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- Hugo Character Novel, Chapter 1
- Intro
- 今でも、ふと昔のことを思い出す。
- 薄暗い牢獄の中で自由を奪われ、犬のように扱われていたガキの頃を。
- 選択権など与えられず、大人たちの都合で生かされ、不要になれば処分される……
- 確かに、俺たちは犬のようだったかもしれない。
- だが、それでも。俺たちは誰一人として負け犬じゃなかった。
- どれだけ理不尽な目に遭おうとも、いつか自由を奪う鎖を喰い千切ってやる。
- それが、あの牢獄の中で、俺たちを猟犬として結び付けた誓いだったからだ。
- 多くのものを失い、かけがえのないものを得たあの日々を、俺は生涯忘れないだろう。
- 全ては、俺がユウゴ・ペニーウォートになった日。
- 暗闇の中で――光を見つけた時から始まったんだ。
- Part 1
- 厄災で両親を失った俺は、難民として荒野を彷徨い歩いた末に、とあるサテライト拠点に辿り着いた。
- その拠点は小規模で、住民も数十人程度だったが、暮らしているのは厄災で家族や居場所を失った奴らばかりで、同じ痛みを知る者たちの結束はとても固かった。
- 拠点に迎えられた時の俺は、心身ともに限界が近かったらしい。
- だが、少ない物資を惜しみなく分け与えてくれたみんなのお陰でどうにか復調し、俺は拠点の一員として迎えられ、新しい家族を得た。
- 子供なりに優しくしてくれたみんなに恩返しがしたいという俺の思いは強く、その気持ちに共感してくれた子供たちと一緒に、俺は『自称・サテライト拠点防衛班』という五人組のチームを結成した。
- 自称・防衛班の面々と一緒に拠点のみんなを手伝う日々を過ごしながら、時折、対アラガミ装甲壁に囲まれた狭い空を見上げて、俺たちは互いの夢を語り合った。
- 「なあユウゴ、今度、ミナトっていう新しい拠点が近くに出来るって聞いたか? 灰域の影響を受けない安全な場所で、今ゴッドイーターを沢山集めてるんだってさ!」
- 仲間の一人が、期待に目を輝かせながら言った。
- 「へぇ……じゃあ、みんなでそこに移住出来たりすんのかな?」
- 「きっとそうなるよ! でさ、こっからが本題なんだけど……もしそのミナトに移れたら、俺たち全員でゴッドイーターの適合試験、受けてみないか?」
- その言葉に、俺を含めた全員が驚いた。無茶なことを言い出したからじゃない。
- 夢を叶えるチャンスが、こんなに早く巡ってくると思っていなかったからだ。
- ――いつか、大切な仲間たちが暮らすこの場所を本当に守れるようになりたい。
- その思いは、自称・防衛班の全員で共有した大切な夢だった。
- ゴッドイーター。荒ぶる神々を喰らう人類の守護者にして、俺たちの夢の形。
- かつては選ばれた一握りの精鋭のみがゴッドイーターになれたらしいが、今では積極的に新たなゴッドイーターを採用しているらしいという話は聞いたことがあった。
- 「俺たちで、アラガミと戦う……ってことだよな」
- 少しの間、全員で顔を見合わせた。もうすぐ夢が現実になるかもしれない。
- そう思った時。最初に込み上げてきた感情は……恐怖だった。
- ここに来るまでの旅の途中、大人たちがアラガミに殺されるのを何度も見てきた。
- 何の力も持たないヒトにとって、あいつらは、死、そのものだ。
- ゴッドイーターになれたとして、子供の力で本当に立ち向かうことが出来るのか、不安や迷いが押し寄せてきた。きっとみんなも同じだったろう。
- だが。
- 「……受けてみようぜ、試験」
- 俺は、仲間たちの目を見ながらそう言った。
- 「ちょっと怖ぇけど、でも……お前らが居れば誰にも負けねえよ! な!」
- 不安を打ち消すように、俺は笑ってみせた。
- 俺たちが心に抱いた夢は、アラガミの恐怖なんかに屈するほど弱いものじゃない。
- みんなと一緒ならどんなことだって越えていけると、俺は本気でそう信じていた。
- 「ユウゴ……ああ、そうだよ! 俺たち最強のチームだもんな! やろうぜ!」
- 「よし! 俺たち五人で、本当のサテライト拠点防衛班になろう!」
- 「おーっ!」
- 声を合わせ、俺たちは天高く、その拳を突き上げた。
- ――その時だ。
- 拠点の装甲壁が開く地響きの後、黒いトラックが三台、拠点の中に入ってきた。
- 車から降りてきたのは、赤い腕輪をした制服姿の大人たち。
- 「我々は、ミナト・ペニーウォート所属のゴッドイーターである! 迫る灰域の脅威に立ち向かうため、これよりAGE適合候補者の選別を行う。協力して頂きたい!」
- 一方的な宣告の直後、銃を持った大人たちが拠点内に散らばっていった。
- 「すげぇ……ミナトから来たゴッドイーターだ! 行ってみようぜ!」
- ミナトへの希望を話していた直後の出来事で、俺たちは期待に胸を膨らませてその大人たちのトラックへ駆け寄った。
- しかし――
- 「ガキが五人か……よし、お前はこっちだ」
- 「え……痛ってぇ! な、何すんだよ!?」
- いきなり腕を掴まれて、俺だけみんなから引き剥がされた。
- 「お、おい! みんなを迎えに来てくれたんじゃないのか!?」
- 答えはなく、男はこっちを見もせずに俺をトラックに押し込むと、すぐ鍵をかけた。
- 外からじゃ分からなかったが、トラックの中は光源のない暗闇で、檻のような格子で補強されていた。
- 扉の隙間から辛うじて射しこむ日光が、微かに車内の様子を浮かび上がらせる。
- 雑多に積まれた荷物と一緒に、俺と同じ位の子供たちが数人、膝を抱えて俯いていた。
- 外から拠点の大人たちが抗議する声が聞こえてくる。
- だが再び扉が開くことはなく、トラックの発進音がみんなの声を掻き消した。
- 「ちょ、ちょっと待てよ……おい! ここ開けろって!」
- 運転席に向けて怒鳴っても何の反応もない。
- 装甲壁の開閉音が聞こえ、拠点の外に出たのだと分かった。
- ――時間にして十分にも満たないうちに、俺の住む世界は一変した。
- 「は……? 何だよ……何なんだよ、これ……っ!」
- 真っ暗な檻の中は、まるで絶望の底にいるように淀んだ空気で満ちていた。
- 車内の子供たちは誰も顔を上げず、暗闇の中にすすり泣く声だけが響いている。
- 「……お、おい、大丈夫か?」
- 目を凝らして、傍にいた子供に声をかけた。けどそいつは一言も言葉を発さなかった。
- 「お前らも無理やり連れて来られたのか? どこから来たんだ?」
- 車内全体に聞こえるようにそう言ってみた。だが、やはり反応は返ってこない。
- 俺だけが自分の運命に気づいていないような、言い様の無い不安に襲われた。
- とにかく全員に話を聞いてみようと、別の子供の傍にしゃがみ込んで顔を覗き込む。
- 「な、なぁ――」
- だが、続く言葉を発することが出来なかった。
- その子供の顔には、殴られたような大きなアザが生々しく残っていた。
- 光の無い、底なしに濁った瞳が、無言で俺に向けられる。
- 「……あ、あいつらにやられたのか?」
- 肯定するように目を伏せられ、俺はますます寒気を覚えた。
- 子供相手に、ここまでするのか? 何のために?
- あの大人たちは、灰域の恐怖に立ち向かうと言っていた。
- じゃあ、まさか……俺たちはこれから灰域に連れて行かれるのか?
- 暴力で抵抗する気を削ぐのは――どうせこれから死ぬ子供だから?
- 頭の中でじわじわと現実味を帯びてくる絶望の想像に、呼吸が荒くなっていく。
- 呆気ないものだった。ついさっきまで夢に目を輝かせていたにも関わらず、孤独と死の気配を感じた瞬間、俺は体の震えを止められなくなった。
- 「お、俺の名前はユウゴ! お前、どっから来たんだ?」
- 咄嗟に声を出していた。独りじゃ駄目だ。嫌な予感ばかりが押し寄せてくる。
- か細い絆でも構わない。今、この場で、寄り添い合える仲間が欲しかった。
- 「大丈夫だ! 一人ぼっちなんかにしねえからさ! 怖がることねえって! なあ!」
- 名前は。家族は。出身は。好きなものは。夢は。
- 何でもいい。応えて欲しかった。繋がりが欲しかった。
- 独りじゃないんだと、そう思わせて欲しかった。
- だが――その場に居た全員に声をかけても、結局誰も返事をしてくれなかった。
- 「なあ……頼むよ……誰か、何か言ってくれよ……」
- 自分の声すら暗闇に消えていくようだった。重い沈黙に包まれ、眩暈のような感覚と、全身の脱力感に抗えず、俺は壁に背を当てて、ずるずると床にへたり込んだ。
- ……自称・防衛班のみんなは別のトラックに乗せられたのか?
- それともまだ拠点に残って、連れて行かれた俺を心配しているのか?
- まさか、このままもう二度と……?
- いくら考えても、希望が湧いてこなかった。ゆっくりと冷たくなっていく心を感じながら、俺はぼんやりと、今にも消えそうなほど薄く差し込んでくる光の先を目で追った。
- ――その時。
- 車内の隅。積まれている荷物の陰にもう一人、誰かが居ることに気が付いた。
- まだ声をかけてない奴がいた。けど……こいつも他の奴らと同じように、俺の声に耳を貸さないかもしれない。
- そう思いつつも、俺はよろよろと立ち上がって、細い光が指し示す方へ進んだ。
- 仲間外れは駄目だ。助け合わなくちゃ、この世界で生き残れない。
- だから自分たちは手を差し伸べることから始めるんだって、拠点のみんなに教わった。
- そいつはよっぽど怖がりだったのか、顔も見えないくらいフードを目深に被って、荷物の陰に隠れるようにしゃがみ込んでいた。
- 「……何してんだよ、そんなとこで」
- 荷物をどかして、そいつに近づこうとする。
- だが、そいつはビクッと体を強張らせると、追い詰められたネズミのように更に隅っこに飛び退いて、無言の警戒心を俺に向けてきた。
- 「はは……何もしねえって。俺はユウゴってんだ。お前は?」
- 細い光に照らされた場所に腰を下ろして、俺は埃の舞う虚空にもう一度声を響かせた。
- どうせ返事はないんだろう。
- けど何となく、こいつの傍に居ようと思った。
- 恐怖に負けてすすり泣く奴。反応すら出来ないほど虚無に浸っている奴。
- まるで死を待っているような奴らばかりのこの場所で、ただ一人。
- こいつだけが、生きようとする意志を見せてくれたような気がしたから。
- 「……ルカ」
- 一瞬、耳に届いた言葉が信じられなかった。
- 「……え?」
- そいつはフードの奥から俺を見ていた。俺の目を見て、俺の呼びかけに応えてくれた。
- 「よろしく……ユウゴ」
- ――希望を、見つけた気がした。
- 暗闇の中で、俺の名前を呼んでくれる奴が、確かにここに居る。
- そう感じた瞬間、凍えかけていた心に嘘のような温かさが広がった。
- 「っ……ああ……ああ! よろしくな、ルカ!」
- 安心したせいか、思わず零れそうになった涙を慌てて拭って、俺はルカの手を取った。
- 「ルカ、お前は何でここに? あの大人たちのこと、何か知らないか?」
- 「……厄災で家族が死んで……俺だけ生き残ったんだ。一人でアラガミから逃げ回ってるうちに、このトラックに拾われた」
- 「そうか……お前も……」
- 「多分、これから灰域に連れて行かれる。みんな……そこで死ぬのかな……?」
- 不安そうに、ぎゅっと握られる手を、すぐに強く握り返した。
- こいつも冷たい絶望の中に居たんだ。
- 俺と違って、温かな居場所に行き着くことも出来ないまま、ずっと一人で。
- なら、守ってやらなきゃいけない。俺がみんなにそうしてもらったように。
- 今度は、俺が――
- 「大丈夫だ。この先何があっても俺は死なねえ。お前も死なせたりしねえ。約束だ」
- それは願いにも似た誓いだった。もう、どんな繋がりも失いたくなかったから。
- 「……本当に?」
- 「ああ。俺たちは死なねえ……絶対だ!」
- 俺の目を見つめ返して、ルカはようやく、小さな笑顔を見せてくれた。
- ――やがてトラックは停車し、外が慌ただしくなっていった。
- 扉が開き、数人の大人たちが怒鳴り声を上げる。
- 地獄の扉が開いたように感じた奴も居ただろう。
- けど、俺たちは手を繋いだまま立ち上がった。
- 暗闇の中から、光の溢れる世界へ向けて。
- 自分の足と、自分の意志で、一歩を踏み出したんだ。
- Part 2
- 対抗適応型ゴッドイーター・AGE。
- 俺たちは、通常のゴッドイーターでは活動できない灰域へと潜行する、特別なゴッドイーターになるのだと説明された。
- 各地から身寄りのない子供を集めて強引に適合試験を受けさせ、使える奴らを片っ端から灰域に放り込んで情報をかき集める。
- それがこのミナト・ペニーウォートのやり方だった。
- PW-01407 ユウゴ・ペニーウォート――
- それが、適合試験を乗り越えた俺の新しい名前だった。
- 手錠のような腕輪をはめられ、牢獄にぶち込まれた俺は、適合試験の影響で朦朧とする意識の中、真っ先に看守に食って掛かった。
- 「おい、他のみんなは……俺の拠点から連れて来られた奴は、他に居ないのか?」
- 「ああ、あの威勢の良いガキどもか。違う区画に放り込まれる予定だ。良い子にしてれば、そのうち会わせてやるさ」
- 看守は馬鹿にするようにそう言ったが、俺の心には更に希望が湧いた。
- 「みんなここに来てるんだな? ……良し……良しっ!」
- 出来ることなら拠点で安全に暮らしていて欲しいとも思ったが、全員ここに居るんだという事実は、何より俺を安心させた。
- 自称・防衛班のみんなと、ルカ。
- 俺は一人じゃない。その意識は、未だ不安が渦巻く牢獄の中でも俺を奮い立たせた。
- 思っていた形とは違ったが、ここで俺たちは夢を叶えられるんだと確信したからだ。
- ガラクタを寄せ集めて作ったような神機を前にした時も、不安は感じなかった。
- こいつでアラガミを蹴散らして、自称・防衛班のみんなと一緒に、いつかサテライト拠点で待ってるみんなの所へ帰る。
- そしたら、もう何も心配しなくて大丈夫だって、大好きなみんなに堂々とそう言ってやれるんだ。
- 手に馴染んだ長刀型神機を握り締めて、俺はその夢を少しでも早く現実にしてやろうと決めた。
- 別の区画に入れられているという自称・防衛班のみんなとは中々会えなかったが、つらい訓練の日々が始まっても、俺は弱音一つ吐かずに努力を続け、俺の姿に影響されたのか、牢獄の子供たちも、少しずつ笑顔を見せてくれる奴が増えていった。
- 仲間意識の芽生えはますます俺の心を支え、そして――
- AGEとして、初めての任務に就く日がやってきた。
- 初任務の内容は、偵察だった。
- 新たに灰域濃度が上昇したエリアに潜行し、灰域内の情報を持ち帰る。
- アサインされたのは俺と、ルカの二人だった。
- あの日のように暗いトラックに揺られるのは嫌気が差したが、満を持しての実戦に、俺はどこか浮かれていた。
- 「いよいよ初任務だな……頑張ろうぜ、ルカ。俺たち、きっと期待されてんだ。良い結果を残せれば、看守の態度も変わるかもしれねえしな!」
- ルカは薄く微笑みながら頷いてくれたが、その顔には不安が滲み出ていた。
- 「大丈夫だ。危なくなったら俺の後ろに居ろ。どんなアラガミからも守ってやるからさ!」
- 俺が前衛。ルカは後ろでサポート。それが最適な形だと思った。
- 「……ありがとう。俺も、ユウゴを守るよ」
- 「ああ、サンキュー。頼むぜ相棒!」
- ルカなりに、勇気を振り絞って言ってくれたのだろう。
- その言葉で、俺の胸に残っていた微かな不安も完全に消え去った。
- 『子犬ども、そろそろだ。準備をしろ』
- 通信機に、看守たちの無線が届く。
- 重い神機のケースを引きずって、俺たちは停車したトラックの外に出た。
- 「ここが、灰域……」
- サテライト拠点に迎えられて以来、対アラガミ装甲壁より外の景色を見ることはほとんどなかったから、こうして世界を見渡すのは随分久しぶりな気がした。
- どこまでも続く荒れ果てた大地。宙を漂う黒い灰と、肌に刺さるようなピリピリした空気がとにかく気持ち悪かった。
- 『ペニーウォート専属AGE。ハウンド1、ハウンド2の拘束解除の処理を開始する』
- 繋がれたままだった腕輪が、激しい電光と共に切り離される。
- 束の間の自由を取り戻したような感覚が、気持ちを一層引き締めた。
- 「さぁ、行こうぜルカ! 一緒に生きて帰るぞ!」
- 神機を取り出し、周囲を警戒しながら、灰域濃度の高い地点までひたすら走る。
- ゴッドイーターになったお陰で身体能力は驚くほど向上していたが、進めば進むほど体にかかる空気の重さも増していった。
- 「ユウゴ、あれ見て」
- 任務開始から数分後。ルカがいち早く敵影を発見した。まだ距離があるが、鬼の面のような尻尾を持つ小型アラガミ、オウガテイルが五体走っていく。
- 「……どうしよう? 俺たちの進む方向に行くみたいだけど」
- 「こっそり追いかけるぞ。群れで行動してるみたいだし、巣みたいなもんがあるなら、場所を見つけて報告するんだ」
- 気付かれないよう十分な距離を取って、俺たちはオウガテイルの群れを追った。
- 冷静な状況判断と、的確な指示が出来ている。首尾は上々だと思った。
- だが、小型とはいえ相手は五体。いつ気づかれるかという緊張感と、灰域の重い空気が合わさって、少しずつ疲労を感じ始めていた時だ。
- 「……あれ?」
- ふと、足を止めて視線の先にある物を見つめた。
- 「ユウゴ? どうしたの?」
- アラガミに喰われて、一部が不自然に削れた岩山がある。
- 俺はその岩山に、見覚えがあるような気がした。
- 「……え?」
- 改めて周囲を見渡してみた。
- ここは灰域。生身の人間が決して活動出来ない未知の危険地帯。
- そのはずなのに――俺はかつて、ここを歩いたことがある気がした。
- 「そうだ……あの変な岩山を超えて……すぐに」
- 覚えている。忘れるはずがない。
- 厄災で家族を失い、絶望に暮れながら必死に前へと進み続けた放浪の旅。
- その終着点が、この先にあったのだから。
- せり上がってくる不吉な予感に突き動かされて、俺は走り出した。
- 岸壁をよじ上り、その先の景色が一望できる場所まで必死に駆け上がる。
- そして。
- 「……なん、で?」
- 見下ろした眼下の景色に、言葉を失った。
- 薄汚れた狼のエンブレムが刻印された、巨大な装甲壁に囲まれた場所。
- 人々が肩を寄せ合う、小さな揺り籠。
- ――サテライト拠点が、そこにはあった。
- 「サテライト拠点……こんな所にもあったんだ。けど、この灰域の中じゃ……」
- 追いついてきたルカの言葉も耳に入らなかった。
- 目の前の光景が何を意味するのか、考えることを頭が拒んだ。
- 装甲壁の入口は完全に開いていて、追っていたオウガテイルたちは、まるで自分の家に帰るように拠点の中へと入っていく。
- 『おい、何をやってる。指定のポイントについたなら報告しろ』
- 無線から、看守の冷たい声が響いた。
- 「……え? だって、ここ……俺が居た、サテライト拠点……」
- 『ああ、だから土地勘のありそうなお前を使うことにしたんだ。ボサッとするな』
- 「それじゃあ、灰域に飲まれたエリアって……」
- 『感謝しろよ? 俺たちが拾いに行かなかったら、お前もそこで灰になっていたぞ?』
- 「っ……拠点のみんなは!?」
- 『生存者が居るように見えるのか? 居たら世紀の大発見だな、はははは!』
- 頭に響く看守の笑い声。
- 耳障りなその声が、真っ白に凪いだ心の中に、ドス黒い波紋を広げていった。
- 「お前ら……初めからここが灰域に飲まれるって分かってたのか……?」
- お前らだって、ゴッドイーターなんだろ?
- 人類のために神機を振るっていたんだろ?
- なのに――なのに――
- 「何で……何でみんなを助けなかったんだよおっ!」
- 喉が張り裂けそうになるほどの怒鳴り声を吐きだす。
- だが返ってきたのは、相も変わらず無機質で、興味なさげな声だった。
- 『馬鹿が、適合試験も受けられない大人を何十人も食わせる余裕があるわけないだろう』
- 「っ……ふざけんな……ふざけんなっ! 嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だっ! ……嘘だ……」
- 枯れた大地に膝をつく。涙が溢れて止まらなかった。
- みんな死んだのか? 俺はまだ、何一つ恩返し出来ていないのに。
- 死ななきゃいけないような人なんか一人もいなかった。
- 優しくて、温かくて、みんな大切な――俺の本当の家族だったのに。
- 「こんなこと、あいつらに何て言えば……っ!」
- ミナトで待ってる自称・防衛班のみんなは、まだこのことを知らないはずだ。
- 俺が、あいつらを絶望させる事実を伝えなければいけない。
- そのことが、余計に胸を締め付けた。
- 『ああ、そういえばその拠点から連れてきたガキが他にも居たな。丁度いい、教えておいてやる。あのガキどもはな――』
- 次の瞬間。
- 俺は、この世界の真実を知った。
- 『全員死んだぞ』
- 「………………は?」
- 『四人全員、適合失敗だ。わざわざ拾ってやったってのに、一人はアラガミ化までしやがって、処分するのに骨が折れた』
- みんなは別の区画に居るから、会えないんじゃなかったのか……?
- 会えなかったのは……もう、あそこに居ないから……?
- 気付いた瞬間。拠点で過ごした日々の思い出が、走馬燈のように脳裏を駆け抜けた。
- 俺たちは五人で一緒に夢を叶えて、この拠点を守る本当の防衛班になるんだ。
- 英雄になって凱旋して、みんなに――ただいま、って――
- 『分かったか? お前らの命は安いんだ。精々救ってやった主人の役に立てよ、犬ども』
- 乾いた突風が吹き抜けていく。
- 灰の混じったザラザラした風が、冷たく俺の頬を撫でていった。
- 「ぁ……あ、あぁ……あああああああああああっ!」
- 牢獄の子供たちの方が、俺なんかよりずっと冷静に現実を見ていた。
- 俺たちは死ぬ。特別な存在でも何でもなく、ただそこに居たからという理由で使われて、何の意味もなく消えていく。
- 犬のように惨めな存在なんだと、ようやく分かった。
- 「……てめぇら……どいつもこいつも……」
- だが――絶望に落ちた心の底で、猛烈に燃え上がる感情があった。
- ゴミみたいな価値しかなくても、この命をどう使うのかは自分で決めていいはずだ。
- それがせめてもの反抗。俺がここで生きていることを証明する方法だと思った。
- 忌々しい無線機を引き剥がし、我が物顔で拠点に出入りしているアラガミを、神機を握り締めて見下ろした。
- 「絶対に許さねええええええ!」
- 激情に突き動かされるままに、岩山から飛び出そうとする。
- だが咄嗟に、ルカが俺の手を取った。
- 「ユウゴ、駄目だ! 俺も一緒に!」
- 「お前は逃げろ! 絶対に来るんじゃねえ!」
- これは俺の問題だ。ルカを付き合わせるわけには――死なせるわけには、いかない。
- その手を振り払って、俺は拠点を目指して走り出した。
- 装甲壁が開いているのはきっと、みんな灰域の接近に気づいて逃げようとしたからだ。
- 拠点の中で閉じこもったまま、灰域に飲まれるのを待つか。
- 一か八か、外に希望を見出すか。
- 選択を迫られた拠点のみんなは……諦めず、生きようとしたんだろう。
- だが、拠点で一台だけ保有していたトラックは装甲壁のすぐ外で無残に潰されていた。
- 使う暇さえなかったのか、陽動に使う小型の爆薬がトラックの傍に沢山転がっている。
- 「みんな……っ!」
- 記憶にある拠点の風景は、見る影もなく塗り替えられていた。
- 家屋は軒並み廃材と化し、そこら中に黒ずんだ血痕が見て取れる。
- 温かな人たちに囲まれた思い出の場所は今、小型アラガミの巣に変貌していた。
- 「くそっ……くそぉ! お前らああああっ!」
- オウガテイル。アックスレイダー。コクーンメイデン。マインスパイダー。
- 数十体以上居る。熟練でも一人で戦いを挑むのは無謀を通り越して自殺行為だろう。
- だが、それがどうした。
- 初めから――ここが俺の命を燃やす場所だった。
- 「うおおおおおおおおおおおっ!」
- アラガミたちが俺に気づき、一斉に咆哮を上げる。
- オウガテイルが飛ばす尻尾の針を掻い潜り、その顔面に神機を振り抜く。
- 存外にあっさりと、その体を傷つけることが出来た。
- ……戦える。この手で、みんなの仇を討ってやれる。
- アラガミの死体を盾にすれば小型の遠距離攻撃をやり過ごせるし、銃撃で減った神機のオラクルも、死体を斬りつけることである程度安全に回復出来る。
- 皮肉なことに、使える物は何でも使う戦闘スタイルを構築するペニーウォートの訓練プログラムは優秀だった。
- ぶち切れていたせいもあってか、俺の体は初陣とは思えないほど軽快に動いた。
- しかし、灰の舞う空に赤いオラクルの光が上がった。コクーンメイデンのレーザーだ。
- 四方から続けざまに、二発、三発と赤い光が飛んでくる。
- 「く、くそっ!」
- シールドの展開が間に合わず、まともにレーザーを受けて吹っ飛んだ。
- どうにか体勢を立て直す。だが、オウガテイルの巨大な口がすぐ眼前に迫っていた。
- 「う……うわああああああっ!」
- 無我夢中で、長刀型神機の奥の手であるインパルスエッジを放つ。
- 神機のオラクルが一発で空になるほどの凄まじい衝撃波が、眼前のオウガテイルはおろか、接近してきていた周囲のアラガミをまとめて粉砕した。
- だが反動が凄まじく、踏ん張りが効かずに吹っ飛んだ俺は、地面を転がって装甲壁に叩きつけられた。
- 衝撃に一瞬だけ意識が飛びかける。しかし、体は反射的に動いてくれた。
- 活路を開くため、近づいてきたマインスパイダーに神機を深く突き刺した、瞬間。
- その体が、不気味に膨らみだした。
- 「しまっ――」
- マインスパイダーの絶命と同時に、活性化したオラクルが爆発となって周囲に炸裂する。
- 熱を伴う爆風に煽られ、俺の体は呆気なく宙を舞い、地面に叩きつけられた。
- 感じたことのない痛みが全身を襲う。オラクルの消耗も想像よりずっと激しい。
- だが、それでも。
- 「こんなもんじゃ、足りねえ……っ!」
- 戦意を奮い起こし、震える足で尚もアラガミに突撃をかけようとした。その時。
- 地中から、新たなアラガミが無数に飛び出してきた。
- ザイゴート。空を飛べるくせに、地中に隠れていやがったらしい。
- 「くそっ、新手……っ!?」
- 厄介な奴が出てきたと舌を打ったが、新手の出現はそれだけじゃなかった。
- 拠点の地面から、次々にアラガミが湧いて出てくる。
- ずっと隠れていたのか。それとも――たった今、誕生したのか。
- 数秒後には、俺が倒した数を何倍も上回る量のアラガミが、視界一杯に蠢いていた。
- まるでパンくずに群がるアリの大群だ。拠点内にはもはや足の踏み場もないほどのアラガミがひしめき、一斉に俺の方へと距離を詰めてきていた。
- 「は……はは……ふざけやがって……」
- この絶望こそがアラガミ。そしてこれがゴッドイーターの戦いなんだ。
- 世界中で、これより酷い絶望が毎日。何十年も繰り広げられている。
- 現実を突きつけられた瞬間。激情で何とか抑え込んでいた恐怖が、胸の内に溢れだした。
- 神機が地面に落ちる音と共に、膝から力が抜けていく。
- 「……みんな」
- この場所を、守りたかった。
- 優しいみんなの笑顔を、仲間と一緒に守りたかった。
- だが、もうその夢は叶わない。
- ――ここで死ねば、或いはみんなと同じ場所に行けるのだろうか。
- 「ごめんな……ルカ」
- どうか、無事に生き延びてくれ。
- 俯いて、最後の祈りと共に、小さくその名を口にした。
- 次の瞬間――
- サテライト拠点の一角で、派手な爆発が起こった。
- 「――ユウゴオオオオっ!」
- アラガミたちの注意を一手に引き付け、立ち昇る爆炎の中から何かが飛び出してくる。
- ギラつく二振りの神機――バイティングエッジを携えたルカが、アラガミの大群の中を流星のように翔け抜け、俺の前に降り立った。
- 「ルカ、お前……馬鹿野郎! 逃げろって言っただろ!」
- その背中に、俺は怒声を浴びせかけた。
- お前まで犠牲になって、どうするんだと。
- 「……俺だって言っただろ」
- 振り向いたルカが、決意に満ちた眼光で俺を射抜いた。
- 「ユウゴを、守るって!」
- 直後、ルカが神機を変形させた。
- 右手の刀身から現れたのは、アラガミと見紛う漆黒の捕喰口。
- 「はああああああああああっ!」
- そのまま薙ぎ払うように一閃された神機が、押し寄せていたアラガミをまとめて喰い千切る。捕喰口がルカの手元に戻ると同時、その体から金色のオラクルが噴き出した。
- 「逃げるはずないだろ。死なないって……一緒に生きて帰るって約束した!」
- 二振りの神機を一つに繋ぎ、ルカが叫んだ。
- 「俺が必ず約束を守るから。だから――ユウゴも逃げるな!」
- 空中から群がってきたザイゴート目がけて、ルカが薙刃形態の神機を振り上げる。
- 活性化した神機の刃から金色のオラクルが噴き出し、月のように美しい弧を描いてアラガミを両断した。
- 溢れだすオラクルの奔流が、ルカの背中から翼のように広がり、空中のザイゴートをまとめて大地に叩き落していく。
- 「すげぇ……」
- アラガミをも平伏させる光の翼を前に、俺は間違っていなかったんだと確信した。
- こいつは希望だ。
- この光が。生きようとする意志が。この世界で生きていくたった一つの力なんだ。
- そして俺は――俺たちは――この光を守るんだと、確かに誓い合った。
- 「……そうだったよな」
- 再び神機を握り締め、湧き上がってくる力と共に、ルカの隣に並び立つ。
- 「悪かった……やろうぜ、ルカ!」
- 「ああ、やろうユウゴ! もうすぐ装甲壁が閉じる。出口まで走れる?」
- ルカの言葉とほぼ同時に、装甲壁が地響きを上げながら閉じ始めた。
- 「お前、装甲壁を動かしたのか!? 何でやり方知ってんだ!?」
- クスッと小さく笑う声の後、ルカはこう言った。
- 「……適当」
- 「……はっ! やっぱ、お前面白ぇよ!」
- だが最善の判断だ。
- 拠点の内部がアラガミの巣になっているのは、単純に入口が開いてしまっていたから。
- ならそこを封鎖すれば、ここに居るアラガミ共を完全に閉じ込めることが出来る。
- 問題は封鎖より速く、この数のアラガミを突破して拠点の外に出られるか否か。
- 「外のトラックに積んであった爆薬はさっき全部使った。あとは力尽くで行くしかない」
- 「心配すんな、お前と二人なら辿り着ける! 行くぞ!」
- 閉じていく装甲壁の隙間を目指して、俺たちは飛び出した。
- ルカが先陣を切り、行く手を阻むアラガミを蹴散らしていく。
- 俺はすぐ後ろでアシストをしながら、ルカの背中を守った。
- この連携が面白いくらい上手くいった。これが俺たちにとって最高の形なんだと全身で理解出来た。
- ……もう装甲壁が閉じる。
- 自称・防衛班のみんな。優しくしてくれた沢山の人たち。
- 生まれて初めて、仲間と、夢を見つけた大切な場所。
- 沢山の幸せな思い出が残るこの場所に――永遠に戻れなくなる。
- 奥歯を噛みしめ、脳裏に蘇った記憶を、それでも全速力で振り切った。
- 「ユウゴ!」
- 一足先に拠点の外に出たルカが、振り向いて手を伸ばす。
- 子供一人がギリギリ通れるかどうかの隙間。
- 過去と未来の境界へ、俺は、迷うことなく飛び込んだ。
- ――気が付くと、俺はルカと折り重なるように拠点の外に倒れていた。
- 幸い周囲にアラガミの気配はなく、壁を超えて追ってくる奴も居ない。
- もう立ち上がる気力はなく、揃って地面に寝転がりながら、俺は尋ねた。
- 「……何でこんな無茶しやがったんだよ」
- 寝転んだまま空に手を伸ばして、ルカは口を開いた。
- 「……あの日。トラックの中で、俺このまま死ぬんだろうなって思ってた。一人ぼっちで、怖かったんだ。だけど……ユウゴが俺を見つけてくれた」
- 壁一つ隔てた先は地獄。黙っていても刻一刻と命を削られていく灰域の中。
- 自分も満身創痍のはずなのに、それでもルカは安心したように微笑んだ。
- まるで、救われたのは自分の方だとでも言わんばかりに。
- 「あの時の約束は――俺の希望なんだ」
- こいつも、俺と同じだったんだ。
- ……ありがとうも、ごめんも、違う気がした。だから。
- 俺は小さく笑いながら片腕を持ち上げた。ルカも、それに応えてくれた。
- 「……帰るか」
- 「うん。帰ろう」
- 打ち鳴らされた互いの腕輪の音が、灰域の中に高らかに響き渡った。
- Part 3
- 初任務で揃って命令違反を犯し、百に届こうかというアラガミの大群に正面から突っ込んでいった挙句、そのアラガミ共を完全に封じ込める大戦果を上げて生還――
- どんなゴッドイーターでも驚愕するような実績を残した俺とルカは、看守たちの間でいつしか『狂犬』と呼ばれるようになっていった。
- 看守たちを許せない気持ちはある。だが、こいつらに命を救われたことと、今はこいつらに頼らなければ生きていけないのも事実。
- いつか、自由を掴むその日まで利用し続ける。
- それがとりあえずの俺の結論だった。
- 俺たちの姿に影響を受け、看守なんかに負けてたまるかと息巻く子供たちも増えて、牢獄の中にはいつしか、強固な連帯感と、一緒に笑い合える空気が生まれていった。
- そして、初陣から数ヶ月が経ち――
- ある日の訓練中。短い休憩時間に、俺とルカに声をかけてくる奴がいた。
- 「よーう、ユウゴ、ルカ! 英雄さまのお通りだぜ、場所空けろ!」
- ボサボサの金髪を掻きながら、そいつは俺とルカの間に乱暴に座り込んだ。
- 「……よう、ディン。また看守殴って懲罰房に放り込まれてたって?」
- ディン・ペニーウォート――俺たちとは別の区画に入れられていて、他のAGEたちよりも少しだけ年上。
- こいつも、看守と何度も暴力沙汰を起こしている異端児として有名だった。
- 「英雄は悪い奴をぶっ飛ばすもんだろ? なあルカ?」
- 「……仲間を守るためだったんだよね? 格好いいと思う」
- 「はははは! やっぱお前は話が分かる奴だな!」
- 訓練中は拘束が解かれる両腕を俺たちの肩に回しながら、ディンは豪快に笑ってみせた。
- 「わざわざ何の用だよディン。お前と話すことなんかないぞ」
- 「とんがるなよ、悪い話じゃねーんだ。聞くだけ聞いとけ、チビユウゴ」
- 「大して変わんねぇだろ!」
- からかうように俺の頬をつねったディンの手を振り払う。すると。
- 「おーい、ちょっと待ってよディン! ユウゴ君、ルカ君、僕からも説明させて?」
- ディンを追って、小柄な男が黒い長髪を揺らしながら走ってくる。
- オウル・ペニーウォート――いつもディンにくっついている腰巾着だ。
- 頼りなさげな雰囲気とは裏腹に、こいつもディンと組んで何度もアラガミを倒している実力者らしい。
- ディンとは対照的に、気弱そうに苦笑しながら、オウルは俺たちに顔を寄せてきた。
- 「二人とも、率直に聞くよ? ……僕たちと一緒に、反乱を起こさない?」
- ――耳を疑った。
- 温厚そうなオウルが、笑みさえ浮かべながら口にしたとは思えない言葉だった。
- 「なっ!? 反乱って……!?」
- 「しーっ! しーっ! 時間ないからとにかく聞いてよ」
- 訓練の様子を監視している看守たちを伺いながら、オウルが声を潜めた。
- 「この間のミッション中、小型の通信機を何台か見つけたんだ」
- 「オレたちの牢屋に三兄弟が居るんだが、そいつらの末っ子が機械に詳しくてな。まだチビっちゃい癖に、簡単に修理しちまったんだ」
- 「看守たちにはまだ見つかってない。これがあれば看守たちの通信をこっそり傍受出来るし、他の区画のAGEたちとも話が出来る」
- わずかに、胸が高鳴るのを感じた。
- それが本当なら、ミナトのAGEの間だけで、反抗作戦を練ることも可能になる。
- 「一台は僕らの牢屋に隠してある。で、もう一台をこっそり君たちに渡すから、これで密かに連絡を取り合いながら、交渉材料を集めるんだ」
- 「交渉って、誰と?」
- 「今、この辺りに新しい航路を開拓したがってる連中がいるらしい。安全が確保されれば、別のミナトの奴らが定期的に近くを通るかもしれねえってこった」
- 「チャンスがあればその人たちと接触して、ここの機密情報とか、僕たち自身を戦力として売り込めるかもしれない。酷い扱いを受けてるって分かれば、助けてもらえるかも」
- 思わずルカと目を見合わせた。
- ……可能性はある。少なくとも、現実的な勝算のある計画に思えた。
- 「細かい所はこれからだが、実行するなら看守どもと正面からやり合えるくらい、頭のネジがぶっ飛んだ戦力が必要になる」
- 「そこで、ギラギラしてる狂犬の二人に最初に相談したって訳。どう? 乗らない?」
- ディンとオウルは、悪戯を仕掛ける子供のように楽しそうな笑みを浮かべている。
- この牢獄の中で久しく見ない表情。その目には、確かな希望が宿っていた。
- 「……面白ぇ、もちろん乗るぜ。ルカ、お前は?」
- 「いいよ。俺も手伝いたい」
- 「っしゃあ、そうこなくっちゃな! んじゃユウゴ、早速だが――おらぁっ!」
- 次の瞬間、ディンのヘッドバッドで大きく吹っ飛ばされた。
- 「痛ってえ!? ディン、てめぇ何しやがる……っ!」
- 慌ててオウルが間に割って入った。
- 「ちょ! ディン、先に説明しなきゃ! ご、ごめんね。その通信機、懲罰房に隠してあるんだ。訓練には持ち込めないから、他の区画のAGEに渡すにはそこしかなくて……」
- 「つーことだ。オレも一緒に入ってやっから、遠慮なくやり返せユウゴ!」
- 「ちっ、そういうことかよクソ野郎……いいぜ、お望み通りぶっ飛ばしてやらぁ!」
- 派手な喧嘩が始まったことで、辺りが一斉にざわつき始める。
- 「ふ、二人とも、演技でいいんだって! る、ルカ君、止めて!」
- 「ユウゴ、助走をつけて殴るんだ」
- 「煽ってどうすんのさ!?」
- その後。速攻で看守に取り押さえられた俺とディンは、予定通り懲罰房に放り込まれた。
- 「ちっくしょぉ……覚えてろよディン……」
- 「へへっ、言われなくても殴られた時のダッセえ顔は覚えといてやるよ」
- そう言って、ディンは笑いながら固いベッドの上に身を投げ出した。
- さり気なくベッドの下を示すディンにため息をついて、俺は冷たい床の上に寝転がる。
- ……確かに、小さな黒い箱が貼り付けてあった。
- これが、未来に繋がっているかもしれない。
- 自分の意志で、やりたいことを、やりたいようにやれる……そんな場所に。
- 子供たちだけの反抗作戦。久しぶりにワクワクした。
- 看守が居なくなる夜まで待とうと目を閉じて――しばらく経った時だった。
- 「……おい、うちのAGEを他所に売り払うって話、どうなった?」
- 「ああ。適合率甲判定の神機使いって聞いて、食いついてきたミナトがある。バランとかいう羽振りの良いミナトだ」
- 「そいつぁいい。相棒を売られれば、あの狂犬も大人しくなるだろ」
- ――外から聞こえてきたやり取りに、不意に胸がざわついた。
- ディンも身を起こし、一瞬俺と顔を見合わせてから、揃って鉄格子に駆け寄った。
- 「お、おい! 今の話、どういうことだ!?」
- 「ん? ……何だお前ら、また懲罰房に入れられてたのか」
- 呆れたようにそう言って、看守たちは俺に向かって底意地の悪い笑みを向けた。
- 「可哀想になぁ。そんな所に入れられるようなバカ犬じゃなけりゃ、お友達とずーっと一緒に居られたのに」
- ――ゾッとするような悪寒を感じた。
- 「……おい、待てよ……嘘だろ?」
- 笑いながら去って行く看守の背中に、いつかの憎悪が再び燃え上がる。
- ルカが売られる? 身勝手な看守の都合で、今度は金に換えられるだと?
- 唐突過ぎる。実感が湧いてこない。
- だが、この空虚な感覚が、絶望の一端であることを俺は知っていた。
- 「待て……待てよ畜生っ! お前ら、また……また俺から奪うのかよっ!?」
- 懲罰房の外に向けて必死に怒鳴った。
- だが、今の看守たちには、それこそ負け犬の遠吠えにしか聞こえないのだろう。
- 舌打ちしたディンが、ベッドを蹴飛ばして毒づいた。
- 「エグイ手使いやがって……こいつはマジでやべえぞ。反抗するとダチが売られるなんてことになってみろ。ガキどもの心が折れちまう。そうなったら計画も……クソッ!」
- ディンと肩を並べて座り込み、虚空を睨みながら必死に頭を回した。
- もう二度と――仲間を失いたくない。
- あいつは、暗闇の中でやっと見つけた希望なんだ。
- 何でもいい。何か……この状況をひっくり返せる何かがあれば。
- 爪が食い込むほど拳を握りしめた、その時。
- ――突如、ミナト内に警報が鳴り響いた。
- 「……何っ!? 航路にヴァジュラだと!?」
- 声を上げて、看守たちが一斉に走っていく。
- 「ヴァジュラ……?」
- この騒ぎに乗じて、通信機を取り出したディンが、牢獄で待っているオウルに繋ぐ。
- 「おいオウル、聞こえるか? こりゃ何の騒ぎだ!」
- 『大変だよ。開拓中の航路に、大型アラガミのヴァジュラが出たんだって! 航路が塞がれて、予定してた物資のルートが潰されるかもしれないって、看守たちが大騒ぎしてる』
- 金になるはずだったルートが、使えなくなる可能性が出てきたということらしい。
- 激変していく状況の中で、俺の頭は静かに一つずつ可能性を繋いでいった。
- 儲け。航路。価値。大型アラガミ。そして、AGE――
- 「ちっ、もう看守が戻ってきやがる……切るぞオウル」
- 大型アラガミへの対策について話しながら歩いてくる二人組の看守。
- そいつらに向けて、俺は声をかけた。
- 「おい……そのヴァジュラってアラガミが居なくなればいいんだよな?」
- 足を止めた看守たちが、白けた目で俺を見た。
- 「そのアラガミが居なくなれば、航路が開通して金になるんだろ? お前らの金……俺が稼いできてやる」
- 賭けだった。だが、この状況を最大限利用するにはこれしかない。
- 「俺がそいつを倒す。これからどんなアラガミが来ようと、全部俺が倒してやる。その代わり……成功したらルカを売り払うって話は無しだ!」
- 「馬鹿が。ガキが簡単に言うな! ヴァジュラだぞ。犬死にするのがオチだ!」
- その時、俺の隣にディンが進み出てきた。
- 「じゃあ黙って大損こきやがれクソ看守。オレとユウゴでヴァジュラを倒してやる。クソガキ二人使うだけで、厄介事が片付くかもしれねーんだぜ? 賭けてみろよ」
- 「ディン、お前……」
- 「大型アラガミを倒せる最強のAGEが二人! それと新しい航路! わざわざ神機適合率の高い奴を売るなんてケチなことするより、よっぽど金になんだろうが!」
- ディンも、俺と同じことを考えたらしい。
- 黙り込む看守たちとの間に、緊張が満ちていく。
- 勝算なんてほとんどない。だが、何もしなければ何も得られない。何も守れない。
- それは、俺たちAGEの胸に強く刻まれている真実だった。
- 息が詰まるような空気の中――不意に。
- 「……ユウゴ、戦いに行くの?」
- ――何故か、ふらりと現れたルカが俺に声をかけた。
- 「ルカ!? お前、何でここに!?」
- 「……折角ユウゴとディンが懲罰房に居るんだから、俺も一緒に入れば話がしやすいと思って、適当に一発、どついてきた」
- ルカの横には、後頭部を押さえている看守が忌々しげに立っていた。
- ひっくり返るほど爆笑するディンの横で、俺は鉄格子を挟んでルカと向き合った。
- ……何処から聞いていたのだろう。自分が売られると、知られただろうか。
- 自分のために無茶をする必要などないと、ルカは俺を止めるかもしれない。
- だが、もしそんなことを言い出したとしても、俺は――
- 「ユウゴ。俺たち、一緒にいられなくなるの?」
- ルカの問いに、俺は鉄格子を握り締めて、絞り出すように答えた。
- 「……誰にも負けないくらい強くなきゃ、そうなっちまうかもしれない……っ!」
- 「分かった。じゃあ――戦おう」
- 自分の立場を本当に分かっているのか不安になるほど、ルカはいつもそうしてくれるように、優しく俺に微笑んだ。
- 「ユウゴだけだと、きっとまた無茶するから。俺も一緒に無茶するよ。いいだろ?」
- 普段ぼーっとしている癖に、こいつは一度言い出したら絶対に折れない。
- だからこそ。こいつの言葉は……不安で潰れそうな俺の心に、いつも勇気をくれる。
- 心底楽しそうなディンも並び立ち、俺たちは看守に猟犬の眼光を向けた。
- 「――死んでも勝つ! 俺たちを使え!」
- Part 4
- 緊急のヴァジュラ討伐任務にアサインされたのは四人。
- 俺、ルカ、ディン。そして。
- 「……ありがとな、オウル。お前まで付き合ってくれると思わなかった」
- 「来る途中にも言ったろ? ユウゴ君とルカ君どっちが欠けても、僕らの計画は上手くいかなくなる。協力するさ。それに……ディンが出るなら、僕も出るに決まってるよ」
- スナイパー型の銃身を担いで、オウルが肩をすくめて笑った。
- ――眼前に広がるのは、古い市街地。
- 燃えるような色のオラクルが、あちこちの建築物にべったりと付着しているのが見える。
- 俺たちは、ボロボロになった高速道路の上に陣取っていた。
- ここから周囲を見渡し、ヴァジュラを先に発見するのが狙いだ。
- 「どうだオウル、見えるか?」
- 重量級の神機、ヘヴィムーンを軽々と扱いながら、ディンがオウルの隣に立つ。
- 「背の高い建物が多いからなぁ……もうちょい待ってね……」
- 乗り捨てられた車の上からスコープ越しにヴァジュラを探すオウルの姿は、まさに狩人といった様子で、普段の頼りなさげな雰囲気は全くなかった。
- 「ディンとオウルって、ペニーウォートに来る前から友達だったの?」
- 首を傾げるルカの質問に、ディンが鼻を鳴らした。
- 「まぁな。オレたちの両親はフェンリルの職員で、一緒にアラガミをぶっ倒す研究をしてたんだ。オレもオウルも、もっとガキだった頃から家族ぐるみの付き合いだ」
- フェンリル――厄災が起きる前まで世界を統治していた、ゴッドイーターの組織。
- 「親父もおふくろも、オレたちを守って死んでいった……だからオレは、オウルと誓ったんだ。親の意志を継いで、アラガミから世界を守る英雄になるってな!」
- 「そういうこと。あの牢屋から抜け出して、僕らは夢を叶えられる場所を必ず作る。だからユウゴ君とルカ君だけじゃない、AGEみんなの協力が必要なんだ」
- 重く、固い信念を楽しそうに語る二人に、俺は圧倒された。
- 「夢を叶えられる場所を作るのが、夢、か……」
- ただ漠然と自由を夢見るだけだった自分の中に、一つの指針が出来たような気がした。
- 「っ! 見つけた!」
- オウルの鋭い声に、俺たちは全員神機を握り締める。
- 「おいユウゴ、てめぇの作戦でいくって決めたんだ。足引っ張んじゃねーぞ!」
- 「こっちのセリフだ。全員揃って生きて帰るぞ!」
- 士気を高めるための掛け声だったが……募ってくる恐怖感は中々抑えられなかった。
- 子供四人だけでのヴァジュラ討伐。
- 絶対的な、死に挑む任務になる。
- ディンも、オウルも、緊張しているのが分かる。
- 自分でも、呼吸が荒くなっていくのを感じていた時だ。
- 「みんなで一緒に帰ろう。そしたら……明日も一緒にいられるから」
- 穏やかなルカの一声で、ふと、場の緊張が和らいだ。
- 自信ありげに頷くオウル。生意気な笑みを取り戻したディン。
- 俺も、神機を握る手に確かな力が宿ったのを感じた。
- 「――オウル、撃てぇっ!」
- 開戦を告げる銃声と共に、死に抗う意志の弾丸が、遠方のヴァジュラの体を強かに抉る。
- 次の瞬間。腹の底に響くような咆哮が、静まり返った市街地を震撼させた。
- 「命中! こっちに気づいた!」
- 「ユウゴ、ルカ、仕上げはこっちに任せとけ! 絶対死ぬなよっ!」
- ルカと一緒に今にも崩れそうな高速道路から飛び降りて、まだ距離のあるヴァジュラの前に身を晒す。
- ……巨大な地響きが近づいてくる。
- 鎧のように発達した四肢。荒々しくたなびく朱色のマント。
- 目に映る獲物の一切を逃さない捕喰者の眼光が、俺たちを捉え、猛然と大地を震わせる。
- こいつが、獣神――ヴァジュラ。
- 「で、でけぇ……っ!」
- 強がりなど一瞬で吹き飛ぶほどの神威に、足がすくみそうだった。
- だが、その時。
- 「ユウゴ」
- ――行こう、と。
- 一歩先から俺を振り返るルカの姿が、もう一度、俺に力をくれた。
- 「……ああ。俺たちの未来は、こいつの向こうに広がってる! 行くぞっ!」
- もはや見上げるほどの距離に迫って来たヴァジュラが、大きく飛びかかってくる。
- 地面が割れるような衝撃から逃れ、俺たちは左右からヴァジュラを銃撃した。
- 目的は一つ。このポイントを死守し、数分だけ時間を稼ぐこと。
- ヴァジュラは電撃を操るという。特に、帯電状態のヴァジュラの攻撃を受けると、一発で意識が吹っ飛んで、そのまま死に直結する。
- 距離を置いての銃撃戦を基本に、俺とルカ、どちらかが常に気を引き、隙あらばバーストを狙っていく戦術を徹底した。
- だが、こちらが捕喰する隙すら見せないスピードで動き回るヴァジュラに、俺もルカも翻弄された。逃げ回るので精一杯で、攻勢に転じるきっかけを掴めないまま、ジリジリと体力を削られていく。
- その時。ヴァジュラが不意に動きを止め、こちらを威嚇するような動作を見せた。
- チャンスと見たのか、ルカが矢のように突進していき、神機を突き立てようとする。
- だが同時に、ヴァジュラのマントに鮮烈な雷光が走った。
- 「っ! よせ、ルカ!」
- 咄嗟に飛び出し、ルカの体を横から攫う。
- 一瞬の後、ヴァジュラの周囲に、轟音と共に無数の雷が降り注いだ。
- ギリギリのところでルカを庇うことが出来た。が――二人揃って地面に倒れてしまった。
- 「っ! ユウゴ、逃げ――」
- ルカの叫びも間に合わず、ヴァジュラが容赦なく地面を蹴った。
- 獣神の巨体が、俺たちをまとめて押し潰そうと頭上から降ってくる。
- 死を確信した。濃密な時間の中で、せめてルカだけでもとその体を庇おうとする。
- 次の瞬間。
- 疾走してきた一発の弾丸がヴァジュラの横っ面に命中し、その巨体が瓦礫に突っ込んだ。
- 「二人とも、無事かい!? すぐに動いて!」
- いつの間にか廃ビルの屋上にポジションを移していたオウルが、ヴァジュラを止めた。
- 「は、はは……今のはヤバかった……サンキュー、オウル!」
- 「ありがとうオウル!」
- どうにか命を拾ったが、戦闘開始から数十秒で、もう土壇場だ。
- わずかでも足を止めれば一瞬で追い詰められる。
- 奥歯を噛みしめたその時。高速道路の上から、ディンの声が響き渡った。
- 「準備完了だ! お前ら、巻き込まれんなよおおおっ!」
- 「いいタイミングだぜ、ディン! ルカ、離れるぞ!」
- 即座にルカと一緒にその場から離脱する。
- 直後――轟音と共に、崩落してきた高速道路の残骸がヴァジュラの上に降り注いだ。
- 崩落しかけた高速道路を、ディンのレイガンとヘヴィムーンで破壊し、ヴァジュラの上に落下させる。
- 周囲にある物は全て使う、ペニーウォート流の作戦だったが、見事に成功した。
- 「今だ、みんなっ!」
- 瓦礫の山の中から、上半身だけを脱出させたヴァジュラ目がけて、俺、ルカ、オウルの三人で、残ったオラクルを全て撃ちまくる。
- そこへ――
- 「英雄さまのご登場だぜっ! くっ――たばれえええええっ!」
- 飛び降りてきたディンが、レイジングムーン形態に変形させた神機を、ヴァジュラの頭に叩きつけた。
- 削り取られたヴァジュラのオラクルが血飛沫のように周囲に舞う。
- これで決まってくれと、祈りにも似た思いで、神機の引き金を引き続ける。
- 途方もなく長く感じた攻勢の果て――遂に、ヴァジュラの断末魔が鼓膜を震わし、ディンがレイジングムーンを停止させた。
- 辺りに、虚しい静けさが満ちていく。
- 動かなくなったヴァジュラの亡骸を前に、俺は恐る恐る口を開いた。
- 「……勝っ、た……? 勝ったよな? なぁ!?」
- 「ああ……やってやったぜ……オレたちの、勝ちだああっ!」
- 思わず、空に向かって雄叫びを上げた。
- 俺たちは結果を出した。ここに居る四人で、明日に希望を繋いだんだ。
- 「ふぅ……みんな、お疲れさまー。いやぁ、何とかなるもんだねー」
- 「ったりめえだぜ! オレたちが揃ってんだからよ! ま、ユウゴの作戦も良かったな!」
- 「……ユウゴ。これでまた、一緒にいられるかな?」
- 「ああ……まだ信じらんねえけど……これで誰も文句はねえはずだ」
- いつものように微笑んで、片腕を掲げるルカに、俺も応えようとする。
- 腕輪がぶつかる小気味良い音で、灰域に、勝利を告げよう。
- そう思った。
- ……最初に認識出来たのは、光だった。
- 反射的に目を閉じてしまうような閃光。
- そして、直後の――雷鳴。
- 耳をつんざく轟音に、意識を切り替えることが出来ないまま、俺たちはそれを見た。
- 遠くにそびえる、古びた聖堂。
- その屋根の上から、まるで嘲笑うかのように。
- もう一体のヴァジュラが、俺たちを見下ろしていた。
- 「……オウル?」
- ディンの声に、視線を戻す。
- つい数秒前まで飄々と笑っていたオウルが、背中を焦げ付かせて倒れていた。
- 「オウル……オウル!? おい! しっかりしろ!」
- 来る。想定外の、もう一体のヴァジュラが走ってくる。
- ここに来てようやく、頭が事態を理解した。
- 「――逃げろぉっ!」
- 無我夢中で叫んだ。だが、どこへ逃げる。どうやって守ればいい。
- パニックに陥りかけた中で、さっき高速道路の上から、たまたま姿勢良く落ちてきた、大きな白いバンが見えた。
- 「ルカ、運転出来るか!?」
- 「適当!」
- 奇跡的に、俺たち全員を乗せて走り出したバンで市街地を駆け抜けた。
- だが後ろからは、凄まじい速度でヴァジュラが猛追してくる。
- 「くそったれえええっ!」
- ディンがバックドアを蹴り開き、背後のヴァジュラ目がけてレイガンを照射した。
- 僅かに残ったオラクルが全てヴァジュラに注がれる。だが、その勢いを止めることは出来ず、ヴァジュラの放った雷球がタイヤに命中し、車体が大きく跳ねた。
- 岩に激突した衝撃で車体が傾き、ルカがいくらアクセルを踏んでも反応しなくなった。
- もう、すぐそこまでヴァジュラが迫っている。
- 「……オウルはまだ息がある。車ん中に隠しといた方が安全だ。とにかく逃げ切って、態勢を整えてオウルを助けに戻る。全員生きて帰るにはそれしかねえ!」
- そう言って、先陣を切って外へ飛び出して行くディンに続く。
- それがどれだけ絶望的な作戦だろうと、やるしかない。
- 神機を振りかざし、俺たちは外へと飛び出した。
- だが、希望という名の幻想を踏みにじるように、帯電したヴァジュラが突進してくる。
- 「――くっそがあああああっ!」
- 咄嗟に、ディンが俺たちの前に躍り出てシールドを展開する。
- だが、その巨体から繰り出される渾身の一撃を止められるはずもなく、炸裂した雷と共に、俺たち三人は吹き飛んだ。
- 正面からまともに食らったディンが瓦礫に突っ込み、呆気なく宙を舞ったルカの体が、地面に開いた大穴の中へと落ちていく。
- 一瞬だった。たった一瞬で、細い糸のような希望が引き千切られた気がした。
- 「ディン……ルカ……?」
- 辛うじて意識を保った俺は、神機を支えにどうにか立ち上がった。しかし。
- 「……ちく、しょう……っ! うあああああああっ!」
- 眩暈を覚えながらも、懸命に振り下ろしたブレードは、獣神の体に浅く喰い込むだけだ。
- 目の前で、ヴァジュラの腕が振り上げられる。
- 死ぬ――そう直感した瞬間。
- またしても、ヴァジュラの頭部に命中した弾丸が俺を救った。
- 視線の先。車から這い出してきたらしいオウルが、神機を構えたまま微笑んでいた。
- 「――馬っ鹿野郎おおおおっ!」
- オウルの方へ飛びかかっていったヴァジュラが、帯電した前足を振り下ろす。
- 凄まじい雷鳴と共に、付近の地面が大きく陥没するほどの衝撃が辺りを震わせた。
- 「オウル……っ!」
- 独りになった。
- ゆっくりと振り返ったヴァジュラの眼光が俺を捉える。
- もう逃げられない。絶対の死が、地響きと共に迫ってくる。
- 親友を。仲間を殺されて。このまま大人しく、死を受け入れるしかないのか……?
- 「……冗談じゃねえ」
- 込み上げてくる感情を抑えられず、俺は一歩も退かずにヴァジュラと向き合った。
- 「俺は約束したんだ、あいつと」
- 胸に残る誓いと共に、荒ぶる神へと、真っ向から神機を突きつける。
- 「生きて、明日に辿り着くって!」
- その瞬間――全身からオラクルが噴き出した。
- 金色のリングが全身を包み、頭の中に、誰かの声が響いてくる。
- 『――ユウゴ』
- 頭に、ルカの声が響いてくる。その強靭な意志が伝わってくる。
- 「ああ、俺たちは――絶対に、生きて帰る!」
- 決意の叫びを上げた瞬間。背後で、閃光が走った。
- 俺の体から伸びる、金色の光のライン。
- 眩いその繋がりを、手繰り寄せるように。
- 「……お待たせ、ユウゴ」
- 神機を携え、瓦礫を吹き飛ばしたルカが、飛ぶように駆けつけてきた。
- 「ああ……どうしてか分からないけど、お前が来るって分かったよ」
- 光で繋がったこの現象が何なのかは分からない。だが、ハッキリと分かることは。
- 俺もルカも、諦めるつもりは欠片もないということだった。
- 「――はああああああっ!」
- 声を重ね、動きを合わせ、神速でヴァジュラに突撃しながら捕喰形態の神機を繰り出す。
- 凄まじいスピードが出た。頭の中にルカの思考が流れ込んできて、次の一瞬に何をしようとしているのか、手に取るように分かる。
- ヴァジュラも咄嗟に反応出来ない完璧な同時攻撃でルカと一緒にバーストし、すぐさまルカの体に、捕喰したオラクルを受け渡すリンクバースト弾を放った。
- バーストの出力を大幅に向上させたルカが、薙刃形態に変形させたバイティングエッジでヴァジュラの体を斬り刻む。
- 反撃に転じたヴァジュラの一撃すら、ルカは神機の切っ先で止めてみせた。
- 「ユウゴ!」
- ヴァジュラを押し返したルカの呼び声に応え、すかさずヴァジュラの眼前に滑り込む。
- かつては反動で吹っ飛ばされた情けない俺の背を、ルカの温かな手が支えてくれた。
- 「これは……あいつらの分だ」
- ディンとオウル、二人の攻撃の痕が残るその顔面に向けて。
- 俺は、インパルスエッジを立て続けに撃ち込んだ。
- 口内から頭部を粉々に吹き飛ばされたヴァジュラが、力なくその場に倒れ込む。
- ……雷鳴も、咆哮も聞こえなくなり、市街地に静けさが戻ってくる。
- 同時に、俺とルカを繋いでいた光のリングも消えてしまった。
- 「ユウゴ……」
- 俺たちは勝った。アラガミに立ち向かい、意志の力で勝利をもぎ取った。
- だが。
- 「……ち、くしょう……っ!」
- その喜びを分かち合うことは――もう出来なかった。
- 「……よう、生きてっか……?」
- 何とか探し出したディンは、瓦礫の中で大量に血を流しながら、それでも笑っていた。
- もう、何をしても間に合わない。
- 何を言うべきなのか分からないまま、俺は立ち尽くすことしか出来なかった。
- 「……これ、持ってけ」
- ディンは震える手で、自分の首に巻いていたチョーカーを外すと、俺に差し出した。
- 「忘れんなよ……ここに、英雄が居たって」
- 差し出された思いを、俺は強く握りしめた。
- 「忘れねえ……絶対に!」
- 俺の言葉を受けて、勇敢な英雄は――笑顔のまま、その使命を終えた。
- 「……ユウゴ」
- オウルの方へと走っていったルカが、重い足取りで戻ってくる。
- その手には、ディンと同じチョーカーが握られていた。
- ここは灰域。数分もすれば、遺体すら灰となって消えてしまう。
- その死を弔う時間すら、俺たちには与えられない。
- それでも、俺たちに出来ることがあるとしたら。
- 「……連れて行くぞ」
- 託されたチョーカーを握り締めて、俺は誓った。
- みんなが夢を叶えられる場所を作る。
- みんなの意志を、願いを守れる場所を作って、その場所に託された思いを届ける。
- こいつらの夢は……俺が絶対に未来で叶えてみせる」
- それが、この世界でたった一つ。意志を繋いでいく方法だから。
- 「ルカ、お前も……ついてきてくれるか?」
- 返事の代わりに、ルカは、チョーカーを握り締めた手を持ち上げた。
- こみ上げてくる涙を殺して、俺も、願いを込めた拳を掲げる。
- 打ち鳴らされた誓いの音が、英雄の還った空に、どこまでも響いていった。
- Part 5
- 俺とルカは、それから先もエースとしてペニーウォートに残留し続けた。
- あの時。俺とルカの間に偶発的に生じた現象は、エンゲージと呼ばれ、全てのAGEたちの間で起こり得る、意志を繋ぐ力なのだと、後に知れ渡っていった。
- 感応能力が大幅に上昇し、更なる潜在能力の解放と、互いの意識の共有が可能となることで、一時的に戦闘力が向上する。
- 各地のAGEたちの反抗心が高まっていた状況もあり、その力を自由にさせては危険と判断した各ミナトは、俺たちAGEをより一層強固に拘束し始めた。
- ペニーウォートでもエンゲージの使用は原則禁止とされ、俺たちの自由も、これまで以上に徹底的に奪われるようになり、計画していた反乱も断念せざるを得なくなった。
- AGEだけの、未来を切り開く特別な力だと思っていたのに。その力のせいで、未来を阻まれるなんて……皮肉な話だ。
- だが、それでも――俺たちの胸から、自由を願う光は消えなかった。
- 二人の英雄が残したものが、ペニーウォートのAGEたちの絆を繋いでくれたからだ。
- 秘密の通信機で、牢獄を隔てても仲間と話が出来る状況を残してくれたこと。
- 反乱を企て、AGEたちの解放を願いながら死んでいった仲間がいたこと。
- それが俺たちの心に、どれほどの勇気をくれたかは、本当に計り知れない。
- どれだけ束縛されようと。自由を奪う鎖を喰い千切るその日まで。
- あいつらはずっと、俺たちの夢を守ってくれた。
- 長い長い、俺たちの夢を――
- 「ユウゴ……ユウゴ!」
- 古い記憶を辿るような夢から、ゆっくりと、現実へと揺り戻される。
- クリサンセマムの柔らかいベッドの上で、俺は目を覚ました。
- 心配そうな顔のルカが、俺の顔を覗き込んでいる。
- 「ルカ……? って……ヤッベ! 悪い、寝過ごしたか!?」
- 体感で寝坊したことに気づき、慌てて飛び起きる。
- 「十分くらい。ユウゴが寝坊なんて珍しいって、みんな心配してる」
- 「すまねえ! もうすぐ次の依頼だろ!」
- 「まだ時間あるから平気だよ。ジークは、寝坊してきたら後で何かおごらせようって笑ってたけど」
- 「くっそ、本当こういう時見逃さねえなジークの奴」
- 苦笑しつつロッカーを開ける。
- ……束になったチョーカーを目にして、ふと口をつぐんだ。
- 「ユウゴ? どうかした?」
- 「……いや、何でもねえ」
- 託された想いの束を腕に巻き付けて、俺はルカを振り返る。
- 「行こうぜルカ! 俺たちの――未来を切り開くために!」
- 「うん、行こう!」
- クリサンセマムの天窓からは、明るい陽射しが降り注いでいる。
- その空はあの日、サテライト拠点の中で見上げた空に似ていた。
- 光の下で待つ仲間たちへ向けて、俺は沢山の願いが宿る腕を掲げる。
- この手に託された、多くの願いのためにも。
- 絶望を切り拓く、未来への航路。
- 俺たちはこれからも、その道を進み続ける。
- 著 翡翠ヒスイ(株式会社テイルポット)
- 原案 吉村 広(株式会社バンダイナムコスタジオ)
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