶん悔しそうだなシドー。\n私とやるには、ちと修行が足りなかったのではないか?」
- 「あ、ああ……確かに、最近やってなかったしな……」
- 「むう……いかん。画面を見ていたら、お腹が空いてきたな」
- 「も、もうすぐ夕飯だしな……今日はこの辺でやめとこうぜ」
- 「うむ。また勝負したくなったら、いつでも言うがいいぞ?\nおお、そうだ!\n次はシドーをあんかけチャーハンにしてやろう!」
- 「……練習するか」
- 「や、やるな十香! 先が読めない攻撃の破壊力が半端ないぜ!」
- 「シドー! 私の力はまだまだこんなものではないぞ?\nもうすぐ肉汁たっぷりの俵型ハンバーグにしてやるからな!」
- 「ちょっ!? なんだその技!?\n避けられんッ!」
- 「ま、マジかよ……! そんなに一気にライフ持ってくのか!?」
- 「シドー、今の技……。\n緊急回避でかわせると知っていたのではないのか?」
- 「え……いや、ひ、久し振り過ぎて記憶になかったよ」
- 「……真剣勝負だと思ったのに、がっかりだぞ、シドー……。\n私は手加減されていたのだろう?」
- 「と、十香!? ど、どうしたんだよ?」
- 「シドー……私と勝負するなら真剣勝負で頼む。\nどんなことであれ、シドーに欺かれるのは……。\nその、とても悲しい気分だぞ……」
- 「ぅ! ……す、すまん」
- 「むう……いかん! 画面を見てたら、お腹が空いてきた……」
- 「も、もうすぐ夕飯だしな。今日はこれでお開きだな……」
- 「うむ。なあシドー……次に勝負するときは、\n『ガチンコ』というヤツで頼むぞ?」
- 「お、おう。今度こそ、真剣勝負でやってやるさ!」
- 「ん! 次、シドーに勝ったら何に変身させてやろうか?\nやはり、あんかけチャーハンがいいか?\nそれとも、五目チャーハンか?」
- 「それじゃあ、キッチン借りるね?」
- 「ああ、いつも悪いな」
- 「ふふ、それは言わない約束でしょ?\nお隣さんは助け合い、だからね」
- 「おう。俺にも凜祢の家で手伝えることがあったら、\n遠慮無く言ってくれていいからな」
- 「ありがとう、士道。でも、今のところはないかな?」
- 「確かに、凜祢はしっかりしてるしなぁ……」
- 「……そう、かな? そうだと、いいな……」
- 「ん? どうした?」
- 「なんでもないよ。それじゃ、すぐ用意しちゃうね」
- 「ああ、俺は鍋の方見ておくな。そっちは任せた」
- 「うん。お任せあれ」
- 「――し、シドー! 凜祢!」
- 「ん、ど、どうしたんだ十香?」
- 「け、見学してもよいか!?」
- 「へ? 見学って……何を?」
- 「む! [夕餉*ゆうげ]の準備だ! これから用意するのだろう?」
- 「今からちょうど作るところだよ」
- 「おお! では頼む! 見学させてくれ!」
- 「んー……私は構わないけど、見ててもつまらないかもよ……?」
- 「そんな事はない! 是非頼む!」
- 「そ、そう? じゃあ……うん、わかったよ」
- 「本当か!」
- 「ふふ、私なんかで良かったら、いくらでも協力するよ」
- 「おお! 凜祢! 恩に着るぞ!」
- 「……あ、もしよかったら見るだけじゃなくて、\n一緒に作ってみたり……する?」
- 「そ、それはしかし……い、いいのか?\n私はうまくできぬかもしれないぞ?」
- 「大丈夫。私も手伝うから……ね?」
- 「う、うむ……」
- 「なんなら、俺も手伝おうか?」
- 「し、シドーは駄目だ!」
- 「え? な、なんで?」
- 「ダメなものはダメなのだ!」
- 「あ、あはははは……ええと、と、とにかく駄目みたいだから、\n士道はテレビでも見て待ってて。ね?」
- 「え、あ、おう……」
- 「……で、芽をとったら皮を剥いて乱切りに……こんな感じ。\nこれくらいの大きさに切っていくんだよ」
- 「う、うむ、なるほど……」
- 「――あ、包丁で剥くのが難しそうだったら、\nピーラーを使った方がいいかも」
- 「ぴー、ぴーらー? なんだそれは?」
- 「これだよ。皮を剥くための道具なの。ほら」
- 「ね?」
- 「おおっ! いとも簡単に剥けていくではないか!\nなんだか楽しくなってきたぞ! 凜祢は凄いな!」
- 「うーん……わ、私が凄いわけじゃないんだけど……」
- 「り、凜祢! こ、こんな感じでよいのか?」
- 「えーとね、ニンジンは火が通りにくいから、\nジャガイモのときより、もう少し小さ目に切った方がいいかな?」
- 「ん、そうか!」
- 「こ、これならどうだ?」
- 「そうそう、そんな感じだよ。上手だね、十香ちゃん。\nでも、調子に乗って手を切らないようにね?」
- 「う、うむ!」
- 「今日は、十香ちゃんが手伝ってくれた肉じゃがでーす」
- 「お、うまそうにできたな!」
- 「シドー! た、食べてみてくれ!」
- 「どれどれ……」
- 「ど、どうだ……!?」
- 「……うん!? これはうまい!」
- 「おお! そうか! では、こっちのも食べてみてくれ!\nそれからこっちも!」
- 「わ、わかったわかった!\n全部食べてみるから、ちょっと待ってくれよ。\nさすがに一度に全部は入らないし、味もわかんなくなっちまう」
- 「ん、そ、そうだな! すまん、シドー……」
- 「いや、謝らなくてもいいんだけど……。\nほら、十香もせっかく凜祢と一緒に作ったんだから、\n自分でも食べてみろって。驚くぞ?」
- 「ぬ!? そ、そうだったな!\nシドーに食べてもらうことに夢中で忘れていた!」
- 「そ、そうか……」
- 「うむ! では、いただくぞっ!」
- 「ふふ、めしあがれ」
- 「あ、琴里ちゃんも四糸乃ちゃんも、どうぞ食べてみて」
- 「おー! いただきまーす!」
- 「い……っ、いただき……ますっ」
- 「おおっ!? こ、この風味は格別だぞシドー!\nジャガイモも煮崩れしないまま、中までしっかり火が通ってて、\n味が滲みてるのだ!」
- 「うん! まあ……形がユニークなのも多いけど、\n本当に美味いよ。上手にできて良かったな、十香!」
- 「うむ! 凜祢のお陰だ。礼を言うぞ!」
- 「そうだな。凜祢に感謝だな」
- 「ふふ、どういたしまして。\n十香ちゃんが一生懸命手伝ってくれた分、\nいつもよりもっと美味しくなったんじゃないかな?」
- 「うむ! また一緒に作りたいな!」
- 「そうだね。言ってくれれば、いつでも大丈夫だよ」
- 「……いッ!? こ、ここここ、琴里――ッ!?」
- 「ん?」
- 「い、いや、これは! ち、違うぞ!?\nおまえに用があったのは確かだけど!」
- 「あ、いや……ほ、ほら、ええっと……シャ、シャンプーでも切らしてなかったかなあっと思って……」
- 「――ひぐ……っ!」
- 「ま、待て! は、話せばわかる! いいか、これは――」
- 「この……シスコンで……ロリコンで……!\nドスケベ阿呆兄がぁぁぁぁーーーーっ!!!!」
- 「どわぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!!!!」
- 「……そろそろ正座が辛くなってきたなー……なんて?」
- 「……へー、それくらいで反省し終えたつもり?」
- 「え?」
- 「……見ちゃいけないものを見たんだから、反省は当然よね?」
- 「……い、いや、それは……。\nめ、目に……入ってしまっただけというか……」
- 「す、すまん! でも信じてくれ!\nあれは覗きにいったとか、そういうんじゃなくて――」
- 「そんなことわかってるわよ。仮に士道がペドフィリアでド変態な嗜好の持ち主だったとしても、そこまではしないわよね」
- 「人の嗜好を勝手に決めてんじゃねえよっ!\nどちらかといえばな――」
- 「ど・ち・ら・か・と言えば? なにかしら?」
- 「な、なんでもありません……」
- 「ふんっ。まあ、せいぜい朝刊に載らないよう、\n十二分に気を付けてちょうだい」
- 「誰が載るか!」
- 「……で、何の用だったのよ。\n私に用があったんでしょ?」
- 「それとも、可愛い妹の身体を見て劣情を催したあげく、頭が真っ白になっちゃったとか?」
- 「催してもないし、真っ白にもなっとらん!」
- 「ふーん……」
- 「い、いや、そんなことより聞いてくれ! 実は高台で……」
- 「高台公園か……それ、気になるわね。\nこっちでも調べてみるわ……でも、士道の話が本当なら、\n原因を究明するのは難しいような気がするけど……」
- 「え?」
- 「十香の様子がおかしかったって言ったわね?\nもしかすると、そこに近づいた者や調べようとした者の意識に、\nなんらかの介入が行われているのかもしれない」
- 「介入って……?」
- 「こっちの意識を勝手にいじれるってことよ。\nここにはいたくない、とか……。\nそもそもここは最初からこうだった、みたいな感じ」
- 「そ、そんな!?\nそれじゃ……例えば、今、こうして話してるのも、\n何かされてる可能性がある……そういうことか?」
- 「ええ、そうよ。だからこれは、答えのない問題のようなもの。\n……士道にその記憶がどうして残ってたのかはわからないけど、ね」
- 「その調子で自分をしっかり保ってなさい。\nあなたの記憶が、何らかの突破口になる可能性もあるわ」
- 「ああ……気をつけるよ。すげぇ怖いことだしな、それ……」
- 「でも、もし士道の記憶が意図的に残されたものだったとしたら、これは、一種の警告かもしれないわね。\n私たちに介入するなっていう、警告……」
- 「警告、か……。\n一体、どんなつもりなんだろうな、\nこの事件の犯人はさ……」
- 「さぁ? 正直お手上げ状態よ。\nわかってるのは、天宮市全体から特殊な霊力反応が出てる……。\nそれだけだもの」
- 「とりあえず……情報が揃うまでは、\n高台の奥には不用意に近づかない方が良いわね。\nちょっと危険過ぎる」
- 「そうだな、わかった」
- 「……私たちは今、何か大きなトラブルの渦中にいるわ。\n天宮市を中心にこの異変は起こっている……これに、\n精霊が関係しないはずがない」
- 「……?」
- 「――何か目的があって、私たちをこの状況に追い込んでいる……それだけは、間違いないわね」
- 「……そう、か」
- 「そんな顔するんじゃないわよ」
- 「でも……打つ手はないんだろ?」
- 「それとこれとは話が別よ。〈ラタトスク〉だって、必死に動いてる。あなたは自分の役目……十香たちの精神を安定させることを考えて。これは士道にしかできないことなんだから」
- 「おう……わかった」
- 「ただ……もし、おかしなことに気が付いたら報告してちょうだい。次も同じようにいくとは限らないけど……」
- 「…………ああ」
- 「よし、今日は四糸乃とデートだ。\n……どうやって合流するかな……令音さんに頼んで\n呼び出してもらうか、それとも家まで迎えに行くか……」
- 「し……士道、さんっ!」
- 「……えっ?\nあれ、四糸乃!? ど、どうしてここに?」
- 「……み、皆さんの……応援ができれば、と思って……」
- 「あ、ああ、そうなのか。ありがとうな」
- 「は、はい……す、すみっこで……見てただけ、ですけど……」
- 「はは、声かけてくれればよかったのに」
- 「す、すみません……」
- 「いや別に、謝ることじゃないって」
- 「は、はは……そうか。ありがとうな」
- 「…………」
- 「……えっ?」
- 「あー、ええと……」
- 「あ……ああ、そうか。\nなるほど……いやな、実は俺もその気だったんだ」
- 「ああ。\nだから、四糸乃がここにいてくれて、ちょうどよかったよ」
- 「…………?」
- 「……四糸乃。せっかくだ、デートしようぜ」
- 「…………!!」
- 「四糸乃は学校通ってないし、\n寄り道なんて、なかなかできないしな」
- 「よ、寄り道……ですか?」
- 「学校の帰り道で、何か食べたり遊んだり、\n色々おしゃべりしたり……そんな感じだ。嫌か?」
- 「い、いえ……楽しそう、です……」
- 「おう。もちろん。\nよし、四糸乃がその気なら決まりだな。今日は楽しんで行こう!」
- 「はい……!」
- 「さて……四糸乃、何を食べる?\nそれともゲーセンで遊ぶか?」
- 「え、えっと……」
- 「他にも色んな店があるぞ。\nショッピングを決め込むのもありかな……もっとも、\n財布の方は心許ないんで、そんなに高いものは買えないが……」
- 「……あ、悪い。そんなつもりじゃなかったんだけど……。\n四糸乃、ゆっくり決めていいからな」
- 「あっ……は、はい。ありがとうございます……」
- 「おいおい……よしのんの方こそ、急かしてるんじゃないか?」
- 「……よしのんはいつも、こうですから」
- 「……………………」
- 「……あ、あれ……食べてみたい、です」
- 「あれ……?\nおう、アイスキャンデーか」
- 「あいす、きゃんでー……?」
- 「ああ、冷たくて甘い氷……って、わかりづらいな。\nとりあえず、食べてみるか?」
- 「はい……」
- 「よし、買ってきてやるよ。四糸乃、何味が食べたい?」
- 「あ……え、えっと……その……」
- 「……どうした?」
- 「あの……し、してみたい、です……」
- 「……え?」
- 「……わ、私……ちゅ、注文、してみたい、です……っ!」
- 「……そ、それは構わないけど、どうしてまた急に?」
- 「……もっと、しっかりしなくちゃって思って……。\n士道さんに、迷惑をかけないように……」
- 「……そ、そうか。\nまあ、俺は別に保護者でもいいんだが……」
- 「……それじゃ……イヤ、です……」
- 「……えっ?」
- 「……そ、そうなのか? す、すまん……」
- 「そうだな……」
- 「……よしっ、行って来い!\n何事も経験が大事だ! 四糸乃が決めたことだ、応援するぞ!」
- 「は、はい……!」
- 「でも、知らない人にはついていくなよ!\n買ったら、すぐに戻ってくるんだぞ!」
- 「……わ、わかりました」
- 「……いや、やっぱり心配だな。俺もついていくよ」
- 「えっ……で、でも……」
- 「一緒に少しずつ慣れていこうと思ったんだけど、ダメか?」
- 「な!?」
- 「……うっ、くっ……」
- 「……くっ、そ、そうだな。俺が……間違ってたよ。\nよし、四糸乃、俺のことは気にせず行って来い!\nここで見守っててやるからな!」
- 「……は、はい」
- 「……それじゃあ、行って、来ます……!」
- 「お、おう……が、がんばれよ、四糸乃!」
- 「はいっ……!」
- 「すー、はー……すー、はー……」
- 「おう、琴里。驚いたよ。四糸乃、随分前向きになったんだな」
- 「わかってるって」
- 「おう、またな」
- 「いらっしゃいませー!\nご注文をお伺いいたします!」
- 「……っ! あ、あの……す、すみませんっ!」
- 「はい、ご注文ですか?」
- 「……あ、あの……アイスキャンデーを……」
- 「かしこまりましたー。\nお味はいかがなさいますかー?」
- 「え、えっと……お、おすすめを……」
- 「はい、今はこちらのトロピカル・バナナが人気です!」
- 「……えっと、それをひとつ……」
- 「はい、トロピカル・バナナですね!」
- 「……うん!」
- 「他にご注文はございますでしょうか?」
- 「……え? ……えっ?」
- 「お連れ様がございましたら、こちらの季節限定の\nサマー・スペシャルなどもオススメでございます」
- 「……あ、あの……」
- 「他にも、パッションフルーツ・ミックスなども人気となっております」
- 「あ、あの……えっと……」
- 「毎度ありがとうございましたー!」
- 「あー……四糸乃……」
- 「……え、えっと……あ、あの……」
- 「……す、すみません……」
- 「いや、大丈夫だよ。四糸乃は頑張った。よくやったよ」
- 「は、はい……」
- 「まぁ、この量は一人じゃ食べきれそうにないな……」
- 「はい……」
- 「とりあえず、せっかく買ったんだから\n溶けないうちに食べようか?」
- 「……そ、そうですね」
- 「お、うまそうだな!」
- 「は、はい……!」
- 「おー……冷たくてうまい!」
- 「は、はひ……おいひいへふ……」
- 「……アイスを食べると頭にキーンと来るときあるから気をつけろよ?」
- 「は、はひ……」
- 「ほら、こっちもおいしそうだ」
- 「はひーっ……!」
- 「……そ、そろそろ苦しくなってきました……」
- 「……ああ、こっち溶けてきた! 早く食わないと!」
- 「は、はひーっ!!」
- 「ふーっ、何とか食べ切ったな……」
- 「は、はい……大変、でした……」
- 「……う、うぅ……!」
- 「……だ、大丈夫、ですか?」
- 「あ、頭が……冷たいものを一気に食ったから、頭が強烈にキーンと……」
- 「……だ、大丈夫ですか?」
- 「え、えっと……えっと…………あっ!」
- 「…………え……えいっ!」
- 「え、えっと……四糸乃? これは……?」
- 「……し、士道さんの頭を……あ、あっためようかと思って」
- 「えっと……そ、そうだな……ありがとう。\nあったかいよ」
- 「……は、はいっ。お役に立てて……良かった、です」
- 「やっぱり、冷たいものをあまり一気に食べるのは良くないな」
- 「……そ、そうですね……私も気をつけ、ます……」
- 「でも、うまかったな」
- 「はい……美味しかった、です!」
- 「それじゃ、帰ろうか」
- 「……はい」
- 「……そう言えば、四糸乃は、新天宮タワーって\n分かるか?」
- 「新、天宮……タワー……?」
- 「ああ、なにやら奇抜なデザインなんだけどさ。\n天宮タワーより高いし、街のシンボルにするって話で、\n最近盛り上がってるらしいんだ」
- 「ああ、確かに登ってみたいな」
- 「行くって……これからか?」
- 「いや、気持ちはわかるけど……\nまだオープンしてないような……」
- 「よけいなお世話だ!\n……まあ、登れるかはわからないけど、\n帰りに寄って行けないこともないかな」
- 「四糸乃、どうする?」
- 「……行き、ます!」
- 「そうか、じゃあちょっと寄ってみるか」
- 「ここが、新天宮タワーか……。\nやっぱり、立ち入り禁止みたいだな」
- 「……うん、大きいね」
- 「入れないんじゃいつまでいても仕方ないし、\n今日は帰るか。登れるようになったら、また一緒に来ような」
- 「はい……」
- 「おう、約束だ」
- 「……今日は楽しかったな、四糸乃」
- 「……はい!」
- 「もう夕方か……家に帰ったら、すぐ晩飯の用意だな。\n……あれ、あれは……?」
- 「…………」
- 「四糸乃?\nおーい、四糸乃ーっ!」
- 「……っ! あ……士道、さん……?」
- 「……どうしたんだ、四糸乃? こんな所、一人で歩いて……」
- 「そ、その……\nそろそろ士道さんが、か、帰って来る、頃かなって……」
- 「ああ、迎えに来てくれたのか?\nわざわざありがとな」
- 「……い、いえ」
- 「それじゃ、一緒に帰ろうか……」
- 「は、はい……」
- 「四糸乃、お腹すいてたりするか?」
- 「……あ、私は、まだ……大丈夫、です……」
- 「そうか、俺はそろそろ小腹が空いてきたな……。\nほら、なんかいい匂いがしないか?」
- 「え……? あ……美味しそうな匂いがします」
- 「だろ?\nソースの香ばしい匂いだな……どこだ?」
- 「……あ、ほらあそこ。お好み焼きの屋台だな」
- 「……おこのみ、やき?」
- 「ああ、四糸乃は食べたことないんだっけ?\n……晩飯にはまだ早いし、試しに食べてみるか?」
- 「……私は、大丈夫です……」
- 「そうか。じゃあ、俺が買うから味見してみるといいよ。\nおじさん、お好み焼き一枚!」
- 「あいよっ!\nお好み焼き一人前っ!」
- 「運がいいなぁ、ちょうど焼きたてだ!\nはい、お待ちっ!」
- 「ハフハフ……このアツアツのキャベツと卵……。\nそして、口中に広がるソースの香りが……」
- 「あ、すまんすまん。\nほら、四糸乃も食べてみろよ」
- 「……は、はい!」
- 「熱いから気をつけてな」
- 「は、はい……あふっ!\nはふっ……はひっ……あふい、ふぇす!」
- 「あー、すまん。\nちょっと冷ましてからが良かったか」
- 「あ……はふ……だいじょぶ、です」
- 「……はふぅ……」
- 「どうだった、初めてのお好み焼きは?」
- 「は、はい……美味しかった、です」
- 「おう、良かった。\n帰ってから晩飯、残さないようにしないとな。\n他のみんなには内緒だぞ?」
- 「……はいっ!」
- 「……ふー、晩飯も片付いたし、一段落だな」
- 「……ん?\nどうぞ……開いてるよ」
- 「……四糸乃?\nどうしたんだ? こんな時間に」
- 「あ、あの……その……」
- 「……ん、どした?」
- 「……う、うん……!\nあ、あの……忘れて、て……」
- 「……え? 忘れたって何を?\nもしかして、何か落とし物したりしたのか?」
- 「あ……いえ、そうじゃ、なくて……。\nきょ、今日は……! あ……ありがとう、ございましたっ!」
- 「きょ、今日だけ……じゃ、ない……ですけど……」
- 「気にしなくていいって。\n俺も楽しかったから、逆にお礼をいいたいくらいだよ」
- 「え……そ、そう、ですか……?」
- 「うんうん」
- 「そ、そんな、事、ない……です」
- 「み、みなさん、に……め、迷惑ばかり……かけて、しまって……」
- 「も、もっと、しっかりしなくちゃ、って、お……思って、ますっ」
- 「ありがとな……四糸乃は素直で真面目で、とっても良い子だな」
- 「よ、よしのん……!?\nす、すみません、士道さん……お邪魔、しました……!」
- 「あ、ちょっと待て四糸乃……!」
- 「……はい……?」
- 「またデートしような」
- 「……は、はいっ……!」
- 「おう、よしのんも一緒にな」
- 「そ、それじゃあ……おやすみ、なさい……」
- 「おやすみ、四糸乃」
- 「それじゃあ、キッチン借りるね?」
- 「ああ、いつも悪いな」
- 「ふふ、それは言わない約束でしょ?\nお隣さんは助け合い、だからね」
- 「おう。俺にも凜祢の家で手伝えることがあったら、\n遠慮無く言ってくれていいからな」
- 「ありがとう、士道。でも、今のところはないかな?」
- 「確かに、凜祢はしっかりしてるしなぁ……」
- 「……そう、かな? そうだと、いいな……」
- 「ん? どうした?」
- 「なんでもないよ。それじゃ、すぐ用意しちゃうね」
- 「ああ、俺は鍋の方見ておくな。そっちは任せた」
- 「うん。お任せあれ」
- 「今日のおかずは肉じゃがだよ」
- 「おお! これはいい匂いだな!」
- 「みんな、揃ったな? それじゃあ、いただきます!」
- 「うむ! いただきますなのだ!」
- 「おー! いただきまーす!」
- 「い……っ、いただき……ます!」
- 「ほくほくしてうまいな、シドー」
- 「ああ、これぞおふくろの味ってやつだな」
- 「おふくろのあじ?」
- 「えーと……懐かしい味、みたいな意味かな?」
- 「そうそう。なんだろうな、安心する味っていうか」
- 「ふむ……なるほど。\nでは、私も料理するときはおふくろの味を目指せば良いのだな!」
- 「え? 十香が料理……?」
- 「む! シドー、私だって料理くらいできるぞ。\nクッキィとかはたまにつくったりするし……」
- 「あー、確かにそうだな……すまん」
- 「あ、十香ちゃんおかわりは?」
- 「すまん凜祢、頼む!」
- 「ふふ、どういたしまして。\nあんまり急いでこぼさないようにね」
- 「うむ! 任せておくのだ!」
- 「やれやれ……」
- 「……………………」
- 「――また、この夢……?」
- 「……私は、ただ見守り続けるだけ……」
- 「……見守り続ける?」
- 「……………………」
- 「……なんでだ?」
- 「悲しみが、広がらないように……」
- 「悲しみ……? それって……?」
- 「……理解される必要はない……」
- 「……な!」
- 「……全ては、楽園のみ許される……」
- 「おい、それじゃわから――っ!?」
- 「貴方は……私を、信じていればいい」
- 「…………う……うぅ…………」
- 「……お、おまえ……は……!」
- 「……道!? …丈夫?」
- 「――誰、なんだ……っ!?」
- 「――キャッ!」
- 「……あれ?」
- 「あ、あの……し、士道?」
- 「――いっ!?」
- 「……!」
- 「うわーーっ!? す、すすすす、すまんっ! 凜祢ッ!」
- 「ううん……別にいいけど。\nちょっと、びっくりしちゃった……かな」
- 「いや、ホントに悪い! 昨日も今日も何やってんだ俺!?\n変な夢見たからか……?」
- 「変な夢……?」
- 「いや、なんでもない。とにかく、ごめん……!」
- 「夢見て寝ぼけちゃってたんだね。士道ってば子供みたい」
- 「あー、今回は言い訳できん……」
- 「士道……ちょっと疲れてるんじゃない?」
- 「いや、大丈夫。最近あんま動いてなかったせいかもしれないし」
- 「ふふ、ならいいけど。それじゃあ、下で待ってるね」
- 「おう」
- 「あれ、みんなは?」
- 「あ、それなんだけど……四糸乃ちゃんが急に具合悪くなっちゃって、琴里ちゃんが朝早くに病院に連れて行ったの。私も行くって言ったんだけど……」
- 「え、四糸乃が!? 大丈夫なのか?」
- 「うーん、琴里ちゃんが大したことはないと思うって\n言ってたけど……」
- 「そうか……心配だな」
- 「うん……」
- 「それで、十香は? もしかして寝坊か?」
- 「ううん、違うの。十香ちゃん、今日は先に学校に行くって言って、もう出ちゃった」
- 「ええ!? マジか!? め、珍しい……!」
- 「そこまで驚かれると、ちょっと十香ちゃんが可哀想かなぁ……」
- 「ああ、いやそんなつもりは……」
- 「あ、座って。朝ご飯、持ってくるから」
- 「あ、うん。サンキュ……」
- 「はい、お待ちどうさま。お味噌汁、温めなおしたから。\nご飯もほかほかだよ?」
- 「おう、ありがとな。いただきます」
- 「ごめんね。今朝はバタバタしちゃったから、ベーコンエッグと\nサラダだけなんだけど」
- 「いや、十分だよ。それに、四糸乃が具合悪くなったんなら、\n色々大変だったろうし……」
- 「あ、でも、ぱぱっとお弁当も作っちゃったから、\n良かったら持っていって。\n十香ちゃんの分も持って行ってくれると嬉しいな」
- 「お、そっか。何から何まで助かるよ」
- 「ふふ、どういたしまして」
- 「……」
- 「……ええっと」
- 「なあに?」
- 「いや、その……」
- 「どうしたの士道? ちょっと顔が赤いみたいだけど、\nまた熱でもでてきたの?」
- 「あ、いや、そんなんじゃないから……! だ、大丈夫だよ」
- 「そう? ならいいけど。なんか今日の士道、ちょっと変だね?」
- 「え……や、ごめん」
- 「謝ることなんてないよ。士道ったら変なの。ふふ……」
- 「……あ、そう言えば朝練はいいのか?」
- 「あ、今日からお休みなの。球技祭も終わったし、テスト前だし」
- 「そう言われれば、そうだったな……」
- 「もしかして、テストのこと忘れてた?」
- 「いや、そうわけじゃないけど……ん?\nなら、今日からはゆっくりできるのか」
- 「え~と……本当はそうしたいんだけど、ちょっと寄らなきゃいけないところがあるから、少し早く出ちゃうかな。ごめんね」
- 「いや、気にしなくていいよ。朝練がないなら、一緒に登校できるのかなって思っただけだから」
- 「あっ……本当は一緒に行きたいんだけど……」
- 「気にしなくていいって――」
- 「なっ……!? 嘘だろ!? これ! 今起きてるのか!」
- 「これって、駅前の方にある郵便局かな……?」
- 「物騒すぎるだろ……中にいる人達、心配だな……」
- 「……でも、士道の知らない人だよ?」
- 「知ってる人でも、知らない人でも関係ないさ。\nできるなら、誰かが傷つく姿は、見たくない」
- 「そう、だね……」
- 「はい! こちら現場です! ええ、画像の方は見えてますでしょうか? たった今! 郵便局に立てこもっていた国籍不明の男が自ら投降しまして、人質全員を解放しました!」
- 「え、ええええっ!? うっそ、マジかよ!?」
- 「よかったね。被害がないうちに捕まって」
- 「……え? あ、うん。そうだな……よかったんだけど……」
- 「どうしたの?」
- 「や、なんていうか、ちょっと……あまりにタイミングが良すぎて驚いた」
- 「確かに……でも、あのまま続いてたら駅前に買い物も\n行けなくなっちゃうし、私は助かっちゃったかも」
- 「凜祢……おまえ、マイペースだなぁ……」
- 「そういうこと言うけど、夕飯の材料が買えなかったら困るのは\n士道の方なんだからね?」
- 「あー、確かに……おっしゃる通りでした……」
- 「よろしい。士道は物分かりが良いね」
- 「なんか、若干バカにされてる気がするんだが……」
- 「気のせい気のせい♪」
- 「――あ! ごめん、私そろそろ行かないと。先に出ちゃうけど、大丈夫だよね?」
- 「ああ、大丈夫だって。片付けくらいどうってことないから」
- 「じゃあ、お任せしちゃうね。いってきます」
- 「ふー……」
- 「お、十香……」
- 「ふあ~……」
- 「よう、十香。昨日は遅かったのか?」
- 「し、シドー!?」
- 「ん、なんだよ。そんなに驚くことないだろ?」
- 「そ、そうだな! すまん!」
- 「なんかテンション高いな……何かあったのか?」
- 「な、何でもないのだ!」
- 「ならいいけど……って、あれ? おまえ、その指どうしたんだ?」
- 「ん?」
- 「ほら、指にいっぱい絆創膏が貼ってあるからさ」
- 「こ、こここ、これは何でもないのだ! 練習でちょっと――」
- 「練習? なんの?」
- 「な……っ! なんでもない! とにかくシドーは気にしなくていいのだ!」
- 「お、おう……」
- 「でも、気をつけろよ。俺は十香が怪我するのはみたくないから」
- 「う、うむ……善処しよう」
- 「ぐぅ…………」
- 「お、十香……」
- 「スー……スー……」
- 「あらら。十香、早く来たのはいいけど、寝ちゃってるのか」
- 「……」
- 「!?」
- 「……お、おう。なんだ折紙か! おはよう」
- 「おはよう」
- 「グー……スー……グー……スー……」
- 「おい十香、そろそろ起きろ。メシの時間だぞ!?」
- 「ふあぁ~あ……」
- 「……あんだけ寝ておいて、まだ眠いのか?」
- 「ん!? し、シドーではないか! 今はいったい!?」
- 「もう昼だよ。メシなら凜――」
- 「ぬ!? もう[昼餉*ひるげ]だと!? 待てシドー!」
- 「ん、なんだ?」
- 「し、シドー! 今日はこれを食べるのだ!」
- 「これは……?」
- 「わ、私が、弁当を作ってみたのだ!」
- 「え!? と、十香が作ったのか? 一人で?」
- 「う、うむ!」
- 「……し、シドーは、私の作った弁当ではイヤか?」
- 「いや! イヤとかじゃないんだけどな……」
- 「十香、ごめん! ちょっと急用思い出した!」
- 「む! どこへ行くのだ! シドー!」
- 「悪い! 先に食べててくれ!」
- 「……と、十香? ただいま」
- 「ん? シドー、戻ったのか」
- 「あ、ああ……その、悪かったな。弁当食べられなくて……」
- 「……し、シドー?」
- 「ん?」
- 「もしかするとシドーは……。\n私の料理が下手だから……食べてくれなかったのか?」
- 「ち、違う! そ、そうじゃないんだ!\nこれにはちょっとわけがあって……」
- 「……だから、どっちかの弁当を選んだら、\n選ばれなかった方を傷つけてしまう気がして……」
- 「結局、どちらも傷つけないでいられる方法が\nわからなかったから、思わず逃げ出してしまったんだ……」
- 「ん、そうか。事情がわかって安心したぞ。\n……シドーは、そういう男であったな」
- 「せっかく十香が一生懸命作ってくれたのに、\n食べられなくて本当にごめんな」
- 「うむ。よいのだ」
- 「し、しかし……あれだ……」
- 「ん?」
- 「凜祢のように、上手にはできぬかもしれんが、\nいつか……食べてくれるか? シドー?」
- 「ああ。十香が作ってくれた物なら、喜んで食べるよ!\nなんなら、今日の弁当……学校が終わってから……」
- 「あ、いや……シドーがあまりにも戻ってこないので、\n自分で食べてしまったのだ……すまん」
- 「いや、いいんだ。俺が悪いんだから」
- 「士道、戻ってたんだ」
- 「あ、凜祢! ええと……その……」
- 「ふふ、わかってるから大丈夫」
- 「え……?」
- 「お昼休みに十香ちゃんがお弁当を作ってきたっていうの聞いたよ?私も作ってきちゃったから、困っちゃったんだよね……」
- 「……お見通しか。ごめんな、凜祢」
- 「私のことはいいの。\n大事に思ってる子には、ちゃんと優しくしてあげてね」
- 「凜祢……」
- 「あ、あのな十香。\n実は、凜祢が俺とおまえの分の弁当作ってきてくれてるんだ……」
- 「ん、そ、そうか……」
- 「十香が一生懸命作った弁当も食べてあげたいんだけど、\n凜祢の弁当も――」
- 「やはり、シドーは凜祢の方が良いのだな……」
- 「や……どっちが良いとか悪いとかじゃ――」
- 「シドーは家庭的で料理のうまい[女子*おなご]が……。\n好みなのだろう?」
- 「や、その……確かにそうだけど……その、あれは――」
- 「むうー……!」
- 「十香! どこに行くんだよ!?」
- 「と、十香ッ!? お、落ち着けって!」
- 「う、うるさい! そんなのは駄目なのだ! そんなのは……」
- 「士道! 夜刀神十香に何があったの?」
- 「いや、そのだな……ちょっと俺が怒らせちゃって……」
- 「わ、私よりも……凜祢の方が……ぐ、ぐぐ……っ」
- 「!? と、十香が霊装に!?」
- 「ここは危険! 士道はシェルターに行って!」
- 「い、いや! ここは俺が説得してみる!」
- 「士道を置いてはいけない」
- 「わかったけど……とにかくここは俺に任せてくれ!」
- 「……」
- 「十香! とにかく俺の話を聞いてくれ!」
- 「……鳶一折紙も……私を愚弄しにきたのか……ッ!」
- 「ち、違う! 折紙はおまえを心配して――」
- 「し、シドーは……やはり私より……凜祢や鳶一折紙を……。\nぐっ……ぐぐぐぐ……っ!」
- 「だからそれは誤解だって――!」
- 「?」
- 「え? なに? どうした琴里!?\nうるさくてよく聞こえないんだ!」
- 「そんなのは……そんなのは……駄目だ……っ」
- 「お、おい、十香……?」
- 「そんなのは……駄目なのだぁぁぁぁぁぁぁ――――っ!!!!」
- 「うわああああああああーーーーっ!!!!」
- 「……この夢では……誰も幸福になれない……。\n五河士道……次こそは幸せな夢を……」
- 「ありがとな、十香。せっかく十香が一生懸命作ってくれたんだ。遠慮なくいただくよ」
- 「ん! 遠慮などするな。シドーが望むなら毎日だって作ってやるぞ?」
- 「お、おう……。\nあ、や、十香もそれじゃあ、また無理しちゃうだろうから……」
- 「ぬ!? し、シドーが、どうしてそのことを知っているのだ!?」
- 「――ま、まさか!\n密偵を放って、監視させていたのではあるまいな!?」
- 「密偵も放ってないし、監視もしてないから安心しろ。\nただ、ひどく眠そうにしてたから、そうなんじゃないかなって」
- 「む……そ、そうか」
- 「さて、早速食べてみようと思うんだけど、\nちょっと待っててくれないか」
- 「ん、構わぬが、どうかしたのか?」
- 「なんでもない。ちょっと凜祢に用事があるだけだよ」
- 「そうか。では、早く済ませてくるがいい」
- 「うん」
- 「士道?」
- 「あ、あのな凜祢! 実はその……」
- 「そんなに困った顔しなくても大丈夫だよ?」
- 「え……?」
- 「十香ちゃん、士道にお弁当を作ってきてくれたんでしょ?」
- 「そ、そうなんだ。だから、今日は――」
- 「うん……大丈夫だよ、わかってる。\n私のことはいいから、早く食べてきてあげた方がいいよ?」
- 「で、でも……」
- 「あ。私のお弁当のことは、十香ちゃんに内緒ね?\n気を使わせちゃったら嫌だし……」
- 「わ、わかった。すまん……」
- 「ふふ、いいからいいから。\nちゃんと残さず食べてあげてね?」
- 「おう!」
- 「シドー、用事は済んだのか?」
- 「ああ。それじゃあ、ちょっと移動して食べようぜ?」
- 「ん? ここではいかんのか?」
- 「と、十香の弁当を食べるなら、十香と二人の方がいいだろ?」
- 「そ、そうか。シドーがそう言うなら、どこへでもついていくぞ?」
- 「お、おう……じゃ、行こうか」
- 「うむ!」
- 「じゃあ、ここで食べよう」
- 「凜祢のように、うまくは作れなかったかもしれんが……」
- 「十香が頑張って作ってくれただけで、俺は嬉しいよ」
- 「そ、そうか……」
- 「いっただきまーす」
- 「どうぞ、召し上がるのだ!」
- 「どれどれ……」
- 「なるほど、凜祢に教えてもらった肉じゃがか……」
- 「もぐもぐもぐ……お! うまいぞ十香!\nよく出来てるじゃないか!」
- 「お!? そ、そうか! では、他のも食べてみてくれ!」
- 「ごちそうさま! 美味かった!」
- 「ん……で、では、明日も作って欲しいということか?」
- 「……や、気持ちは嬉しいんだけど、\n十香が勉強もできないようだと困るからなあ……。\n一応テスト前だし、次はテストが終わってからだな」
- 「ぬう……そうか……。では、また作って欲しくなったら言うのだぞ?」
- 「ああ、わかった。\n……ところで十香、おまえ、自分の分はどうしたんだ?」
- 「私の分……だと?」
- 「は!? シドーの弁当を作ることに夢中で、\n自分の分をすっかり忘れていたのだ!」
- 「お、おうふ!」
- 「うー……腹の具合が……」
- 「ちょ、どうするんだよ! 早くしないと昼休みが……あ!」
- 「ど……どうしたのだ?」
- 「あるぞ! 十香の弁当ならあるッ!」
- 「ん?」
- 「教室に戻るぞ! 十香!」
- 「う、うむ……」
- 「はい、十香ちゃん」
- 「おお! 私の[昼餉*ひるげ]!?」
- 「凜祢、恩に着るぞ!」
- 「ふふ、どういたしまして」
- 「ぬ? 二人分あるようだが?」
- 「あ……その、今日は慌てて作り過ぎちゃったの。\nね、士道?」
- 「あ、ああ」
- 「では、全部食べてもよいのか?」
- 「食べてくれると助かるかな。あ、でも無理はしなくていいからね」
- 「うむ! 任せるがいい。では、いただくぞ!」
- 「どうぞ、召し上がれ」
- 「凜祢、その……いろいろ、ありがとな」
- 「ううん。お弁当、無駄にならなくて良かった……」
- 「ああ、やっぱ持つべきものは凜祢だな」
- 「もう、おだてても何も出ないよ?」
- 「はぁーい。それでは帰りのホームルームを始めまぁす」
- 「あ、今日はみなさんに大事なお話があるんでした」
- 「大事な話ってなんですかー?」
- 「ええぇと……みなさん、この街のはずれに\n自衛隊の天宮駐屯地があるのは知ってますねぇ?」
- 「知ってるっちゃー知ってますけど、それがどうしたんですかー?」
- 「そこの偉い方から学校に伝達がありましたので、みなさんにお伝えしておきたいと思いまぁす」
- 「ええと、いろいろ難しく書いてあるんですけどぉ……つまり、現在、天宮駐屯地の観測機やら何やらがうまく機能してないそうなんですぅ」
- 「なのでぇ……空間震などの警報が遅れる、もしくは、作動しないことがあるそうですから……」
- 「……ということでぇ、\n少しでも異変を感じるようなことがあったら、\n各自、落ち着いてシェルターの方に移動するようお願いしますぅ」
- 「と言ってもぉ……どこで危険に遭遇するかわかりません。とにかく、移動する際は落ち着いて、『おかし』ということだけ忘れないでくださぁい」
- 「おさない、かけない、しゃべらないですよぉ。\nよろしいですかぁ?」
- 「……………………」
- 「はぁい。それではホームルームを終わりまぁす。みなさん、気を付けて帰ってくださいねぇ」
- 「おい五河! 『コンナミラーズ』寄って、ミニスカの\n可愛い子ちゃんウェイトレス眺めて来ようぜ?」
- 「悪いが目の保養なら一人で行ってくれ。俺はちょっと用があるから」
- 「へー、連れないじゃねえか。俺との約束をぶっちするほどの用ってなんだよ?」
- 「デートだ」
- 「な……っ!? なにいいいいいいいーーーーっ!!!!\n言うに事欠いて、デートだとぉ!?」
- 「ああ。すまん。じゃ――」
- 「ちっくしょぉぉおおおおおおーーーー!!!!」
- 「……な、なぜ!? どうして!? 五河だけが、なにゆえこんなに毎日がパラダイスなんでしょうか!?」
- 「おまえはまずそういうところから直せよ……じゃあな」
- 「あーーーーん! 神様のバカバカバカッ! もう知らない!」
- 「今日は凜祢のヤツ、どうしたんだろう……。\n朝買い物行くみたいなこと言ってたけど、遅いな……」
- 「――ん?」
- 「士道、遅くなっちゃってごめんね! ご飯の準備とか、大丈夫?」
- 「……あ、うん。遅くなるのかなって思って、俺が作った。\n久し振りだから楽しかったよ。\nてか、そっちこそ大丈夫か?」
- 「あ、うん。大丈夫。\nちょっと手の離せない用事ができちゃって……」
- 「そっか。用事は無事に済んだのか?」
- 「う、うん、なんとか。連絡できなくてごめんなさい……」
- 「いいっていいって。気にすんなよ。本来はこれが正しいんだし」
- 「でも……」
- 「凜祢だって、うちのことばっかり気にしてられないだろ?\nそもそも、俺たちが凜祢に頼りすぎなんだよな」
- 「そ、そんなことないよ!\n私だって、好きでやってるんだから……」
- 「いや、だとしてもさ。今はテスト前なわけだし、頼りきりなのもあんまり良くないだろ?」
- 「え……」
- 「だから、思ったんだけど……テスト期間くらい、俺が頑張ることにしようと思う」
- 「そっ、か……私、やっぱりお邪魔だった、かな……」
- 「いや、違う!\n凜祢がいてくれるおかげですげえ助かってるって!」
- 「……………………」
- 「でも、凜祢も自分の時間を大事にした方がいいと思うんだよ。\nそれにほら、俺の腕もなまっちゃうかもしれないしな」
- 「そっか……仕方ないなぁ、士道は。\n決めたら、一直線なんだから」
- 「さすが凜祢。理解が早くて助かる」
- 「でも……甘えてくれてても良かったんだよ?」
- 「ん、今なんか言ったか?」
- 「ううん、なんでもないの。とりあえず、洗い物手伝うね。手伝うのは、アリだよね?」
- 「おう、一人より二人の方が捗るしな。よろしく頼む」
- 「ふふ……お任せあれ」
- 「……調査の方、進んでないのか?」
- 「……今日、〈フラクシナス〉で結界を破れないか試してみたの。〈ラタトスク〉本部と連絡が取れないままじゃ、どの道ジリ貧になっていくのは目に見えてるから」
- 「でも、結論から言うとそれは不可能だった」
- 「結界は……破れなかったってことか」
- 「ええ、悔しいけどね。〈フラクシナス〉の[基礎顕現装置*ベーシックリアライザ]と、\n[制御顕現装置*コントロールリアライザ]の生成する膨大な魔力を持ってしてもダメ」
- 「最大出力の[収束魔力砲*ミストルティン]も歯が立たなかったし……力技ではどうにもならないわね」
- 「それで悩んでたってわけか」
- 「そ、それだけじゃないわよ。あなたと違って、こっちは単細胞生物じゃないんだから」
- 「悪かったな、単細胞で!」
- 「別にいいわよ。士道が変に器用で複雑な人間だったら、逆に疲れそうだし」
- 「……一応、誉め言葉として受け取っておく」
- 「はぁ……とにかく、今のところどん詰まりには違いないわね」
- 「琴里がそこまで言うからには、かなり厳しい状況ってことか。でも、おまえなら何とかなるよ。完全無欠の妹が、このまんまやられっぱなしで終われないだろ?」
- 「何よ……ひょっとして励ましてるつもり? もう少し気の利いたこと言えないのかしら」
- 「わ、悪かったな。おまえと違ってボキャブラリーがないんだよ」
- 「ふん、似合わないことしようとするからよ。でも、ありがと。気持ちは貰っておくわ」
- 「お、おう……それはなにより」
- 「ん? 待って……ちょっと角度を変えて試してみれば……?」
- 「角度……?」
- 「士道みたいに、正面突破ばかりじゃダメってことよ」
- 「ぅ……!」
- 「封印には、ある程度そういう面も必要だけどね。\n今回の場合はダメでしょ」
- 「まぁ、既にダメだったんだしな……」
- 「考えてみれば、ここまで強力で範囲の広い結界を誰にも気付かれずに張るなんて不可能だわ。普通なら、絶対探知される」
- 「でも、〈フラクシナス〉やASTでも\n探知できてなかったんだろ?」
- 「だからこそ、よ。おそらくだけど、何か仕掛けがあるわね……」
- 「仕掛けか……仕掛け、ねぇ……」
- 「例えば――結界を安定させる足場みたいなものがあって、作ってたものをそれにのせた……とか」
- 「なるほどな。そういう考え方もあるのか」
- 「だけど、それも見つからない以上は机上の空論に過ぎないわね。\nでも、似たようなものは必ずあると思う」
- 「なるほどな……何か俺にできることはないか?」
- 「そうね……ま、何か不審なものを見つけたりしたら教えてちょうだい」
- 「……でも、逆に言えばできるのはそれくらいよ。少なくとも今のところはね。士道より優秀なエージェントが今まさに働いてくれてる最中なんだから」
- 「むしろ、そっちは私たちに任せて、士道は精霊たちの状態を落ち着けることに専念してちょうだい」
- 「ん……そうだな。そうするよ」
- 「何よ、いやに素直じゃない」
- 「そりゃあ、おまえが自分に任せろって言ってるんだからな。\nちゃんと信じてあげられないようじゃ、おにーちゃん失格だろ」
- 「……」
- 「ん、どうした?」
- 「な、何でもないわよ! と、とにかく、仮に足場があるとするならば、よほど強力な擬態をしているってことよ」
- 「擬態? ああ、カメレオンが身体の色を変えるヤツとか?」
- 「あれもそのひとつね。\nだけど、そんな表面的なものだったら、\n〈フラクシナス〉で調べたときに引っかかってるはず……」
- 「だから、異物ということも認識できなくなっているのかもしれない」
- 「この世界に完全に溶け込んでいて――というより、むしろそのものになっていて、そこにあることが当然になってると考えるべきかしらね……」
- 「それ、どうやって見つけるんだよ?」
- 「さぁ? 知らないわよ。士道の足りない頭も遊ばせてないで考えなさい」
- 「す、すまん……って、\nおまえさっきと言ってること違わないか……?」
- 「それにしても、結界を張ったヤツは何が目的でこんな事してるのかしら? そもそも、どんな意味が……?」
- 「う~ん……誰かを閉じ込めておきたい、とか?」
- 「精霊を……ってこと? 確かに、可能性はあるわね」
- 「まあ、俺も何か気が付いたことがあったら報告するよ。琴里もあまり無理するなよ」
- 「……ええ、わかってるわよ」
- 「それじゃ、今日はもう休むわ」
- 「おう、おやすみ」
- 「おやすみ、おにーちゃん」
- 「琴里、大変そうだな……って言ってる俺もそろそろ寝ないと身体がもたないな。寝よ寝よ……」
- 「ふぁ~あ……」
- 「――いっ!? こ、琴里……!?」
- 「……ッ!?」
- 「ま、待て! こ、これは不可抗力というかなんというか……!\nだ、だいたい、鍵をかけるのを忘れたおまえが――」
- 「この……ド変態がああああーーーーっ!!!!」
- 「ぐぎゃッ!」
- 「あたたた……だから、わざとじゃないって言ってるだろ?\nぼーっとしてて――」
- 「わかってるわよ。\nわざとやってたら、その程度で済ますわけないでしょう?」
- 「っぐ……」
- 「通報されて今頃、とっくに夜のワイドショーで\n時の人になってるわよ。\n親友の誰かさんがきっと引っ張りダコにされるでしょうね」
- 「親友?」
- 「『これは洒落じゃなく、アイツはいつかやると思ってました。\nだから常々、セクシャルビースト五河と呼んでたくらいですから。\nでもまさか妹とそういうことになるとは……』とか言われて」
- 「妙に生々しい台詞だな!?」
- 「そうなりたくなかったら、ノックくらいしなさいよ。\nゼニイシだってもう少し考え深く生きてるわよ」
- 「ゼ、ゼニイシって……。\nと、とにかく今度からちゃんと気をつけるって。でも――」
- 「なによ?」
- 「おまえ、大丈夫なのか?」
- 「はぁ?」
- 「や……トイレでずいぶん疲れた顔してたからさ」
- 「ふん、士道に心配されるようじゃ、私も末期ね」
- 「おい、真面目に心配してるんだぞ?」
- 「……私の身体は大丈夫よ。問題は違う方」
- 「さて、今日もデートのお勤めだけど……。\nうーん……琴里、かな?」
- 「よし、ちょっと電話してみよう……」
- 「……ん、電話? 琴里から?」
- 「もしもし……」
- 「おう、琴里。ちょうどいいタイミングで電話してくれたな」
- 「いや、俺もおまえにちょうど電話しようと思ってたところなんだ。\nデートしないかと思って」
- 「え……? こ、公園だな。分かった」
- 「……あ、待てよ琴里。\nおまえも、何か用があって電話したんじゃないのか?」
- 「え?」
- 「同じ事って……。\n琴里もデート、したかったって事か……?」
- 「昨日まではあんまり乗り気な感じじゃなかったのに……。\n逆に心配になるな」
- 「さて、琴里は……」
- 「士道、こっちこっち」
- 「遅いわよ」
- 「一応、電話があってから、すぐに動いたんだけど……」
- 「口ごたえしない!」
- 「お、おう……悪い」
- 「それじゃ……とりあえずベンチにでも座りましょうか」
- 「……え?\n移動するんじゃないのか? デートなんだし……」
- 「たまにはいいじゃない。公園だって」
- 「だいたい、そんなにお金持ってるわけじゃないんだし、\n毎回お金のかかるデートしてたら、あなたが大変なんじゃ\nないの?」
- 「た、確かに、財布の事情はあるけど……」
- 「でも……せっかくのデートを、公園のベンチで済ますなんて、\nなんか女の子に対して失礼じゃないかという気もするんだが……」
- 「私が良いって言ってるんだから良いの。\nほら、さっさと座りなさい!」
- 「わ、分かったって……」
- 「それで……確認しておくけれど」
- 「な、なんだよ改まって」
- 「昨日言ったことに嘘はないでしょうね?」
- 「って言うと?」
- 「……『もし俺に出来る事があるなら、言ってくれ。おまえのためなら、なんだってしてやるからさ』。……確かにそう言ったわよね」
- 「あ、ああ……」
- 「……一つ、頼みたいことがあるんだけど」
- 「おう、なんだ?」
- 「でも、こんなこと頼んだら……士道、私のこと変に思うかもしれないし」
- 「そんなことねえよ。言ってみな。おまえの頼みなら、何だって聞いてやるぞ。おにーちゃんだからな」
- 「……本当? 今、何だってって言ったわよね?」
- 「え? お、おう」
- 「もう一度だけ聞くわ。――本当に、何でもしてくれるのね?」
- 「お、おう……なんだって構わないぞ」
- 「……そ。じゃあ――」
- 「お、おい、琴里!?」
- 「いたっ! ちょっと、足動かさないでよ!」
- 「あ、ご、ごめん……って、違うだろ!」
- 「なんだよ、これ!?」
- 「……なによ、士道は膝枕もしらないの?」
- 「そういう意味じゃない!」
- 「お、おまえ、膝枕なんて……しかも、こんな公衆の面前で……」
- 「公衆って……周りには誰もいないじゃない」
- 「え? あ……た、確かに……」
- 「いや、でもなぁ……」
- 「何だってしてやるって言ってたじゃない。\n膝枕くらいでうだうだ言わないの」
- 「それとも、嘘だったのかしら、あの言葉?」
- 「う、嘘じゃないけど……」
- 「なら、黙って膝枕する!」
- 「かわいい妹が疲れてるんだから、\n少しくらいリフレッシュに協力しなさいよ」
- 「いや、しかし……」
- 「何よ、嫌なの?」
- 「いや、別に嫌ってわけじゃ……」
- 「なら、黙って膝枕する!」
- 「……はぁ。分かった分かった。\nでも、人が来たらやめるからな?」
- 「わかってるわよ。\n私だってそれくらいの分別はあるわ」
- 「…………」
- 「~♪」
- 「……なあ、琴里」
- 「話しかけないで!\nせっかくリラックスしてるんだから……」
- 「お、おう……スマン」
- 「~♪」
- 「…………」
- 「……?」
- 「……スー」
- 「スー……」
- 「……って、うぉッ!?」
- 「おい……おい、琴里?」
- 「……ん~?」
- 「あの……気持ち良さそうなところ、悪いんだけど……」
- 「……その……見えてるぞ」
- 「……え?」
- 「き……きゃぁぁぁぁぁぁぁっ!」
- 「し、士道……あなた、いったい何考えてるのよ!?」
- 「い、いや……俺はただ注意してやっただけで……」
- 「うるさいうるさいうるさいっ!」
- 「……こ、こんな所でボヤボヤしてるヒマはないわ!\nさっさと行くわよ!」
- 「……この、スケベ」
- 「……り、理不尽だ」
- 「……ん~」
- 「……!!」
- 「…………」
- 「…………」
- 「し、どう……?」
- 「お、おう……目が覚めたよう、だな……」
- 「私、眠っちゃって……。\n……! えっ!?」
- 「きゃあっ!」
- 「ちょ、ちょっと! これ、どういうことよ!?」
- 「お、おう……?」
- 「あなた……この状態知ってて、黙って見ていたわけ……?」
- 「あ、いや、その……なんだ。あまり気持良さそうに寝てるんで、起こすのもどうかと思って……」
- 「こ、この……エロ兄がぁーっ!!」
- 「ぐわっ……!!」
- 「士道なんて、もう知らない!!」
- 「あたたた……やっぱり黙ってたのはまずかったか……」
- 「……さて買い出しも終わったし、この時間ならまだデートできそうだな」
- 「……琴里の奴、もう家に帰ってるかな?\n一度家に戻ってみるか……」
- 「……あれ、〈フラクシナス〉から通信?」
- 「神無月さん……?\nどうしたんです、何かありましたか?」
- 「何です?」
- 「……何か、嫌な予感がするんですけど……」
- 「だから、どんな実験なんですか?」
- 「個人的に……って?」
- 「なんか、本当に嫌な予感しかしなくなって来たんですけど……」
- 「逆に不安な気さえする!?\n……それで、どんなシステムなんです?」
- 「名前からして、既に明らか過ぎるほど不健全ですよね!?」
- 「え……琴里が?」
- 「えっと、それで……そのシミュレーションですけど……。\nいつ、誰に対してやればいいんですか?」
- 「なんか、根本的に間違ってる気がするんですけどっ!?」
- 「え……そ、そうなんですか……」
- 「……わかりましたよ。\n琴里の所へ行けばいいんですね……?」
- 「おーい、琴里……?」
- 「なによ……?」
- 「神無月さん、琴里の所に来ましたよ……」
- 「……ちょっと、なにボソボソとやってんのよ?」
- 「あ、ああ……ちょっとな」
- 「ちょ……な、何なんですかそれっ!?」
- 「ちょっと、何なのって言いたいのはこっちよ!\n呼びつけといて、用もないわけ?」
- 「……ええい、ままよ!」
- 「こ、琴里……すまん!!」
- 「きゃーッ!!」
- 「こ、琴里! どうだ、これでいいか……!?」
- 「な、な、何を言ってるのよ! このド変態がーっ!!」
- 「ぐはっ!!」
- 「い、一体、どういうつもりよ……!?」
- 「い、いや……神無月さんが、新AIシステムの実験だって……」
- 「……実験? 新AIシステム? 神無月?\nあ、あなたね……そんな実験に付き合って私を……?」
- 「ああ、おまえの許可は得てるって話で……」
- 「……新システムの開発をしたいっていうから許可したけど、\n詳細を聞いてなかった過去の私を呪うわ……」
- 「す、すまん……」
- 「とりあえず、士道?」
- 「はい、なんでしょうか、妹様」
- 「次はないわよ? 覚えておきなさい」
- 「……お、お、お……おう……」
- 「はい!?\nちょっと……そのシステムの目的って……」
- 「今すぐ解体しやがれ!」
- 「こ、琴里……お、俺の全てを見てくれーっ!!」
- 「ちょ……な、何いきなり脱ぎ始めてんのよ!?」
- 「こ、琴里! どうだ、これでいいか……!?」
- 「な、な、何を言ってるのよ! この露出狂がーっ!!」
- 「がはっ!!」
- 「い、一体、どういうつもりよ……!?」
- 「い、いや……神無月さんが、新AIシステムの実験だって……」
- 「……実験? 新AIシステム? 神無月?\nあ、あなたね……そんな実験に付き合って私を……?」
- 「ああ、おまえの許可は得てるって話で……」
- 「……新システムの開発をしたいっていうから許可したけど、\n詳細を聞いてなかった過去の私を呪うわ……」
- 「で、でも……おまえに抱きつくのと、\nこっちが脱ぐって選択肢しかなかったんだぜ?\nせめて、こっちが恥ずかしい思いをするだけならと……」
- 「……それで、ストリップを……選んだわけ?」
- 「あ、ああ……おまえに迷惑をかけるよりは、と……」
- 「じゅ、充分迷惑かけてるじゃない……バカ……」
- 「あー……行っちまった……」
- 「てか……そもそもなんでこんなこと……って、そうだよ!\nシミュレーションじゃなかったんですか、神無月さん!」
- 「結局俺、ただの殴られ損じゃないですか!」
- 「ふあーっ……」
- 「何よ、バカみたいに大口あけちゃって」
- 「あ……いや、そろそろ眠くなって来たなー、って……」
- 「眠くなったなら、とっとと寝なさい。\n明日だってあるんだから」
- 「あ、ああ……そうだな」
- 「…………」
- 「…………」
- 「……何よ?」
- 「あ、いや……。\n琴里は、もう今日は寝飽きたのかなー、とか……」
- 「別に……」
- 「そ、そうか……」
- 「…………」
- 「…………」
- 「……昼間のアレは、やっぱり幻だったのだろうか……」
- 「……そんなわけないでしょ」
- 「……え?」
- 「……ただ、今はいつ他の誰かがリビングに入ってくるのか\n分からないじゃない」
- 「……恥ずかしい、とか?」
- 「そうじゃなくて……。\nこういうのって、やっぱり『けじめ』が大事じゃない?」
- 「けじめ……」
- 「私たちは責任のある立場にいるんだから、\nいつものぼせてるわけにはいかないの」
- 「だから……デート中とそれ以外の時間では、\nしっかり自分に区別をつける……それが『けじめ』よ」
- 「……そうか」
- 「その代わりと言ってはなんだけど……」
- 「……?」
- 「……次のデート、覚悟してなさいよね」
- 「お、おう……」
- 「――あ! す、すまん十香! ちょっと急用を思い出した!\nま、また後でな!」
- 「ん!? ど、どこへゆくのだ! シドー!」
- 「誰もついてきてないな……」
- 「……でも、十香に悪いことしたなあ……かといって、凜祢の弁当を十香の目の前で食うのもなぁ……」
- 「とりあえず、腹減ったし……食べよ……」
- 「あら、士道さんではありませんの?」
- 「……ん? 狂三か?」
- 「お一人ですの?」
- 「べ、別に、食べる相手がいないからじゃないぞ?\nきょ、今日は、いろいろと込み入った事情があって……」
- 「ふふ、別に深い意味はありませんわよ?\n……お隣、よろしいですこと?」
- 「……え? あ、ああ、構わないけど……」
- 「では、失礼しますわね」
- 「…………」
- 「あら……わたくしのことは気にせずに、食べていただいて構いませんのよ?」
- 「お、おう……すまん」
- 「いえいえ」
- 「……………………」
- 「……………………」
- 「……そう見られてると食べづらいんだが」
- 「別にいいではありませんの。減るものでもありませんし」
- 「いや、そうなんだけどな……」
- 「……あ、あのさ……こないだのでっかいのって……」
- 「……ああ、あの池でのことですか?」
- 「そうそう……あれ……ワニ、だったよな?」
- 「ええ。あの子は、動物園から逃げた子なんですの」
- 「もしかしてだけど、ニュースでやってた動物園……?\n園長がいなくなったっていう……」
- 「それで間違いありませんわ。\nあの動物園は今、少々おかしなことになっていますわね」
- 「おかしなこと?」
- 「たいしたことではありませんわ。\nそれに、あの子は大丈夫ですわよ。\n今はわたくしが保護していますし……」
- 「保護って……あんなでかいやつをか?\n早いとこ動物園に返してやった方がいいんじゃ……」
- 「それは……お断りしますわ」
- 「……え?」
- 「あんな狭い檻の中に戻すのは、かわいそうですもの」
- 「いや、けどな……」
- 「狭い世界で窮屈に、変わらない日々を過ごす……それは、\n生きていても、死んでいるのと一緒……そうは思いませんこと?」
- 「考え方によっては、一理あるかもしれんが……」
- 「できるなら……どこか自由に生きられる場所を見つけて、\n放してあげようと思っていますの」
- 「やめとけ。動物園つぶす気かよ……。\nそれに、動物園に一度入った動物が野生に戻れるのか?」
- 「うふふ……どうでしょうね?\nそれもまた、自然の摂理かもしれませんわよ?」
- 「……お、いけね。\nもう休み時間、終わりじゃないか」
- 「あら、あっという間でしたわね……」
- 「じゃあ、俺は行くよ。狂三はどうするんだ?」
- 「さあ……どうしましょう?\n授業に紛れるわけにもいきませんし、\n適当に退散させていただきますわ」
- 「そうか。じゃあ、またな狂三」
- 「はい、また……」
- 「…………いるかな、と思ったんだけど……」
- 「……いないみたいだな、狂三……」
- 「こうしていても仕方ない。他を当たってみるか……」
- 「…………」
- 「……あれ?\n十香も折紙ももう帰っちまったのか……」
- 「なんか……今日のデートは無理そうだな」
- 「…………」
- 「……牛乳と卵なくなってたし、買い物して帰るか」
- 「さて、牛乳はっと……。\n……ん?」
- 「……あれ? 今……」
- 「……うん、狂三だな」
- 「……なあ、狂三。こんなところで何して……」
- 「…………ちょ!?」
- 「……なんだ? もしかして俺、避けられてる……?」
- 「まあ、そんな親しい関係ってわけじゃないけど……。\nなんか、ちょっと傷つくな……」
- 「んー、無理に追いかけるのもなんだしな。\n……とりあえず買い物済ませよう」
- 「さて、あとは卵……」
- 「…………」
- 「……避けられてるというか、明らかに尾行されてる?\n一体何なんだよ……」
- 「おい、狂三!」
- 「きゃっ!」
- 「ひどいですわ……急に大声を出して……」
- 「わ、悪い……驚かすつもりはなかったんだけど……」
- 「……でもおまえ、さっきから俺のことつけてただろ?」
- 「あら、なんのことですの?」
- 「いやいや、バレバレだったから」
- 「まぁ、そうですわよね」
- 「わかってたのかよ!?\nでも、なんでそんなこと……」
- 「うふふ……好奇心とでも申しましょうか」
- 「好奇心?」
- 「ええ、一度やってみたかったんですの。\n士道さんなら、見つかっても、許してくださるでしょう?」
- 「……まぁ、そうかもしれんが。\nそれより、ほら……」
- 「……この手は?」
- 「いや……こっちもおまえが転んだままじゃ困るんだよ。\n……主に、その……目のやり場とか」
- 「え?」
- 「……スカート、めくれ上がってるぞ」
- 「あらあら……本当ですわね。\nうふふ、士道さんたらまじまじと見つめて……男の子ですわねぇ」
- 「いやいやいやいや!?」
- 「……あら? 残念そうなお顔をされますのね。もっと見たかったですかしら?」
- 「べ、別にそんな顔……」
- 「うふふ、冗談ですわよ。――では、ごきげんよう」
- 「あ……お、おい、狂三」
- 「……………………」
- 「……一体、なんだったんだ?」
- 「新天宮タワー、もうそろそろ完成みたいだな……」
- 「いやー、立派なもんだ。\nまさか天宮市にここまで巨大な建築物が建つなんてなー」
- 「この高さなら街中のどこからでも見えるし、\nまさに天宮市のシンボルって感じだな」
- 「……ん?」
- 「……あら?」
- 「狂三……?」
- 「奇遇ですわね、士道さん」
- 「……神出鬼没だな、おまえは」
- 「士道さんも、新天宮タワーを見物にいらしたんですの?」
- 「あ、ああ、まあな……。\nおまえこそ、建設中の新名所に物見遊山か?」
- 「ええ、まあ……ちょっと気になることがありまして……」
- 「気になること……?\nまさか……産業スパイとかじゃないよな?」
- 「ふふふ、まさか」
- 「そ、そうだよな。さすがにないよな」
- 「ところで士道さん、ちょっとお聞きしたいことがあるんですの」
- 「ん? 何だ?」
- 「……新天宮タワーについて……どう思いまして?」
- 「新天宮タワーねぇ……そうだなあ。\n新しい観光名所になるって、学校でも街でも話題持ちきりだよな」
- 「ま、天宮市の新しいシンボルになるだろうし、無理もないか。\nでもなぁ……」
- 「でも……何です?」
- 「いや、その……」
- 「焦らなくても大丈夫ですわよ。\n別に急かしたりはしませんから」
- 「えーと……」
- 「こ、琴里……?」
- 「…………!?」
- 「じゃ、じゃあ、どうしろっていうんだよ……?」
- 「おう、わかった……」
- 「……」
- 「そ、それは……」
- 「本当に天宮市の誇りだって思うよ。\nこんな立派なシンボルタワーが建ってさ……。\n正直圧倒されるよな」
- 「……なるほど、そうですか……」
- 「すまん……あんまり面白い答えじゃないよな」
- 「いえ……この街の一員として、喜ぶのが当然ですわね」
- 「あ、ああ……」
- 「お付き合いいただいてありがとうございます。\nわたくしはそろそろ……」
- 「あ、狂三……」
- 「では、ごきげんよう……」
- 「……一体、何だったんだ?」
- 「ああ……そうだな」
- 「何だろう……何か違和感を感じるんだ……」
- 「……まあ、それは不思議ですわね?\nどんな感じなんですの……?」
- 「なんだろうな……この街にそぐわないと言うか……。\n本来、ここにあるべきじゃないと言うか……」
- 「…………なるほど、変わった考えですわね」
- 「うまく言えないけど、その存在そのものに異質な感じを受けるんだ」
- 「まだ見慣れないからってだけかも知れないけど……」
- 「……それで良いと思いますわ」
- 「え……?」
- 「士道さん……その違和感、\n忘れないようにした方がいいですわよ?」
- 「……どういう意味だ?」
- 「さぁ? それはご自分で見つけてくださいまし」
- 「……?」
- 「それでは、わたくしは失礼いたします。\nさようなら、士道さん……」
- 「狂三……」
- 「す、すまん……だけど、何か違和感を感じるんだよ……」
- 「う、うう……」
- 「さて、夕食も済んだし……ちょっと、のんびりするか」
- 「……ん? 何の音だ……?」
- 「……窓?」
- 「窓の外から……誰だ? 凜祢……ってことはないか」
- 「ん……?」
- 「え……狂三!?\nなんで狂三が……!?」
- 「あれは、誘ってるってことなのか?\nなら、とりあえず行ってみるべきか……いや、でも……」
- 「行くべきか、行かざるべきか……」
- 「…………」
- 「……一応、琴里に相談した方がいいよな」
- 「あ、琴里か? そっちってことは家の中じゃないよな」
- 「家の前に狂三が来てる」
- 「どうも呼び出されてるみたいなんだが……行っても大丈夫か?」
- 「……だけど、放っておくわけにもいかないだろ?」
- 「ああ、わかってるけどさ……」
- 「令音さん?」
- 「令音さん……!」
- 「えっと……で、俺は結局、どうすれば……?」
- 「えっと……まいったな。\nどうすれば……?」
- 「…………」
- 「……よし、決めた!」
- 「……相手は、あの狂三だぞ。\n何を企んでるかわからないもんな」
- 「……うん、不用意なことはやめた方がいいな。\nここは、狂三のことは無視しよう……」
- 「…………」
- 「……もう、さすがに帰ったか?」
- 「……いない、な。\nちょっと、可哀想なことしたかな……」
- 「いや、いいんだ。ありがとな、琴里」
- 「でも、狂三のやつ……一体、何しに来たんだろう……?」
- 「……行ってみよう」
- 「もう夜だしな。\nいくら狂三だって、ずっと放置しておく訳にはいかないだろ」
- 「うふふ……やっと来てくれましたのね、士道さん」
- 「狂三……こんな時間に、一体どうしたんだ?」
- 「……昼間お会いした時に、言い忘れてたことがありましたの」
- 「昼間って……商店街で会った時のことか?」
- 「ええ。あのとき、士道さんはわたくしを起こしてくださいましたわよね」
- 「あ、ああ……あの時な……」
- 「うふふ……ありがとうございました」
- 「……な、なんだよいきなり?」
- 「そういえばお礼を言うのを忘れていたと思いまして」
- 「あ、いや……おう」
- 「……それでは、わたくしはこれで失礼しますわね」
- 「……な、なんだったんだ?」
- 「……はは、ははは……」
- 「――あれ? あそこにいるのって、\n先生と折紙じゃないか?」
- 「なんの話をしてるんだ……?」
- 「――突然で申し訳ないんですけどぉ、考えてみてくださいねぇ」
- 「わかりました」
- 「それじゃぁ、気をつけて帰るんですよぉ」
- 「はい……」
- 「折紙っ!」
- 「……?」
- 「先生と何の話をしてたんだ?」
- 「……コーラス部の話」
- 「コ、コーラス部!? そ、そんなところに入ってたのか?」
- 「入部はしていない。テスト明けにコーラス部の催しものがある。それに欠員が出たから、私に埋めてくれないかという話」
- 「そ、そうか……でも、なんで折紙なんだ?」
- 「わからない。コーラス部の顧問から、岡峰先生が頼まれた模様。私なら卒なくこなしてくれると踏んだ様子」
- 「なるほど……」
- 「……で、折紙はどうするつもりなんだ?」
- 「考えてみる、とだけ返事しておいた。\n譜面通りに歌うぐらいならできるから。士道は、どう思う?」
- 「へえ、すごいじゃないか。譜面見ても俺なんか全くわからないぜ?できるんならやってみなよ。俺も聞いてみたいし」
- 「そう。士道がそういうのなら、そうする」
- 「お、おう……」
- 「では、岡峰先生にその旨を伝えてくる」
- 「そうか。が、頑張れよ」
- 「がんばる」
- 「それは折紙次第だけどさ、それが『できる』からって、\n何でもかんでも引き受ける必要はないんじゃないか?」
- 「……?」
- 「嫌なら嫌って言ったっていいし、無理することはないと思う。\nだってほら……折紙はASTのことで、ただでさえ大変だろう?」
- 「そう。確かに……」
- 「ま、まあ、他に代わりがいないっていうなら仕方ないけど、\n断る自由はあっていいと思うんだ」
- 「士道がそういうのなら、そうする」
- 「え……そ、そうか……」
- 「では、岡峰先生にその旨を伝えてくる」
- 「お、おう……」
- 「ありがとう」
- 「Ave Maria, gratia plena; Dominus tecum;」
- 「――っ!?」
- 「……誰?」
- 「あ、ご、ごめん! 立ち聞きするつもりはなかったんだけど……」
- 「士道?」
- 「いや、すごく上手くて驚いたよ」
- 「私は譜面通りに歌えるだけ。うまくはない」
- 「そ、そうか……? そんなことはないと思うけど。\nでも、どうして急に歌なんか……?」
- 「岡峰先生に頼まれたから」
- 「あ、さっき先生と話してたのって、そのことだったのか!」
- 「テスト明けに、コーラス部が催しものを用意している。\nしかし、それに欠員が出たらしく、コーラス部の顧問の先生が\n岡峰先生に人員の補充を頼んだと思われる」
- 「その話が、なんでまた折紙のところに流れてくるんだ?」
- 「詳しくはわからない。私ならば卒なくこなせると踏んだのかもしれない。とりあえず、考えておくと答えておいた」
- 「そうか……何でもできちまう天才ってのも、\nなんか便利に頼られちまって大変だな……」
- 「士道は、校舎裏からずっと私のことを?」
- 「え!? ……あ、いや、別に付け回してたわけじゃないんだ!」
- 「構わない。私の方はいつも」
- 「へ……? い、いつも、何だ?」
- 「気にしないで」
- 「士道は、どう思う?」
- 「え?」
- 「コーラス」
- 「ああ……それは折紙次第じゃないか?\nできるからって、何でも引き受ける必要はないと思うし……。\nでも――」
- 「でも?」
- 「さっきの折紙の歌声聞いたら……やってみてほしいって、思っちまうかな」
- 「そう」
- 「さっきのアカペラ……伴奏も何にもなしで歌えるなんてすごいな。折紙の歌なら、素直に聞いてみたいって思うよ」
- 「わかった。士道がそういうなら」
- 「え……!」
- 「では、岡峰先生にその旨を伝えてくる」
- 「そ、そうか。が、頑張れよ!」
- 「がんばる」
- 「あれ? もう折紙は帰っちゃったかなあ……」
- 「よう! ファッキンナイスガイ五河くん!\nまだ帰ってなかったのかよ?」
- 「おまえこそ、なんでまだいるんだよ?」
- 「決まってるだろ? おまえとデートしたくて捜してたんだよ!」
- 「真顔でいうな! 誰かに聞かれたらどうすんだ!?」
- 「ははは! 聞きたい奴には聞かせておけ!」
- 「悪いが、俺は折紙に用があるんだ。\nおまえに付き合ってる暇はない!」
- 「ふふ……残念だったな、五河。\n鳶一なら、さっき校門から出ていくのを見たぜ?」
- 「え?」
- 「おい五河、おまえ、親友と女とどっちを選ぶんだ?」
- 「殿町……おまえを選ばないことだけは確かだ。じゃあな!」
- 「あ、ちっくしょう! 親友の俺を見捨てるのか! この薄情者!\nけだものー! エロティックモンスター!」
- 「お、おーい! 折紙ーっ!」
- 「……士道?」
- 「よ、よかった! 追いついた!」
- 「どうしたの」
- 「あ、いや、その……もしよかったらなんだけど、\nこれから俺と、デ、デートしないか……っ?」
- 「構わない」
- 「そ、そうか。ならよかった。\nえっと……それじゃあ、どこに行こうか?」
- 「……ついてきて」
- 「え? あ、うん……」
- 「入って」
- 「お、お邪魔します……」
- 「――って、ちょ、ちょっと待て!\nど、どうして制服を脱ぐんだ!?」
- 「……? 家に帰ってきたから。着替えては駄目?」
- 「あ、いや、だ、駄目じゃない。ちょっと勘違いしたんだ……。\nで、でも、できれば、別な部屋で頼む……」
- 「わかった」
- 「……」
- 「……」
- 「…………」
- 「…………」
- 「……え、えっと……な、何しようか?」
- 「士道がしたいことなら。なんでも」
- 「え?」
- 「士道のためなら、なんでもできる。\n……恥ずかしいことも。痛いことも」
- 「や……だ、だからそれは……」
- 「士道。言って」
- 「は、は?」
- 「命令して」
- 「め、命令って……っ!」
- 「私に……して欲しいこと。全部。早く。言って?」
- 「…………わ、わわわ、わかった! い、言う! 言うよ!」
- 「……?」
- 「…………え、えっと……べ、勉強! うん! 勉強しよう!」
- 「……する」
- 「あ、折紙、ちょっとごめん!」
- 「構わない。私は勉強している」
- 「す、すまん」
- 「え……?」
- 「す、すみません。ここはちょっと、その……普通じゃないので」
- 「ちょ、調子と言われても……今、折紙と勉強中なので……」
- 「あ、はい……そ、そうです」
- 「は、はぁ……」
- 「べ、別に過激じゃないですけど……。\nまあ……折紙の方は勉強に集中してますよ。\n俺の方はいまいち身が入らなくて……」
- 「……た、確かに気になりますけど……過激ではないです、今は」
- 「あ、や……大丈夫です!」
- 「い、いや! 神無月さんの好意だけはありがたく受け取りますが、今日は自分でなんとかしますから! すみません!」
- 「士道、大丈夫?」
- 「あ、ああ……ごめん! もう終わったから」
- 「そう。……でも、『ここ』で通信できる知り合いがいるのは、\n驚き。誰?」
- 「ええっと……それはその……」
- 「士道が言いたくないのなら、無理しないで。いつか話してくれれば、それでいい」
- 「そ、そうか……すまん」
- 「……」
- 「いや……それにしても折紙は、やっぱりすごいな」
- 「……?」
- 「勉強するってなったら、パッて切り替えて集中しただろ?\n周りで人が話してても関係ないみたいだし……」
- 「俺なんか集中するまでに時間くって、全然駄目だしな……」
- 「テスト勉強は短い時間で集中してやった方が効率的。\n無意味に時間をかけるべきではない」
- 「――さ、さすがは我が校一の優等生……!」
- 「そういう癖をつければ、誰にでもできること」
- 「そんなもんか……でも、こんな問題、実際社会に出たら、\n役に立たないことの方が多いとか思っちまうと、\n尚更やる気がでないっていうか、集中しにくいっていうか……」
- 「士道、英語の『スクール』の語源を知っている?」
- 「いや、聞いたことないな」
- 「ギリシャ語の『スコレー』から来たと言われている。\n意味は『[余暇*よか]』」
- 「よ、余暇……? 学校のイメージと全然重ならないな!」
- 「古代ギリシャの人々は、人口の二倍にあたる奴隷を保有していた。だから、彼らは基本的な生産労働から解放されていた……」
- 「つまり、時間的にとても余裕があった。その余暇の時間を使って、自分を磨き、教養を高める活動に励んでいたということ」
- 「そ、そこから学校に繋がってくるのか……」
- 「もともとの意味から言えば、学校で学ぶという行為は、\nそもそも社会に役に立つ、立たないという考え方も含め、\nあらゆる功利目的から隔絶した、もっと自由な物だった」
- 「……え、ええっと……む、難しいことはよくわからないけど……社会のことなんか関係なしで、自由に自分を高めるものだった\n…………ってことか?」
- 「そう。でも……学校で自分を磨き、教養を高めておけば、\nいざ、なりたいものや夢ができたときに、それを実現する可能性も高まっていると見るべき」
- 「だから私は、今していることを少しも無駄とは思っていない」
- 「なるほど……。折紙、おまえは――本当に、凄いな」
- 「……?」
- 「折紙が優等生なのは知ってたけど、もっと『天才っ!』って感じだと思ってた。ははは、おかしいよな」
- 「……? おかしいところがあった?」
- 「いや、そういうわけじゃなくてな。……なんていうか、\n勉強になった」
- 「そう。士道がそう言ってくれるなら、私も嬉しい」
- 「……士道、そんなに見つめないで。照れる」
- 「…………へ? ええっと、照れてた、今……?」
- 「ん……」
- 「……や、やっぱり無理かもしれないな、これは……」
- 「……?」
- 「よーし! 今日は気合入れて勉強でもするか!」
- 「ま……折紙にはかなわないけど、俺も勉強したら、\nちょっとは折紙に近づけるのかもしれないし……」
- 「自分を高めるため、か……うん! やろうやろう!」
- 「あ……! これは……!?」
- 「……………………さ、さてと。\nべ、勉強しよう! うん、しようしよう!」
- 「不便だな……目で見て、耳で聞いたものしか知ることが出来ないというのは……」
- 「……〈[凶禍楽園*エデン]〉の管理が覚束ない……」
- 「……やはり、駄目だというのか…………」
- 「……いや、違う!\nそんなことは認めない。私の世界は間違っていない!」
- 「……力が安定しないならば、どうすればいいか……」
- 「……その答えを、私は知っている。\nそう、精霊たちがしているように……私も……」
- 「ふふ……そうか……こんな単純なことにも気がつかないとは……。\nどうやら焦るあまり、思考力も鈍っていたようだ……」
- 「……これで、きっと…………」
- 「士道……朝だよ? ……起きて」
- 「……んん……今のは……?」
- 「ふふ、起きた?」
- 「ん、ああ……凜祢か……おはよ」
- 「うん、おはよう士道! 今日もいい天気だね」
- 「……なんか、いいことでもあったのか?\n今朝は妙に元気だし」
- 「え、そう? 別にそんなことないと思うんだけど」
- 「そうか?」
- 「そうだってば。あ、それより士道……今日の放課後、空いてる?」
- 「え……? まあ……空いてるといえば空いてるけど……」
- 「よかった~。じゃあ、ご飯できてるから、下で待ってるね」
- 「お、おう」
- 「……あれ、みんなは?」
- 「あ、それなんだけど……四糸乃ちゃんが急に具合悪くなって、\n琴里ちゃんが朝早くに病院に連れて行ったの。\n私も行くって言ったんだけど……士道のこと任されたから……」
- 「四糸乃が病院? 大丈夫なのか?」
- 「琴里ちゃんは大したことないと思うって\n言ってたけど……」
- 「そうか……でも、心配だな」
- 「うん……」
- 「それで、十香は? 寝坊か?」
- 「ううん、違うの。十香ちゃん、今日は先に学校に行くって言って、\nもう出ちゃったから」
- 「え!? 本当か!? め、珍しい……!」
- 「そこまで驚かれると、ちょっと十香ちゃんが可哀想かなぁ……」
- 「あ、いや、そんなつもりは……」
- 「あ、座って。朝ご飯、持ってくるから」
- 「あ、うん。サンキュ……」
- 「はい、お待ちどうさま。お味噌汁、温めなおしたから。\nご飯もほかほかだよ?」
- 「おう、ありがとな。いただきます」
- 「ごめんね。今朝はバタバタしちゃったから、\nベーコンエッグとサラダだけなんだけど」
- 「いや、十分だよ。それに、四糸乃が具合悪くなったんなら、\n色々大変だったろうし……」
- 「あ、それからこれ、持っていって。\nぱぱっと作っちゃったから」
- 「お、弁当か。何から何まで助かるよ」
- 「ふふ、どういたしまして」
- 「お、おう」
- 「……」
- 「…………ええっと……」
- 「うん、なあに?」
- 「いや、その……いただきます……」
- 「どうぞ、召し上がれ」
- 「おう……」
- 「どうしたの士道?\nちょっと顔が赤いみたいだけど、また熱でもでてきたの?」
- 「あ、いや、そんなんじゃないから……! だ、大丈夫だよ」
- 「そう?」
- 「う、うん……」
- 「ふふ、士道ったら、なんか変なの」
- 「ご、ごめん」
- 「もう、謝ることなんてないのに。ほんとに変なの。ふふ……」
- 「うぅ……」
- 「おーい、そろそろ出るぞー、凜祢ー」
- 「はーい、今行くから少し待ってー!」
- 「まだ時間あるからゆっくりでいいぞー!」
- 「はい、お待たせ~。じゃあ行こっか?」
- 「お、おう……」
- 「ん、どうした凜祢? 早く行こうぜ?」
- 「うん。戸締りだけはきちんとしていかなきゃね。\nえっと、ちょっと待ってて……え?」
- 「ど、どうしよう……鍵、失くしちゃったかも……」
- 「え!?」
- 「どうしよう……大切なものなのに……私……っ!?」
- 「り、凜祢! とりあえず落ち着け!\nうちに来た時はあったんだから、絶対うちの中にあるって!」
- 「あ……う、うん……そうだよね」
- 「うーん、ないな……いったいどこに落ちたんだ?」
- 「ごめんね、士道……私がしっかりしてないから……せっかく、\n私のために用意してくれたものなのに……」
- 「だ、大丈夫だって! むしろ安心したよ」
- 「あ、安心……!? それって、もしかして……いじわる?」
- 「はは、違う違う。凜祢でも、こんな失敗するんだなって思ってさ。なんだかんだで、凜祢はなんでもそつなくこなすから」
- 「……実は頼りないってこと、バレちゃった?」
- 「頼りなくなんてないって。凜祢には、いっぱい助けてもらってる。\nだから、たまには俺をちゃんと頼ってくれ。\n俺だって、凜祢のために頑張りたいんだよ」
- 「うん……わかった」
- 「じゃ、いいな凜祢……もう一度よく思い出してくれ。\n今日はうちにきてからどうしてた?」
- 「えっと……朝食とお弁当を作って……士道と一緒に朝ご飯。\nそれから洗い物をして……あとは……」
- 「あとは……?」
- 「――あ、もしかして! 士道は先に出てていいよ!」
- 「お、おい凜祢っ!?」
- 「はぁ……はぁ……あった、よ! 士道……っ!」
- 「おお! よかったな! どこにあったんだ!?」
- 「……お手洗いに置きっぱなしにしちゃってたみたい」
- 「……なるほどな。なにはともあれ、見つかって良かったよ」
- 「肌身離さず持ってたんだけど……。\nちょっとだけ、気が抜けてたみたい」
- 「ああ、悪いな……俺がさっき慌てさせちゃったから」
- 「ううん、士道は悪くないよ。悪いのは私。\nだから、私こそごめんね。もう絶対、手放したりしないから……」
- 「そ、そんなに深刻になるなって。\n別に誰かに盗まれたわけでもないし、ちゃんと見つかったしさ」
- 「そういうことじゃ、ない……」
- 「え……?」
- 「これは士道が……私のことを……家族――大切な人だって、\n認めてくれた証でしょ。だから、絶対失くしたくないし、\n手放したくないんだ。……私、勝手かな?」
- 「いや、そんなことないさ。\nそういうのって、大事なことだよな」
- 「うん、ありがとう士道。私、鍵締めてくるね」
- 「お、おう……頼んだ!」
- 「それに……こんなの、はじめてだから」
- 「い、いやあ……でも、見つかってよかったな……」
- 「うん。ほんと、どうしようかと思っちゃった」
- 「士道、どうしたの? ぼーっとしちゃって……」
- 「え? あ、いや……暑いなーと思って……」
- 「そうだね。蝉の鳴き声がうるさくなってくると、\n余計に暑く感じてきちゃうしね」
- 「あ、ああ……」
- 「でも、夏はいいこともあるんだよ?\nこの前みたいにプールで遊べるし、アイスはおいしいし、\n冷やし中華も始めたくなっちゃうし」
- 「なんだ? 凜祢まで十香みたいに食い意地が張ってきたな」
- 「もう、士道ってば、またそんな言い方して。\n私は夏の風物詩の話をしてただけだってば。\nそれに、そんな風にいったら十香ちゃんも可哀想でしょ」
- 「ごめんごめん、お咎めを受けないうちに退散する!\nそれじゃお先に! 学校でな!」
- 「あ~こらっ! 待ちなさ~い!」
- 「はは、悪いがこういうときは逃げるが勝ちだ!」
- 「もうっ! 士道ってば!」
- 「ふー! 到着っと!」
- 「士道、私怒ってるからね。急に走って逃げて……」
- 「悪い悪い。なんか楽しくなっちゃってさ。\nふー、朝から汗かいちまったな」
- 「もう、士道ってば勝手なんだから……健康にはいいけど、\n身だしなみをもっと気にしないと駄目だよ?\n汗臭いと嫌われちゃうんだから」
- 「よー! お二人さん!」
- 「あ、おはよう。殿町くん」
- 「おはよ、殿町。朝から元気だな、おまえは」
- 「はっはっはっ! 今朝は生卵10個一気飲みしてきたからな!\nおかげでスタミナ全開だぜ!」
- 「おえ……聞いてるだけで胸焼けがしてくる」
- 「おいおい、俺に焼いていいのは焼きもちだけだぞ五河……。\n嫉妬の炎で身を焦がすがいい! ふっ、燃えてろ……」
- 「誰がおまえなんかに嫉妬するか!」
- 「うふふ、殿町君って本当に楽しい人だよね」
- 「おお! やっぱりわかる人にはわかるんだよな~、\n隠しきれない俺の輝きが!」
- 「隠してたのかよ」
- 「凜祢ちゃん、何かあったらいつでも俺に言っていいんだぜ?\n五河なんかとつるんでるのは、実は昔っからの弱みとか、\n握られてるんでしょ?」
- 「そうじゃなきゃ、コイツだけがこんなにモテるなんて\n絶対におかしい!」
- 「う、う~ん……特に弱みとかはないと思うけどな……。\nご、ごめんね殿町くん?」
- 「そ、そんな……ちっくしょう! どうして五河ばっかり!\n俺は認めん! 絶対に認めんぞぉー!」
- 「行っちゃった……放っておいて平気かな、殿町くん?」
- 「ああ、大丈夫大丈夫。しばらくすれば、何もなかったような顔で\n戻ってくるからさ」
- 「ふふ、そうだね」
- 「ったく、殿町の奴、何が弱みだよ。\n俺たちは腐れ縁の幼馴染だっつーの。な、凜祢?」
- 「士道? 腐れ縁って言われると、ちょっと悲しいかも」
- 「あ、いや……そういうつもりじゃなかったんだが……」
- 「そういうこと言ってると、本当に離れて行っちゃうかもよ?」
- 「い、いや、ホントにすまん! 俺が本当に悪かったから!」
- 「もう、仕方ないなぁ……許してあげる」
- 「はは……助かった……」
- 「し、シドー!」
- 「お、十香! おまえずっと寝てただろ? もう昼だぞ?」
- 「う、うむ! それでだな! 実はこれを昨日の……」
- 「――ん? シドー……それは?」
- 「え、ああ、これか? 今日は凜祢が作ってくれたんだ」
- 「む……そ、そうか」
- 「? ……で、何だったんだ? さっき何か言いかけてただろ?」
- 「な、何でもない……何でもないのだ!」
- 「お、おう……」
- 「……お、俺ってば、またなんかやらかしてるのかな……?」
- 「……腹が減っては戦はできないし……とりあえず、\n昼飯にするか」
- 「はぁーい。それでは帰りのホームルームを始めまぁす」
- 「あ、今日はみなさんに大事なお話があるんでしたぁ」
- 「大事な話ってなんですかー?」
- 「ええぇと……みなさん、この街に自衛隊の駐屯地があるのは\n知ってますねぇ?」
- 「知ってるっちゃー知ってますけど、\nそれがどうしたんですかー?」
- 「学校に伝達がありましたので、\nみなさんにお伝えしておきたいと思いまぁす」
- 「ええと、いろいろ難しく書いてあるんですけどぉ……現在、\n天宮駐屯地の観測機やら何やらが\nうまく機能してないそうなんですぅ」
- 「なのでぇ……空間震などの警報が遅れる、\nもしくは、作動しないことがあるそうですから……」
- 「……ということでぇ、少しでも異変を感じるようなことがあれば、\n各自、落ち着いてシェルターの方に移動するようお願いしますぅ」
- 「と言ってもぉ……どこで危険に遭遇するかわかりません。\nとにかく、移動する際は落ち着いて、\n『おかし』を守って行動してくださぁい」
- 「おさない、かけない、しゃべらないですよぉ。\nいいですかぁ?」
- 「……………………」
- 「はぁい。それではホームルームを終わりまぁす。\nみなさん、気を付けて帰ってくださいねぇ」
- 「しーどう?」
- 「――おわっ!?」
- 「ど、どうしたの?」
- 「い、いや、なんでもない。それより、放課後になったな」
- 「あ、うん。予定なさそう?」
- 「ああ、でもおまえから誘ってくるなんて珍しいな。\nどんな用事なんだ? 買い物?」
- 「えっと……ちょっとあっちで」
- 「お、おう?」
- 「うん……こっち、いい?」
- 「あ、ああ……」
- 「……それで、どうしたんだ?」
- 「あのね、士道……」
- 「……デート、しない?」
- 「はい?」
- 「え、えーと……」
- 「もう……なに、その顔?」
- 「いや、だって昨日までは俺が誘っても……」
- 「……どういう風の吹きまわしだ?」
- 「ふふ……どうもこうもないよ。女心は変わりやすいの」
- 「それで、その……どう、かな?」
- 「え、ああ、もちろん断る理由はないよ」
- 「本当? 良かった!」
- 「お、おう……」
- 「ええと……どこだっけな……?」
- 「どうした凜祢、何か探してるのか?」
- 「あ、うん……ちょっと待ってね、\n確か、この辺だったと思うんだけど……」
- 「――あ、あそこ! 士道、私、あれが食べてみたい!」
- 「ん? ああ、なんだアイスキャンデーか……。\n夏はアイスがおいしいって言ってたもんな」
- 「うん!」
- 「よし、俺が買ってきてやるよ。凜祢は何味が好きなんだ?」
- 「あ、ううん、大丈夫。大丈夫だから」
- 「……え?」
- 「わ、私が自分で選ぼうかなって。……ね?」
- 「そ、そうか……なら、俺の分も頼んでいいか?」
- 「うん。任せて」
- 「それじゃあ、行ってくるね!」
- 「お、おう。俺はここで待ってるよ」
- 「はーい」
- 「ごめんね、遅くなっちゃって」
- 「おう、混んでたのか? わりと時間かか……って、えっ!?」
- 「えへへ……調子に乗って、\nちょっと買い過ぎちゃったみたい……」
- 「そ、その量は、どう見ても一人じゃ食べきれそうにないな……」
- 「だって、せっかくだしいろいろ食べてみたくて。\nし、士道も手伝ってくれるよね?」
- 「まあ、せっかく買ったんだから、\n溶けないうちに食べるしかないだろ」
- 「あ、ありがとう。じゃあ、頑張ろう」
- 「頑張るっていうのも変な気がするけど……」
- 「士道? 早くしないと溶けちゃうよ」
- 「お、そうだな! でも、ここじゃ、\nそのアイスの山を置くところがないな……」
- 「よし、公園まで移動するか!\n急げ凜祢! アイスが溶けるぞ!」
- 「う、うん!」
- 「ああ、うまい! やっぱり夏はアイスに限るな?」
- 「ふ、ふめたふて……おいひい……」
- 「ああ……ほら凜祢! 食べてる傍からどんどん溶けていくぞ!」
- 「はう……! ほ、ほんなころ、ひわれれも……!」
- 「やべ、おいしいけど……もう頭がキーンって――」
- 「……」
- 「な、なあ凜祢……変なこと聞くようだけど――」
- 「……なかなか、難しいなあ」
- 「え……? な、何が――」
- 「あ、士道ってば……溶けちゃって……指にアイスが――」
- 「はむ……!」
- 「――ッ! り、凜祢っ!?」
- 「……駄目、じっとしてて……」
- 「ちゃんと……綺麗に……しないと……」
- 「で、でも――」
- 「……り、凜祢! も、もういいから――!」
- 「やっぱり……私じゃ駄目なのかな」
- 「凜祢? おまえさ……俺に隠してること、ないか……?」
- 「…………」
- 「なあ、凜祢……おまえが知ってること、俺に教えてくれないか?」
- 「あ、士道……後ろ……」
- 「頼む。お願いだ! あと少しで、繋がりそうなんだ!\nきっとおまえの話を聞けば……!」
- 「……士道、ごめんね」
- 「……な、なんだ? 急に――」
- 「……気づかれちゃったら……こうするしかないの」
- 「……え?」
- 「――っ!? こ、ここはッ!?」
- 「な、なんだこいつ……ッ!?」
- 「………………」
- 「――っ!? お、おい! や、やめろ――ッ!」
- 「……え?」
- 「うわぁぁぁぁぁぁああああーーーー……ッ!!!!!」
- 「……お、おい凜祢、どうしたんだ? 大丈夫か?」
- 「え……? あ、うん……大丈夫、だよ……?\nちょ、ちょっと、アイスを食べ過ぎちゃったみたい……!」
- 「そ、そうか……。あんまり無理すんなよ。\n無理して食べたっておいしくないだろ?」
- 「う、うん、それもそうだ……ね……」
- 「――え!? お、おい! 凜祢ッ!?」
- 「えへへ……ご、ごめん、ちょっと貧血気味、なのかも?」
- 「だ、大丈夫なのか!?」
- 「うん、平気平気……ちょ、ちょっと休憩すれば……。\nすぐよくなると思う……」
- 「それならいいけど……とりあえず、ちょっと休もう」
- 「ごめんね……士道。せっかくのデートなのに……」
- 「いいっていいって、おまえの身体の方が大事だよ」
- 「ありがとう……でも、アイス……溶けちゃうね……」
- 「ま、仕方ないさ。こういう日もあるって」
- 「う、うん……ありがとう、士道」
- 「……士道?」
- 「え、な、なんだ?」
- 「だいぶ落ち着いたから、もう大丈夫。……そろそろ帰ろう?」
- 「そ、そっか……じゃあ行くか。でも、具合悪くなったら言えよ?\n休み休み帰ったっていいんだし、おんぶぐらいならできるからさ」
- 「……う、うん。ありがとう士道」
- 「お、おう……」
- 「士道、今日の夕飯はどうだった?」
- 「え……ああ、もちろんうまかったよ。\n店でも開けば大繁盛間違いなしだ」
- 「もう、士道ったら大げさなんだから」
- 「……~♪ ……~♪」
- 「……な、なあ凜祢?」
- 「ん、なあに?」
- 「えっと……明日からさ……俺がその、朝夕のご飯とか弁当とか\n作るから、しばらく手伝いに来なくてもいいぞ?」
- 「え……」
- 「いや、おまえ今日、公園で倒れただろ?\nあの時思ったんだ……かなり無理させてたんじゃないかって……」
- 「――そ、そんなことないよ」
- 「いやさ……これは本来、俺がやらなきゃいけないことだし……。\n凜祢だって、うちのことばっかり気にしてられないだろ?」
- 「そ、そんなことないってば……私も好きでやってることで……」
- 「や、だとしてもさ。今はテスト前なわけだし、\n凜祢に頼りきりなのもあんまり良くないと思うんだ」
- 「……」
- 「このまま無理させて、凜祢にまた倒れられる方が、ずっと困る」
- 「そっ、か……私、やっぱりお邪魔だった、かな……?」
- 「いや、違う! 凜祢がいてくれるお陰ですげえ助かってる」
- 「じゃあ……明日も手伝いに来てもいい?」
- 「ぅ……! いや、たださ……せ、せめてテスト期間くらいは、\n凜祢に休んでほしいっていうか……」
- 「……私、嫌だな。邪魔者って言われてるみたいで……」
- 「いや、だから、そういう意味じゃなくて――!」
- 「私なら大丈夫、だからなにも気にしないで? ね?」
- 「いや、気にするなと言われても……」
- 「いいの! 今のままでいいんだってばッ!」
- 「……!? り、凜祢……?」
- 「ちゃんと自分で体調管理するから!\n士道の迷惑にはならないから! だから……ッ!」
- 「そこまで俺のこと、気遣ってくれるのか……。\nでも、だからこそさ……」
- 「士道……ッ!」
- 「ああもう! わかったわかった! わかったよ!\nじゃあ、無理なときは本当に無理って言うんだぞ?」
- 「うん、わかってる。ありがとね、士道。\nあと、無理言っちゃってごめんなさい」
- 「いいよ、気にすんな」
- 「調査の方……ってことか?」
- 「……今日、例の不安定だった強大な霊力に\n大きな反応があったの」
- 「――!? せ、精霊に何かあったのか?」
- 「精霊かどうかは、まだ断定できてないわ……」
- 「そ、そうか……で、その反応って?」
- 「一時的にだけど、今まで不安定だった霊波パターンが\n安定方向に向かったの。ただ……」
- 「ただ?」
- 「最終的には……大きくひずんで、更に不安定になった状態よ」
- 「じゃあ、もしその霊力が暴走なんてことになったら……」
- 「ジ、エンドね――前にも言ったけど、\n本当にユーラシア大空災の再来にもなりかねないわ」
- 「……っ」
- 「一体、何が起こっているんでしょうね……」
- 「そ、想像もつかないよ、俺には……」
- 「……そうね。それを考えるのはこっちの仕事だし。早く、\nこの結界を解く方法を見つけないといけないわね。みんなで\n仲良く木っ端微塵なんて事態だけは絶対に避けないと……」
- 「――とにかく、想像していた以上に猶予がないのは確か。\nどうにかして、この不安定な結界に閉じ込めた『敵』の尻尾を\n掴まないと……」
- 「何か俺に手伝えることがあれば言ってくれ」
- 「士道、精霊たちの手綱を握っているのは、あなたなのよ。\nくれぐれも、そっちで暴走を起こさないように\n注意してちょうだい」
- 「わ、わかった……」
- 「それじゃ、今日はもう休むわ」
- 「おう、おやすみ……」
- 「ん。おやすみ、おにーちゃん」
- 「不安定な『敵』か……」
- 「わからないことだらけだな……」
- 「ふぁ~あ……」
- 「――いっ!? こ、琴里……!?」
- 「……ッ!?」
- 「ま、待て! こ、これは不可抗力というかなんというか……!\nだ、だいたい、鍵をかけるのを忘れたおまえが――」
- 「この……ド変態がああああーーーーっ!!!!」
- 「ぐぎゃッ!」
- 「あたたた……だから、わざとじゃないって言ってるだろ?\nぼーっとしてて――」
- 「わかってるわよ。\nわざとやってたら、その程度で済ますわけないでしょう?」
- 「っぐ……」
- 「通報されて今頃、とっくに夜のワイドショーで\n時の人になってるわよ。\n親友の誰かさんがきっと引っ張りダコにされるでしょうね」
- 「親友?」
- 「『これは洒落じゃなく、アイツはいつかやると思ってました。\nだから常々、セクシャルビースト五河と呼んでたくらいですから。\nでもまさか妹とそういうことになるとは……』とか言われて」
- 「妙に生々しい台詞だな!?」
- 「そうなりたくなかったら、ノックくらいしなさいよ。\nゼニイシだってもう少し考え深く生きてるわよ」
- 「ゼ、ゼニイシって……。\nと、とにかく今度からちゃんと気をつけるって。でも――」
- 「なによ?」
- 「おまえ、大丈夫なのか?」
- 「はぁ?」
- 「や……トイレでずいぶん疲れた顔してたからさ」
- 「ふん、士道に心配されるようじゃ、私も末期ね」
- 「おい、真面目に心配してるんだぞ?」
- 「……私の身体は大丈夫よ。問題は違う方」
- 「――痛っ!」
- 「し、士道! どうしたの!?」
- 「だ、大丈夫……ただの筋肉痛だから」
- 「……そっか、よかった。\nシップ持ってくるから、座ってて」
- 「おう……すまん」
- 「はい、これで大丈夫だよ」
- 「お、サンキュ」
- 「……大丈夫? ついこの前まで寝てたのに、\nあんなにところ行くからだよ……」
- 「あ、うん……おっしゃるとおりで……。\n……あ、そうだ」
- 「凜祢、上まで行ったか?」
- 「え? えっと……と、途中で迷って引き返しちゃったかも……。あはは……でも、時々見たくなるんだよね、あそこからの眺め」
- 「へえ、そうなのか。\nでも、ちょっと気持ちはわかるな。\n街全体を見渡せる感じがなんというか……その、いいんだよな」
- 「そうそう。私たちの暮らしてる街ってこんな風なんだって……。\nそう気付かせてくれるみたいで好きなんだ」
- 「……あ、でも凜祢?\nあそこにはしばらく近づかない方がいいかもしれない」
- 「え? どういうこと?」
- 「とにかく、その、普通じゃないっていうか……」
- 「あ、筋肉痛になっちゃいそうっていうのなら、\n私はラクロスで鍛えてるから平気だよ?」
- 「いや、そういうことじゃなくて……」
- 「大丈夫だよ、士道。\n心配しなくても、もうあそこにはしばらく入れなくなるみたい」
- 「はい……?」
- 「高台公園までは行けるけど、そこから先の見晴らし台は、\n再整備するからしばらく立ち入り禁止になるんだって」
- 「そ、そうなのか!?」
- 「そうみたいだけど……あ、今ちょうどニュースでやってるのって、それじゃない?」
- 「――ッ!? 今日、から……?」
- 「工事の気配なんて、全然なかったぞ……?」
- 「そんなことないよ?\n上の方は、フェンスとかいろいろあったし」
- 「え? そうなのか?」
- 「うん。それもあって、あんまりいなかったんだ。\nちょっと、景色が変わっちゃうし」
- 「でも、たまにはローカルニュースも見ないとね。\n意外に重要な情報が流れてくるかもしれないし」
- 「ああ……そ、そうだな。今度から気をつける」
- 「でも、上に行けないの、ちょっと残念だよね……。\n昨日は士道も十香ちゃんを連れてってあげたかったんでしょ?」
- 「……ええと、うん。\n一緒に街を一望できたらって思ってさ」
- 「そっか……」
- 「でもまあ、永遠に行けなくなるわけじゃないし……」
- 「でも、もし永遠に行けなくなったら……士道はどうするの?」
- 「ど、どうするって……そんなことあるのか?」
- 「ふふ、冗談だよ冗談。\nさすがにそんなことあるわけないじゃない?」
- 「だよな……」
- 「……むぅ、では、例のモノを入手できたのだな?」
- 「抜かりはないわ。ここにちゃんと持ってきたから」
- 「亜衣、いい仕事したわね。\n十香ちゃんのピュアな乙女道には必須アイテムだもんね」
- 「マジ鬼に金棒だわー」
- 「あ、十香ちゃん、なんだかんだ焦っちゃう気持ちもわかるけど、\nくれぐれも本人には気づかれないようにね」
- 「う、うむ!」
- 「そうだよね! 女を磨くなら、さりげなく!\nこれってば永遠のテーマだから!」
- 「長居は危ねえ。早いところブツ渡しちゃいなよユー。\n見つかるとやっかいだ」
- 「オッケー。十香ちゃん、全部実行するのは難しいだろうけど、\n今回の特集記事はきっと役立つはずだよ。頑張ってね!」
- 「ん! 助力、感謝する!」
- 「へへ、水臭えことは言いっこなしだよ!」
- 「十香ちゃん! あいとー! あいとー!」
- 「十香ちゃんには私らがついてるからね。\n何かトラブルがあったらいつでも言って。\n[掃除屋*ザ・クリーナー]雇っておくから」
- 「よし、ずらかるか!\n何か進展あったら教えてよね。じゃあ!」
- 「ん? 解散したか」
- 「――やべ、見つかった!」
- 「やーやー五河くん、こんなところで何してんの?\nコソコソ十香ちゃんをストーカー?」
- 「いつからいたの?\nまさか、ずっと見てたんじゃないでしょうね?」
- 「い、今通りかかったんだよ! 誰がストーカーだ!」
- 「ならいいけど。\nもし嘘だったら、カスピ海に浮かぶことになるから」
- 「おーい! シドー!」
- 「おっと! お姫さまのお出ましだ!」
- 「邪魔者は退散! 退散っと!」
- 「長生きしたい?」
- 「は? あ、はい……」
- 「じゃあ、十香ちゃんを泣かせないこと」
- 「……」
- 「シドー! こんなところで、どうしたのだ?」
- 「い、いや、十香を誘おうと思って探してたんだけど……」
- 「そ、そうか! デェトか!」
- 「むう……これは早速、アイテムを使用せねばなるまい!」
- 「ん、どうした? 何か用事でもあるのか?」
- 「い、いや大丈夫だ!\n大丈夫なんだが、ちょ、ちょっと待っててくれ」
- 「な、何しに行ったんだ……?」
- 「おお、これだこれだ! では、拝見させてもらうぞ」
- 「むう……『ついに到来、天然女子が萌える夏! 今年の夏は頭の中までゆるフワ系がモッテモテ!?』……っと、\nこれではないようだな」
- 「……ん? 『また会いたくさせるマル秘テクニック解禁!\n今日からあなたもリアクション美人!』 ……違う違う!」
- 「ん!? 特集ページ! これだ!」
- 「なになに……『女らしい女のデートとは?』\nほう……ふむふむ……なるほど……」
- 「……よし! これでいくのだ!」
- 「すまぬシドー! 待たせたな!」
- 「お、もういいのか?」
- 「うむ! まだ全部を習得できたわけではないがな」
- 「は?」
- 「な、なななな、何でもない! は、早くデェトするのだ!」
- 「よし、じゃあ今日はどこへ行こうか?」
- 「こっちだシドー! ついて来るがいい!」
- 「え? お、おい十香! ちょっと待てって!」
- 「ええっと……十香さん? 家に帰ってきちゃってるんですけど?デートはどうした、デートは?」
- 「うむ、デェトだ!」
- 「なんだ、着替えに帰りたかっただけか。\n……で、どこでデートするつもりだったんだ?」
- 「ん、どこへも行かんぞ?」
- 「へ?」
- 「し、シドーはここで座って待っておればよいのだ!」
- 「こ、ここでって……」
- 「うーむ、卵、卵、卵はどこだ!? おお! おまえが卵だな!」
- 「んー、ぼーると……それから計量すぷーんか。\nどこだ? ――そこか! 違う。ここか! いない!\nならば……ここだな!?」
- 「あうー!」
- 「と、十香!? 大丈夫か!」
- 「だ、駄目だ!」
- 「え……」
- 「シドーは、そこで座ってなければならないのだ!\n男子厨房に入るべからずだぞ!」
- 「お、おう……」
- 「ケホッ! ケホッ!\n……く! 視界が悪くなってしまったぞ!」
- 「ん! いかん! 卵と牛乳入れるの忘れていた!」
- 「ぬ!? しまった!\nこ、これでは床が滑って危ないではないか!」
- 「おのれ、牛乳め! 小癪な真似を!」
- 「む!? 先に卵を入れるんだったか?\nふん! 今からでも遅くはあるまい!」
- 「い、いかん! これはもう使えぬか?\nうむ……仕方あるまい、新しいので――」
- 「む! おのれ! つるつるしおって! ならばまとめて――」
- 「な……っ! ぐぬぬぬ……!」
- 「ふ! ならば、卵抜きだ! 牛乳があれば問題なかろう!」
- 「……」
- 「おお? あれはどうした?\nまだ、チンなるものをしてなかったではないか!」
- 「んー、レンジで簡単誰でも生クリーム……。\n不器用なあなたも温めるだけでパティシエ気分?\nうむ、これだな!」
- 「さて、その間にフライパンを熱して――」
- 「ん!? なんだ? レンジか!」
- 「だ、大丈夫か十香?」
- 「し、シドー!? 来ては駄目だと言ったではないか!」
- 「や、あんな凄い音出されたら、\nこっちも心配でじっとしてられないって……」
- 「むう……」
- 「わあ……ずいぶん派手にやらかしたな」
- 「こ、こんなはずではなかったのだ……!」
- 「よし! 俺も手伝うから一緒に作ろう!」
- 「し、しかし……」
- 「二人で作って、二人で食べるのも立派なデートじゃないか?」
- 「う、うむ……」
- 「さてと……で、何を作るつもりだったんだ?」
- 「ホ、ホットケーキだ」
- 「へえ、いいじゃないか。3時のおやつは過ぎちゃったけど、\nホットケーキならそんなに時間もかからないし……。\nまだ、材料の方も……うん、なんとかなりそうだな」
- 「すまん……」
- 「そんな顔するなって」
- 「努力して駄目だったことは次に生かせばいい。そう気に病むな。努力もしてない人に比べたら何倍も偉いし、十香は少なくとも前に進んでるじゃないか」
- 「そ、そうか?」
- 「体当たりで挑戦してる十香を見てると、凄いなって思うよ」
- 「……」
- 「だからさ、そんな十香のために……。\n俺にも何か手伝えることがないかって、\nそんな気持ちになっちゃうんだよな」
- 「シドー……」
- 「さあ、早く作って食べないと、夕食が入らなくなっちまうぞ!」
- 「うむ!」
- 「おお! 程よくついた焦げ目に、バターとハチミツがたっぷり!\nそして中はふわふわ! シドーはホットケーキ作りの天才だな!」
- 「はは、大げさだな。でも、おいしくできてよかったな」
- 「うむ!」
- 「今度は、十香一人で作れるようになるよ」
- 「ん……そ、そうだな」
- 「本当はこれでは駄目なのだ……。\n私がシドーに作ってあげねば……」
- 「ど、どうしたんだ十香……?\nあ、もしかして、焦げて苦いところでもあったか!?」
- 「な、なんでもない! ごちそうさまなのだ……」
- 「あ、ああ……」
- 「んー、レンジの中が……あれだ。真っ白で何も見えん」
- 「ぬう……! よ、よいのだ!\n生クリームなどなくても、バターとハチミツがあれば十分!」
- 「よし、あと少しだな……女らしい女は、台所で頑張るのだ!」
- 「フライパンを熱するとは……どれくらい熱くなればよいのだ?」
- 「ん……そろそろ熱くなった頃合いか?」
- 「――っあづッ!」
- 「――ッ!?」
- 「――十香ッ! 大丈夫か!?」
- 「……し、シドー?」
- 「怪我とかしてないか?」
- 「わ、私は無事だが……こ、こんなはずでは……!\nこれでは、シドーに食べてもらえないのだ……」
- 「わあ……これまた派手にやらかしたなあ。でも、十香が無事ならそれでいいよ。料理なら、いつだってまた挑戦できるし」
- 「むぅ……」
- 「とりあえず、二人でここを片づけちゃおう。\nそしたら、二人で一緒に作り直さないか?」
- 「し、しかし……」
- 「二人で作って、二人で食べるのも立派なデートじゃないか?」
- 「う、うむ……」
- 「ほら、まずはこれで顔を拭いて……」
- 「さてと……で、何を作るつもりだったんだ?」
- 「ホ、ホットケーキだ」
- 「へえ、いいじゃないか。3時のおやつは過ぎちゃったけど、\nホットケーキならそんなに時間もかからないし……。\n材料の方も……うん、なんとかなりそうだな」
- 「すまん……」
- 「そんな顔するなって」
- 「努力して駄目だったことは次に生かせばいい。そう気に病むな。努力もしてない人に比べたら何倍も偉いし、十香は少なくとも前に進んでるじゃないか」
- 「そ、そうなのか?」
- 「体当たりで挑戦してる十香を見てると、凄いなって思うよ」
- 「……」
- 「だからさ、そんな十香のために、\n俺にも何か手伝えることがないかって、\nそんな気持ちになっちゃうんだよな」
- 「シドー……」
- 「さあ、早く作って食べないと、夕食が入らなくなっちまうぞ!」
- 「う、うむ!」
- 「おお! 程よくついた焦げ目に、バターとハチミツがたっぷり!\nそして中はふわふわ! シドーはホットケーキ作りの天才だな!」
- 「はは、大げさだな。でも、おいしくできてよかったな」
- 「うむ!」
- 「これくらいの料理なら、俺がいつでも作ってやるからさ」
- 「本当か!?」
- 「ああ!」
- 「いや……それでは駄目なのだ……」
- 「ん……?」
- 「ほ、本当はこれでは駄目なのだ……。\n私がシドーに作ってあげねば……」
- 「ど、どうしたんだ十香……?\nあ、もしかして、焦げて苦いところでもあったか!?」
- 「な、なんでもない! ごちそうさまなのだ……」
- 「あ、ああ……」
- 「おーい十香! ちょっと来てくれないか?」
- 「ん、なんだシドー、出かけるのか?」
- 「ああ、ちょっとそこまで散歩にな。\nよかったら、十香も一緒にこないか? いい気分転換になるぞ?」
- 「ん、シドーが行くなら、私も行くぞ!」
- 「じゃあ、ぷらぷらしに行こう」
- 「うむ」
- 「さて、当てもなく出てきちゃったけど、どこに行こうかな?」
- 「シドーが行きたい場所はないのか?」
- 「俺が行きたい場所かあ……」
- 「あ、あそこの公園でも行ってみるか?」
- 「公園?」
- 「ああ、意外に静かでいいところだぞ。\n昔よく琴里と遊んだんだ」
- 「うむ。行ってみようではないか」
- 「おう」
- 「さて、ついたけど……どうする?」
- 「琴里とは、どうやって遊んでいたのだ?」
- 「そうだなあ。砂場でお城もどきを作ったり、\nブランコに二人乗りして怒られたり、\n滑り台をうつ伏せで頭から滑り下りたり……」
- 「もう覚えてないほど色々やって遊んだよ。\n懐かしいな……」
- 「そうか。なら、今日は私と一緒に遊ぶのだ!」
- 「お、おう。じゃあ……」
- 「ブランコに乗ろう」
- 「ん、ぶらんことはアレのことか?」
- 「なんだ、十香は初めてなのか?\n……って、そりゃそうだよな」
- 「む! し、シドーは初めてだと嫌か?」
- 「や! べ、別に、そういうわけじゃない!\nと、とにかく乗ってみろよ。そんなに難しいもんでもないし」
- 「ん、ここに座ればよいのだな?」
- 「あ、ええと……十香?\n馬に乗るわけじゃないから、またがるんじゃなくて、\nこっち向きで普通に座ればいいんだよ」
- 「ふむ、ではこうか」
- 「うん、そうそう。じゃあ最初は俺が後ろから押すよ。\n勢いが出てきたら離すからな?」
- 「うむ、わかった!」
- 「いくよ! せーの!」
- 「ほう! これは気持ちいいぞシドー!」
- 「じゃあ、もうちょっと早くするぞ! それ!」
- 「おお! さっきより気持ちいいぞシドー!\nまるで宙に浮いているようだ!」
- 「はは、その感覚が楽しいだろ? よし、そろそろ離すぞ?」
- 「あとは自分の足で勢いをつけられるはずだから、やってみな。\n俺は隣のに乗るから。どっちが高く漕げるか競争しよう!」
- 「……」
- 「ん? と、十香……どうした?」
- 「し、シドーは、琴里と二人で乗ったのだろう?」
- 「え……? あ、いや、でもあれは琴里がまだ小さい頃だから……。高校生が二人も乗ったら――」
- 「こ、琴里とは乗れても、私とは乗れないのか?」
- 「う……」
- 「ぐぬぬ……どうして琴里はよくて、私は駄目なのだ!\nま、まさかシドー! 琴里以外とは乗らぬのか!?」
- 「ちょ、ちょっと待て! どうしてそうなる!?」
- 「む! 違うというなら、琴里と同じく、\n私と二人乗りしても構わないだろう?」
- 「ん? 神無月さん!?」
- 「え?」
- 「実は……」
- 「や、神無月さん、全然関係ない話はいいですから!\n十香が二人乗りをするって聞かなくてですね……」
- 「え?」
- 「シドー、誰からだったのだ?\nいや、そんなことはいい……話が終わったなら早く乗るのだ!」
- 「ええっと……」
- 「わかった。じゃあ……やってみるか」
- 「おお! 良いのか!? では、乗るぞ!」
- 「お、おう」
- 「――ぅぐっ! と、十香!?」
- 「ば、馬鹿者! は、早く、ブランコを動かすのだ!」
- 「あ、ああ……じゃあ、しっかり掴まってろよ?」
- 「う、うむ……」
- 「と、十香、大丈夫か? 怖くないか?」
- 「ん、怖くないぞ。もっと早くても大丈夫だ!」
- 「よし、振り落とされるなよ!?」
- 「う、うむ!」
- 「シドー、ブランコとは気持ち良いものだな?\nまた乗りに来ような」
- 「そ、そうか。十香が楽しかったんならよかったよ」
- 「ん……し、シドーは楽しくなかったのか?」
- 「そ、そんなことないって。俺も久しぶりにブランコに乗って、\n子供に戻ったみたいで楽しかったよ」
- 「うむ。そうか、ならよいのだ!」
- 「うむ! では、そろそろ帰るか。腹が空いてきたぞ」
- 「はは。もうそんな時間か。よし、帰ろう」
- 「や、やっぱりよさないか? このブランコは子供用だから、\n俺たちみたいな高校生が二人も乗ったら壊れちまうかも……」
- 「むう……そうか。ならば仕方あるまい……」
- 「……念のため確認するが、\n私と乗りたくないわけではないのだな?」
- 「ああ! 乗れるものなら超乗りたい! 今すぐ! なう!」
- 「うむ! それならよいのだ!」
- 「シドー、ブランコとは気持ち良いものだな?\nまた乗りに来ような」
- 「そ、そうか。十香が楽しかったんならよかったよ」
- 「ん……し、シドーは楽しくなかったのか?」
- 「そ、そんなことないって。俺も久しぶりにブランコに乗って、\n子供に戻ったみたいで楽しかったよ」
- 「うむ。そうか、ならよいのだ!」
- 「うむ! では、そろそろ帰るか。腹が空いてきたぞ」
- 「はは。もうそんな時間か。よし、帰ろう」
- 「うん! 滑り台で遊ぼう!」
- 「おお! うつ伏せになって滑るのだな!」
- 「や……それは、本当の乗り方じゃないっていうか、\nむしろ、良い子は真似しちゃ駄目な?」
- 「なぜ駄目なのだ?\n琴里とはそうやって滑ったのだろう?」
- 「そ、そうだけど。それは子供のときの話で……。\n身体も小さかったし……」
- 「よし、シドーや琴里と私も同じやり方で滑るぞ!」
- 「お、おい! 十香! ちょっと待てって!」
- 「ふむ。ここからうつ伏せに滑ればよいのだな?」
- 「と、十香! 危ないからよせって!」
- 「む! 滑ると言ったら滑るのだ!\nシドーはそこで見ているがいい! ゆくぞ!」
- 「――ちょ、おい!」
- 「お、おおーーッ!」
- 「ぬわ……っ!」
- 「十香ッ! ――うわ! ちょ、大丈夫か!?\nた、大変な格好になってるぞ……!」
- 「ん……?」
- 「な、なななな、何を考えているのだシドーッ!」
- 「や! な、何も考えてねえよ!」
- 「ほ、本当か! なにか、いかがわしいことを考えて……!?」
- 「ほ、本当だって!」
- 「シドーがそこまで言うなら信じよう」
- 「きょ、今日は……もう帰ろう」
- 「う、うむ……」
- 「シドー!」
- 「うわ! と、十香!? なんだ急に!」
- 「わ、私にも、皿洗いというものを手伝わせてくれないか!?」
- 「え、ええ? 十香は食べる専門じゃ……」
- 「きょ、今日は違うのだ!\nこ、ここは女の城だから、あれだ!\n城を綺麗にしっかり守るのが大事なポイントなのだ!」
- 「わ、わかった。じゃあ、今日は十香が洗って、凜祢が拭いて、\n俺が食器棚に戻す。それでいいか?」
- 「おお! 任せるがいい!」
- 「十香ちゃん、よろしくね」
- 「うむ! こちらこそ頼むぞ、凜祢!」
- 「ところでシドー、皿洗いとはどう――」
- 「もういい、みなまでいうな。\n……凜祢、すまないが十香にやり方を教えてやってくれ。\n使う洗剤や皿洗い用のスポンジがどれか、その辺から頼む……」
- 「はいはい。お任せあれ!」
- 「ん、世話をかけるな」
- 「ふふ、どういたしまして」
- 「そうそう、十香ちゃん。その調子だよ」
- 「ふ、ふむ。こ、これで良いのか?」
- 「ぬっ!? す、すまん!」
- 「あ、いいよいいよ。俺が片付けるから」
- 「泡で手元がおぼつかなくてな……すまない」
- 「誰でもやっちゃうことだから、そんなに気にするな」
- 「よくあることだから、気にしないで。\nお皿を綺麗にしようって思って力を入れて擦ると、\n滑っちゃうんだよね……私も割ったことあるし」
- 「凜祢がか!? 信じられんな……だがわかったぞ!\nあまり力を入れずにやればいいのだな!\nよし……――」
- 「――ぬわっ!」
- 「だ、大丈夫! 怪我してない?」
- 「わ、私は無事だが、皿が……」
- 「と、十香は動かないでいいぞ! 俺が片付けるから」
- 「す、すまん……」
- 「ま、まあ、初めは誰だってこんなもんだ。滑りやすい皿もあるしな」
- 「う、うむ……茶碗ならうまくやれるかもしれん」
- 「ぅぐ……!」
- 「と、十香ちゃん……」
- 「そ、そうだ! 箸なら落としても割れないし、十香には箸を洗ってもらえば――」
- 「も、もういい……今の私では、力不足なのだな……。\nすまぬ、シドー、凜祢……出直してくる」
- 「と、十香?」
- 「十香ちゃん……大丈夫かな?」
- 「結構へこんでたな、あれは……。\nまあ、明日には立ち直ってくれるだろ。多分……」
- 「明日からは私来ないんだからね?\n士道……ちゃんと十香ちゃんやみんなをフォローできる?」
- 「あ、そうだったな……えー、うん、大丈夫!\nこれ以上凜祢には甘えてられないしな、なんとか頑張るよ」
- 「もう……心配だなあ……」
- 「おいおい、俺ってそんなに信用ないのかよ?」
- 「あ、そういうわけじゃないの。\nでも、士道この前まで倒れてたんだし……」
- 「や、もうほとんど治ってるから大丈夫だって!」
- 「そこまで言うなら任せるけど……無理そうなら言ってね?」
- 「おう、そうならないように頑張るよ」
- 「それじゃ、私はそろそろ帰るね」
- 「おう、気をつけて帰れよ……って言っても隣だから大丈夫か」
- 「うん、送らなくていいからね」
- 「いろいろ、ありがとな。凜祢」
- 「また明日ね、士道。\n幸せな朝を迎えられるのを祈ってるから」
- 「おう。騒がしいかもしれないけどな」
- 「ふふ……お休みなさい」
- 「おう、おやすみ!」
- 「さて……明日から、本当に頑張らないとなあ……」
- 「……琴里、四糸乃が倒れたって……何があったんだ!?」
- 「……ちょっと、落ち着きなさいよ、士道。\n〈フラクシナス〉のクルーも、異常事態続きでピリピリしてるんだから、あまり騒がないでもらいたいんだけど?」
- 「うっ……す、すまん。\nそれで、四糸乃は……?」
- 「外傷や病気で倒れたわけではないわ。\n……こちらでモニターしていた霊力の数値が急に不安定になったの」
- 「不安定って……つまり……暴走しそうってことか?」
- 「まだそこまでは行ってないけど……このまま放っておくと、そうなりかねないわね」
- 「なにか原因があるのか……?」
- 「原因不明よ。でも、この状況に不安を覚えるのも仕方がない。\n様子を見るしかないわ。\nあとはあなたがフォローしてあげて」
- 「ああ、それなら任せとけ」
- 「その自信が逆に不安なんだけど……まぁ、いいわ。\n四糸乃は医務室にいるから、すぐに見舞いに行ってやりなさい。\n刺激しないように注意しなさいよ」
- 「……お、おう」
- 「四糸乃……大丈夫か?」
- 「……士道、さん……?」
- 「……もう大丈夫だ。俺が、そばにいるよ。\nだから、どうして泣いてるのか教えてくれないか?」
- 「よ、よしのんが……」
- 「よしのん……? よしのんがどうかしたのか?」
- 「よしのんが……いなく、なっちゃった、んです……!」
- 「なんだって!?」
- 「よし、のん……!」
- 「四糸乃、落ち着け。大丈夫だよ。\nよしのんは四糸乃と一緒だったはずだろ?」
- 「だからきっと、この部屋のどこかにいるはずだ」
- 「……で、でも……」
- 「四糸乃、大丈夫だ。\nよしのんは、俺が探してやるから」
- 「…………はい」
- 「……きっと、四糸乃の手からスッポ抜けて、ベッドの下にでも落ちたんじゃないか?」
- 「……見当たらないな。\nベッドの下にはないみたいだ……」
- 「…………」
- 「……検査の前に更衣室で服を着替えた時に、落としたんじゃないか……?」
- 「……四糸乃、すまんが更衣室の中を覗くぞ?\nけ、決してみだらな目的で見るんじゃないからな!」
- 「……は、い」
- 「……見当たらない。\n更衣室で落としたのでもないみたいだ……」
- 「…………」
- 「……もしかしたら、医務官さんが検査の時に、回収したなんてことはないかな?」
- 「医務官の机の上には……」
- 「……無さそうだな。\n医務官が回収したわけでもない、と……」
- 「…………」
- 「……やっぱり、いないですか……?」
- 「え? あ、ああ……まだ見つかってない」
- 「……もしも、このまま……よしのんがいなくなったら、私……」
- 「落ち着け、四糸乃! よしのんは必ず見つけるから!」
- 「四糸乃……落ち着いて考えるんだ。\nよしのんを最後に外したのはどこか、憶えてないか?」
- 「……わかり、ま……せん」
- 「〈フラクシナス〉に検査に来た時は、確かに一緒にいたんだな?」
- 「……は、い……ずっと一緒、でした……」
- 「じゃあ、少なくとも〈フラクシナス〉の中にいるのは間違いないわけだ。ここに来て、それから四糸乃は何をした……?」
- 「検査を、するって……この……ベッド、に……寝かされて」
- 「その時もまだよしのんは一緒だった……?」
- 「……はい……それから、少し眠く、なって……。\nそれで……目を覚まし、たら……」
- 「このベッドで眠ってから、よしのんがいなくなったのか……」
- 「……四糸乃、悪いがちょっと布団の中、のぞかせてもらうぞ?」
- 「……!」
- 「……やっぱりな」
- 「……ほら、あわてんぼさん」
- 「よ、よしのんっ……!\nよしのん、よしのんっ!!」
- 「……ごめん、ね……よしのん……」
- 「ベッドで眠ってしまった時に、布団の奥に巻き込まれちゃった\nんだな。足元の方だと、なかなか気付かないもんだな」
- 「あ、ありがとう、ござい、ます……」
- 「よかったな、見つかって」
- 「は、はい……」
- 「ああ、すぐ見つけられて良かったよ」
- 「……はい……ありがとう、ござい、ます……!」
- 「……ふむ。悪いね。\n本当なら私たちが対応せねばならない案件だった」
- 「まぁ、士道だったからこその部分もあるでしょうし、\n結果オーライじゃない?」
- 「でも、びっくりなオチね。精霊……というか四糸乃は人間と接触がなかった分、ある意味子供みたいなものだし、仕方ないのかも」
- 「いや、でも見つかって本当に良かったよ。\nよしのんは四糸乃の大事な友達だし」
- 「……いつまでそう言ってられるかね?」
- 「……えっ? どういう意味です?」
- 「よしのんが四糸乃の霊力を安定させるのに貢献しているのは事実だが、逆に言えば、それだけよしのんへの依存度が高いということだ」
- 「今回の件でも明らかなように、彼女の心は、よしのんという細い線一本で支えられてると言うことでもある……」
- 「確かに……そう、ですね……」
- 「でも、切り離せないのは確かだしね……。\n士道ももう少し、注意してちょうだい」
- 「あ、ああ……」
- 「……さて、四糸乃の様子を見にいくか」
- 「……ん?」
- 「令音さん?\nどうかしたんですか?」
- 「そうですか……って、ええっ!?\n消えたって、どういうことです?」
- 「はい、このあたりを探してみます!」
- 「……四糸乃、大丈夫かな?\nあいつ、人見知りで世間知らずなところあるし……一人で外に出たら事故や犯罪に巻き込まれないとも限らないしな」
- 「よし、早く捜そう……!」
- 「……ハァハァ。\n待ってろ四糸乃! 今見つけ出してやるからな!」
- 「あ……し、士道、さんっ!」
- 「すまん四糸乃!\n今急いでて…………って、え!? よ、四糸乃!?」
- 「は、はいっ……私、です」
- 「……な、なんだよ、こんな所にいるなんて……。\nでも、良かった。家からいなくなったって聞いて、探そうとしてたところだったんだ」
- 「あ……ご、ごめん、なさい。\n書き置きは、したんです、けど……」
- 「え、そうなのか?\nあ、でもそうだよな……〈フラクシナス〉からじゃ難しいか」
- 「…………?」
- 「あ、いやなんでもない。こっちの話だよ」
- 「あ、あの……す、すみません。\n外に出ちゃ……いけなかったですか……?」
- 「……あ、いや。四糸乃のせいってわけじゃないよ。\nと、とにかく、令音さんに伝えるから、ちょっと\n待っててくれ……」
- 「見つけましたよ。俺の学校の近くまで来てました。\n書き置きしたらしいんですけど……」
- 「いえ、まぁ見つかったんで良かったですよ。\nそれで、これからどうしましょう?\n四糸乃、一旦帰した方がいいですかね?」
- 「……えっ? お、俺……?」
- 「ちょ、令音さん!?\nそ、そうは言っても……うーん……」
- 「令音さんには連絡しといたよ」
- 「す、すみません……」
- 「謝らなくていいって。\nそれより四糸乃、一人で出歩いちゃ危ないだろ?\nあんまり家から出ない方が……」
- 「……!!」
- 「いや、そう言ってもだな……今の四糸乃が不安定なのは事実だから、一応……」
- 「……私、士道さんの……お邪魔、でしたか……?」
- 「あ、あー……すまん四糸乃、泣くな!」
- 「…………ごめん、な、さい……っ!」
- 「あー、違うんだ四糸乃!!\n俺が悪かったから泣かないでくれ!!」
- 「…………」
- 「令音さんには連絡しといたよ」
- 「す、すみません……」
- 「いや、いいって。\nそれより、四糸乃ひとりで出てくるなんて……何かあったのか?」
- 「……あ、あの……ちょっと、おでかけしたく、て……」
- 「ストレスを溜め込むよりは、外でも何でも発散した方がいいだろうしな。俺も四糸乃に付き合うからさ」
- 「…………!!」
- 「それで四糸乃、何だってこんなところまで?」
- 「あ、あの……が、学校を、ちゃんと見てみたかったん、です。\nみ、みなさんが……どんな事、してるのか気になって……」
- 「どんな、か……そりゃまあ、学校ですることって言ったら勉強だけど……そんな面白いもんでもないけどな」
- 「勉強……です、か……?」
- 「あとは、まあ休み時間にクラスのやつらと遊んだり……」
- 「……なんだか、楽しそう、です……」
- 「あ……」
- 「……そんなに迫られてもなぁ……えっと……」
- 「……よし、それじゃ、学校入ってみるか?\nで、俺でよかったら案内してやるから」
- 「い、いいんですかっ…?」
- 「す、すけこましって……まぁ、いいや。\nじゃ、今日は士道先生として、四糸乃に学校がどんなところか教えてやるか」
- 「は、はいっ、士道……先生!」
- 「ははっ、なんかちょっと恥ずかしいな。\n……それじゃあ、とりあえず学校に入るか」
- 「はい……せん、せい……!」
- 「…………!!」
- 「ようこそ、来禅高校へ。\nわりと新しいから、結構立派だろ?」
- 「……は、はい。広くて、綺麗です……」
- 「さて、どこから案内したもんかなー……。\n四糸乃、とりあえずここが……その、廊下だ……」
- 「…………?」
- 「……あ、そ、そうだな。\n四糸乃、何か見たい所とかないか?\nリクエストがあれば、応えるぞ!」
- 「…………」
- 「ま、まあな……」
- 「……おっ!\nここなんかいいんじゃないか?」
- 「……おん、がく……じゅんびしつ……?」
- 「ここなら、試しに楽器に触ってみてもいいしさ。\nあとは貸出用の……ほら、これ」
- 「……これ、は……?」
- 「これはな、リコーダーっていう楽器だ。\nここの穴の部分を両手の指で押さえて、こっちから息を吹き込むと音が出るんだよ」
- 「……ほら四糸乃、やってみろよ」
- 「…………」
- 「…………!」
- 「……ダ、メ……です……」
- 「はは、いきなり上手には吹けないよな。\nほら、手をこうやって……」
- 「ここを……こう……」
- 「……で、できません……私、やっぱり……ダメです」
- 「練習すれば、吹けるようになるさ。\nよしのんがちゃんと協力しないと、なかなか上手くいかないからな。よしのんも頑張れよ?」
- 「はは……いや、まぁ……頑張ってくれ」
- 「でも、すぐに吹くのはちょっと難しそうだな。\n……よし、四糸乃、俺が左手のところ押さえるよ。\nいいか四糸乃、よしのん?」
- 「……よしのんが、いいなら……お願い、します!」
- 「ああ、ありがとうな。\nそれじゃ、早速……」
- 「…………!?」
- 「……吹け……ました……!」
- 「そうそう、その調子。\nじゃあ、簡単な曲でも吹いてみるか。\nいいか、この音からこの音へ、うまくつないで……」
- 「こっから上の音は、俺が指を動かすから……。\nそうそう、その調子だ……」
- 「……よし、そのくらい指が動けば大丈夫だろう。\nいいか、通してやってみるぞ?」
- 「……は、はい……」
- 「おお、できたじゃないか。\nはじめてでこれだけ吹ければ、立派なもんだ」
- 「よし、リコーダーも上手く吹けたし、じゃあ今日はこの位にして、そろそろ帰るか」
- 「……どうだ、四糸乃?\n少しは学校、わかったか?」
- 「はい……学校って、た……楽しい、です、ねっ!」
- 「そう思ってくれたなら、俺もがんばった甲斐があったよ」
- 「……ん? どうした、よしのん?\nさっきから黙ってるみたいだけど……」
- 「……? そうか……?」
- 「なっ……!?\nい、いや、あれは教えるためにだな……」
- 「…………!」
- 「ふふ、なんか保護者って感じだな」
- 「……おう。それじゃ、帰るか?」
- 「……は、はい……」
- 「……………………」
- 「……あれ、四糸乃?」
- 「……士道、さん……」
- 「テレビを見てるのか?\nへえ、珍しいな」
- 「……この世界のことを、ちゃんと勉強、しようと……思って……。\n琴里さん、から……ビデオを借りたん、です……」
- 「へえ、四糸乃はえらいなあ。向上心があるってのはいい事だぞ。……で、どんな番組を見てるんだ?」
- 「……なっ!?」
- 「ちょっ!? 待て待てっ!!\nこ、これはマズくないか!?」
- 「……そ、そうなん、ですか……?」
- 「……あ、いや……その、だな……」
- 「いやいや、とりあえず停止だ。\nすまんがちょっと待っててくれ!」
- 「こ、琴里……\nおまえ、このビデオは情操教育によろしくないだろ!」
- 「ディープ過ぎるだろっ!!\nもっと普通のはないのかよ?」
- 「……いや、別に嫌いではな……ってそれはともかく!\nいずれにせよ、サンプルとして偏り過ぎてると思うんだが……」
- 「いや待て。その理屈はおかしい」
- 「ぐぐっ……お、俺は……」
- 「……そうだな。続きが気になってるみたいだし、今回はいいか」
- 「四糸乃、あんまりよろしくないようなものが見えたら停止するからな?」
- 「……はい。士道、さんに……おまかせ、します」
- 「……よし、ドンと来い!」
- 「…………」
- 「…………!」
- 「…………!!」
- 「終わったか……まぁ、恋愛物としてはなかなか面白かったんじゃないか?」
- 「……あ、あの……士道さん……」
- 「ん? なんだ?」
- 「そ、その……琴里さんも……こういう、ことを……その……」
- 「あー……えーと、昔はこんなこともあったっけな……。\nどこでもくっついてきてさ」
- 「そ、そうなんですか……」
- 「今は……あの感じだからないけどな」
- 「……そう、ですか」
- 「ん……どうした?」
- 「………………」
- 「あー、四糸乃……」
- 「だ、ダメだダメだっ!\nこういうのは、四糸乃にはまだ早いっ!!」
- 「あっ……」
- 「な、何と言ってもダメなものはダメだ!\nこういう番組はだな、もっとこう……\n大人な常識を身につけてから見るものであって……」
- 「う、うるせぇ……」
- 「とにかく……四糸乃、そんなに焦って\n大人になろうとしなくてもいいんだ。\nおまえのことは、俺がちゃんと見守っててやるから……」
- 「……士道、さん……」
- 「とりあえず、このビデオは俺が琴里に返しておくよ。\n悪い先輩にダマされないようにな……」
- 「……はい」
- 「ちょ、琴里!? ……あー、やっちまった」
- 「はい?\n……どうぞ」
- 「ああ、四糸乃か……。\n今夜もまた、どうしたんだ?」
- 「ああ、四糸乃か……。\nどうした、何かあったか?」
- 「い、いえ……今日は、その……よしのんが……」
- 「え、よしのんが……? 俺に……?」
- 「い、いや、そんな事ないけど……めずらしいと思ってさ」
- 「よしのん……何を話す、の?」
- 「内緒……話?」
- 「内緒話……一体なんだって、突然そんな?」
- 「か、関係を……深めるっ!?」
- 「……うん。\nし、士道さんと、仲良く……なりたい、です」
- 「……内緒話……しましょう……」
- 「……え、まあ……こっちは構わないけど……」
- 「……あ、あの……私の、秘密って……」
- 「あー、いやー……無理して話さなくてもいいんだぞ?」
- 「……い、いえ……話し、ます……!」
- 「お、おう。じゃあ、俺も聞かせてもらうよ」
- 「私の……秘密は……その……人見知り、で……知らない人が……怖い、です……」
- 「……あ、ああ……そうだな……」
- 「……それで、ですね……街中で……いますよね……?\nあの……声、かけてくる人……」
- 「ああ、街頭アンケートとかティッシュ配りの人とかか?\n確かに四糸乃、苦手そうだな」
- 「……そ、それです……!\nあの……声をかけられるのが、怖くて……ティッシュを見ると、逃げ出したくなっちゃうんです……」
- 「ティッシュを見ただけで、か?\nうーむ……トラウマってやつなのか?」
- 「……わ、わかりません。だけど……何とか、それを……克服しない、と……」
- 「……そうか。偉いな、頑張れよ、四糸乃」
- 「……はい!」
- 「……四糸乃の秘密はこれで終わりだな。\nおーい、よしのん。次はおまえの番だぞー!」
- 「さてな……秘密だから内緒だ」
- 「……ありがとう、よしのん」
- 「……で、今度はよしのんの秘密を聞けばいいんだな?」
- 「……耳を……。\nあう……よしのんがいるから……片手じゃふさげ、ない……」
- 「……ああ、そりゃ当然だよな\nじゃあ……このイヤホンをつければ大丈夫だと思うけど」
- 「…………!」
- 「しばらく音楽でも聞いててくれ。\n……それじゃ、よしのん。話していいぞ」
- 「……ん?\nどうした、よしのん?」
- 「……一体、なんだってん……」
- 「うわっ、びっくりした!」
- 「やっぱり、四糸乃のことか……」
- 「よしのん……」
- 「……?」
- 「……よしのん?」
- 「……お、おう?」
- 「えっ……?」
- 「……おい、それってどういう……?」
- 「……な、なんのお話、してたの……?」
- 「あ、そ、そっか……。\nご、ごめんなさい……」
- 「…………」
- 「……士道……さん? どうか、しましたか……?」
- 「……あ、いや……別になんでも……」
- 「……え?」
- 「わ、私も……聞きたい、ですっ……」
- 「あ、いや……そ、それはちょっと……遠慮したいような……」
- 「……ズルイ、です……」
- 「ど、どうしても……言わなくちゃ、ダメ……?」
- 「…………」
- 「……士道……なさい。……まで寝てるつもり?」
- 「……凜祢……すまん、もう少しだけ……」
- 「……!」
- 「いでっ……!」
- 「誰が凜祢よ?」
- 「あたたた……ん? こ、琴里……なんで?」
- 「何いつまでも寝てるのよ?\n今日からあなたが、朝食の用意をするんじゃなかったの?」
- 「……あ! そうだよな、凜祢は来ないのか……」
- 「来ないも何も自分で断ったんでしょ? まったく……まだ本調子じゃないくせに無理しちゃって。別に凜祢相手に格好つける必要もなかったでしょうに」
- 「いや、いくら幼馴染だからって、ちょっと甘えすぎだったろ。\n昨日だって、用事があったのに夕飯の支度に慌てて駆けつけて\nくれたんだぜ?」
- 「……」
- 「凜祢はさ、誰かのために無理してでも頑張るタイプだから、辛くなっても自分から断るなんてできないだろうしな」
- 「……まるで誰かさんみたいね」
- 「ん? なんかいったか?」
- 「なんでもないわ……で? さっきから何ボーっと突っ立ってるわけ?\n着替えもしないで、何様のつもり?」
- 「それとも……可愛い妹に手伝ってもらいたいアピールなわけ?\n士道、あなたとんだ変態ね」
- 「はぁ!? 俺はただ、凜祢についてだな……」
- 「それくらいわかってるわよ。わたしだって幼馴染なんだから……。とりあえず、今はするべきことがあるんじゃないの?」
- 「あ、すまん……すぐ何か作るよ」
- 「それでいいのよ……って、あ――っ!」
- 「ど、どうした琴里!?」
- 「もうっ、士道がどんくさいせいで始まっちゃうじゃない!」
- 「――え? な、何が始まるってんだよ!?」
- 「朝の占いに決まってるでしょ!」
- 「よ~し、それじゃあ、久々に腕をふるいましょうかね」
- 「うーん、具材は……なんか適当に見繕えばいっか」
- 「よし、とりあえずこんなもんかな」
- 「琴里、占いは見れたか? 今日の運勢はどうだった?」
- 「んー……ぼちぼちってところかしらね」
- 「おう、そっか……っておい! またご飯前にキャンディ舐めてんじゃねぇか!」
- 「いいでしょ別に。ちゃんとご飯も食べるし」
- 「やれやれ……」
- 「言っとくけど、これは頭を回転させるために必要な糖分を摂取してるだけよ?」
- 「士道と違って、私は考えることが腐るほどあるんだから」
- 「なに言ってるか全然わからん」
- 「あなたの理解力が足りないのよ」
- 「なるほど……って、最初からちゃんと喋れよ!」
- 「うるさい男は嫌われるわよ?\nあ、天宮タワー映ってる。珍しいわね」
- 「天宮タワーか。確かに新天宮タワーができてから、あんまり話題に出なくなったしな」
- 「ま、話題を奪われちゃったってところかしらね。\nもともと観光スポットとして訴求力が強かったわけでもないし」
- 「だな……昔行ったことはあるはずなのに、正直何あったか全然覚えてねえし」
- 「え? 天宮タワーって言ったらモニュメントでしょ?」
- 「はい? そんなのあったっけ?」
- 「一時期流行ったじゃない。\nモニュメントの前で約束を交わしたカップルは\n別れないとか幸せになるとかなんとか……」
- 「ふむ……」
- 「……お、お湯湧いた。朝飯、すぐ用意するからな」
- 「お……っ! おはよう、ございます、士道さん……っ!」
- 「おう、おはよー。四糸乃、よしのん。今作るから、そっちに座って待っててくれ」
- 「あ……あのっ! て、手伝います……っ!」
- 「え? よ、四糸乃が?」
- 「あ、うん……」
- 「…………!」
- 「そ、そっか。じゃあ、せっかくだから手伝ってもらおうかな」
- 「は、はい……っ! が、頑張ります……っ!」
- 「お、おい、よしのん! そんなこと言ったら、四糸乃が手伝いにくくなるだろ?」
- 「……」
- 「え、えぇっと……とにかく始めるか。じゃあ四糸乃、早速だけど、そこにある醤油とってくれないか?」
- 「は、はい……っ!」
- 「あ……っ!」
- 「だ、大丈夫か、四糸乃!? 服に付いたりしてないか?」
- 「ご……ごめんなさい……っ」
- 「これくらい大丈夫だよ。それより染みは? 醤油が付いちゃうとけっこう大変だぞ?」
- 「……うん、大丈夫そうだな。\nまあ、何事も初めは緊張するもんだし、気にするなよ」
- 「い……っ、今……ふ、拭きます……っ!」
- 「――あ、ここは俺が拭いておくから、四糸乃は向こうに何枚かお皿を持って行ってくれるかな?」
- 「は……っ、はい……っ!」
- 「――よ、四糸乃!? 大丈夫か! ケ、ケガはないか!?」
- 「ふ、ふぇ、ふぇぇ……っ!」
- 「え!? お、俺のせいか!?」
- 「そ、そうだ! ……なあ、四糸乃?」
- 「ふぇ……?」
- 「この鍋なんだけど、もう煮えたみたいだからさ。蓋を取って中を確認してくれるかな?」
- 「え……っ、あ……あのフタですか……?」
- 「うん……あ! 火は消したけど、まだ熱いから気を付けてな!?」
- 「は……はい……っ」
- 「っ……う、うん!」
- 「いいぞ四糸乃! その蓋はそっちに置いてくれればいいから!」
- 「は……っ、はい……っ! こ、ここで……いいですかっ!?」
- 「ああ! そこでいい!」
- 「……っ! よ、よく、煮えた……みたいです……っ!」
- 「おお! よくやったぞ四糸乃!」
- 「……よしのんが……いてくれたから……です……っ!」
- 「いや、四糸乃とよしのんの見事な連係プレーだったと思うよ」
- 「ご……ごめんね、よしのん……!\n士道、さん……あ、ありがとう……ございます……っ!」
- 「あ、ああ……凄かったぞ。よく火傷しないでいられたな。\nナイスガッツだ、よしのん!」
- 「そうだな……じゃあ、その本気とやらで、ぱぱっと弁当箱にご飯詰めてもらおうかな? できそうか、四糸乃?」
- 「は、はい……っ! が、頑張りますっ!」
- 「おう! 頼んだぞ!」
- 「は、はい……っ!」
- 「おい、十香」
- 「ん、なんだ?」
- 「ほらこれ、十香の弁当。この時間は一番大事なもんだろ?」
- 「む! わ、私の一番大事なものはシドーだぞ!\n[昼餉*ひるげ]などではない!」
- 「――ぅッ!」
- 「い、今のはあれだ! ただの本音だぞ!?\n至極当然のことを言ったまでで、まったく他意はないのだ!」
- 「ぬううぅ……!」
- 「と、十香! それ以上しゃべるな! 余計にややこしくなる!」
- 「ん! そ、そうか……」
- 「と、とにかく落ち着いて……べ、弁当を食べよう! な?」
- 「う、うむ……」
- 「いけない。うっかり落としてしまった。\nもう食べれない。残念。私のお昼がなくなった。大問題発生」
- 「お、折紙! 大丈夫か? 俺の弁当でよかったらわけてやるから、一緒に食べるか?」
- 「そうする。ありがとう、士道」
- 「と、鳶一折紙! 貴様、今のはわざとではないのか!?」
- 「それはとんだ言いがかり。不憫な人。\n心が捻じ曲がっていると、純粋な事故も捻じ曲がって見える」
- 「む! ふ、不憫だと!?」
- 「朱に交われば赤くなる。士道、これ以上、夜刀神十香と関わると、私たちまで不憫になる。一刻も早くここから離れるべき」
- 「や、それは――」
- 「ぐぬぬぬぬッ! 謀ったな! 鳶一折紙ッ!」
- 「と、十香ちゃん、落ち着いて! ね?\nほら、よかったら……みんなで一緒に食べない?」
- 「む、むぅ……! 凜祢がそういうなら……」
- 「鳶一さんもそれでどうかな?」
- 「構わない。士道が望むなら」
- 「ああ、絶対それがいいと思う!」
- 「よかったあ!\nそれじゃ、机を寄せてみんなで食べましょ! ね?」
- 「ふう……凜祢、助かった。ありがとな」
- 「どういたしまして~」
- 「ふふ、あまりモテすぎるのも考えものねえ……」
- 「ん、なんか言ったか?」
- 「ううん、なんでもないよ……ふふっ」
- 「じゃあ、折紙、俺の弁当から好きなのをつまんで食べてくれよ」
- 「あ、鳶一さん、お口に合うかわからないけど、\nよかったら私のお弁当からもどうぞ?」
- 「気遣いは無用。士道から分けて貰うだけで問題ない」
- 「そ、そうなの……?」
- 「いや、さすがに俺のだけじゃ足りないだろ。\n遠慮しないで凜祢からも分けてもらえよ」
- 「士道がそう言うなら」
- 「はい、どうぞ。鳶一さん」
- 「ま、待て!」
- 「ん?」
- 「……」
- 「……仕方がないな、鳶一折紙……。\nわ、私の分も、取り分けてやってもよいぞ……?」
- 「と、十香……?」
- 「……毒?」
- 「む! だ、誰が毒など盛るか!\n私はただ凜祢のように優しく……!」
- 「え? 私?」
- 「なんでもない! と、とにかく、ただの親切だ!\nつべこべ言わずに持っていくといい!」
- 「……………………」
- 「折紙、十香もせっかくああ言ってるし、分けてもらえよ。\nそれで量的にもちょうどよくなるんじゃないか?」
- 「士道がそう言うなら」
- 「お、おう……」
- 「さて、どこまで歩こうかな?」
- 「うん。夜の公園って、わりと落ち着くよな」
- 「さてと……どうしたもんかなあ」
- 「士道……?」
- 「ん? り、凜祢……!?」
- 「良かった。ここにいるような気がしたんだ」
- 「おう……凜祢、帰ったんじゃなかったのか?」
- 「あはは……士道が家の前歩くの、見えたから。\nどうしたのかなーって」
- 「あー、いや……たまにはゆっくり考え事でもしようかなって思ってさ」
- 「士道は、まだ決めてないんだね……」
- 「決めてないって、何をだ?」
- 「誰かを守りたい、幸せにしたいって思ったら、ちゃんとその人を大切に思い続けなきゃダメだよ?」
- 「よくわからんが……いったい何の話だよ?」
- 「恋の話、だよ。悩み……違った?」
- 「な……!?\nあー、えーと……いや、その……それもちょっとあるような、ないような……」
- 「ほら。士道のことなら、私にだってわかるんだから。\nちゃんと選んであげなきゃ、女の子は可哀想だよ?」
- 「あー……すまん。なんか違う気がするけど……」
- 「大切な一人と一緒なら、それはきっと素敵な恋になるよ」
- 「だから、『次』は頑張ってね。\n……それじゃあ、おやすみなさい」
- 「ああ、サンキュ。おやすみ」
- 「全然、考えがまとまらなかった……」
- 「でも凜祢のヤツ、なんであんなこと……」
- 「でも、『大切な一人と一緒なら、それはきっと素敵な恋になるよ』\nか……」
- 「ああもう! よくわからん! とりあえず今日は寝る!」
- 「おやすみなさい……」
- 「――ッ!?」
- 「…………………ッ!!!!」
- 「いってきまーす」
- 「あ、ちょっと待って」
- 「ん? どうした?」
- 「……制服の襟、立ってるわよ」
- 「え、どっち……?」
- 「ほら、貸しなさい。もう、だらしないんだから……」
- 「……何考えてるのよ」
- 「あ、いや……別に……」
- 「どうせ、またロクでもないこと考えてたんでしょ」
- 「…………」
- 「……ほら、出来た」
- 「サ、サンキュ……」
- 「お礼なんて良いわよ。\n……士道が格好良くしてないと、私だって恥ずかしいでしょ」
- 「さあ、いってらっしゃい」
- 「お、おう……ありがとな。\nいってきます」
- 「失礼しまーす……令音さんいますかー? たまには琴里でも呼んで一緒に弁当でも――っていないか……」
- 「……ん、電話? ! 噂をすれば――」
- 「もしもし、琴里? どうした?」
- 「え……?\nあ、ああ、持ってきてるけど……?」
- 「……そ、それだけ?」
- 「仮に忘れててもしねえよそんなこと!」
- 「おまえなあ……」
- 「あ、琴里……」
- 「心配してくれて、ありがとな。\nおまえの声を聞けて、いつも以上に元気出てきた」
- 「あ、おい! たまにはメシでも――」
- 「……き、切りやがった……」
- 「いやいや、まさかな……」
- 「さてと……教室戻って弁当でも食べるか」
- 「さて、本日のデートだが……琴里を誘ってみよう」
- 「ああ、俺だけど……」
- 「えーっと、今日この後、デートどうかなって思ってさ……」
- 「なんか、用事あるのか?」
- 「あ、いや……それじゃ、どこで待ち合わせする?」
- 「え?」
- 「え、そうだっけ?\n今は思いっきり晴れてるけど…‥\n朝の天気予報でも、そんなこと言ってたっけかなあ?」
- 「あ、ああ……分かった」
- 「……何を必死になってたんだ? 琴里のやつ……」
- 「ただいまー」
- 「遅い!」
- 「そ、そんな事ないだろ? 寄り道とかしてないし……」
- 「寄り道しないで、こんなに時間かかってるの?\nまったく、行動一つ一つがノロマなんだから」
- 「……士道」
- 「ん? あ、ああ……どうした?」
- 「そんなところに立ってないで、座りなさいよ」
- 「あ、ああ。\n……あれ? そういえば、他のみんなは……」
- 「さ、さあ……?\nわ、私が帰ってきた時には、誰もいなかったわよ?」
- 「珍しいな。どこ行ったんだろ……」
- 「……デート中なのに気にしてるの? 他の女の子のこと」
- 「ち、違うって。\nそんなんじゃないから」
- 「どうだかね……」
- 「……ま、いいわ。\nそこに座ってなさい。私がお茶淹れてきてあげるから」
- 「あ、俺が……」
- 「私がやるって言ってるの!」
- 「……そ、そうか。\nありがとな、琴里」
- 「……ふん」
- 「…………」
- 「琴里のやつ……なんだか、やっぱり甲斐甲斐しい……」
- 「うーん、このまま琴里に任せてて良いものだろうか……」
- 「……こうして待ってるだけでも暇だし、\nやっぱり俺も手伝った方が……」
- 「え?\n……きゃぁっ!?」
- 「……わ、悪い!\n大丈夫か!? 怪我とかしてないか?」
- 「う、うん……」
- 「そっか、良かった」
- 「……でも、服は濡れちゃったわね……」
- 「……風呂入って、着替えるしかないな」
- 「え……? い、いいわよ……これくらい。\n放っておけばそのうち乾くでしょ」
- 「そんなこと言って、風邪でも引いたらどうするんだ」
- 「う……」
- 「ほら、片づけは俺がしておくから」
- 「で、でも……」
- 「いや、何渋ってるんだよ」
- 「だって……士道と二人なのに……」
- 「え?」
- 「せっかくのデートなのに、\nそんなことに時間とっちゃうなんて――」
- 「ほ、ほら! とにかく風呂行こう! な!?」
- 「で、でも……」
- 「お、俺も一緒に行ってやるから! な!?」
- 「え……?」
- 「……どうしてこうなった……」
- 「士道……今から入るから、後ろ向いてて」
- 「! あ、ああ……」
- 「…………」
- 「…………」
- 「……もうちょっと、そっち詰めて」
- 「む、無理言うなよ。もう限界だって」
- 「……なら、仕方ないわね」
- 「え、ええと……その、お、おう」
- 「……何よ、自分から提案したくせに。情けないったらないわね」
- 「い、いや、まさか本当にこんなことになるとは……」
- 「……だって、せっかく人払いまでしたのに……。\n士道と一緒にいられないんじゃ意味ないじゃない」
- 「え……? な、何?\n……悪い、聞こえなかった」
- 「……独り言よ」
- 「……でも、なんかちょっと懐かしいな」
- 「……え?」
- 「昔は、よくこうやって一緒に風呂はいったじゃないか」
- 「……そ、そんなこと覚えてるんじゃないわよ」
- 「そう簡単に忘れるわけにはいかないだろ。\n大切な妹との思い出なんだし……」
- 「士道……」
- 「……それにしてもおまえ、身体の方は全然成長してな……」
- 「……いってぇ! 何すんだ!?」
- 「士道が失礼なこと言うからでしょ!」
- 「じゃ、じゃあ、『いつの間にかそんなに成長して…』とでも言えば良かったのか?」
- 「……それはそれで、ものすっごく、気持ち悪いわね」
- 「じゃあ、どうすれば良いんだよ!?」
- 「何も言わないで、このままジッとしてなさい!」
- 「……!? お、おう」
- 「……そう。……このまま……静かに、ジッと……」
- 「……ん? 呼び出しか?」
- 「……私?」
- 「……あ、令音。\n……うん、今日はありがと……無理言っちゃって」
- 「……え? 十香と四糸乃が戻ってくる?\nど、どういうこと!?」
- 「……あと数分って……ちょっと、令音……!?\nあ……」
- 「…………まぁ、そんなものよね」
- 「……ど、どうした?」
- 「……この状況を見られるのはまずいわね。\n……士道!」
- 「な、なんだよいきなり!」
- 「いつまで入ってるつもり!?\nさっさと上がるわよ!」
- 「ど、どうしたんだ琴里……って、おまえ、急に立ちあがるなよ!」
- 「……え?\n……きゃぁっ!? ど、どこ見てんのよ!」
- 「――ぃつッ!」
- 「シドー! ただいまだ!」
- 「…………」
- 「はぁ……はぁ……ま、間に合ったみたいね」
- 「はぁ……はぁ……そ、そうだな。\nお、おかえり……二人とも」
- 「……すまないね。お楽しみだったのに。もう少し時間を稼げれば良かったのだが……」
- 「お、お楽しみって……別に、そんな……」
- 「……? 違ったかな?」
- 「し、知らないわよっ!」
- 「うーん……せっかく琴里とデートしようと思ったのに……。\n〈フラクシナス〉でも行ってるのかな?」
- 「仕方ない……今日は諦めて晩飯の買い出しにでも\n行くとするか……」
- 「う~ん……誰とデートしようか考えてるうちに駅前まで出てきちまった……」
- 「ま、せっかくだから買い物を済ませていくか」
- 「……さて、今日の晩飯の買い物は大体こんな感じかな。\n……ん、あれは……?」
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